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KANON 終わらない悪夢

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03

 2ヶ月前…
 栞との別れの後、すっかり落ち込んで、自分の部屋に篭っていた祐一。
 コン、コン
 静まり返った部屋にノックの音が響く。
「ご飯だよ祐一、ここ置いとくから」
 いつまでも出て来ない祐一を気遣い、部屋の外に食べ物を載せたトレイを置いて行く名雪。
「……食べたくない」
 まるで7年前と同じように、何も食べず、ベッドの上でひざを抱えてうずくまる。
「どうしてっ、食べないと死んじゃうよっ」
 そこで、今一番言ってはならない言葉を使ってしまい、ハッとするが、中からは何の反応も無かったので、思い切ってドアノブを回して見た。
(開いてる……)
 トイレから戻った時に鍵を掛け忘れたのか、ベランダからも入れなかった祐一の部屋の扉が開いた。
「入るよ」
「…………」
 返事が無いので部屋に入る名雪、これも7年前によく似ていた。
「どうしたの? しっかりして、祐一っ」
「駄目なんだ」
「えっ?」
「俺のっ、俺が好きになった子は、みんな死んじまうんだっ、みんなっ、みんなっ!」
 目の前で男の子が泣く所を見て、母性本能をくすぐられる名雪、その大きな胸の奥で、何かがキュっとなった。
「そんなことないよ、わたしやお母さんは、どこにも行ったりしないから、祐一を一人にはしないよ」
「嘘だっ! あの子の時と同じじゃないかっ! また何もできないでっ…… あの子って誰だ?」
 昔と同じような体験をして、封じていた記憶が戻りそうな祐一、しかし、あゆの事まで思い出せば、心が壊れてしまうに違いなかった。
「だめだよっ、思い出さないでっ」
 祐一が壊れるのを恐れた名雪は、泣いている祐一をギュッと抱き締め、胸の中に顔を埋めさせた。
「名雪……?」
「ほら、こうしてると落ち着くでしょ、心臓の音が「とくん、とくん」って聞こえるでしょ」
「……ああ」
「わたしも悲しい時、お母さんにこうして貰ったんだよ、きっと栞ちゃんもだいじょうぶだから、祐一も元気出して」
 ほえほえパワーで心の傷を癒している名雪。
「だいじょうぶ?」
「うん、ふぁいとっ、だよ」
 魔法の呪文?で記憶を封印しているなゆなゆ、あゆが木から落ちた時も、こうして忘れさせたらしい。
「名雪……」 
 しかし栞の記憶が曖昧になった今、健康な高校生の反応と言えば。
「名雪っ!」
 そのまま背中に手を回し、たわわに実ったブツにむしゃぶり付く。
「あっ、だめだよっ、お母さんに怒られちゃう」
 名雪的には、秋子ちゃんに怒られなければ構わないらしい。
「……俺が好きになったら、お前も死ぬから? そうなんだな」
「えっ?」
 まだ混乱しているのか、泣きながら離れようとする祐一。
「違う、違うよっ、わたしならだいじょうぶだよっ」
 そう言って、もう一度祐一を引き寄せ、胸の中に戻して抱き締めた。
「わたし、体だけは丈夫だから、ねっ」
「ほんとかっ? ほんとだなっ」
「うん、「しょーめい」してあげるよ(ニヤリ)」
 真琴とか、あゆ、栞、と言った邪魔者が消え、ついに自分の元に戻って来た祐一を抱き締める名雪。もしかすると、黒魔術とかホワイトマジックとか、牛の刻参りなどを駆使して、他の女を排除したのかも知れない。
「名雪っ、名雪っ!」
「祐一っ」
(自粛……)
 こうしてなゆなゆは、祐一の心の隙間を埋めた後、「体の隙間」を使って身を呈して祐一君の心の崩壊を救った。ちなみに今度は、名雪自身が雪ウサギと同じ体位になって、バックから壊されちゃったらしい……

