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KANON 終わらない悪夢

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01

 4月8日
 ジリリリリリリリッ! ピポピポピポピポッ! リリリリリリッ!
(や、やかましい……)
 今朝も名雪の部屋から聞こえて来た、けたたましい目覚しで叩き起こされる祐一。
「どうしてこれで目が覚めないんだっ」
 この世界では、秋子さんは怪我をしていないので、祐一の声の目覚ましは存在しなかった。よって名雪は自分で目を覚ますこともできず、介助が必要なままだった。
「入るぞっ」
 従妹とは言え、今日も年頃の女の子の部屋に突入する祐一。
「起きろっ」
「くーーーーーー」
 この状態の名雪が一人で起きるはずも無いので、馴れた手付きで目覚ましを止めて行く。
 ピピッ! パシッ リリリッ! パシッ ピポッピポッ! パシッ
 水瀬家に来て早や3ヶ月、祐一の朝は名雪の目覚ましを止めて、持ち主を叩き起こす所から始まる。
「起・き・ろ、フーー」
 まず耳元で優しく呟いて、耳に息を吹きかけてみた。
「だめだよ…… けろぴー」
 夢の中のお相手は、けろぴーな名雪。
 ボカッ!
「きゃっ」 
 優しく頭を撫でた所で反応があった、脳死には至っていなかったらしい。
「ほら、学校行くぞっ、着替えろ」
「…… くーーーーー」
 春眠暁を覚えず、春の名雪は冬よりも極悪だった。
 諦めた祐一は、クローゼットから制服を用意し、眠ったままの名雪をベッドに座らせる。
「はーい、名雪ちゃーん、お着替えですよー」
 これまた慣れた手付きでパジャマを脱がせて行く祐一、3月からはこれも日課になっていた。
「う~ん、け…ろ……ぴー」
 ここで自分で着替えさせると「立ったまま寝る」「やっぱり私服を着てしまう」「着替える動作が恐ろしく遅い」などの問題があった。
「はーい、バンザーイ」
「ばんにゃ~い」
 両手を伸ばした所で、パジャマとTシャツを引き抜く、これで名雪は上半身裸になった。
「くちゅんっ」
「あーもう、ほらチーンしてチーン」
 鼻水を垂らしている名雪を見て、ティッシュを取って「チーン」までしてやる。
「グシュ、グシュ、えへへっ」
 寝ている間に、いたずらされているにも関わらず、何やら嬉しそうな名雪。
「ハイッ、前へ~、習えっ」
「にゅっ」
 前へ習えさせた状態で、ブラに手を通させて後ろで止め、下着を被せる。
 プチッ、ムニュ、ぐいぐいっ、モミモミモミ
「やはぁっ、くすぐったい~」
 役得を得ながら、寄せて上げてブラの中に押し込んで、形も整えて行く。
「じゃあ次は、後ろに~習えっ」
「?? にゅっ」
 少し考えてから後ろに手を伸ばす名雪に、ブラウスと上着を被せる。
 プチ、プチ、プチ
「はーい、立ってくださーい」
「にゅっ」
 春休みの眠りから、ついに起動する名雪ちゃん。
「ハイッ、大きく足を上げてー、オイッチニ、オイッチニ」
「いちにゅ、いちにゅ」
 名雪がその場で足踏みをしている間に、パジャマを脱がせ、スカートを突っ込み、ホックを止めジッパーも上げる。
「スカーフと靴下は後でいいな、さあ、顔洗って来い」
「にゅっ」
 座らせて靴下を履かせると、また寝てしまうので、お尻を叩いて洗面所に送り出した。
「ふうっ」
 何とか朝の食卓に送り出し、一息ついていると。
