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KANON 終わらない悪夢

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35舞と名雪

 パーティーと称して、上級国民様だけが飲み食いできる品物を出すと、栞も美汐も祐一も舞も秋子まで陥落した。
 ジジイの思惑通りに高級食品の虜になった一同は、「この食べ物は人間の作ったインフラと職能が存在しないと食べられませんよ」と叩きこまれ、秋子のように平気で人類滅亡を考えるような輩にも人間の重要さを思い知らせた。
 沢渡真琴を名乗る妖狐は子供過ぎて、寿司を吐き出しローストビーフより生きているウサギの方が美味いといったが、天野の娘に「少し、頭冷やそうか……」とレイプ目で言われて倒された。起こして安物のケーキとプリンを食べさせれば満足すると思われる。
 出生の秘密などを知って、二階でドナドナを歌っていた名雪も料理に満足し、ご機嫌が直った。

 第三十五話
 舞は佐祐理が大半を残したケーキと格闘していた。もう胃袋には隙間など無かったが、どうしても口に入れろと脳から命令が出て、胃の内容物を腸に押し込み次第、ケーキを投入していた。オレンジジュースを飲むたび卒倒しかけ、パインジュースを飲むと泣いた。
 栞も一旦帰って天使の人形と話すか、両親に残り物を持って帰ってやりたかったが、目の前の敵対者達が許すはずもなく、どうにかして「自分の腹」に収める方法を考え、マッスルボディと小宇宙(コスモ)を全力で萌やし、胃袋に隙間を作ろうとした。
(ふぬおおおおっ、どうやって詰め込むのか? 考えろ、考えろ)
「今日、これからお帰りになる方はいらっしゃいますか?」
 爺やが片付けに入る前に聞かれたので、洞察力の鋭い栞は「お土産が貰えるのでは?」と考え手を上げた。
「両親にも泊まりになるとは言ってませんので、そろそろ失礼します」
「左様ですか、ケーキでもお包みしましょう、ご自宅には何人いらっしゃいますかな?」
 栞は「計画通り!」みたいな顔をしてほくそ笑み、もちろん偽の人数を伝えた。
「両親と「姉」それと、天使くんと一弥くんも来るかもしれません」
 ライバル達は、そんなたわ言を信じなかったが、佐祐理は一弥と聞いただけで許し、爺やもケーキを五個切り分け、プリンも五個、ローストビーフや焼豚、他の食品も別の紙箱に取り分けた。
(((((((栞、恐ろしい子)))))))
 両親の分はともかく、香里や天使の人形の分は自分で隠匿して食べると思われる栞。
 しかし、美汐と月宮の一同はこの家を出て帰るとタヒぬ。残党に帰り道で襲われて、機銃掃射でも受ければ助からないので「帰る」とは言えなかった。
(…私も?)
 母親に何か持って帰ってやりたい舞だったが、佐祐理が心配で帰れない。策士がケーキやプリン、その他を持ち帰るのを見守った。
「舞お姉さまのお母様にもお届けしましょうか?」
「…え? うん」
 どの状況で察したのか、舞の家族は母親だけで、お土産を持って帰ってやりたいと思っていたのまで見抜いて話した栞。
「それでは夜道の一人歩きは危のうございますから、車でお送りします」
 爺やが提案したものの、夜間の無敵状態の栞に関してその心配は無用だった。
 ただ、中国マフィアでも生き残っていて、両親が襲われて生皮を剥がれ、下から竹で刺されて半死半生で転がっているかもしれないので、電話でもして生存を確認してみることにした。
「すいません、ちょっと電話をお借りしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
 美味しい料理を食べて、少し人間らしい表情を取り戻していた栞だが、もし両親が死んでいても、人間だった頃のように悲しくはない。
 まず天使の人形がそんな事を許さず、一弥もいるが、血まみれの死体を見ても眉一つ動かさず、冷静に匂いや動きを追って、全員を凄惨な殺し方で始末する覚悟もできていた。
「もしもし? お母さん? 良かった。   今、秋子さんの家にいますけど、これから帰ります、はい……」
 話したいことは山ほどあったが、手短に電話を切って終わらせる。テレビの音なども聞こえていたので父も無事なのを確認した。
「皆さん、うちの両親でも無事だったみたいですから、帰っても大丈夫そうですよ」
「え? ええ」
 そう言われても、何かあっても生身で生きて帰れるのは舞か栞だけ、自分たちには無理な相談なので生返事で答えた。

「それでは残った物は冷蔵庫に入れておきましたので、明日の朝食か昼食にでもお楽しみ下さい。ケーキは入りませんでしたのでお早めにどうぞ」
 栞はローストビーフと焼豚の半分くらいが冷蔵庫に入ったのを見た。例のジュースも2,3本入り、プリンに至っては十個近く残った。テーブルにはピザが一箱、店長力作のホールケーキも半分近く残っていた。
(栞ちゃん、ここにいるよ)
 そこで一弥に話しかけられ、庭の方を見た。
「お姉さま、一弥くんが来てます」
「えっ? どこですか? 一弥っ?」
 佐祐理の余裕の表情が一瞬で崩れ、爺やも一弥の来訪に驚いた。
「庭先まで来てますけど、名雪さんがいるので入れません」
「くっ」
 また名雪を苦々しげに見たが、舞に懐いているようなので、二階に連れて行くように頼んで見る。
「舞、その子を連れて行って頂戴」
「…うん」
 ちょっとでも運動して胃に隙間を開けようとした舞だが、何故か股間が膨らんでいるのに気付いた。
「…?」
「舞、それどうしたんですか?」
 それは祐一の中に潜んでいた胴体が、毎日のように祐一の右手で股間を擦り倒されたり、しごかれて抜かれたので、重なった部分である「栗と栗鼠」が巨大化してしまい「穢れたバベルの塔」が建設されてしまったのを、胴体の魔物が置き土産として舞本体に残していった物だった。
「…大きくなってる」
 それは佐祐理とか名雪みたいな癒し系の女の匂いを嗅いだ時に巨大化するようで、栞のような「いやしい系」には反応しないらしい。
「…じゃあ、行こうか」
「え? ……はい」
 舞に腕を組まれ、以前から憧れていた先輩のお誘いに気付いた名雪も即座にオッケーした。体の変なスイッチは、とっくの昔に香里にオンにされ「ねこさ~ん」にされていて、香里との関係も切れていたので、拒否する選択肢は無かった。
「舞?」
「…佐祐理は後で」
 獲物を狩った猛禽類の表情をされたので、この後何が起こるか簡単に想像が付いたが、「夫の浮気?」程度は見逃して、一弥の方を優先した。
 この後、二階から名雪のメスの声が聞こえたが、各自聞かなかったことにして配慮したが、祐一クンだけは耳を塞いで聞かないようにしていた。

