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白く咲けるは何の花ぞも

作者:兎崎
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一.岡豊の姫若子
一章 岡豊の姫若子
  二の2

「あんた、本当に何者だ。どこから来た」

 地面に座り込み、息を整える元親に相手の男もひとまず休戦に応じたのか、手早く裾の乱れを直した。
 元親は呼吸が苦しくなっていると言うのに、目の前の彼は涼しげなものである。
 息を荒げることもなく、一呼吸吐くとすぐに元親に向き直り、いまだに肩で息つく彼を真っ直ぐ見つめて来た。

「瀬戸内海を渡り、伊予を抜け、この地に来た」

 姿形のまま、穏やかだが、抑揚のない声がそう答える。

「本土か。都からか」
「まあ、そんなところだ。特にこれと言った居場所もなく、仕える主もいない」
「浪人か?」

 その成りで、と驚きの声を上げる元親に、青年は口許を歪めて笑う。
 一見微笑んだとは受け取り難い。どこか陰を感じさせる陰湿な含み笑いだった。

「名は」
「安芸国吉田(しょう)の毛利興元が弟、多治比(たじひ)元就だ。兄は長門の大内に属している」
「ふうん、安芸国か」

 安芸の国と言えば、四国と瀬戸内海を挟んだ対岸。
 その頃の中国地方は大内義隆が強大な勢力を持っていたが、出雲守の尼子氏と度重なる戦を繰り返していた。
 瀬戸内海を挟んだ四国にとって中国の情勢は影響が大きい。
 特に瀬戸内海側、伊予、讃岐、阿波三国のそれぞれが本土に関わりを持っており、情勢を無視出来ない関係を築いていた。
 しかし、ここはその四国でも辺境の地。
 隔離された土佐である。
 土佐七雄の争いに明け暮れる長曾我部にとっては、所詮遠国の争い、噂にさえならなかった。

「その多治比……?、元就さんとやらがまたこの東国土佐の地まで一体何しに来たんだよ」
「故あって、今は放浪の身だ。帰る場所がなくてな」
「でもあんたの兄貴は安芸にいるんだろ」
「兄は兄。今は大内様と共に都におる」
「なんであんたも同行しねえ」

 しつこく質問を繰り返す元親に、元就は苛立った舌打ちをしてみせた。

「大内は、男遊びが殊の外好きでな。共におると先の貴様のように、いや、それ以上にしつこい。うんざりしたから薬師の一行について逃げて来た」

 なるほど、と元親にも合点かいった。
 確かにこの容姿なら稚児には行き過ぎた歳とは言え、まだまだ食指を誘う。
 特に男に拘りのない元親でさえ、抱きたい気にさせられたのだ。
 美少年好きならば放っておかないだろう。

「あんたの兄貴はつきまとわれたりしないのか」
「兄とは歳が離れている。三十路間近の男はさすがに興味がないらしい。ならば我もその歳になるまで諸国放浪でもしていた方が良かろうと思ってな」
「ははは、あんたなかなか面白いこと言うな」
「笑い事ではないわ。立場が立場故、兄の顔を立てる為にはこちらは殴り倒す訳にも行かぬ。小国の次男坊なんぞに生まれるものではないな」
「じゃあ、普段はそいつと寝てるのか」
「……」

 それについては答えず、元就は「もう行って良いか」と不遜な態度で元親に聞いた。
 この媚びない態度が元親には新鮮で、彼に対してますます興味が湧いてきた。

「何を……っ」

 懲りずに再び、元就の腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。

「俺もあんたが乱れる様を是非とも拝んでみたいんだが……、俺に抱かれるのは気が進まないか?」
「ふざけた真似を」
「いいじゃねえか。どうせ明日にはここを発つんだろう。俺も立場がある身だ。後腐れなんかねえし、後でしつこくあんたにつきまとうこともこの土佐の地にいる限り、出来やしねえよ」

 元親の口説き文句に納得したのか、しないのか。
 黙って彼を見上げていた元就だが、短く息を吐き出すと、元親に向かって此方へ来いと無言で指を拱いた。
 冷たそうな表情と蔑む視線が何とも言えず艶っぽく、元親の腰も熱を生んでじんと疼き出した。
 気位の高い、気の強そうな女が元々、元親の好みなのだ。
 靡かない女を愛撫で蕩けさせ、自ら腰を振るような淫乱に豹変させるのが愉しくて女遊びは止められない。
 この相手はどんな表情を見せてくれるのかと想像しただけで、元親の若い身体は即座に反応を示した。
 細い顎に指を滑らせ、弄る。
 覆い被さって、肉薄の唇を塞ぐと元就の指を搦め捕って自身の股間へと導いた。
 と同時に彼の尻を掴んで両手で揉みしだく。
 余程熟れているのか、元親の指が彼の後孔を衣服の上から弄っただけで、元就は吐息のような呻き声を洩らした。
 元親の陰部をなぞる指に力が籠もり、なぞっていただけの指の動きがねっとりした愛撫へと変化する。

