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KANON 終わらない悪夢

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29秋子ちゃんvs佐祐理、真琴の帰還

 舞の転移技を使って秋子の家に移動してきた一同。
 この中でも佐祐理は、中学生程度で固定されていた人格を戻され、死んだ弟の記憶の封印も解かれて、魔物が持っていた知識も使えるようになっていた。
 いつも喜びだけを感じていた感情も放棄して、舞の喜怒哀楽の内、喜びの感情を持った魔物は月宮真琴の中に押し込んで歯向かえないようにし「災厄の魔物を放った術者本人である川澄舞の討伐」を行えない当事者とした。

「あら、皆さんいらっしゃい、どうぞ上がって下さい」
 電話後に一瞬で移動してきた連中に驚きもせず、当然のように迎えた秋子。そろそろ名雪が帰宅してもおかしくない時間帯だが、香里以外の恋敵が全員集合し、五時間目以降は五人も女が増えていた。
「お邪魔します~」
 現在、祐一クンの「所有権」筆頭の佐祐理を先頭に、クマみたいな力で腕をクマれたまま胸を押し付けられて引き摺られる祐一、もう片方の腕を魔物と同等の力で掴む舞、真琴一行、栞と続いた。
 玄関では「靴は下足番が片付けるもの」が常識のお嬢様と、いつも放置する舞とザコ1号を除き、自分の靴とお姉さまの靴を揃えようとしたが、ザコ1号の白から茶色に変色した靴、それも一度も洗った事がない、腐ったキャベツのような匂いがして一瞬でハエがたかる物体に触れるのに躊躇し、靴べらでエンガチョしながら屋外に放り出そうとしたが、ハエが集まるので一応屋内に置いた。
「本日はお招き頂きありがとうございます、倉田佐祐理です。手土産も持たず失礼しました」
「いいんですよ、急に呼び立てたんですから」
「お初にお目にかかります、月宮真琴と申します、名雪と相沢くんにはいつもお世話になっています」
「いえ、こちらこそ。真琴さんは祐一さんと佐祐理さん以外、もう浮気もしないそうですね。うちの名雪や香里さんとはまだなんですか?」
「それはお姉さま次第です」
 真琴が気に喰わないのか、娘や祐一にまで近付いた動機や目的が気に食わないのか、妙に棘がある言い方をする秋子。

 女主人と挨拶と歓談済ませ、その間に手下と弟に茶を用意させた佐祐理と真琴。先日とはヒエラルキーや上下関係の違いで、祐一の右側には佐祐理、左には舞、正面に真琴一行、末席に栞、上座に秋子という編成になった。
「祐一さん、一日でお嫁さん候補が沢山増えましたね、ご乱行もほどほどにして下さい」
「ハイ、スミマセン……」
 二回の電話を思い返しても、本日の行動を全て秋子ちゃんに読まれている祐一クン。
 一応和姦だったような気はするが、お姉さま方と栞には暴力を振るわれ、乱暴にレイプされたような気がしないでもなかった。
「グルルルルッ」
 栞さんのマッスルボディも、増えた女の多さにご不満そうにして、頭と口と鼻から湯気を吐いていたが、佐祐理お姉さまの命令と、秋子の家という中立地帯なので自重していた。
「…祐一は私と佐祐理の」
 災厄の娘、川澄舞との関係を認めたくない真琴一行。秋子も祐一との特殊な関係からも正妻とは認めておらず、佐祐理の付き人程度に思っていた。
(菊ちゃんも花ちゃんも好きダスー)
 もし秋子がおらず、佐祐理も帰ったり退出してしまうと、残りの女達で怪獣大決戦が行われてしまうので、祐一は発言を極力控え、仕切りは佐祐理おねえちゃんに任せた。

