KANON 終わらない悪夢
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
44珍走団
栞の教室。
「あら、美坂さん、お噂は聞きましてよ。貴方恋人をお姉さんに取られたんじゃなくて、お姉さんの幼なじみで初恋の相手を、お姉さんから取り上げたんですって?」
「はぁ?」
月宮真琴の取り巻き連中から後輩に指令が飛び、サディスト女達から栞へのイジメが開始されようとしていた。
「その上、今日はレズで有名な倉田さんの妹ですって? 貴方も下半身がだら、ぐうっ!」
佐祐理お姉さまへの罵倒が始まった時、全部聞き終える前に、栞は名前も知らない同級生の首を、左手一本で掴んで持ち上げ、軽く腹パンを入れてやった。
「え? 何か言った、後輩ちゃん? もう一度言ってみて?」
見る見る顔が紫色になり、呼吸も血行も止められた女は、抵抗も虚しく釣り上げられたまま失禁して、腹パンで脱糞、吐瀉物を出せずに飲み込んで昏倒した。
「何してんのアンタっ!」
「やめてっ!」
リーダー格の女の取り巻き数人が栞の手を解こうとしたが手遅れで、排便ゲロ女は、その場に投げ捨てられた。
「うわっ、きったな~い、何、この子? いきなりお漏らし?」
「テメエっ、ふざけんじゃないぞっ、病原菌の分際っ、がはっ!」
栞に対してNGワードを言ってしまった女は、マジ殴りを受けて吹っ飛ばされ、教卓を背中で破壊して倒れた。
「「「「「キャーーーーーーー!」」」」」」
「次、誰だ?」
栞はサディストの女達を順番に殴り倒し、全員破壊してから自分の席に着席した。
「そいつら片付けようとしたら、窓から投げ落とす」
一般生徒が心配して近付いたが、栞の言葉で固まり、ゆっくり下がって全員が手を引いた。
(栞ちゃん、撲殺しちゃダメだって約束したじゃないか?)
「テヘッ、また殺っちゃった。ゴメ~ン、天使クン」
どこかの撲殺天使と桜君のような会話をしながら、栞を監視している天使の人形の一部が死体を片付け、クラスの全員の記憶から死人の記憶を消そうとしたが、人数も多くて他にも教師や親もいて面倒なので、魂と命が無くなった死体を修復して、栞の下僕として使うことにした。
(オマエラは今日から栞ちゃんの奴隷だ、毎日援交でもして上納金を上げろ、逆らったらすぐ死体に戻してやる)
「「「「「はい……」」」」」
秋子の下僕と違うのは、自分から志願して死の床から起き上がり、子供のために生き残ったような女達では無い所であった。
(まあ、サービスに毎月の生理も止めてやる。便秘もナシだ)
「「「「「ありがとうございます……」」」」」
その一部始終を見せられたクラスメイトは恐怖に震え、栞と会話している見えない何かの強大な力にも恐怖した。
(まあ、クラスの皆は記憶を消してあげるよ、最終兵器と一緒に授業受けてると怖いだろうしね?)
その言葉で、人体の機能によって記憶が書き換えられ、今朝の記憶を消す生徒たち。顔が陥没した女子が教卓に刺さっていたり、残りも殴られ蹴られ踏み潰されてSATSUGAIされた光景は忘れた。
吉事としては、このサディスト達にイジメられていた女子や男子が、突然開放された事案があったが、それも天使の人形の力で忘れられた。
一時間目が終わり、祐一に纏わり付いて授業を受けていた美汐に、舞と佐祐理が怒ってやめさせようとしたが、そこで再度来客があった。
隣のクラスのヤンキー女、ボッチ、五月蝿い女の三人で、手には可愛らしい便箋を持っていた。
「こういう用件なら聞いてくれるだろ? 相沢の旦那よ?」
明らかに偽装だが、告白やラブレターなら、祐一への私信なので拒否できなかった。美汐と舞はそれでも燃やそうとしたが、佐祐理が止めて話をさせる事にした。
体育館裏。
こんな場所にヤンキー女に呼び出されると、普通にボコられそうな気がしたが、周囲にはギリースーツに身を包んで隠蔽配置しているどこかの軍曹殿のように、常人には見えないように術を使っている、目を盗むタイプの光学迷彩で透明なプレデターさん。いつでもガトツゼロスタイルでヤンキー女を始末できるブラコンの姉。四階からは「祐一さんに女が近付いている」センサーを働かせたペギラが到着。陸上でクラウチングスタートに使用する道具を凶器として持参した従姉妹が「カナ?カナ?」言いながら病んだ目で睨んでいた。
(すげえ奴ばかりだな……)
喧嘩慣れしているのか、ヤンキー女は自分に向かっている殺気に気付き、失言一つで木刀で刺されて吹っ飛ばされ、木の上にいる化け物のマッスルボディで血祭りにあげられて、近くにいる見えない何かに脳に直接命令されたり、倒れた所を陸上用の器具で肉の塊になるまで耕されるのが予想された。
「相沢… 正直に言うぜ。頼むっ、お嬢とは真面目に付き合ってやってくれ、遊びで付き合うんってんなら別れてやってくれ」
キツそうで、プライドも高そうな金髪ヤンキー女が、その場で膝を着いて土下座を始めた。
「え? おい…」
「あいつは俺らみたいなハミ出し者にも声をかけてくれて、優しくしてくれるんだ。土日にも外に連れ出してくれて、中学の時に世話になった先生とも再会させてくれて、また目を掛けて貰えるよう口添えしてくれた。この二人だって、中学からイジメられ放題のところをお嬢に救われたんだ。三年間ずっと友達もいないはずの俺らに「友達だ」って言ってくれたんだよっ! それを… 俺のお袋みたいな愛人だか妾にしちまって、ボロボロになって壊れてく所なんか見たくねえんだっ、あいつはよう、もっとこう日の当たる場所が似合うんだ、俺らみたいな裏街道まっしぐらな人生歩かせちゃダメなんだ……」
