KANON 終わらない悪夢
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08
長い口づけの後、体を離した二人だが、香里の手は祐一を離そうとしなかった。
「お前、体が動かなかったんじゃないのか?」
「本当、右手も使えるようになってる」
顔面蒼白で涙に濡れていたはずの香里は、汗に濡れて、頬も紅潮していた。
「何だか暑い、心臓も苦しいわ」
「大丈夫か、看護婦呼ぶか?」
「違うの、ほら」
そう言って、自分の診察衣の中に祐一の手を引き寄せ、左胸を握らせて上から押さえる。
「こんなにドキドキしてる」
さっき下着は外していたのか、直に触る香里の胸は、暖かく柔らかかった。
「お前、結構大胆なんだな」
祐一が引いてしまうほど強引で、いつもと違う艶かしい表情をしている香里。
「人間、死ぬと分かったら、怖い物なんて無いのよ、妹の彼だって平気で奪えるんだから」
顔を摺り寄せ、祐一を撫で回しながら耳元でささやく香里、本当に怖い物など無いように見えた。
「もっと人口呼吸して」
祐一を引き寄せながら、横になっても手を放そうとしない香里、心臓マッサージも続けないといけないらしい。
「世話のかかる奴だな」
そう言いながらも、もしベッドに上がってしまえば、香里に押さえ込まれて「逆レイプ」されそうな予感もした。
「うっ、あふっ」
人口呼吸と言いながら、肝心の息は鼻から抜けていると言うか、口から呼吸する隙など与えて貰えなかった。やがて祐一も、服の上から触るだけでは我慢できなくなり、紐を解いて診察衣を脱がせて行く。
「えっ? もう注射するの?」
自分でも祐一の効果を実感したのか、何かを覚悟したように言う。
「バカ、最初は診察からだろ」
恥ずかしいのか、医療用語で表現し合う二人、かなり本格的な「お医者さんごっこ」らしい。
「いやっ、電気消して」
胸をはだけ、形の整った胸をあらわにする。
「待てよ、もう少し見ていたい」
「そうね、もうすぐ見れなくなるものね」
「違うだろ、こんなきれいな体しやがって」
そこで胸に頬ずりして、激しく高鳴っている香里の心臓の音を聞いた。
「なによっ、暗くなったら、栞とか、名雪って呼びそうなんでしょ?」
「暗くたって間違えるわけない」
しばらく香里の体を堪能する祐一君、その際「香里の方が栞より胸が大きい」とか「ウエストが締まってる」とか「お尻も小さくて足が長い」とは思ったが。「名雪みたいに膝と足首の太さが一緒じゃないな」とか「香里のウェストって、名雪の太ももと同じぐらいじゃないか?」(女子高生&陸上部のため)と思ったかどうかは定かでは無い。
やがて、恥ずかしがる香里に命令されて照明を消した後、沈み行く夕日に照らされながら、香里自信を確認する。
「そんなとこ見ないでっ、もう、もういいから」
香理はすでに準備おっけ~なのか、祐一の頭を押しのけ、切なそうな声を上げた。
「でも俺、「アレ」持ってないぞ、お前は?」
お注射の準備ができたのか、ゴムの心配をする祐一。
「持ってないわ、でもそんなのいらない」
「今日は大丈夫なのか?」
「さあ? 出来ちゃっても、たった3ヶ月なら産まれたりしない」
もう死ぬのを覚悟しているのか、妊娠の心配はしない香里。
「さっきからそんな事ばっかり言いやがって、じゃあ出来たら産むんだぞ」
「えっ?」
「手を繋いだり、キスしただけで元気になるなら、子供産んだら一生持つ」
売り言葉に買い言葉、この発言が後々どれだけ問題になるか、考えもしなかった祐一。
「ばっ、何言うのよっ、あたし達まだ高校生なのよっ」
いきなり子供まで産むように言われ、赤くなる香理。
「昼間は栞と結婚させようとしてたくせに」
「あれは、栞の寿命が短いかも知れないと思って」
「今は、お前もそうなんだろ?」
面と向かってそう言われ、急に気弱になった香理はこう言った。
「じゃあ、女の子が産まれたら、香里って名前にして。うちの親があたしの代わりに育ててくれるから」