「まあ、やっぱり朝は祐一さんがいると助かりますね」
「あっ、秋子さん、いつからそこに?」
 口から心臓が飛び出しそうになりながら、何とか平静を装って聞いてみた。
「えーと、「起きろっ」あたりです」
 全部見られちゃっていた。
「いえ、これには深い訳が……」
 嫌な汗を流しながら、言い訳を考える祐一。
「了承」
「えっ?」
「うふっ、毎年冬と春は困ってたんですよ、これからも「末永く」お願いしますね」
 嫁入り前の娘を素っ裸にして、モミモミ、うにうにした上に、生着替えさせてしまったので、責任を取るしか無いらしい。
「うぐぅ」
 将来の毎朝の状況を思い、うぐぅの音を漏らす祐一。2カ月前、名雪に慰めて貰った翌朝も、「お赤飯」だったので祐一としても反論はできなかった。
「さあ、朝ごはんにしましょうか」
「……はい」
 ほくそ笑む秋子に続いて、足取りも重く階段を降りる祐一。

「くーーー」
 しかし、顔を洗って歯を磨き、食卓についても、名雪はまだ糸目で寝ていた。
「さすがだな」
 3月よりさらに磨きが掛かった熟睡、そこで、鼻の前に適量のジャムを塗ったトーストを近付けてみる。
「くんくん、んんっ、もしゃもしゃもしゃ、ゴクリ」
「食うのか?」
 寝ながらでも食べたので、今度は手に持たせて様子を伺ってみた。
「モグモグモグ」
「すごい」
「毎年、4月はこのぐらいなんですよ」
「そうなんですか」
 そこで一枚食べ終わった頃、謎ジャムを少量試してみる。
「うっ」
 名雪はアストロンの呪文を唱えた、鋼鉄の瞼と口は何者も受け付けない。
「食え」
「ううっ」
「そろそろ時間ですよ、祐一さん」
「はい」
 謎ジャムトーストは、気付け薬として袋に入れて懐に忍ばせ、用意していた靴下を名雪に履かせる。
「ほら、靴下だ、こっち向いて」
「にゅ」
 横を向いて両足を投げ出し、されるがままになる名雪、夜もこんな感じらしい。
(くそー、ムチムチのいい足しやがって、やっぱり着替えの前に一発やっておけば)
 良からぬ考えを起こすが、そんな事をしていれば、秋子さんに全部見られていたのだと思い直す。
(やめといて良かった)
「ほらスカーフも」
 これも手馴れた手付きでスカーフを巻いて、蝶結びにして形を整えてやる。
「上手になりましたね、祐一さん」
「は? はあ」
 最初は寝ている名雪より少し早い程度だったが、毎日の行事なので、すでに一瞬で巻き終わるようになっていた。
「ゆ~いち~、すご~~い」
 コーヒーも飲んで、やっと目が覚めて来たのか、相手がけろぴーではなく、祐一だと認識し始めたらしい。
「ほら行くぞ、立てっ」
「う~ん~~」
 それでも脳の大部分は寝ているのか、まるで伸びたテープか、スローモーションのような喋り方の名雪。
「じゃあ行って来ます」
「行ってらっしゃい」
「いっ…て~、き~ま~す~~」
 祐一に引きずられるように、ドップラー効果を起こしながら遠ざかっていく名雪の声。 その声はまるで、某銀河お嬢様伝説に出てくる、同じ声の「おっとりの詩織」のようだった。
「こらっ、それは秋子さんの靴だ」
「う~ん~~」
「まあ」
 仲の良い二人を見て微笑む秋子ちゃん、ちょっぴり羨ましそうにしているのは、気のせいかも知れない。

「ほらっ、時間が無いっ、走れっ!」
「う~ん~~」
 まだ寒い北の春、今日もダッシュで通学する二人。 
「始業式からこれかっ、今年もずっとこうなのかっ」