「ではご挨拶はこのぐらいで。私たちは今、災厄の中にいます。天使の人形と呼ばれる子が、あゆさんを救おうとしているようで、同じように栞、香里さん、私までが舞が放った魔物を宿して命を繋いでもらい、弱かった体も強くしてもらえました。今は祐一さんのお陰で魔物二体を舞に返して、この子の中にもまだ一体います。今は残る二体を探している所です」
 単刀直入というか、直球ど真ん中で秋子に話し、秋子が敵なのか味方なのか判断しようとする佐祐理。
 「体に魔物がいる」イコール「夜中に狩りをして人の命を喰らう」のを知っているが、天使の人形が思っているように「狩りをさせて、あゆが復活するまで命を食べさせる」のを目的としているのとは違い、「舞の魔物を集めて体に戻し、怪我も治して不毛な戦いや自傷、自殺をやめさせる」「一弥を返してもらう」のが目的の佐祐理では微妙な違いがあった。
「そうですか、祐一さんがご迷惑をおかけしましたね。私も天使の人形君が何をするか注意してるんですけど、もう私の力より強くなってしまって止められないんですよ。無理に止めようとは思いませんし、邪魔もしません」
 災厄が起こっているのを正直に認め、敵でも味方でもないのを公表した秋子。もちろん祐一が討伐されるなど認めず、そうなるなら災厄で人間を裁こうとでも思っていた。
「こちらこそ舞の魔物がご迷惑をおかけしました。残りの二体もどこに居るかご存知ですよね? 宜しければ教えて下さい」
 秋子も天使の人形が祐一の魔物と知っているようなので、手短に詫びて残りの二体の居場所も聞いてみた佐祐理。
 カマを掛けてみただけだったが、秋子は簡単に事実を話した。
「ええ、二年の天野美汐さんという子に右足が、祐一さんの中に胴体が宿っています」
「「「「「「ええっ?」」」」」」
 意外な場所にいた一匹に驚き、祐一を見る一同。そんな気配は一切出さず、出現するまで舞にすら気配を悟られずに佐祐理の中で休眠していた左足に続き、祐一の中にまで魔物がいた。
(目の前の新しい敵をゼータワンと呼称します、ジャイアントバズーカでも撃破できません、撤退を推奨します)
 どうやら祐一クンロボのボロい戦闘AIの正体は、舞の魔物らしい。声も同じなので気が付きそうなものだが、休眠されていたので仕方がない。
(お前、舞の胴体だったのか?)
(アファーマティブ)
(まさかお前にもエロいことをして、ジャイアントバズーカで撃退しないと出て行かないのか?)
(アファーマティブ)
 左右の腕と一緒に帰らなかった所をみても「一度誰かの体に宿らせて色々とヤって満足させてから、自分の本体でヤって子供を産みたい」と思わせる必要があるらしい。
(もしそうだとしたら、天野とも……)
 ガチガチの敬語で会話し、友人も持たずに心を閉ざし、丘から降りてきた妖狐でもいないと会話も無理、エロい妄想をしただけで「何か言いましたか?」と鋭い目付きで怒られる難攻不落の天野美汐ちゃんを思い、「恋仲になったり、エロエロなことを済ませて満足させ、魔物を回収する」などというミッションインポシブルな行動は無理なので、どうやって説得するのか困る。
「そうでしたか、みんな一弥が「エッチな事をして満足させてからじゃないと、舞の体に戻らない」んですか、困りましたね? 二年の天野さんって、どんな子ですか?」
 いつも通り祐一の心の声は全部聞こえて、会話しているのと同じ佐祐理。明日にでも固有結界に取り込んで美汐を妹にして、放課後には課外授業?に呼び出してペロペロしてしまい、祐一を宛てがって下半身担当にしようと思っている邪悪なお姉ちゃん。
「え? すごくオバンくさ、いや、古臭い話し方をして、ずっと敬語で話して、人とも打ち解けない子なんだ。真琴、いや、丘から降りてきた狐の「沢渡真琴」が帰って来たら取り付く島もあったんだけどなあ?」

 その頃のあゆ。
「ああっ、真琴ちゃん、そっちじゃないよ? えっ? 祐一クンが移動した?」
 出発地点の「あゆちゃんのゆめのなか」から舞の家方面、秋子の家へと走っている真琴ロボ? 通常の速度で移動しているが、本体の性能を引き出せれば何でもできる真琴も、運転者が未熟、ロボの方も高等な術など使ったこともないのと「肉まんエネルギー」が枯渇したため徒歩移動に戻った。
「歩きに戻っちゃった。ううっ、体があるとお腹がすくよう、ひもじいよう」
 RPGのように「空腹」のステータスがあり、行動に制限が掛かった真琴ロボ。あゆはポケットを探り、小銭入れがあるのを確認してコンビニに入った。
「えっ? もう肉まんが無い、しまったーーっ!」
 まだ4月の北海道なのに、季節商品の肉まんが早くも撤去されてしまっている気が早いコンビニ。タイヤキも売っていないので、あゆは仕方なく惣菜パンと飲み物を買った。
((ジュース買ってんじゃねーよ))
 天使の人形と一弥に、ダブルでツッコミを入れられ、あゆは食べ歩きしながら秋子の家を目指した。
(お腹すいた、眠い、秋子さんの家に帰る)
 空腹状態で保管されていた真琴の体も、パンとジュースのブドウ糖で脳に力が漲り、無意識のうちに秋子の家を懐かしく思い、目の前の空間が揺らいだ。

