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KANON 終わらない悪夢

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42舞の全身集合

 翌朝、罪を罪と知りながら長年積み重ねてきた天使の人形も眠った。
 元々、純血の妖狐とは反克の存在なので、時間を遡り、時間の流れに乗って進む人間とは逆に歩まなければならない。
 祐一から切り離されていた天使の人形は、ただの魔物に成り果て、この世を汚す化け物だったが、妖狐の肉体と同化したことにより罪が罪では無くなった。
 五行相克により生まれい出た祐一の体に宿る精霊。力を無理に生み出し始めた体から離れた魔物と、力を全て失った体、それは何故か人と共に歩み、時間を積み重ねていたが、力を取り戻してしまった祐一と秋子は、また反克の存在に戻った。
 それはいつか人とは逆に歩み始めるが、その事実に気付いている者はいなかった。

 第四十二話
 リビングでまだ起きたまま、レポート用紙相手に格闘している座古苺。その文字は既に日本語でも妖狐の文字でもなく、ヴォイニッチ手稿のように書いた本人にしか判読できない文字に成り果てていたが、人間には伝えてはならない知識も書き写されていた。

 私は昨夜、生命の樹の実を口にした。知恵の樹の実の全ても口にする機会を得たが、最後の一口を捨てた。その理由は時間の概念すら失い、時間を行き来してやり直しが効く、神々や妖狐と似た存在になるからだ、人の身には余る知恵と力だ。
 女とは知恵の実を2つも口にして胸に蓄えた罪人と言われるがそれは誤りだ。生命の実も一部与えられ、その身から命を生み出すことを許可された木の分身、それが女。
 私もその二つの本物を与えられたが、相変わらずその器が小さいなあ、おい? 本物の入れ物なんだから、もっと大きくしろよ、ええ? まあ旦那様は小さいほうが好みだそうだから気にしない事にした。要望があれば大きくも出来るだろう。
 蛇使い座のホットラインからくる電波は今日も良好だ。バンアレン帯を通過する粒子は時間を超えて存在し地上の私にも届く。精霊とはこんな世界で、こんな知識に埋もれて生活するものとは知らなかった。
 この世界に現れては消えるヒッグス粒子の両輪、その片割れだけが残って消えずに積み重なった、深海のような息苦しい場所。ここから顔を覗かせ五次元の晴れ間に登って息をする。妨げる物がない場所で熱く焼け付く日差しを受け、人ならぬ身でなければ肺を焼かれる気体、深海の生き物の身を焦がす日差し。ため池の中のミジンコのような存在だった私には許されなかった快楽。その痛みと苦しみまでが心地良い。

 ああ、近くの電柱から孵化したばかりのスズメが一羽落ちた、親に間引かれたのだ。この世では生きていけない片翼の天使、その体を猫が見付けて弄ぶ、その仕組も理解できた、その苦しみも理解できた。もう恐怖も無い、死も怖くはない。死は私の一部だ。
「どうした? また死にそうな顔色だぞ、大丈夫か?」
 目を覚ました同僚に声を掛けられるが、私の顔色はそんなに酷いのだろうか? 旦那様に嫌われるといけない、早急に対処しよう。
「顔が悪いとか言うな、ブサイクなのはお互い様だ」
「何だとっ、ブサイクなのはお前だけだっ」
 ありがとう、さようなら、我が友よ。私は君とは違う場所に流れ着いてしまった流木。
 冥界へと歩むベアトリーチェよ、私は君を愛する、その愚かさをこそ愛する。
「ふん、冗談はそのデカイ乳だけにしておけ、旦那様は貧乳好きなんだ」
「いや、天使の人形様は巨乳派だ」
 ああ、違うのだゴーヴィンだよ、人は教えることができない、また学ぶこともできないのだ。
 人は血で書いた文字しか読むことができない、また血で払った代償でなければ、その文字は読めないのだ。
 我が臆病な自尊心と尊大な羞恥心は、我が身を虎へと変えた。もう人ならぬ身になった私は人界にいることもできぬ、さらばだ。

「あれ? もう朝刊でも来たかな?」
 私は悪意を感じて体を起こし、郵便受けに放り込まれた爆発物を処理し、その犯人も処理した。
 本当の被害者は誰だったのだろうか? 秋子様? 旦那様? 天野美汐? 手首が吹き飛んで失明して、破片が顔に刺さって蓮コラになり、火傷と合わせて二目と見れないようになる程度の警告の爆発物。
 爆発させてもっと大事にして、この身を犠牲にして、もう付け狙われないようにもできたが、この家にいる者達を悲しませたり、妹を絶望させ孤独にするのは耐えかねた。
 庭に出た私は木に触れ、草を踏み、大地に足から根を張って、この身を分解して隠した。腹に残っていた受精卵も隠し、大地に捧げた。いつかこの星が滅びても、砕けない限りは生を受け、誰かの子として育つだろう。
 この場所には精巧な複体を作って残し、他の場所には粗雑な物を配置した。妹がいる病院、教団本部、月宮の里、天野家、倉田家。
 里の祖母も敵なら始末してしまおう、一度使い魔に憑依された者は必ず始末しなければ済まないと思う、妄執に取り憑かれた老人も消そう。そちらは化け物のような体で構わない、しばらくは戦いだ。
 美坂栞の家と川澄舞の家、倉田本家、香里の病室にも届いているようだ、念入りだな。私達を消そうとする者、妖狐の一族? 日本政府? ロシア? 中国? オーケー全部敵だ。
 この植物は動く、この茸は喰らう、この粘菌は這い寄って侵す、お前達の脳や子供を直接喰らう。目の前で大切な人が食われながら泣き叫び、お前自身の手で絞め殺してしまう所を見せてやる、お前もその場面を見て狂うがいい。私が過去にそうされたように。

