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IS【インフィニット・ストラトス】《運命が変わった日》

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【第579話】

 昼休みも終わりが近付く、次の競技に向けた設備は完成に向かっていた。


「ヒルトくん、お疲れ様」


 そんな声と共に頬に冷たいスポーツドリンクが当てられた。


「うひゃっ!? び、ビックリした……」

「あははっ、でも元気でたでしょ?」


 元気なら皆に分けてもらってるから良いんだけど。

 受け取った飲料を飲むと、楯無さんが――。


「ヒルトくん、あれが見えるかしら」

「え?」


 楯無さんが指差す先には午前の部にはなかった来客用のテントと椅子が設営されていた。


「……内々の話だけどね、さっき……IS委員会の視察団が学園入りしたの」

「それって、おっさん五人組?」

「え? えぇ、あまり視察に来られない人達――てかヒルトくん、おっさんは失礼だから気をつけてね? ……私の前だからいいけどね」


 さっき見たおっさん軍団はそういう訳だったのか。

 てか視察って何の視察だろうか……?

 運営状況やら生徒がちゃんとしてるかとか?

 ――まあ考えても仕方ないが。


「ヒルトくん、これは君にとってもチャンスよ」

「え? ……何のチャンス?」

「もう! 君の評価を世間に知らしめる為のチャンスよ。 世間では君は落ちこぼれで通ってるんだから。 一夏くんは織斑先生の弟って事で、評価は甘々だけど、君は逆なんだからね?」


 まあ確かにそうだけど、ぶっちゃけ一夏の評価然り俺の評価然り、興味はないんだよな。


「ここで君の実力を見せたら、代表候補生に選出されると思うし」


 楯無さんはそう言うも、代表候補生になるという事は軍属になるのと等しい事だ。

 ISは条約によって取り決められている、だが各国全てが違反してる為、形骸化してるのが現状だ。

 スポーツの為のISなんてのは建前、今現在も戦力としてのISが開発されてるのが事実。

 それは別として、確かに代表候補生に選出されればメリットは大きいものの、扱いとしては軍属とほぼ変わらない。


「ヒルトくんは……代表候補生になるのは嫌かな?」

「……戦うのが嫌なだけですよ」

「……気持ち、わからなくはないわよ? お姉さん――ううん、お姉さんだけじゃない。 多分代表候補生皆戦うのは嫌なんじゃないかな?」


 声のトーンが落ちる楯無さん、壁に凭れると更に言葉を紡いでいく。


「戦いが好きな子って、居ないわよ? でも……私もそうだけど、他の皆も力を持たない存在を、守ることが出来る力を持ってるのが私だって思ってるから戦うんじゃないかな?」


 胸の前で指を絡ませる楯無さん、俺は黙って聞いていた。


「確かに、国家代表も候補生も、有事の際は戦わなきゃいけない。 でも……誰かを傷付ける戦いだと思わず、皆を守るための戦いって思えば……ね? ヒルトくんだって、学園襲撃されたら戦うでしょ?」


 楯無さんの言葉に、小さく頷く俺、更に言葉を投げ掛けた。


「だから代表候補生選出は、今の君の立場の延長線上だって思えばいいのよ。 って……君の実力を見せないと、代表候補生にはなれないんだけどね?」


 立場の延長線上――か。

 戦うのは嫌いだ、だが――個人的に、ISを扱えるのに嫌だと言って目を背ける事も俺には無理だ。

 母さんにも散々言われてる事だ――俺の我が儘で戦うのは嫌だと、ごねていてはいつまでも子供だ。


「……まあ、機会があるなら……少しは評価を覆すように頑張りますよ」

「うん。 お姉さんは君が代表候補生に選出されるって、信じてるから」


 柔らかな笑みを浮かべた楯無さん、そして話題を変えるためか手を叩いた。


「さて、この話はお仕舞いにして、お腹の調子はどう? 私特製のおにぎり、あるわよ」


 何処からともなく差し出されたお弁当の中には秋の味覚を閉じ込めた炊き込みご飯をおにぎりにして姿を現した。


「んん~! 良い香りだ!」


 一つもらおうと手を伸ばすも、楯無さんはお弁当を引いて悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「ふっふーん。 食べたい?」