「一弥、出てらっしゃい」
「一弥様?」
 爺やも庭に面したサッシを開け、視界の端で何かがうごめいているのを感じ、遮蔽した状態から出て来た化け物が一弥の変わり果てた姿だと知って、膝を着いて泣いた。
(やあ、爺や、久しぶり)
「一弥様ぁぁ……」
(そんなに悲しまないで、人間でいた頃みたいに苦しくないんだ。病気もないし毎日が楽しくて快適だよ、ゲームするのに時間制限もないし、寝る必要だって無いんだ。まあ、夜に名雪の授業があるのが退屈だね、あゆちゃんも相棒も居眠りしたり遊んでると、うめぼしアタックか、たくわんアタックだ)
「え?」
 ただ魔物として人の命を狩って生きて来たと思われた弟も、名雪によって何らかの教育を受けているらしい。
 一弥の怯え方から見ても、一緒に存在できないのではなく、教師や保護者として怖くて一緒にいられないのだと思えた。
(魔物に高等数学なんか必要ないのにな、微分積分ってなんだよっ)
 吐き捨てるように言ったが、お化けや妖怪じゃない魔物には、試験も学校もあるらしい。佐祐理はほんの少し微笑ましく思った。
「左様でしたか、一弥様はそんな所までお勉強をなさっているのですか、喜ばしい限りです」
(ふんっ、朝練だか何だか、魔物が弱る朝にランニングとか、名雪のやることはどっかおかしいんだよっ)
 名雪の日課には魔物たちへの六時間の授業と、体育か部活があるらしく、睡眠時間の長さの秘密はこの辺りにあった。
「若い頃の苦労は、何も無駄になりません、何でもお試しになって下さい、運動でも武道でも、どんな事でも」
 それが魔物としての生活や、人間を捕食するのも含まれるのか、爺やは何事にも寛容に言った。
「一弥、お願いだから、家に帰って来て」
(嫌だよ、また虐待かネグレクトでもしたいんだろ? もう分かってるんだよ)
「もうそんな事しない、だから……」
(ふざけんなっ、婆ちゃんが死んだのも全部僕のせいにしやがって)
 一弥の祖母が孫の生存を願った後、命を失ったのも、一弥が僅かに命を延ばしたのも恨まれ、佐祐理も含め祖母を愛していた全員から疎まれた日々、自分の死の直前まで続いた迫害は忘れられなかったらしい。
「お許し下さい、お館様も奥様を大事に思っておられたのです。奥様も一弥様にお命を譲られ、本望だったと思います、どうかお許しを」
(ほんの一、二年寿命が伸びて苦しんだだけで、あの扱いじゃ割に合わないね、でも、今日はお姉ちゃんがここに残るんだろ? だったら家に帰ってやるよ)
 母とも一応再会して、倉田の当主にも合って当時の恨み言でも言うか、まだ偉そうに言うなら殺してやろうと思う一弥。
「左様ですか、それでは車をご用意しますのでお乗り下さい、皆様一弥様のご帰還をお喜びくださるでしょう」
 部屋の片付けは大半が終わり、メイドや少女たちも手伝ったので、パーティーグッズもホットプレートの撤収も終わって引き上げる倉田家の面々。

 名雪の部屋。
「…名雪、辛かった? 苦しかった? じゃあ、そんな物は捨ててしまえばいい、私が受け止めてあげる」
 悲しむ名雪を見ていられず、自分と同じように悲しみの心も苦しみの感情も捨てるように言う舞。
 純血の妖狐が出す精霊を受け入れられるかどうかは分からなかったが、多分今の自分なら、その入れ物の役目を果たせると思えた。
「え? だいじょうぶです、わたし、人間の体はお母さんと同じ入れ物を使ってるんだと思います。でも中身は違うはずです」
 もう舞に壁ドンされて追い詰められ、今にも唇だとか色々奪われそうな名雪。
 心の声からも祐一との血の繋がりを聞かされたが、自分とも血の繋がりがある姉のようにも思えた。
 様々な疑問にも秋子のような人語とは違う人類ではない思考で答えられるのと違い、舞の心の声は人間の言葉で考え、名雪の疑問や間違いにも人語で答えた。
「…うん、体は似てる、秋子さんは自分を産み直したのかも知れないし、別の自分を違う所から呼んだのかも知れない。でもこれからは名雪が選べる、秋子さんと祐一が結ばれたのなら、空白だった貴方のお父さんを祐一にもできるし、祐一や私の父親と同じにもできる。祐一の妹と娘、どっちがいい?」
 珍しく饒舌な舞に、異次元の会話をされるが、何故かその意味を理解してしまえる名雪。
 舞と姉妹になれるのは嬉しかったが、祐一を父親にして恋人としても暮らすのには抵抗があった。
「えへっ、祐一がお父さんなんて何か変ですね? 妹になるのも違う気がします」
「…そう? 迷ってるなら後から決めるといい。時間は波、粒子も何もかも私達が選んだ後で決まる物。名雪や祐一は五次元の存在、時間も距離もあまり関係ない、でも私は半分この場所に繋がってるから動けない」
 短時間だが三体の精霊化した魔物が揃った時に得た、人類が知ってはいけない知識。
 それを自分の妹の可能性が存在する物質に伝えるが、名雪が否定したことで血縁としての距離が遠のいた。ここで名雪が観測結果を否定すれば、重ね合わせの可能性は消えて可愛い妹との縁は消えてしまう。