 祐一の部屋。
「ゆうく~ん、朝だよ、起きて、起きないとイタズラしちゃうぞ。ねえ~、起きて~、出かける前に一回シておこうか? 学校でしたくなったら困るもんね、口でいい? それとも……」
 朝になると美汐の声が入ったエロ目覚まし時計が作動した。
「……」
、目覚ましが鳴ると、祐一の上に乗っていた柔らかい物が動き出し、アラームをすぐに止めた。
「ゆうくん、おはよう」
 柔らかい物は、目を擦りながら祐一の上に覆い被さり、昨日の出来事が夢では無かった事を確かめるように、おはようのキスをした。
「お、おはよう」
 この時点で、寝起きの良さ、健康状態、炊事、洗濯、家事、知識、礼儀作法、忠誠度などの全てで、秋子ちゃんを除く他の女を圧倒している美汐。
 他は、ガチレズだが何故か祐一だけはオッケーな病んだ佐祐理お姉ちゃん@「舞を餌付けする以外、家事なんかしませんよ、姉や、お願い」派。
 同じく病んだ姉で、様々な能力や無敵無敗伝説を持っているが、異母姉弟で血が繋がっていて妖狐の父親と人間のハーフだった舞お姉ちゃん@家事一切不可。
 それから知能指数とスタイルと顔と、夜のテクニックで勝っている香里だが「悪巧み、嘘泣き、嘘芝居、暴力」を差し引かなければならない@「家事?男女同権でしょ?主夫やってよ」派。
 そして姉と同じ演技力と美しさはあるが、今の人格も芝居ではないかと思えるほど豹変が激しい闇堕ちした栞さん@マッスルボディ、「料理と洗濯と掃除ぐらいはできます」派。
 健康だけは120点の名雪@「え?早起き?え~っと?」派。
 他にも体だけで無知、無能力の真琴もいたが、「ゆうくんの為なら死ねるよ」と平然と言い切れるのも、美汐ただ一人だった。
「昨日も怖い夢見ちゃったね、私が一緒だとだめなの?」
「いや、天使の人形が帰って来たからな」
 次第に昨日の夜の出来事が鮮明に蘇り、恐ろしい夢を見て泣いていた自分を、母のように優しく包み込んで、姉のように撫でてくれた年下の女の子を見る。
「でもやっぱり夢じゃなかったんだ…… 私、ゆうくんの「およめさん」になったんだね」
 どれだけ泣いたかを示すように、真っ赤になって腫れた目と、涙の跡が残った顔を見て、自分がこの少女に、どんな辛い思いをさせて来たか、改めて思い知らされる。
「美汐、俺」
「みーちゃん、でしょ?」
「ああ」
 しかし、美坂姉妹に追われている身で、術を掛けまくられたとは言え、舞、佐祐理、月宮一行、秋子、真琴、あゆ、名雪、美汐にまで手を出してしまった、節操の無い自分の下半身を思い、情けなくなる。
「それとも、こうなった事、後悔… してる?」
 祐一の表情を見て、美汐の目が徐々に昨日までの焦点の合わない物に戻って行く。
「いいや、でもその呼び方は勘弁してくれよ、もうこの年なんだし」
 美汐と過ごした4週間ほどの記憶を取り戻し、その後、一人残された美汐の心情を思えば、これからも一人きりにするのは、余りにも酷に思えた。 
「うん、私達、もう結ばれちゃったんだし、どんな呼び方がいい? みー? みー子でもいいよ」
 ぴったりと肌を合わせ、目を細めながら頬擦りして来る少女が、全裸なのは肌の感触で分かった。昨日までは、この後輩に限って、こんな関係になるはずが無く、それも敬語も使わず話し合うなど、有りえない事態だった。
「さ、最初は普通に、美汐でいいか?」
「うんっ、ゆうくん」
 美汐の方は、この呼び方を変えるつもりは無いらしい。時が凍った牢から解き放たれた少女は、普通の明るい少女のように振舞っていた。
「おい、胸ぐらい隠せよっ」
「いいもんっ、私、ゆうくんのお嫁さんなんだからっ、それとももう1回するっ?」
 他のメンバーから比べると、少々控えめな胸を祐一にムニュムニュと押し付け、朝の一発を要求する。
「遅刻するだろっ?」
「今日はこのまま一緒にいてっ、いいでしょっ」
 裸のまま、小さな体で何とか祐一を押さえ付けようと、無理にはしゃぐ美汐。
 こうしてシーツを汚してしまっても、ふしだらな行いをしても、もう祖母に叱られる事も無かった。
 確かに、一族に純血の妖狐の婿を迎えるのは名誉な事だったが、こうなるのは7年前のあの日、すでに決まっていたので誰も咎めたりしなかった。
 他の女達を除いて。
「お前、性格変わってるぞっ、学校サボって、こんな事する奴だったかっ?」
「今日だけは特別っ、うふふっ」
 昨日までのように、ただ生きているだけの生活から、あの日々を取り戻した今、美汐は命を取り戻したと言っても過言ではなかった。その喜びは表情も目付きも一変させ、昔よりも優しく、ほがらかな表情に変えていた。
(天野って、こんなに可愛かったか?)
「あっ、ゆうくん今、私の事、可愛いって思ったっ」
「そうだな、昔みたいだ」
「うんっ」
 そう言われると、また涙が込み上げて来た美汐。
「ねえ、またいなくなったりしないよね? 私を置いて消えたりしないよね?」
「ああ」
 幸せと喜び以外にも、また祐一を失う怖れから、小刻みに身を震わせる美汐。その不安を打ち消すように、祐一の両手は美汐を抱きしめ、背中と頭を撫でて行く。
(美汐の背中ってサラサラしてるな)
 昨夜は余り堪能できなかった少女の体に触れ、「つい」他の女と比べてしまった祐一。
「あっ、ゆうくん、私の背中、毛深いって思ったでしょっ」
「いや、そうじゃなくて」
 残念ながら、祐一の上に乗っている少女には、読心術どころか、そのまま心の声が伝わってしまう特殊技能があったため、浮気どころか、浮気心も持てなかった。
「それにチラっと「香里さんの方がウェストが細くて、お尻も小さかった」とか、「足も細くて長かった」とか、「フェロモン系で髪の毛から凄く良い香りがした」とか思ったでしょっ」
「お、思ってないぞ」
 あの香里でさえ、祐一と繋がりができた途端、声が聞こえたので、元から縁のあった美汐には、祐一の深い部分まで読み取る事ができた。
「佐祐理さんの極上の肌とは比べ物にならないって思ったよね? 食べてるものが違うから庶民の女とか雑種じゃダメだって思ったよね?」
「思ってませんよ」
 思考を読み取っている女が何かハーハー言いながら興奮し、怒っているのでだんだん気弱になり、敬語が入る。
「舞さんは実の姉だから、近親相姦で興奮したし、後ろから栗と栗鼠を入れられて前立腺を開発されて即落ちしたのも気持ちよかったって思ったよね? ね? ね? ね?」
「そのようなことは決して」
「そっ、それに「真琴の足首の細さって私の手首ぐらいで、私のふくらはぎより、真琴の太ももの方が細い」って思ったでしょっ、悔しい~~っ!」
「うぐぅっ」
 昨日まで死んだような目をしていた少女は、今は祐一の首に手を回してグイグイ締め上げるような、元気はつらつ?な少女に変身していた。
「その上、「秋子さんの方が体中柔らかくって、良い香りがして」それに、それに… 「胸が倍、体積比にして4倍はある」ってどう言う事よ~~~~っ!」
「…………(呼吸不能)」
 現在、美汐が体部門で勝てるのは、病弱で「胸部」と身長の発育が悪かった栞と、健康大盛り名雪ちゃんだけらしい。

