逆さの砂時計
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Side Story
少女怪盗と仮面の神父 44
大小・形状、様々な岩や石が不規則に散らばり転がる河岸で。
背中を丸めた小柄な体が、右肩を下にしてゆっくりと倒れ込む。
よほど深い眠りに堕ちたのか、ミートリッテの顔の前に歩み寄って片膝を突いたベルヘンス卿が、頬を指先で軽くぷにぷに突いてみたり、薄く開いた唇へ耳を近付けてみても、身動ぎ一つせず、寝息すら立てていなかった。
母親に抱かれた幼児にも似た穏やかさが目元や口元に表れていなければ、小さな女の子が好みそうな愛らしいお人形にも見える。
丸一日以上眠り続けた後、半日間飲まず食わずで登山と下山をくり返し。
月明かりの他には頼れる物がほとんどない森の中を、手探りで歩き回り。
とんでもなく高い崖の上から夜の河へ、同意も無しに突き落とされた。
かと思えば、しまいには呼吸困難を起こして心臓が止まりかけたのだ。
表面上は元気に見えても、心身の疲労はとっくに限界を振り切っていたに違いない。
ふと視界に映り込んだ両脚の脛より下は、泥まみれの傷だらけで。
既になんの意味も成してないシーツの残骸が申し訳程度に絡みつく様は、暗闇に青白く浮かぶ素肌を殊更痛々しく演出している。
帰還後、足裏の刺し傷から小枝や小石や砂を取り除くので苦労しそうだ。
「最後まで手放さなかった根性は称賛に値するけど、同じ大きさでも君には果物ナイフのほうが似合ってるよ」
多大なる呆れとわずかな感嘆を交えて口角を持ち上げたベルヘンス卿は、固く握られているミートリッテの右手から短剣を抜き取ると、自身の左袖に隠してある鞘へと、しっかり収め直した。
たった一度見せただけの隠し武器を、あんな形で利用するとは。
権謀術数が蔓延るドス黒い世界に身を置く彼でさえ、少女の機転には少々驚かされた。
そんな優秀な判断力があるなら、できればもっと早く違う方向で活用して欲しかったと、つくづく思う。
……今更だが。
「アルフィン……っ!」
横たわるミートリッテの膝裏側に立つ女性騎士の足元でもう一人の少女が突然、ぐったりとうなだれて座り込んだ。
慌てて剣を引っ込めた女性騎士が小さな体を抱え上げ、まかり間違っても暗殺者達の標的にさせないよう、ミートリッテから少し離れた場所へ運んで慎重に横たえる。
一瞬覗いた顔は、やはりと言うべきか、穏やかな眠りを湛えていた。
当分の間は、何があっても目を覚ましそうにない。
「……結局、『戦士の指揮者』に関しては一言も触れませんでしたね」
ミートリッテの眉間に張りついた濡れ髪を除けて、額に残る水滴を袖口で拭ってから立ち上がったベルヘンス卿は、耳に聴こえない音楽で少女二人を眠らせたらしいアーレストへ足先を向ける。
「この子にとって、自分で剣を振るおうが、誰かに命じて振るわせようが、苦痛の深度には薄皮一枚分の差もない。罰と言うなら、リアメルティ伯爵と別れて王都へ行くことより、こちらのほうが本命でしょうに」
アーレストに組み伏せられたイオーネとエルーラン王子が話している間、ミートリッテは半ば意識を飛ばしていた。
いきなり告げられた格好になる指揮者が、具体的にどんな立場であるかは理解できなくても、頭に『戦士の』と付けば、大体の想像はつく筈だ。
誰かが傷付くことを極端に嫌っている彼女からしてみれば、自分が聖職に就任するかどうかよりもずっと気になる言葉だろう。
なんですかそれは? などと問い返さなかったのが不思議でならない。
聞こえなかったわけでもなかろうに、と首を傾げる。
「おそらく、聖職者への警戒心と猜疑心が先に立って、聞き慣れない言葉は無意識に受け流してしまったのでしょう。顔を合わせるたびに全身全霊をもって近寄るなと威嚇していましたし。もしかしたら、アリア信仰と私は、殺傷行為並みに嫌われているのかも知れません」
