KANON 終わらない悪夢
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30美汐の嫁入り、栞の復讐
名雪が帰って来たので天使の人形と一弥が消え、純血の妖狐である真琴は力を使い果たしたのか眠りに付いた。
月宮真琴一行はダッシュで逃げ出し、栞は天使の人形と「僕と契約して魔法少女になってよ」みたいな状態になって、復讐をするためデート中。
佐祐理は「アマノミシオ」という少女の情報を聞き出すために舞を連れて残っていた。
「さて、どこまで話しましたか?」
「はい、天野さんという子の中にも、舞の魔物がいるとお伺いした所です」
政治的な取引には関われない祐一は、帰った客人の湯呑みを片付け、天使の人形達が食べた毒物の皿を流し台で水に漬けた。
「その子については祐一さんの方が詳しいですよ、真琴が起きていれば連れて行ってお話もできたと思いますけど、今日は寝かせてやって下さい」
「そうですか、できれば日が暮れる前にお会いしたかったんですけど?」
戻って来た祐一を見て、「今日中に天野さんに会っておかないと、一手遅れて不利になる」と目で語る佐祐理。
「え? 真琴が帰って来たって言えば、話ぐらいはできると思うけど、電話も知らないし」
「舞はその子に電話できますか?」
「…さあ、どの子か分からない」
魔物を内偵していた頃も、怪しげな相手はいたが、どれがアマノミシオかまでは分からない舞。
「私から電話すると大事になりそうですけど、それでも良かったら電話しますよ」
「はい、お願いします」
秋子様から天野家に電話するのが、どれほどの事なのか理解していなかった佐祐理は、手遅れになるよりはましかと思い、気軽に頼んでしまった。
『天野美汐、現在地、直通』
またプッシュもせず電話をする秋子、倉田家のように直通の内線は無かったので、現在天野家本家に呼ばれている美汐の近くに繋がった。
『天野さんのお宅ですか? 水瀬秋子と申しますが、美汐さんはいらっしゃいますでしょうか?』
「はい…… 少々お待ち下さい」
妖狐の血族である秋子からの命令を受け、走って呼びに行く親族。これが失態なら大変な事件で、「美汐に使い魔が宿っている」と知られた時点で名誉殺人が待ち構え、「祐一様からのお誘い」なら出前のピザ並のスピードで配達される事態になった。
「じゃあ、祐一さん、お話して下さい。魔物の話はしないで下さいね」
「あ、はい」
受話器を渡されて待つと、すぐに本人が出た。電話機の機能で天野家の人間にも聞かれているので、もし失言があれば美汐も和製アイアンメイデンにブチ込まれる運命にあった。
「もしもし、美汐です。どなたですか?」
秋子と祐一が重要人物と知らず、なぜ自分の居場所に電話がかかるのかも理解していない美汐。
「ああ、天野か? 俺、相沢だ」
「は? 相沢さん? どうして相沢さんが私の居場所を知ってるんですか? ストーカーですか?」
「よく分からないけど秋子さんとか舞だと、電話番号を知らないでも掛けられるみたいだ、そこは察してくれ」
「はあ」
そんな術も聞いたことはあるが、自分にはできないので、ドン引きしたまま話す。
「実は真琴が帰って来たから、早めに教えようと思って」
「真琴が? 帰って来たんですかっ」
魔物関連の話は禁止されたので、マコピー帰還だけは伝えておくが、祐一の言葉に、いつも冷静なはずの美汐も驚いていた。
「ああ、さっき「ただいま?」とか言って帰って来てな、今は二階で寝てる」
真琴が消える前から、同じ悲しみを背負う者同士、度々会って親しくなって行った二人。特に心を開ける友達のいなかった美汐は。
(ある条件が揃った時、妖狐は定着する事がある、でもそれは?)
「あの、もしかすると相沢さんと真琴は、別れる前、契りを結ばれたのですか?」
そう言いながら、はしたない言葉を使って、赤くなってしまった頬を隠す。
「ん?相変わらず天野の話はオバ、いや、古めかしいな、そうだ、俺達はあの丘で結婚式を挙げて結ばれた、凄いだろ」
「そうでしたか……」
視線を落としながら、不安が的中したので美汐の心に痛みが走った。本当なら再会した瞬間から恋に落ち、最後の発熱が始まる前に、身も心も結ばれて子供を身篭っていれば、泡になって消える事も無く、幸せになれる展開があったらしい。
しかし、栞を選んだ時点で美汐とは会えない、さらにマコピーエンドまで迎えるのは、体が2つ以上ないと不可能だった。
「でも、あのバカが帰って来るんだから、お前が会った友達も帰って来るんじゃないか?」
「あの頃は小学生だったんです、そんな深い仲になれるわけがありません」
(高学年ならオッケーじゃないのか?)
「何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
思わず真琴と美汐が絡んでいる、良からぬ情景を思い浮かべようとしたが、刺すような声に耐えられずに諦めた。
「良かったら、お前の友達の話も聞かせてくれよ、呼びもしないのに帰ってくる奴がいるんだから、探したら出てくるかも知れないだろ」
一番触れられたくない話を聞かれ、寂しそうな表情をする美汐だが、話せば何故か手掛かりが掴めそうな気もした。
「わかりました、相沢さんになら」
何かを決心したように視線を上げ、思い出の妖狐との馴れ初めを話し始める。
「昔から、人見知りする私を見かねたのか、祖母は私を丘に連れて行ってくれました。 すると普段は人前に現れない狐達が出てきて、日が暮れるまで私と遊んでくれたんです。それを繰り返していた頃、祖母の家に私と同年代の子が遊びに来ていました」
辛い記憶を呼び覚まされ、すでに泣きそうな声と表情をして、話に詰まり出す。
「その後は真琴と同じですっ、4週間と2日一緒に過ごしただけで、あの子は消えてしまいましたっ」
何か話そうとしたが、泣き出さないように、辛い話は早々に切り上げてしまった。
「まだ辛かったんだな、でも話した方が楽になるって言うだろ」
「はい…」
「次はもっとゆっくり話してくれよ、そうだ、家に来ないか?」
「えっ?」
そう聞いて美汐はまた頬を赤らめた。その心中では「それは相沢さんと二人っきりで、胸の中で思いっきり泣いても構わない、と言う意味ですか?」と考えていた? のかも知れない。
「真琴もいるからさ、また見に来てくれよ、ははっ」
女の子を家に招待して驚かれたので、下心が無いのを伝えておく。
「そうですね」
しかし、真琴の名前を出され、何となく声が沈み、がっかりしているようにも感じた。
(二人っきりの方が良かったのか?)
