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KANON 終わらない悪夢

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39座古

 祐一と天使の人形のリンクが再開され、昼間の寝床として使うために戻って来た。
 力を取り戻してフルパワーの妖狐になったついでに、家にいる女を全員妖狐の嫁になるよう作り変えてやり、天上の快楽を与えた。
 何かひっそりと人類の行方を決める決戦なんかも行われたが、人類代表は名雪だったので、すぐに名雪一般兵も名雪騎士も「すごいのきてりゅううううう!」と、みさくら語でアヘらされ「やっぱりチ*ポには勝てなかったよ」という結果になった。
 最初の被害者、美汐は完全に壊れない程度に犯されたが、どの程度までやって良いのか具合が分かり、生身の人間最後の被害者である座古は、二、三回命を落すほど壊され、体の中身を全部オットセイくんや祐一の妖力がお散歩して遊ぶ膣に変えられてしまった。
 舞が放った魔物達も同時に満足させられ、翌朝には本体に戻して全員集合させてやれる。家の中のメスの歓喜の悲鳴が収まって静かになった部屋で、祐一と天使の人形は一休みしていた。

 第三十九話。
(さて、もう少し思い出してもらおうか、あの日に起こったことの続きだ)
 記憶のリンクも再開し、祐一には消えていた記憶、天使の人形には自分の本体で起こった出来事が伝えられた。

(助けてっ、助けてっ)
 森を抜け、大人を探して走った祐一の使い魔は、何故か自分と同年代の少女に駆け寄った。すでに医者など呼んでも無駄なのを、本能的に感じていたのかも知れない。
「助けてっ」
「…どうしたの?」
「ともだちが、けがしたのっ」
「…どこ?」
「こっちっ」
 声を掛けられ、(えにし)を作られてしまった舞は、同時に純血の妖狐に呪いを掛けられ災厄にも巻き込まれて、その後の人生も因果律も何もかもを書き換えられてしまった。
 舞を連れて森に走って行く祐一は、自分が何を仕出かしたかも知らず、被害者を増やしながら森を駆け抜けた。

「たすけてっ、たすけてっ」
「どうしたんですか~?」
「ともだちが、けがしたの、たすけてっ」
「ああっ、血がっ! 姉やっ! 爺やっ!」
 まるで弟のような少年を放っておけず、使用人を呼び、車を出させる少女、佐祐理。
 倉田家の長女でもある娘は、与えられていた幸福や幸運とともに、支払うべき対価をこの時に請求され、命と体と魂を奪われて、純血の妖狐の下僕として刻印を穿たれた。

「たすけてっ、たすけてっ」
「どうしたのっ、ゆういち?」
「あゆちゃんが、けがしたのっ! あきこさんはっ?」
「えっ、おかあさんなら、ゆういちの声がするって、出ていったよ」
 そう言われると、すぐに振り返って元の道を走って行く祐一の使い魔。妖狐である名雪には縁や刻印は与えられなかったが、幼なじみで親戚の少年を放っておけず追いかけても、人間離れしたスピードで駆ける祐一を追えず、突き放されて行く。
「あゆちゃんっ!」
「まってっ、ゆういちっ」
 この年代は女子の方が発育も良いはずが、どんどん祐一に置いて行かれ、ついに見えなくなった。この日から名雪は、心のどこかで「足が速くなりたい」と思うようになった。

「たすけてっ、たすけてっ」
「え?」
「ともだちが、もりのおくで、けがしたの」
「うん、いこう」
「何してんのっ、あんたはおとなしく寝てなさいっ」
 しかし、声をかけた時は、すでに姿が見えなくなっていた栞。その場所には風が吹き込み、声を聞いた少年と妹はどこかに跳んでしまった。
 妹の不思議な行動は度々見たが、この時祐一の声を聞いてしまった香里にも呪いが降りかかり、その望みを叶える代わりに対価が請求され、「妹の病気が治りますように」「受験が上手くいきますように」「友達も同じ学校に通えますように」願えば願うほど人生の大半を大過なく過ごし、順風満帆で暮らしたが、その度に負債が増え、使い魔と再会した時、自分の命と体と魂の全てと、女としての機能も恋心も全て相手に売り渡してでも返済するように求められた。

「ここ?」
 呼びに行った時は長く走ったような気がしたが、栞の力で帰路は一瞬だった。空間を超え、自由に行き来する魔法、それを覚えた使い魔も素早く移動できるようになった。
「あゆちゃんっ!」
 祐一の使い魔は木の下に倒れた少女の元に駆け寄るが、そこにはあゆを抱きかかえて泣いている祐一もいた。
「えっ?」
 目の前から消えた少年を不思議に思いながらも、すぐ先にその少年と怪我をした少女を見付けた。
(あし、はやいんだ)
 きっと、自分と同じような力を使ったのだと納得した栞は、一瞬消えて少年の傍に出現した。
「すごいけが、血がでてる」
「あゆちゃんっ!」
 手持ちの薬では何もできずにいると、もう一度後ろから同じ声が聞こえた。
「えっ?」
 振り向くと、また少年が消え、狐に摘まれているような気がしていると、自分と同年代の少女が恐ろしい速さで走って来た。

「…?」
 舞も一緒に来た少年を見失ったが、視線の先で少女を抱きかかえた少年を見付けて駆け寄る。
「…その子?」
「うん」
「…たすけてあげたら、あそんでくれる?」
「うん」
「じゃあ、こっちに」
 舞を縋るような目で見ながら、血にまみれたあゆを渡す祐一。すでに妖狐の力で傷は塞がり、血も止まっていたが、脳に及んだダメージまでは直せなかった。
 そして服や体に流れ、地面にも落ちていた血を浄化して、時間を戻すようにして体に返す魔法は知らなかったので、あゆには血が足りなかった。

 森に向かって走る黒い高級車、倉田家に仕える爺やが運転し、後部座席では侍女と佐祐理に挟まれ、祐一が泣いていた。
「しんぱいしないで下さい、すぐにびょういんまでつれて行ってあげますから」
 車の中で祐一を慰め、ハンカチで涙や血を拭ってやる佐祐理。
「お嬢様、私が致しますので」
「いいんです、さあ、もうすぐ森ですよ」

