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KANON 終わらない悪夢

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04

 昼休み、栞と香里、名雪と共に中庭にいた祐一。朝の件は名雪のボケ、もしくは起きている上での故意と見抜かれ、不問とされていたが?
「はい、祐一さん、卵焼きです」
 最初から対抗心剥き出しで、まるで祐一の膝の上に座るように陣取って、あれこれ口に運んでいる栞。サービス増量期間中らしい。
「うっ、もうだめだ、香里、もう少し食ってくれ」
 栞が夜明け前から作った力作を前に、敗北しようとしている一同。尚、北川は「呼ばれていない」のに気付き、泣きながらダッシュで学食へ、舞は栞と祐一の仲に気を使って、「シュタタタッ!」と走り去り、佐祐理と一緒にどこかで弁当を食べていた。
「はい、お姉ちゃんも」
「だめよ、もう食べられない」
 何やら青い顔をして、さっき妹に詰め込まれた物を、何とか飲み込もうと努力している姉。
「そんな、やっぱり私が作った料理なんか、食べられないのねっ」
「ヒッ!」
 いきなり泣き出した妹を見て、頭の上の方から悲鳴を上げる香里。
「違うわよっ、ほ、ほらっ、重箱2つは食べたから、もう入らないのよ」
「本当? 実は心の中では「フンッ、やっぱりこんな、グズでノロマで亀な妹なんて、生まれて来なければ良かった」な~んて思ってるんでしょ」
 下を向いた顔に黒い斜線が入り、目だけ光らせている栞。
「ほらっ、食べたわよっ、あ~おいしい、これならいつお嫁に行っても安心ね、うふふっ」
 わざとらしく喜ぶが、次第に顔色が青から緑に変わっていく香里、きっと葉緑素でも出して消化の助けにしているらしい。
(これ「俺の酒が飲めないのかっ」って言う、酔っ払いと同じじゃないの?)
 やがて栞の手口を理解し始めた香里は。
(もしかして、仕返し?)
 あまりの量の多さに、悪意すら感じ始めていた。
「名雪、あんたが片付けなさい」
 呼ばれもしないのに、当然のように祐一に付いて来た名雪だが、弁当の巨大さに気付いた祐一と香里に呼び止められ、今日もAランチ持ち帰りは出来なかった。
「だめだよっ、わたしも、もう食べられない」
 すでに「けろぴー」のように、お腹がパンパンになって地面に転がっている名雪。
「香里、お前の一族は全員、こんな大食いなのか?」
 栞ダイエットで、やつれ果てていたはずの香里も、ここ数日の攻撃で着実に体重が増え始めていた。
「そんな訳ないでしょ、この子だって自分では食べてないんだから」
 食べ過ぎで気分が悪そうな香里をよそに、嬉しそうに鞄の中から別の箱を取り出す栞。
「じゃあデザートです」
「「「…………(嫌)」」」
「食後はやっぱりデザートですよね、甘い物は入る所が違うと言いますから」
 不治の病から回復した今、栞は佐祐理に匹敵する天然娘に成長していた。
「ほら、お前の好きなイチゴだ、食わせてやろう」
「うっ!」
 鼻先にイチゴを突きつけられ、胃から逆流しようとする物と戦う名雪。
「ほら、ア~~ン」
 もし「ア~~ン」などしよう物なら、その場でゲロぴー決定である、その日から名雪は少しだけイチゴが嫌いになった。
「ぐふっ」
「どうした? つわりか」
 ゴトッ!
 そのセリフでデザートのパックを落とし、四次元に手を入れる栞。
「祐一さん、今、何て言いました?」
 チキチキチキチキッ!
 ポケットから素早く「カッターナイフ」を取り出し、刃を半分ほど出す。
「うっ!」
 さらに左袖をめくり、手首に刃を押し当てようとした。
「うわあっ!」
「やめなさいっ!」
「離してっ! お姉ちゃんっ!」
 祐一が名雪に「ア~~ン」までして、妊娠しているかどうか聞いてしまった以上、栞は手首を切るしか無かった?
「待てっ、ほらっ、ウサギさんだっ!」
 この手の危ない人物の扱いを心得ていた祐一は、リンゴで出来たウサギを差し出した。
「ウサギ、さん?」
 まるで誰かのような反応を示す栞。
「そうだ、ウサギさんだ、ア~~ンしてみろ」
「……ア~ン」
 頭を撫でられながら、リンゴを食べている栞。
「落ち着いたか?」
「はい……」
 栞はようやくカッターの刃を戻して四次元にしまったが、香里が刃物を取り上げる為に手を入れても、もうカッターは取り出せなかった。
(やっぱり、あの「白い手の吸盤」で取らないと、出て来ないのか?)
 祐一はある確信を抱いた。
「あの、名雪さんは赤ちゃんができたんですか?」
「ただの食い過ぎだ、いや、あの腹だしな、あいつは毎日「けろぴー」って言う、でかい蛙と寝てるから、もうすぐ川に産卵しに行くのかも知れん」
「ちがうよ」
 一応言い返すが、さっきの栞を見て、すっかり青くなっている名雪。そして重苦しい空気を軽い冗談で流したつもりの祐一だったが。
「そうでしたか」
 一人だけ信じる者がいた。その隙に、カッターを取り上げる為と、確認の為?に、栞のポケットに手を入れて見る祐一。
(大丈夫だ、のび*君なら取り出せたはずだ)
 何やら変な事を考えながら、ポケットの中をまさぐる。
「わっ、何してるんですかっ、女の子のスカートに手を入れるなんてっ、怒りますよっ」
 そう言いながらも、ついさっきまで顔に入っていた黒い斜線が消え、頬を赤らめる栞。
「お前が刃物を持ってたら危ない、没収だ」
「あっ、そこ違いますっ、やだっ、お姉ちゃんまでっ」
 左右から手を入れられ、違うポケット?の中まで持ち物検査を受けている栞。
(ほうら、こっちのお口もア~~ンして、じゃなくって)
 そこでまた、良からぬ妄想をしてしまう祐一。