 選択肢
1,舞と祐一の血が繋がった妹になる。
2,祐一の妹なら結ばれないので、舞と姉妹になるのもやめる。
3,もっと安くて早い、ロキだとかラグナロクだとかフェンリルとかギンヌンガガップ?みたいな手垢にまみれたオチにする。
4,舞と二人だけの愛の逃避行。
 選択「2」

「何か難しすぎてわかりません、舞さんがお姉さんだったら嬉しい、でも、姉妹だったら「恋人」にはなれませんよね?」
「…ええ、その方がいい?」
 名雪の観測結果で妹では無くなった少女に別の視線を向ける。しかしその結果産まれた悲しい結末の一つに辿り着き、一つの願いを託す。
「…これで名雪は私の妹じゃなくなった、弟の娘、姪でも無くなった。でも恋のライバルで恋人、私達は重なりあった複雑な関係なのね。でも決まったこともある、イザナギとイザナミは兄妹の方が良かった。もうそれも終わり、私が祐一の最初の子を身籠る、でも私の肉体は半年後に存在していないはず、この子はどうなる? ヒルコ? カグヅチ? いいえ、名雪なら産める。お願い、私と祐一の子を貴方が産んで」
「へぇ?」
 舞の考えやその先の読みが早すぎて理解できなかった名雪は、目の前の魅力的な女性から「私の子供を産んでくれ」と頼まれてしまった。
「どうなったんですか? わたしが選んだから? 祐一の妹じゃなくなったから舞さんの体が?」
「…うん、でも名雪のせいじゃない、生身だった私が生き残る可能性なんか無かった、でも、精霊になれた私の残像は残れるように結果が変わった。みんな生身は残れないけど、純血の妖狐の四人、貴方達は体も残る、だからお願い、この子だけは生かしてやって欲しいの」
 その子をどうやって受け取ればいいのか分からなかったが、多分「穢れたバベルの塔」を挿入され、受精卵とか色々流し込まれて自分の子宮で受け止めさせられて十ヶ月後に出産させられるらしい。
「え? そんな急に舞さんの子を産めって言われても、学校とか、部活は?」
 顔を赤らめ、満更ではない表情で非常に人間的な疑問を浮かべるが、陸上部も引退前に退部、学校卒業も難しく、不純同性交遊?で退学もあり得る。
「…学校? もうこの世界は消えるはず、多分学校の敷地がどこなのか分からなくなるから学歴とか心配しないでもいい」
「は?」
 こっちも終末思想に取り憑かれているのか、本当の予知で未来を見ちゃったのか「半年後に学校なんて無いよ~~」と言い出した舞。
 何か最終兵器栞さんが北海道の北の大地で、ロシア人相手に接触したり発動しちゃうらしい。
 もう抱っこされて魔物の腕力で自分のベッドに連れて行かれ、「押し倒し」か「右上手出し投げ」でも食らった瞬間、問答無用で押し倒されてペロペロされ、ケロピーが見ている目の前で、お姉さんだったかも知れない女の人に犯され、祐一と舞の受精卵を中出しされて妊娠させられちゃう名雪ちゃん。
「あの、まだ心の準備が……」
「…もう名雪は私の物」
 舞のキスで眼球が上を向き、膝が力無く抜けてベッドに座った所で押し倒される名雪ちゃん。
(ただいまの決まり手は、押し倒し、押し倒し……)