 秋子の家。
 そこで里からも知らされていない「丘から降りてきた妖狐」がいると聞いて、震え上がっている真琴一行。
 祐一の周りには災厄の元凶でもあり、幸運の元でもある「純血の妖狐」が降臨していて、災厄を起こそうとしたのか、丘を下って人に変化して、嫁となって子を孕み、幸せに過ごしたのか考えたが、この家にはもう「沢渡真琴」なる妖狐は存在しない。
 川澄家が起こした災厄を思い、壮絶な天罰の予感に身を引き締めた。
「あの、相沢くん…… 私と同じ名前の女の子、いつごろ来て、どうなったの?」
 真っ青な顔色のまま、絶望的な予想を振りきって、震える声で質問した真琴。
 マヌケな祐一は、自分の浮気を攻められていると勘違いして、口篭りながら説明した。
「え? ああ。あいつは七年前に拾った子狐で、怪我が治ったら走り回って飼えなくなって丘に返したんだけど、今年の一月に恨んで化けて出てきやがって」
 それが復讐なら間違いなく災厄が起こるが、怪我して動けない所を保護されたのなら、寿命が尽きた頃に恩返しに降りて来て、嫁になろうとした可能性もある。四人は恐ろしい話の続きを緊張して待った。
「こっちに遊びに来る前にお別れした「初恋の女の子」の話もしてやってたから、その子の名前を名乗って来たんだ。あいつバカだから夜中に俺の部屋で花火したり、大変だったんだ。ほら、夜に学校に来て、シーツ被って脅かそうとして、もう少しで舞にぶった切られる所だったアホだよ」
 マヌケな恋人は、自分のご機嫌を取るためにリップサービスしたようだが、それが嫉妬や「入れ替わりたい願望」なら、災厄の矛先は間違いなく自分になる。
 血の気が引いた真琴は凄惨な自分の未来を予想して目の前が真っ暗になり、貧血で倒れそうになったが何とか踏み応え、逃走するために鞄から謎ジャムと同じ味がする秘薬を出して、一気に飲み干した。
「少女漫画とか好きな奴でさ、お別れの前に丘の上で結婚式の真似事もして、ヴェールだけ買ってやったんだ。そこで消えてしまって、今は行方不明なんだよ」
 結ばれなかったとしても思いを遂げて、幸せな一ヶ月で寿命を使い切り、人魚姫のように泡となって消えたのなら災厄は起こらない。真琴一行はようやく落ち着いた。
「ソウダッタノ……」
 歯の根が合わないまま震え、何とかカタカナ言葉を振り絞った月宮真琴。沢渡真琴侵攻と災厄の恐怖は無くなったかに思えた。
「あの子は消える前に天使の人形君が捕まえて生かしていたようです。今、ここに向かっている所ですよ」
「「「「いやああああっ!」」」」
 いつも冷静な真琴他三名が、落ち着いた瞬間に秋子から「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」みたいな話を切り出され、一斉に席を立って、お小水などチビりながらダッシュで逃げ出そうとした。
「怖がらないでいいんですよ、あの子はそんな悪い子じゃないですから、私と姉さんほどじゃありません」
 玄関から出ても、勝手口から出ても、沢渡真琴が待っているような気がして、逃走を諦めた月宮真琴一行。
 さらっと恐ろしい言葉を聞いたような気がするが、今は逃げ出すよりも、沢渡真琴を怖がっていない秋子と祐一の側にいるのが安全だと思えた。

「ユウイチサン、マコトサント、ワタシ、フタマタカケテタンデスネ?」
 ここで空気は読まないが洞察力は鋭い栞が時系列を把握し、「名雪でも秋子でもない、キツネ色の長い髪が祐一の部屋に落ちていて、ベッドには茶色い陰毛まであり、自分が結ばれた頃に別の女とも同じベッドで結ばれ、あまつさえ丘で結婚式まで挙げて、自分がマーキングした印以外にも別の痕跡がタップリ残っていて、それすら後釜に座ろうとした名雪チェックで潰されていたり、この家で誰も読みそうにない「りぼん」の系列の子供向け少女漫画が捨てられもせず、男の部屋で大切に保管されていた」のを思い出し、失われた記憶のピースと証拠がガッチリとハマって、怒りが再び三度、またたびマックスに振り切って、エアロビ選手権の出場選手のような「ガチガチの力技演技の途中でも審査員やカメラに向かってしっかり笑顔を出す」ような表情で指をベキボキと鳴らしながら祐一に近付いて、「投げっぱなしジャーマン」とか「頚椎破壊のためのパワーボム」などのスペシャルビーフケーキをご馳走してやろうとした。
「キャイイインッ!」
 栞ちゃんのマッスルボディから逃走するため、祐一は真琴一行の後ろに縋り、真琴一行は秋子か祐一の背後に縋って沢渡真琴の災厄から逃れようとして、虎の模様のバターになろうとしていた。
『おやめなさい、見苦しいですよ』
 佐祐理お姉様に一喝され、無理矢理平常心に引き戻される一同。佐祐理の妹にされた者は、効果範囲30ヘクスの「ゴージャスさゆりん」から逃げられず、精神支配からも逃げられなかった。
「まあ佐祐理さん、いつの間にそんな術を?」
「はい~、昔から使えたようなんですけど、誰かに封印して頂いたようです」
 栞や一弥のように衰えて死なないよう、名雪に封印されていた技も使えるようになり、祐一から力の補充も受けた佐祐理は、祐一にパワーボムを決めようとする女より上位に位置付けられ、秋子ちゃんランキングでは、名雪>佐祐理>沢渡真琴>>>栞>月宮真琴>舞>香里>その他になった。
「でも、将来佐祐理さんのお腹の中に宿るのが一弥君で、こっちは祐一さんですよ」
「ハ、ハイ……」
 聞いてはならない真実を伝えられ、発狂寸前で震える佐祐理。
 今後、妊娠検査薬で妖精?が出て、夢枕に一弥が現れて「今、お姉ちゃんのお腹の中にいるよ」と言われたり、エコー検査で男の子だと確認して、母親か誰かが本物の一弥だと認定して、生まれた後に前世の記憶があるか聞いて、「お姉ちゃんを許すよ」と聞くまでは、ステイタス異常が収まらないので、秋子ちゃんランキングが少し下がった。