「親子とも香里だったらおかしいだろ、呼んだら二人共来るつもりか?」
まだまだ言い足りなかったが、祐一の表情を見て降参する。
「じゃあ私は「ママ」って呼ばれた時だけ答えるわ」
「そうだな」
強く抱き合って体を重ね、その自然な行為の中で、二人は繋がろうとしていた。
「うっ」
「痛いか? もう止めるか?」
優しい言葉をかける祐一の問いかけに香里は。
「いいの、責任取って貰うんだから」
「えっ?」
非常に危険な相手に「実印」を押そうとしている祐一君。
「ほら、しゃんとしてっ」
ちょっと萎えてしまった祐一を起こし、香里が上になって、無理矢理のし掛かる。
「おい、そんなにしたら」
次第に体重がソコだけに掛かり、ミシミシと音を立て始めた。
「くうっ!」
背中にも爪を立てられ、上からガッシリと押さえつけられる祐一クン。
「ほら、もう絶対に逃がさないんだから」
痛みを物ともせず自分で招き入れた香里ちゃん、これからはまるで安珍清姫のように、他に女を作ったり逃げたりすれば、蛇になって追いかけられ、お寺の鐘の中で焼き殺されそうな予感がした。
「……」
「どう? 栞のとは違う? 名雪って筋肉ありそうだけど、あたしのとどっちがいい?」
「えっ?」
そこまではっきり言われ、恋人の姉であり、従妹の親友を抱いている背徳の恋愛だと言う状況を思い出す。
(いや、栞ってベッドの中でも大人しいし、名雪はマグロだし、途中でもすぐ寝るし)
ギュッ!
「うっ、奥に吸い込まれるみたいだっ」
親しんだ栞や名雪とは全く違う感触で、すぐ音を上げてしまう祐一。
「そう、私の方がイイのね」
「あっ、香里っ、俺っ、もうっ、もうっ!」
「いいのよ、来てっ」
「ううっ!」
ここでも上から押さえられ、外には出せなかった祐一君、もうセキニンを取るしか無いらしい。
「「はあっ、はあっ、はあっ……」」
体を重ねたまま、泣いている二人。その間にも香里は、祐一に爪を立てたり、跡が残るほど引っ掻いたり、キスマークを付けたりして、自分の所有物にマーキングするのは忘れなかった。
「グスッ、もし死んでも、貴方の頭の中にずっと残ってやるわ。栞や他の女なんて、一生愛せないぐらいズタズタにして、絶対忘れさせないんだからっ」
そう言いながら嗚咽の声を上げている香里、栞や舞とは別の意味で怖いタイプの女らしい。
「ああ、忘れない、年寄りになって色々忘れても、お前の事だけは忘れない」
「うんっ」
子供のような表情になり、普段誰にも見せないような仕草で祐一に甘える香里。
(香里って、こんな表情もするんだ)
それからしばらく、抱き合ったまま話していた二人。子供の頃の事、好きだったテレビ番組、昔二人が出会っていなかったかなど、ゆっくり語り合ったが、やがて体を離して楽な姿勢になると、香里は穏やかな表情で眠りに落ちた。
(おやすみ)
それから香里を起こさないようにベッドを抜け出すと、祐一は頼まれていた通り、電話をかけに行った。
プルッ、プッ
その電話は1コールもしないうちに繋がった。
『もしもし、祐一さんですか?』
「ああ、もしかして、電話の前で待ってたのか?」
栞は電話の前に座って、自分の恋人と姉の行為が終るのを、ずっと待っていた。
『いえ、それよりお姉ちゃんと、愛し合って頂けましたか?』
その声は、心なしか震えているように聞こえた。
「ああ、どっちかと言うと、あいつに乱暴されたというか、なんと言うか」
『そうですか、これでお姉ちゃんも治りますね』
「すまなかったな、俺にはお前がいるのに、でもあんなに弱ってるあいつを、放っておけなかった」
『いいえ、これは私からお願いした事ですから(バキッ!)、感謝しても怒ったりなんかしません。お姉ちゃん、元気になりましたか?』
途中、まるで受話器を握り潰すような音が聞こえたが、あえて聞かなかった事にする。