何度か本気で殴られそうになりましたしね……と、イオーネを抱えたまま器用に両肩を持ち上げて、苦笑いと同時にため息を零すアーレスト。
殴るってなんだ⁉︎ とベルヘンス卿が驚いて目を剥けば、ベルヘンス卿と背中合わせに立った王子が、楽しげに肩を揺らした。
「お前があいつ以外の女に距離を置かれるとか珍しいな。嬉しいだろ?」
「……余計なお世話です」
「相変わらず、素直じゃないなぁ」
「私のことなんか今はどうでもいいでしょう。それより、貴方はいつから、どこまでを見通していたのですか。本件は彼女が首謀者だと仰いましたが、私は事前に説明なく派遣されています。彼女も中央教会に籍を置いて以降、王城やアリアシエルへ数回足を運んだ以外、王都からは一歩も出なかった。なのにどうして私がミートリッテさんを選ぶ前提で配置されているのです。私の到着が一日二日遅れていたり、ミートリッテさんを選ばなかった場合はどうするつもりだったのですか。いくら私でも、不適格者に防衛の要である我が身を預ける愚は冒しませんよ」
「だが、お前は現にこうしてここに居て、バカ娘を選んだだろ?」
ジト目で自身を睨みつける神父に、王子は頭の横でひらひらと手を振って答えながら、黒い森の奥へとまっすぐに視線を注ぐ。
どんな形で始まるか分からない暗殺者達との戦闘に備えているのだろう。
今はまだなんの兆候も見られないが、その向こう側では確かに壮絶な命の奪い合いが続いている。
「私も、お前と大体同じだ」
十一年前当時の考えなんて、せいぜい、いつかはブルーローズを狙う奴が現れるんだろうなー。そいつらも取り押さえとかないと後々マズイよなー。預かった領地が人通りの少ない国端で良かったー。義賊騒ぎの拡大を防げて超・便利ー! 程度のモンだったし。
ミートリッテを拾った時も、あ~……これは絶対あいつが絡んでくるなあとは思ったが、どんな手を使ってくるかまでは予測してなかった。
それがいつの間にか、他国の暗部を丸ごと釣り上げる大手柄だぞ?
王都に帰ったら、私の勲章がまた一つ増えてるんだろうな。
肩の荷を一つ分下ろせると思ってただけに迷惑極まりない話だが、凡人の私達には抗う術など無い。今回の騒動は私を国内に留めておきたい狸と狐、人生を明るく楽しく彩りたい真正の化け物が予定した通りに流れてるだけ。
「選んだつもりが選ばされていたのかと嘆く気持ちは分からんでもないが、あいつに悪気とか少しも無いし、お前が自分の意思でミートリッテを選ぶと信じてるからこそ、あえて何も話さなかったんだ。潔く結果を受け入れろ」
「なにもかもすべてが、彼女の駒……ですか」
「そ。」
たとえば十一年前、有力な手札候補だったブルーローズを捕獲する為に、私が騎士見習い当時知り合った他方領の浮浪者達を義賊の被害者に仕立て、南方領へこっそり誘導してみたり。
失職者と浮浪者と南方領内での移住希望者が急増したせいで深刻な打撃を受けていた経済と保安面に頭を抱える各地の主や長達へ、それぞれの自警団再編による雇用創出をそれとなく促してみたり。
その流れで、ネアウィック村周辺を王族付きの騎士と騎士候補生達専用の小規模軍事訓練場に指定。
第二騎士団の小隊と、政治に参加する前で社交界に素性が割れてなかったセーウルを、社会勉強の名目で移住民の中に紛れ込ませて、新規の自警団に偽装させてみたり。
セーウルの護衛で付いて来た第三騎士団を、騎士候補生達の教官役として村の内外周辺へ配置。ウェミアの自殺騒動後に連れてきた元ブルーローズを監視させてみたり。
ハウィス以外をバーデルへと送り込んだ後は、セーウル達に定期連絡役を任せてみたり……とかな。
「これらを考えて実行したのは私だが、私に考えつかさせて実行するように環境を整えていたのは、間違いなくあいつだ」