今度は「何か言いましたか?」では無く、さらに顔を赤くしてしまう美汐。
「でも祖母も、あの子の事を祖父の親類と言っていたのですが、今にして思えば本当に血縁があったんですね」
その言葉を飲み込み、反芻してみる祐一。
「え~っと、天野…… お前って、もしかしてクォーター?」
「はい、祖父は妖狐だったと聞かされました」
「…………」
もう二の句が次げない祐一、しかし、ここまで話して貰えたのは、同族と認められた証しでもある。
「いつか言いましたよね、もしかすると、この街の半分は、あの子達と同じなのかも知れないって」
半分が妖孤なのでは無く、狐の血が半分混じっている、と言う意味らしい。
「そう言う意味だったのか……」
「これも祖母から聞いたのですが、女性が降りて来た時は、子供を産んでから丘に帰り、男性が降りて来た時は、その」
「子作りするには、一ヶ月もあれば十分な訳だ」
「知りませんっ」
余りに下品な表現に、横を向いてしまう美汐。
「しかし、無責任な話だな、事が済めばさっさと消えちまうのか、子供の事も考えろってんだ」
「いえ、昔は霊力が強い子供が欲しい家では、丘に行って嫁を差し出したり、女が生まれると口減らしに殺されていた時代では、嫁のなり手が無く、重宝されたそうです」
先程から怖い話しかしない美汐に、祐一も怖くなって引いていた。
「天野、お前、民族史の研究家になれ」
「悲しすぎる話は嫌いです、それと」
「それと?」
「余命幾ばくも無い者は、妖孤と血を交え、命を永らえたと伝えられています」
「それって?」
栞と香里じゃないか、と口に出かかったが、自分は純血の妖孤では無いと気付き、口をつぐむ。
「最近、そう言った話をよく耳にするのですが、相沢さん、身に覚えはありませんか?」
「俺が?」
しかし、友達付き合いの無いはずの美汐が、何に噂を聞いたのかは、怖くて聞けなかった。
「はい、失礼ですが、相沢さんの家族構成を教えて頂けませんか?」
「え? 今は叔母さんの家に居候して、いとこと一緒に住んでるけど(叔父さんって会ったこと無いぞ?)」
秋子と名雪、叔父の事を考えたが、今は一緒に住んでいる家族では無く、血族について聞かれていると思い直す。
「それと、母親はここの出身で、父親は……」
父親と叔父の素性や親族は、一度も聞いた試しが無い。親戚が少ない意味が分かったような気がする祐一だった。
(後で秋子さんに聞いてみよう)
「ははっ、もしかすると俺はハーフかも知れんぞ、すると俺の勝ちだな」
腰に手を当て、高らかに笑う祐一。そんな声を聞いて美汐も目を細めていた。
「そうでしたか、でもここまで言うと、誰でも怒り出す物です、やはり相沢さんは変わっていますね」
「ふっ、褒めるなよ」
「でもハーフなら、そこまでの力は無いと思います、私と大差ありませんから」
「お前と?」
「ハーフと別の一族の娘ですから、5分の2ぐらいでしょうか」
美汐にも舞と同じく、常人とは違う力があるらしい、そしてとても常人とは思えないジャージ姿の女が目の前に一人。
(こいつはきっと半分以上だろうな)
「何か言いましたか?」
いつも祐一が何か考えると、的確に聞いてくる美汐。
「いや、凄いのがいるから、多分、ハーフ以上だなって」
「川澄さんですか? でもあの方は剣術以外、大きな力は感じなかったのですが」
何故か舞の事まで知っていた美汐、話すのはためらわれたが、同族になら話しても問題無いと思えた。
「あいつは、夜に学校に出る見えない魔物と戦ってた、全部で5体いるらしい」
「凄いですね、私なんか…」
「今、「私なんか」って言ったな、お前にはどんな力があるんだ?」
「いえ、私に出来るのは、せいぜい動物を使い魔にする程度です、でも、そんな力があるなんて、辛かったでしょうに」
力がある事を、即座に苦痛と言い放つが、その話を聞いて、さらに眉をひそめる美汐。
「もしかすると相沢さん、川澄さんとも契ったのですか?」
「え?、いや、それは……」
目を泳がせまくり、先ほどの舞と佐祐理の3Pという破廉恥な行為を思い出す。
心の奥底まで見通すような美汐は、不誠実な男の代表と話している気分になった。
「そうですか? 美坂さんの話を聞いてから、まさかとは思ったんですが、川澄さんの力も相沢さんが与えた物かも知れませんよ」
「俺が?」
「でも妖孤の一族で、そんな人は歴史上数える程しかいません、ほとんど純血の妖狐ですね」
「純血って、真琴の馬鹿にそんな力無いぞ?」
「真琴はまだ目覚めていないだけで、本当なら災厄を起こす力を持っているはずです。相沢さん? 今まで自分の願い事が、異常なほど叶った覚えはありませんか?」
確かにこちらに来てからというもの、女に不自由した覚えも無く、香里と栞と真琴に至っては奇跡の生還を果たしていた。
「……ある」
「そうですか、じゃあ、お願いがあります」
「何だ? どうしたんだ?」
「一度、祖母に会って頂けませんか? 真琴も一緒に連れて来て下さい、お願いします」
「ああ、会うぐらいならいつでも」
もちろん、「病気の祖母と契って元気にして欲しい」と頼まれれば断るつもりではいた。
「ありがとう、ございます、きっと祖母も喜んでくれます」
いつもと違い、涙声で話しながら嬉しそうにする美汐。
「おい、泣くほどの事じゃないだろ、どうしたんだ今日は?」
「はい、こんな時勢ですから、話しても馬鹿にされるだけです、それに、また真琴に会えるなんて……」
もしかすると、自分もまた、あの子に会えるかも知れない、そう考えただけで本格的に泣き始めてしまう美汐。
「他にも話があるんだ、ちょっと出られないか? 何ならこっちから行くし」
