KANON 終わらない悪夢
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22奇跡の恋シーズン3(捏造編)
昼休みに祐一の教室で「奇跡の恋シーゾン2」が香里によって放送されている間、隣の教室では帰って来たお嬢にkwsk攻撃が再開された。
「やったわね、香里の妹も追い返したって? 名雪とか相手にもならなかったって評判よ」
既に校庭での栞との決戦の結果も、速報としてもたらされた教室。光より早い女の噂は、香里周辺以外での評判になっていた。
「それよりさっきの続きっ」
『え~、どこまで話したっけ?』
「相沢への恋が憎しみに変わる所よ、早くっ」
女達のkwskの合唱が響く中、香里の裏番組では「奇跡の恋シーズン3(捏造編)」が放送される運びになった。
『あれは一月のまだ寒い頃、「昼休みに校庭でアイスクリーム食べてるバカなカップルがいる」って噂になった頃よ』
「「「「「おお~~っ」」」」」
奇跡の恋が始まった頃、既に憎しみの瞳で見ている女がいたと聞かされ、食後のデザートにはピッタリのドロドロの愛憎劇に期待し、目を輝かす女子一同。
『あんな寒い、雪まみれの校庭にいるのにアツアツの二人、私は暖房が効いた校舎にいるのに、心は冷えきる一方だったの。だってそうでしょ? 初恋の男の子と運命の再開をしたのに、相手は私を気付きもせずに、新しい恋に夢中なんだもん』
当時そんなことを思っていなかったのに、平然と嘘を並べられる隣のクラスの女と同等の嘘つき女、五時間目終了後には香里の「奇跡の恋シーズン2パワーアップバージョン」と対決させられ、血の雨が降るのは間違いない。
『だから私は、周りから攻めることにしたの、あの女が嫌な奴で、相沢くんには相応しくない女だってふれ回ったの』
当初の任務に従って、自分が祐一の「嫁」になるべく工作していただけだが、それも栞のせいにして、汚いローブローで攻めていたクソ女。
『みんな、香里があの妹のせいで「恋愛断ち」してたのは知ってるよね? それなのに香里の気持ちも考えずに、本人は姉が見てる前でイチャイチャイチャイチャ。相沢君と香里って、子供の頃から名雪と遊んでる幼なじみで、毎年夏にはボーイミーツガールしちゃってたのも知ってるわよね?』
「「「「「ええ~~っ?」」」」」
「香里の方が歴史長いんだ、妹から取ったんじゃなくて、香里が取られたんだっ」
本人ですら知らない、会ったことも覚えていない、名前も覚えていない男の子を、「香里の初恋の男の子」に昇格させ、「栞は悪い女」情報を増やしておく最低女。これを香里が知れば、自分に有効なカードとして利用して、全力で乗っかってくるのは考えるまでもない。
『私も相談されちゃって、「昔から憎からず思ってた男の子が、最近妹と付き合ってるみたい」って、だから言ってやったの、「そんな嫌な妹、無視しちゃえば」って』
香里に栞を無視させた張本人はここにいた。相談されてもいないのに、心の闇に付け込んで、術を掛けてその憎しみを増幅させ、妹思いの姉を鬼に変えた悪魔が。
「うわ~、やっちゃった~、でも妹の方が絶対悪いよね、香里の初恋の男の子、取っちゃたんだから」
「わかる~、そんなクソ妹、これからでも無視してやろうよ」
「部活の一年の後輩にも言っとく」
ここにも心の闇を増幅され、知り合いの香里から祐一を取った女をイジメてやろうと画策する女が現れた。