 その頃、一匹の獣が走る先に、道を譲るように森の木々が獣道を開いていた。何より異様なのは、その姿がサンダル履きでエプロン姿の、若々しい主婦だった所である。
「祐一君っ!」
 木々の最も深い場所を掻き分けて秋子が現れたが、既に事態は収拾しようとしていた。
「あきこさんっ、あゆちゃんが木からおちたのっ」
「…けがはだいぶよくなった、でもおきない」
 あゆを抱えている少女を見て、その異様な雰囲気と大きな力で、すぐに誰だか気付かされる秋子。
「あなた、川澄さんね?」
 首だけ動かして返事をするが、それはまだ癒しの力を持つ舞だった。
「あゆちゃんっ!」
 そこで後ろからも、祐一の声と気配がして驚く秋子。
「まさかっ?」
 振り向くと、その姿は掻き消すように無くなり、気配も消えた。

「お嬢様っ!」
 目の前で消えた少年を見て、運転手も異常な事態に気付く。
(狐様か?)
 先代から仕えていた運転手は、倉田家の勤めのため、妖狐の存在も知っていた。
「どうされましたっ? 私は倉田家の者です、外に車がありますので、病院までお送りします」
「ええ、お願いします」
「びょういん?」
「「「「えっ?」」」」
「わたしのっ、びょういんっ」
 周囲の景色が歪み、大人達が平衡感覚を失うと、そこはすでに病院の敷地内だった。
「おおっ!」
「ひいいいっ!」
 当然のような顔をしている子供達と違い、立っていられずその場に座り込み、驚いている倉田家の面々。
「ここでいい?」
「今のは貴方がやったの?」
「はい」
 秋子の剣幕を見て、怖気づく栞。
「その力は、何があっても使ってはいけないのよっ、でないと貴方はすぐに衰えて死んでしまう、忘れなさいっ」
 今までは人が走るように、当然のように使って来た力、走れない自分のためにある、見えない翼だった。
「ゴフッ」
 しかし、秋子が注意してもすでに遅く、八人も移動させた栞は、真っ青な顔をして倒れた。
「「「「あっ」」」」
 あゆを祐一に返し、秋子に抱き起こされた栞に手を当てる舞。
「貴方もその力を使い過ぎてはいけませんよ、この子ほどではなくても、長生きできなくなりますから」
「…はい」
『では、この子を病院に』
「「はい……」」
 秋子の命令で、虚ろな目になった運転手があゆを連れて病院に入り、侍女も付いて行った。

「すみませんっ、急患ですっ」
「内科ですか? 外科ですか?」
 面倒臭そうに事務的な言葉を発する受付を見て、秋子が口を挟んだ。
『数メートル上からの転落、見た通り切り傷と打撲。もし治らなければ、分かっていますね?』
「ひいっ!」
 受付付近にいた者は、今までの人生で最上級の命令を受け、自らの命を惜しまず駆け回った。
 やがて看護婦や医者に引き渡され、処置室に連れて行かれたあゆ、一同はその部屋の前で待っていた。

「あゆちゃんっ、あゆちゃんっ」
「だいじょうぶですよ、きっと良くなりますから」
 泣いている祐一を慰めている佐祐理。
 栞もまだ青い顔をしていたが、舞の力で何とか回復していた。
「…だいじょうぶ?」
「はい」
「じゃあ、みんなでお歌をうたってあげましょう、きっとよくなりますから」
「うん…」
「心拍が安定しました、血圧も上がっています」
 外から佐祐理の歌声が聞こえると、あゆの状態が安定した。やはり佐祐理の力も、舞や名雪と似た癒しの力で、歌を歌った時に発現するらしい。

「秋子様でしたか、私どもの勤めは分かっているつもりでおります。お嬢様にも、こちらの娘にも言い含めておきますので、今日の不心得はご容赦ください」
 先代と一緒に、川澄親子を秋子達の前に引き出した運転手は、純血の妖狐に向かって畏れながら言上した。
「いえ、よく来てくれました、この働きで倉田の家には、また幸運が授かるでしょう」
「はっ、ありがとうございます」
「では、『貴方は車に戻って、ここへ運転して来て下さい、今日は怪我をした子供を乗せ、ここまで送り届けたのですから』、いいですね」
「はい……」
 秋子ちゃんに命令されると、運転手は病院を出て行った。
「それと『貴方はお嬢さんと一緒に、車に乗ってここまで来たのです、病院の手続きは貴方がして、子供の身元も貴方が知っていたのです』わかりましたね」
「はい……」
 倉田家の侍女も、まるで狐に化かされたように、今日の記憶を変えていた。
『貴方達も今日の事は忘れなさい』
「「はい…」」
 栞と佐祐理は返事をしたが、祐一と舞には効かなかった。
(やっぱり)
 特に祐一には辛い記憶を残したくなかったが、今の状態では、秋子の術は通じなかった。
「それと貴方、『これからあの力は使わないで、でないと体が衰えて死んでしまうから』、わかった?」
「はい」
 辛うじて舞から力の補給を受けた栞だったが、許容量の小ささは変わらない。この暗示が切れ、力を使い切るまでは生きられるだろうと思う秋子だった。

 そこで、処置室の医者から呼ばれた秋子。
「あの、この子は血が付いていただけで、打撲だけだと思いますが、他のお子さんに怪我はありませんか?」
 その量の失血だけで、死ぬか脳障害を起こしそうな大怪我かと思えたが、あゆには外傷が無かった。
「そうですか『慌てて連れて来たので、さっきの運転手さんが手を切ったかも知れません、それと、意識が戻らないのはどうしてでしょうか?』」
「ええ、落ちた高さにもよりますが、脳震盪か、脳自体にダメージがあるかも知れません。 これから詳しく調べてみます……」
「そうですか『よろしくお願いします』」
「はい……」

 祐一の事を考えれば、舞の命を失わせても、あゆを目覚めさせた方が幸せかも知れない。しかし、急激に力を発揮し「力有る者」を呼び寄せてしまった以上、祐一自身が大きな災厄を起こす前に、関係者全員の記憶を消すしか無い。秋子はまず姉に連絡を取った。
「もしもし、姉さん」
「秋子っ、祐一に何かあったのっ?」
 秋子が出て行く時「祐一君の泣き声がする」と言ったのが気になっていたが、母にはそれを知る力すら残っていなかった。
「大丈夫よ、友達の女の子が木から落ちて怪我をしたの」
「そう…」
「問題はそこからよ、本人はそこに残って、何体も使い魔を出して助けを呼びに行かせたらしいわ」
「ええっ?」
 名雪から事情は聞いていたが、秋子にも見付からず走って来て、自分に声も掛けず、名雪すら振り切って人間離れした速さで走り去った所から、力を使ったのは想像がついていた。
「あの川澄の子供の所と、倉田の家、美坂って言う「跳ぶ」子供の所とか、他にもいるかも知れない、私は探しに行くから、姉さんは病院まで来て」
「分かった」

