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KANON 終わらない悪夢

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02

 その後、ホームルームで始業式のスケジュールを教えられ、校庭に向かっている一同。
「名雪、立ったまま寝ないでよ」
「えっ、そんなの当たり前だよっ」
「朝礼でも寝てるのか?」
「ええ、暖かくなったら毎年」
「何て奴だ…」
「立ったままならまだしも、たまに倒れるのよ、受け身も取らないで」
「香里~~」
 恥ずかしい出来事を公表され、涙目で抗議する名雪。
「周りでは「貧血だ」って騒ぎになるけど、この娘はぐーぐー寝てるだけなのよ、それも倒れてからもずっと」
「もういいってば~」
「いつか保険の先生が、「脳溢血じゃないか?」って、大騒ぎにになった事もあるわ」
 脳溢血の症状で、患者は「いびき」をかくので、まるで寝ているように見える時がある。
「まあ名雪だから、そんな事もあるかな」
「ええ、名雪だから」
「二人とも、わたしをなんだと思ってるの?」
「「名雪」」
「もう~~っ」
「あはは~、楽しそうですね~」
「……」
 その時は、舞も楽しそうな顔をしていたとか、いなかったとか…

 やがて始業式が始まり、校長の年度始めの長い挨拶が続いている時。
「くーーーーー」
 ふらふらしながらも、やはり立ったまま寝ている名雪がいた。
(やっぱり凄い奴だ)
「いいかげんにしなさいっ」
 後ろから小声で注意して起こす香里、それでもバランスを崩しそうな時は、襟首を掴んで支えていた。
「…凄い」
「ええ、ほんと~でしたね~」
 後ろから見ていた舞と佐祐理も、名雪の踊り?を見て感心していた。
「酔拳は聞いたことがあるが、寝る方の睡拳ってのはあるのか?」
「知らん」
 北川に即座に否定されるが、きっと眠った状態で無我の境地に入り、無心の一撃を放つ回避不能の必殺拳に違いない(民明書房刊)。
「く~~~~~~」

 やがて、名雪の熟睡と始業式も終わり、放課後になった。
「皆さん、これから何かご予定はありますか? よろしかったらお近付きの印に、ご一緒にお弁当でもどうでしょう」
 始業式にまで弁当持参で、舞を餌付けしている佐祐理。
「はい、じゃあ、わたしも何か買って来ます」
 これから部活がある名雪は、元々その予定だったので即答した。
「ああ、俺も」
「俺も」
「みんな学食組ですから、食堂に行きませんか?」
「そうですね~、大勢ですし、天気もいいですから、あそこにしませんか?」
 香里の提案を覆し、まだ蕾だけの桜が並んだ、中庭の一角を指差す佐祐理。
((((えっ?))))
 確かに運動部の生徒などは、早めの昼食のために学食や部室に向かっていたが、始業式の日に中庭で弁当を広げるような生徒はいなかった。
「どうかしましたか?」
 ここでも佐祐理の傍若無人ぶりが発揮され、舞もすでにシートを準備していた。
「「い、いえ、別に」」
「じゃあ決まりですねっ」
 その場の空気では、もう多数決を取るまでも無く、佐祐理の提案はすでに決定事項となっていた。
(これが議員の娘の力か…)
 素晴らしいリーダーシップに驚かされる祐一。それも権力を使ったゴリ押しでは無く、あの笑顔で言われて逆らえる人間は少なかった。
「もう~ 佐祐理にはそんな力ありませんよ、かいかぶらないで下さいっ」
 また祐一の心の声に答える佐祐理、議員ほどの力は無くても、テレパシー能力はあるらしい。
「えっ、いや、凄いリーダーシップだなって、ははっ」
 乾いた笑いでごまかす祐一だが、これから佐祐理の前では、考え事をしないよう心に決めた。
(また何も言ってないのに会話してる、「祐一さんを取ったりしませんから~」な~んて言っておいて、実は赤い糸で繋がってるんじゃないでしょうね?)
 また眉間にしわを寄せ、祐一と佐祐理の関係を疑う香里。一応二人の間に入って、赤い糸を手繰り寄せ、引き千切る動作をしておくのは忘れなかった。
「何してるんだ?」
「え? 何か仕掛けでもあるのかなって」
「香里も祐一の声、聞こえなかったよね」
 二人の間に、自分以上の絆があるのに、不安を隠せない名雪。
「ええ、北川君は?」
「やめてくれよ、男の考えてる事なんて知りたくも無い」
「佐祐理さんだけか? 舞は?」
「…知らない」
 聞こえたとも、聞こえないとも答えず、曖昧な答えで目を逸らす舞。
(聞こえてるのかもな)
 一応、舞の前でも、「良からぬ考え」はしないよう、心がける祐一だった。
「いいじゃないですか、便利ですし」
((やっぱり凄い人…))
 普通なら、ロ*アに連れて行かれて実験されるか、サトラレと認定されそうな事件を、その程度で済ませてしまう佐祐理にまた驚かされる。
(はっ、まさか、この人は 「ミスリル」から送り込まれたエージェントで、「ウィスパード」の倉田さんを守ってるんじゃないの?)
 香里は、転校して来た祐一や舞が、佐祐理をガードするため、「ルリルリみたいな大佐が乗った強襲潜水艦」、から派遣されているのでは無いかと思い始めた…… かも知れない。
(肯定だ)
 と、同じ声の北川が考えたかどうかも、定かではない。