「ブルーローズを隠す前には、既に関わっていた、と? その頃の私達は、王都どころか中央教会の敷地周辺からも出歩いていなかった筈ですが。何故そう言い切れるのです?」
「十三年前、政治への初参加を控えていた私に、初めて継がせる領地としてリアメルティ領を薦めたのが、あいつの父親だからさ」
「十三年前……? …………────っ⁉︎」
珍しく驚きを前面に出したアーレストの両目が、立ち上がったハウィスの足元で眠るアルフィンを捉えて固まる。
息を呑む神父を何事かと振り返って首を傾げた騎士達やベルヘンス卿も、全員同時にアルフィンを見て。
再び同時に、勢いよく、真ん丸な視線を王子へ向けて放り投げた。
誰からともなく愕然と零す「まさか」の声。
「そのまさかが、多分、正解。実際の引き継ぎは十一年前だが、領地の継承そのものが正式に決まったのは十二年前。アルフィンが、ネアウィック村に引き取られた直後だ。私は、村に匿ったハウィスが気付くまでアルフィンの素性を知らなかった」
シャムロックが貴族の間で騒がれるようになった頃は多少気にしてたが、半年くらい前、あいつがバーデルで商人を殺してる奴の中にブルーローズの被害者が混じってるって情報を持ってきた後でも、重要視はしてなかった。
でなきゃ、関係者を一人で村に残しとくワケがないだろ?
「さすがにウェミアが暴行されるトコまでは関知してないにしても、その後アルフィンを連れた行商人の足取りは追ってたか、ヘタすりゃバーデル側の国境を越える寸前だったミートリッテも含めて、関係する全員をさりげなく誘導してたんじゃないかと睨んでるぞ。私は」
七年前、たまたま自分が数日間の日程でネアウィック村を視察してた時にミートリッテが偶然密入国してきたなんて出来すぎてるし。
マルペールの奴は十二年前爵位剥奪こそ免れたが、あいつに相当キッツいお仕置きを貰ったおかげで、すっかり人格が変わったらしいからなあ。
と、けらけら笑う王子に、言葉を失って立ち尽くす一同。
つまり、『あいつ』こそがエルーラン王子にリアメルティ領を継承させ、アルフィンが居る村へ、ブルーローズを隠すように仕向けた首謀者だと。
そして七年前には王子とミートリッテを引き合わせたり、現在は暗殺者と成り果てていたイオーネ(アルフィンの関係者)が国境付近に襲来していたことさえ中央領を出ないままに把握し、王子に報告していた、と。
「あの、エルーラン殿下、アーレスト様。どう聴いても、まともな人間には思えないのですが。お二人はいったいどなたの話をされているのですか?」
王子の背中を正面に捉えたベルヘンス卿が、唇の片端をひくつかせながら右手を挙げて問いかけると
「私の従兄妹だ」
「殿下の従兄妹君ですよ」
二人の男が、揃って腹の底から大きなため息を搾り出した。
王子の顔は見えてないが、肩越しに窺ったアーレストはうつむいていて、周囲の空気を数倍重くさせる、どんよりした疲労感を醸し出している。
「殿下の従兄妹君って……まさか! 噂に名高い、あの公爵令嬢ですか⁉︎」
「本人も、一応は公爵だけどな。その、女神を愛し、女神に赦されて現代に生まれ落ちた、歴史上最後の女悪魔、だ」
「外ではそんな呼ばれ方をしているのですか? 彼女」
「他にも、アルスエルナの毒花とか、茨の鞭姫とか、極上の美姫・ただし、劇薬につき触るな危険とか、いろいろ言われてるぞ。あいつの噂は、後から後から次々に飛び込んできて、キリが無い。初めてミートリッテの顔を見た瞬間には、思わず本気で、強く生きろ! と切実に祈ったもんだ。ははは」
乾いた笑いを漏らす王子。
そうですか、と生温い半眼で答えるアーレスト。
眠ってる三人と気絶している一人、王子の手前に立つ騎士以外の全員が、キョトンと目を瞬いた。
「何故、ミートリッテ嬢?」
「ん? そういや、ベルヘンスはあいつを直に見る機会が無かったっけか。うらやましー……。あいつの名前、元は『インディジオ』なんだよ」