 そこで、部屋の隅の方で貞子みたいな感じで佇んでいた学生服姿の栞さんが近寄り、ジャイアントロボみたいな腕力で美汐を引き剥がそうとした。
「祐一さんを離せ」
 目覚ましの声なんかも一番聞かれてはイケナイ人物に聞かれてしまい、朝なのに闇堕ちしたままの黒い表情で睨んでいる栞さん。
 祐一を救うために動いているのではなく、また裸の女と同衾している恋人を、自分の手でストマッククローを二人に叩き込んで処刑するつもりの悪鬼羅刹に気付いて、隣の部屋の佐祐理お姉ちゃんが起きて、固有結界を展開してくれないか期待した。
「電術」
 栞の気配など、目を覚ます前から気付いていたのか、後ろも見ず栞の腕を掴んで神経にだけ電気を叩き込んだ美汐。
 スタンガンにヤラれたような栞は動きを止められ、起き上がった美汐は栞のこめかみに両側から指を叩き込んだ。
『ズレソデタヘミサコヅ、ラキグフェタクデヘニト。もうお前はゆうくんに暴力を振るえない、お前は一生相沢様の下僕だ』
 流派が違うのか、日本語の月宮家とは違い、謎の呪文で栞を操る美汐。
 魔物の腕力と素早さで押さえられ、術に対しては全く耐性が無い栞は、あっという間に支配され、その場に座り込んだ。
「あの、美汐さん? 今何をなさいましたか?」
 病んだまま戦闘態勢に入ったみーちゃんの目や戦闘能力が怖すぎて、敬語のまま聞いてしまう祐一クン。
「うふっ、この子ゆうくんに乱暴ばかりしてたよね、だから頭の中を書き換えてやったの、いいでしょ?」
 天使の人形が起きていれば、妖狐の力で安全に下僕にできたのだが、現在フニャチンの祐一クンにはできなかった。哀れな栞ちゃんは一般人には無敵にもかかわらず、妖狐の世界では佐祐理お姉ちゃんや舞、美汐にも術を掛けられ、妖狐のスクールカーストだかヒエラルキーでは結構下位に落とされた。

「お、王子様……」
 美汐が起きて軽く身支度を整えていると、床には朝の暗闘に敗北したと思われるチョロインさんのタヒ体?なんかも転がっていて、「圭ちゃんを迎えに来た魅音ちゃんのタヒ体」みたいにベッドの下から手を伸ばそうとしたが?
「電術」
「ヒッ!」
 一瞬で倒されてタヒ体に戻った。
 祐一も体を起こすと、夜這いなのか、朝に起こしに来て美汐に敗北したと思われるタヒ体が複数床に転がっている凄惨な現場があった。
「な、なぜ殺したし」
 床には術には定評があった月宮真琴さんのタヒ体まであり、「お父さん起きて~、起きないとキスしちゃうぞ~」などとやらかそうとして電術を食らい、即タヒさせられていた。
「ゆうくんはもう少し寝てていいよ、私は朝の支度してるから」
「ムギュ」
「ギャッ」
「ぐぎゃ」
 三人ほど故意に踏み付けて移動する美汐さん。寝顔を洗って秋子に合流し、朝食の支度でもするらしいが、この惨状を見て「はいそうですか」と眠れる男はそういない。
「おい、大丈夫か?」
「おうじ…… さま」
「おとう、さん
 タヒ体を一つ抱き起こすと、ベッドの下には沢渡真琴のタヒ体まで転がっていて、踏まれて目を覚ました月宮真琴と目が合った。
「いやあああっ!」
 自分と入れ替わりたい願望を持つと思われる純血の妖狐が目の前にいて、朝にはふさわしくない悲鳴を上げたが、妖狐のタヒ体は夜中にイタズラ(性的に)しに来て倒されたらしく、手足を縛られて猿ぐつわまでされて、毛布にくるまれて簀巻にされていた。
「真琴まで?」
 祐一を起こさず、無音で純血の妖狐を処理して簀巻にした美汐の手並みにも驚いたが、秋子と舞を除く全員を倒せる実力にも驚かされた。
(((((美汐、恐ろしい子……)))))