「はい、少しなら出られます」
「今、どこにいるんだ?」
「天野の本家です、丘の麓、天乃御渡神社の近くになります」
そこで徒歩で行くのか、舞の力で移動できるのか、受話器を離して確認してみる。
「舞、丘の神社の近くまで行けるか? 天野の本家って所らしい」
「…貸して」
祐一から受話器を奪い取って話し始める舞。もちろん挨拶も無く、事務的な内容だけ伝えた。
『…そこはどこ? 場所を想像して』
「は?」
それでも術に掛かり、自分の居場所を想像してしまう美汐。
『…分かった。天野家』
舞の目の前にゲートが開くが、秋子の家と同じで部屋の中にはゲートを開けず、家の門の前に開いた。
「えっと、今から行くから門の前まで出てくれないか?」
「え? 今すぐですか?」
「ああ、さっき話した舞が、門の前まで転移する道を開いてくれた、すぐに行くよ」
「はあ? わかりました」
電話を切って玄関に向かい、出かける準備をすると、佐祐理と舞も同行するつもりで席を立った。
「ちょっと中座させて頂きます、天野さんとお話してきます」
「そうですか、帰りは天野さんも連れて来た方が良いと思いますよ」
「はい、では行ってきます」
舞がゲートを掴んで移動させ、靴を履いた所で移動していった一同。
天野本家
三人がゲートを超えた所で、門の前まで来た美汐と出くわした。
「えっ? そんな……」
「ああ、驚かせたな、舞の術とかは、いつもこんな感じだから勘弁してくれ」
「まさか相沢さんがこんな非常識な事をするなんて思いませんでした。今のは何ですか? 家の者にも見られましたっ」
門を少し離れても監視されている美汐。この家を訪ねてはいけない不倶戴天の敵である倉田家の長女、さらに忌み子川澄舞まで訪れてしまい、警戒を高める天野家。
「学校ではお会いしてますね、倉田佐祐理です」
「…川澄舞」
「はい、天野美汐です」
両名とも、ほぼ「敵」と言っても間違いでは無い人物が現れ、家から誰何する人が出て来てもおかしくない状況だったが、祐一がいるので許されていた。
「電話ではお話できなかったんですが、今、災厄が起こっているんです。秋子さんから貴方の中に使い魔が入っているとお伺いしまして、取り出せるなら取り出したいと思うんですけど、どうでしょうか?」
「は? 使い魔?」
早速本題を切り出されたが、身に覚えがない話に戸惑う。伝承や口伝で聞いてはいるが、もしそうなら自分は助からない。
佐祐理の不用意な発言と、秋子の言葉でも裏打ちされたため、監視されている美汐の運命がここで決まり、使い魔が入っている親族の処刑が決定された。
「舞、天野の中に右足の魔物、居るように見えるか?」
「…分からない」
香里に入っていた魔物のように、命を繋ぐため全力で活動していたのと違い、佐祐理や美汐は瀕死では無いので、設計図通りに体を強化するだけで済んで、日中は舞本人にすら分からないほど静かに眠っていた。
「どうなってるんです? 私に使い魔が入ってるなら、もう私は助からないんですか? 食べられて死んでるんですか?」
天野家の人間らしく、色々な説明は不要な美汐。それも自分の運命まで知っているようで真っ青になってへたり込むと、今日わざわざ天野本家に呼ばれて色々質問された理由も分かった。
(今日は、捕まってたんだ……)
自分では気付かないうちに深夜に出歩き、生け贄を探し歩いていた美汐。警察にも簡単に見付かり内偵されていたが、妖狐関連の事件なので親族で処理される運びになっていた。
「いやいや、大丈夫だ、心配しないでくれ、俺か佐祐理さんなら取り出せるんだ、ちょっと魔物、使い魔と話をさせてくれ」
「お姉ちゃん、でしょ? 一弥」
空気は読まず、佐祐理的には一番気にする事を指摘しておく。
「ああ、ごめん」
その間に舞が近寄って、座り込んでいる美汐を起こそうとした。
「…私の右足、この子の中にいるの?」
「天野、ちょっと魔物と交代してくれないか?」
進退極まった美汐は、残念ながらいつものようになった。舞の背後に回り、右腕を首にかけて締め上げながらこう言った。
『カラダヲカエセ』
その頃の栞と天使の人形。
(ここが小学校の頃、何年も君を虐めてた奴の家だ。彼女ご自慢のエリートのパパが、何年か前に二十年ローンで買った、新築建売三階建て、カーポート付きの夢の一軒家だ)
七年前、天使の人形が保護するまで地獄の生活をしていた栞。
病原菌とか汚物扱いされ、体や気の弱さもあって暴力やイジメには無力で、教師やクラスメイトまで参加して苦しめ続けられた日々、ようやくその仕返しをする日が来た。
「へえ、これが」
似たような家が4,5軒並ぶ、まだ綺麗な家だが、栞は汚いものでも見る目で見ていた。
(仕返しのコースとしては、1、エリートのパパがクビになってローンも払えなくなって一家離散。パワハラとセクハラの証拠が労働基準局に提出されて、レイプでも訴えられて一発懲戒解雇コースw 2、ご自慢の美人で優しい?ママの浮気が発覚、証拠写真が近所や会社にもばら撒かれて離婚、慰謝料払って実家に戻るの巻。 3、彼女の四股五股浮気が発覚、イチャついてる所に男が全員集合w 別のお友達も呼ばれて男共にボロボロになるまで輪姦、ネットにエロ写真をバラ撒かれて人生終了の巻。 4、夢のマイホームに真っ黒な歯車が現れて柱を切って何故か倒壊、中の人もグチャグチャになったけど、チェーンソーで切ったみたいな切り口で建築会社には責任なし、ローンだけ残った上に、両隣の家まで壊してしまって賠償金、柱を切ったと思われるこの家の娘が全額負担。両親にも見捨てられて、障害も残ってるのにお風呂屋さんに就職決定の巻。これでどう?)