「! ああ、そういう……」
「な? 祈りたくもなるだろ?」
「ええまあ。ご本人を知らない私が言うのもなんですが、耳にした噂だけを参考にするなら、あまり楽しそうな未来は想像できませんね。気の毒に」
三人の男が盛大に息を吐きつつ、首を横に振る。
その姿を、元孤児達は何事なんだ? と不思議そうに見つめた。
「とにかく、そういうわけだからなアーレスト。各種文句はこの件が無事に片付いた後で、思う存分、あいつに宛ててくれ。俺は王都に帰ったらすぐ、騎士候補生達の卒業試験が控えてるんだ。今年は、目をつけてた面白い奴が出て行く予定だし。とっとと戻って、派手にやらかしてやりたいのさ!」
「やめてあげてよー。だんちょーのせいで毎年、騎士候補生達が卒業試験を必要以上に怖がってるんだよー?」
白い歯を光らせる王子の前で、金髪碧眼の騎士がやれやれと目を細めた。
が、その瞳の奥に宿る光も、好奇と愉悦を隠し切れていない。
口ではやめてあげてと言いながら、自分も楽しみですと暗に語っている。
「怖いぃ? 何言ってんだ。俺程度に怖がってたんじゃ、どこへ出したって恥ずかしい出来損ない止まりだっての。その点フィレスはやっぱりイイな。こっちに来る前に卒業試験の話を伝えておいたんだが、すっげー嬉しそうに「お待ちしてます!」って言ってたぞ」
「あの子くらいだよ、だんちょーの回し蹴りを楽しそうに受け止めるのは」
「お前の所にはやらないぞ、メイス第二騎士団団長。あれは俺が貰う」
「ざんねんでしたー。フィレスちゃんは卒業後、爵位後継者として地元での就職が決定していまーす!」
「なに⁉︎ それは……つまらんな。非常に面白くない」
むう、と顎に手を当て。
なにやら真剣に考え出した王子の背中へ
「なんにせよ生還しなきゃ意味がないでしょ! 相手は相当な手練れ揃い。油断してたらあっさり殺されるわよ。私は護れないんだから、最後まで気を抜かないでちょうだい!」
女性の声が、気安い口調で忠告を飛ばす。
突然聴こえた声音と、その不躾な物言いに驚いた一同が発声源を探り。
全員の視線が神父に固定されたと認識した途端。
河岸の空気が凍り付いた。
アーレストが。
王族を相手に。
女としか思えない声で。
砕けすぎた口調を使っている。
不敬罪?
え、でも王子の乳兄弟で、聖職者だし。
ベルヘンス卿の例もあるから不問?
そもそも、声が別人⁇
などと静かに混乱する騎士達を「気にすんなー」の一声で抑えた王子は、顔だけをアーレストに向けて、にんまり笑う。
「心配してくれてありがとう。お前も気を付けて帰れよアーレスト。んで、事後処理をしてる間に、バカ娘に対する感想を聴かせろ。お前に良い影響を与えてくれる人間は稀有だからな。楽しみにしてるぞ」
「余計なお世話だって言ってるでしょ⁉︎ ソレスタのバカッ!」
「「「「⁉︎⁉︎⁉︎」」」」
吐き捨てるように罵倒した⁉︎
聖職者が、王族を⁉︎
しかも、呼び捨て⁉︎
いくらなんでも、呼び捨ては完全に懲罰の対象だろう⁉︎
と、剣を構え直そうとする騎士達に背を向けて。
アーレストはさっさと河岸を離脱してしまった。
マーシャルを抱えたメイス第二騎士団団長も、慌ててその後ろに続く。
「今のはアーレストに与えていた課題だ。私が自分を俺と言っている間は、私を王族扱いせず、ごく親しい身内として接するようにってな。私が権力を行使して無理矢理言わせてるんだから、当然不敬罪には当たらない。全員、控えろ」
「「「「は……っ!」」」」
切っ先を泳がせていた騎士達が、一斉に背筋を伸ばして踵を揃え、剣身を上にした握り部分を胸元へ引き寄せ、反対側の腕を腰に当てる。
ここに至る経緯や、王子とベルヘンス卿とアーレストの関係など、質問は山ほどあるが、騎士達には自分から王族に声をかける権利が無い。
尽きない疑問に内心はもやもやしながらも、命じられた通りに控えると。