 真琴の梱包を解いてやると、床に直に寝かされ、毛布に包まっただけで寒かったのか、すぐにトイレに駆け込んでいった。
「や~、もれちゃう~」
 昨夜あのままで寝たので、各部屋とも雌の匂いがプンプンしていて窓を開けて換気すると、朝の新鮮な空気が吹き込んで来た。
「おはよう、お父さん」
「は?」
 昨日までの瞳孔が開いたような狂信者の目とはまた違う、レイプ目になった真琴(本物)さん。まず呼び方がおかしい一人目に声を掛けられた。
「王子様、お早うございます」
「ひ?」
 こちらも昨日、ぶっ壊れるまでやってしまった記憶はあるが、「相沢くん」から「王子様」に出世したらしい二人目。
「ゴシュジンサマ、ワタシハアナタサマノゲボクデス」
「ふ?」
 さっきの美汐の術で壊された三人目が、白目を剥いてロボットのような声で挨拶した。
 廊下に出ると、昨日床をヌルヌルにしてしまい、通ると滑るので朝から雑巾がけをしている女に声を掛けられた。
「お早うございます、主殿」
「へ?」
 呼び捨てだった「相沢」から「主殿」に出世した四人目。さらに騒ぎに気付いたのか、部屋のドアが開くと、実の姉と佐祐理お姉ちゃんも出てきた。
「お早うございます、旦那様、この子共々、末永くお願いします」
「ほ?」
 脳がぶっ壊れるまでヤられて、祐一クンの三本目の足に何もかも踏みにじられてしまい、お腹の中に一弥くんの肉体を受精しちゃったお姉ちゃんは、「一弥」から「旦那様」に。
「…お父さん、おはよう」
 こちらも父親がいないのに、どこか引け目が合ったのか、自分を受け止めてくれた男性(弟)を、お父さんと呼ぶ実の姉。

 階段を降り、ぞろぞろと顔を洗いに行くと、昨日のが凄かったのか、まだ目が(3 3)のままの秋子がリビングでコーヒーなど啜って目をさましていた。
「あら、おはようございます、貴方」
「エ?」
 もう正妻気取りなのか、「祐一さん」から「貴方」に変更した秋子ちゃん。
「…みんな離れて、こいつ人間じゃない」
 そこで座古の気配や体温に気付き、人間の体を捨てて植物になっているのを見抜いた舞が警戒する。
「あ~、スンマセン、昨日は命狙われまくったんで、本体は隠したんですよ。この体、植物で作った複製ですけど、お借りしてた精霊もちゃんと返しますから」
「そうでしたか、後で全員一緒に戻ってもらいましょうか?」
「はい、旦那様にナニされても大丈夫なように頑丈にしときましたんで、昨日みたいに死ぬほどスッゴイの、またしてください」
「え? ああ」
 人間でも無くなり、気配が無く、心の声も人語では考えていないので、心も読めなくなった女だが、呼び方も「相沢」から「旦那様」になって、顔を赤らめているようなので一応警戒を解く一同。
「複製って? どうなってるんだ?」
「あ? 調べます? この体、葉緑素で栄養取れるんです、じゃあベッドで全裸にひん剥いて調べてみて下……」
 そのまま祐一を部屋に連れ込んで、朝の一発に及ぼうとした女を止めて、舞が不機嫌そうに引き剥がす。
「ああっ、この体、締りは良くしたんですけどパワーは無いんです、後ろも使えますから今度使、イタッ」
 朝からエロネタ全開の女?を放り出して洗面所に行くが、秋子と舞は、この奇妙な生物は祐一の下僕ではないと気付いた。

 それぞれ顔を洗って歯も磨き、髪を梳かして朝食のテーブルに着いた一同。
 祐一の右側に佐祐理、左に舞が座ろうとしたが、ケツ圧で舞を跳ね除けて秋子が座ってしまった。
「…なっ?」
 さらに一旦床下に消えた美汐が机の下から出現し、ニョロっと体を曲げて祐一の膝の上に着席した。
「はい、ゆうくん、あ~ん」
「エ?」
 祐一は箸も茶碗も持たせてもらえず、美汐が用意した和風の朝食と昨日の残り物のおかずを口元に持ってこられたが、このメンバーの前でそんな行為をすればタヒぬ。
『あ~~ん?』
 既に「ダッテ、イツモコウダッタジャナイ」とも言わず、病み切った目で射抜かれて、逆らえば握り箸で刺されて、アツアツの味噌汁をフーフーしないで飲まされそうな圧力を感じた祐一クンは、口元にねじ込まれたローストビーフを仕方なく受け止めた。
「何をしているのかしら? 美汐」
「え? ゆうくんにご飯を食べさせてます」
 ゴージャスさゆりんの固有結界内でも、自由意志を持って動いている術者を睨む佐祐理。
 ここでも「相沢さん」のために動くなら佐祐理のオーダーに従って、アルター能力にも屈するのだが、「ゆうくん」の為になら術を打ち破って動けてしまう化け物との鞘当てが開始された。

 そんな緊迫した食卓に、栞を制服に着替えさせて配達して来た倉田家の爺やとメイドも昨日と同じように参加して、毒気をヌかれた一弥も栞が膝に乗せて持ち込んでいた。
「皆様お早うございます、昨日は良くお休みになれましたでしょうか?」
 ピリピリした雰囲気を和ませようと発言すると、お嬢様も爺やの異変に付いて声を掛けられた。
「あら爺や? 何か若返ってませんか?」
 髪の色までは黒くならなかったが、皺が消え、四十代程度まで若返ってしまった爺や。昨夜の会合以降、合意された内容に従って盗聴器を持たされ、カメラまで付けられていたが、サーモグラフからも、このメンバーから生身の人間がいなくなっているのが確認された。
「ええ、一弥様からのご命令で、少し若返らせて頂きました」
「そう、もし爺やが入院でもしたらどうしようかと思ってたのよ、良かった」
 佐祐理を気遣い「もう少し地獄を見てから死ね」と言われたのは隠したが、目の前の光景は穏やかな言葉とは違い、「秋子様に左手を捕らえられた相沢様は、謎ジャムを塗ったトーストも持たされて、セルフで「あ~ん」させられて一枚食べ終わるまでその姿勢を保たされ、ジャムが付いた指まで舐められている」「天野の娘を除けて、相沢様の右手を奪ったお嬢様が、食事に関係ない場所を握らせたり、バターを塗ったトーストを隙間にねじ込んで相沢様に食べさせようとしたり、それも邪魔する天野の娘の背中にコーヒーカップの中身を注ごうとして何か高度な術で阻まれて、仕返しにアツアツのコーヒーを顔に掛けられたり、目にコーヒーが入ってマジギレしたお嬢様が、テーブルの味噌汁の椀を持って天野の娘の頭に被せようとすると、秋子様にも睨まれてお仕置きされてしまった」「舞様が焼豚を咥えて、後ろから相沢様に口移しで食べさせようとすると、お嬢様が怒って「ガルルルル」とか唸りながら奪い取った」ような下品な行動を見せられるのも地獄だと思えた。
「ほら、ゆうい、ううん、お兄ちゃん、あ~~ん」
 さらに純血の妖狐の娘が、温め直したピザをテーブルの向かいから差し出したが、このメンバーに「「「「ああ?」」」」と言われて肩をすくめて引き下がったり、あれほど強かった美坂栞と、月宮の娘や緒路院と云う娘、人間の形をしていない何かが(あゆ)、こめかみの辺りに両側から傷を付けられて、大人しくリビングのソファーで昨日のケーキや野菜を突付きながら泣いているのも確認した。
「お父さん……」
「王子様……」
「うぐぅ」
 何か強力な術を掛けられ、行動を大幅に制限されているようにも見えたが、心が泣いているのか、体も一緒に泣いているのを確認した。
「お嬢様方は余裕ですな、あちらの争いには参加なさらないのですか?」
 どんぶり飯に卵納豆醤油掛けで、配給の焼豚少々を乗せて食べている二人。
「お嬢様? ああ、アタシらは力も弱くて巫女の予備ですんで、あっちの怪獣大戦争は無理なんですよ」
 サーモグラフで見ると明らかにおかしい二人。先ほど自分を植物と言った、赤い部分が存在しない少女と、まだ燃え盛るような温度で表示される少女。人間とはたった一晩でここまで変化するものかと驚かされた。