 その後、もう一人の祐一は、妖狐とのハーフである美汐の父、力ある者に向かって走って力尽きて倒れていたが、もう一人、名雪を振り切って走っていた祐一は。
(あゆちゃん……)
 まだ最初の使命を忘れず、あゆの気配を辿って病院まで来ていた。
 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ ズルッ、ズルッ、ズルッ
 規則的なリズムを刻む機械と、あゆの父親の前を歩いて?行くが、すでにその姿は人の目には見えず、人の形も保てなかった。本体から離れているにも関わらず、力を使って栞の開けた穴を通って飛んでしまったから。
(おきてよっ、あゆちゃん)
 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ
 心拍を刻む音だけが響く夜の病室。
(おきてよっ)
(なか…い・で……)
(え?)
(ボク…こ……から)
(あゆちゃん、すぐそっちに行くからね、こわがらないでっ)
(……うん)
 こうして、祐一が送り出した魔物のうち、2体が失われた。

(覚えているかい? これが僕だよ、君は名雪の力で忘れてしまっただろうけど、僕は忘れなかった。ずっと「あゆちゃん」と一緒にいて、その声を聞いていたんだっ、さあ、思い出せっ)
 ずっと笑顔のままで、あゆの前では泣く事も許されなかった天使の人形、それは祐一の願いの一つだった。

 美汐が気を失ってから一時間ほど経ち、ドアを開けて祐一がいる部屋の様子を伺って入室してきた。お仕置き?の度合いが軽かったので、目が覚めて「ゆうくんがいない」のに気付き、あゆや秋子を放置して、軽く浴衣を着てフラフラしながらも二階に駆け込んでいた。
「ゆうくん、もう寝ちゃった?」
 倒れていた真琴を強引に押し除けて、ゆうくんに寄り添って寝て、愛しい少年に頬ずりをして手を回す。
「うふっ、こうするのも久しぶりね、遅くまで遊んでてお婆ちゃんに怒られたり、それに……」
 心も体も結ばれて満足し、今日は抱き合って眠ろうとした美汐。そこで祐一から恐怖が湧き上がってきたのに気付いて体を起こす。
「たすけてっ、たすけてっ」
 寝顔を観察していると、当時と同じ状況になって悪夢から祐一を起こすため、揺さぶったり、キスしたり、色々な方法を試す。
「どうしたの? ゆうくん起きて、大丈夫よっ、怖がらなくていいからっ」
「……みーちゃん?」
「えっ?」
 天使の人形に取り込まれていた、美汐の「ゆうくん」の記憶の全てが戻された。
「また思い出したのね? ゆうくん」
 祐一の心の情景から、欠けていた全てが戻り、一緒に遊んだこと、川遊びや日常の光景が見え、また涙を流す美汐。
「川であそんだのも楽しかったよ、みーちゃんもきれいだった。熱をだしてからも、いろいろしてくれてありがとう」
 楽しい思い出、悲しい別れ、目の前の少年から流れ込んでくる思いが伝わり、熱い涙が止まらず、その量に比例して心が満たされる。
「うん、楽しかったね、でもお別れが辛かった、一緒に連れて行って欲しかった」
「秋子さんも迎えに来て、最後に友達が迎えに来て「またあえるよ」って言ったのに、みーちゃんが悲しんで苦しんでたから、天使の人形が名雪を使って記憶を消したんだ、ごめんよ」
「いいよ、私が後を追って死ぬのを止めてくれたんだから、いいよ」
 そう言いながら、天使の人形の行為は全く責めなかったが、美汐の大切な記憶を穢して曖昧にした名雪は敵に認定された。
「あたしのゆうくんが全部帰って来たんだ」
 目の前から、穏やかで、嬉しそうな表情で見つめられ、心拍数が上がる。
「うなされてる時は、いつも私が起こして「大丈夫よ」って言ってた。私がいないとずっと寝言で「助けて、助けて」って言ってたから、最初の日から、最後の日までずっとこうしてたっ」
「天野……」
 辛い記憶を思い出したのか、また涙声になる美汐を見て心を動かされる。
「そんな時は、こうして抱き締めて、熱が出てからも、体が動かなくなってからも、ヒック、ずっと、ずっとこうしてたっ」
 もう祐一の上に覆い被さって首に手を回し、上から熱い雫を落とし始める美汐。
「辛い思いさせちまったな」
 頭を撫でてやりながら、先日の約束がこんな形で叶ったのを、以外に感じていた。
(天野が会った妖狐が俺だったなんて)
 話せば楽になる、いつか話してくれ、とは言ったが、それが自分が起こした災厄とは思いもよらなかった。
「ゆうくんが悪いんじゃないよ。でも、でもっ、この7年… ずっと寂しかったっ」
 また祐一の肩に顔を埋め、泣き出す美汐。
「もう消えないでっ、ずっと私と一緒にいて一緒に暮らしてっ、学校なんて辞めてもいいっ」
「無理言うなよ、学校もあるし、家族だって」
 そこまで言って、秋子や名雪が家族では無いのを思い出す。元気になった香里や栞に襲撃されたり、名雪とも険悪になって口をきかないで生活するのも、正直苦痛だった。
「今、なんて言おうとしたの、私には隠し事しないでっ」
「いや、秋子さん達も同族だけど、家族じゃなかったんだ。親とは近い血筋だったけど、親戚でも無いらしい」
「誰もいなくても、同族がいなくなっても、私達は… 私は、ゆうくんと夫婦だと思ってるから」
「ああ、ありがとう」
 そう言われなくても、美汐ならずっと祐一の味方でいてくれそうな気がした。例え香里の策略で、世論を全て敵に回したとしても。