「ああ(汗)、体が動くようになったらしい。それにしても、どんな説明したんだ? あの話が出たらヤケになって「じゃあしてっ」とか「見ないで、電気も消して、すぐ済ませてっ」だぜ、あいつ、人を注射器扱いしやがって」
怖くなったのか、あくまでも医療行為だったと言い張る祐一。
『すみませんでした、お姉ちゃん、どうしても祐一さんが好きだって認めようとしなかったんです、まだ何も言ってないんですか?』
「いや、結局あいつの寿命を教えるかわりに聞いた」
『その方が酷いですよ、お姉ちゃんだって告白しなかったら、忘れられたかも知れないのに』
女心が分からない祐一は、告白させて本気で愛し合った。 これでもう香里は後戻りできなくなった。
「あいつ、明日退院するって言ってるぞ、いいのか?」
『お姉ちゃんらしいですね、まだ寝てないとい…』
そこで祐一は、後ろから受話器を奪われた。
「香里っ、歩き回っていいのか?」
慌てる祐一を押し止めて受話器を耳に当てる香里、もちろん祐一は、頭を押さえられた真琴のように、手出しはできなかった。
「喋らせて。栞ね、聞いてる?」
『はい』
「敵に塩を送るなんて、あなたも偉くなったものね? でも後悔しても遅いわ、祐一はあたしが貰うから覚悟しなさい」
栞とて、姉の呼び方が「相沢君」から「祐一」になっているのには気付いた。
『いいえ、お姉ちゃんには負けません、それにお姉ちゃんと祐一さんって、プラスとプラスで相性悪いですよ』
「へぇ、貴方がそんな事言う? 変ったもんね、でも今度はあたしが病弱なヒロインよ。さっきも一杯泣いて優しくして貰ったわ、これから毎日付きまとって、一緒にいてくれなかったら、所構わず泣いてやるんだから」
その状況を想像し、青くなる祐一。
祐一妄想中…
「おはようございます~ 祐一さん? 今日はどうしたんですか~?」
今朝は寝ている名雪では無く、祐一の腕にしがみついているオプションを見て、変な汗を流す佐祐理。
「え? ああ、これは」
「いやっ!」
口を押さえられ、朝の挨拶もさせて貰えない祐一と、佐祐理を刺すような目付きで睨む香里。
「あっ、大丈夫ですよ~、佐祐理は美坂さんの祐一さんを取ったりしませんから~」
「どっちの美坂ですか?」
反対の腕にしがみ付いて、姉の妨害にも屈せず教室まで着いて来た栞。
「え? あはは~、舞はどう思いますか?」
「…知らない」
舞からも青白いオーラが発散され、凄い目付きで睨まれる祐一。
「ひどいよっ、わたしとは遊びだったのねっ、うそつきっ」
「「「「「あ~い~ざ~わ~!(怒)」」」」」
沢山の嫉妬マスクに囲まれ、リンチされそうになるが……
「やめてっ、あたしのお腹の中には、祐一の赤ちゃんがいるのよっ」
「「「「「「何いいっ!!」」」」」」
「ひっ、祐一さんっ、まさか?」
「うえ~~~ん!」
「あはは~」
「…斬る」
もし学校でそれをやられたら、名雪が泣くは遅刻するは、北川や男共に袋叩きに会うは、剣を持った舞に追い回されるなど、大変な騒ぎになるのは簡単に想像がついた。
『元気になったみたいですね、その調子なら2、3週間で治ります。 その後、祐一さんは返してもらいますから』
「嫌よ、祐一だって「お前と一緒なら、地獄に落ちてもいい」って言ってくれたわ、だからこのまま二人で堕ちる所まで落ちるの」
(似てねえ~~)
今度は自分のモノマネを聞いてしまったが、さすがに男の声は無理だったらしい。
バキャッ!
しかしまた、受話器の向こうでは、何かが破壊される音が聞こえたような気もした。
『これからお母さんが着替を持ってそっちに行きます、最初は不便でしょうから、泊まって行くそうです』
「来ないで」
『えっ?』
「これから朝まで、ずっと二人でいるの、邪魔しないで」
『祐一さんに迷惑です、しつこい女は嫌われますよ』
「あたし、もうすぐ妊娠するわ。さっき祐一と約束したの、もし10ヶ月持ったら子供産むって、それで女の子だったら香里って名前にするの」
ベキッ! バキッ! ドガシャッ!
