IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》
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【第561話】
最初の種目は百メートル走、これといって特長の無い競技だが純粋に速さとタイムが競われている。
とりあえず前半は全くやることが無いので実況席へと向かう俺だが――。
「あっ、良いところに居たわね。 せっかくだからストレッチの手伝いしなさいよヒルト。 ほら、背中押して」
地面に座り、足を広げて自身が出来る範囲の柔軟体操を始めた鈴音。
「てか何で俺? ティナ捕まえたら良くないか?」
「ティナは一番手なのよ。 ……てか別に良いじゃん! 良いから背中押しなさいよ!」
そう言って催促する鈴音、周りの視線も気になるがしなかったらしなかったで後で噛まれそうな気もする。
背中に触れ、軽く押してとりあえず手伝う――ペタッとそのまま地面につきそうなぐらい柔らかく、流石は鈴音だなと感心してしまった。
一通り柔軟体操を手伝い、身体も解れた鈴音は振り向くとニッと八重歯を光らせて応えた。
「ありがと、ヒルト♪ せっかくだし、アタシの活躍見てなさいよね!」
柔軟体操に満足したのか、鈴音は手を振って後にした。
漸く開放されたと思った矢先――。
「お兄ちゃん、美冬もせっかくだし手伝ってくれたら嬉しいな」
今度は美冬に捕まってしまった。
いつまでたっても実況席に行けそうになかったが、かといって妹のお願いを無下にしても後が怖い。
美冬も鈴音同様、大きく足を広げて座った。
「じゃあお兄ちゃん、押して押して~」
「あいよ。 ほれほれ~」
わざと押す力を強める俺、最初こそ順調だが鈴音ほど身体は柔らかくなく……。
「や、やぁっ!! い、痛いってばお兄ちゃんっ」
「ん~? 美冬は身体が硬いな~」
「か、硬くないもん……っ。 うにゅぅぅっ!!」
何故かムキになる美冬に対して俺も背中を押し続けるのだが、あまりやり過ぎても良くないので程々にした。
「はい、これ以上は流石に身体が不味いことになるからな」
「むぅぅ……。 美冬、硬くないもん」
唇を尖らせ、提灯鮟鱇の様に頬を膨らませた美冬。
誰がどう見ても身体が硬いとしか思えないが、突っ込んでも仕方ないので敢えて美冬を放置して実況席へと戻った。
「……お兄ちゃん意地悪だぁ……。 ……後で仕返しするもん」
何の仕返しかまでは考えてなく、とりあえず美冬も百メートル走への参加準備を整えるのであった。
一方、席へと戻ると既に百メートル走第一陣は既に走り終えていた。
生憎とティナは二着だった、何気無く彼女を見てると視線に気付いたのか汗を拭きながら軽く手を振ってくれた。
それに応えて手を振ると隣に居る楯無さんの突き刺さる視線が気になり――。
「……どうしました?」
「……別に~。 ふんだっ」
プイッとおもいっきり横に顔を逸らした楯無さん――と、乾いた競技用ピストルの音が鳴り、煙を吐いた。
第二陣は鈴音と美冬、それと残りは三組女子の子達だ。
先陣を切ったのは鈴音だった。
「うりゃうりゃうりゃうりゃうりゃ~~ッ!!」
風に靡くツインテールはまるで重力に逆らうように下がる気配はなかった。
一方の美冬、二番手だが鈴音のすぐ後ろについていた。
足の速さでは流石に鈴音には敵わないかと思い、思わず俺は声援を送る。
「美冬ーッ!! もう少しだぞーッ!! 行けーッ!!!!」
「……!!」
俺に応える美冬、既に五十メートル過ぎ残り半分。
三組の子達は既に引き離され、一位二位争いは鈴音と美冬の二人。
距離を縮める美冬、鈴音も負けじと引き離そうと懸命に走った。
残り十メートル。
ここで美冬が鈴音と並走した。
ISを使わない真剣勝負――自然と鈴音は笑みを溢していた。
「激しいデッドヒート! 勝利は誰が勝ち取るのかッ!!」
……今実況してるのは実は黛先輩だったりする。
無論楯無さんも実況するのだが、さっきの出来事で若干ジト目で俺を見るので忙しい様だ。
そして、ゴールテープを切ったのは――。