 そこで美汐は、寝る時や起きてから必要になるものを、わざわざ祐一の部屋に運び込まれていた自分の所持品で一杯なカラーボックスから取り出して並べた。
 その途中に気付いた「真琴の少女漫画」を廊下に放り出し、魔物の腕力で真琴本体も隣の部屋に放り出し、名雪のマーキングにも気付いてケロピー印の物品を放り出し、目覚まし時計の機能も看破して自分の声を吹き込んだ。
「ゆうく~ん、朝だよ、起きて、起きないとイタズラしちゃうぞ。ねえ~、起きて~、出かける前に一回シておこうか? 学校でしたくなったら困るもんね、口でいい? それとも……」
「やめてくれ」
 名雪の声は消していたが、エロ目覚まし時計になりそうな物体のスイッチを押して録音を止める。
「うふ、どうして? 男の子って、朝は大きくなっちゃうんでしょ?」
 ゆうくんと暮らした頃から「男の子は朝に大きくなるもの」と学習していた美汐。「朝立ちは、小便までの、命かな」と歌ったお婆さんの狂歌?からも、オットセイくんの生体を知り、トイレに行かないでも大きくなったついでに別の方法で小さくして、学校で別の女を見て発情しないでも済むように、毎朝自分で処理するつもりでいた。
(美汐、恐ろしい子……)
 また月影先生になった祐一と天使の人形だったが、美汐はゆうくんを隣の真琴部屋に通わせるつもりは一切無く、学校前の真琴(本物)部屋や月宮一行の女の部屋に通わせるつもりも無かった。
「もうみんな満足したよね、真琴だって消えないで済むだろうし、秋子様だって力は取り戻したし、実のお姉さんとはしちゃダメだよ、佐祐理お姉様は女の子専門で、あの四人は論外、名雪様もあの体じゃあw」
 後は栞と香里にどんな術を掛けて始末するか考えている美汐。名雪と月宮一行は術者としても女としても「論外」らしく「プッ」と笑われた。さらに……
「ゆうくん、花火しようか?」
「エ?」
 勿論その手には花火など無く、明らかに「香里に渡された紙袋」があった。「遺髪」「香里が二年以上着て思い出がこもった制服」「下着と初めての印が残ったナプキン」「遺髪を切ったハサミ」「色々拭いたハンカチ」「アイスの入れ物」などなど、思い出の品々。
 さらに祐一の左手から強奪されていた「二人の時間を共有した愛の腕時計」なんかも、魔物の握力で握り潰されて、粉々になりそうな勢いで圧壊し始めていた。
「ヤメテーーーーッ」
 明日からはクラスの女子全員のチェックが入り、香里の腕時計をしていない上に別の女に壊された、などと言うと体育館裏で女子全員にシメられ、バスケットのゴール辺りで首から懸垂させられるのが確定しているので、慌てて腕時計を取り返す。
「エ? ナンデ? ユウクン」
 お仕置きが不足して、また心が病み始めた美汐さんは、電呪で左手に火花を発生させて、香里の持ち物を電流爆破で木っ端微塵に破壊して焼き払おうとした。
 部屋の中にネズミ花火などを放り込む真琴より悪質な魔物がゆうくんの部屋に入り込み、乱暴狼藉の限りを尽くそうとしていた。
「それだけは許して」
 思い出の品が無くなっていたり、特に遺髪と腕時計が無くなると発狂して魔物の腕力で暴れ出す香里さんの未来図を見てしまい、紙袋を取り返そうとするゆうくん。
「これね「お焚き上げ」って言ってね、穢れた物でも火で浄化して天に返すの、だからこんな汚いものがゆうくんの部屋にあったらダメでしょ? だから花火しようね、ウフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
 ニッコリと笑う表情が怖すぎて、天使の人形ですら引くが、みーちゃんは栞と真琴がロストバージンしたベッドなんかも許せないらしく、マットとシーツを引き出して着火しようとした。
「らめえええええええっ!」
 火災報知機になったゆうくんの声は、秋子さんを召喚し、空間転移してきた秋子は、美汐の首のあたりを掴んだ。
「美汐、花火は外でするものよ」
 みーちゃんは所謂「スポックつかみ」を受けて倒され、昏倒させられた。
「うふ、元気が良いお嫁さんが一杯で、祐一さんも大変ですね」
 美汐の死体?を引きずって歩く秋子は、エフェクトが掛かった心の声で『……届いた』と言って、くりいむレモンシリーズの「魔DOLL」のエンディンぐみたいなセリフを残して去って行った。
(秋子さんの力、戻ったんだ)
 何かこの後、「お別れだよ、ネッド」と言われそうな気もしたが、秋子は満足させたのと、種牡としても今後必要になるので生き残れそうな気はした。
 階段を通過する時「ガコン」とか「ゴン!」と言う、美汐の体や頭が階段と接触する音が響き、一階で何らかのお仕置きを食らう悲鳴も聞こえたが、あえて聞かなかった事にして少し焦げたマットとシーツを戻して横になった。

 月宮一行の部屋。
 数時間後、命までは落とさないで済んだ座古が根性で起きあがって机に向かい、手持ちの筆記用具で記録を残していた。

    純血の妖狐との交配に際しての注意事項  記述者、座古苺
 伝承に残っているように、普通の人間と妖狐が交配、交接する場合、力や妖力の圧倒的な差により、体の中全てに妖狐の妖力や霊力を詰め込まれ、受け取る側の女は通常人体では得られない「天上の快楽」を本当に与えられる。
 最悪私のように快感に耐えられず何度か死に至るが、死ぬことも許されずに絶頂に達し続け、自分すら保てなくなり、泣いて許しを請い、別の犠牲者を差し出せば許される場合も有る。
 丘から男が降りて来た場合、病が酷い場合を除き、ぜひ複数の女を用意しておくのをお勧めする。伝承のように複数の子を授かるためや、子宝を授かれなかった時の保険ではなく、あれはたった一人で受け止めるには強すぎる力なので、妖力が高い強力な妖狐の場合、同僚や別の女が死ぬの生きるの言いながら泣き叫んで次々に壊される場面を見せられ、雑巾のようにボロボロになれば使い捨てられ、次の女も泣いて媚びて、自分が壊されるのを知りながら力や胤を貰おうとする。