 その後、学食に移動して、パンや飲み物を調達している一同。
「うぐぅ、出番無い」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何も」
(やっぱり、名雪の考える事も表情だけで分かるってわけね、そんなの許さないんだから)
 名雪と祐一の間に割って入り、電波の妨害をする香里。
「さっきから何してるんだ?」
「いいえ、別に」
 しかし、ラブラブお買い物を邪魔され、なゆなゆはちょっぴりご機嫌斜めになった。
「ジャムパン2個と、どろり濃厚のイチゴ味下さいっ」
(うっ!)
 嫌な気分を直す名雪メニュー、それは朝に続いて昼も苺ジャム、さらに飲み物までゲルルンな苺尽くしに、胸が悪くなる祐一。
「お前はAランチだろ、中庭まで持って来いよ」
「だからそんなはずかしい人いないよっ」
 きっと寝ながら登校したり、朝礼で立ったまま寝るのは、恥かしいと思っていないらしい。
「舞なら牛丼持ち帰りできるぞ」
「えっ?」
 以前4階まで牛丼を持って来たのを思い出し、名雪にも教えてやる。
(やっぱり、格好いい人)
 名雪理論は不明だが、学食牛丼お持ち帰りは格好いいらしい。
「…買って来ようか?」
「い、いえ、いいです」
 さすがの名雪も、舞をパシリに使って、さらに中庭でAランチを広げる根性は無かった。

 やがて買い出しも終わり、中庭に出た所で。
「祐一さん……」
「え?」
 後ろから呼び止められて、振り返る祐一。
「祐一さんっ!!」
 そして惨劇? は起こった。

 ドスウッ!
 懐に飛び込まれ、よろけて後ろに座り込む祐一。
「相沢っ」
「「「祐一っ(さん)」」」
 辺りには、祐一の胸に飛び込んで来た女が落とした物が、バラバラと散らばっていた。
「そんなっ?」
「祐一~~」
 驚く香里と、その惨状? を見て顔をゆがめる名雪。他の者も余りに急な出来事に、唖然としてその成り行きを見守るしか無かった。

「栞っ、栞じゃないかっ!」
 祐一の胸には、まだ入院していたはずの栞が抱き付き、盛大に泣き始めていた。
「祐一さんっ!」
 例のエンディングの通り、栞が落とした紙袋からは、アイスクリームがこぼれ落ち、周りに転がっていた。
「こんな時って、泣いてもいいんですよね?」
「ああ……」
「私っ、本当は死にたくなかった!」
 そこでは二人だけの世界が展開され、もちろんその間、姉、姉の親友、北川、舞、佐祐理などのギャラリーは、全てアウトオブ眼中だった。
「ぐすっ、うっ、うわああああああっ!」
 その頃にはすっかり生徒が集まってしまい、周囲を取り囲まれ、見せ物状態に陥っていた二人。
『どうしたの?』
『ほら、去年倒れてずっと入院してた美坂さんよ、病気が治って退院したらしいわ』
『それであの人が3年の』
『病気が治ったのは奇跡だって、ご近所や病院ではもっぱらの噂なのよ』
『『『まあっ』』』
 ここに、学園の新たな「愛の伝説」が始まろうとしていた。
「栞ったら、こんな人前で、ばかね」
(やっぱり祐一、栞ちゃんと)
「まあ、びっくりしました~」
「…誰?」
 祐一に馴れ馴れしくしている1年を見て、ちょっとポンポコたぬきさんな舞。