受話器の向こうで、盛大に何かが破壊される、ものすごい音が聞こえたような気がしないでもなかった。
「祐一とだったら、私達みたいな弱い子供は生まれないんでしょ? だからあたしが生きた証を残すの、あたしが持たなかったら、母さんに育てて貰おうと思ってるの。 代わって、そこにいるんでしょ」
栞の隣で「声を聞かせて」と言っている母親の悲痛な声が聞こえた。
『…はい』
それからしばらく、母親と何か話していた香里。
「ええ、そうよ、元気になったわ、だから来ないで」
ごそごそ、カチャカチャ、ゴトゴト
隣では、母親と代わった栞が冷静さを取り戻し、さっき壊した物を簡単に片付けているような音が聞こえたような気がした。
「母さんだって知ってたんでしょ、こんな体の弱い子供が産まれるかも知れないって」
そこで、どうしても行くという母親を来させないため、こう言った。
「後3ヶ月しか無いんでしょ、だったらわがまま言わせて」
電話の向こうで、母親が泣いている声が聞こえた。
「いいのよ、今なら分かるわ、好きな人とだったら子供が欲しくなるって、だから私も死ぬ前に産むの。その後、あたしが持たなかったら代わりに育ててくれる? 女の子だったら香里って名前にするの」
母親の泣き声が、さらに大きくなった。
「泣かないで、でも妊娠する時ってどうするの? 避妊の方法は教わったけど、そのままじっとしてればいいの? 動き回ったり、何回もしても大丈夫なの?」
コケッ! ズザザー!
電話の向こうで、まるで母親が前のめりに倒れ、「あゆスライディング」でもしているような音が聞こえたかも知れない。
「冗談よ、うん、大丈夫だから、栞がこっちに来ないように閉じ込めておいて、じゃあ明日」
自分が話し終わると、栞と祐一を喋らせないよう、電話を切ってしまう香里。その前に「お母さん、何するのっ? 嫌っ、私がお姉ちゃんの所に行… ゴキッ! ドサッ」と言う、まるで母親が栞を締め上げ、昏倒させたような音が聞こえたのは、気のせいに違いない。
「ふ~、宣戦布告したら、何だかすっきりしたわ。隠れてコソコソするなんて相に合わないの、名雪にも電話しておこうかしら?」
今も自分の心配をして泣いているはずの親友に電話して、喧嘩を売るつもりらしい。
「もういいって、元気になったんなら帰るぞ、親に来てもらえ」
自分の役目は終ったので、家族と過ごせる時間を少しでも増やそうとしたつもりだったが、香里はまた顔色を変えた。
「まさか帰る気なの? 私一人残して…… 窓か屋上から飛び降りるかも知れないわよっ」
物騒な事を言って、帰そうとしない香里。
「ふざけるなよ、じゃあ、そこで何か買って来る、何か欲しい物あるか?」
すると香里は、まだ痛む下腹部を押さえながら、こう答えた。
「祐一の赤ちゃん」
「バカ」
「ふふっ、じゃあ祐一」
病院の電話コーナーで、後ろから抱き付いたり、じゃれあっている二人の姿は、普通のカップルのようにも見えた。
「お前なあ? いいかげんに」
振り向いて怒ろうとした祐一だったが、香里の両手は震えていた。
「帰らないでっ、一人にしないでっ」
またさっきと同じ調子に戻って、弱々しい涙声を出しながら、凄い力でしがみ付く香里。
「あ、ああ」
手を取って、正面に引き寄せると、震える体を支えながら病室に戻った。
「ぐすっ、ヒック」
病室に入ると、また祐一の胸で泣きじゃくる香里。さっきから躁鬱を繰り返しているので、かなり危険な状態らしい。
「どうしたんだ? 電話ならあんなに元気だったのに」
「わからない、うっ、家族だったら、グスッ、平気なのに、貴方がいないと、貴方の前だと駄目なのっ」
(これも可愛いじゃないかっ)
女の涙に騙され、また心を鷲掴みにされる祐一。
「今日は一緒にいるから、もう泣くなよ」
「うんっ」
あの香里が、気取らない返事をするのも珍しかったが、体を預け、子供のように甘えているのは、もっと珍しかった。
しばらく休むと落ち着いたのか、ベッドで横になって安静にしている香理。しかし、不安なのか治療の為なのか、祐一の手を取って左胸の上に置き、外されないよう両手でしっかり押さえ付けていた。
(あの、モロに触ってるんですけど?)