 現在に戻る
 始業式の翌日から、祐一は顔も知らない生徒達にも挨拶されるようになった、その言葉はもちろん。
「「「おめでとうっ」」」
「え? ああ、ありがとう」
 中には朝に祐一が引っ張って登校している、「寝ながら走れるオプション」を、いぶかしむ者もいたが、従妹で「あの水瀬名雪」と聞いて納得していた。
「「おめでとう」」
「ありがとうございます」
 1年のフロアで、栞も似たような状況に陥っていた。
「幸せになってね」
「はい」
 普通、妬まれる女子の間でも、「余命1年から、残り3週間の奇跡の恋」が心を打ち、広い層から応援があった。
 そして二人が廊下を通れば拍手が巻き起こり、奇跡の恋にあやかろうと、栞の身の回りの物や、サインまで求める女子生徒が集まっていた。
「そんな、私のサインなんて、病気になってしまいますよ」
「それがいいのよ、そこに現れる運命の人、やがて二人は引き合う磁石のように……」
「「「キャ~~~~!!」」」
 病気の現実を知らない者には、それすら夢物語だった。さらに桜事件を含めて地元の新聞にまで掲載され、二人は一躍、時の人になっていた。

 生徒会室にて
「最近、校内で奇妙な噂が流れているようですが、学生の本分たる学業に影響が及ぶようでは問題であります、ここに不純な交友を重ねたとされる2名の処分を……」
 ガラガラッ
 生徒会室の扉が開き、役員以外の生徒が顔を覗かせた。
「お邪魔します~」
「「「倉田先輩」」」
「いいえ~、もう先輩じゃないんですね~(ニッコリ)」
((((((はにゃ~~ん))))))
 佐祐理のアルター能力?で癒される役員達。
「え、え~っと、何の議題だったかな?」
「「「「「さあ?」」」」」
「それじゃあ休憩して、皆さんでお茶にしませんか~?」
「「「「「「はい~~」」」」」」
 もう「はにゃ~~ん」で「ほえほえ」の表情になり、佐祐理語で答えてしまう一同。これが佐祐理のスタンド能力?「ゴージャス・サユリン」の力であった?

 その頃、体育館裏でも
「アネさん、アイツら最近チョーシのってるんじゃねーッスか? ちょっとシメときましょうや」
「てめえこそシメられたいか? あっちには裏番の……」
 ザシャアッ!
「「「「げえぇっ」」」」
 どこかから瞬間移動して来た相手を見て驚く一同。
「…祐一とあの子に、何かあったら許さない」
 耳は良いらしく、佐祐理と祐一関連の話題は、どこにいても聞こえる舞。
「ああ、それであの子の病気とやらは治ったのかい?」
「…多分」
「そうかい、良かったな、でもアンタもアイツを取られちまって大変だねえ」
「…な、何を言うの」
 速攻で心の中を見抜かれ、顔を赤らめる舞。その他大勢も、以前OB達が軽くシメられたのを見たのか、手出しはできなかった。
「でも、あの子が邪魔なら、いつでも相談に乗るよ」
「…何ですって?」
「待ってるぜ、姐さん」
「……」
 まだこの時には、栞がいなくなればいい、などと考えもよらなかった舞には、その女の申し出が理解できなかった…

 その頃から、また祐一の夢に現れ、ささやく声があった。
(さあ、君は誰を選ぶんだい? 丈夫で元気な名雪ちゃんかい、それとも?)
 そして現れては消える過去の記憶。
「わあ、びっくり」
「じゃあ祐一だけ晩御飯はたくあんっ、お茶碗一杯のたくあんに、たくあんを掛けて、たくあんの絞り汁を飲むのっ」
「くーーーーー」
「わたし、にんじんたべれるよ」

「起きないから奇跡って言うんですよ」
「私、祐一さんの事が好きです、本当は誰も好きになっちゃいけなかったのに、辛くなるだけだって分かってたのに、だめでした」
「1週間だけ私を普通の女の子として扱って下さい。1週間だけ私は夢を叶えるんです、1週間後の2月1日、私は祐一さんの前からいなくなります」
「私、笑っていられましたか? ずっと笑っていられましたか?」
(栞っ!)
「こんな時って、泣いてもいいんですよねっ」
「私っ、本当は死にたくなかったっ」
「そんな事言う人、嫌いですっ」