泣き始めたヤンキー女に続き、ボッチと小うるさい女も膝を付き、祐一に頭を下げ始めた。三人の共通点は、左手首の数珠のような物で、例の宗教によって救われた女が三人いたのが確認された。
祐一も膝を着いて、女達を起こそうとしたが、騒ぎに気付いた月宮真琴も到着して、三人に駆け寄った。
「みんなっ、何してるのっ? やめてっ」
「「「お嬢……」」」
座古とは逆に、女関係に信頼を寄せられていた月宮真琴。日頃の悩み相談から家庭環境の悩み、イジメ、コミュ障、ボッチ、それらを権力から資金力、バックにいる教団の力を使って法的にも解決し、愛人生活で精神を患ったヤンキー女の母を病院に収容して父親に養育させ、同じように入信していた中学教師と再会、他のクラスメイトも、悪夢のような生活から救い出してくれた恩人のため、三人は泣いて頭を下げていた。
「いいの、私、今が一番幸せだから、愛人でも何でも構わないの、お父… 相沢くんといられたら、捨てられるよりずっといいの」
「ダメだっ、そんなのうちのお袋と一緒で、すぐに頭が壊れちまうっ」
「相沢くんってね、教団で言ってる天孫降臨の現人神でね、この辺りの伝承にある純血の妖狐だったの」
「「「え?」」」
「教主様の予言では、後何ヶ月かで何かがあって、人間が生きていけなくなるような事件が起こるの、私たちはそれを止める巫女に選ばれたのよ」
止めるのではなく、選ぶための巫女だが、表向きの発言なのか、教団の信者としてなのか「破滅を止める」と言った真琴。
現在の順位は下から4,5番手で、発言力も低く、腕力も術者としての能力も低く、純血の妖狐の誰も止められないが、祐一に対してだけは「願い」が通じる。
「お前はそれでいいのか? 沢山いる女の一人なんて? ダメになるに決まってる」
子供の頃から、優しかったはずの母が壊れて行くのを見て育ち、父親に似るごとにそれは虐待やネグレクトに発展し、親に対抗する腕力が得られた中学時代からはその復讐に暴力を返し、グレるだけグレて仲間とともに母を血祭りにあげたり、自分を壊すような愚行を続けてきた女。
そんな人生を真琴やその子供に送らせる訳には行かない、ヤンキー女は必死になって「友達」を止めた。
「大丈夫よ、大丈夫なの……」
もう月宮真琴以外の女も、純血の妖狐に抱かれる快感>>>>>>>>愛情>>>正妻の座>>>世間体になり、アレを頂戴するためなら、どんな恥ずかしいおねだりも可能になっていた。
さらに佐祐理お姉様の術が強力すぎて、お姉様の妹の座にいられる方が、世間一般的な恋愛や結婚によって得られる幸せより価値が高かった。
「明日、みんなで教団に行きましょう。教主様、お母様にも会ってお話を伺いましょう、いいでしょ?」
「…ああ、お嬢がそう言うんならよ、仕方ねえ」
いつものように、白か黒かはっきりさせたい性分を曲げ、恩人の言葉に従うヤンキー女。残り二名もそれに従って下がった。
(あの? ボクって明日、月宮神社かどっかに拉致されるんですか?)
それまでに大変な試練、西遊記みたいに108回ぐらい試練がありそうだったが、翌日は悪の秘密結社?に連行されてイニシエーションされそうな予感がした。
祐一の教室。
二時間目の中頃、美汐がトイレに立った間にソレはやって来た。遥か彼方から車やオートバイの騒音が聞こえ始め、ソレは次第に学校に近付いてきた。
「パララ、パラリラ、パラリララ~~」
ゴッドファーザーのテーマを模したクラクション、所謂「ヤンキーホーン」が鳴り響き、直管竹槍出っ歯シャコタン、天井も仏陀義理、車検も道路交通法も仏恥義理の車が騒がしく走り、気合の入った特服とリーゼントでキメた少年が箱乗りしながら曲乗りもキメ、スエットやジャージ、ラメが入った衣装、女物のヒールの高いサンダル、四十五度に傾いたサングラスなどなど、独特のセンスで固められた装備で統一された集団が、複数のパトカーを引き連れて学校を包囲し、一部が校庭に乱入してきた。
「ボーボーボボーボボー!」
「ウォン、ウォオン、ウォオン、オン、ウォオン!」
鉄腕アトムの主題歌をオートバイの直管仏陀義理のマフラーで鳴らし、蛇行しながら後部座席の少年が踊り狂い、スロットルの開け閉めで自己主張しながら走行する一団が学校周辺を爆走し、爆音を轟かせながら校庭にも侵入してローリングを始めた。
「「「「何が起こったんだ?」」」」
教職員が絶望の眼差しで校庭や学校周辺を見ると、暴走族、レディース、珍走団、ヤンキー、硬派、武闘派、半グレ、様々な団体が集結し、成人して卒業して警察に解散届を提出したはずのグループまで復活して、衣装ケースで大切に保管していた特攻服を着こみ、現役は長ラン短ラン、ボンタン、タック、現職は超々ロングニッカボッカ、作業服上着、腰道具、番線を締める工具、メットの代わりにハチマキなど気合の入った正装をした一団が整列した。
「ただちに解散しなさい、さもなければ共同危険行為、武器等の準備集合、騒乱などの現行犯で逮捕します」
「るせーー! ハゲがっ!」
パトカーの拡声器から、圧倒的に人員が少ない状況でも、集合した暴走族に警告が発せられた。
その中で各チームの総長、レディースの総長、特攻隊長、殿までが並び、代表してレディースの頭が拡声器でマイクパフォーマンスを行った。
「この中にアイザワユウイチって野郎はいるかーーーッ!! 今すぐ出てこーーい!!」
気合の入ったよく通る声が拡声器で広がり、キーンという独特のハウリングも混ざって学校中に響き渡った。
(あの、また俺なんですか?)