『それに私って、妹ちゃんや香里と同じ病気じゃない、だから相沢くんにも手紙出しちゃったの、「この病気は発病したら絶対に助からない、衰えて死ぬだけだから、それ以上仲良くならないで、相沢くんが苦しむだけだから」って』
単に栞に行った妨害の数々を、綺麗な話で上書きして、親切心で言ったように説明しておく。香里と同じで「単に表現の違い」があっただけらしい。
「そうよね~、好きな人が苦しむなんて有り得ないよね~、あんな子いなくなればいいのに」
先ほど、アフロのバケモンに襲撃され、怖い思いをさせられた女も、心の闇にたらふくエサを貰い、栞への憎しみを増していった。
『でも、私が一番バカだったわ、色々やっても全部裏目。二人の愛の障害になって、燃料増やすほど愛が燃え上がって、二人はついにゴールイン。愛の奇跡まで起こっちゃって、私が悪い魔女、白雪姫は王子様のキスで生き返っちゃったのよ』
「お嬢かわいそ~、あいつら、別れちゃえばいいのに」
栞への憎しみの醸成には成功したので、次のターゲットの評判も落としておく鬼。
『二月にあの子が入院して離れ離れになった後も、私が相沢くんを支えようと近付いても遅かったの。また学校に来た頃には、家族の名雪が相沢くんを元気付けて、立ち直らせた後だったわ』
「「「「「ああ~~っ」」」」」
悲恋が続くのに、ため息をついて落胆する一同、それも今度は親友の名雪。奪い取るには最悪の相手が祐一を支えていた。
『辛かったわ、だってあの二人、毎日手を繋いで登校してるじゃない? どんなラブラブのカップルだってそこまでしない。やっぱり恋って距離だったのよ、同じ家に住んで、相手が泣いてれば、すぐに駆け寄って抱きしめて慰めてあげられる、名雪ってずるい……』
泣き崩れたお嬢を支えて慰める一同、そこで五時間目開始の鐘が鳴ったが、委員長か誰かが、黒板に「自習」の文字を書いた。どうも隣のクラスで大問題(笑)が起こったらしく、放送協会まで撮影に来てしまったので、緊急に職員会議が行われているらしい。
「ちょうどいいわ、もっと続けて」
授業時間になってもkwsk攻撃は止まず、お嬢の独演会が続けられ、隣の教室では「奇跡の恋シーズン2、北斗?実姉妹、運命の対決編」が放送され、この教室では「奇跡の恋シーズン3、悲恋編」が放送されることになった。アニメでも車のレース放送でも、裏番組とのバッティングや、同種番組の直接対決は避けて欲しいものである。
『相沢くんは、名雪とも付き合ってるのは隠してたけど、私にはすぐに分かっちゃったの。だって、もう笑わなくなった相沢くんが、名雪にだけは無理して笑顔を見せたり、あの名雪が早起きして、お弁当まで作って来たんだもん』
まるで香里のように、タマネギでも装備しているのか、鼻毛でも引っこ抜いたのか、お嬢の涙は止まらなかった。
「そんな事になってたなんて、知らなかった」
「私達にも言ってくれたら、もっと応援できたのにっ」
クラスメイトの苦境に、何の手助けもしてやれなかったのを後悔する女生徒。それは勿論、本人がそんな苦境に陥っておらず、悪の秘密結社のメンバーと共に、栞や名雪への妨害工作だけ行っていたからである。
『いいの、このことは私の胸の奥にだけ仕舞っておきたかったの。事前に名雪にも、香里にも教えなかった私が悪いの、大切な初恋だから、自分だけの思い出にしたかったの』
「ワカル~、超ケナゲ~」
ここまでの嘘がスラスラと言えるクズ女の言葉を信じさせられ、分かりもしないのに、術に掛かって涙する女生徒達。隣の教室にいる祐一に、お嬢の言葉を聞かせてやりたいと思っている一同だが、この時間の祐一は、香里の嘘芝居に追い詰められ、苦しんでいる最中である。