「いや、意地悪しないで食べさせてくださいよ」

「うふふ。 じゃあ変わりに何をしてもらおうかしら」


 悪戯っぽく笑みを浮かべたままウインクする楯無さん。


「もう……くださいって」

「はいはい。 ちゃんとあげるってば」


 言ってから差し出す楯無さん――気紛れでやったのだろうか?

 実は気紛れではなく、好きな男の子に意地悪して構ってもらいたいだけという楯無の心の内だ。

 楯無自身、キスはしても他の子より出遅れているのは事実、少しでもヒルトの気を惹けるのであれば形振り構っていられなかった。

 お弁当のおにぎりを取り、一口食べる。

 おにぎりは米の味を引き出すシンプルな塩が好みだが、この炊き込みおにぎりは正直めちゃくちゃ美味しい。

 二口、三口とおにぎりを食べる俺を満足そうに見ている楯無さん。


「いやぁ、めちゃくちゃ美味しいですね。 正直、また食べたいぐらい」

「うふふ、大袈裟ね。 ……でも、また君の為に作ってあげる」


 照れなのか頬を紅潮させた楯無さん。

 正直、めちゃくちゃ可愛い……。

 もう一つおにぎりを食べようと手を伸ばしたその時、学園内に午後の部の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。


「あっ、もう時間か。 ……おにぎり、後でもらいますね?」

「え、えぇ。 ……ヒルトくん、美味しいおにぎりのお礼は無いのかしら?」

「え?」


 まさかここで言われると思わなかった、内心焦ると楯無さんは熱っぽい視線を送ってくる。

 そして、上顎をあげて瞼を閉じ、自身の胸の前で手を組む。

 何をしてほしいか理解した俺、全身の熱が上がるのを感じる――。

 触れるだけのフレンチキス、それが終わると楯無さんはソッと唇をなぞる。


「……うん。 ヒルトくん、午後からも宜しくね? それじゃ、いこっ」


 目映い笑顔を見せ、楯無さんは俺の手を引き実況席へと戻るのだった。

 一方――。


「せっかく我々が視察に来たというのに、パイプ椅子しか用意出来ないとは……」

「文句を言わないでください。 今回の視察を企画し、捩じ込んだのも私ですから文句があるのであれば私にお願いします」

「か、会長に文句等と畏れ多い……」

「そうですとも……」


 口々にそう言うも、本心は違っているのは会長――レイアート・シェフィールドには分かっていた。

 ウィステリア・ミストに推され、会長職についたレイアートだが明らかに若すぎる。

 だから委員会の人間には面白くない、若いだけで選出されたのが気に入らないという人間も居る。

 だが、勿論レイアートにも委員会の中には味方がいるのも事実、その人物は力を持っている。


「もう午後の部が開始されます。 今日来た理由は既にわかっているとは思いますが――」

「えぇ、わかっていますとも」

「有坂ヒルトの代表候補生選出――それに相応しいかどうか、ですね」


 口々に言うも、選出する気はなかった。

 広告塔として既に織斑一夏が居る、彼は織斑千冬の弟であり、ネームバリューもスター性も兼ね備え、その実力も高い。

 実力に関しては書類のみの確認だったが、織斑千冬の弟というのが視野を狭くしているのだろう。

 とはいえ、運動会のメインは女子――下手したら有坂ヒルトの出番はないかもしれない。

 勿論そちらの方が五人に取っては好都合だった。

 理由は簡単、有坂ヒルトの代表候補生選出せずに済むのと同時に、会長の先走った失態を槍玉に挙げて会長職から降ろす事も出来るからだ。

 だが――そんな五人の思惑通りに事は進まない。

 運命は着実に変わろうとしていた。 
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