威萌宇斗十二制覇
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03威萌宇斗 鞠絵
前書き
威萌宇斗十二制覇の内、突然鞠絵ちゃんです。 残念ながら18禁表現は全くありません、姉妹愛だけです。 尚、文中の「私」は「わたくし」とお読み下さい。
今日も熱を出して寝ている私、また兄上様や皆さんに迷惑をかけてしまいました。
「クウゥ~~ン」
「心配しないでミカエル、ゆっくり寝ていれば治るわ」
タッタッタッタッタッタッ
そこにどなたかの足音が、そんなに急いで何を?
バタンッ
「分かった、分かったんだよっ、鞠絵ちゃんっ、君の病気の原因がっ!」
「えっ?」
慌てて駆け込んで来た兄上様が指差した先にいたのは…
「ミカエルだ、鞠絵ちゃんがたまに熱を出して寝込むのは、ミカエルが原因だったんだよっ」
「そんな…」
いくら兄上様の言葉でも、それだけは、小さな頃から一緒だったミカエルが病気の原因だなんて信じられません、信じたくありません。
「アニキ、そんな言い方したら可哀想だよ。 ミカエルが悪いんじゃないんだから」
「凛鈴さん」
兄上様に続いて入って来られたのは、白衣を着た凛鈴さんでした。
「鞠絵ちゃん、この間、みんなにアレルギーの検査したよね? 腕に何個かアレルゲンを刺して反応を計ったやつ」
「はい、確か私はダニもノミも全部だめだったんですね」
「うん、でもそれだけじゃなかったんだ。 あれでピンと来てキットを取り寄せて、感染症の検査をしたら、動物が持っているQ熱って言う病原体の抗体が出たんだよ」
「えっ?」
その後の凛鈴さんの説明は難しかったですが、健康な人や動物はかからない病気でも、私のような抵抗力の弱い者が、動物とスキンシップを取っていると患ってしまう病気なのだそうです。
「ミカエルだけじゃなくて、犬や猫は「自然宿主」って言って、あらかじめQ熱の病原体を持ってるんだ。 でも動物もあたし達も発病しない、だからこれを治すには…」
「い、嫌ですっ、ミカエルとは、ミカエルとだけは離れたくありませんっ」
「ワウッ」
また一人だけの療養所へ… もうあんな所に行くのは嫌です。 特にこの場所を、兄上様がいる、ウェルカムハウスの楽しさを知ってしまった後では。
「うん、そう言うと思ったよ、だからまず、鞠絵ちゃんの体の中から病原菌を追い出して、少しづつ抵抗力を付けて行くと良いと思うんだ。 聞いた事あるよね、天然痘とかポリオなんかは、死んだ細菌を注射したり、弱い生ワクチンを飲んで抵抗を付けて行くって、それと同じだよ」
「ええ」
正直な所、その時の私は病気が治るかも知れないと言う喜びより、凛鈴さんに対する劣等感や嫉妬で一杯でした。
この方はまるで白雪さんが新しいケーキでも焼くように、兄上様の願いを簡単に叶えてしまうんです。 私には分からない事を、それもお医者様が何年掛かっても見付けられなかった病気の原因を、たった3週間で見付けてしまったんですから。
「治るんだよ、良かったね、鞠絵ちゃん」
「はい…」
それまでは機械やコンピュータを作っていた方が、兄上様に聞かれて医学書を開き始めたのが1か月前。 それからは私が無理しないようにお願いしても「マイブームだから」と、「メカ凛鈴のボディーの研究には欠かせないから丁度いい」と言って止めて下さらなかったんです。
悪い予感はしていました。1週目で皆さんのアレルギーの検査をして、ダニアレルギーの私のために全員で大掃除をして、カーペットをフロアシートに変えたり、ミカエルの毛を短く刈ってシャンプーをすると、私の症状は軽くなりました。
でも喜んで下さった皆さんと違い、凛鈴さんは兄上様の表情だけを見ていました。 そうだったんです、やはりこの方は兄上様の笑顔を見るためだけに努力していたんです。
「じゃあ、専用のマスクを作るまでは、ゲストルームを消毒して、クリーンルームの替わりにするから。 ミカエルとはガラス越しに会えるようにするからいいよね?」
「分かりました」
こんな凄い方が兄上様を大切に思ってらっしゃるなら、私のような何もできない子供が適うはずもありません。 いつまでもお荷物で、ご迷惑をおかけする事しかできない妹が、好ましく思われるはずもないのですから。