二階の三年のフロアから、いつものお呼び出しが掛かった祐一クンが顔を出し、沢山の不良が並び立つ校庭を見た。
「出て来ないと生徒全員ぶっ殺ーす! 五秒だけ待ってやるっ、出て来ぉーーい!!」
気が短いヤンキーのお姉さんが、物理的に無理な五秒で出て来いと命令すると、いつの間にか帰って来ていた北川他数名の男達と、他のクラスからも大喜びでダッシュで駆け付けた数十人の男達が、これ幸いとギニーピッグさんの両腕と脚を抱え、教室から出て階段を駆け下り、泣いている祐一クンを神輿のように担いで校庭に引きずり出した。
「やめてよう、やめたげてよう」
「「「「「「「「「「こいつが相沢です、始末をお願いしますっ」」」」」」」」」」
満面の笑顔で祐一を差し出して土の上に叩き付け、学校の生徒たちを窮地から救ったヒーロー達。
北川を始めとする非公式団体、仮称「相沢祐一をボコる会」のメンバーは、腐れホストでヤリチンのジゴロで外道のクズ野郎を無償で処刑して貰えて、ついでに正義の鉄槌を下してくれる、オニイサン、オネエサンに感謝した。
「おう、オマエがアイザワユウイチか?」
「エ? ハイ」
気合入りまくりの鬼ぞり、リーゼントやアイパーで特攻服を着た男達に、無理矢理立たされた祐一。
そこに完全にキレた目付きで目を全開で見開いて、片目の下だけに力を入れて半分閉じて、歯を食い縛ったまま顔も歪めて首も傾げ、教科書通りのガン付けをして下さるヤンキーのお姉さんに、胸ぐらを掴まれて本当にオシッコをちびるオットセイ君。
「チョット噂で聞いたんだがよう(北川発)、川澄の姐さんに手を出しやがったのはオマエか?」
「エ?」
軽~くボディに気合と腰の入ったパンチを頂き、朝に食べた佐祐理お姉ちゃんが持ち込んだパンや食材と、美汐ちゃんの手料理を校庭に出して、お好み焼きと、もんじゃ焼きを2,3枚焼く祐一クン。
「ゲフッ、ゴフッ」
「俺らの憧れの姐さんに手を出して、孕ませちまったのはオマエかって聞いてんだよっ、このクソがっ!」
『…校庭』
祐一の横に舞も現れた。もちろん徒歩や走って来た形跡など無い。
『私の弟に何か用?』
「へっ、姐さんの弟? 舎弟ってことですかい?」
『私と祐一のお父さんは同じ人、血が繋がった姉弟』
「ええっ?」
その状況を、まだ二階の窓から見ていた佐祐理。
『ラリックマ、ラリックマ、ダレパンダ、ゲロゲロゲロッピ、キチーチャン……』
一天にわかにかき曇り、真っ黒な雲から何故か祐一と舞とパトカー以外の全員に軽い落雷があり、(相沢祐一をボコる会も含む)騒がしい音響機器や、エンジンの点火装置なども停止して、騒がしかった学校周辺は人間のうめき声だけになった。
「やめてーー!美坂さんっ!」
さらに四階の一年のフロアでは、窓から身を乗り出して飛び降りようとしている人物がいて、教師が悲鳴を上げて呼び止めようとしていた。
「祐一さんをっ、放せーーーーッ!」
「「「「「「「キャーーーーッ!」」」」」」」
四階の窓から飛び降りた最終兵器さんは、悪魔の羽を広げて軌道を修正しながら、レディース総長にライダーキックを敢行した。
「ぐへえっ!!」
栞のキックは総長の顎と首辺りに炸裂し、本物のショッカーの怪人でも爆発するぐらいのダメージを与えた。
常人なら即タヒ物のダメージだったが、栞を殺人犯にする訳には行かないので、また天使の人形が頭蓋底骨折とか頚椎断裂、顎粉砕骨折の修復をして、サービスとしてひん曲がった親知らずだけは戻さず口の中に残した。
「げふっ」
折れた親知らずを吐き出して立ち上がろうとしたレディース総長だが、脳への振動は軽減されておらず、三半規管もイカれたままだったので、立ち上がれずに倒れた。
ここに昼の世界でもレデース総長の座が入れ替わり、栞さえ望めば、この地域の不良女どもは全員栞に付き従う事になる。
さらに祐一を拘束していた遣り手の男達も、手も使わずに数メートル上に放り投げて、回転させながら地面に叩き付けると、明らかに人類じゃない最終兵器さんが、レディース総長を引きずり起こして、魔物の腕力で掴みかかり、ガンを付け返した。
「全員ぶっ殺す」
栞が真っ黒な歯車を出し、人間の腰の高さで水平に投げる構えを取ると、気合と根性が入りまくったお姉さんにも、「これを投げられると、自分も、後ろの車も、バイクも人間も、全部真っ二つにされて火の海になる」のが動物的な本能で分かった。
「ヤレるもんならやってみやがれっ、こちとら命が惜しくてイモ引いたら、生きて行けねえんだよっ!」
そこで悪魔の笑顔で投擲しようとする栞を舞が止めた。
『いいの、こいつは私が殺る』
「お姉さま」
『祐一を殴った? 私の大切な弟を?』
「あっ、姐さんっ、熱っ!」
総長の髪の毛や服が舞の怒りで発火し始め、延焼するので栞も手を離すと立っていられずその場で倒れ、ボサボサの金髪がチリチリのパーマに変貌し始め、真っ白の特攻服も燃え始めた。
「ああああっ!」
『舞、それぐらいにしてあげましょう』
佐祐理も校庭に降りて来て舞の発火能力を止めた。