「くーーーーー」
 眠ったままの名雪を連れ、通学路を駆け抜けて行く祐一、冬なら外に出れば寒気で目が覚めたが、春にはより深い眠りが待っていた。
「そっちじゃない、こっちだっ」
「くーーーーーー」
 真っ直ぐ走って行こうとする名雪の手を引いて、角を曲がって学校へと誘導して行く。
「急げっ、100メートル7秒で走れば間に合うっ」
「う~ん~~」
 そのスピードは、非公式ながら高校生日本新記録を上回ったとか、上回らなかったとか……

 学校前…
「何とか間に合いそうだなっ、おっ、香里」
 校門辺りで、予鈴に合わせたように登校して来た香里に追い付き、後ろから話し掛ける。
「あら、今日も手を繋いで通学?」
 いきなり眉をしかめながら、刺々しい声で嫌味を言われ、言い訳を開始する祐一。
「違うっ、こうしてないと、こいつはどこまでも真っ直ぐ走って行くんだっ」
 慣れて来たのか、祐一が止まると、ぶつからずにその場で足踏みをして、クールダウンまでしている名雪。
「おかしいわね? 去年は寝たままでも、ちゃんと学校に来てたわよ」
「何っ?」
 人体の素晴らしい機能に、感動すら覚える祐一クン。
(このまま一人で来れたのか……)
 名雪は朝起こしてくれる人がいたり、学校まで誘導してくれる人がいれば、さらに一段深い眠りに入れた。
「ほら、いい加減に起きろっ」
 最後の手段として、謎ジャムが着いたトーストのかけらを、まだ荒い息をしている名雪の口に捻り込んだ。
「きゃっ! ゲホッ、ゲホッ、ううっ、ひどいよっ」
「やっと起きたか?」
「あれっ、わたしどうしてここにいるの?」
「去年と同じよ、自分で走って来たんじゃない」
「そうなの?」
「ええ、全校生徒の見てる前で、お手々繋いで仲良く通学して来たのよ」
「……うそ」
「ほんとよ」
 まだ繋がっている暖かい手を見てから、視線を祐一に戻す。
「ひどいよっ、祐一っ」
「その前に起きろ」
「しかたないよ、春は何だか眠くなって、起きられないんだから」
 春は普段より2割増量期間中らしい。
「お前は1年中だろ」
「ちがうよ~」
「それにしても凄いわね、どうやって着替えたの? 今年は下にパジャマ着て無いのね」
「そ、そんなの、もうしないよっ」
 恥ずかしい記憶を呼び覚まされ、さらに顔を赤らめる名雪。
「じゃあ、相沢君に着替えさせて貰ったの?」
(うっ!)
 軽く探りを入れられただけなのに、身に覚えのある祐一は一気に固まった。
 ピキーン!
 妹の彼を監視している香里の目には、祐一の石化の意味がすぐに分かった。
「やだ、いくらわたしだって、そこまでされたら寝てないよっ」
 でも寝ていた。
「へ~~、まさか二人とも、「目の前で着替えるぐらい平気な関係」じゃないでしょうねえ?」
(はうっ!)
 今日も魅力的な低音と、ヤンキーのお姉さんのような目付きで質問して下さる、将来の義姉。
「ちがうよ……」
 ポーカーフェイスなど不可能な名雪、香里の演算装置では、次々に変数XやYが埋まって行った。
「そう、そうだったの、これは栞にどう説明したらいいのかしら?」
「ち、ち、違うんだ、俺達はそんな嬉し、いや、やましい関係じゃない」
「うんっ」
 どんどん挙動不審になる祐一と、嬉しそうに顔を赤らめる名雪。そこで予鈴が鳴り、周りの生徒も走り出した。
「いかんっ、走れっ」
 そこで予鈴に救われ、教室へと逃げる二人だが、手はしっかり繋がったままだった。
「うんっ」