 祐一妄想中……
「お姉ちゃんっ、もう許してっ」
「だめよ、これは「リハビリ」なんだから、それとも私と相沢君がしてもいいの?」
「だめぇ、それだけは嫌ぁっ」
 そこでは、仲の良い美坂姉妹が、リハビリ?に「精を出して」いた。
「じゃあもう一度よ」
 香里が栞の足の間に顔を埋め、準備運動?を始める。
「やっ、そんな事する人、あっ、き、嫌い、ですっ」
 姉に可愛がられ、次第に甘い声を出し始める妹。
「さあ、いいわよ、相沢君、いらっしゃい」
 そして誘われるまま、姉の目の前で広げられた、栞の四次元ポケットに……
 妄想終了

「だめです、これは祐一さんと会った日の記念品なんですから」
 そう言ってカッターを胸ポケットから取り出し、胸元に押し込む栞。
(入れた場所と違うぞ?)
「もうこれで取れませんねっ」
 誘うように、自慢の胸?を突き出す。ちなみにあの日買った品物や祐一に関する物は、ポテチや紙袋、アイスのへらまで全て保管してあったが、ただ一つ、あゆが触ったレシートだけは、1ミリ以下に切り刻まれて燃やされていた。
「脱げ」
「ええっ?」
「お前は危険物の塊だ、全部脱げ、没収だ」
「そんな事言う人、嫌いです」
「そうね、もう中身ごと没収して持って帰ったら? 炊事も洗濯もできるし、高校って義務教育じゃ無いんだから、後は相沢君さえ十八になったら結婚もできるのよ」
 わざとそんな言い方をしたが、美坂家では「もう先が無い」とか「残された時間を有効に使う」と言った、栞を刺激する文章は全て削除されていた。
「お姉ちゃんまでっ(ポッ)」
 そんな微笑ましい?やり取りを見て、顔にブルーが入る少女が一人。
(ひどいよっ、香里、わたしの気持ち知ってるくせに)
(悪いわね、家族と親友、どっちも選べないけど、栞は相沢君がいないと死んでしまうのよ)
 女の勘とやらで、二人の関係を薄々感じていた香里。ここは名雪が既成事実を主張する前に、籍を入れてしまいたかった。
「こんなに食費がかかる娘、お嫁に行ったら親も喜ぶわ、それにあなたの部屋は私が有効に使わせて貰うから心配しないで」
 難病指定を受けていても医療費の方が高いが、それも美坂家では禁句だった。そして栞の部屋は、「娘が生きていた当時そのまま」で保存され、家族が泣く部屋になるはずだったが、本人が生き残ったので、嫁入り道具と一緒に発送しても問題無かった。
「嫌いですっ」
 そう言う割には、自分では言えない事をズバズバ言ってくれる姉を見て、頬を手で隠しながら、嬉しそうにしている栞。
「ええ? 「相沢君を入り婿にしたい」ですって? あきれた」
「言ってませんっ」
 栞を嫁に出すのは、まだ両親が嫌がったのと、何より名雪と祐一を引き離す事に重点を置き、「祐一入り婿計画」が発動されていた。
「相沢君、今度の日曜、秋子さんも来て貰えるかしら? うちの親も詳しく相談したいらしいから」
 すでに親とも話し、日曜に祐一を招待した上、秋子にも内々に連絡していた香里。両親も奇跡を起こしてくれた相手なので異存は無かった。
「待て、秋子さんなら「了承」しか言わないぞ」
 祐一の脳裏では、義理の家族と暮らす「マスオさん状態」の自分の姿が浮かび、サ*エさんのテーマソングが聞こえて来た。
「そうね(ニヤリ)」
 若い二人を遊ばせている間に、「大人の話」をさせて、親が泣きながら「残りの人生は娘の思った通りに」とか「甥子さんさえ宜しければ、どんな事でもさせて頂きます」と言って並んで土下座すれば、秋子でなくとも、人として断れないのは当然であった。
(フッ、秋子さんの答えは「了承」じゃなくて、「手を上げて下さい、相沢の家には私から説明しておきます」よ、それはあなたの両親が反対しても、絶対覆らないと言う意味なのよ)