『でも、二月から始業式まで、名雪は幸せそうだった、表には出せない親戚同士の恋でも、私の親友は幸せそうだったの。もう私っ、気が変になりそうだったっ、あの子と相沢くんが毎日一つ屋根の下で暮らしてっ、学校や部活以外では一緒に、ずっといっしょにイルナンテ』
自分を抱くようにして、ブルブル震え始めたお嬢を見て、あまりにも気の毒で目を逸らす者までいた。
もし自分の好きな男が、別の女と暮らしていると想像するだけでもおぞましかった。そして術に掛かり、「名雪とは何とひどい奴で、親友の恋を目の前で拐った憎むべき相手だ」と思わされた。
真琴(本物)も、この辺りは演技ではなく、自分が嫁ぐべき相手と言われていた男が、次々と別の女と仲良くなり、最短距離ではなくても、比較的近い場所にいたにも関わらず、見向きもされなかったので、おかしくなり始めていたのかも知れない。
「大丈夫? 辛かったわね、でも、もう思いは遂げたんでしょ? しっかりして」
「そんなに辛いならもう話さなくていいわ、終わりにしましょう」
どこかのバカが、一番オイシイ所で話を止めさせようとしたので、首を絞めてでも黙らせようとしたが、お嬢はその手を払い、聴衆のKWSKに答えて話を続けてくれた。
『いいの、もうその頃には私、すっかりおかしくなってしまってたの。だって始業式に妹ちゃんが退院して学校に来て、相沢くんに抱き付いた時の名雪の顔、あの顔を見て「ざまあみろ」って思っちゃったの、あんなに仲良くしてたのに、もうだめなんだ、私』
「いいのよっ、アタシだってそう思うもん」
「恋と友情は別なのよっ、だめなんかじゃないっ」
隣の教室と同じく、脚本が一人歩きを始め、多くの賛同が集められた。
『始業式から相沢くん、またよく笑うようになったわ、妹ちゃんがいて幸せそうだった。でも、名雪ってどうなったの? 辛そうにしてる間、あんなに支えたのに、時にはピエロみたいにして、苦手な笑われる役までやってたのに、忘れられたの?』
今までは、あゆや栞の事を忘れさせるため、力や術を行使してきた名雪。その諸刃の剣は名雪に刺さり、術を使って相手を忘れさせ自分に振り向かせた時、その記憶さえ曖昧になり、心を支え続けた大切な人物として記憶には残れなかった。
「相沢って結構悪いヤツだよな、恋人死んだと思ったらすぐ乗り換えて、生きてたらまた妹、香里が倒れたら乗り換え、次はお嬢か? ひでえな」
『彼を悪く言わないでっ、名雪や香里って、元々彼のタイプじゃないのよっ』
男に騙される女の代表選手のような言葉を発する人物を見て、嫌な予感がする一同。
『でも次は香里でしょ? 妹ちゃんに頼まれたからって、軽すぎないかな? でももう私、名雪と相沢くんが付き合ってた頃には、すっかりおかしくなってたんだ。だから、どんな手段を使っても、悪魔に魂売ってでも、次は私が結ばれようって思ったの』
自分の足で不幸に向かって真っ直ぐ突っ込んで、地獄に直行する女の泣き顔を見て、何も言ってやれない女達。
『昨日は香里の前で聞いてみたんだ、「次、私にもしてよ」って、「私達も病気だからキスしてもいいよね?」って、香里もいい顔はしなかったけどキスぐらいって認めてくれたの。私のファーストキス、トイレの中だったけど、凄い嬉しかった』
明らかに行ってはいけない方向に向いた女を、どうにかして戻したやりたかったが、既に手遅れのようなので、聴衆はその破滅の足取りを聞いた。