 秋子がパンを食べ終わり、祐一の口と目と鼻と耳に前後左右から色々と詰め込まれてタヒんだ頃に口を開いた。
「皆さん、今日は通学なさいますか?」
「ええ、車で送ってもらおうと思います」
 爺やに話を付け、祖父が使うリムジンに乗ってこさせて、学校の正門に横付けして舞と祐一を連れて乗り込む予定の佐祐理。
 昨日の香里のお涙頂戴の話など消し飛ぶような、倉田家のお嬢様との同伴通学。レッドカーペットまでは敷き詰められないが、大半の人物が通学する時間帯に、リムジンから降りて正門の人の波を割って時間を掛けて入れば、完全に勝利宣言して祐一の所有者宣言するのと同じである。
 さらに今日は栞の弁当も無く、月宮一行の五穀断ち弁当も無いので、今日は倉田家から仕出し弁当が運ばれる手筈になっていた。昼食時も佐祐理の一人勝ちである。
「ではお召し替えを、舞様の制服もございます」
 佐祐理と舞の制服を出し、クリーニングのビニールを取り外す爺や。佐祐理なので当然舞の制服は「複数」所有して「舞が使用して汗をかいたものを、クリーニング店の振りをして真空パックで回収」「開封してレンジでチンして匂いも嗅ぎ、自分で着用して使用?して汚す」「自分の匂いが染み付いたものをクリーニングして舞に着せる」の繰り返しする量を保有している。
「…私も行く」
 そして舞が三年使い古した、くたびれて色々と汚れたジャージも佐祐理の手に戻り、三年生色の新しいジャージが渡された。
 教室や倉田家に魔物が出る危険も無くなり、天使の人形まで祐一の中で眠っているので、また佐祐理の警護のために同行する舞。

「ゆうくん学校行くの? じゃあ私も行く」
 栞以上の危険人物も学校に行くと言い出した、それも自分の教室に行く気など欠片もなく、ゆうくんと同席して授業を受ける気マンマンの魔物が。
「真琴もいらっしゃい」
「「え?」」
 中卒の知識も無さそうな純血の妖狐に、高校の授業を受けさせるつもりの美汐。余っている香里の制服を着させて、何か強力な術を使って自分の身代わりとして二年の教室に置き、ノートでも取らせるらしい。
「そちらの皆さんはどうしますか?」
 リビングのソファーで細々と朝食を食べていた月宮一行にも声をかける秋子だが、まだ安全が確保されず、外に出ればタヒぬ可能性が高いメンバーは躊躇した。
「あ、アタシは行きます、旦那様の警護と、自分の部屋もどうなったか見ておきたいですし」
 使い捨てできる体を持っている座古は即答できたが、他の三名は月宮の里の刺客の恐怖は忘れていなかったので、答えを出しかねた。
「どうする? まだ匿ってもらう? それとも」
「体の改良が終わるまでは、出歩かない方が良いとは思いますが、主殿が出られるなら、従者が出ない訳には参りません」
「私も、王子様と一緒がいい」
 月宮一行も通学する事にして、制服を取りに帰ろうとした。

「じゃあ一旦、舞の魔物、精霊さん達を返して下さい。ビデオも撮りますか?」
「あ、ハイ、お願いします」
 弱そうなメンバーが全員始末されるか、誘拐されるのを恐れて、昨晩性的にも満足した舞の精霊を回収するつもりの佐祐理。両足の傷も治し、全身を治療して、精霊を集めると純血の妖狐と同じになれるのかも試すつもりでいた。
「舞、ここに座って」
 昨日と同じようにビデオが設置され、カメラを前にしてソファーに座り、爺やも見ている前で精霊の返還が行われた。
「じゃあ私から。余り強くなれた実感は無いんですけど、お返ししますね」
 月宮真琴から舞に、通路を作るだけの軽い口付けをすると、また異変が起こった。
「…ヤッタネ、ミャハッ!」
 普段の暗い話し方ではなく、頭の天辺から突き抜けるような声を出した舞。それは昼間の明るい梨花ちゃまのような「ニパー」な声をしていた。
「…あ、足がっ」
 十年の時を超えて、ようやく本体に戻った左足は、舞の傷を修復し、自傷の跡を消して行った。
「ああっ! やっと戻れたっ、えっと、十年ぶり? ラッキー!」
 やたら明るい声で喜びのダンスまで披露する舞? 残念なことに、人格は統合されるのでは無く、日替わり、時間ごとに交代で現れるという面白おかしい展開にされてしまい、「授業ごとに別のママの人格にコロコロと切り替わる、きさらぎママ」とか「まほらばのヒロインみたいに五重人格で、ヤンキー人格になったり、「コレクト!」とか言って祐一を女装させる人」ぐらいの多重人格者になってしまった。
「フフッ、ボクがお姉ちゃんなんだゾ、ねえ、祐一、この体でも一杯してネ、約束ダヨ」
「は?」
 実の弟に対して、甘えたガリータな声で抱き着く舞?の左足、一応識別のためなのかボクっ娘になり、喜びの感情を爆発させてチューなどしながら人生を謳歌していた。