祐一も他の女達に保護されて命の危機を脱したが、今回も一人、納得出来ない女がいた。
『ザストデケリサ、マフテラコスミ! お前は一生、病院の隅で震えて泣いていろ!』
大きい方をお済ませになられたプレデターさんが、ゆうくんを殴ってお好み焼きを焼かせた女に制裁を加え、一生何かの幻覚に怯えたまま、壁を背にして頭を抱えて震えるだけの生物に変えてやった。
「ヒイイッ!」
その頃には佐祐理、名雪、真琴(偽)、月宮一行など、火力や幻惑能力も高いメンバーが全員揃い、相手が車でも不良総掛かりでも勝てそうな面子になった。
『皆さんどうしたんですか~? うちの一弥が何かしましたか~?』
佐祐理が心の声で命じると同時に、固有結界「ゴージャスさゆりん」が発動した。効果範囲30ヘクスで、女は無条件で佐祐理の妹になり、男はキチェサージャリアンの能力で全員ほのぼのした人格に変更、可愛い女の子は美味しく頂かれる運命にあったが、レディースのキッツイ性格の女でガチヤンキー、汚い金髪で傷んだボサボサの頭、気合の入ったファッションは佐祐理の趣味では無かったので放置された。
「何もんだテメーッ? 姐さんにタメ口きいてんじゃねーぞ おおっ?」
どこかのチームのヘッドが佐祐理を睨んで罵倒したが、舞の関係者なのに佐祐理を知らないとは見下げた女なので、舞は鞄の中から対人用の木刀ではなく、魔物用、殺人用の剣を抜いた。
『佐祐理は私の恋人で嫁』
「ハ?」
「もう~、舞ったら、こんな大勢の人前ですよ~」
姐さんに対してデレデレの女は、今の言葉を信じると「嫁」らしい。舞の表情は、今まで見たことがないような怒りの表情で、左腕の力で剣に炎と火種を纏わり付かせていた。
「し、失礼しましたっ、姐さんのお嫁さんとは知らずに」
レディース総長が車に載せられ病院に退場した所で、副長が代行して舞に話し始めた。姐さんに対して男が話しかけるのは禁止事項らしい。
「ごぶさたしております、姐さん。何でも姐さんがチンケな男に騙されて、孕まされて引退するって聞かされて(北川発)、こいつらもみんな、いても立ってもいられなくなって、駆け付けた所なんですっ」
一斉に整列して、最敬礼で舞に頭を下げる不良たち。「木刀天女」「鏖の舞」「歩く第三次世界大戦」「ダイモスのお龍?」などなど、二つ名や称号には事欠かない舞姐さんを崇拝する一同が、膝を屈して挨拶をした。
情報が錯綜して伝言ゲームになり、不要な情報まで尾ひれが付いて、「舞がホストに騙されて妊娠までさせられて、金も貢がされ、夜の店に売られて「とらば~湯」して裏番も引退する」と聞かされて暴動が起こったらしい。
『祐一は私の弟、それにあの化け物を捕まえて全部私に返してくれた。騙されてないし、引退もしてない』
「えっ? あの化け物……」
舞が中学生の頃にやった伝説その1、麦畑から工事現場になっていた現在位置に、中卒の暴走族や不良どもが侵入して高校に放火しようとした所、資材置き場で舞と遭遇、乱暴しようとしたが返り討ちにあって全滅。
後日、不良の先輩や上位組織の族も引き連れて、束になってお礼参りに来た所、舞と「見えない魔物五匹」の戦闘に巻き込まれ、命と体を食われた上で全滅。全員老人並みに衰えて、保護された病院で警察に詫び状と解散届を提出して、一部の者は精神を病んだり障害を負ってそのまま出られず。
さらに後日、上納金と言うシノギを失ったケツ持ちの893屋さんがお礼参りに来たが、どこにいるかも分からない、見えない、普通の人間が扱っている限り刃物も拳銃も役に立たない化け物に命と体を食われて全滅。
敵の襲撃に備えた事務所にも、夜中に見えない化け物が現れて、血まみれゲロまみれで命と体を食われて全滅。組長以下全員が老人並みに衰えて病院送り、同じく警察に詫び状と解散届を提出して解散。
さらに上位組織が「この渡世、舐められたら終わりなんじゃ」と機関銃から手榴弾まで持ち出したがやはり全滅。
以下ループして北海道の治安が大幅に改善され、暴力団、半グレ、不良どもが、舞ただ一人に屈服し、倉田家、天野家、月宮家が介入して何とか手打ち。
警察も暴走族や暴力団同士の抗争として処理、舞には感謝状もなかったが、最初の過剰防衛以降は証拠もなかったので、お咎めも無かった。
「まさか、あんな化物を……」
目の前のヒョロイ男は、どうやったのかその化け物を捕まえ、これもどうやったのか姐さんに返したらしい。サイや象より強く、ライオンとか虎より獰猛で素早く、893の事務所を襲って組員を食い散らし、手榴弾など当たるはずもなく、9ミリ弾30連発の機関銃フルオート射撃もかわして、何発か当たっても死なない化け物を捕まえた男。
もう姐さんに相応しい男として認めざるを得なくなり、後ろを向いて拡声器で叫んだ。
「テメエらっ、この男はっ、姐さんの実の弟で、あの化け物を全部捕まえて、姐さんに返したそうだっ、テメエらにそんな芸当ができるかっ?」
「「「「「「「おお~~~っ」」」」」」」
憧れの舞姐さんの弟と知り、祐一への憎悪が引いていく。
「チッ」