 祐一が離さないのか、名雪が握ったままなのか、本当に付き合っている連中でもそこまではしない、二人は全校生徒公認のカップルになろうとしていた。
『まあっ、今日も繋いでる』
『ラブラブね』
『あの二人、同棲してるらしいわよ』
『不潔よっ』
 などなど、周りの噂話も耳に入らないのか、仲良く走って行く二人。
「待ちなさいっ!」
 そして、それを追いかけている女は、「男嫌いの美坂香里」と知られていたので、「相方」を取られないように追いかけているのだと、もっぱらの評判だった。
「ねえっ、でも今年は何組なのっ?」
 クラス分けを見ている生徒達を後ろに、疑問を洩らす名雪。
「同じだ」
「え? じゃあ香里は?」
「同じよっ」
「えへっ、じゃあ今年も二人と同じクラスなんだっ」
 どちらと同じなのが嬉しいのか、ニコニコ笑っている名雪ちゃん。
「当たり前だ、去年と同じだからな」
「えっ? そうなの?」
「受験に集中できるように、3年はクラス替えはしない、って聞いてなかったの?」
 多分、寝ていたのかも知れない。
「そう言えば、聞いたような……?」
 やっぱり寝ていた。
「それよりちゃんと説明しなさいっ!」
「えへへっ」
 今日も仲良く? 教室まで走る3人だった。

「ふうっ、どうして今日も間に合ったんだ? 誰か教えてくれ」
 毎日、絶対に間に合わない状況でも、何故か遅刻しない二人。
「それはきっと、日頃の行いがいいからだよ」
 そのセリフは、会えなくなった栞も言っていた言葉なので、祐一と香里の胸に深く突き刺さった。
「そうだな……」
「ええ……」
 香里の顔色が悪くなった所で、今日も追及を免れた二人。
(でもコイツって、栞に会えないのに、どうして笑ってられるの?)
 初めは自分と同じで、無理に笑っているのではないかと思っていたが、香里から話を出さない限り、栞が話題に上る事は無かった、まるで1月頃の自分と逆になったように。
(それだけ話すのが辛いの? それとも?)
 聞いてしまうと「俺に恋人なんかいない」と言われそうで、恐ろしくなった。
(そうよ、コイツなんてその程度の奴なのよ、気にする方がおかしいのよっ、やめやめっ)
 本鈴前に教室に入ると、仮に出席番号順に座っている生徒の中で、北川以外にも見慣れた顔があった。
「…祐一がいる」
「お前こそ、どうしてここにいるんだ?」
 そこには、無愛想で目付きも悪く、余計な事は喋らない剣豪が座っていた。
「…留年した」
「何っ?」
 舞は数々の暴力事件?と、校舎の破壊で停学が続き、出席日数が足りなかった。
「…クラスメイト」
 祐一君と舞ちゃんは、3年の大切な時を共に過ごす事になった。
「そんなバカな」
 きっと、倒せなかった魔物と戦い続け、この場所を守るためには、留年してでも学校に残るのが得策と判断したらしい。
 そこで呆然としている祐一に近付く少女が一人。
「あはは~ 佐祐理も留年しちゃいました~」
「どうして佐祐理さんまでっ?」
「病欠が多くて、出席日数が足りなかったみたいですね~」
 こちらは必ず舞と同じクラスになれるよう、狙って来たに違いない。佐祐理は、舞が停学の間は何故か病気になって、弁当を持って川澄家に行っていたので、出席日数が足りなかった。 もちろん成績も悪かったが。
「今度は同級生ですね~、楽しい思い出を沢山作りましょう」
「え? ああ……」
(それにしてもどうやって、いや、それ以前に倉田家はそれでいいのか?)