「じゃあ、次行ってみましょう」
 舞?の異変に気づかないのか、気にならないのか、佐祐理は右足の精霊が宿る、チョロインさんを連れだした。
「ありがとうございました、これで強くなれたと思います」
 腕力でも反射神経でも、まだ美汐には敗北し、術の強さでも追い付けていないが、不老とか限定的に不死に近い肉体も与えられ、霊体も精霊に近い物に変化させられ、体がタヒんでも精霊は残るようにされていた。
「ヨーシ! お前も帰って来るんだな? ミャハッ!」
「あっ、そん……」
 強引に抱き着かれ、唇を奪われたチョロインさんは、右足の魔物を吸い出された。
「エヘヘ~~、帰って来たぞ~~、久しぶりに自分の体だあ~~」
 喜怒哀楽の楽の感情を持つ魔物で精霊は、舞の右足を修復しながら楽しそうに、しかしだらけながら踊った。
「あの? 舞?」
 姉の変貌が異常すぎて心配する祐一だったが、姉の方はもっと異常だった。
「さあ、祐一、朝の一発ヤってから行こうか? まだ時間有るだろ? なあ、ちょっとぐらい遅刻してもいいじゃん? 学校とかどうでもいいだろ? 今日もサボって一日中しようぜ? なあ?」
 この舞?にも「異母兄弟はいけませんよ」などと云う言い訳は通用しないらしく、馴れ馴れしく抱き着いて朝の一発を平然と要求する姉。
「いや、今はまずいんじゃないかな?」
 天使の人形が寝ているので、実の姉とは出来ない祐一クン。こんなヒキコモリニートに近い魔物が入っていて、今までの生活を続けていた美汐の鋼の精神にも感心した。

「まあまあ、次もつかえてますから」
 祐一を連れて二階に消えようとする舞?を止めて、次の少女を差し出した佐祐理。
「あ、どうも、おかげで助かりました。木の精霊、お返しします」
「え~? お前も帰ってくんの~? ゴロゴロするのに狭いじゃん」
 そう言いつつ、通路を作るだけのキスをすると、また舞?の人格が変わった。
「妬ましい、人間には必要ない知識をやったのに、狂いもしないで平然としてるなんて。それに祐一、あんなに一杯浮気して、私以外の女とパコパコパコパコ交尾して子作りしてっ、許せないっ」
 嫉妬の心と、世間の常識だとか、しがらみだとか、不要な感情や不幸な知識を全て取り戻した舞?に追い詰められる。
「あれ? どうしたの? え? 姉さん?」
 木刀じゃなくて、鞄の中から真剣の方を抜かれて切っ先を向けられ、実姉に嫉妬の目で睨まれてしまう祐一クン。

「はい、大人しくしてね~、舞」
 佐祐理にキスされて、預けてい水の精霊、悲しみの感情を吹き込まれる舞。
「祐一っ、私がお姉ちゃんなのに佐祐理とも浮気したっ、それに他の子ともっ、ヤダ~~~~~~っ!」
 今度は刃物を捨てたかと思うと、顔を涙でグショグショに濡らした舞?がしがみついて、握った手でポカポカと叩かれる。なんとなく「ななか6/17」ぐらいに精神年齢も低いような気がした。
「ひどいっ、私という物がありながら、酷いよっ、うええええええ~~~~~~ん!」
 水の精霊らしく、水芸を披露して涙とか色々な汁をぶち撒けてしまう舞。佐祐理の体にも自動消火装置を取り付けて来たらしい。

「じゃあ、最後は月人さん」
「はい、お姉さま」
 泣きじゃくる舞?をなだめて、何とかキスすると、舞?が泣き止んで、何故か機嫌が悪そうに祐一に抱き着いて、軽くキスをした。
「か、勘違いしないでよね。こ、これは元の体に返してくれた弟に、朝の挨拶しただけなんだからね、別に愛の表現とか、そんなんじゃないんだからね」
((ツンデレだ))
(((ツンデレよ)))
((ツンデレだわ))
 ツンデレの姉の見本を見せられた一同は、本物のツンデレを初めて目にして、「こんな大きな黒船入港したら、浦賀港壊れちゃうよ(///)カァッ」の武士みたいに真っ赤になる、昨日までの香里そっくりだったので結構ツボっていた。
「お、弟は姉の命令には絶対服従なんだからね、覚悟しなさい」
「まあ、舞が綺麗なツンデレに」
 親友で恋人の今朝の人格が、ツンデレの姉に確定したようで、微笑ましく見ていた佐祐理だが、次第に舞の体にも変化が起こった。
「あら? どうしたのかしら?」
 体が光り出し、何か次のステージのギャグキャラに変貌させられて行く舞。楽の舞はヒキコモリでニートで腐女子でヲタク。喜びの舞は町中で一人でミュージカルやタカラヅカ歌劇を歌って踊れてしまうハイテンションでイカれた人に。悲しみの舞は被害妄想で寂しがり屋で、いつでもちょっとしたことで泣いてしまうクソめんどくさい女に。怒りの舞はノルアドレナリン全開で怒りっぽくツンデレ、ゼロトレランスで瞬間湯沸器の姉に。嫉妬の舞は文字通り嫉妬深く、いつも疑わしげな顔で見て、自分が話題に入れなかったり、疎外感を感じるとすぐにリスカしてしまうようなメンヘラリスカ女になり、共通点は超ブラコンの姉で、祐一が他の女といたり会話すると発狂して暴れだす所だけだった。