「ハァッ! ハァッ! ……へへん、今回はアタシの勝ちね、美冬!」
Vサインをし、肩で息をしていた鈴音。
一方の美冬、額の汗を拭いながら――。
「あーっ、もうちょっとだったのに!! ……負けたよ、鈴」
同様に肩で息をしながら鈴音に手を差し出した。
一瞬その手を見る鈴音、だがすぐ笑顔になるとその手を掴み、握り返した。
「激戦を制した二人が互いに握手! いい勝負でしたね! ほら、有坂君からも二人に何か言いなさいよ!」
「あっ。 ……二人とも凄かったな、久々に手に汗握る激戦って感じだったよ」
俺の言葉に照れ臭そうにする二人、そして俺は――。
「それと、二人だけじゃなく三組の子達の健闘も凄かったです。 二人に追い付かなかったとはいえ、俺は彼女達も凄かったと思います」
突然の事に驚く三組の子達、完全な蚊帳の外だと思っていたのだろう。
だが、代表候補生二人に引き離されたとはいえ、後半実はわりと迫ってきていた。
注目されないからの意地――等ではなく、彼女達自身のポテンシャルを発揮したのだと俺は思った。
続いて百メートル走を走る子達がスタートラインに並んだ。
「次は私の番だ。 ……これまで灌いできた数々の汚名、今こそ返上する時」
瞼を閉じ、一人そう呟く箒の隣には入念なストレッチをしているセシリアが居た。
「勝利……わたくしが掴むのは栄光とお慕いしています殿方の笑顔さえあれば。 故にわたくしが負けるなどということはあり得ませんわ」
ストレッチを終え、ふわりと金髪を手で横に流した。
鮮やかに陽光を受ける金色は風に靡き、その風に乗ってセシリアの着けているコロンの香りが広がっていった。
「僕だって居るんだからね? 優勝もそうだけど、僕も勝ってヒルトに……えへへ」
勝利の光景を思い浮かべるシャル、背伸びをして背筋を解し、息を吐く。
「ぷはっ……」
その反動からか、たわわに実った乳房がたゆんと揺れた、そしてそれを見逃さなかった黛先輩の眼鏡が怪しく光を放った。
「オオーッと、シャルロット組! まさかまさかのお色気仕掛けかー!?」
マイクを使ってる為、勿論全校生徒に聞こえていた。
シャル当人はそんなつもりもなく、顔を真っ赤にし、手で違う違うと振りながら――。
「えっ、えっえっ!? ち、違うよっ!! ぼ、僕はそんなつもりじゃ――」
否定するシャルの言葉を遮り、アナウンスを続ける黛先輩。
新聞部故か、彼女は生き生きとしていた。
「抜け目ない! 流石抜け目ない! フランス代表候補生、シャルロット・デュノア!」
黛先輩の目がキラキラと輝いている一方、シャルは反射的に片手胸を隠し、もう片手否定しながら叫んだ。
「ち、違うのに~っ!! ひ、ヒルトも見ちゃダメだよぉっ!!」
見られて恥ずかしかったのかシャルはくるっと後ろを向いた。
そして――。
「ふーん。 おっぱい揺れるのがいいんだ」
何に納得したのか、美春が小さく頷くと、その場でぴょんぴょんと跳ね始めた。
「ヒルトーっ! 私も頑張るからねーッ!!」
跳ねる美春、それに合わせてダイナミックに二つの膨らみが上下に揺れていた。
それを見逃す黛先輩ではなかったものの、実況する前に無情にも第二陣の百メートル走が始まる。
クラウチングスタートの体勢を取る四人、今なお赤面しているシャルだが、気持ちを落ち着けようと何度も深呼吸していた。
「オンユアマーク……セット」
その言葉と共に高く腰を上げた四人――そして。
「ゴーッ!!」
ピストルの乾いた音がグラウンドに響き渡る。
一斉にスタートする四人だったが、ここでアクシデントが発生した。
シャルの足がもつれ、転んでしまったのだ。
他の三人もそれに気付くのだが、勝負の世界で情けをかけても良いことはない。
「……ッ! う、うそぉ……」
呆然とするシャルを他所に、セシリアと箒の二人は遥か彼方に、一方の美春。
彼女には勝負の世界云々というよりも目の前で怪我をしたシャルの事を放っておくことが出来なかった。
「だ、大丈夫!?」
「あ……」
自身の失態に僅かに涙目になってるシャルの前に、手を差し出す美春。
本能的にその手を握り、美春に起こしてもらうシャルに美春は――。