 秋子の家の前、車止め。
「それでは浴衣などはこちらに用意してございます、マッサージ器などはこちらに」
 美汐か名雪か真琴を泣かせることになる100V電源の電動マッサージ器も配達され、寝床に置く水挿し代わりのスポーツドリンクも「多めに」用意され、バスタオルなども「多めに」渡された。
「ええ、一弥を宜しく、せめてお母様とだけは仲良くできますように」
 今晩のお楽しみより、まずは弟と母だけでも争わずに話せるよう、願い事を口にする佐祐理。
 自分がいると更に面倒な事態になり、祖父や父との話は多分争いになって、簡単な願いすら叶わないかと思っていた。
「お任せ下さい、お館様にも旦那様にも、一弥様と向き合って頂きます」
 坊ちゃまが暴れだした時、誰も止められるものがいないが、自分の一命を賭して主人を守るか、もし可能なら美坂の娘に頼んで仲裁を願ってみようかと考えた。
 運転して来た若い者に運転を任せ、メイドが前、爺やが奥に座って、一弥、栞と車に入って帰宅する倉田家の面々。
「あ、焼豚とロブスターが動き出した」
 一弥が隣に座ったので、栞用のお土産の食料が暴れだし、紙箱から半身しか無いロブスターがゴソゴソと出て来た。
「ひっ!」
 前列の若い運転手とメイドも低級の術者だったが、余りの光景と一弥様の凄まじい呪いを恐れた。
(ごめんね、せっかく栞ちゃんの親に持って帰るご馳走だったのに)
「いいの、ケーキとかピザは動かないみたいだし」
 一弥がロブスターの残った命を頭に集めて千切ると動きが止まったので箱に戻すと、頭は何も無い空間に食われて消えて行った。焼豚とローストビーフの命も一枚に集めると動きが止まり、食われてどこかに消えた。
「これ、お父さんとか普通の人に食べさせても大丈夫かな?」
(うん、タンパク質は壊れてないから栄養にはなるよ、自然に吸収してる命が無いだけだよ)
「ふ~ん」
 心の闇が似ているのか、諍いも起こさず仲良く会話している二人、爺やは本気で一弥様専属のメイドとして栞を雇うか、高位の術者としてお嬢様の警護役として雇うか考えていた。
「栞様は一弥様とも、お嬢様とも仲が宜しゅうございますな、羨ましい限りです。お二方のご学友か術者として当家で雇い入れたいほどです」
 軽く鎌を掛けて、拒否されなければ本腰を入れて仲間に引き込みたいと思った爺や。
 前科者に近い術者だが一応血筋は倉田の分家で、家も経済的に潤っているとは言い難いので、金だけで一騎当千の兵士を身内にできるなら安いと思えた。
「わ~、一弥くん付きのメイドさんだって、坊ちゃまとかご主人様~って言わないといけないんだ」
(やめてよ爺や、栞ちゃんは友達だよ、雇わないで)
「はっ、畏まりました」
 心の声が漏れないように訓練しているはずが、何かを読まれてメイドとして雇いたがっているのを知られた。先ほどのビデオを見ても、右手の魔物付きなら水の精霊化しているのかも知れない。
「天使くんと一弥くんは、私の守護天使だもんね~」
(ね~)
 異様に仲が良いのにも驚かされるが、これだけの呪いの中でも平然としていられる胆力や体力にも驚かされる。
「みんな具合が悪そうだよ、やっぱり私が一弥くん抱えて走って追いかけようか?」
(そうしようか、止めていいよ、爺や、まだ血圧とか腰とか悪いんだろ?)
「いえ、お気遣いなく、お客様を走らせるなど、とんでもない」
 怒って一弥が魔物化すれば車ごと壊れるが、今はそこまで機嫌を悪化させる者はいない、美坂の娘がいれば楽しそうなので、是非家にも来て欲しいと思った。
(じゃあ、爺やも若返らせてあげるよ、不老不死は無理だろうけど、血圧ぐらいは治してやれるよ)
「は?」
 その意味は、一弥の使い魔か精霊が自分に宿り、お嬢様や栞、天野の娘のように体を改造して貰えるらしいが、支配された身ではお館様を守れるかどうか定かではない。
(ああ、もう分かったよ、あのクソジジイが何か言っても、爺やが殺すなって言うなら殺さない、だから若返ってよ)
「くおおっ!」
 一弥に何かを押しこまれ、小規模ながら再生の魔法や体の年齢を書き換えられる爺や。
(そうだよ、爺やが心配してる通り、相棒、天使の人形はやるつもりだ。腐った奴らを皆殺しにして、弱い者も馬鹿も死なせる、ちょっと改造するだけで長生きできる奴や、聖人みたいな人を残す、他の奴らはみんな生け贄だ、爺やもその地獄を見てからにして)
 楽には死なせてもらえないようで、これから起こる地獄を見せられ、お嬢様と一弥様の血みどろの争いもたっぷり味合わされるらしい。長生きはするものではないと思う爺やだった。

 栞の家の下。
 車が到着し、一旦降りようとする栞だが、思い直して爺やに話し掛ける。
「あの、一弥くんが心配なので一緒に付いて行っていいですか? これだけ置いて来ます」
(いいよ、もう遅いし帰った方がいいよ、また明日ね)
「だ~め、絶対何かするつもりでしょ?」
 料理やケーキを持って降りる栞だが、これから一弥が起こす惨劇を予想して、倉田家に同行を申し出る。
「どうせお爺さんも殺さないだけで、「死んだほうが楽」にするんでしょ? 他の人だって爺やさん以外は支配してロボットみたいにして、お姉さんを虐める道具にするとか、どうせそんなとこでしょ?」
(へへっ、バレてたか)
 そう聞かされて身を震わせる若い運転手達。昔の体が弱い一弥様ではなく、幽霊から魔物に変化した怪物を乗せているのを思い知らされた。
「じゃあ、待ってて下さいね」
 栞が走って行くと、口調を変えて話しだす一弥。
(車を出せ、早く)
「は…… はい」
 術に掛かり、車を発進させる運転手、栞を待って開いていたドアは自動的に閉まり、加速して行く。
「一弥様、栞様は追いかけて来られますよ、確か縮地使いだとか」
(そうだね、でもあの子にはこれから起こることを見せたくないんだ)
 例え倉田の家で使える全部の術者が並んでも、どんな宝具や術で攻め寄せても、巨大化してあらゆる暴力を振るって、罠に掛かって座敷牢に閉じ込められても、家ごと破壊して滅ぼそうと思っている一弥。もう心は闇に染まりきり、人間らしい感情など持ち合わせていなかった。
「お考え直しを、どうか、この爺に免じてお許し下さい」
(そのつもりだよ、でも、あいつらが許してくれないんだ。一族の恥だとか何とか、「すぐに始末しろっ」て言うクソジジイの声が聴こえるんだ、やめろって言っても穴だらけにされて、もう血は出ないけど、殺されないようにするには暴れるしか無いんだ、爺やも姉やも帰ったらすぐ逃げて)
 怯える小動物のように震える一弥だが、この先に起こる悲劇は予知しているようで、家族の諍いは殺し合いに発展すると確信していた。
「もうご帰還は取りやめにしましょう、ご希望の所までお送りします、ご入用な物があれば何でもお申し付け下さい、ご逗留先にお届けします」
(ふふっ、そうだろうね)
 諦めの言葉を漏らした時に栞が追いつき、外からドアを開けて乗りこんできた。
「やっぱり、こうなると思ってた」
(栞ちゃん、僕を見ないで、化物になって暴れる僕を見ないで欲しいんだ)
「もう見ちゃったよ、大勢の人の腸を抜いて、命を集めてる所。さっきの三人も泣いて腰抜かして、這って逃げてたよね?」
(あれぐらいじゃ済まない、あのジジイがまた汚い物でも見るような目で言うんだ、「すぐにその化け物を始末しろっ」って、だから僕は暴れる、お母さんも栞ちゃんも爺やも分からなくなって傷付けてしまう、だから来ないで)
 同類の栞にも見せられない、舞の魔物と似た化け物の姿、そうなれば見境も付かず、誰にでも牙を剥いて、棘や爪が生えた醜い腕を振るってしまう。
「だ~め、七年も私を見守って、生かしてくれた守護天使さんにお節介の仕返しです、私が責任をもって、ちゃんと話させてあげます」
 その時はどこかの魔法少女のように「肉体言語」で会話するか、このマッスルボディにものを言わせる時だと思っている栞、一弥のように見境なく暴れるのとは違い、知らない人で憎い相手ではないので、死なない程度に「手加減」ができる。
(ふふっ、お節介な精霊さんだ)
「あれ~? 瀕死の私を不死身にしちゃった、もっとお節介な人は誰だったかな~?」
(それは相棒だよ)
「もう一人いたと思うんだけど? ね~?」
(ね~?)
 涙声で話す一弥も、一時人間の心を取り戻していた。