「えっと、ただいま?」
 そこで玄関が開く音が聞こえ、誰かが疑問形で帰って来た。一瞬名雪かと思った一同も、声が違うのに気付いて最悪の訪問者が帰ったのだと悟った。
「「「「ぴぎゃああっ!」」」」
 伝承に残る「丘から降りて来た純血の妖狐」それも月宮真琴と入れ替わりたい願望を持つと思われる「沢渡真琴」の来訪に驚嘆して、勝手口方面に逃走する月宮真琴一行。
(ちわー、三河屋でーす)
 普段は単独で立ち入れない秋子の家も、真琴が入ったので勝手口から簡単に侵入できた天使の人形。三河屋さん?は、サザエさん?にビールやお酒の御用聞きに入ってきた。
(磯野~、野球行こうぜ~)
 ベランダ方面からは、魔物の一弥くんが来てカツオ君?を野球に誘っていた。結局玄関以外も魔物に包囲されていて、逃げ場がない真琴一行。
「「「「ぎゃああっ!」」」」
 水瀬家に来た三匹の化け物プラス搭乗者の強大さを感じたが、逃げ場は無いので秋子や祐一の背後で震えていた。
「あら、お帰りなさい、真琴。あゆちゃんと、天使の人形君と、一弥君も一緒なの?」
「えっ?」
 絶望的な状況の中で、一弥と聞かされた佐祐理と、天使の人形と聞かされた舞以外のメンバーは恐怖し、栞までも相手の力の強大さに腰を抜かし、祐一も二股浮気相手のマコピーが出現したので、詰みとチェックメイトと死刑を覚悟していた。

 選択肢
1,月宮真琴は沢渡真琴に魂まで喰われて入れ替わりの儀式が行われる。(祐一と秋子以外の邪魔者と目撃者は始末され、記憶は適当に書き換えられる)
2,沢渡真琴に支配される。(祐一と秋子以外の邪魔者は命を喰われて、あゆ復活の生け贄になる)
3,佐祐理お姉ちゃんの溺愛ハグに期待してみる。
4,全員、天使の人形のオモチャになり、面白おかしい状況にされる。
 選択「3」

「貴方がサワタリマコトさん? 可愛い子ですね? 一弥はどこにいるんですか?」
 真っ先にマコピーをハグせず、一弥を探したのでスルーされた佐祐理。
「…天使の人形っ」
 鞄から真剣を抜いて刃と切っ先に気を込め、例え一弥やあゆを巻き添えにしてでも、魔物を叩き切る準備をする舞。
(やあ舞ちゃん、今は遊んであげられないんだ)
「ぐっ」
 舞は動きを止められ、抜刀の途中で固められた。真琴一行も無詠唱での「沈黙」と「影縫い」を受けて逃走もできず、化け物たちの気配に恐怖した。
「あら、喧嘩はいけませんよ。お茶でもどうですか? 一弥くん、お姉さんが探してますから、手でも握ってあげたらどうです?」
(いやだよ、ぼくをいじめた奴となんか、仲良くしないよ)
「一弥ぁ……」
 当然のように弟に拒否され、その場に泣き崩れる佐祐理。秋子も抗う術を持たず、天使の人形の思うままにさせる以外に無かった。
「やめろっ、この子達と秋子さんにも手を出すなっ、お前らの目的は何だっ?」
(バカだなあ、あゆちゃんの復活だって何度も聞いてるだろ? お姉ちゃんとの約束もあるからオマケで一弥も復活させてやるよ。別にみんな食べたり殺したりしない、ここまで全員、苦労して生かして来たのに、今さら何もしない。まあちょっと命を寄付してくれたら嬉しいなあ?)
 沢渡真琴の近くにいる、同等の災厄を持つ存在が恐ろしい一同。それは今まで自分たちの命を繋いでくれた有り難い存在で、処刑宣告も受けなかったが、失言一つで命を吸われて存在を消去されるのも分かり、本物の妖狐の力と災厄の大きさに戦慄した。
「秋子さん、お腹すいた、眠い」
 沢渡真琴は疲れたように空いた席に座り、自分の現状を伝えてぐったりとした。
「ええ、何か作ってあげますね、それまでパンとおやつでも食べていて」
 純血の妖狐を満たすことができない食物を見て、謎ジャムと食パンを出して台所に下がる秋子。それを見て一弥と天使の人形までが席に座り、謎ジャムを楽しんだ。
(こりゃあ良い、名雪もこのジャムを食べないから久しぶりだな、ほら、一弥も食べなよ)
(うん、おいしい)
 何も無い空間に浮かんだまま、歯型を残して別次元に消えて行くパンとジャム。
 この中では舞と秋子以外には魔物は目視できず、奇妙な風景を見せられていた。