戦いの気配が引いてしまい、投げどころを失った栞は舌打ちをしながら、天井が切られて無くなっているボロい廃車に向かって暗黒歯車を投げて真っ二つにして、炎上する前に異世界に消した。
栞としては、祐一を殴って蹴ろうとした女だけでも真っ二つにして、異世界に証拠隠滅しておきたかったが、自分がネックハンギングツリーやベアハッグなどで祐一を処刑したのは忘れているらしい。
「今の何だよっ?」
「俺の車……」
不良たちも、舞の隣にいる黒髪のオカッパ頭で、ダサくて気合の入っていなさそうな女がレディースの総長を倒したので、さぞ名前のある根性が入った女だろうと思ったが、どうやって車を切ったのか、真っ二つにされた車が何故消えたかまでは理解できなかった。
さらに誰も栞の名前を知らず、殴り合ったことも、ガンのくれあいもした事がないので相手の階級が分からず困惑したが、舞姐さんの隣を許される程の女なので、相当な遣り手だと納得した。
「姐さん、隣にいらっしゃる方は、どなたでしょうか?」
レディース総長を倒し、ガン付けにもビクともせず、逆にイモを引かせた化け物の正体を知ろうとして、つい栞の素性を聞いてしまう副長。
『栞。夜に女の子を攫おうとした奴らを、病院送りにした子、だと思う』
魔物関連の話は詳しく説明できないので、最近デビューした「夜に女をハイエースしてレ*プし、山中に捨てていたクズ」を百人ほど始末して、ずっと病院から出られない体にした新人として紹介した舞。
「そいつは凄え、「百人殺しの女」っていやあ、誰でも知ってますぜ」
栞以外にも、香里、佐祐理、沢渡真琴、美汐も関わった事件だが、凄惨な現場を見れば、舞本人か、同等の化け物がやったとしか考えられない事件で、警察も遅々として捜査を進めず、監視カメラから簡単に犯人も特定できたのに見逃し、不良同士の自浄作用で被害者が減るならと歓迎して、特に妖狐が関連した災厄なら、手出しができないので全力で見逃していた。
『栞、昨日も200人ほど追加したんでしょ?』
「はい、お姉さま」
闇社会で一斉に通達された「オカッパ頭の化け物」が目の前にいて驚かされる一同。
舞と同じアンタッチャブルな存在で、手出しすれば全滅させられる妖狐の関係者なので、不良どもも武力で解決するのは諦めた。
「お前らー! 聞いたかー? こちらのお嬢さんは「百人殺しの女」で、昨日の夜「893と兵隊200人纏めてぶっ倒した女」だ! 絶対に手を出すんじゃない! いいかー?」
拡声器を使って、後ろの不良どもに通達する副長。それを聞いた学校側も、川澄舞に続く大型新人の登場に驚き、そんな生徒を後三年預かる事態に恐怖した。
そして舞が副長から拡声器を取り上げ、同じように大音量で発言した。
『私は昨日、祐一と結ばれた。10年前に出会って約束した「運命の少年」とだっ、だから裏番だとか、そんなのからは引退するっ、後はここにいる栞に任せる』
下らない裏番業務から逃れ、都合良く隣りにいた妹分に任せた舞の左腕の人格。しかしその発言が「実の弟と近親相姦しチャった、テヘッ」と言ったのと同然とは気付いていなかった。
「「「「「弟と、結ばれた?」」」」」
「「「「「姐さんが引退するって本当だったんだ……」」」」」
「「「「「終わりだっ、俺らの青春は終わった!」」」」」
アウトローなのに、近親相姦には嫌悪感を示す一団、生きる伝説舞姐さんが引退と聞いて血の気が引く一団、舞を崇拝する男たちが膝を着いて絶望の声を上げた。
『し、知らなかったんだからね、最初結ばれた時は、血が繋がった弟だって知らなかったんだから(///)カアッ』
ちょっと恥じらってツンデレになった舞だが、実の弟と近親相姦問題は学校側にも筒抜けになった。
そこでプレデターさんは、術を行使して拡声器で叫ぶと、集団催眠で今の大問題を取り消すこともできたが、「敵が一人減った」とほくそ笑み、ゆうくんの命令でも無い限り、手出ししようとは思わなかった。
「クソ野郎っ、やっぱりあいつが姐さんを……」
「ぶっ殺してやる!」
再び男たちの怒りが、ヤリチンのジゴロ野郎に向かったが、今度は佐祐理が拡声器を持って歌を歌い始めた。
『さあ、皆さん、もう怒るのは止めて、静かに家に帰りましょう、美しい思い出だけを持って帰りましょう』(チョサッケン教会、第123456号許諾)
戦いの気配を察知し、両手にメリケンサックを装備して縮地で加速、目の前の数十人と、校外の百人以上を全員ぶっ倒す事にした最終兵器さんも、佐祐理お姉様のキチェサージャリアンな歌声に惑わされ、戦う意思を失って行った。
「姐さんっ、姐さんはアタシらの憧れ、アタシらの青春のシンボルでしたっ」
目の前の副長も、各チームの総長、特攻隊長が、背中に「川澄舞命」と刺繍された特攻服を脱ぎ、順番に並んで泣きながら舞に進呈しようとした。
『いらない』
無情にも受け取りを拒否した舞だが、こんな時に限ってプレデターさんも協力し、特攻服を一旦受け取ったように見せかけ、その場に置いて電流爆破した。
「こんな時ってお焚き上げですよね」