それからまた皆さんに面倒をかけて、清潔に消毒された部屋に入っても、私にできたのは枕を濡らす事だけでした。 本当に消えて無くなってしまいたかった、邪魔なだけの私なんて死んでしまった方が良かったんです。
「じゃあ鞠絵ちゃん、すぐに何とかしてあげるからね」
「はい…」
そうでしょう、この方は本当にすぐに解決してしまうのでしょう。 症状を軽くして下さった時も、凛鈴さんはこう仰いました「まだ喉の炎症と鼻炎が治っただけだよ、本当の原因はこれから探さなくっちゃ」と。
何故私の目の下を覗き込んだだけで、それが分かるのでしょうか? 私は恐ろしくなりました。
その時に分かったんです、「この方は普通の方じゃないんだ」って、「白雪ちゃんや千影さんみたいに、私みたいな凡人の及ばない所にいる人なんだ」って。
料理をする時、白雪ちゃんも変な表現を使います。「味が見えますの」って、これとこれを足して、何分待つとこんな味になるとか、まるで私達が足し算や引き算をするように、味が計算できるようです、とても理解できません。
数日後、私は凛鈴さんの作ったマスクを被る事になりました。 ガスマスクでも良かったそうですが、あまりにも異様なので、ミカエルや雛子ちゃんが怖がってしまいます。
私は目の上から喉まである透明なマスクを被り、背中にフィルターを背負うと、簡単な外出もできるようになりました。 でも普通の空気を吸う事は厳禁でした、滅菌中に別の菌やウィルスに感染すると余計酷い事になるそうです。
それから何週間か、お医者様から頂いていた抗生物質を飲み続けると、塞ぎ込んでいた気持ちも穏やかになったような気がしました。 凛鈴さんも「Q熱って、うつ病も起こすから、治ったらもっと楽しくなれるよ」と仰っていましたから。
そして、その日はやって来ました。
「鞠絵ちゃん、これはミカエルから抽出したウィルスの中でも、毒性の無さと排他性だけは最高の奴なんだ、このエアロゾルを吸い込めば、マスクも取れるよ」
「はい」
凛鈴さんの表情は真剣でした、それにこの方が兄上様の表情を曇らせるような失敗をするはずがありません。
「もうあたし達で試したから心配しないで」
「えっ?」
何故そこまで? 私のような役立たずのために、凛鈴さんのような方を危険に晒す必要があったのでしょうか?
「それにアニキも、咲耶ちゃんも、春歌ちゃんも、衛ちゃんも、元気なみんなは自分から手伝いたいってテストしてくれたんだ」
兄上様や皆さんまで… また私にできたのは枕を濡らす事だけでした。 でも今度は生きたい… 元気になって皆さんのお役に立ちたい。 私は全てをお任せして、凛鈴さんが吹き掛ける霧を思い切り吸い込みました。
数日後…
「ミカエルッ!」
「ワウッ!」
久しぶりに素肌で触れ合うミカエル、その日以降、私が頻繁に発熱したり、他の病気にかかる事は無くなりました。 凛鈴さん、ありがとうございました。
それから数週間、日本では何の報道もされませんでしたが、アメリカでは「弱感染症による感染症の根本治療の可能性について」の論文が、医学雑誌に投稿されて話題になったそうです。
何でもこの方法を応用すれば、「抗生物質を使わずに感染症と戦える」そうで、攻撃性の強いウィルスを一時的に植え付けて、病原菌だけを倒した所で元に戻せると言う、大変な発見なのだそうです。
もう私とはかけ離れた世界の話でしたが、二人きりになれた時、思い切って凛鈴さんに聞いてみました。 どうして私などのために、ここまでして頂いたかを。
「あたし… ずっと鞠絵ちゃんが羨ましかったんだ。 熱を出したらアニキがいつも傍にいてくれて、みんなも色々してくれたり」
「えっ?」
「確かにアニキにも誉めて欲しかったけど、鞠絵ちゃんを治しちゃえば、もっとあたしを見てくれるかなって… あたし、鞠絵ちゃんほど美人じゃないし、こんな性格で変な奴だから、アニキにもそんなに大事にされてないし……」
その言葉を聞いた時、恐ろしいとまで思えた凛鈴さんが、とても可愛く、また愛おしく思えました。 そして気付いた時には、その体に手を回して、しっかりと抱き締めていたのです。
「え? どうしたの? 鞠絵ちゃん」
そうです、凛鈴さんも私のように、誰かをうらやみ、心の闇に怯え、劣等感に苛まれて涙する夜もあったんです。 この方も人の子であり、私の大切な家族、大切な姉妹の一人なのですから。
「ありがとう… 本当にありがとうございました」