「あの、天使の人形さんですか? 私やお姉ちゃんをずっと助けてくれて、お葬式の前に戻してくれたのは貴方ですか?」
 恐怖を払って、今までの感謝の気持ちを込めて話しかけた栞。その心は邪悪な天使の人形にも通じ、怒りを掻き立てることも無く答えが得られた。
(そうだよ、栞ちゃん。あゆちゃんが危ない時、真っ先に駆け付けてくれたお礼だよ。気にしないで)
 七年前に「力がある者」を求めて走った時に、実体が見えない魔物の呼びかけにも恐れず答えてくれて、あゆの危機に駆け付け、命を使い切って転移し、病院まで送ってくれた何の罪も無い少女。
 この世との縁が一番薄く、何度も針の穴を通すような努力を重ね、舞の魔物としても最弱で何度も瀕死にさせられ、昼の住処としても条件が悪く、奇跡的に生き続けている栞には苦労させられたが、愛着も持っている天使の人形。
「ありがとう、お姉ちゃんまで助けてくれて、何てお礼したらいいか分からない」
 もう恐怖は忘れ、涙ぐんで感謝する栞。佐祐理と同じく祐一と天使の人形とは同じ存在だと気付いたが、真琴一行には話せないので口をつぐんだ。
(香里さんには恩が無いから何度も見捨てたんだけどね、それだと栞ちゃんがいつまでも気にして、「お姉ちゃんなんて最初からいない」って記憶を変えても幸せになろうとしないから苦労させられたよ。名雪を使って二人とも子供の頃に術を封印するのが正解だった)
 台所で秋子が何かをフライパンで調理する音と匂いがしたが、人間の嗅覚では毒物としか思えない物が調理されていた。
「私にできることがあったら何でも言ってね」
 その声からは「今のお姉ちゃんは助けないでもいい」という呪いが聞こえたので、天使の人形もちょっと引いた。
(香里さんは今からでも始末してあげるよ。栞ちゃんが魔物の頃、仲間を助けようとして相沢祐一を譲ったみたいだけど、邪魔なら消しても良いよ)
「ううん、いいの、お姉ちゃんとは自分で決着をつけるから」
 そこで「今まで虐待された仕返しに、このストロングスタイルのマッスルボディで戦って、ローキックで立てないようにしてから脳も蹴って麻痺させ、ボディーへのストンピング攻撃で何度も地獄を味あわせて、ボディスラムやリフトスラムで弱らせ、魅せ技の雪崩式リバースフランケンシュタイナーで破壊してから、ネックハンギングツリーで処刑してやる」と言う声も聞こえ、月影先生みたいな髪型になって「栞、恐ろしい子」と思う天使の人形だった。
 そこで何人も固まったままの食卓に「毒物」が出され、思わず叫んだ佐祐理。
「一弥っ、食べちゃダメっ!」
(分かってないな、ぼくはもう魔物なんだ、人間の食べ物だけで、お腹がふくらんだりしないよ)
 一弥も天使の人形も、人の形をしている沢渡真琴も、謎ジャムに似た成分を多量に含んだ毒物を、平気で平らげた。
「お腹いっぱい、もう眠い」
「貴方の部屋はそのままにしてますよ、パジャマに着替えてお布団で寝なさい」
「うん、あり、がとう……」
 また感謝の言葉を言えなくなった真琴は、魔物たちを従えて二階に上がって眠ろうとした。

「ただいまーー」
 そこで再び玄関が開き、今度こそ名雪が帰って来た。その瞬間、天使の人形も一弥も、存在を消されるように気配が消え、部屋の時間が動き始めた。
「よく帰って来てくれました、助かりましたよ」
 名雪が帰って来るまでの時間を稼げた秋子は、冷や汗を拭って娘を迎え入れた。
「へ?」
 自分が何をしたのか理解できない名雪は、リビングに大量にいる女達と、帰って来た邪魔者を見て驚いていた。
「あれ? 真琴と真琴とみんなに川澄先輩(ポッ)
 憧れの川澄先輩までが恋敵になったのも知らず、顔を赤らめてしまう哀れな名雪ちゃん。近くには「香里に匹敵するガチの人」がいたので、「全員祐一の女」とは思わず、一体どんな種類の面子なのか戸惑った。

「一弥? 一弥はどこ?」
 先程まで強く感じていた弟の気配を見失い、眼の焦点をあの世に合わせたまま、とりあえず祐一に駆け寄って力強く掴んで、心の平衡を保とうとした佐祐理。
「名雪の気配を感じて逃げたようですね、おかげで助かりました」
 秋子の言葉は受け入れたが「名雪がいると一弥が消えてしまう」という最悪の公式を聞いて、病んだ表情で名雪を睨む。
『貴方が一弥をっ!』
 数年ぶりに再会出来た弟を思い、拒否されたのも恐怖を感じさせられたのも忘れ、追い払ってしまった名雪に怒って、歯を食いしばって足取りも乱暴に向かって行く佐祐理。この二人には決定的な溝ができた。
『やめなさいっ、一弥君や貴方が「生きて」いられたのは名雪のお陰ですよ』
 ただの霊体ではなく、一弥を「生きている魔物」と言った秋子。佐祐理の力を封じ、今まで生きていられるようにしたのも名雪の力だった。
『でもっ、この子がいたら一弥と会えませんっ』
 泣き顔のまま名雪に掴みかかって、平手打ちをしようとした所で秋子に命令され、どうにか手を止めた。
『あの子達は、名雪の力の前では浄化されてしまうので出られないだけです。天使の人形君も名雪のお陰で生きています、もし名雪を傷つけたりしたら、あの子たちは見捨てられて消えてなくなって、貴方との約束も果たせなくなります、それでいいんですか?』
「えっ?」
 聞きたくない言葉を聞かされ、やっと名雪から手を離す。昔、天使の人形から聞かされた約束、「いつか力を着けたら一弥も返す」それは目前で、一弥本人さえ承諾すれば自分の子供として帰って来てくれる。名雪はその障害ではなく、同種の力を持った相手だと感じ少し反省した。
「ごめんなさい、貴方が一弥を消してしまったとばかり思えて……」
「へえ??」
 首の角度がさらに傾き、周囲の出来事が全く理解不能の名雪。その頃にはマコピーがふらふらになり、リビングで寝ようとしていた。
「名雪、後で説明しますから、真琴を部屋に連れて行って、布団を敷いてあげなさい」
「うん?」
 とりあえず危険な佐祐理や舞と引き離し、着替えや部活後のシャワーでも浴びさせようとする秋子。祐一も加わってマコピーを二階まで登らせ、やっと静寂が訪れた。
『怖いようでしたらもう帰った方がいいですよ』