 そこに、目覚ましだけで起床した名雪が二階から降りて来て、顔を洗いに移動していた。
「あで? みんなおはよう」
 天使の人形が引っ越し、あゆや一弥まで居なくなって負担が軽減し、普通の少女?に戻った名雪。
「あ、お父さんも、おはよう」
「は?」
 母親である秋子の新しい男という意味なのか、舞や真琴と同じで、父親がいなかった引け目をどこかに感じていて、自分の身近な男性を「お父さん」にしてしまう「神父の恋人」と呼ばれる人種なのか、名雪まで祐一をお父さん呼ばわりし始めた。
「他の皆さんも呼び方が変わってますね、まさか学校でもそう呼ぶつもりですか?」
 現在、「お父さん」と呼んでいるのが舞と名雪と月宮真琴、「旦那様」が佐祐理と座古、「お兄ちゃん」の真琴、「王子様」の緒路院、「貴方」の秋子、「ゆうくん」の美汐、「主殿」の月人、という編成になり、校内で呼ばれれば吊し上げを食らって命を失う可能性も十分にあった。
「「「「「何かおかしいですか?」」」」」
「「「「別に変じゃないでしょ?」」」」
 レイプ目に変わっている人物は、自分の行動や発言にも異常を感じていないらしく、ニヤニヤヘラヘラしていた。
「それでは私からの『提案』ですが、人前では『当り障りのない呼び方』でお願いしますね」
「「「「「「「はい……」」」」」」」
 数人に秋子の命令が届いたが、相変わらず舞には通じず、美汐にも効かなかった。

 それから制服に着替えても、筆記用具やノートが無いのに気付き、気軽にゲートを開いて家に帰ろうとする舞。
『私の家』
「え? それ、回復したんだ」
 一晩眠って、マロールやティルトウェイトの呪文の回数も上限まで回復した舞。
「祐一、ちょっと来なさい」
 ツンデレの姉に引かれ、転移技で舞の家に引き込まれる祐一、この移動にも慣れたのか佐祐理も付いてきた。
「お母さん、ただいま。この子ね、昔よく話してた子、今年同じクラスになって、子供の頃いっしょに遊んでたのがわかったの。祐一って言ってね、私の弟だったのよ」
「え?」
 舞が転移して帰ってくるのはいつもの事だったが、衝撃の展開を急には受け止められない舞の母。娘が発音する前の…も無いのと、表情が別人のようなので戸惑う。
「あ、おじゃまします」
「朝早くからお邪魔します~」
「まあ、いらっしゃい。でも舞が佐祐理さん以外連れて来るなんて初めてねぇ」
(何だかあの人と… 舞のお父さんそっくり)
「ねえ舞… 昔、お父さんの話をしてあげたでしょ」
「うん」
「この人ね、雰囲気も声も、舞のお父さんそっくりなのよ」
 祐一も「自分はその息子です」と考えそうになったが、心の声で聞こえてしまうといけないので、極力思考を抑えた。
『ねえ、お母さん』
「え?」
 その話を聞いたせいか、明らかに口調が変わった舞。母の心の声は舞にも届き、父親の行方を知らせた。
『私達のお父さんはまだ生きてるの、お母さんと別れてから祐一が産まれた。お父さんは今、水瀬秋子って人と、お父さんの今の奥さんが隠してる』
「ええっ?」
 妖狐に命を救われた後、強引に父親に引き離されたが、自分の命をも捨てて娘を救った対価すら支払わず逃げた川澄の者に怒り、妖狐の姉妹によって災厄が起こされ、倉田家によって捕らえられて妖狐の前に引き出されたあの日。
 舞の父である妖狐とは今生の別れをしてから解き放たれ、妖狐の一族から監視下に置かれ、「災厄の忌み子」である舞と、災厄を起こした当事者として扱われて来た舞の母。
その母にとっては「心も体も魂まで呼び合う運命の人」が今も生きていると聞かされて驚く。
『私、この子と結婚するね、佐祐理も一緒に結婚する』
「はぁ?」
 いつも通り理解不能の単語を連ねる娘だが、今日のはとびきり狂っていて、実の弟と結婚して、女の親友とも結婚すると言い出した。
「そんな、だめなんだよ、姉弟では結婚なんかできないんだよ。それに女同士なんて……」
『いいの、今の私はイザナミに選ばれた。天孫降臨の巫女だから、姉弟で結ばれないといけない。でも妹の名雪じゃ無かった、国産みの神話じゃなくて、滅びの巫女、終わりの始まりの娘』
「ああ、舞が何を言ってるのか分からないわ、イザナミ? 滅び?」
 心の声で命令されても、只人である母には何一つ理解できなかった。二十年前に聞かされた、自分達を捕らえた妖狐の一族と妖狐の会話、あの日と同じように母には何一つ話の内容を理解できなかった。
『いいのよ、お母さんは気にしないでいい。ただ、私は忌み子じゃなくなった。お母さんも、あの時殺されたお爺さんも災厄の根源じゃない、この可能性を残すために私は産まれた。人の世を終わらせるために遣わされた滅びの巫女。だからもう泣かなくていいの、罪を償うためにあくせく働いて、苦しい思いをしなくてもいいの。分かれてた私も祐一と佐祐理が一つに集めてくれた、こうやってまたお母さんを治してあげられる』
 舞の体が光り、その光は母にも伝わった。十年以上前に行われた復活の儀式、あれと同じ行為が、魔法が再現され、母の痛みと苦しみが取り除かれて行った。
『お母さんの恋人にもいつか逢わせてあげる。私のお父さん、まだ見たこともない人だけど、きっと今もお母さんのことが大好き。だから眠って』
 あの恋人と再会する時も「日々の生活に疲れ切った、ノーメイクで皺だらけのお婆さん」ではなく、若々しい頃と同じ張りのある肌で、白髪など無い頃の姿に戻された。
『これから起こる酷い未来を見たくなければ、目を閉じていればいい、心も閉じていればいい。イザナミの母なら神域にもきっと行ける、天の岩戸の向こうなら、この世の終わりを見ないでも済む』
 長年の痛みを取り除かれた舞の母は娘の腕の中で眠った。自分の目の前で妖狐の一族や復讐者、債権者に惨殺された父、その断末魔の悔恨の叫びや慟哭も、運命の相手に聞かされた今生の別れも、人に望まれず生まれてしまった忌み子である娘も、全ては間違いでは無かったと伝えられ、自分の人生全てが間違いではなかったと娘に教えられ、穏やかに眠った。
『そう、あの時胎児だった私は、普通の人間への恐怖と憎悪、あの鳴き声に応える復讐の心を刻まれなければならなかったの』
 一つの可能性だった舞が選ばれ、人の愚かさと憎しみを存分に浴びて育った娘は、その役割を伝えて母を喜ばせた。
「さあ、学校に行きましょうか」
 母をベッドで休ませ、今日の授業の準備をした舞は、ゲートを超えて水瀬家に戻った。