 名雪の部屋。
 もう素っ裸にひん剥かれ、色々な所を舞にペロペロされている名雪さん。プレイ時間は佐祐理が突入してくるまでの短い時間だが、その間に種付けというか托卵してしまえば、祐一と舞の子供は助かる。
『…名雪、私を受け止めて、私の子供を産んで、いいでしょ?』
「あ…… はい」
 舞の指と舌に即堕ちして、ねこさ~んな表情でヌレヌレな名雪は、エロエロな術にも掛かって舞に托卵されるのを受け入れた。
 既に相棒の香里には裏切られ、祐一にも別れを告げられていたので、新しい恋に夢中になっていた。
『…ああっ、もう我慢できないっ、名雪っ』
「あひっ」
 舞の長い「栗と栗鼠」に突入され、二人の子宮の距離は数十センチに縮まり、液体で接続されて卵子か受精卵の移動も可能になった。
『…邪魔が入らない内に出すよっ、もう全部名雪の中に出すよっ』
「はいっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
 激しく腰を動かし、メスの肉同士がぶつかり合う柔らかいパンパンという音が鳴り、一階にもベッドの軋む音と名雪のメスの鳴き声が響き、佐祐理が怒って階段を駆け上ってくる音も聞こえた。舞はラストスパートを掛け、卵管にあった自分の卵子と祐一の精虫を、精液と一緒に名雪の中に流し込んだ。
『…うああっ、あっ、あっ、あぁぁぁ~』
 ビクビクと痙攣しながら、名雪の上に伸し掛かって体重を掛け、自分の腹の中の物を全部名雪の子宮に流し込んだ舞。
 オスの絶頂と栗と栗鼠の絶頂を同時に味わい、余りの気持ち良さに気絶しそうになり、いつか佐祐理や「祐一の中」でも同じことをしようと考えていた。
「あううっ、ひっ、ひいっ」
 熱々の精液を流し込まれ、受精寸前の舞の卵子も感じ、姉のような、格好良い年上の女性に抱かれて、だいしゅきホールドで受け止めた名雪も存分に達した。