 人間の普通の状態を一として、満腹時、入浴後など心地良い状態を三から四としても、麻薬は百を超えると言われるが、妖狐との交配はそれをも超える。
 それ以前に私達は、倉田佐祐理嬢の術に囚われ、妹として術で縛られ、下僕の喜びや快楽に囚われたが、その程度の抵抗が可能な術ではなく、妖狐の力は術ですら無く、漂う匂いやフェロモンで力の差を知らされ、女としての機能を呼び覚まされる。
 強い雄の子を受胎するにはどうすればいいか自分で考えさせられてしまう、生物としての魅力である。
 私と同じく、ほぼ生身の人間と同じ三人は相沢様に抱かれて下僕と化し、死ねと言われれば死に、町中で裸になって踊れと言われれば、間違いなくそうする。
 あの快楽をもう一度頂けるのなら、どんな恥ずかしい行動でも可能となって、これからの毎日が妖狐への奉仕で埋め尽くされても苦痛ではない。「あの天国をもう一度味わえるのなら」他の女達も当然そう考えている。

 プライドも高く、男などに決して媚びない女であった同僚は、交配する前から気や妖力に当てられ、犬のように媚びて欲しがり、他の二人と一緒に廊下一面を性液で満たして待ち、快楽を与えられると私の目の前で恥ずかしがる様子もなく犬のように鳴き、泣き叫んで歓んで何度も失神し、犬の喜びを与えられて動物の雌になった。もう私と同様、元に戻る事は無いと思われる。
 元から感受性が強かったのか、妖狐に対して恋心を持って「王子様」とまで呼んでいた同僚は、まるで長年の恋でも実らせたかのように大喜びで交接し、相沢祐一様がまだ人間と同等だった数時間前に交配した時とは比べ物にならない快楽で顔を歪め、傷口が痛むはずの乙女が血を流しながら泣いて縋り、何度か失神するまで絶対に離そうとしなかった。
 私達の指導的立場であり、血筋的にも術者の能力としても上位だった同僚は、恥も何もかもかなぐり捨てて快楽に身を委ねて、自分の体全部が妖狐の生殖器に変えられたのを歓んで、今まで猥談にすら参加しなかった潔癖な少女が、卑猥な言葉を何度も叫んで自分の新しい立場と体の構造を主張してから失神した。

 三人を起こしてみて質問したが、相沢様を「ご主人様」「王子様」「お父さん」などと呼んで、自分の新しい主人に対しての敬称を各人で作っていた。
 私の場合、こんな男女を「嫁」と呼んでくれたのに感激して泣いたので、これからは「旦那様」と呼びたい、許可されると嬉しい。
 多分私同様、他の三人も家や宗教、家族や恩人に対する忠誠など完全に失い、生殖器になった自分を満たしてくれる主人に対してだけ忠誠を誓い、奉仕するだけの生き物になっていると思われる。

 元々強力だった術者や、川澄舞の使い魔によって体を強化された、倉田佐祐理、天野美汐などは、私達よりはまともな扱いを受けたようだが、それでも同等の快楽を与えられた様子で、動物のように鳴かされ、あらぬ事を叫びながら、失神するまで悲鳴を聞かされた。
 川澄舞も、なまじ耐久力があった分、人語ですら無い悲鳴を上げて何度も絶頂に導かれ、起こしても起きなかった。
 自発呼吸はしていたが、舌が喉に落ち込んで窒息しそうになるようで、あの綺麗な顔が全く別人にされて舌を垂れ流して死んだように眠っていた。
 純血の妖狐である秋子様も、力の差なのか妖狐の交接の仕方なのか、体中に妖力や精霊を詰め込まれ、同僚と同じようにされて、私のような一般人が寝床に行って起こしても起きずに眠っていた。元は野生動物としては有り得ない状況と思われる。
 私が気を失った後、名雪様と沢渡真琴様に何が起こったかは憶測でしか無いが、あの名雪もカエルの人形の隣で、裏返ったカエルになって舌が喉に落ち込み、イビキをかいて気絶して起こしても起きなかった。真琴様も寝言で「許して、許して」を繰り返して泣き、起こしても「もうできない」と言って脚を抱えて丸まってしまった。

 今後全員から、月宮の里にも、教団への報告も途絶えるか、曖昧なものになる予定だ。私達は相沢様の下僕なのだから、他の団体には忠誠は誓えない。
 だが許して欲しい、教主様にも祖母にも、妖狐と結ばれるのが何を意味するか教わったから、その結果がどうなるかも知っていたはずだ。
 妹を救いたい願望もあり、この快楽と長い人生を妹にも分けてやりたいと思っていたが、自分に与えられる快楽が減るのなら、妹が助からなくてもいいと思える自分がいる、これが正直な感想だ。
 麻薬中毒になった者は、大切な子供や親を殺せば麻薬をやると言われれば、簡単に家族を殺せると言われる、今の私達も同じ状況に陥った。
 さらに私は、体内にいる川澄舞の使い魔が目を覚ませば、人類が知るべきでない記憶を植え付けられ、人間では無くなる。
 その様子もレポートしたいが、どこまで意識を保てるかが不安だ。この文章も人間が理解できる言語で書かれているのか自分では分からない。
 もうすぐ使い魔、精霊が目を覚ましそうなのでレポートを終了する。次に残す物が祖母に届くよう願っている。