 選択肢
1,怖いので居座る。
2,マコピーも天使の人形も怖いので里まで逃げる。
3,マンションまで撤退。できれば名雪ちゃんお持ち帰りで。
4,佐祐理お姉様と愛の逃避行。
 選択「3」

 月宮真琴一行は天使の人形が座った席には、怖すぎて戻れなかった。二階に行った妖狐の側にいるのも怖いので、とりあえずダッシュで逃げる事にした。
「ジャア、ソロソロ、オイトマシマス」
 真琴一行は半泣きで「四人だけで帰ると怖いから、友達の名雪ちゃんをお持ち帰りしたいナー」と考え、災厄の深奥に唯一対抗できる名雪に頼り、朝と昼に馬鹿にして追い払ったり撃墜して、親友を裏切って男を取り上げた不義理も忘れて、女の友情がペラッペラで相手を利用できる時には有効なのを証明した。
 それに比べ、栞と佐祐理は天使の人形を恐れず、今まで生かしてくれたのも、弟や姉まで救ってくれたのも感謝し、災厄の中心に取り込まれているのを確認した秋子。
 舞は天使の人形の仕打ちに怒ってはいるものの、祐一と同じ存在で、麦畑で遊んだ魔物も天使の人形の一部と気付いた時点で寝返るのも確認した。
 月宮真琴達は役に立たず、魔物として他人の命を喰らい続けた一弥にさえ及ばず、祐一にも余計な情報を与えて邪魔ばかりして、結果として舞と栞の力を強大にしたのには苛立っていたが、月宮の里か別の家にでも情報をリークすれば、舞の左足を葬り去って喜びの感情を断てるのにも気付き、相互破壊が可能な組み合わせを考えた。
(まあ、舞さんと争って勝手に討ち死にすれば、天使の人形君が時間を巻き戻すのに手間取ってくれるので良しとしましょう)
 どこかの千鶴さんより偽善者で、天使の人形よりも酷い心根の秋子は、同族の祐一と名雪、沢渡真琴ぐらいにしか愛情を持てなかった。その他の女は「祐一や名雪が大事に思っているから生存」程度の感情しか湧いて来ない。
「おかあさん、真琴寝かせてきたけど、よっぽど眠かったのか着替える前に寝ちゃったよ」
「ええ、今は休ませてあげましょう」
 名雪と祐一が二階から降りて来て、名雪は着替えを持ってシャワーに向かったが、真琴に乗ったあゆは残り、一緒に眠っているらしい。
 せめて沢渡真琴本体と、あゆでも味方に付ければ形勢は逆転できるが、飛車角ただ取りさせてくれるほど親切な相手ではなさそうなので、時限爆弾として扱い、今夜にでも祐一を使って二人を籠絡する気になった秋子。
「祐一さんも一緒に寝てあげますか? まあ、かわいがるのは起きてからにしましょうか?」
「「「シャーーーッ」」」
 舞、佐祐理、栞の方向から、猫やヘビの威嚇音か、戦闘開始の音に似た声が聞こえた。まだ佐祐理の妹になっていない沢渡真琴は敵チームで、浮気相手とは認められていない。

 秋子の心の声を聞き、「邪魔」とか「月宮の里か他の家に通報して始末」ぐらいにしか思われていないのを悟って逃げる事にした月宮真琴一行。
「ソレデハ今日ハ失礼シマス」
 名雪には無視され、秋子と祐一に挨拶した月宮真琴一行はバタバタと逃げて行った。
「ではまた明日」
 佐祐理から見ても、月宮の里や親族に報告した途端、使い魔を恐れ災厄を恐れる連中からの「名誉殺人」すら有り得るので、わざわざ自分から報告して命まで差し出すような鉄の掟に従っている訳でも無いようなので、女子サークルの四人は見逃した。
 祐一もマコピーがいれば宗教臭いお嬢さん方に襲われず、洗脳されずに済むので、戸籍と学歴が詐称できるなら学校にも来て欲しいとさえ思った。