「舞っ、開けて頂戴っ、何してるのっ?」
 聞くまでもなくわかっているはずだが、夫の浮気?に寛容なはずの佐祐理も異様な雰囲気を察して怒鳴りこんで来た。
 ただのスポーツのようなセックスではなく、なまら深刻な話と交尾の末の受精、着床、妊娠、出産まで感じさせられたらしい。
「…開いて」
 内鍵を開いて佐祐理を迎え入れると、また般若のようになった女が無言で立ち、名雪とはキャラ被りもあって相性が悪そうな人が睨んでいた。
 同性なら性格が似ていて話も合うはずが、佐祐理のジェンダーから見ると「異性」なので、性格が正反対の舞とはガッチリ嵌まり、名雪と舞もガッチリ嵌ってしまうので、その反発も大きかった。
「佐祐理の舞を寝取ろうとする泥棒猫さんがいますね? そんな悪い子はお仕置きです」
 アルター能力を展開し、ゴージャスさゆりんの固有結界に引き込む佐祐理。
 純血の妖狐である名雪への効果は不明だが、浮気現場を抑えられて尚、舞の下で荒い息をして喘いで、腰に巻き付けた足を離そうともしないメスブタを許すわけには行かなかった。
「…佐祐理、この子は私の妹?だったかも知れない子、それに私の子供を預かってもらって産んでもらえる子、だから許して」
「は?」
 自分の夫の方も浮気相手から降りようともしないで、お尻をビクビク痙攣させながら写生?の感触を堪能して、腰をくねらせて余韻に浸っていた。子供を預かって産むと言うのも理解できなかったので、呆気にとられる。
「とにかく離れてっ、浮気は許しますけど本気は許しませんっ」
「…まだ駄目、射精したばかりで、私の子供が名雪の子宮に届いていない」
「はへ?」
 理解不能のセリフを言われ、混乱する佐祐理。心の声からは「この子は妹で姪になるかも知れなかった子、同じ父親を選んでいたら妹だったけど、私の恋人になる方を選んだ」と聞こえた。
「じゃあ、本気じゃないですかっ、許しません」
「…私の妹なら佐祐理の妹でしょ?」
 肉親ではなく、ソッチの妹の話も持ちだされ、自分の浮気の数々と今後の犯行も予想されて、しぶしぶ従う。
『名雪さん、貴方と佐祐理は相性が悪そうですが、妹になってくれますね?』
「え? ……はい」
 ヌレヌレのグチュグチュの状態で、「舞お姉さま」に可愛がられ、タップリ中出しまでされたので従順で、お姉さま方の妹にされた名雪。
 キスするのはムカついたが、一応ホッペにチューぐらいはしても、名雪は気を失わなかった。
「舞と一弥の子供だったら、佐祐理でも産めました、どうして預けてくれなかったんです?」
「…もう私達には半年後が見えない、多分、生身の体は無くなってる。でも、純血の妖狐の名雪や秋子さんなら体が残る、だからこの子を生かすために預かってもらったの。それに佐祐理は一弥を産まないといけないから」
 言葉では伝わらなかった上、感情的には受け入れたくなかったが、心の声で舞が泣いていたので受け入れた。
 自分は一弥が納得すれば子供として受け入れなければならない体、名雪と舞の浅からぬ関係も仕方なく受け止めた。
「…私と名雪は重なった存在、この子が光なら私は影、この子が太陽なら私は月。でも祐一が選んでしまったの、この子は血の繋がった妹じゃ嫌だって、私は姉でも構わないって」
 女として選ばれなかったのを少し嘆いてみるが、祐一の脳内では「秋子さんとスル、寝る、ヤル、ヤりまくって中田氏して、叔母さんじゃない人の処女も貰って妊娠させるんだモ~ン」という下らない妄想の結果こうなったのを知っているので、マヌケな弟で夫を、後で風呂場に連れ込んで、ケツに石鹸をタップリ塗って後ろから栗と栗鼠でガンガン突いて即落ちさせて泣かしてやり、グリセリンで刺激された腸が悲鳴を上げて「もう出ちゃうよっ、トイレに、トイレにイかせてっ」と言わせて、結合したまま四つん這いで歩かせてトイレで開放、泣きながら排便する所も見て散々なじってやって、サディストの目で見下げ果てて言葉でも穢してやり、トイレの中でも石鹸を塗りたくって、ボディーソープも注射してやってブチ込んで、駅弁スタイルや対面座位で犯してやって、「出ちゃう」とブチ込んでやるのを交互に楽しませて、祐一の腹の中に自分の卵子もタップリブチ込んでやって、男の身でありながら五つ子を妊娠してしまうような濃厚なプレイをしてやるつもりだった。
「舞が一弥のお姉さんで、名雪が妹? 秋子さんも重なってるから、祐一さんの嫁で妹? 分からない、分からないわっ」
 予知能力も無く、妖狐の血が薄すぎる佐祐理には、多元宇宙も何も把握できなかったが、今は舞が選ばれて、何かのマークが取り付けられているのが分かった。
「…そう、イザナギとイザナミは兄妹の方が良かった、とても簡単で二人だけ。でも、祐一は手の届く範囲の女を全部助けたかった。私も佐祐理も、栞も香里も、そんなの無理なのに、助けようとした。だから今は私がイザナミ、でも佐祐理の夫で祐一の姉。佐祐理も天人の子を産むはず、もう私では先が読めない」
 複雑に絡み合って重なりあってしまった自分たちの運命は計算外で予測もできない、天使の人形の思惑も違い、一体どこに向かって走っているのかも理解不能で、自分たちの立ち位置も分からない。
「だいじょうぶですよ、わたしと祐一が治します。一弥とゆういち(天使の人形)が何かしても、わたしがゆるしません、あゆちゃんはいい子です、真琴は…… アホです」
 珍しく会話に加わった名雪だが、朦朧としていたのか、神がかりな状態なのか、何か呟いてから眠った。
 仮のイザナミから国産みの神に遺児が託され、人の穢れを四分の一抱えた子も、名雪の中でケガレを消された。