「やだなあ、そんなに喜ばれるような事してないよ」
私は大切な事を忘れていました、それは心からの感謝の言葉、こんな私を思いやって下さる方々に対する愛の言葉を……
「私は皆さんの姉妹として生まれた事に感謝し、誇りに思います、ありがとうございます」
「鞠絵ちゃん」
私の名を呼んで、同じように抱き締めて下さる凛鈴さん、こんな素晴らしい方達と巡り合えて、同じ時間を過ごせるなんて幸せです。
「で、でもね……」
「はい?」
少し声を震わせて、汗をかいている凛鈴さん。
「サンプルの試験管が、何千本もできちゃって、下手したら何年もかかるかも、って思ったんだけど、そこに千影ちゃんが来て、奥の方から「これだよ」って1本取り出したんだ」
「まさか…」
「うん、それが大当たり」
やはり怖くなってしまいました… 凛鈴さんも少し怯えています。 あの方だけは別格でした……
ある日、海外から取材の申し込みがあり、私も治療の対象者として同席しました。 でも凛鈴さんはいません。 私の隣で喋っているのは、メカ凛鈴さんだったからです。
いえ、ご心配無く、病気になられた訳ではありません。 時間は少しでも研究に使いたかったそうです。
他の理由も凛鈴さんらしいものでした、「あたし、英語の発音苦手だから」だそうです。 こんな凄い発明をできる方が、英語が苦手なんて変ですよね。
でもVTRを回した時どうしてもノイズが出るので、凛鈴さんが来てメカ凛鈴さんのハッチを開けて電源を落とした時、スタッフの方が悲鳴を上げていました。 何でも、まだ世界には、二足歩行の自律思考アンドロイドは存在していないそうです。
それからCDCとか、MITなどに誘われた凛鈴さんでしたが、全てお断りしたようです。 理由はもちろん「アニキやみんなと一緒にいたいから」でした。 もう世界中捜しても、凛鈴さんに教えられる方はいないんじゃないでしょうか?
十数年後、スウェーデンに降り立った私達。 そうです、いつか読んだ本の主人公のように、私にも世界を旅する事ができるようになったんです。
「ねえ、鞠絵ちゃん、どうして医学賞なのかなあ?」
「こう言う物は何年か遅れて頂けるそうですよ」
あれから凛鈴さんの理論を応用しただけの方が何人も受賞していたので、私も行動を起こしました。 いつも書いていた韻を踏んだ難しい文章ではなく、誰にでも読み易い平文にして、あの時の出来事を本にしました。
きっと内容も分かりやすかったんでしょう。 ドラマになったり、映画になったり大変でしたが、あの頃の私の気持ちや凛鈴さんの心情が伝わったはずです。
評論家の先生には、本を売るための下らない話だと言われましたが、そんな事は関係ありません。 世界の読者からの声は、批判となって王立アカデミーに届き、こうして私達が呼ばれたのですから。 これが政治的圧力というものでしょうか?
共同研究を除いて、姉妹での同時受賞は初めてだそうです。 こうして私も、嫉妬や恐れまで抱いた姉妹と肩を並べ、対等の立場で歩いて行けます。
はい? 私ですか? 私は小さい頃から本ばかり読んでいたので、文才だけはあったようですから文学賞を頂いて来ます。 それではまた、どこかでお会いしましょう。
それから間も無く、誰か知らない人の名前が付いていた治療法は、福音をもたらす天使の名前、そして私の愛する家族と同じ名前、「ミカエル」と呼ばれるようになりました……
オチその2、上のヌルい話では満足できない貴方へ、ダークですので、ご注意下さい。
「ねえ、鞠絵ちゃん?」
「はい?」
「あたし達が受賞するの反対した人が、北極海に浮かんだって聞いたんだけど、嘘だよね、あははっ(汗)」
「ええ、下らないやっかみでしょうね、貰えなかった人は、みんなそう言うんですよ、きっと」
「そ、そうだよね、やっぱり…」
引きつった笑いを浮かべる凛鈴さん、ええ、違いますとも、人は浮かんだりしません。 特に肺や胃にも水が入って、半分凍った後は、沈んでお魚さんの餌になるんです。
私の熱烈なファンの方が言ってましたから間違いありません。 うふっ、うふふふふっ、あはははははははははははははっ!
海神鞠絵、その文才だけでなく、政治力と謀略では、どの姉妹にも追従を許さなかったと言われている……
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