『それで今朝はね、妹ちゃんと名雪追い払った後に勇気を出して相沢くんに言ったの、「私、一人暮らしだから学校サボってしよう、これから毎日でもいいよ 妹ちゃんみたいに断ったりしない」って』
「ま、好きな男誘って寝取るには丁度いいんじゃないか? この学校でも援交してる奴だっているし、父親と早く別れた奴はファザコンで、オヤジに金もらって抱っこしてもらうって話だから」
そういった女も、自分も目の前の奴も両親が早く離婚して、男の愛に飢えきっているのを知っていた。
『相沢くんも来てくれてね、布団敷いてすぐ服脱いで、便利な女になろうとしたの。でも、怖くなってね、相沢くんの足に縋り付いて、土下座してお願いしちゃったんだ、「私も彼女にして下さい、終わってもすぐ捨てないで下さい」って』
現実とは少々違ったが、少女の内面ではこうだったのかも知れない。狙っていた男が、親友の妹、親友、もう一人の親友と渡り歩き、自分には目もくれなかった現実には耐えられない限界が来たらしい。
『相沢くん、座って手を上げさせてくれて許してくれたの。それからは頑張ったよ、恥ずかしかったけど私のデジカメで全身撮ってもらって、苦しかったけど口でもして、その間ずっとビデオに撮って、ただの「オカズ」にされても、忘れられないようにしたの』
嫌な予感が的中し、男やホストに騙されて貢げるだけ貢がされ、最後に愛情が重すぎて捨てられる女の標本を見た一同。リベンジポルノや画像の流出など、そんなリスクも考えずに、ただ男が喜ぶように尽くした、惨めで愚かな女の悲しい恋の行方を聞き、一人の女が立ち上がった。
「俺、ちょっと我慢できなくなった。どうせ隣も自習だろ? 相沢の所に殴り込んで、5、6発殴らねえと気が済まねえ」
「私も行くっ、誰と付き合うのか、はっきりあいつの口から言わせる」
危ない目付きをしたヤンキー系の女を数人が止めたが、同じように怒鳴りこんで、祐一に白黒付けさせようとする女もいた。
『やめてっ、相沢くんは悪くないの、私からお願いしたの、毎日でも「使って下さい」って、もし「通学に便利」って理由だけでも、泊まって一緒にいてくれたら、すごく嬉しいもん。それに誰に決めるかなんて聞いたら、私、一番に捨てられる、お願い、行かないでっ』
余りに惨めで愚かな恋に、同情の涙を流す一同。もう人の不幸で飯が美味い限度を超えて、同じ女としても哀れすぎて、黙って見ていられる限度も超えた。
「ちっ、お嬢には金無い時、自然食弁当食わせてもらってるからな、もし相沢に捨てられそうになったら絶対言うんだぞ、もう黙ってられねえ」
こんな時のために、クラスの鼻つまみ者にも施しをして仲間に入れてやり、餌付けして飼い慣らしておいたお嬢。他の女達も、女子会カラオケ代全部奢り、宗教上食べられない高級食材、高級デザート、高級菓子など、貰い物の配給が有り、霊験あらたかな占い、恋愛成就の祈祷など、様々な恩恵を受けていた。
「まずは体でできるだけ繋ぎ止めて、ヤバくなったらある程度貢げ、お前の財布は武器だ。あいつにいい思いさせて、逆玉の輿に乗りたいって思わせろ、だけどやり過ぎちゃダメだ、あいつを釣るエサだからな、その加減はまた教えてやる」
『うん、ありがとう』
世の中の役に立ちそうにもない女に相談を持ちかけたり、時には頼って自分の有用性を抱かせたり、何かと仲間を増やしてきたお嬢。ちなみに隣の教室で泣いている女は、普段敵ばかり作っているので、そんな人望は一切ない。
「男はやっぱり食べ物で釣るのよ、胃袋を掴んだら絶対捨てられない。お嬢って、肉は食べられなくても、料理は出来るんでしょ?」