 倉田家。
 舞の家に届け物を済ませ、正門前の車寄せに停車した車から、栞、一弥、爺やが降りた。
 緊急事態ボタンで厳戒態勢にあった倉田家では、佐祐理の母と話した当主も玄関に出て、家に逃げ込めるようにも、外にも逃げ出せるように準備していた。
「倉田家次期当主、一弥様のご帰還です、皆様拍手でお迎え下さい」
 爺やは涙声を振り絞って、周囲のざわつきを消そうとしたが、余り賛同は得られず、一弥の母以外は拍手も無かった。
「爺、そのケガレを家に入れることまかりならぬっ、早々に追い出せば見逃してやるっ、さもなくば……」
 その先は言いたくなかったのか、怯えて言えなかったのか、言葉に詰まった当主。それは立場上そう言うしか無かったのか、既に手勢も少ない倉田家では言えなかったのか、及び腰で叫んだ。
(へっ、そう言うと思ったよ、さあ、皆殺しパーティーだ、爺やは逃げろ、母さん、お別れだよ)
「一弥っ」
(クオオオオオッ!)
 もう母も殺すつもりなのか、別れの言葉を告げると、獣の咆哮を上げて力を開放しようとする一弥。
 議員の家で拳銃は持てないのか、テイザーと呼ばれる電極を発射するスタンガンを構えた警備員や黒服が少数並んでいた。
「フンッ!」
 秘書や警備員の間を駆け抜け、栞が家の中の当主に八極拳を叩き込んで吹き飛ばし、壁に貼り付けておいて震脚を踏みながら打掌を打ち込んで肋骨を砕いた。
「ぐほおっ!」
「お義父さんっ、何者だっ、お前はっ?」
「マスヲさんは黙ってろ」
 一弥の父で普通の人間の婿養子議員は、栞の掌が回転するのと同じように一回転して叩きのめされた。
 テイザーも打ち込まれたが、そんな物が当たるはずもなく、歯向かった者は倒され、沈黙させられた。
「は~い、私はさっき、月宮の術者とか兵隊さんを全員ブチのめした子供です、まだ私に逆らう人は手を上げて下さい、あの世に送ってあげます」
 この家にも速報が入り、二百人近くいた月宮の別働隊が全滅させられたのを聞いていた。それはオカッパの化け物で、目の前の少女と特徴が一致していた。
「「美坂、栞……」」
「あら、ごめんなさい、初めておじゃまする家に土足で上がっちゃいました」
 当主の老人を叩きのめし、議員を投げ飛ばした時点で失礼極まりないが、笑って一弥の側に戻る栞。
「ああっ、一弥、ごめんなさい。お父様はああ言うしか無かったのよっ」
(ははっ、はっ、あははははははははははっ!)
 駆け寄った母に抱き締められ、その皮膚や服を焦がしながら笑い出す一弥。
 栞の手際の速さと、こうすれば母親を殺さずとも会話できるのに気付き、自分の頭にも血が登りすぎ、争うことしか考えていなかったのに気付かされる。
(こんな、こんな簡単なことだったなんて、はははっ)
 母と手を取りあい、話し合うのがここまで簡単なのだと思い知って笑い続ける。
 死ぬ間際まで自分を追い出そうとしていた祖父の声を聞き、それを戦いのゴングとして復讐することだけを夢見ていた少年は、怯えて震え、いつでも逃げられるように準備していた惨めな年寄りを嘲笑った。
(栞ちゃん、ありがとう、もういいよ)
「うん、もうあの人は…… 一週間ぐらい喋れないと思う」
(すげぇ)
 天使の人形のアシストは無かったが、即死しないように、肋や骨をへし折って呼吸も苦しくして、半死半生にして偉そうな物言いが出来ないように処置しておいた。
「もしかしたら、もう寝たきりかもね。さあ、もうこの家は一弥くんのだよ。あ、またご馳走食べさせてね」
(分かったよ、口がいやしい相棒。メイドとかより、奥さんに欲しいぐらいだ)
「うふふっ」
 拳を付き合わせて笑う二人、倉田本家はこうして陥落した。