 レポートを書き終えると、同僚の女も目を覚ましているのに気付いた。
「起きてたのか? まだ生きてるのか心配したぞ?」
「ああ、私ももう少しで命を落す所だった、まさかあんなに凄いとは思わなかったな。中学に入って草入りする時に聞かされたが、最初の交接で「この程度か?」と思ったのが間違いだった」
「凄かったな、もう戻れないや、アタシは旦那様の奴隷で下僕。途中で「嫁」って言ってもらえて嬉しすぎて泣いたなあ、あれって今までの人生で一番嬉しかった」
「私も可愛がってもらえて嬉しかった。あの時は犬になって媚びたが、恥ずかしいなどと思いもしなかった。香里じゃないが、一生男となんか付き合わずに、三十過ぎで心臓が止まって死ぬものと思ってたから「ご主人様」に仕えて、長生きできるなんて夢みたいだ」
「アタシらも不老不死にしてもらえるのか? まあ天野美汐ほど才能も無いし、佐祐理お姉さまほど血統も良くないし、またヤリ殺されるなら結構なことだ。でもお前、人前で「ご主人様」とか言うなよ、恥ずかしい」
「何を? お前の「旦那様」の方が恥ずかしい、自分の主君に向かって呼ぶのに、何の躊躇いがあろうか?」
「それがヤバいんだよ、他の二人は「王子様」に「お父さん」だぞ、学校で呼ぶと他の女から旦那様に「何をした?」って詰め寄られるぞ、自分の異常さに気付け」
「お、お父さん? 一体どうなって?」
「お嬢ん家は子供の頃に離婚したからファザコンなんだ、緒路院は恋愛小説とか好きだからな、多分そいつが一番ヤバイと思う単語で呼ぶみたいだな」
「そうか、では「主殿」ではどうだろうか?」
「代々主君に仕えてるとか言えばギリギリごまかせるな」
「では「お兄ちゃん」はどうだ?」
「やめてくれ、お前の顔で「お兄ちゃん」はインパクトがありすぎる」
「何だと? 私がお兄ちゃんと呼ぶのが、どこが変なのだ?」
「いや、夕方までの天野美汐が「ゆうくん」とか「お兄ちゃん」と言う所を想像してみろ」
「うっ、それはキツい、私も同じなのか」
「そうだ、アタシも学校での呼び名は考えなおす」
 この二人と他の女達は、美汐の逆で光彩から光が無くなり、瞳孔も開いて光をなくした「レイプ目」になっているのに気付いていなかった。

 天使の人形を名乗る相沢様の使い魔により、精霊と化した川澄舞の使い魔に憑依され、肉体改造を受けた当事者によるレポート。 記述者 相沢苺。

 私の中の精霊も目を覚ました。当人による証言では、川澄舞の胴体に当たる部分の使い魔で、属性は木、性格は嫉妬の心を持つらしい。
 能力的には草木と接続して思考や記憶を共有し、粘菌や細菌とも接続してネットワークを作り、人類には知り得ない、知ってはならない情報にもアクセスできる。
 私も自分が知るはずのない情報を与えられ困惑したが、これからはそれが普通になるようだ。
 尚、この使い魔達は精霊になる際、特別な契約をしていて通常の使い魔のように人の命や魂を食わない。
 私の魂は現在、通常の場所から魔力回路に移転させられ、その間に人間の霊体を精霊に変え、体を強化し、使い魔と同等の腕力や体力を与えられる予定だ。

 私は再び草木と同じネットワークに接続され、自分が知るはずのない情報が流れ込んでくる。まるで視界を覆っていた霧が晴れて行くように、思考も記憶も次第に明晰になって行く。
 人間は一度見た物を、必ずどこかに記憶していると言われるが、私も今それを体験している。子供の頃に見て、頭から排除していたはずの記憶が全て閲覧可能になり、必要ないと忘れたはずの知識が蘇って来る。体の感覚もどんどん鋭敏になって、第六感と呼ばれるスーパーセンスや、退化して人間が失った感覚も、これから人類が進化して得られるであろう感覚をも取得して行った。

 妹はどうなっているだろうか? 車で三時間の距離にいる妹を検索し探し当てた。まだ息をしているが苦しそうだ。血液中の赤血球が不足している、妖狐の家系にでる特徴的な症状、それを多少なりとも改善させてやろう。魔力回路をスタートさせてエネルギー量を改善、スタートしない、草木や細菌からエネルギーを借りて再始動、始動した。エネルギー伝達を血液から変更し、純血の妖狐や魔力源を持っている人物と同じように、妖力で直接伝える、成功した。これで造血すれば症状は改善するだろう。病院での妹の友人で同じ症状の者にも同じ処置をしてやる。
 まあ土曜には相沢様と面会し、直接力を頂ける。妹も相沢様に選ばれ、巫女や嫁の一人となるなら、不老不死も夢ではないだろう。

 現在の私は自己の喪失に因るエンドロフィンの欠乏状態にあり、思考の継続と肉体の制御が困難な状況にあったが、それらの操作も簡単な事へと変わって行く。
 さらに相沢様との結合によりサンプリングされた遺伝子データと、現生人類である私のデータの比較が行われ、欠損した部分や、破損して失われたX染色体やY染色体のデータが与えれる。
受け止めたスペルマも私の体の細胞に到着し、卵子に突き立つように細胞核に入り、愚かな人類に神代の時代の力が与えられ、死なない体、死ねない呪いが刻まれる。
 神話にある「一日千人の人間を呪い殺そう」と言われた呪いから開放され、別の刻印を穿たれた。
 人間が持つ曖昧な霊体も、急速に作り変えられ精霊と化して行く、私も「不滅」になるのだろうか? 倉田佐祐理嬢は風の精霊となって、肉体が滅びた後も精霊が残ると言われる。天野美汐は不老不死となり、霊体も精霊化されたようなので、同じく不滅だろう。
 美坂栞は命を繋がれた後に改装中なので、まだ不滅ではないが、鋼鉄の肉体と死ねない呪いは受けている。美坂香里は失うはずの命を繋がれ、そこで精霊を相沢様に抜かれたが、体に残した設計図通りに改装が行われるようだ。
 今回の災厄の原因となった月宮あゆも、失ったはずの命を繋がれ、現在まで生存している。作り変えられた体は、様々な「奇跡」の代償に人の世から命を奪い、悪人を間引く堕天使になると相沢様の心の声から聞こえた。
 倉田一弥も絶命して以降、霊体や魂を回収され、改造を受けて穢れた精霊となって生存している。
 ここまで物理法則を無視してねじ曲げた魔法が連発された対価はどの程度必要だろうか? 草木に問うと試算したデータを出してくれた。十万人? 少ない。この程度の悪人を消しても社会変革は起こらない、道内で足りてしまうかも知れない。サイコパス、サディスト、快楽殺人の願望を持つ動物虐待者、パワハラ、セクハラ、モラハラ愛好家、自己愛性人格障害、半社会的な発達障害、知的障害を持つ者も消さないといけない、口では綺麗事を並べ立てて賄賂や甘い汁を吸うことしか考えていない政治家、役人、下級公務員も始末しなければならない。
 あゆと一弥でワールドツアーを行い、順次消していく予定らしいが甘い。この世界は地獄だ、特定の能力を与えられた一握りの人間だけが幸福を支配し享受できる。残りの人間以外のゴミは奴隷的労働を強要され、泥の中で這いずる人生を送る。
 いや、逆に考えよう、この世界は地獄だから、天に財産を積み上げ、現世での勘定を終えた者だけが狭い門を潜り、天国への扉を開く。それ以外の者は苦しむためにだけ生まれて来たのだから、もっと苦しませなければならない。現世では弱者を踏みにじり、綺麗な嘘を並べて人を騙した者だけが優良な地獄の獄卒として健康と富を与えられ、貧者に手を差し伸べ、動物や植物をも愛し、慎ましく生きようとした者には罰として貧困と疾病、短命が与えられる。これは真理だ。
 これからこの世に悪天候、不作、飢餓、追い打ちを掛けるイナゴの大群、疫病、公害、温暖化、不漁、海賊化、津波、地震、火山噴火、冷害、寒冷化をもたらそう。
 躍進政策の大失敗、大飢饉、コルホーズや集団農場の失敗、粛清の嵐、下放、共産主義、独裁、ホロコースト、クメールルージュ、ユーゴ、ルワンダ! 
 素晴らしい、人類はこうも殺し合っている、その応援をしよう。私達は弱者を踏みにじり富を得よう、人を騙し罵り叩き潰し、永遠の命を謳歌しよう。羊飼いに選ばれたからにはこの地獄を管理しなければならない。もっと綺麗事を並べて苛烈で過酷な逆境を与えよう、もっと残酷で惨めで苦しい死を演出してやろうではないか。
 どちらに転んでも構わない、この案件は解決した。悪人を大量に間引く事になっても、善人だけを間引いてさらなる地獄を作り上げても、飢餓にあえぐ弱者をあの世に送っても、肥え太った先進国から富む者を消そうとも、全人類を滅ぼす結末になって少数の生き残りから極楽浄土を造り直しても構わない、重ね合わされた未来予想図から、最悪の物を選んで行こう。