布団の下では、明らかに手の中に柔らかい感触があり、ある場所はそれに反比例して硬くなっていた。
「これも栞が言ってたの」
「は?」
「倒れても左手と心臓だけ、ちゃんと動いてるのは、「それは祐一さんが触った手だからですよ」だって」
また香里のモノマネを聞いてしまった祐一、それはもう涙で枯れた声だったが、まだ少し似ていた。
「あの子の時は、倒れてから何日も苦しかったのに、あたしだけ座ったり話したり、その……」
違う所も元気だったのを思い出し、顔を赤らめる香里ちゃん。
「ああ、明日も検査して貰え、余命70年って言ってくれるぞ」
「うん、じゃあ、もう一回注射して」
もしかすると、栞が復活して邪魔しに来るかも知れないので、それまでに2本目?を打つよう要求する香里。
「まだ痛いだろ、1日に何回もしても?」
しかし、顔を起こした香里の視線は、祐一君救護隊のテントの中にある注射針? を見ていた。
「もう、準備できてるじゃない」
「うっ!」
「それに痛くない注射なんて無いわよ、さあっ、早く」
ムニュウッ!
(はおうっ!)
体を動かした香里は、とってもムニュムニュで、素晴らしい香りがフェロモンと一緒にプンプンだった。
「来てぇ(は~と)」
今度は香里ちゃんも、心の準備がおっけ~なのか、布団を持ち上げ、祐一を迎え入れる。
「はううっ」
服を脱いでベッドに潜り込み、香里の体を貪る祐一君、今度は香里も照明がついたままでも良かったらしい。
しばらくして、身支度を整えながら話す二人。
「一応、秋子さんには電話しておくから、一緒に行くか? それともここにいるか?」
香里は手を離さなかった。もう指を外そうにも外れない「恋人握り」で握られた上から、もう片方の手で固められ、がんじ搦めされていたので、指を一本一本剥がすようにしなければ取れそうになかった。
「じゃあ一緒に行くぞ、車椅子に乗れよ、押して行ってやるから」
首を振ってイヤイヤする香里。
「歩くのか? まだ力が入らないんだろ」
だがさっきは気配を消して近付いただけあって、結構回復しているはずである。
「膝の上がいい」
「は?」
「車椅子で祐一の膝の上…」
香里は車椅子ラブラブ二人乗りを要求してきた。
「恥ずかしい奴だな、人に見られたらどうするんだ」
「見られてもいい」
残された時間が少ない香里は、もう何でもアリらしい。
「そ、そうか」
病室にあった折りたたみの車椅子を準備して、自分で座って足掛けや車輪の操作を確かめてみる。
「俺も車椅子は初めてだな、乗れよ」
「ええ」
まだフラフラしながら、ベッドの手すりにつかまって、祐一の膝の上に座る香里。ちなみに今回足腰が立たないのは、腰の運動が激しかったのと、普段使わない筋肉を何度もお使いになったせいらしい。
ムニュゥッ!
(うっ!)
柔らかいお尻と太ももの感触に、またムクムクと成長する祐一Jr、さらに。
(見えてる…)
「お前、まだ下着つけてなかったのか」
はだけた胸元からは、先程も拝見した立派な胸と、桜色の突起が見えていた。
「今日は、もういらないから」
そう言って祐一の手を取り、また胸を触らせ、上から押さえる。
「全部見られちゃったし」
「ま、まだ覚えるほど見てないぞ」
このまま機嫌が良くなるのかと思ったが、また弱音を吐く香里に、心を押し潰されそうになった。
「あたしの心臓、まだ動いてる?」
「ああ、しっかり動いてるぞ」
そのまま動けなくなり、車椅子の上で抱き合っていた二人。
「うっ、うっ、ヒック」
「泣くなよ、ちょっとは良くなったんだろ、さっきはあんなに歩けたんだし」
「ええ、グスッ」
「俺が治してやるから、なっ」
「うんっ」
祐一の肩に顔を埋めて泣いている香里は、また弱々しく、小さく見えていた。
「なあ、お前の髪の毛って、すっごい良い香りがするな、香水でも着けてるのか?」
嘆く香里を見ていられず、話題を変えようと、髪の香りを誉めてみた。
「さあ? シャンプーの匂いでしょ、でも点滴が始まったら、栞みたいに薬の匂いしかしなくなるわ、今のうちね、気に入ったのならあげる」
「あげるって?」