不意に、エルーラン王子が足先をハウィスへ向けた。
「ハウィス」
「はっ」
「私を恨むか?」
「…………」
「私は、お前に汚い仕事を押し付けただけでなく、お前が慈しみ育ててきたミートリッテを横から奪っていく。厳密に言えば私が奪うわけではないが。私も、こちら側に引き込める機会があるなら、なんらかの形でそうしたいと最初から思っていた。私もあいつも、アルスエルナの為に使えるものなら、なんであっても使う主義だからな。アリア信仰か、アルスエルナの政界か。どちらにしても、長い間一般民ではいられなかっただろう。権力者の都合でお前達母子を振り回す私が、憎いか?」
「…………」
王子は真剣な顔で、ハウィスをじっと見る。
ハウィスも、剣身越しに王子の顔を見つめる。
しばしの沈黙を挿み、そして……
「いいえ」
ハウィスはキッパリと、首を横に振って答えた。
「ネアウィック村の海岸でミートリッテと出会ってから七年間、辛いことも苦しいことも数え切れないほどありましたが、あの子と同じ時を過ごせて、私は本当に幸せでした。すべては、エルーラン殿下が私達とミートリッテに生きていける場所を与えてくださったからに他なりません。感謝こそすれ、恨む筋合いがどこにありましょう。この上死が訪れるまで共にと願うのは、分不相応というものです。……ただ……」
「ただ?」
「急すぎる別れに、心を整理する時間を望んでしまうのは贅沢でしょうか」
ほんの少し上向いた頬を伝い、顎から地面へ滑り落ちる月色の滴。
声は微かに震えているが、王子と目を合わせたまま少しも姿勢を崩さず、泣き喚きもせず、静かに微笑むハウィスに。王子もまた、優しく微笑んだ。
「なあ、ハウィス。権利は主張するものじゃない。活用するものだぞ」
「……?」
「お前はミートリッテの正式な後見人で、ミートリッテは伯爵の後継者だ。絶縁したわけでもない母と子が、いつどこでどんな形で面会していようと、それこそ誰にも……女神にだって咎められる筋合いは無い」
「「「「……‼︎」」」」
「仕事さえきっちりこなしていれば、な」
大きく見開いた瞳が集中する中、エルーラン王子は腰に両手を当て、再び森へ向き直る。
瞬間、気のせいかと感じる程度に小さな、けれど不自然な葉ずれの音が、全員の耳に飛び込んだ。
透かさず臨戦態勢を整える騎士達。
王子とベルヘンス卿は満足気に頷き合い、わざとらしく声を張り上げる。
「さて、ここがお前達の頑張りどころだ。無事に乗り切った全員にご褒美が待ってるからなー。一人たりとも死ぬんじゃないぞー」
「実はエルーラン殿下と貴方の娘が一番足手まといなのですけどね。今回は防御陣形なんですから、いつもみたいに突っ込んでいかないでくださいよ」
「え。ヤダ。まだるっこしいの嫌ーい」
「第一・第二・第三騎士団を半壊させるつもりですか⁉︎ 第一はともかく、他は貴方の特攻姿勢に慣れてないんです! 絶対にやめてください‼︎」
「冗談だよ、ジョーダン。……ちっ」
「……セーウル殿下の身に何かあったら、たとえエルーラン殿下であってもぶっ飛ばしますよ?」
「へいへーい。そんじゃまあ、可愛い弟の忠犬君にぶっ飛ばされないよう、しっかり働きますかねえ」
飾り気が少ない実戦向けの長剣を鞘から引き抜いて構え。
息を長く吸い、長く吐いて呼吸を整えた王子は、真っ暗闇な森の奥に潜む敵へ、研ぎ澄ました殺気を叩きつけ……
吼えた。
「アルスエルナ王国第二王子にして、王太子付き第一騎士団団長ソレスタ=エルーラン=ド=アルスヴァリエ指揮下、王国軍所属偵察部隊! 並びに、第三騎士団団長ボナフィード=フルウム=ベルヘンス! 我が王国へ害意を持ち込む不届き者に鉄槌を下すぞ! 遠慮は要らん。全力でぶちかませ‼︎」
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