「じゃあ私も、お父さんが帰るまでに夕食の準備がありますので帰ります」
 今まで自分や姉まで救ってくれたマヌケな恋人を、絶対の存在と信じてきた栞も、あっさりと所有権の主張を放棄して帰り支度をした。それはさらに上位の「自分の守護天使」を見付けたからに他ならない。
「ああ、また明日な」
 浮気の連続で、極限まで機嫌が悪くなったはずの恋人が、何故か笑顔で挨拶して帰って行くのに違和感は覚えたが、愚かな祐一は「佐祐理のお陰」程度に考えていた。

 真琴一行。
「私、どうなるんだろう?」
 自分たちで見た香里、栞、佐祐理の例では体は丈夫になり、術者特有の「力を使い果たした時に死ぬ」からも開放され、祐一に力を与えられれば無制限に力を使え、さらに栞のように自分独自の力を無詠唱で使える不死身の体まで得られる。
 しかし祐一か佐祐理に使い魔を抜き出して貰う前に一族に知られれば死あるのみ。秋子ちゃんが「殺しちゃダメ」と言ってくれれば助かるが、祐一経由でしか受け付けてくれそうにない。
「ヤバイぞ、「お嬢が使い魔に憑かれました」なんて報告した日には、下手したらアタシらまで殺されるぞ」
 今まで読んだ伝承や語り継がれた話で、使い魔の恐ろしさと、周囲の人間がどれだけ使い魔を恐れ、退治するのに苦労してきたか知っているザコ1号。
「確かに里には名誉殺人のしきたりがある、憑依された者は一族の恥として近親者に命を奪われる。今回のように命を繋いだり、体を強くしてくれた例など無いから、信じろと言う方が間違いだ」
 一同は里にある「和製アイアンメイデン」とか「オヤシロサマ」みたいな、内側にトゲトゲがある箱を思い出して震えた。
 使い魔を放った術者を殺すまで箱にブチ込まれ、燃えても構わない洞窟か牢屋に放置。その前に遅効性の毒でも飲まされ、暴れたり使い魔が出れば棘が刺さり、呼吸穴からハエと昆虫は出入り自由。傷に卵を産まれて腐った所はウジ虫に美味しく頂かれ、術者の討伐が成功しても体のどこかは腐り落ち、見付からなければ地獄の苦しみを味わいながら死ぬので非常に気分が悪くなった。
「まず土曜には集会に出ないといけないのよね? その時誰かに見付からないように、せめて相沢くんか佐祐理お姉さまに預かって貰わないと危ないわ」
「確かお姉様は「貸してあげる」って言ってたし、お嬢が終われば絶対アタシらの番だ」
 現在の状況では、真琴一行は秋子の家にいると「沢渡真琴に喰われる、もしくは入れ替わられて強力な術で誤魔化される」ので接近すると死亡。
 このまま里に逃げても「司令塔に使い魔を入れられ、他のメンバーも疑われて全員オヤシロサマにブチ込まれる」ので無事死亡。
 倉田家に行けば「お姉様に順番に使い魔を入れられ、美汐か祐一のが取り出せれば中に出されちゃって」死亡。
「相沢くんだけマンションかどこかに呼んでお嬢と一杯して、土曜までに使い魔を満足させて、とりあえず相沢くんに引き取ってもらうしか無いよ」
 現在の祐一クンは、集会に行くのも宗教支部のマンションに行くのも、まんもすのーさんきゅーな状態だったが、それでも佐祐理お姉様と、舞お姉様と、バケモンの栞、香里を応援するクラスメイトの視線や支配を掻い潜って、色仕掛けで引き込んでパコパコヤリまくって、舞の右足の使い魔を引き取ってもらうしか生き残る手段が無かった。
((((うそ~~ん))))
 こちらもミッションインポッシブルな任務に直面し、早くも災厄の到来に恐れ慄いた。