昨夜、香里の思い出が篭った制服や、遺髪や腕時計がこうなる運命だったのを、秋子に阻止されお焚き上げされるのを免れていたが、不良どもの服は校庭で燃え上がって行った。
「姐さん、どうか弟さんとお幸せにっ、でも世間が許さなかったら俺らが待ってます、好みの漢がいたら、付き合ってやって下せえっ」
男の総長も、別れの瞬間には直接話すのを許され、涙混じりの声で語り、青春の汗と涙が染みこんだ特攻服を、燃えているレディース副長の特服の上に置いた。
「姐さん、三年間お世話になりましたっ。姐さんがいなかったら、俺らは893の食い物にされて、毎月上納金稼ぐのに悪事を起こさないとやって行けなかった。それを、綺麗な体のまま卒業できるのも姐さんのお陰ですっ、ありがとうございましたっ」
次々に特服が燃やされ、舞と一緒に卒業する者が続出した。痛車からも舞の写真が剥がされ、同じように燃えて行く。そして次世代の総長に任命された者は、マッスルボディ栞さんの前に跪いた。
「「「「「栞姐さん、二台目襲名おめでとうございます、アタシらは今後、姉さんに付き従います」」」」」
「へ?」
全人格と力を取り戻した舞は、要領良く難儀な立場を全部栞に押し付けて引退卒業した。
押し付けられた栞さんは、年上のヤバそうな女や、同じ年ぐらいで中卒のアフォどもから崇拝される存在に祭り上げられてしまった。
「へえ?」
舞お姉さまの方向を見た栞は、舞が舌を出して向こうをむいて惚けているのを確認したが、今の言葉を撤回するつもりは無いようで、最終兵器さんは、限りなく北海道全土に及ぶ領地を統治する裏番の二代目に任命されてしまった。
二代目だけに、鉄仮面とかも用意しないといけないらしい……
「認めねえっ、俺は舞姐さん以外の女なんか認めねえっ!」
青春のアイコンを失ってしまった少年は、栞に詰め寄ろうとしたが、舞の言葉に止められた。
『昨日、私も一回栞に負けた。二重の極みで吹っ飛ばされて天井に張り付いて、保健室送りになった』
「「「「「「「「ええっ?」」」」」」」」
舞の不敗無敵神話が、目の前のダサ…(以下略)によって破られていたと聞いて、男も女も驚いて黙りこんだが、舞の腕に抱き着いてクネクネしている女が姐さんを倒したとは、とても考えられなかった。
「ヤダ、お姉さま、昨日はゴメンナサイ、あんなに乱暴しちゃって。でもお姉さまだって佐祐理お姉さまと一緒にあんなに乱暴に…… キャッ!」
その後、どう見ても違う戦いになって、ベッドの中で乱暴されて別の姉妹になった二人を見てドン引きする一同。
メリケンサックの栞は、何か男前な表情で抱き寄せている姐の舎弟?になって、違う盃を分けあってワカメ酒でもご馳走になり、ロザリオが必要になる方の妹にされていた。
その後、騒乱は終結し、不良どもは盗んだバイクで走り出す歌を歌ったり、ソッチ系の卒業ソングで盛り上がってから解散した。
「「「「「「「舞姐さんっ、今までありがとうございましたっ!」」」」」」」
「「「「「「「栞姐さん、今後ともよろしくお願いしますっ」」」」」」」
「へえ??」
二代目を襲名してしまった栞は、以前舞が受け取りを拒否した「北海道統一総長参上!」みたいな刺繍が入った特攻服まで舞の手から贈呈されてしった。
『今日からこれは栞が着るの、私の後はお願いね』
「へええ?」
受領したのはロザリオではなく特攻服で、妹ではなく妹分で舎弟、姉妹では無く盃を分けた義兄弟だったが、ピアノの連弾とかアヴェマリア独唱をやれるのは佐祐理だけなので、舞からは北海道総長の座を受け渡された。
栞は学校側から「四階から飛び降りて騒動を起こした件」と「レディース総長に飛び蹴りして騒動を拡大した件」さらに「暴力集団の二代目総長を拝命した件」で、その足で生徒指導室に連れて行かれ、警察官同行の元、事情聴取に入った。
さらにこの騒動の元凶、相沢祐一と川澄舞も生徒指導室に連れて行かれ、周りから見えないプレデターさんも強制参加した。
参列を拒否された佐祐理も、「あの時、全員に雷を落として黙らせたのは佐祐理です」と言って、舞と同じ処罰を受けるために参加した。
生徒指導室1 舞、佐祐理、祐一、校長などが参加。
「川澄君、全く君はいつもいつも、なんてことを仕出かしてくれたんだっ、私の経歴にもキズが付いた、どうしてくれるのかねっ?」
いつも通りの役人口調に鼻を鳴らす一同。何よりも自分の経歴が大事で、校長の後は地域の教育関連の長を目指して、生徒の将来など完全無視、出世や権力、受け取れる賄賂の額にしか興味が無い校長以下数名。
「今度こそ退学だっ、もう君のような生徒は、この学校では扱えない、すぐに出て行ってくれっ! その上、不純異性交遊に近親相姦? 言葉に出すのも汚らわしいっ」
校長のその言葉だけで佐祐理を激怒させるには十分だった。美汐はいつでも校長を術中に収め、傀儡にする用意もできていたが、舞を退学に出来るなら幸いと思い、佐祐理には協力しなかった。
『あはは~、舞が何か悪い事しましたか~? じゃあ直接手を出した佐祐理は、もっと酷い処分で退学ですね~、もちろん校長先生も一緒に退学してもらいますよ~』