 災厄について考察している間にも、私の知能や記憶は高まり、世界のネットワークにも常時接続されるようになった。サンプリングされた彼の遺伝子データから、肉体の全てを脳の中で再現し、思考活動をシュミレートする事も可能となった。
 即ち現在の状況で彼がここにいると仮定して、何を発言するか、質問に対しどう答えるかを計算し、必要であるなら視覚野に映像を展開し、物理的接触や嗅覚、味覚など五感の情報も、脳に対し現実と同様に、無意識に提供する事もできた。世間ではタルパとか人工精霊と呼ばれる脳内の家族だ。
 肉体に与えられる圧力と、加速度Gを再現するのは困難だったが、テレキナシスと呼称される力で再現可能であり、彼は現実にここに存在するのと同等と言えた。
「よう、俺の嫁、また可愛がってやろうか?」
「うれしい、やっとひとつになれた」
「ああ、でもずっと一つだ」
 愛とは所詮、脳内物質が起こす一種の幻覚である。よってこの行為を幻と卑下する事はできない。現実に私はこの感覚と思考を手に入れ、急速に彼と同化し、進化しているのだから。
 今の私には、この愛を分子や酵素の活動として説明する事もできた。ああ、この満たされた気持ちを数式にして貴方に送ろう。ドーパミンと、アドレナリンと、セロトニンと、エンドロフィンの奏でる四重奏を、譜面に書き写し貴方に捧げよう。
「綺麗な数式だな、それにこの曲も心臓の鼓動が伝わって来るみたいだ。ラブレターやラブソングなんて貰うの初めてだ」
 私の中の彼も喜んでいる。

 人間の脳は使われていない部分、つまり現在のペルソナから切り離された部分と、別の神経のネットワークが存在する。現時点で余剰な領域を彼に対して開放しよう。
 こうして私は座古と呼ばれた表面的なパーソナリティを維持しながら、相沢様の分身に対して、脳の中で自由に活動する権利を与えた。
 現在の私は管理者としてこの体を維持し、様々な調査から逃れるためにも座古のマスクを被り続けなければならない。そして監視下にある間は、特異な脳波や能力、強力な身体能力を発揮する事は許されない。
 今まで通り平凡で凡庸な少女として過ごし、高性能な敵対者からの攻撃を受けないよう注意しなければならない、可能なら本体を隠し、複体を製造して登校させよう、昨日までの暗殺者に狙われてもこれなら安全だ。
 私はどこにでも居る、そしてどこにも居ない。

 私には計算や予測によって時間軸Tを移動出来るのと同等になった。仮にこの身が数十年の年月を過ごしたとしよう、子を産み育て、その子がまた子を産む、自分の子供の死を見るのは苦痛だから、仮に不老不死では無いと設定しよう。
 さあ新しい人生の始まりだ。
 平凡な少女として生まれ、両親も事故には遭わない、妹も病気を知らず、成績も運動能力も平凡、姉とも大して仲が良いわけでもなく喧嘩ばかりだ、普通の友達と過ごし、私も普通の人生を歩む。あいつは姉より先に男を作りやがった、ムカツク。私も高校にまで行って部活など楽しい時間を過ごしたが、成績も素行も良い訳でもない、卒業してどうでもいい会社に就職し、場末の中小企業で事務職として勤務する。
 卒業後も高校時代の男友達や女友達数人と過ごし、しつこく告白してくる野郎と付き合い始める。顔は旦那様と同じにしよう。仕事に疲れ、上司にいびられ、お局様には特に嫌われて仕返しをして階段から蹴り落としてやってクビ、やけになって男の所に永久就職。半年もしないでガキが出来て痛い思いをして出産。ギャーギャー泣くクソガキを背負って、安いスーパーまで自転車で買い物、そいつが二匹に増えやがって、それでも買い物と料理、育児、洗濯、掃除! 保育園には外れ、パートにも行けず働いてもマイナス、幼稚園、小学校入学、目の回るような忙しさだったが、手も掛からなくなって働き出した頃、旦那が浮気…… 落ち着け、離婚してシングルマザーか? 化粧もしなくなったアタシと子供二匹、それとケバい黒ギャルのどっちを選ぶ? 家庭かよ、まあクソ旦那はATM認定して奴隷だ、小遣いを減らしてこき使い、それでも酒やギャンブル、死ね。家族の会話も無くなって、それでもなんとか過ごしていると、上のガキがメスガキを連れて来た。下のメスガキもいつの間にか男をくわえ込んでやがる。やがてメスガキがデキ婚、ふざけんな! 高校ぐらい出ろ。それから別れる切れるの言いながら上のガキもデキ婚、死ね。孫がカワイイから許した。溺愛した、シングルマザーになって帰って来たメスガキが放置するから私の子だ。また忙しい日を過ごしたが、更年期障害にホルモン異常、ついでに乳癌、何度も転移してステージ3、死ぬ。まあ良くも無かったが悪くもない人生だ、孫に看取られて死ぬ、結構な人生じゃないか、めでたしめでたし。
 他の人生も試したが、お嬢様生まれで社交界デビュー、反吐が出た。親の地位と金で順位が決まって、服と装飾品で人間の値打ちが決まる、中身は空っぽの見栄と欲の皮が突っ張ったクズばかり、佐祐理お姉様がまともに育ったのが異常だ、信じられない。肘まである手袋を着けてお食事会? 働きもせずダンスパーティーで仮面舞踏会? 死ね。まあ実際途中で死んだ。政略結婚でマザコンの化け物の家に行って、嫁いびりが趣味のババアにいびり倒され、マザコンエネme夫に逆らって家を出たら事故を装って殺された。
 七回ほど生まれ変わって報国してみたが、今の人生が一番いいじゃないか、仲間とも一緒で危ない橋を渡りながらもワイワイやって楽しい、それに純血の妖狐との交接により与えられる快楽は別格だ。

