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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第552話】

 夜、IS学園一年生寮の食堂。

 放課後、唐突に流された校内放送に学園中が戦慄した。

 大運動会でもっとも活躍した者には【好きな願いが叶えられる】――と。

 とはいえお金関連は無理だが、例えば専用機を所望すればもれなく代表候補生昇格と共に専用の打鉄orラファール・リヴァイヴを手に入れられる。

 無論専用機を持つ候補生には意味の無いものだが、好きな願いが叶えられる=ヒルトや一夏と同じ部屋で暮らす、仲の良いクラスメイトと暮らす……等々。

 無論各々の願いがあるだろう――ここに一人、願いについて悩む子が居た。

 髪はエメラルドグリーンのロングヘアー、エレン・エメラルドである。


「む、ぅ……願い、か……」


 エレン自身、それほど欲はなかった――お金は口座に腐るほどある、食べたい物は学園で食べられる――。


「願い……むむぅ……」


 ふと過るはヒルトの顔、僅かに頬を朱色に染めたエレンだが流石に邪な考えだと思い、頭を振った。


「だ、ダメだ! ひ、ヒルトと相部屋になりたい等と破廉恥な考えは……! ……で、でも……むぅ……」


 欲らしい欲のないエレンだったが、相部屋になりたいという考えが徐々に徐々に心を支配していった。

 一方、ヒルトの妹である美冬と美春。


「……お兄ちゃんと同居」

 ポツリと美冬は溢す、入学当初は同じ部屋だった。

 無論今の様な関係ではなく清い兄妹関係だったのだが。


「ヒルトと? ……美冬もヒルトと同居したいの?」


 首を傾げながらそう聞く美春、小さく纏めたポニーテールが揺れた。


「うん――って、美冬【も】って事は……」


 そう聞き返す美冬、ニコッと柔らかな笑みを浮かべて頷くと――。


「勿論、私もヒルトと同居かな。 ヒルトは私のマスターだしね」

「……むぅ」


 頬を膨らませる美冬、妹だがあくまでも義理の為美冬は気が気ではなかった。


「だ、ダメだよ! 美春は義理の妹でしょ!? お、お兄ちゃんと一緒だなんて――」

「え? 義理でも別に問題ないでしょ? ……それに、コアの頃は毎日一緒だったし」

「む、ぅぅ……」


 何故か言い負かされる美冬――ともあれ、妹二人が静かに火花を散らせる一方、窓側の席で夜空を眺める未来、珍しく一人で居た。


「……願い、かぁ……」


 ヒルトとの同居という単語が聞こえてくるものの、未来はあまり気にしてなかった。

 というのも、論理的な観点でも男女相部屋は無いと思っていたからだ。


「……でもそういえば、シャルってヒルトと……」


 ふとポツリと漏らす、以前男装していた頃はヒルトと二人っきりだったという事実がある。

 そんなシャルはラウラやセシリアと食事をしていた、話題は勿論運動会の事だろう。


「願い、かぁ……。 ……うーん……デート……とか? でも……私が誘えば……うぅん……」


 星空を眺めながら悩む未来だった。

 一方寮の廊下、ヒルトは足取り軽やかに自販機に向かっていた。

 今日の放送を聞いてヒルト自身、願いに関するモチベーションが上がっているからだ。


「何でも願いが……か」


 例えば一週間まるっとゆっくり過ごすとか――色々願いを思案しながら自販機に向かう。


「ヒルト」

「え?」


 急に名前を呼ばれ、声のした方へと反射的に振り向くとそこに居たのはセラだった。


「セラか、どうしたんだ?」

「ううん、ヒルトを見かけたから声を掛けただけ」


 手を後ろで組み、覗き込む様に見上げてきたセラに、指で頬をかきながら視線を明後日の方向へと向けた。


「そうなんだ」

「うん」


 小さく頷くと自然と隣へやって来るセラ、褐色肌だがどちらかというと薄く小麦色に日焼けした感じの彼女は、パッと見では黒人っぽく見えなかった。

 小銭を取りだし、ジュースを買おうとする俺をただただジィーッと見つめてくるセラ。


「……見られてると気になるが、何か顔についてるか?」

「ううん。 ……ヒルトを見るの、私好きだから」

「え?」


 一瞬ドキッとするも、平静を装いながら小銭を自販機に投入した。

 自販機の押しボタンに明かりが点る――何を選ぼうかと悩んでいると。


「えい」

「ぇ――ああっ!?」


 僅かに悪戯っぽく微笑むセラは、迷うことなくコーヒーのボタンを押した。

 まさか勝手に押すとは思わなかった俺はただただセラを唖然と見ていると――。


「驚いた? ……フフッ、ヒルトのそんな表情も好き」

「え、えと……?」

「……はい、ミルク入ってるから苦くないはず。 おやすみなさい」


 自販機からコーヒーを取り出し、俺に手渡すとその場を後にするセラ。

 ポカンとしつつも、俺は暫くその場に立ち尽くしたままだった。

 同時刻――。

 場所はとある会議室、投影ディスプレイに映し出されていたのは織斑一夏及び有坂ヒルトのパーソナルデータだった。

 円卓の周囲には椅子が配置されているものの、座っているのは女性会長一人だけだった。

 だが向かい側の壁に凭れ掛かっている一人の男――ウィステリア・ミストだった。


「……織斑一夏君の仮の代表候補生昇格に関して反対するものは居ませんが、やはり有坂ヒルト君に関しては反対多数……です」

「ふむ」


 そう一言呟くウィステリアに、僅かに首を傾げた会長。


「……やはり彼の実力を直接見てもらう方が良いのかもしれないな、これが」

「え、えぇ。 ですがIS学園への見学を兼ねても、模擬戦の観戦許可は――」

「度重なる襲撃によって、簡単には無理だということだな」

「えぇ……」


 深いため息を吐く会長に、ウィステリアは僅かに頷くと――。


「……ならば学園のイベントの時に視察に向かえばいい」

「……イベント、ですか?」

「あぁ。 ……IS学園は文化祭以外にも個々に大会などを突発的に設ける傾向がある、そのタイミングに視察を入れればいい」


 何の気なしにそう告げるウィステリアに、会長は呆れながら呟いた。


「突発的なイベントに、どうやって視察を捩じ込めばいいのか……」


 当たり前の話だった、イベント以外の日に視察をしても授業風景を遠巻きに見れるだけな上に、肝心の有坂ヒルトの実力が見れなければ意味がないのだ。

 だがウィステリアは自信があるのかこう呟く。


「来週の頭、IS学園は体育祭――否、運動会を開くらしい」

「え?」

「無論信じる信じないは君が判断するといい。 ……では私はそろそろ退散するとしよう」


 その言葉と共に身体は小さな光を放ち、粒子片となって散っていった。

 忽然と姿を消したウィステリアに目を丸くする会長だった。

 信じる信じないは私の自由――。

 会議室に備わった電話を取ると、会長は自身の秘書に連絡を取った。

 世界は僅かだが確実に変化の兆しを見せていた。 
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