メスデカ
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来訪者
「今日はどう言ったご用件で?」
「コトッ」
本署で木村が来訪者にお茶を出す。
「嬉しいんです、もうとっくに警察はあの事件を諦めていると思っていました、でもこの前刑事さんが訪ねてこられて……」
10年前の連続殺人事件の被害者、前田弘美の母親である。
「今全力で捜査0課が捜査しています」
「犯人捕まりそうですか?」
「それはまだなんとも……」
「あの子が居なくなってからは夫婦仲が上手く行かなくなって……でも娘がたまに会いに来てくれるんですよ」
(兄妹はいなかったはずだけど……)
木村は疑問に思った。
「枕元にね、お母さん私大丈夫だから、心配しないでって……うっ、うっ……」
「お母様、私たちが必ず犯人を……」
木村も泣いていた。
(こんなにも頼りにしてくれて……必ず、必ず捕まえてみせます)
「刑事さん、ありがとうございます……涙まで……きっと娘も喜んでいます」
その時木村の携帯が鳴る。
「グスッ、あ、ちょっとすみません」
着信を見ると鈴木誠だった。
「も……もしもし」
「ビッチ」
「い……いま……忙しいので……」
「言われた通りノーパン、ノーブラで出勤してるんだろうな?警視庁捜査0課、ビッチ係長」
「そ、その件に関しましては後ほど……」
全身から汗が吹き出てくる。
「お忙しいようですので失礼します、ありがとうございました」
頭を下げて前田弘美の母親が帰って行った。
「と、とにかく忙しいので切ります」
携帯を切る。
弘美の母親に悪いことをしたと思った、同時に乳首が立ってワイシャツに直接擦れて痛いとも思った。
ここは本署の剣道場。
「めぁーーんんーー」
結子の面が木村に決まる。
「そろそろ上がりましょ」
木村が座り面を取る。
「係長……何か心配事でも……」
結子も面を取りたずねる。
「不甲斐ないものね、いつもならもう少しついて行けるんだけど」
結子も木村も剣道の達人である、全国大会で結子と木村は何回も優勝している、世界大会でも同じだ、全国大会、世界大会ともに前回は木村が優勝していた。
その木村の剣先が今日は鈍い、いつもはほぼ互角に技を取り合うのだが今日はほぼ全て結子が取っていた。
「今の私は偽物の侍よ」
下を向き木村がつぶやく。
道場の片隅でその様子をカメラで捕らえる男がいた、週刊誌の取材で来ているのだ。
結子がそのカメラに気付く。
面を取り面手ぬぐいはしたままの格好でその男に近付いていく。
「お疲れ様です」
男に声をかける。
「どうも……」
上目遣いで男は結子を見る。
「失礼ですがどちら様ですか?」
「週刊文豪の坂田という者です」
専門誌ではなく一般の週刊誌が剣道を取り上げるのは珍しいことだ、結子は嬉しく思った、しかし何かこの男が引っかかるのだ。
「姫川結子さんですね」
「はい、姫川です」
「美人さんですね」
「いえ、ありがとうございます」
「鼻が特徴的ですね」
「……鼻?」
結子が聞き逃さずにたずねる。
「ええ……特徴的ですね、あなたの鼻の穴」
坂田は褒めたつもりだった。
結子はカァーと顔が紅潮していくのを感じた。
鼻は結子のコンプレックスなのだ、結子の鼻はどの角度から見ても穴が見える、正面から見れば“なだらかな“山型、横から見れば鋭角的な三角形、いや、への字と言った方が合っているだろう。
しかし結子は気付いていないがこの鼻こそが男を魅了するのだ、とても魅力的でチャーミングな鼻だ。
結子が男をにらみつける。
「どうしたの?取材?」
木村が加わる。
「木村秋さんですね、知ってます」
「ええ、木村です、よろしく」
「……デビュー」
小声で男がつぶやく、しかし木村には聞こえた、「デビュー」と。
木村は稽古で汗をかいていたがそこに嫌な汗が加わるのを感じていた。
「あの男なにか……怪しい……」
稽古を終え結子と木村が本署を出たところだ。
「また貴女の勘?」
木村がうつむきながら聞く。
「ええ、まあ……」
「まさかあの人が連続殺人犯だとでも?」
とりあえず言ってみた、しかし結子の顔はその問いに満更でもない様子だった。
「あの坂田という男、必ずまた来ます」
結子が自信ありげに語る。
「係長、あ、いえ、お疲れ様です」
結子は木村を飲みに誘おうと思ったのだが息子の凛くんの事を思い出したのだ。
(お母さんの帰りを待ってるものね)
「お疲れ様」
木村が帰って行く、やはり元気がないと結子は思った。
結子は自宅のベッドの上で天井を見上げる。
(犯人はエスカレートしていく、文字からコスプレ、そして本物へ、坂田は本物を見に来た、必ずまた来るわ)
結子は坂田が木村に言った言葉を思い出す。
(デビューってなにかしら?)
少し考えたが答えが見つからず、知らぬ間に眠りについていた。
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