 すでに神か魔の領域に踏み込んでいる私の思考だが、現状でこの知識を手に入れるのは不可能なはずである。
 ラプラスの鬼と呼ばれる、全ての物理現象を計算して予測する仮想の怪物があるが、現在の処理能力はそこまで到達していない。
 人類の学問の歴史をトレースして、自ら解を求め証明して行く事も出来たが、この短時間ではヒトゲノムや、ましてや妖狐である彼のゲノムや酵素の活動まで探求できるはずがない。
 そう、私は今、大いなる宇宙の意識、アカシックレコードと呼ばれる宇宙の記憶に接続されている。すでに時間も空間も意味を成さない。私は宇宙でもあり、宇宙が私なのだから。
 人間の脳の神経配列は銀河団の構成と似ていると言われる、そして宇宙の星星はこの宇宙の外にある何かに向かい、一定方向に引き寄せられている。その場所を仮に「彼岸」と呼ぼう。それは単に巨大なブラックホールなのか、物理法則すら違う別の宇宙なのか、現在の私にも分からない。私もその場所へと歩んで行こう。人間も神と呼ばれる存在も、この深海にも似たヒッグス粒子の濃厚な海の中で一歩づつ進化して、一個の卵であり生命のゆりかご、ミトコンドリアのような一つの閉じた楽園を構成していつか四次元世界へと旅立つ、そこでまた寄生体を見付けて宿り、新たな世界で目覚める。この爆発を外から観測すれば一瞬の出来事だろう。だがその中心にいる私達は、遅々として進まない膨張の中で焼かれ、悶え苦しみ、息絶えては生まれる。これは真理か? 
 太陽系とは閉じた三次元であり四次元球と呼ばれる存在だ。人類に把握できる三次元と時間軸によって制限され限定された四次元世界は、まるで天動説の時代にあった地図のようだ。世界には果てがあり、海水が流れ落ち、それを巨大な亀や象が支えている。中心には太陽があって神々がおわす天界が有る、ワインボトルの底で対称性が破れ、半分スピンが掛かった冗談のような世界観。ああ、この愚かな認識がもどかしい、だがそれこそが快楽でもあり決定していない波動を観測し、次の世界を目指すまでの愉悦なのだ。そう、神はサイコロを振る。これは生命の爆発の中で行われるゲーム、私達はその小さな駒。

「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ? もう横になれ」
「ああ、心配すんな、下に行ってケーキの残りでも盗み食いしようぜ」
 同僚が心配して声を掛けられたが問題無い、しかし現在の肉体と、ブドウ糖の消費量が増えた脳を維持し、ある程度快適な生活をするには、今の時給や食生活では障害を発生する。菜食や豆、ラーメンなる炭水化物だけでは体は維持できないのだ。緊急に上質なタンパク質とブドウ糖を入手する手段を講じなければならない。
「ハピバースデイトゥーユー、ハピバースデイ新しい私達~」
「何だその歌は、字余りも甚だしい、さっきからお前の行動は何かわざとらしい。何かあったな? 言ってみろ」
「ご主人様のアレが凄すぎたから壊れたんだよ」
「うむ、そうだな」
 長年一緒の同僚には私が挙動不審なのが分かったらしい、だがここで私が演じるべきは道化役である。歴史にはすでにそうするように記入されている。
 思わせぶりに笑っている同僚、まるで何かを知っているかのような態度だが、その程度の思考は、すでに児戯に等しい。彼女の行動も記憶も全て閲覧可能で、分岐予測も簡単なのだから。
 ではしばし、この世界の探索を楽しもう。不死ではないこの者達がいなくなれば、パートナーを製作して、外部に存在させておくのも良いだろう。
 様々な意味でバックアップは必要である。私自身を複数存在させて、この者達と結合させ、自分の複製や亜種を製造するのもまた楽しからずや。

 ゆういちのゆめのなか。
(座古ちゃんは変な方向に行ったな。まあ、知識欲だけは凄かったから、これでいいのかな? 佐祐理お姉ちゃんとか美汐ちゃんより頭が良くなったけど、また何か利用させてもらうよ。って向こうのほうが頭がいいんだな、困ったもんだ)
 明日の朝は、十年ぶりに舞の魔物が集結して本体に戻る、それは新しい現人神の誕生になるのか、破滅になるのかは分からない。
 天使の人形は夜の街に出勤するのも休み、「一弥のアニキ」も一緒に休んだので繁華街と闇社会に動揺が広がったが、一晩の出来事なので波紋は広がらなかった。終わりの始まりとも知らずに。
 
 

 
後書き
読者数ゼロだったので、諦めようかと思っていましたが、何故か感想を頂いたので読み返して上げていき、追いつけば新しい話も続けたいと思います。
北川、香里ペアがどうなるのか決めていませんでしたがどうにかします。

しかしこの話も読み返してみましたが、一体誰が書いたんでしょう?
GS美神SSの流用品ですが、新作部分は自分で読んでも分からないところがありましたが、そのまま上げておきます。
夜中の12時以降でないと読めない文ですね。 
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