「まだレースの決着は着いてないよ! シャル、ここからは私と一騎討ちだ!」
「え? ――う、うん!!」
既にゴールした二人はタオルで汗を拭っていた、一方では遅れた二人の一騎討ち。
勿論足に怪我をしたシャルが圧倒的に不利だが、彼女は諦めず四着でゴールした。
怪我の具合は外面では擦り傷程度だが、打ち所が悪かったのかじわじわと痛みが走ってきた。
「シャル、大丈夫か?」
「え……?」
実況席から俺は駆け寄り、他の面々に目もくれずにシャルに近付いた。
膝に擦り傷が見える――大した事はなさそうに見えるのだが未だに立ち上がれない所を見ると何処か打った可能性もあった。
「立てなさそうだな。 よっ……!」
「ふぇ――わ、わあっ!?」
いきなりのお姫様抱っこに、シャルは驚きを隠せず、それを直に見ていたセシリアは複雑な表情を浮かべていた。
「や、ひ、ひると……! は、恥ずかしい……!!」
「んな事気にしてる場合か! ……っとそうだ。 箒、一位おめでとうな」
「えっ!? い、いや……あり、がとう」
素直なヒルトの言葉に、箒はビックリするも、何故か僅かにドキドキする鼓動を抑える様に胸に手を当てた。
「セシリア、もう少しだったが今回は残念だったな。 もう少し腕の振りを大きくしたら速くなるぞ」
「え? え、えぇ。 ありがとうございます、ヒルトさん」
複雑な気持ちなのは変わらないのだが、自分を気にかけてアドバイスしてくれたヒルトの気持ちに嬉しくなるセシリア。
「美春、よくやったな」
「ううん。 結局三位だし。 ……私は良いから、早く連れていってあげて」
「だな」
胸に顔を埋めているシャルは伏し目がちに俺を見ていた。
救護テントまで運ぶ俺を他所に、次の走者がスタート。
実況は黛先輩だがその隣の一夏に聞いていた。
「織斑くん、頑張ってる女の子達に何か一言を!」
「え? えーと、可愛くていいと思います」
「おぉっと!? 織斑くん、誰が一番可愛いのでしょうか!?」
「え?」
一夏の言葉に一部女子は発奮し、やる気が出ている様だった。
それはさておき、救護テントへと入る俺とシャル。
一応テント内は個別のベッドに頻りで簡易的な個室を醸し出していた。
テント内に常駐してる先生を探すも、誰も居なく、とりあえず俺は簡易救急箱を用意した。
「ほら、足を見せて」
「う、うん」
擦り傷のある足を見せるシャル、ブルマを穿いてるからか目の毒だが擦り傷に薬をつけていく。
染みるのか僅かに表情を崩すシャル、少し目立つがガーゼを貼り、打った箇所をアイシングで冷やし始めた。
「あ、ありがとう……ヒルト」
「ん、構わないさ。 ……他に何かしてほしい事はあるか?」
「え? ……え、えっ……と……キス……して?」
そう言って小さく顔を上げ、唇を突き出すシャル。
白い肌が真っ赤に染まり、外では走者への声援が聞こえていた。
「……わ、わかった」
誰が来るかもわからないこの状況下、だがそれでもシャルの可愛いお願いを断れる男子は居るだろうか?
頭の中で言い訳しつつも、ソッとテント内で俺とシャルは唇を重ねた。
ものの数秒の唇の交わり、どちらからともなく唇を離す。
唇から感じられた体温を感じられなくなるのは寂しかったものの、シャルは――。
「えへへ……や、やっぱりキスって、良いよね?」
「ま、まあな」
「……えへへ」
はにかむシャル――と、テントの天幕が開き、常駐の保険医が戻ってきた。
「んじゃ、とりあえず戻るよ」
「う、うん。 ……ありがとう、ヒルト」
シャルのお礼の言葉を聞き、俺は救護テントを後にした。
そして、テント内の事以外一部始終見ていた二人、ラウラと簪は――。
「ふむ」
「へぇ」
何かを思案したのか、頷きつつスタートラインへと向かうのだった。
「……あの二人は一体何を考えているのだ?」
「さ、さぁ?」
次の走者に選ばれた未来とエレン、不思議に思うも二人の事は考えないようにし、気持ちを百メートル走へと集中することにした。
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