KANON 終わらない悪夢
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序章
夢…… 覚めないはずの夢が終ろうとしていた。
「最後に一つだけ、願いを叶えて…… ボクの願いは!」
少女の願いは叶えられた。長い間、蓄えていた力が起こした奇跡、それは一人の少女を救った。
(これで良かったのかい?)
「うんっ」
あゆの夢の中で語りかける天使の人形。そこには人ではない別の姿も数体いて、口のような場所から言葉を発していた。
(オマエハ、エラバレナカッタ)
「うぐぅ、違うよっ」
(見えるかい? 彼の笑っている顔)
「うん、幸せそうだね」
いつか拭ってあげられなかった涙。その願いを叶え、笑顔を取り戻した今、思い残す事は無かった。
(ホカノオンナトナ)
「うぐぅ、いいもん、それで」
その頃、あゆの父が勤める会社にも連絡が入り、異常を知らせていた。
「月宮さん、病院から電話ですっ」
電話を繋ぐ同僚の口調からも、何かあったのは明らかだった、あゆの父は連絡を聞くと、すぐに病院へ向かった。
父が病院に着いた頃、集中治療室では警報が鳴り響いていた。
「酸素飽和度低下、心拍不安定っ」
「除細動するっ、離れてっ」
願いが叶った時、少女の儚い命の炎は消えようとしていた、長い夢から目覚め、新たな場所へと旅立つ為に。
「今までありがとう、でもボクはもう夢から覚めたい、連れて行ってくれる?」
全てが終った今、少女は安らかな死を願った。
(それが三つ目の願いかい?)
「えっ? だって」
二人だけの学校で遊び、また祐一と巡り合ってタイ焼きを食べ、最後に誰かの命を救った、それが全てのはずだった。
(言ったろ、タイヤキはオマケだって、まだ願いは二つしか叶ってない、もう一つ残ってるよ)
「本当っ?」
(一つ目の願い「ボクの事を忘れないで下さい」、でも彼は君を覚えていなかった、ずっと忘れて、一度も思い出す事はなかった)
(オマエナド、オモイダシタクモナカッタ)
「違うよっ、それはボクが死んだと思って、つらかったから」
(だから願いは一つ残った、言ってごらん)
病室で元々チューブだらけだった娘は、痙攣を起こし、さらに多くのチューブと機械に繋がれていた。
「もう眠らせてやって下さい、母親の所に行かせてやって下さいっ」
嘆願する父の言葉は届かず、治療とも拷問ともつかない行為が延々と続けられていた。
ピーーーーーー
機械からは、心音を示す音が消え、長く小さな警報が鳴り続けていた。
「本当に何でもいいの?」
(いいよ)
「じゃあ、また祐一君に会いたい、いいかな?」
(そうだね、でも最初のお願いを取り消すには、少し条件があるんだ)
「うぐぅ、やっぱり」
(心配しないで、それに君のためにもなる事さ)
(ソウ、オマエノタメダ)
少年と少女が起こした小さな奇跡の数々、だがそんな事が許されるはずも無かった。
「どうすればいいの?」
(彼から他の女の子を遠ざける、そして最後に君が彼と結ばれる事)
「それでいいの? 本当に?」
(じゃあ決まりだね、行こうか)
「うんっ」
(ハハハハハハッ)
一時の騒乱から、静寂を取り戻した病室。
「今回は持ち直されましたが、危険な状態が続くと思います、他にもご家族がいらっしゃるなら、お早めにお越し下さい」
「はい……」
父は焦燥しきった表情で医者の話を聞いていた。
「あのっ、先生っ」
そこに駆け込んで来た看護婦に、外へ連れ出される主治医。
「どうした?」
「月宮さんがいなくなりました」
「そんな馬鹿なっ、意識不明の人間が歩き回るわけ無いだろ」
今回は生霊としてではなく、実体も同行しているあゆ、後ほど調査に入った警察でも、監視カメラに映っていた、歩き回るあゆの姿が確認されていた。
「娘は治ったんですね、そうなんですねっ?」
熱っぽく問い掛ける父だったが、それは医学的に有り得ない話で、医者もどうしても「そうだ」とは言えなかった。
「いずれにしても、お嬢さんは早急に保護します、服装はこのままだと思いますが、現金をを持っていると、交通機関を使ったり、服を着替えるかもしれません、所持金は分かりますか?」
事情を知らない警察は、直前まであゆが動き回っていて、偶然意識が戻ったのだと思っていた。
「いいえ、財布もお金も、何も持たせていません」
7年も寝たままで、筋肉が痩せ衰えて硬直した人間が歩くはずは無かった、医者、父親、警察の間では、オカルト事件から単なる失踪事件まで、かなりの温度差があった。
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