 栞。
「天使の人形さん、聞いてますか? 私の側にいますか?」
(うん、いるよ。君のことはいつも見てるから、いつでも呼んで)
 秋子の家を出ると、即座に天使の人形に話し掛ける栞。
 その気配を感じたのか、いつも自分を気にかけてくれている視線に気付いたのか、他の女のような恐怖感や反感は一切持たず、子供の頃から自分を守り続けてくれた守護天使を愛しげに呼んだ。
「うふっ、私が虐められてた時も、病気で具合が悪い時も、ずっと、ずっと守ってくれたんですよね?」
(そうだよ、でも子供の頃は力が弱くて病気も治してあげられなくてごめんね。君の魔力源は無くて、力のタンクも小さすぎたんだ。だから「誰かの命を吸い取る部品」を付けた、君が学校で育ててた木も草も、動物もすぐにしんじゃったけど、許してね)
 病弱な上に、触れた木や草は必ず枯れ、教室の金魚や花、鶏小屋の動物は必ず死んだので、「化け物」「魔女」「悪魔」の仇名は消えることが無かった子供時代。
「ううん、いいの、あの子たちは今も私と一緒にいるんでしょ? こうなってからは何となく分かってた。私を虐めてた子が急に具合が悪くなってたのも、そのせいなんでしょ?」
(うん、いじめっ子からは一杯盗むようにしてたから、凄い病気になって「同じだから」なんて言って、栞ちゃんと友達になろうとしたのには笑ったけどね)
「うふふっ、あの子たちは死んじゃったの? まだ生きてる?」
(一応生かしてるよ、栞ちゃんが復讐できるようにね)
「楽しみ、でもあんな子達が私と一緒にいるなんて、何か嫌だな」
(そう言うと思って、あいつらからは使い捨ての力しか盗まなかったよ、いつでも捨てられるし、体も丈夫になったから必要ないよね)
「ありがとう」
 まるで魔法少女と使い魔のように、にこやかに会話する二人だが、話している内容は真っ黒で腐り果てていた。
 今の栞や香里の人格が腐っているのは、腐った人物から力を盗み続け、汚い命を使って生きて来たからで、栞の肩の側にいる物体は、存在そのものが黒く濁りきって罪に穢れていた。
(あれから色々な魔法を覚えたよ、舞の魔物を飼い慣らして、心や魂は食べさせないで、鵜飼の鵜みたいに扱うのは結構難しいんだ。良かったらこれからは、僕の一部を入れて、もっと強くしてあげるよ)
「うふっ、それだとずっと祐一さんと一緒で、お風呂やトイレも見られてるみたいで恥ずかしいですよ」
 女同士の舞の魔物と違い、あれだけエロエロな祐一と一緒に過ごすのは恥ずかしがる栞。天使の人形と祐一は同一の存在として認識していた。
(僕は永遠の十歳だよ、相沢祐一とは違うんだ、一緒にお風呂に入っても変な気は起こさないよ)
「もう、私は女の子なんですよ、一緒にお風呂はダメです」
(ハイハイ)
 魔法少女と淫獣の関係だと言い張る天使の人形だが、微妙なお年ごろの少女には受け入れられなかった。
(栞ちゃん、まだお弁当残ってる?)
「まだお腹すいてますか? お昼の残りで良かったらありますけど」
(いいね、死ぬまで卵産まされて、産まなくなったら肉にされた怨念の塊とか、雄鶏の雛に生まれて何も分からないうちに粉砕機に直行して殺されたナゲットとか、大好物だよ)
 まだ寒い時期だが、昼に出して舞と栞以外手を付けなかった残り物。
 それも月宮真琴に言わせれば「呪いと怨念の塊」だったが、天使の人形にとっては綺麗な呪いの並んだオードブルだった。
「見る人によって、そんなに違うのね」
(そうだよ、ケガレの無い人間なんていない、綺麗事ばかり言う奴の心がどれだけ汚いか、君も良く知ってるだろ?)
「ええ、これ以上無いってぐらい見て来たよ」
 担任、校長、校医、委員長、医者、看護婦、役人、ソーシャルワーカー、ボランティア、NGO関係者、住職、坊主、神職、巫女、宗教家、まじない師、この世の「聖職者」と呼ばれる全員が心の腐り果てた詐欺師だと知っている栞。
(帰ったら、ナゲットを雛鳥に還す方法を教えてあげるよ)
「うちは共同住宅ですからペットは飼えません」
(大丈夫、栞ちゃんが被ってる猫と同じで、エサ代も何もいらないよ、勝手に歩いてクズの命を食い荒らしてくれるカワイイ奴さ)
「あははっ、知ってるんだ」
 栞が被っている表層的な人格も、裏の人格も知り尽くしている天使の人形。この日から栞の家付近では、ウィンナーから復活した赤い何かが走り回ったり、ナゲットや唐揚げから復活した何かがピヨピヨ鳴いて飛び回り、暗闇でだけ生きていける何かが住人の命を食い荒らして回るようになった。

 栞の家。
「温め直すからちょっと待ってね」
(いや、そのままがいいよ、呪いが逃げ出すと美味しくないんだ)
「そうなんだ」
 テーブルに弁当の残りを並べる栞。天使の人形はまずナゲットを出して二、三個固めた。
(ピヨ、ピヨ)
 天使の人形や一弥周辺の凄まじい呪いの中では、何もせず自立して羽ばたき始めたナゲット。
「まあ、食べ物で遊んじゃいけませんよ」
(ふふっ、僕や一弥が摘んだら、勝手に歩き始めるんだ)
「ふ~ん、そう言えば一弥くんは?」
(佐祐理さんが隙を見せる所を狙ってるんじゃないか? これからお姉さんを虐めるのも解禁だから、大喜びで飛んで行ったよ)
「お金持ちだったら姉弟で仲が良いのかと思ったけど、うちと同じなんだね」
(そうだよ、仲の良い家族なんて存在しないんだ、仲良くしてるなんて打算があるか、何かおかしい奴らなんだよ)
 掴んで動き出しても、もう元が何か分からないハンバーグを踊り食いする天使の人形。弁当箱からはウィンナーが逃げ出し、唐揚げが栞を襲おうとしたので食い付いて飲み込んだ。
(栞ちゃん、食べてる間に着替えてきてよ、今まで君を虐めてた奴らに復讐しに行こう)
「え? いいの」
(うん、どんな残忍な方法で仕返しするか、考えておいで)
「うふっ、分かった」
 魔物が抜けて、夜の狩りから開放された栞は、自分の意志で狩りを始め、陰惨で暴力的な、甘い復讐の果実を育て始めた。
 この日に産まれた魔女と使い魔の二組のコンビは、夜の街を寒々とした荒野に変えて行った。
 
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