「姫若子の割には、随分立派なものをぶら下げておるのだな。我が貴様を抱いてやろうと思うたのに、これはとんだ心得違いだった」
「そりゃ期待に添えずに失敬したな。どうだ、あんた次第でもっとデカくなることも出来るが。そのお上品な口で吸ってくれねえか」

 ふん、と短く鼻で嗤う。
 冗談を解する心はあるらしい。

「貴様のものをしゃぶれと申すか、この我に」
「無理にとは言わねえよ。あんたじゃ噛み切られそうだからな」
「左様。このような不埒なもの、しまっておけ」

 おいおい、まさかここで終わりじゃねえだろうな、と慌てた元親だが、嬉しいことに彼の期待は裏切られた。
 元親の襟を掴んで自身の方へと引き寄せた元就は、先程より深く唇をふさいで来た。
 すぐに湿った舌が巻き付き、ねっとりした呼吸を繰り返しながら、絡んで来る。
 互いに衣服を剥ぎ取りながら、性急に身体を繋ぎ合わせた。

「綺麗な肌してやがる。あんた本当に男か」
「貴様の方こそ、変わった目の色をしておるな。南蛮人の顔と似ておる」
「……んな訳ねえだろ。俺は生まれも育ちもこの土佐だ。ここから外に出たこともねえ」
「世間知らずのオボコなのだな。女なら殊勝な心掛けだが、その(なり)ではな」
「黙れ」

 再び、唇を重ね合わせながら、繋ぎ合わせた腰を揺する。
 元就の中は程よく元親を締め付け、適度に湿り、とても心地良かった。
 どちらともなく熱い呻きが洩れ、それが互いの情感を高めて行く。

「……ああ……、堪…らぬ……っ 」

 中で蠢く元親の男根が元就の好い部分を探り当てたのか、彼の上で身を震わせると、喘ぎを洩らして首を仰け反らせた。
 細い腰を掴み、同じ箇所を何度も抉るように突き上げてやる。
 白い尻の孔に出這入りする己の男根が何とも卑猥だった。

「さっきのお高く止まったあんたはどこに行ったんだ。大内とやらにしっかり調教されてるようだな」

 それも仕方がないだろう。
 武家の子供は時には主に見初められて、否が応でも閨の相手を務めねばならない。
 青年になってもこの美しさなら、幼少時はもっと美しかったに違いなく、元々が稚児好みの主なら、容易には手放さなかったであろう。

「黙れ……、貴様は腰を振って、我に奉仕しておれば良いのだ……、無駄口は叩くな……ああ、あ…っ、ああ…っ」

 この強気な性格と言い、高飛車な物言いも、そのくせ愛撫に弱い愛らしい一面も、完全に元親の好みである。
 彼が女なら元親だってこのまま正室に迎え入れたいぐらいだった。

「中に出すぞ、たっぷり出してやるから、元気な子を孕めよ」
「やめ…っ、……う…ああ…あああ……っ」
「うあ…っ、……で、出る……っ!」

 元親が往っただけで、元就はまだ往っていない。
 不満を解消する様に、互いが満足するまで幾度も抱き合った。
 なかなか往く気配のない元就に焦れて元親が彼の股間に吸い付き、硬くなった男根を吸いながら、臀を弄っていると、もうじきと言うところで大音響がし、邪魔が入る。

「兄貴! こんなところで一体何を油売ってんだ! 」

 呆気に取られ、身動きも出来ないでいる彼らには構わず、六尺を超える長身でがたいも良い男が小屋の内部に入って来ると、絡み合う恋人たちを引き剥がし、有無を言わさず元親の顔を殴りつけた。
 吹き飛ぶ元親を見、自分の無防備な姿に気付いた元就は、自分たちを見下ろすその大男の顔を見上げた。

「さっさと岡豊へ帰るんだ! 」

 背丈は元親より少し大きいだろうか。
 しかし、顔は厳つい鬼のような形相で、顎には豊かな黒髭を蓄えていた。
 長曾我部家の次男、元親の弟、親貞である。

「親貞ぁ……、お前、さすがに顎が外れたぞ。この…、馬鹿力め……っ! 」
「外れてたらそんな風に話せんだろうが! 全く、姿が見えないと思ったら、こんなところで寄りにも寄って男遊びとは──、情けない限りじゃ!」
「親貞の兄上! 止めてください! これ以上、元親の兄上を殴らないで! 」

 元親はさすがに即座に起き上がれず、地面に這いつくばっている。
 その彼にすかさず駆け寄って来たのは、先程元親と別れたばかりの末の弟、親益だった。
 
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