 水瀬家。
 準備が終わった佐祐理達と違い、何の準備もできていない月宮一行は、教団のアジトに戻って登校の準備をするため、一足早く倉田家の車で送り届けられる手はずになった。
 テイザーやマスタードスプレーしか持っていない倉田本家の装備では、ロシアか中国製の自動小銃を持った相手には対抗できないが、「表の政治家でもある倉田本家に喧嘩を売れるものなら掛かって来い」と云う意味でも、普通の装備で送り出された。
 それと知りながら全滅させられるのも癪なので、爺やに請われて栞が同行することになり、その前に一弥を佐祐理に託そうとした。
「お姉さま、一弥くんを返します、もう体はお腹の中にあるんですよね?」
「ええ、そうですけど?」
 昨日から、頑として首を縦に振らず、姉の子として蘇るのを拒否していた一弥。栞に差し出されても、手のような物も伸ばさず、目のような場所を合わせようともせず、今朝は無言で通していた。
「お姉ちゃんの子より、やっぱり栞ちゃんの子に生まれたかったな」
 毒気をヌかれていたので、昨日のような喧嘩腰では無く、穏やかな声で話す一弥。
「うちは貧乏だしね、力も弱まってるから、祐一さんの子供でも弱い子で生まれちゃうよ?」
「それでもいいんだ、どうせ死ぬなら虐待されて絶望して死ぬより、愛されてから死にたい」
 何より家族の愛に飢えていた生物は、父や母の愛も知らず、姉や祖父にも邪魔者扱いされてから死んだので、倉田の名前など捨てて、貧しく病弱でも、少しでも愛されて生きる道が欲しかった。
「うふ、どうせお姉様や一弥くんのお母さんは面倒な子育てなんかしないよ。ちょっと可愛がって美味しい所だけ取って、夜泣きしたら抱っこしてくれたり、汚れたオムツまで替えてくれる本当のお母さんはこっち」
 栞は獣の勘や赤外線の動線で、倉田家のメイドの視線に気付き、一弥をメイドの前に差し出した。
「姉や?」
「一弥様」
 メイドは人間の形をしていない化け物にも、愛が篭った眼差しを向け、自分が育て上げた懐かしい男の子の成れの果てを受け取った。
「そうだね、あの世間体とか自分の身なりしか気にしない母さんが、子育てなんかしないよね? 僕のオムツを変えてくれたのも、ミルクとか食べ物をずっと食べさせてくれた人なんて一人しか居ないのに、どうして気が付かなかったんだろう」
 一弥はメイドの腕や胸を呪いで焼きながら、愛しげに育ての母の胸に顔をうずめた。
「そんな、私はただ、お勤めを果たしただけで」
「じゃあ、どうして泣くの? 僕がこんな化け物になってしまったのが悲しいんだろ?」
 メイドの涙は一弥の腕?にも届き、一番欲しかった愛情を受け取ってしまった一弥は浄化されて行った。
「ああ、姉や、僕はまた消えてしまうよ、でもその前に本当のお母さんに逢えたんだ、良かった」
「そんな、勿体のうございます」
 涙の雨は、穢れきった魔物の心を癒やし、汚れた体は光を発し、敵であった姉の体に宿るための準備を始めた。
「また僕を育ててくれるかい? 今度はきっと強い子に生まれて来るよ」
「はい、お任せ下さい」
 メイドは焼ける腕も肌も気にせず一弥を抱き締め、愛しい我が子を受け止めた。
「ああ、意識が薄れるよ、僕はまた死ぬんだね? でもいいよ、姉やの腕の中で死ねるんだから。ねえやの本当の子供に生まれたかった、ありがとう、おかあさん」
「一弥様っ!」
 一弥を失い、自分の人生が徒労に終わり、最も打撃を受けていたにも関わらず、家族のように泣くことも許されなかった女性も、今の一言で全てが満たされた。
「姉やにこの後の地獄を見せるのは嫌だけど、もう少し生きて。僕が自分で動けるようになって姉やを、お母さんを守れるようになるまで育ててくれる?」
「はいっ、はいっ!」
 自分がこの役目を果たすはずだった姉はメイドに嫉妬し、幼かった自分の愚かな行いや考え方を後悔した。
「僕の力を受け取って。この世が滅びる時でも、カグヅチやヒルコの母なら神域を超えられる、岩戸の向こうで生き延びられる」
 姉に渡したくなかった力を、全てメイドに託し、不老や不死を与えようとする一弥。メイドにはそんな物は必要なかったが、再び一弥を育てるための力、必要になったときに一弥に返す力として、人間の体では受け止められない罪の数々をその身に刻んだ。
「爺や、お別れだよ、またね」
「はい、一弥様」
 別れが今だとは思っていなかった爺やも、涙と笑顔で次期当主を見送った。
「姉や、今までありがとう、またね、お母さん」
「一弥っ!」
 我が子の名前を呼んだ時、それは力を失って僅かな欠片を残して砕けた。その欠片、魂のような物は佐祐理に無かって飛び、新しい体に宿った。
「あっ?」
 佐祐理には一瞥も与えず、何の言葉も約束も交わさず、ただ新しい体だけを求めて入って来た命、その生命に対し姉は、母はもう一度、憎しみの炎を灯した。
 
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