「病院でこんな長髪、邪魔なだけよ、短く切るからその先はあげる」
「もったいないだろ、ここまで伸ばしたのに」
手元にあった引出しの中から髪留めを出し、首の後ろで束ね始める香里。
「ここで切って」
そう言って栞と同じぐらいの長さで手を当てる。
「栞とお揃いになっちまうぞ」
「じゃあこの辺?」
「そりゃ、ワカメちゃんだ」
その名前で、まだ幸せだった昼間を思い出す。
(あのままだったら良かったのに、でも香里のこんな所、見れなかったかもな)
香里を起こして椅子に座らせて、前に鏡を置く。
「今日はどのようにカット致しましょうか?」
美容師のようなセリフを言い、おどけて見せる祐一。
「ふふっ」
そこでようやく香里に笑顔が戻った。
「貴方の好きな髪型でいいわ」
「角刈りか?」
「そうね、放射線か抗癌剤でも使われたら、全部抜けるかもね、それでもいいわよ」
男前が上がるとか言って、からかう予定が、思いっきりマイナス方向に振られ、落ち込まされる。
「バカ」
「じゃあ、生徒会カット」
結局、肩に掛からず、うなじが見える程度の「生徒会推薦カット」に決めた。
「大和朝廷」
長い髪を束ねて両側に持ち上げ、古代の髪型を再現してやる。
「もうっ」
「ちょんまげ」
「いいかげんにしてっ」
「では、ついに香里関の大銀杏にハサミが入ります」
「人生も引退ってわけね」
「おい……」
ナーバスな香里は、細かい事にもすぐ反応してしまう。
「さっき、処女は引退しただろ」
「いやらしい、すぐそっちに持って行くんだから」
胸元と足を合わせて隠す香里、羞恥心が戻ったので、少しは元気が出たように思えた。
「ほう、これだけの物をお持ちなら、肩がこるでしょう」
後ろから手を回し、「肩こりの元」を持ち上げてマッサージしてやる。
「きゃっ、やめて、あははっ、くすぐったい~」
嫌がりながらも楽しそうに笑う香里。そこで、わきの下が弱点と見抜いた祐一は攻撃ポイントを変えた。
「ここも凝ってますね~」
「いや~~、だめっ、あはははっ、苦しい~~」
そこで苦しいと聞いて、思わず手を緩めてしまう。
「…いくじなし」
「違うだろ」
「栞とも、いつもこうやって遊んでるの?」
「いいや、あいつとふざけた事なんて、あんまり無いな」
「そう……」
雪合戦はした事があるが、あれは栞が「雪球に石を入れてもいいですか?」と聞いたぐらいで、結構真面目な遊びだった。
「切って」
「上手く切れなくても怒るんじゃないぞ」
「ええ」
香里の髪のウェーブが始まるより上に、ゆっくりとハサミを入れる。
シャキッ
か細い髪が、髪留めまでサラサラと落ちて行く、乙女の命と言われる髪を切っているので、また香里が泣き出さないか心配したが、本人は妙にさっぱりした表情でそれを見送っていた。
シャキッ
「これでいいか?」
横に真っ直ぐ切るだけだったので、案外綺麗に切り終わった。
「ええ、貸して」
切り落とした髪を受け取り、もう一本髪留めを出し、毛先の方も縛っている香里。
(美坂香里から相沢祐一へ)
「はい、ずっと持っててね」
封ができるビニール袋に入れて、紙に包んで名前と年月日を書いて渡される。
「ああ」
「あたしが死んだら、それを」
「やめろよっ」
遺髪だと言う香里を遮り、黙らせるために頭を胸に押し付けた。
「引っ越しても捨てないでね」
「ああ」
「栞か名雪なら、見付けても捨てないで見逃してくれるはずだから」
その言葉で、祐一の方が先に泣いてしまった。
「やめろって…」
そうして切なくも甘い、二人だけの時間が流れて行った。
「うぐぅ、ボクには二人の愛が、どんどん育まれて行っているようにしか見えないよ」
(そうかい? これはサービスだよ、タイヤキと同じさ)
(死者ヘノ手向ケ)
この魔法カードが発動した場合、墓地に送られたカードの代わりに、デッキから攻撃ポイント1500以下のモンスターを召還できる…… かも知れない。
(それは遊戯王だよ)
「うぐぅ」
眠っていたあゆには、最近の濃い話題は理解できなかった。
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