『朝~ 朝だよぉ~、朝ご飯食べて学校行くよ~~』
 多分、今日で聞き納めになるであろう、気の抜ける音の目覚ましを止め、もう一度だけ聞いて見る。
『朝~ 朝だよぉ~、朝ご飯食べて学校行くよ~~』
 簡単な操作で名雪の声は消えた。何かを決心して名雪の部屋に向かうが、今朝はまだ目覚ましの大群は鳴り始めていない。
「名雪、入るぞ」
「く~~~~」
 外の雀の鳴き声と一緒に、安らかな寝息が聞こえていた。部屋に入り、目覚ましが鳴る前に、いつもの順番に止めて行く。
「起きろ、朝だぞ」
「うにゅう」
 いつものようにクローゼットを開け、制服や下着を用意してやるが、これも今日で終わるかも知れない。
「ほら、座って」
「く~~~」
 座らせたままパジャマとTシャツを脱がせ、順番に着せて行く。
「名雪、今日は話がある」
「うん、けろぴー」
 やっぱり寝起きのお話し相手は、けろぴーな名雪。
「また目が覚めてから、ゆっくり話してやる、でも今はそのまま聞いてくれ」
「にゅ…?」
「2ヶ月前はありがとう、おかげでこれまでやってこれた。もう栞には会えないと思ってたけど、お前が言った通り、あいつは大丈夫だった」
「うん~」
 ちょっと嬉しそうに、糸目のままニコニコしている名雪ちゃん。
「お前には世話になった、でも俺は栞が好きだ、これからも守ってやらないといけないと思ってる」
 ビクッ!
「だからお前とは、これで終わりにしよう、朝起こして着替えさせるのも今日で終わりだ、今までありがとう」
「……うっ、グスッ」
 眠ったまま涙を流す名雪、きっと悪い夢でも見ているに違いない。
「お前なら一人でもやっていける、それに俺なんかより、ずっといい男が見付かるはずだ」
「…で・き・ない…よ……」
「起きてるのか?」
「くーーーーー」
 寝ながら会話もできる器用な名雪ちゃん。
「もっと早く、お前を好きになってたら良かったのかもな、でも俺は先に栞と出会っちまったんだ」
 首を左右に振り、間違いだと言いたげな名雪。
「…ち・がう・・、わた・し…が・・先…」
 しかし祐一は、子供の頃に二人が会ったのを、「わたしが先」だと言っているのだと思っていた、7年前、自分が何をしたかも知らずに。
「今日は先に行ってるからな、遅刻しないように来いよ」
「うっ……」
「う?」
「うええぇ~~~~~ん」
 盛大に泣き始めた名雪を前にして、困り果てる祐一。
「おい」
「まあ、喧嘩はいけませんよ」
 ビクウッ!
 背後からの声で、硬直しながら、ゆっくり後ろを振り返る。
「あ、秋子さん、いつからそこに」
 すでにお約束なのに、今日も驚かされる祐一、きっと隠行の術でも使われたに違いない。
「はい、「今日は話がある」からです」
 いつもと違い、困ったような、悲しそうな顔で答える秋子。
(目覚ましも鳴ってないのに、どうやって?)
 それは秋子さんだから。
「行かないでっ、置いて行かないでっ、祐一~~っ!」
 ベッドに座って寝たまま、手を泳がせて祐一を探す名雪、物凄く悪い夢を見ているらしい。
「ああっ、ここにいるから、泣くなよ、ほらっ、チーンして、チーン」
 置いて行くつもりが、秋子の前なので、仕方なくティッシュを取り、涙と鼻水を拭いてチーンまでしてやる。
「バカッ、うそつきっ、うえええ~~~ん」
 そのまま腕にしがみ付いて、祐一の制服で涙と鼻水を拭く。
「こらこら、制服汚れるだろ、ほら、チーン」
「ズルッ、グシュグシュ、うっ、ううっ…… くーーーーー」
 安心したのか、そのまま祐一の胸の中で泣き寝入りしてしまう名雪。
「まあ、この子ったら。でも私は、二人がずっと、あのままでいてくれたら良いと思っていました」
「すみません」
「仕方ありませんよ、それは祐一さんが決める事ですし、名雪はこの通りですから」
「くーーーー」
 よだれに涙と鼻水も垂らした名雪の顔は、「百年の恋も冷める」と表現するのが適切だと思われた。
「あの、香里の妹は知ってますか? 1月の終わりに連れて来た子です」
「ええ、名雪からも聞きましたよ、祐一さんのおかげで病気が治ったそうですね」
「そうでもないですけど、あいつは俺が付いていてやらないと」
「分かってます、名雪はまかせておいて下さい、朝食ができてますから、食べてから行って下さいね」
「はい……」
 居心地の悪さに、その場から逃げるように離れ、自分の為に用意されたハムエッグとサラダを平らげ、コーヒーを飲み干すと、トーストは食べず学校へ向かった。