「うふふっ、あははははははははははははっ!」
その場で腹を抱え、狂ったように大笑いし始める栞。そこにカップルが近付き、気味悪がって通りすぎようとしたが、見覚えのある顔を見て話し掛けた。
「お前、美坂だろ? まだ生きてたのか? 人の家の前で何してんだ? キモいんだよっ、化け物が」
栞はその声を聞いて体が覚えている恐怖に身をすくめた。しかし今はもう、この程度の女に恐れる必要は無い、怒りが栞を動かし、女に汚い口調で口答えした。
「ふんっ、もう死んだんだよっ、今日は幽霊が仕返しに来たんだ、クズ女」
髪を振り乱し、とても生者とは思えない気味の悪い目付きと口調で話す栞に怯え、男は下がったが、女の方は気弱で体も弱い栞を覚えていて、まだ勝てると思い込んで殴りかかった。
「ざけんなっ、病原菌がっ!」
「フンッ!」
現在の栞がカウンターで繰り出す腹部への渾身のパンチ、それは女の内蔵を破壊し尽くして、女性としての機能も壊すのに十分な力を持っていた。
「ガハッ!」
軽く後ろに吹き飛ばされ、腹を押さえながら彼氏とのディナーを路上にブチ撒け、膝を着いて赤黒い血の混じった汁も吐く女。
ボディーへの打撃は地獄の苦しみを生み出し、自分の吐瀉物と血の海の上で痙攣しながら泳いだ。
「ヒュー、ヒューー」
天使の人形は女が即死しないように内蔵を修復し、医者が調べても異常が見付からず、苦しみが長引くよう調節した。
「これで終わりだと思うな? さて、ここでクイズです、悪魔で化け物で病原菌の私に触られた花とか動物はどうなったでしょうか?」
答えさせる気がないのか、肋骨を踏んでへし折る栞。裏返って逃げた所を踏み潰し、ゲロの中に顔を埋めてやる。
「正解は「必ず枯れて死ぬ」お前もこれから死ぬんだ、苦しむだけ苦しんでから死ぬんだぞ」
明らかに人間ではない幽霊か化け物を見て、スーツ姿の男は怯えきっていたが、ようやく口を開いた。
「やめてくれ、もうやめてくれっ」
そこに「偶然」サッカー部の連中が十人ほど通りがかり、偶然バスケ部の男達も十数人やって来て、これも偶然高級スポーツカーに乗った年配の男性も到着した。
「何してんだっ、俺の女にっ」
「俺の女だっ、オッサン、何もんだよっ」
「この子の愛人で援交相手だ」
男達には栞が見えないのか、ゲロまみれの女を囲んで諍いを始めた。スーツ姿の男は応援を呼び、結構な人数が集まる結果になった。
(この女はね、四股五股、十人以上の男と付き合って貢がせてるクソ女だよ、これからどうするか、みんな分かってるよね?)
先程まで胸ぐらを掴み合って叫んでいた男達は、軍隊のように整然と行動を始め、まだ苦しんでいるゲロ女を家に入れて浴槽にブチ込んで洗い、金持ちの紳士は車からビデオやカメラを担ぎ出して撮影準備を始めた。
「なあ、こいつが虐めてた、クラスで一番キモい男も呼んで、初体験させてやろうぜ」
「やめてえっ!」
ようやく喋れるようになった女が浴槽で悲鳴を上げるが、湯を掛けられ、制服や下着は破いて脱がされ、濡れたまま一階の広間に放り出された。
「まだ童貞の奴から行けよ、俺らを馬鹿にしたツケ、思い知らせてやろうぜ」
「イヤアッ! イヤアアアアアアアッ!」
イケメンの彼氏達と違い、今まで鼻にもかけなかったブサイクな男達にも次々に乱暴され、誰にも避妊して貰えず、男子便所の便器にされて泣き叫ぶが、その金切り声は誰にも届かず、その一部始終を録画されて裏ビデオに売られ、実名でネットにも流された。
「おう、来たかブタども、お前らにも初体験させてやるぜ、今までの仕返ししてやれよ」
「いやあああああっ!」
数十人の相手をさせられ、前後の穴も全部壊され、グッタリして倒れていた所に、ブタと呼んでいた気味の悪い男達が「偶然」連れて来られ、長期間洗っていない臭い体と、洗っていないフケだらけ、シラミだらけの髪で伸し掛かられ、キスされただけで嘔吐しても逃げられず、マジレイプ物のフィナーレに相応しく、汚らしいブタに抜かずの数発で種付けプレスで中出しされる女。
「おでの子を孕めっ、おうっ、おおおううっ!」
「ぎゃああああっ!」
絶望の余り目の前が真っ暗になり、何故かこの男の子供を身籠るのも理解させられた。もう卵巣はグチャグチャになり摘出するしか無いが、子宮は修復されてしまい、人生最後の排卵で一番嫌っていた男の子供を受精させられ、十ヶ月後には何が起ころうとも出産させられるのも理解させられた。
(いやー、凄かったね、最後の彼にやられる時の顔、爆笑物だったね? ビデオはダビングして貰ってくるよ)
腹を抱えて笑いながら、向かいの歩道のガードレールに座り込み、腹筋が壊れて声も出せない栞。
(もうこれでいいかい? 三番は叶っちゃったけど、残りはどうする?)