「貴方の部屋はね、あの頃のままで置いてあるの、さあ、見て」
 ここも「家族が泣く部屋」として保存されていたが、母か爺やぐらいしか需要も無く、祖父には早く部屋を空けるように言い渡されていた場所。
 色褪せたカレンダーは当時の時間で止まっていて、使われなかったランドセルも勉強机も、小さなベッドもそのままになっていた。
「確か同じぐらいの歳だから、小学校で会ってたんじゃない?」
(いいや、学校には結局行けなかったんだ、去年の君と同じさ)
「そうだったの、ごめんね、でもあんな所、行っても虐められるだけだから、行かないほうが良かったよ」
(うん、そうだね)
 古いゲーム機、古いカード、古いオモチャ、紙製品は古すぎて崩れ始めていたので、ガラスの中に入れられていた。
(へへっ、懐かしいな、でも今はプレステ2だし、あゆちゃんや相棒とも対戦できるんだ。新入りの真琴は駄目だったけど、当時は父さんも「こんな子供の遊びはできない」って、秘書や政治学の女のセンセイと遊んでたよ)
 実の息子との遊びも放棄して、女の秘書や先生と夜のお遊びを楽しんでいたマスヲさん。
 当主も娘には「男の甲斐性」と言う男尊女卑の家。そこでも役立たずの一弥はゴミのように扱われた。
 丘の妖狐から鼻も引っ掛けられずに、強い子を産めなかった歴代当主は自分の愚かさを棚に上げ、丘への貢物を切って幸運の逆を授かっていた。
「お父さんもか、お金持ちって色々大変なんだね、うちは貧乏だからお父さんとは仲いいよ」
 母と姉とは険悪なのは隠すが、それでも佐祐理と一弥のような骨肉の争いではないので、意地悪な姉もまだマシな部類だと思えた。
(うちは呪われた一族だよ、丘に登ってお嫁さんを下さいって言わないと家が絶えるのに、偉そうにしてエサ撒いて「さっさと家に来て子供産め、畜生どもっ、俺様の相手をするのはどいつだっ?」ってやらかしたからほんとに家が絶えた。レズの姉に病弱ですぐに死ぬ弟、母さんも近代教育だの女性の権利だの言って、タクシーで丘に登って香水着けてハイヒールで歩き回ったそうだよ、全員ドン引きでヒール折られて追い返されたそうじゃん)
「ごめんなさい、こんな事になるなんて思わなくて」
(お姉ちゃんの子に生まれて来るより、栞ちゃんの子供に産まれたいな。間違ったことしてぶん殴られても、それは正しいし、僕の教育のためにしてくれることだろ)
「う~ん、無理じゃないけど、うちだと貧乏だよ? 病院にも行けないし、節約するのにね、三食後の薬があるのを二食しか食べないから、残ったのを飲み継いで予約日には行かないで、二週間先に伸ばすんだよ、瀕死の病気なのにね?」
(それはヘビーだね)
「それで完全に引きこもりになるとね、一日一食かアイスクリームしか食べられないからね、28日分の薬を84日に引き伸ばして飲むんだよ。もう病院の先生大激怒だったけど「うち貧乏なんです」って言ったら難病指定とか色々探してくれたし、それから支払いが安くなったの、本当だよ」
(…………)
 魔物にさえヘビーすぎる話してドン引きされる栞。一弥の母も、美坂家では産まれさせたくないと思い、どうにか佐祐理と仲直りしてくれないか願った。
「絶対佐祐理お姉さまの子がいいよ、給食費払えなかったり、お金が無くなったら私のせいにされるし、遠足でもおやつ買えないし…」
(もうやめてっ!)
 一弥の心のライフがゼロになったので、ガリガリと心を削る栞の言葉を泣いて遮る。魔物でもヒットポイントが低い回路が存在した。
「ほら、今日のご馳走だってね、回転寿司しか食べたことが無かったから、あれが本当のお寿司だって初めて知ったの。ロブスターとかローストビーフもね、芸能人だけが食べるテレビの中だけの架空の食べ物だって、お母さんに言われて信じてたんだ。チョロインさんも回転寿司の後、親子心中だと思ったって言ってたけど、うちもお父さんが「ステーキ食べに行こう」って言った時は、私もお姉ちゃんも覚悟したよ」
(もう許して……)
 今度は上級国民様が、プロレタリアートの蟹工船な生活を聞いて涙する番だった。
 一弥の母も政治の無力さを知り、本当の庶民の言葉を聞いて涙して、明日からの活動に力を入れようと思った。
「今は佐祐理さんがお姉さまだからブン殴れないけど、一弥くんをイジメた分ぐらい「目を覚ませ~っ!」って言って往復ビンタして、顔が倍ぐらい腫れ上がる程度ならして上げるよ」
(うん、それは楽しみだよ)
「ヘッヘッヘ、相棒、金持ってるんだろ? どうだい、物は相談だ、一回三千円ぐらいで仕返ししてやるよ? なあどうだい? 金は天下の周り物って言うだろ?」
 ヤンキー座りで背中をペチペチ叩かれ、なまら生々しい金額、それも妙に安い金額を出されて泣く一弥。
(それ以上栞ちゃんのイメージを壊さないでっ)
「え~? お金さえあれば何でもできるんだよ? ほら、さっき爺やさんが言ってた、メイドに雇いたいとか、時給千二百円でどう? 高い? じゃあうちのお姉ちゃんとセットで時給二千円でどう? 二人でメイド服着て「ご主人様~」って言って耳かきして「ふ~~っ」ってしてあげるよ? それに一緒にお風呂で洗ったりとか、抱っこして寝るとか、お金があったらもっと色々命令できるんだよ」
(うわ~~~んっ!)
 まだ精神が子供だった一弥は、穢れた話を安すぎる金額で切り出されて泣いた。二十四時間働いても、さっきのローストビーフ一本も買えず、ケーキ屋でもピザのレストランでも門前払い、あのジュースも一生飲めない。
「世間だとね、私と同じ年の女の子がニ時間ぐらい一万五千円で買えるんだよ? その間、何してもいいんだ。景気が悪いからブスでスタイル悪いともっと安い子もいるし、中学生なら一万円以下、ホテル代出せないから路上とかカラオケ屋さん。今の高校でもお小遣い稼ぎに援交してる子も結構いるよ?」
 泣いている子供の耳にボソボソと語りかけ、世間の闇の部分をさらに教えてやる栞。
(もうやめて~、栞ちゃんはそんな子じゃないだろ~?)
「ん~ん、そうだなあ? 一時間三万円ぐらいくれたら、一弥くんとならイイヨ」
 ちょっと片肌脱いでチラ見せでサービスしてやるが、一弥の泣き声はもっと強まった。
(やだ~~っ、そんなの栞ちゃんじゃない~~っ!)
 奥さんや母親にまでと思っていた子に、三万円あれば援交でもできると誘われて、政治家の家系の遺伝子が目覚め、政治改革が必要だと思い立たせた。
「こんな大きねお部屋だと、一ヶ月の家賃十万円ぐらいするよね? ね~、一弥くんの愛人に雇ってよ~、月十万でいいからさ~~」
(やだ~、グスッ、もうやだ~~、ヒック、お母~さ~ん)

(勝った……)
 ブルジョアどもにプロレタリアートの蟹工船な現実を知らせ、先ほどの屈辱を弟の方にぶつけて完全勝利した栞。
 七歳か八歳ぐらいで成長が止まっている子には大人気なかったが、お母さんに抱き着いて泣く所まで追い込んでやったのには満足した。

 あゆちゃんのゆめのなか。
 その日、一弥からの鬼電で、何か泣きながら世界の貧困の酷さや、栞の貧乏さを語られ、迷惑していた天使の人形。
(だって、栞ちゃんがお金で体売ったりしたら嫌だろ? だから何とかしてよっ、僕も三万円で援交しようって誘われちゃったんだよ~~、うええええ~~~~~ん)
(分かった、分かったから落ち着け、金策は僕がしておくから、栞ちゃんも美汐ちゃんも、援交しないで済むようにするから、泣き止め)
(食後の薬三食分、28日分を84日に伸ばして飲むんだぞっ? 僕達が付いてたのにっ、お金のことまで気が回らなかったからっ)
(ああ、そうだな、あの家にはお金がいるんだった、どうにかするよ)
 いじめっ子のエリートのパパが、愛人との手切れ金に振り込んだはずの一千万円とか、校長先生が先物取り引きに(故意に)引っ掛けられ、税金の控除のために何度も建てていた家を売らせた金も着服し、活動資金に充てていたが、それらを栞や美汐、貧乏な娘にも配当しようと考えた天使の人形だった。
(もうやだ~~、貧乏はやだ~~っ)
(分かった、分かったから泣き止め)
 迷惑な鬼電は、栞に現金を握らせるまで続いた。
 その電話先を爺やが見付け、天使の人形の居所が発覚した。
 
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