「なっ、何を言っているのかね? 倉田君、きみには何の罪もない、退学する必要は無いんだよ」
役人用の営業スマイルで、倉田家の次期当主、政治家の地盤も看板も受け継ぐ予定の重要人物に媚びる校長。
そこで重要人物に茶を出すため、この学校の用務員も現れて、顔見知りの二人に声を掛けた。
「おや、佐祐理お嬢さん、お手柔らかにお願いしますよ。舞さんもアッチの世界から足を洗えたからって、学校まで卒業しないでいいじゃねえですか?」
昔から、各学校には表の権力が通じない相手と話し合うため、裏社会の卒業生が各学校の用務員として配置され、最後の手段として闇の住人に話しを通すために存在していた。
そしてこんな人物がいなければ、夜の校舎で派手に戦いを起こし、器物を破壊しても在学できたのは「忌み子、川澄舞」を受け入れさせた倉田の家や、各家の権力や金が必要で、木っ端役人の校長には知り得ない裏取引の数々が存在していた。
「あら~、お茶までありがとうございます~」
「ありがとう」
この学校の本当の窓口となる相手には世話になって来たので、二人共笑顔で対応した。
「舞さんが、笑った?」
「ええ、舞の魔物が全員帰って来て、もう同居してるんです。ですからもう、舞は夜に戦わないで済むんです。一弥… 祐一さんのお陰で」
「ええっ?」
用務員は、この学校での最重要人物の片方、純血の妖狐の一人を見た。もしこの人物に危害を加えるような事態が起これば、災厄が起こってこの世が終わる。その事実を知っている用務員は、校長に耳打ちした。
「校長センセイ、表の世界のハレのお姫様と、裏の世界のアメのお姫様、一緒に敵に回して喧嘩しちゃいけませんぜ、ここは一つ穏便におねげえしやすよ」
「何を言ってるのかね? この生徒は私の経歴にまで傷を付けた、退学が当然だっ!」
「アンタなんも分かっちゃいねえ、今、この国がどうなってるのかも知らねえってのかい? 秋子様に手出しした挙句このザマだ。月宮や天野の家にぶっ殺される前に手を引くんだっ」
その目の前を、見えない何かが移動して呟いた。
『天野は、ここにいますよ』
「ひいいっ!」
過去に、人斬りとまで呼ばれた男も、栞のような化け物や、見えない天野の刺客には手出しできず、悲鳴を上げて飛び退った。
『ザストデケリサ、マフテラコスミ! お前も一生、病院の隅で震えて泣いていろ!』
「うっ、うわああああっ!」
ゆうくんまで退学させそうになった校長は、美汐プレデターさんの術に掛かり、レディース総長と同じ幻覚を見て、残りの人生を病院の隅で送ることになった。
「美汐……」
一応プレデターさんを目視できる「ゆうくん」は、相手の術の強さと、誰に対してでも平然と行使するのを見せられて恐怖した。
『次は誰?』
教師一同は、壁一枚挟んだ背後に、月宮教団の第一の信徒で愛娘、戦闘用の紙の化け物、舞の左手と同じ発火能力がある拳法家、ゆうくんを王子様と敬う女騎士なども待機して、次の生け贄が言葉を発するのを待っているのを察し、誰も口を開かなかった。
生徒指導室2 栞、警官、教頭などが参加中。
「美坂栞さんでしたね。その上着、特服と言うそうですが、その意味はお分かりですか?」
「え? 舞お姉さまからの頂き物ですから、姉妹のロザリオと同じです。これを着ていたら、お姉さまに後ろから抱っこされてるみたいで幸せです」
警官から事情聴取を受けている栞は、管轄が国家公安委員会に移転しそうな少女にも優しく問いかけた警官の配慮にも気付かず、舞お姉様からのプレゼントでトリップしていたので話が通じていなかった。
「いけませんよ、それは犯罪者の証、不良達の元締め、頭だという証拠です、そんな物に袖を通してはいけません、本官には貴方がそんな悪い子には見えません」
舞サイズなので大きめで、袖も長く、丈も長いので自分で踏んでしまいそうな特服に包まれ、お姉様の愛に包まれているような気もして、背中の「北海道統一総長参上! 初代! 川澄舞!」の刺繍の下に「二代目! 美坂栞!」と入るのも悪くないと思い始めていた。
「え? でもおまわりさんも、私がレディースの総長締めたの見ましたよね? 百人切りだか二百人殺しとかも聞きましたよね、あれも本当です」
現在警察署で行われている朝礼では、早速栞が議題に上がり、「オカッパ頭の化け物」「メリケンサックの栞」として紹介され、管轄は国家公安委員会と内閣府、個人情報の取り扱いは内閣調査室預かりになったと公表され、地元ナンバーワンの要注意人物として、舞と並んで紹介されていた。
「そんな… てっきりあの場だけの冗談だとばかり……」
「無線で警察署に聞いてみればいいんですよ」
まだ早朝で闇堕ちしていない栞は、夜間とはまるで別人で、血に飢えた狼から、可愛い子犬程度に戻っていたが、夜にはラグナロックで革命を起こし、ギンヌンガガップに大政奉還させようとする、反社会的な夜の女王の二代目は、警官の質問に笑顔で答えた。