「ぜ、全部…… ヒーッヒッヒッヒッヒッ」
(ですよねー、そう言うと思って全部配達しておいたよ)
エリートのパパは、パワハラセクハラで会社から懲戒解雇を言い渡された後、警察から事情聴取されて、レイプされた相手とも和解できずそのまま堀の中に。
ママも浮気相手の奥さんから訴えられて会社もクビ、慰謝料の請求もされて、犯罪者の旦那も障害が残った娘も見捨てて離婚し一家離散の運命になった。
(じゃあちょっと、歯車を二枚ほど出してよ、栞ちゃんは生身があるから入っちゃダメだよ)
どうにか笑いを堪えながら、真っ黒な切断用歯車を天使の人形に渡す。
(さーて、ここに取りいだしましたるは南京玉すだれ、あ、さて、さて、さては南京玉すだれ)
踊って歌いながら入る天使の人形と入れ替わりに出て来る男達、争っていた彼氏達も貢がされた金品を回収し、ハイタッチなどしながら爽やかに別れた。
2,3回済ませて童貞も卒業したブサイク達も満足して帰宅。年配の金持ちの男性も、ビデオや写真を抱えて彼氏達と連絡先まで交換して、自分の愛人が醜男に連続レイプされる興奮を忘れられず、若い男と一緒に語り合い、飲み物を奢って回し飲みしながら泣き叫ぶ愛人をレイプし、大量のオカズをゲットして帰宅。ブタさん達も満足したのか、仕返しが嬉しかったのか満面の笑顔で帰宅した。
(ほら、泣け、喚け、クズが)
「イヤアアアッ、もう死んでやるっ、こんな家壊してやるーーーーっ!」
その声だけは向こう三軒両隣に響き渡り、チェーンソーのような物で木を切る音も響き渡った。
(さては南京玉すだれ、ナイアガラにもさも似たり)
柱を斜めに切られ、次第に倒壊していく家、最後にはカーポートの高級自家用車も押しつぶし、両隣の家も壊しながら車と家のローンを残して全てが倒壊した。
「あはははははっはははっはあはははsぢgひぽえghぴおえtsjkさかs!」
もう腹筋を破壊され、声にならない声で笑い続ける栞。いじめっ子も、人生も体も心も完全に破壊された。
「助けて、助けて~」
倒壊した家の下敷きになり、顔と足を潰された女はまだ生かされていた。もう自殺することも許されず、この世の苦しみと災厄を全てその身で受けて、命の大半を喰われ、苦しみ抜いて死ぬ以外の選択肢は許可されなかった。
(その苦しみと穢れを、全てあゆちゃんのために捧げるんだ、クソ女)
天野家本家前、路上。
『カラダヲカエセ』
美汐は舞の首に腕を回して締め上げたが、流石に身構えていたので隙間に腕を差し込んで防御していて、前回のような危機には陥らなかった。
「悪いな、天野。ちょっと我慢してくれ」
後ろに回った祐一も、背中が急所と知っていて、上着の下に腕を差し込んで撫でた。
「うひゃうっ」
服を着ていたので何とか持ち堪えて首絞めを続行する美汐だが、さらに後ろから乳を揉まれ、耳に息を吹き掛けられて腕を離した。
「ぴぎゃあっ!」
ここで天野本家の人間から「美汐は相沢様のお手付き」と思われ、使い魔は入っているが、一夜の妻として献上される運びとなり、「祐一クンのアマゾンの欲しいものリスト」並に多重梱包されてデリバリーされる手筈になった。
「ナッ、ナニヲスルッ」
「悪いけど聞いてくれ、もう天野、美汐の体が治ってるなら開放してやってくれないか? してほしいことが有ったら何でも言ってくれ」
「イヤダッ、私のカラダヲ返セッ」
「ほら、あの麦畑、今の学校でまた遊びたいんだろ? どうして欲しいんだ?」
もう壁まで追い詰められ、壁ドンされて顔も真っ赤にするが「右手の魔物みたいにラブラブデートして、寒空の中でアイスクリームを食べたり、噴水の前でキスしたり、カレーを食べて辛くて人類の敵とか言ってみたり、重箱にお弁当を詰めて持ち込んだり、お別れの日に部屋に転がり込んで、生で5,6回ヤリまくってエネルギー補給して欲しい」とか「学校で倒れる前からずっと見ていて、横顔をスケッチして見せたら右手の魔物も怒って怪獣大決戦になったり、倒れた後は人工呼吸とか心臓マッサージもタップリ、高度なお医者さんごっこも一杯して、触診から観察、内視鏡チェックも済ませて内部もシッカリ触診、ヌレヌレになった所で初体験して泣きながら抱き合って、右手の魔物とも喧嘩したり、エネルギー源とも絶交、翌朝まで何度も泣いて叫んでしがみついたり抱き合ったり、髪の毛を切らせて遺髪として渡したり、合計12発もエネルギー補充してもらって、翌朝もラブラブで夜明けのコーヒーを飲んだり、体にカーテン巻いて腕時計交換して結婚式もだと? 私もやりたかったんだよコンチクショーがっ、色んなネタ使いやがって、残りが無いだろうが、その上、左足と私は何かする前に見付かっちまったよクソがっ、どうしてくれんだよっ、私も学校で倒れて人工呼吸して欲しかったよ」と言いたかったが、この体はガッチガチの貞操帯みたいな女で、背中を押そうがタックルしようが蹴り倒そうが、祐一になびこうとしなかったので、苦労していた魔物。
「天野に無断で悪いけど、約束の印だ、良かったらこっちに来てくれ」
そのまま抱き締められ、通路を作るだけの軽いキスをされ、半分ほど吸い出されたが、「これぐらいで成仏してたまるかっ、コンチクショーッ!」と気合を入れられ、美汐の体に踏みとどまった右足。
『うふっ、佐祐理、真面目でしっかりしていて、ずっと敬語で話す古風な女の子に目が無いんです、これから私の妹になってくれませんか?』
「ヒッ!」
美汐の左側から邪悪な笑顔を湛えた佐祐理が抱き着いた。沢渡真琴にはパワー負けして発動しなかった、ゴージャスさゆりんの固有結界でアルター能力でオーダーが発動し、何かが突き刺さって「お父さん、お母さん…… 見ないでっ」みたいな声だけのエンディングになり、美汐も佐祐理お姉様の妹にされた。
「あ?」
佐祐理にヤラれ、ビックンビックンしているのは良いとして、気絶して歩けない美汐。
佐祐理に操られているにしても、自分の意志で歩いて女子校の課外授業?に参加するなら良いが、このまま連れ去って監禁レイプすれば犯罪である。
「相沢様、そこらで勘弁してやって下され」
タイミングも悪く、天野家の人が出て来て止められてしまった一同。美汐の祖母と思われる人物が話し、家の者が美汐を抱えて連れて行ってしまう。
「あの、お婆さんですか? 天野、美汐さんと話をさせて下さい」