『ええ、まあ』
「それにあの話もしてやった? ピンク何とか言う肉とか、食べたら死にそうな食材の話」
『うん、それも妹ちゃんのお弁当にギッシリ詰まってたから、説明してあげた』
「じゃあ、相沢も洗脳して、自然食しか食べられないようにしてやりなよ、そうなったらもう勝ちだ」
『うん、ありがとう』
お嬢の涙が止まり、級友たちへは笑顔を向けたので、再びkwsk攻勢が始まった。
「それからちゃんと結ばれたんでしょ? 嬉しかったよね? 気持よかった? どんな体位で? 何回したの?」
『え、それはもう嬉しかったよ、最初は痛かったけど、三回目にはちょっと気持ちよくなって、キャッ』
「「「「「おお~~っ」」」」」
気の毒すぎた悲恋にも、ようやく幸せな瞬間が訪れたのだと知り、聴衆にも笑顔が戻った。
『最初はね、私の初めての印を確かめて貰って写真にも撮ってたら、相沢くん興奮して苦しそうだったから口で……』
「やるじゃねえか、好きな相手じゃないと、中々咥えられるもんじゃないよな」
「ええ、エイリアンかってぐらいグロいもんね、それで飲んだの?」
『うん、初めてでよく分からなかったから、奥で吸い込んじゃって、肺に入ってむせちゃった、でも離さないように頑張って飲んだよ』
この場合、精子サンプルとして集めて、秋子に持ち出しを禁止されて飲んだが、そこまで解説する必要はなかったので単に飲んだと報告した。
「ああ~、あるある、出す時言ってくれないと吸っちゃうよね~」
「いきなりデープスロートで、肺と声帯の処女も喪失か、すげーな」
次第に手柄話?になり、話も弾む一同だが、男子の大半はまた増えた犠牲者、それも結構人気があった女子が食われ、「機会があったら相沢をボコる会に是非参加したい」とか「ボコった後、奴の後ろのお口や上のお口にもタップリ飲ませてやる!」と心に誓うのだった。
「それでついにゴールインしたの?」
鼻息も荒く聞かれたが、ここらで術も混ぜながら血印も公表して、後々解説する手間も省いて置こうと思ったお嬢。
『相沢くんも一回して落ち着いたからね、その間に儀式もやっておこうと思って、後ろから初めての印をね、指でこうイ~~って開いて破いて貰って血を貯めたの、その血でコレ書いてもらったの』
「相沢? 名前が書いてあるっ」
「おっ、お嬢お得意のホワイトマジックだな」
今まで占いだの軽い術を何度も見せて、クラスにも貢献していたので、スカートを捲って見せても、すんなり受け入れられたので安心する。
『痣にして残したからね、これでもう私の体は相沢くんだけの物になったの、そのお返しに私も彼の体に名前書いてね、「もう浮気しないで、するなら私が認めた人とだけ」ってお願いしたの』
「そのまじない、結構効くのか?」
『ええ、多分大丈夫。私より強い力を持ってる人じゃないと破れないわ』
それは、香里、栞、名雪には効くが、秋子、舞、寝ているフルパワーの名雪には効かないという意味でもある。
「じゃあもう勝ったも同然じゃない、浮気なんか許しちゃダメよ、友達だからって容赦しない、恋は戦いなのよ」
『うん』
「おう、俺からも一言、言っておいてやる」
もちろんその一言とは、体育館裏でグーパンから膝蹴り、うずくまった所を女数人でタコ殴りにした後、お嬢以外の女と別れるよう念書でも書かせ、婚姻届にも署名、恥ずかしい写真でも撮って、周りにバラ撒くと脅し、根性焼きの一つも入れてやるまでが一言である。