「名雪、起きなさい」
「ゆーいち~」
「貴方はそれでいいの?」
「くーーー」
 寝ぼけている名雪に、強烈な往復ビンタを食らわせる秋子ちゃん。
「キャッ! お、お母さん?」
 口の中に広がる、微かな血の味を味わいながら、自分を殴った相手を見上げる。
「起きなさいっ、もう闘いは始まってるのよ」
 そこには、いつもの秋子さんじゃない、秋子ちゃんが立っていた、多分「恋とは闘い」なのかも知れない。

 今日は荷物がいないので、時間には余裕があったが、通学路を走って行く祐一。
(許せ名雪、すみません秋子さん)
 傷付いた自分を優しく包み込んで癒し、もう少しで本当の家族になるかも知れなかった二人に、心の中で詫びる。
(でも、俺にはあいつが……)
 やがて前を歩いている、約束の相手を見つけた。
「お~~い、栞っ」
「あっ、おはようございます、祐一さんっ」
「おはようっ」
 通学路で栞と合流して、何気ない挨拶を交わし、同じ歩調で歩いて行く、こんな出来事の全てが奇跡だった。
「今日は名雪連れて来てないの、朝練だったかしら?」
 家と通学路が同じなので、姉も付いて来ていた。これも栞からすれば、「姉と同じ制服を着て、一緒に家を出て、他愛無いおしゃべりをしながら、同じ学校へ自分の足で歩いて行く」と言う、ささやかな夢の一つだと思えた。
「ああ、置いて来た」
「そう、従妹を見捨てて恋人を取った訳ね、こんな男って許せるの?」
 わざとそんな言い方をしていたが、祐一の決意を感じ取ったのか、昨日までの刺々しい言葉では無く、優しい話し方をしていた。
「ひどいですよ、わざわざ私に合わせてもらったんですから、ね、祐一さん」
 早速腕を組んで、周囲にも自分の運命の相手だと主張を始める栞。
「フンッ、男が出来た途端これね。 あ~あ、どうして女って誰でもこうなるのかしら」
 まだ姉妹で二人っきりの時は、お互い微妙な溝があったが、そこに祐一が加わると、いつもの調子に戻れた香里、内心は感謝しているのかも知れない。
「でも名雪さん、どうするんですか? 遅刻しちゃいますね」
「秋子さんにまかせて来た、あいつと一緒なら毎朝ランニングだし、春になってからは盲導犬の気持ちがよく分かった」
「うふふっ、じゃあ私も学校まで連れて行って下さいっ」
 そう言うと目を閉じて、祐一に体を預ける栞。
「あ、ああ」
 腕を組んだ上、肩に頭を乗せ、もうベタベタの二人。
「うわっ、よく恥ずかしく無いわね、私…… 先に行ってるわよっ」
 気を使ったと言うより、よくある表現で、「他人だからね」と言いそうになり、慌てて足早に歩き出す香里。
「待てよ、お前はこっちだ」
「えっ?」
 捕まえて手を取り、栞の空いている手を握らせてやる。
「な、何するのよっ、貴方の家はどうか知らないけど、うちはこんなベタベタしたりしないのよっ」
 体育会系の水瀬家ではスキンシップが多かったが、文化系の美坂家では、普段こんな触れ合いは無かった。
「嫌? お姉ちゃん」
 手を離そうとしたが、妹に握り返され、振りほどくような酷い真似はできなかった。
「もうっ、いつまでも子供なんだからっ」
 暖かい日差しの中、二人と手を繋いで通学路を歩いて行く。たったそれだけの事が、今まで見たどんなドラマより涙を誘った。
「祐一さん、ありがとうございます、グスッ、また一つ、夢が叶いました」
 両手が塞がっているので、流れる涙を拭おうともせず、歩き続ける栞。
「何泣いてるのよ、まるで私がいじめたみたいじゃない」
 うっすらと涙を浮かべながら、顔を背ける香里。
「ああそうだ、お前が悪いんだ。病気の妹が心配で心配で、いなかった事にしないと耐えられなかった大馬鹿者だ、これからは大事にしてやれよ」
「えっ?」
 以前、無視されていた理由を教えられ、今まで抱えていた不安が、雪解けのように消えて行った。
「な、何言ってるのよっ」
「お姉ちゃんっ!」
 否定しようとした香里に抱き付いて、肩に顔を埋めて泣き始める栞。
「うっ、ううっ」
「馬鹿ね… こんな所で抱き合って泣いてたら、変に、思われる、じゃない、やめ……」
 妹に抱きすくめられ、次第に涙に詰まり、拒絶の言葉は続かなかった。
「私だって、私だって辛かったんだからっ」
 虚勢を張るのに疲れたのか、香里も栞の背中に手を回し、力一杯抱き締めていた。
「お姉ちゃんっ、お姉ちゃんっ!」
「栞っ!」
(良かったな、二人とも)