「分かっております、美汐は相沢様のお手付き、これから「仕度」をさせてからお送りします。ご自宅の方で少々お待ちくだされ」
「え? はあ」
秋子の言いつけを守れず、美汐の奪取に失敗して、すごすごと引き下がるしか無い祐一。しばらく家の前にいたが、佐祐理の勧めもあって一旦秋子の家に帰ることにした。
「帰りました」
「またお邪魔します」
秋子の家に戻ったが、簡単なお使いもできず、美汐を連れ帰れなかったので、ちょっと弱気な一同。
「すみません、天野は連れて来れませんでした。何か支度してからこっちに送ってくれるそうで、家に戻されたんです」
「そうですか」
何気なく答えたが、その意味は「殺害はしませんが、相沢様の嫁として送りますので、その後の処分はご自由に」という意味なのも理解した秋子。
「祐一さんは、どんな状態で送って来られるのがいいですか? 首と胴体が繋がっていないのは嫌ですよねえ?」
「はあっ?」
余りの言葉に度肝を抜かれ、空いた口が塞がらなくなるが、今までの経験や普通じゃない家の行動なら、ありえない話ではない。
「月宮の真琴さんも危ないんですよ、あの人達は簡単に仲間も人も始末して、私達が怒らないようにしてるようですけど、誰かを殺してしまって祐一さんが怒るとは考えないようなんです。ちょっと電話でもして注意しておきます」
スピーカーホンのボタンを押し、今度もプッシュなどせず、すぐに話しだす秋子。
『秋子です、誰か電話に出なさい』
「天野の者ですっ、本日はご機嫌も麗しく」
「月宮ですっ、御用をお申し付け下さい」
電話の前で待っていたかのような人物が即座に出たが、秋子の願望が上乗せされたのか、何故か二箇所に通じた。
『あら、混線してしまいましたか? まあその方が話が早いですね。今、災厄が起こっています。うちの祐一さんの使い魔が「月宮あゆ」という子を蘇らせようとしています。その結果何が起こっても異存は無いと思いますが、使い走りとして川澄舞さんの放った使い魔が人の命を集めているようです。憑依されていた人物は、美坂香里、美坂栞、倉田佐祐理の三名でしたが、今は抜き出されて開放されています。現在憑依されているのは月宮真琴、天野美汐の二名、その二人はこちらに任せて下さい、全員祐一さんの嫁候補ですので無傷で送るか、何もしないように』
そこで、秋子の家に盗聴器を仕掛け、電話の内容も聞いた四名が腰を抜かした。
((((うそ~~ん))))
月宮の里や天野本家に直通電話で命令されてしまい、「今は災厄の真っ最中で、真琴と美汐に魔物が入ってるからこっちに送れ」と切り出した秋子ちゃん。
今言った「無傷」の概念がどこまで尊重されるのか分からないが「名誉殺人」をやりたくて仕方がない連中や、秋子様に媚びたくて仕方ない連中が曲解して、以前憑依されていた者や、今入っている二人をゴミのように扱い、「無傷で何もしないように、とは気を利かせて狩り出して、一番に首を持って行った者が褒めてもらえる」と思い込む事態になった。
『先ほど美汐さんを迎えにいかせましたが、仕度が必要と言われて帰されました、二人共絶対に傷を付けないで出頭させて下さい』
「承りましたっ、美汐を出頭させます」
「確かに承りましたっ、月宮の者に不手際があったようでお詫びします」
電話が切られると、余り時間を置かず月宮真琴の携帯電話が鳴った。嫌々電話に出ると即座に罵倒され、キャッチホンの呼び出しも鳴り、複数の電話を待たせている状態になった。
「お前は人かっ? 使い魔かっ?」
「人です、お館様……」
「術者が使い魔に憑依されるとは何事かっ! 秋子様からの電話で知らされるなど、あってはならぬ失態っ、死んで詫びよっ!」
どこからか分からないが、猛烈に叱られている真琴。当然のように電話の相手は「無傷」の話など全く理解しておらず、「嫁候補」の単語すら頭に入らないほどのマヌケである。もう真琴も半泣きで、目の中の文字が「ヘルプミー」表示になっていた。
「相沢くんに電話してみるっ」
チョロインさんが家電に走ったが、反論も許されない相手なのか、罵倒を聴き続けている真琴。
「祐一さんに電話ですよ、今夜は忙しくなりそうですね」
予想通り秋子の電話で大事になり、自分の話を理解できない低能が「秋子様のお手を煩わせる前に始末させて頂きます」などと曲解して、無能どもが魔物が抜けた三人まで狙い、残っている二人を傷だらけにして半死半生で提出したがる人物が並び、術者の舞まで討伐しようとしていた、
、逆にそれこそが褒めてもらえる方便と信じ込んでいる老人が多いようで、さらに人間嫌いが悪化した秋子。
「は? 俺に?」
事態を理解する前に電話が鳴り、祐一が取るとチョロインさんの叫び声が聞こえた。
「相沢くん? お嬢が大変なのっ、助けてあげてっ」
電話でどうするのかと思ったが、携帯と受話器を上下逆にドッキングさせて通話する、という原始的な方法で繋いだが、特にハウリングも起こさず通話できた。
「お前もっ、川澄舞も始末してやるっ、首を洗って待っていろっ!」
「あの、電話代わりました。秋子さんの甥で相沢祐一です」
「相沢様……」
一瞬で罵倒が止み、沈黙が続いた。
「え~と? そちらですと俺達って、アラヒトガミとか言うんでしたか?」
「左様です」
「すいません、今朝から真琴さんとお付き合いすることになりまして、色々あったんですが、美坂栞と香里から使い魔を取り出して川澄舞に返したんです、それから倉田佐祐理さんにも入っていたので……」
グダグダな説明だったが、何とか話し続け「佐祐理さんが真琴に魔物を譲って、体を強くしてもらうことにして移動させた」のを理解してもらった。
「お嬢さんが病気で死んだり、簡単に殺されないようになると思いますので許して下さい、川澄舞にも手出ししないようお願いします」
それからも数件説明し終わり、真琴の目が「サンキュー」表示に変わった所で本人が出た。
「ごめんなさい相沢くん、本家に秋子様から電話があって、それがお叱りだと思い込んだ人が大勢いたみたいで……」
若い人物には理解できても、ある思考に凝り固まっている人物には逆の指示が頭の中で勝手に生み出され、今まで魔物が憑いていた人物や、舞の討伐まで行うよう下知が下されたと思い込んだ妖狐の一族。
月宮の家がこれなら、天野の家も同じだろうと思って美汐が心配になった。