「それで、ついにゴールインしたんでしょ? 早くっ」
『ええ、お尻にも名前書いてもらったから、そこで相沢くんも我慢できなくなって、後ろから……』
「「「「「おお~~っ」」」」」
「いきなりバックからかよ」
小声で話していても、隣の女子や香里の絶叫が聞こえるぐらい静かだったので、聞くともなしに聞こえてしまう近くの男子。お嬢が好きだった男子は血の涙を流し、祐一のオットセイ君がもげるよう祈り、ホモの先輩に頼んで祐一のアナルバージンを破いて貰えるよう計画を立てた。
『彼もすごく興奮してくれてね、すぐ終わっちゃたんだけど、それぐらいじゃ許してくれなくて、立て続けに二回』
「「「「「おお~~~~っ」」」」」
先ほどとは違い、喜色満面で話すお嬢を見て素直に祝福し、拍手までする聴衆。悲恋が長かったので嫉妬もされず、日頃の行いも良かったので、女子全員から祝福された。
『もうお腹いっぱいで幸せでね、気も一杯送り込んでくれて、もうパンクしちゃうってぐらいしてもらったの』
「え? お嬢、避妊してもらわなかったの?」
ここはボケるシーンだと思い、昨日の香里を真似てみる。
『え~? ヒニンって何ですか~? あたし保健体育ニガテだから~、イミワカンナ~イ?』
「おい、大丈夫なのか?」
「ええ~、相沢酷~い」
受けると思ったはずが滑ってドン引きされてしまい慌てるが、母親からも「絶対に妊娠するように」言われているのは話せないので適当に言い訳してみる。
『あの、彼が準備してくれたんだけどね、私から「そんなの付けないで」って取り上げて捨てたの』
「責任取らせるつもりなんだな?」
『え? うん。香里だって昨日、「ヒニンってナンデスカ?」って言ってたし、私も負けられないって思って』
「一人で大丈夫か? よし、今から隣に乗り込んで婚姻届でも念書でも書かせてやる」
『待って、大丈夫だから、その時にはいつもの三人が駆け付けてくれてね、相沢くんに「責任取れ」「婚姻届にも名前書け」って言ってくれたの」
張り切るヤンキー娘を止め、いつものメンバーが計画通り婚姻届や証拠ビデオを突き付けて、責任を取るよう迫ったのも報告しておく。
「やるじゃねえか、もう名前も判子も貰ったのか?」
『うん、もう血印があるから結婚以上の関係なんだけどね、相沢くんも「お嬢が書いてくれたら書く」って言ってくれてね。私、相沢くんに本名は言わないようにしてたの、だから新しい苗字ぐらいは知ってたみたいだけど、下の名前は知らなくて』
「何だと?あいつ名前も知らない女にそこまでやりやがったのか?」
「酷~~い」
偽名で通していたのを、義憤なのか勘違いして怒ってくれるのはありがたかったが、今は邪魔なので否定しておく。
『ううん、私が教えなかったの、でも「真琴です」って言ったらすぐ気付いてくれて、「沢渡真琴ちゃん」って呼んでくれて、すごく嬉しかった』
自分も一緒に驚いたのは隠し、運命の恋人がようやく自分に気付いてくれた状況を強調して、悲恋がついに実り、順序は色々と違ったが、幸せなラストが近づいているのも知らせた。
「やっと気が付いたのね、何て鈍い男」
「いいじゃねえか、お嬢が幸せならよう」
そう言いながらも、涙ぐんで祝福してくれる一同。苦しかった期間のほうが長いので、そのオチがハッピーエンドでも受け入れられた。
『もうそれからね、「八年前から好きだった」って言ってくれて抱きしめられて「結婚しよう」って言ってくれたの。もう夢なんじゃないかって、何度も自分のほっぺたつねって確かめても目が覚めないし、皆にも叩いてもらったり、つねってもらったけど、「これ、夢じゃないんだ」って気が付いて、わんわん泣いちゃった』