 パチパチパチパチッ!
「「え?」」
 周囲から巻き起こった拍手に気付き、ようやく現実に引き戻された二人。
「「「「「おめでとうっ」」」」」
「「「「良かったわね」」」」
 周りでは二人の感動の再会を祝し、拍手が送られていた。
「あ? ありがとうございます」
 まだ祐一から離れず、ボロボロと泣きながら顔を赤らめている栞。
「いつの間にこんな?」
 照れて頭を掻く祐一、下校時、これだけの騒ぎを起こせば、人だかりができるのも当然だった。
『でもあの人、あそこのロングヘアの人と、毎朝手を繋いで通学してるバカップルじゃなかった?』
『ええ、そうね』
 その陰口は、名雪本人の耳にも届いた。
(バ、バカップル)
『でも、あの人、毎朝寝てるから』
『ええ、朝礼でも寝てるわね、あれなら百年の恋でも冷めるんじゃないかしら』
『そういう病気か、「可哀想な人」かも知れないわね』
(病気、かわいそうな人)
『それで乗り換えられちゃったのね』
(乗り換え……)
 祐一を取られた上、周囲から好奇の目で見られてしまい、落ち込む名雪。

「ふえ~ 大丈夫ですか~? それにしても沢山ありますね~、全部祐一さんが食べるんですか~?」
 転がったアイスクリームを拾い上げ、真っ直ぐ積み直している佐祐理。
「いや、さすがに全部は」
「じゃあ、こうしましょう」
 今度も佐祐理の決定?で、落ち着きを取り戻した栞と一緒に、沢山のアイスクリームと弁当を囲む事になった。
「あの、グスッ、私も持って来ました」
 そう言って、巨大な弁当の包みを、四次元から取り出す。
「「ヒッ!」」
「まあ、凄いですね~ 普段は祐一さん一人で、これだけ食べるんですね~」
「無理だ……」
 それから桜の木の下に座って、栞の身の上話を聞いて、貰い泣きしている佐祐理と、母親の事を思い出したのか、かなり「はちみつクマさん」な舞。
「そんな事があったんですか、でも元気になられて良かったですね~」
「…良かった」
「グスッ、はい」
 泣きじゃくりながらも、栞は祐一にべったりと張り付いて離れなかった。
「いいかげんにしなさい、人前で恥ずかしい」
「うん、ちょっと恥ずかしいかな」
 貰い泣きしながらも、世間体を気にする姉と、違った意味で心配する親友。
「まあまあ、いいじゃないですか、大変な事があった後ですから」
「ありがとうございます、グスッ」
 そして祐一と栞の感動の再会を目撃した生徒達も、その場を離れ難くなり、まるで佐祐理の発する電波に誘われるように、各々飲み物や食べ物を調達し、次第にその輪が広がって行った。
「何だか本当にお花見みたいですね~」
「私なんかの為に… 皆さんが集まって」
 単に酒?の肴になっているだけなのに、感涙にむせぶ栞。
「だったら、桜も満開だったら良かったのにな」
 春なので、桜が咲いても不思議は無かったが、桜前線はまだ遥か南方にあった。
「お前ら、こんな所で何してるんだ?」
 しかし、そこは学校の中庭だったので、すぐに教師に見咎められるが…
「まあまあ、これから受験で皆さん大変ですし、今日は美坂さんの妹さんの全快祝いなんです~」
 と言って教師の方を解散させてしまった、これこそが佐祐理のスタンド能力?だった。 別名「議員の娘だから」とも言う。

 やがて宴会場と化した中庭では、出来上がった?北川が立ち上がり、こう言った。
「一番、「風の辿り着く場所」 歌いますっ」
「「「おお~~」」」
「引っ込め下手くそっ、弁当が腐るっ」
 野次にも負けず、歌い続ける北川。
「まあまあ、皆さんも一緒に歌いましょう」
 佐祐理に釣られ、周りの何人かが加わり、それは合唱になって行った。
「こ、こんなのっ、グスッ、私、初めてですっ」
 屋外で大勢の友達と遊んだ記憶が無かった少女は、こんな賑やかな花見、それも見ず知らずの生徒達に祝福されるのは、初めての経験だった。
「祐一さんっ、私、幸せですっ 生まれて来て 良かったっ」
 また祐一の胸に顔を埋め、泣き始める栞。
「ああ、良かったな」
 隣には、泣きながら合唱している、器用な姉もいた。

「おい、桜がっ」
「「「「「「「「「「「おおおおおっ!」」」」」」」」」」」
 先程まで蕾だった桜のうち、祐一達の周りにある数本だけが一気に満開になって行った。
「まあ、凄いですね~」
「…桜さん、一緒に歌ってる」
 多分、この中の誰かが、「キチェ・サージャリアン?」で、楽しく歌うと植物が成長するらしい。
「わあ、びっくり」
 それはきっと、ちょっぴりドジで、おっちょこちょいで、ロングヘアの少女に違いない。

 癒された栞と違い、今だ呪縛から開放されない舞、病気の妹を無視していた事に負い目を感じている姉、弟の死から立ち直っていない佐祐理、今もどこかをさまよっている真琴とあゆ、ついでに過眠症?の名雪、多くの悲しみは、まだ癒されていなかった。
 
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