「え~、移動205より本署、117発生後、334でミサカシオリという少女を保護。アトメンでサガマセfdsjkhsぐほふぉえgjs;……」
何か意味不明な警察用語で無線連絡し、本署からの照会を待つ警官たち。
「本署より移動205、直ちに撤収せよ、丸対は内閣府預かり、管轄は公安、越権行為を停止し直ちに撤収せよ…」
本署からの想像を絶する照会結果に青ざめ、即座に席を蹴って立ち上がる警官達。
「学校の皆さん、この子はどうも、私達の管轄では無かったようです、お手数をお掛けしますが、ご相談は公安委員会か「自衛隊」にお願いします。それでは失礼します」
早足で駆けて逃げていく警官隊とパトカー、栞はゴジラ、ガメラと同じ扱いで、問題が起こった場合はSATではなく自衛隊が治安出動する。
「あのっ、ちょっと待って下さい」
教員の引き止めも虚しく、本日の珍走団や暴走族の騒乱自体が無かったことにされ、「子供たちの卒業ごっこ」扱いになってパトカーも撤収して行った。
卒業ごっこを終えて出て行った者以外でも、校外でエンジン始動できず、JAF待ちの不良どもがいたが、警察に通報があっても一切対応しなくなった。
「美坂君、私達も君の体の具合を気に掛けて、色々と配慮して来たつもりだ。今は君のお姉さんにも同じ配慮をしている、なのにこの事態はあまりにも非礼では無いかね?」
まともな対応ができた教頭だが、栞の極悪化、さらに川澄舞の持ち込んだ騒乱を受け継ぎ、レデース総長の座や暴力集団の長としての権限を受領した不良娘の態度は腹に据えかね激怒した。
「私も急すぎて驚いてる所ですけど、舞お姉様の言い付けですから逆らえません。それに秋子さんや天使くんにも教えて貰いましたけど、百人斬りとか言うのは、舞お姉様の「魔物」「使い魔が憑いた子」が夜中に出歩いて、誘拐される所を返り討ちにして「命を集めていた」そうです。姉とか「天野」さんとか「倉田」佐祐理お姉様も関わっていたみたいですね」
この地域では気軽に使ってはいけないNGワードがガンガン積み上がり、警官達が逃げ出したのも当然の行為だと思い知らされる教頭達。
「昨日の夜は「月宮神社の四人」が「名誉殺人」で処理される所を、「天使クン」と「一弥くん」のお願いで助けてると、「月宮の里」の「術者」とか「兵隊」、「893」も倒してると200人超えたみたいですね」
聞いてはいけない案件だったのを知り、後悔する教職員達。これを聞かされた当事者なのが判明すると、公安から目を付けられ、妖狐の各家からも監視されるか消される人生になる。
「それに、夜遊びしてる子とか援交してる子も、この制服着てたら893に連れて行かれないで済むからわざわざ買って来て、偽造でもこの学校の生徒手帳持ってたら、レイプも恐喝もされずに済んで、ホストクラブに呼び込まれて借金返すのに売られたりもしないで済むそうです。これ全部、舞お姉様の実績ですよね? 私の代で全部手放してもいいんですか?」
「「「「ぐっ」」」」
確かに舞が引退卒業して、栞が権限を手放した時点でこの学校にも火の手が上がり、今まで舞と魔物に守られていた生徒は、統計通りの被害に遭って、毎年数十人はレイプや薬物汚染、ホスト遊びを覚えさせられそのまま風呂堕ち、とらば~湯が確定する。
男共もパーティー券を捌かされ、薬物販売も横行、上納金稼ぎに恐喝、脅迫、イジメ、何でもアリのバーリトゥード、自殺者や殺人事件が起こり、校長の首がいくつあっても足りない事態に発展するのは火を見るより明らかだった。
ぐうの音も出なくなった教師達は、栞が「ちょっと待ってて下さい」の一言で校外に撤収し、膝を屈して待っている次世代の総長達が、目の前の最終兵器から「やっちゃっていいですよ」の合図が下った瞬間、警察が一切介入しない暴徒数百人に踏みにじられ、白昼堂々あらゆる暴力と地獄絵図が学校内に描き出され、自分たちも高い場所に吊るされるのに恐怖した。
「コレ、着てていいですか? それとも窓から投げ捨てた方がいいですか? 選んで下さい」
目の前の小娘に屈した教師達は、無言で答えて、栞の二代目襲名を祝福した。
「え? 捨てていいんですか?」
「止め給えっ!」
教頭の泣き声が混じった悲鳴のような言葉で止められ、栞は特服を投げ捨てるのを止めた。
「ですよね~、平和が一番、近所の高校みたいに、名前をモジッて「淫乱」とか「売女」なんて呼ばれる学校にしたくないですよね~? お隣にも物分りのいい先生がいたら紹介してください、今の状況から開放して上げます」
近隣の「売春宿」と呼ばれる女子高にも、保護の手を広げて守ってやると言った栞。その後、自分の利益を顧みない教頭の執り成しによって、強制売春から救われた生徒が多数出た。
(ふふっ、栞ちゃんだから、暴力で解決するかと思ったのに、話し合いだけで腐った役人を黙らせるなんて、中々やるじゃないか、やっぱり頭のいい子は違うね)
「うふっ、最近の私も、できる子になったんです」
天使の人形に頭を撫でられ、得意絶頂の最終兵器さん。
見えない魔物、今次の災厄の元凶の出現に驚いた教師達も、二人の化け物の恐怖に震えた。
ページ上へ戻る