「良かった~」
「ちきしょう、泣かせるじゃないか」
任務完了の報告を綺麗事でまとめ、長い悲恋を幸せなラストで飾った悪魔。幸せの涙を流し、クラスメイト達も「ハンカチをご用意下さい」の田舎芝居に騙され、もらい泣きしていた。
『ありがとう、みんな』
「いい話聞かせてもらったわ」
「幸せにな」
「おめでとう、幸せになってね」
しかし、こうなれば付き合いの浅い、香里、名雪、栞は敵以外の何者でもない。今、隣のクラスでは栞が詰まされ、祐一もチェックメイト寸前だが、このメンバーが香里と祐一の結婚式など許すはずがない。
三年の中でも勢力が分裂し、一年の中でも「奇跡の恋」を応援する女子と、栞を虐めるよう指令が下った後輩、とにかく祐一を不幸にしたい男達など、様々な勢力が暗躍する事態へと発展していった。
「貴方達、少しは静かにしてっ」
うるさい系統の女子に注意されたが、何故かその女も泣いていて、数少ない友人である、お嬢の話をラストまで聞いてから注意したと思われた。
「固いこと言うなよ、今日はお祝いだな、女全員でカラオケでも行ってパーっと」
「だめよ、まだ相沢と会うんでしょ? これからの事も決めないといけないし」
「それじゃ、放課後、相沢の野郎を拉致って、カラオケルームに押し込んじまえばいい、あそこなら少々悲鳴上げても大丈夫だ、一発ガツンと言わせて責任取らせてやる」
自分の手にパンチを叩き込み、すぐに荒事に持ち込もうとするヤンキー女だが、既に手遅れで、隣の教室では香里が勝利宣言して栞は完全敗北、五時間目終了と共に祐一は香里に拉致され、残ったクラスメイトにより、香里の結婚式の日取りや準備について話し合われる運びになっていた。
「ねえねえ、それから3ラウンド目あったんでしょ? 言ってよ」
しつこくkwsk攻撃を加えてくる女達にもサービスして、つい口を滑らせるお嬢。
『うん、もう相沢くんが離してくれなくて、皆には出て行ってもらって、三回目も』
「「「「「おお~~っ」」」」」
先ほど注意したはずの女も、盛り上がって大きな声を出したにも関わらず、耳をダンボにして傾聴していた。
『今度はセフレとして抱かれただけじゃなくてね、ずっと「好きだ」って言ってくれて、「真琴ちゃん」って呼んで抱き締めてくれて、すごく嬉しかった。ただ使われるのと、愛されながら抱かれるのが、あんなに違うなんて思いもしなかったから、もう幸せで幸せで……』
ちょっと自慢話が行き過ぎて、心の中で「チッ」と舌打ちする者もいたが、二ヶ月間の名雪期間でドン底のマイナスが多く、ちょっと幸せ方向に振り切っても、女の嫉妬からはまだ許された。
その後の話も少し続けたが、使い魔に乗り移られた栞の話は不要なので解散になり、五時間目終了と同時に、ヤンキー女を筆頭に数人の女子と、お嬢、付き人の女も祐一の所に行こうとしたが……
「みんなっ、今日はありがとう、授業まで潰して話し合ってくれて。でも、この教室の中では、きっとあたしが一番幸せよ。だから、「あたしがいなくなっても」悲しまないで、だって、皆にもこんなに良くしてもらったし、祐一とも出合って愛し合えた。あたしはこれから残された時間で、みんなの一生分を生きるの、後悔なんかしたりしないわ」
隣の教室の只ならぬ雰囲気に押され、教室の後ろから出た香里の両親やテレビクルーにも阻まれて香里の演説を聞かされる一同。
(しまったーーーーーーーーっ!)