 祐一妄想中……
「お兄ちゃんがあたしのおやつ取った~~!」
「待ちなさいっ!カツ*ーー!」
「うへぇ! 姉さんっ!」
「あらあら、私のをあげますよワ*メ」
「ニャ~~ン」
「どうです父さん、今夜あたり一杯」
「お、いいねえ、マス*君」
「タ*ちゃんでちゅ~、あっ、イ*ラちゃんでちゅ~」
「バブー、ハィー、ダァー」
「ノリ*ケです」
 そこでは平和なイソ… もとい、美坂家の日常が展開されていた。

「まさかお前の家、タマとか言う猫はいないだろうな?」
「いいえ、いるわ」
 わざわざ全身白い猫を用意して、首輪と鈴を付け名前もタマにしていた香里。
「何っ!」
「えっ? ねこさ~ん」
 隅の方で一人「ドナドナ」を歌っていた名雪だったが、猫の話題が出たとたん割り込んで来た。
「香里、ねこさん飼い始めたんだ~」
(やっぱりそういう事かっ)
 全てが香里の計略通り進んでいるのに気付き、舌打ちをする祐一。猫は名雪を喜ばせる為ではなく、猫アレルギーの「名雪よけ」のためらしい。
「そうそう、その日はN*Kも取材に来るから、忘れないでね」
 もう既に「奇*体験ア*ビリーバボー」などにも投稿を済ませ、当日は公*放送の「いのち」のシリーズのスタッフが取材に来る事になっていた美坂家。
「はうっ!」
 山間離島にまで放送される局を呼び出し、全国的に宣伝するつもりの香里、それでもし難病の娘を捨てるような事があれば、社会的に抹殺されるのは間違い無い。

 祐一、三たび妄想中……
「奥様、聞きましたか、ボソボソボソ」
「ええっ、あのご主人が?」
「そうなんですよ、一時は奇跡とか美談とか騒がれましたけど、結局あのお嬢さん、捨てられてしまったそうですのよ」
「まあ、あんな人の良さそうな顔をして、何て事を」
「何でも、それをきっかけに病気が再発して、最後には」
「ええっ!」
 それ以降は近所の嫌がらせに悩まされ、インターホンの押し逃げ、深夜のいたずら電話、投石、壁の落書き、当然回覧版は回って来なくなり、ごみ袋の中も全部調べられ、子供を連れての公園デビューなど以ての外、果ては職場にまで嫌がらせが及び、解雇されるのは間違いなかった。
(うぐぅ、日本中逃げ回っても、時間の問題じゃないか)
 栞と言うより、香里から逃げた場合の生活を想像し、嫌な汗を流す祐一。そんな生活に耐えられるのは、舞ぐらいしかいなかったが、名雪、あゆ、真琴には無理な相談だった。
(チェックメイトよ、もう貴方にできる事は、婚姻届に実印を押す以外、何も無いのよ)
 僅かな時間で包囲は完了し、祐一はどうしようも無い状況に陥っていた。
「ふふっ、日曜が楽しみね。栞、 結婚式はいつがいい? やっぱり6月」
「そんなっ」
 勝利を確信し、高らかに笑う香里と、顔を赤らめて手で隠している栞。
(お母さんっ、私負けちゃうかも知れない)
 美坂家の策士の前に、敗北寸前の名雪、その時、何かの声が聞こえた。

「うぐぅ、そんなのだめだよっ」
(ソウダ、ダメダ)
 香里の耳にその声が届いた時、異変が起こった。
「えっ?」
 地面と空が回るような奇妙な感覚の後、ゆっくりと栞にもたれ掛かる香里。
「もう、お姉ちゃんったら、ふざけないでっ」
「おいおい、昼間っから」
 祐一の勘違いも虚しく、香里はそのまま力無くずり落ちて、栞の膝の上に倒れた。
「お姉ちゃんっ?」
「「香里っ!」」

「あれっ?香里さんどうしたの」
(これは君が願った事)
(シンデシマエ)
「そんな、違う、違うよっ」
(もう戻れないよ、彼に近付く女性は、みんな不幸になるんだ)
「だめだよっ、そんなお願いしてないっ、祐一君が悲しむ所なんか見たくないよっ」
(ハハハハハハッ)
 西洋では「願い事をする時、よく考えてからお願いしなさい、それが本当に叶ってしまう事があるから」と言う諺がある、昔のあゆは、お願いの仕方を間違っていた。
 
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