「じゃあ、また何か有ったら電話してくれ、天野の方も心配だから一旦切るよ」
「はい」
電話を置くとすぐにベルが鳴って、何となく美汐からの電話だと思えた。この家の電話など知らないはずの美汐からの家電で、「舞と秋子さんと同じ方法で掛けたんだろうな」と納得して通話する。
「もしもし、相沢さんですかっ?」
思いっきり怒気を含んだ声で言われ、結構危険を感じちゃう祐一クン。
さっき思わずチューして魔物を取り出そうとしたのがマズかったのか、佐祐理お姉ちゃんまでキスしてキチェサージャリアンの能力でスタンドをオーダーしたのがマズかったのか不明だが、非常にご機嫌が悪そうな美汐。
「ああ、無事だったか」
「一体何をしたんですか? 今、私の周りで何が起こっているか分かってますか?」
「いや、秋子さんが電話して、お前の中にも使い魔がいるから無傷で送れって言っただけなんだけど」
「そうでしたか。さっき急に呼びだされて、今からっ、私がっ、相沢さんの所へっ、嫁入りする準備がっ、されてるんですっ! どうするんですかっ?」
めっさ怒られた。
(テヘッ)
どうやら天野の家に秋子ちゃんが「YOU来ちゃいなYO」と一言いえば、嫁入り支度させてからデリバリーするらしい。
「あの? どんな伝言ゲームしたら、そんな酷い話になるんだ?」
一応自分に罪は無いと言ってみたが、頭の硬そうな少女の怒りは収まりそうにない。
「妖狐の血族から命令されたらそうなるんですっ、そうじゃないってこっちの者に説明して下さいっ」
月宮家でも、真琴と結ばれていなくても「真琴って奴に魔物が入ってるから配達しろ」と秋子が言えば、出前のピザ並に気軽に配達してもらえたようで、それが倉田家なら佐祐理お嬢様が、出前の寿司並の速さで納品されたらしい。
「うぐぅ」
「うぐぅじゃありませんっ、さあっ、代わりますから説明して下さい」
「はい……」
有無を言わさぬ美汐の勢いに押されたが、こっちに来ても結局、ヤることはヤらないと魔物を取り出せないので、無理矢理したくなければ、佐祐理お姉様にペロペロしてもらうしかない。
「美汐の祖母です、この度はこの子を嫁にご所望とお伺いしまして、有り難いお話で、一族郎党大変喜んでおる所です」
明らかに事情を知っていながら、無理にでも嫁に出すつもりの相手が出て、キツネでは無くタヌキの一族じゃないかと思い始める祐一。
「いえ、そうじゃないんです。今ちょっと災厄が起こってまして、天野、いえ美汐さんの中に川澄舞の魔物が入ってるはずなので、回収させて頂きたいと思いまして……」
詳しい事情を知らないので、これもグダグダな説明で口籠る。
「使い魔に憑かれるなど一族の恥、貰って頂けぬのでしたら、こちらで首級を上げてからお持ちします。使い魔が暴れ出ても一族挙げて滅しますので、犠牲者や美汐の弔いなども不要です。ご安心下さい」
「いやいやいやいやいやいやいや、そ~~じゃ無いんです。えっと、そちらの美汐さんをですね、ちょっとお借りして使い魔を抜いてですね、川澄舞に返せば済むんです。歯の治療みたいなもんです、ハハハハ」
いきなり「美汐は一族の恥ですのでヌッコロして首だけ確認のために配達します。魔物も一族挙げてヌッ殺して始末して、犠牲者なんかも出ますが、恥なので全員埋葬も供養もいりません」などと物騒極まりない話に飛んでしまい、舞の魔物を殺されても困るので、美汐チャンの当日レンタルだけお願いしてみる。
「ご冗談を、使い魔を抜いても生き残った者などおりませぬ。既に心や魂まで喰われ、忌み子である川澄舞を倒したとしても、足は腐り落ち、抜け殻だけ生かしても哀れなだけ。せめて今生の名残に嫁入りさせ、一晩だけでも女として扱って下され。手足を折ってから、日が出ている間に目と耳、鼻と口と尻は人の毛で縫って、体から逃げ出せぬよう処理しておきますので、一族のために明日以降「夜伽に不始末があって仕置き」として処刑して下され。後日、術者の川澄舞の討伐だけご許可下されば御恩には報います」
隣で聞いているはずの美汐から、血の気が引いて行く「サーーー」と言う音が聞こえた。SATSUGAIする前に手足を折って、色んな出入り口を人毛で縫われ、一晩使っても魔物が逃げないように処理され、使用後に魔物もろとも処理し、一族には不手際は無かったので「名誉殺人」はしなかったが、「美汐一人の責任で不始末があったので嫁入り先で処刑した」形にするよう言われてしまった。
さらに殺された孫のために使い魔を仕込んだ舞に復讐の機会を与えるようにも嘆願され、「そ~ゆ~意味なんですね」とやっと気付かされる祐一クン。
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ、絶っ対に折ったり縫わないで下さいっ。それが簡っ単に取り出しできるんですよ~、さっきも半分だけ出て来たんですけど逃げられまして、他の二人、美坂栞と香里から今日の昼にポ~ンと抜き出しましてね、舞の両腕の使い魔を返したんです。今回の使い魔は特別でしてね、天使の人形って奴がお孫さんとか、他の子の命を繋ぐために入れたんです。ですから何もしないでこっちに来て… いえ、こちらからお孫さんを頂きに上がります。「ぜひ美汐さんを無傷で僕に下さいっ!」、ヌッたり捌いたり三枚に下ろさないで待ってて下さいっ、い~ですねっ?」
「はあ……」
深夜かBSの通販番組のように、早口のマシンガントークでまくし立てて、お年寄りのお婆さんを嵌めるセールストークを展開する祐一クン。
デリバリーされるのを待っていたら日が暮れてしまうので、その前に美汐の穴という穴は人毛で縫われて大変な事になる。
「すいません、美汐さんに代わって頂けますか?」
「はい、どうぞ」
「相沢さん……」
「怒りの電話をしたはずの美汐は、事の重大さに気付き絶句していた。
「天野、そこから走って逃げられそうか?」
「…逃げられません」
多分、親族に周囲を囲まれ、魔物の本性でも表そうものなら、即座に刃物でもブッ刺され、拳銃で頭を撃ち抜かれて、首に縄を巻かれ「地蔵担ぎ」で始末されそうな美汐。
「すまんがお前と俺は結婚することになった」
「はい……」
現在、それ以外の手段では生きて家を出る方法が無いと悟った美汐も、渋々祐一の言葉に従った。