 しかし、そこは朝の通学路、色々な方向から集まった生徒達が歩いていたが、異様な光景を見て立ち止まり、渋滞が起こり出した。
『ねえ、あの二人って』
『美坂さんと相沢さんよ、それに抱き合ってるのって、お姉さんじゃない?』
『じゃあ、あの二人、仲直りできたのねっ』
 多分、志保ちゃん情報(誰?)で、美坂姉妹の事情まで、詳細に流れていたに違いない。
『私、この時間に来て良かった』
『何かドラマより凄い』
 次第に周囲の状況が、始業式の時のように怪しくなって行った。
「「「「「おめでとうっ」」」」」
 パチパチパチパチッ!
「「あっ!」」
 また周囲から祝福の拍手に包まれる二人、ここから、学園の「愛姉妹伝説」も始まってしまった。
 たったったったったったっ
 その感動の場面に近付く、緊張感の無い足音。
「ゆーいち~~」
「あれは?」
「「名雪……」」
 天然ボケで、感動の場面を台無しにした名雪。
「くーーーーー」
 さらに栞から開放されていた祐一の手を、しっかり握ってから糸目で寝る。
「おい?」
「ゆーいち~、おはようのキス~」
 そう言って口を尖らせ、つま先立ちになる名雪。
「ゆ、祐一さんっ、「おはようのキス」って、どう言う事ですかっ?」
 あまりの言葉に、姉と体を離し、顔色を変える栞。
「違うっ、そんな事しないっ」
 ディープなキスをした覚えがあっても、よだれと目ヤニでヌルヌルの朝はキスできない。 秋子ちゃんに何を叩き込まれたのか、名雪は朝からボケまくっていた。
『えっ? キスっって、あの人従妹なんでしょ?』
『きゃっ、修羅場よ、修羅場っ』
「名雪、あなた本当は起きてるわね?」
 いつもと違い、薄目を開けて顔が正面を見ているのに気付く香里。 寝ている名雪なら心の目が開いているので、目を完全に閉じて、下を向いて全力疾走できて当然らしい。
「?おきてるよ~~」
 そう言いながら睡拳?の構えで踊り出す名雪、すでに女の闘いが始まっていた。
「それは美坂家への宣戦布告と見なしていいのね、ならば当方にも迎撃の用意があるわ」
 すでに不退転で覚悟完了な香里。
「でも待てよ? 名雪が来たんなら……」
 腕を上げ、時計に目をやる一同。すでに予鈴が鳴り始めていた。
「やばいっ、走れっ!」
「大丈夫っ? 栞」
「ええっ」
 姉と手を繋いだまま、群集の中を仲良く走る栞、しかし。
「運転手は君だ~ 車掌はボクだ~~」
 奇妙な歌を歌いながら、祐一の手を握って栞に渡さない名雪、今朝の闘いは名雪の勝ちだった?

「名雪さんって変わってるね」
(そうかい? でも君ほどじゃないよ)
「うぐぅ」
(冗談だよ、でもあの子は脱落したみたいだね、秋子さんが頑張っても、あれじゃあね)
「でも、ボクもずっと寝てるから」
(朝は弱い方かい?)
「うん」
(大丈夫だよ、今度は寝なくてもいいぐらい、強い体にしてあげるから)
「ほんとっ」
 それは夜を徘徊する魔物達のような体なのか、木から落ちた程度で壊れる脆弱な物では無いらしい。
 
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