自習中も隣のクラスが騒がしいとは思ったが、親友である策士によって思い通りに事を運ばれ、まさかテレビカメラまで持ち込ませて世論操作をされるとは思わず、術などでも対抗できない巨大な陰謀に、心の中で叫ぶお嬢。
「みんな、ありがとうっ、今日の事、絶対忘れないからっ」
香里の心の声では、全てが嘘だと簡単に分かり、セリフも芝居も全てが計算通り運んで「ざまあみろ」と言っているのまで分かったが、今更どうしようもなく、制止もできないので最後まで見守った。
「だめ…… 私、もっとみんなと一緒にいたいっ、もっと「青春」したかったっ、祐一やみんなとだって一杯遊びたかったっ」
お嬢と舞にだけは、香里の心の声で「ふん、見てなさい栞、脚本とか芝居ってのはこうやるのよ」と聞こえたが、当然一般人には聞こえない。カメラに向かって叫ぶ女の一人舞台を、唇を噛み締めて見ざるを得なかった。
その後も少々やり取りがあり、深々と頭を下げて拍手で教室から送り出される香里と、引きずられて行く祐一。カーテンコールが終わり、その後姿を追う女達と、長い鞄を持って歩いて行く舞。
ここで「菫の花咲く頃」でも流れてダンスレビューでも始まり、後で着替えた香里と祐一が背中に羽根でも付けて登場しそうだったが、主役の二人は大勢に囲まれて見送られながら下校したらしく、対抗手段もない間に動くのは早計として、情報収集をして予定通り放課後に香里を襲撃することになった。
「ねえ、何があったの、聞かせてっ」
お嬢本人や、付き人も知り合いに声を掛けて、香里が何をしでかしたのか聞き出そうとする。
「あの、香里がね…… やっぱり香里って凄いね、ううっ」
役に立ちそうにない名雪を諦め、日本語が話せそうな相手を探していると、ペギラ(栞)と目が合った。
「昼休みに姉が来て、クラス全員を味方に付けました。反撃してみましたが敵わず、後日、この教室で姉と祐一さんの結婚式をして、クラス全員で祝福して、例の式をやり直すそうです」
最大の敵は知能も戦力も高く、今までの香里の行動を簡潔に説明してくれた。自分たちが昼食時に争っている間、香里は京に攻め上り、天子様を擁して国家の玉璽を手にして、征夷大将軍の位を得て全国に覇を唱えたらしい。
昼休みから五時間目にかけてに放送された「奇跡の恋シーズン2、たった一晩の初恋編」の破壊力は凄まじく、昨日聞かされた内容では結婚式などただの通過点だったはずが、妹や親友を裏切り、奇跡の魔法が解けた後に、ついに訪れた究極の到達点であったような嘘話が展開され、その代償として自分の命を絶とうとしたり、運命の腕時計がそれを阻止したり、約束の証を返そうとした所で友人達に止められ、「死が二人を分かつ時まで」に幸せな結婚式がとり行われるようになったらしい。
(よくもやってくれたわね香里、許さない、許さないっ)
kwsk解説してくれた敵は、今では最大の協力者となり、まるで蘇秦か張儀のような縦横家の一人を味方につけ、香里に対抗すべく合従連衡する二人であった。
『香里を倒すまでは貴方とは味方です』
「ええ、そうですね、真琴さん」
握手などはしなかったが、最悪の敵を倒すのは共通の課題だったので、即座に共闘が確認された。
決戦は放課後、香里の病室に乗り込んで祐一を取り返し、二度と手出しをしてこないよう倒さなければならない、二人は情報交換後、自分の教室に帰って決戦に備えた。
(あれ? 変な組み合わせだな、さっきまであんなに仲が悪かったのに、女心はわからないよ)
「このまま仲良くなればいいのに」
(無理だよ、決戦は放課後、血を見せた奴が一番にやられる、残った二人で優勝決定戦だ)
「もうやめてよっ」
どうしても女達を戦わせ、あゆのライバルは減らそうとする天使の人形。確かにあゆでは、背丈の低さ、胸の大きさ、やつれ果てた体、無能、無教育、怪我などなど、女としての魅力も人間としての価値も皆無なので、このままなら全員を消すしか無い。新しい体は改造中だが、色々な欠点は解消されるので、その点では安心していた。
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