「可及的速やかにお前を迎えに行く、命乞いでも何でもして時間を繋いでくれ、縫われるんじゃないぞ、いいな?」
「はいっ」
もう涙声で話す美汐を放っておけず、祐一は舞に向かって振り向いて、目で「ヘルプミー」と語ってみた。
「舞っ、天野の居場所まで道を開けるか?」
「…家の中には入れなかった」
舞の術も万能ではなく、結界か何かで閉じられていない場所にしか行けないらしい。
「じゃあさっきの場所までっ」
『…やってみる』
舞が手をかざすとゲートが開き、剣を抜いて突き立てると鞄を押し当てて下まで切り裂いた。
『はああっ!』
ゲートの向こうの結界を切り裂くと、電話の向こうで真っ青になっている美汐が見えた。
先程からポンポンとゲートを開いている舞だが、魔力の源は持っていて、さらに「約束の少年」と再会して結ばれて一つになり「今宵の斬鉄剣は一味違うぞ」みたいな状況になっているので、物理法則を無視した妖狐の力を発揮できたらしい。
「天野っ!」
ゲートをくぐって天野の家に入り、首に縄が掛かっていて、数人に刃物や拳銃を突き付けられている美汐を抱き止めた。
「急ですみません、美汐さんは頂いて行きます」
「ああ、今晩だけでも大事にしてやって下され」
手を握って孫娘と今生の別れをするお婆さん。首の縄を外してやり、周りの者も下がらせるが、その目は「孫と同じ形をした物体」を見るように諦めきった表情をしていた。
「それじゃあ頂いて行きます」
もう歩けない美汐を抱いて突き飛ばすようにゲートに押し込み、何とか秋子の家に戻れた。
「何とか助かった、生きた心地がしねえ」
祐一と動けない美汐はorzの体制で崩れ落ち、舞がゲートを閉じてくれたので、ようやく深呼吸ができた。
秋子ちゃんの仕打ちが恐ろしく、その命令を長年勝手に解釈して、忠誠の証に今の時代まで名誉殺人を保持している連中の考え方にも恐怖した。
(ンゴ……)
盗聴器の向こうでは、美汐と同じ立場で、一族から同じ扱いを受ける予定の月宮真琴も、生きた心地がせず白目を剥いて痙攣していた。
もしこのままマンションにいれば、日中に目と耳と鼻と口とケツ*を人毛で縫われて、手足を折られてから遅効性の毒でも飲まされたか、ちょうど半日で溶けるカプセルに猛毒でも入れて飲まされてから配達されたはずで、梱包はアマゾンより厳重な「和製アイアンメイデン」か「オヤシロサマ」にブチ込まれるので気分が悪くなった。
「まあ、一弥の新しいお嫁さんね」
佐祐理お姉ちゃんは「新しいお菓子が来たわ」ぐらいの表情で楽しそうにしていたが、舞は「佐祐理の新しい妹?」程度の認識で「祐一の嫁」とは認めておらず、機嫌も悪かった。
もしここに栞がいれば、「今、私の目の前で別の女にプロポーズしましたね? 私って何ですか? ただの遊び相手? あの約束って夢? 幻?」みたいな、ヤバくなった時の実の姉ソックリな顔で睨んで来るのは間違いなかったので、この場にいないのを幸いとまで思ってしまう祐一クンだった。
(ここまで酷いとは……)
秋子も、今までの自分の不用意な発言と、この日の祐一の行動の異常さも感じたが、本来数日以内に纏めて殺されていた数人が、この場に集められて命を永らえさせられたのだと思えた。
(天使の人形くんも大変ですね)
折角体を強化して命を繋いでも、魔物の存在が知られた日に纏めて名誉殺人で始末されたか、香里、栞、佐祐理まで内定されていて一度に抹殺されたり、昼間に舞を殺されて全滅して手足を失わせる羽目になったようで、一人発覚すれば全員回収してしまうのがセオリーらしい。
その頃の栞と天使の人形。
(栞ちゃん、今日はこれでいいかい?)
「うん、ちょっとトイレに」
わざわざ倒壊した家の中に転移し、トイレを済ませようとする栞。天使の人形もその意図は分かったので、家がそれ以上壊れないように支えた。
「助けて、助けてっ」
「へえ、あんたでも助けを呼ぶ時なんてあるんだ、誰を呼んでるの?」
「ヒイッ!」
自分に触れただけで、予言通り何もかも壊し、破滅させた幽霊の気配に怯える女。
「お願い、もう許して、助けてっ、足が痛いんだ」
壊れた柱に足を挟まれ、もう逃げることも立つこともできない女だが、本心では「必ず復讐してやる、仕返ししてやる」と思っていて、その声は栞にも聞こえた。
「私達が同じこと言った時、あんたは許してくれた?」
「もうしないよ、許してっ、許して~」
栞や他のイジメを受けていた少女が同じ願いを口にしても、サディストの顔で喜び、さらに過酷なイジメを続けた女、もう許す必要など無かった。
「へえ? ちょっとオシッコしたくなっちゃった」
天使の人形の呪いにあてられた栞は、今までの表層のペルソナを失い、「病気や苦痛を味わった者だけが持つ、優しく美しい心」が反転し「暗い呪いを煮しめたような、醜く恐ろしい心」が表に出て、天使のような笑顔で女の前に座り込んだ。
「ゲホッ、ぐはっ、やめてええっ」
「あははっ、その潰れた顔、病院の鏡で見るといいわ、医者も看護婦も泣いて逃げるよ、はははっ」
満足した栞は、手近にあった大型テレビを、女の顔に叩き付けてさらに潰し、屋外に出た。
(お帰り、君は危ない所に入っちゃダメだよ)
「うん、でも自分で手を下してやりたかったんだ」
証拠を消す方法はいくらでもあったが、栞が「私がやった」とマーキングしたいようだったので残してやった。
もちろん救助にあたった消防署と警察の間には、縦割り行政の巨大な溝があり、「要救助者が多人数にレイプされ、家屋も破壊され陵辱の限りを尽くされた」のは一行たりとも警察に送られず、警察でも何一つとして調査は行われず、訴えられた建築会社の名誉を守るためだけに調査が行われ、誰も引き取り手がない障害者の少女に手を差し伸べる者もなく、病院から請求があって、仕方なく支給された障害年金から病院の費用が天引きされるだけの生活が始まった。
(明日は君を無視してイジメに参加した、BBAの教師の所に行こうか)
「いいの? 楽しみ」
祐一や同年代の男では、決して得られない満足を与え、夢の世界にエスコートしてくれる相手を見て、心をときめかせる栞。毎日のように夢のデートに誘ってくれる相手に夢中になっていた。
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