「ええ、家は大丈夫なんですよ~」
 議員の娘が留年して、その上こんな「不良娘」と一緒にいていいのか疑問に思う祐一は、佐祐理の左手首に見慣れないバンテージを見付けた。
(あれって絶対、汗止めじゃないな)
 最後の手段を使って家族を脅迫し、また手首の傷を増やしたが、舞に心配させないように傷を隠している佐祐理。
「違いますよ~ これは料理の時に手が滑ったんです~」
 バンテージをずらし、傷の説明を始める佐祐理、凄い手の滑り方だったらしい。
「佐祐理さん、どうして俺の考えてることが?」
「祐一さん、全部声に出して言ってましたよ~」
「そ、そうだったかな?」
「嫌ですね~ 祐一さんったら」
 そんなやり取りを見ていた名雪には、祐一の声は聞こえず、佐祐理の独り言だけが聞こえていた。
(この人、何言ってるんだろう? でも祐一の考えてる事が分かるなんて)
 名雪は、佐祐理がニュータイプか、電波を受信できるタイプの人だと思い始めた。
「へえ~ 相沢君ってやっぱり、女関係には知り合いが多いのねっ」
「うっ」
 恐ろしくギスギスした言い方をされ、まるで後ろから刺されたような感じがした祐一。
「これも栞にはどう説明すればいいのかしらっ?」
「はえ~ 祐一さんの彼女さんですか~?」
「いや、そう言う訳では……」
「祐一、知ってる人?」
 知り合いで無ければ、ここまで会話が弾んだりしないが、天然ボケで救ってくれる名雪。
「ああ、去年も3年だった先輩だ」
「もう先輩じゃありませんよ、祐一さん、紹介して下さい」
「こいつは俺の従妹で名雪、水瀬名雪って言うんだ」
「あっ、始めまして」
「倉田佐祐理さんだ」
「始めまして~」
「こっちは川澄舞」
 コクリ
 相変わらず、首だけ動かして挨拶のような物をする舞。
「趣味は校舎の破壊と、夜の校舎で辻斬りをやってる、だから夜は学校に来るんじゃないぞ」
「「えっ?」」
「…変な事を言うな」
(格好いい人)
 そこで男前な舞を見て、何故か頬を染める名雪。
「で、これは美坂香里」
「誰が「コレ」よっ」
「始めまして~」
 コクリ
 挨拶されたので、仕方なく「妹の敵」に話し掛ける香里。
「始めまして、あたしは「相沢君の恋人の姉」です、いつも妹がお世話になってます」
 別にお世話になっていないのに、世間体を取り繕ったような会話を始める香里、もうオバサンか姑のようだった。
「そうでしたか~ でも安心して下さい、佐祐理は妹さんから祐一さんを取ったりしませんから~」
「それはどうも」
 冷気でも漂って来そうな、能面のような笑顔を返す香里。
 プイッ
 しかし、もう一人は、機嫌を損ねたのか、横を向いてしまった。
(フンッ、そう言う事ね)
 香里の中で警報が鳴り、舞は栞の敵と断定された。相手の恐ろしさも知らずに。
「あっ、でもそのリボンじゃ1年と同じ色ですね、良かったら予備がありますから、使ってください」
 周りの空気の悪さを取り繕おうと、鞄からリボンを出し、舞に差し出す名雪だったが、何故頬が赤くなるのかは謎だった。
「…いい、でも嫌いじゃない」
 一応断ったが、ほのぼの、のんびり、ほえほえ系の女は「嫌いじゃない」らしく、舞も名雪が気に入っていた。
 そこで佐祐理から氷のような殺気が発せられ、周囲の気温が下がったような気がした祐一。
「いいんですよ~ 舞のリボンは用意してますから~」
 表情だけはいつも通り、ほのぼのしている佐祐理だが、その体からは青白い炎のようなオーラが発せられていた。
「うっ!」
 舞の古いリボンを素早くほどくと、真新しい小豆色のリボンを結び始める佐祐理、さっきいなかったのは、これを買いに行っていたせいらしい。
「いい… 自分でする」
「いいえ、これは佐祐理の日課です、まかせて、舞」
 慣れた手付きで舞のリボンを巻くと、「使用済み」の物は、新品の入っていた袋に入れて封をして、自分の鞄に仕舞い込んだ。
(それって、犯罪じゃないのか?)
 その一部始終を目撃した者の中で、祐一だけが違和感に気付いていたが、他の生徒達は佐祐理が舞の「匂い付きリボン」を、お持ち帰りするのを見逃していた。
「何かおっしゃいましたか? 祐一さん」
「い、いや、何も」
「…これはいつも、佐祐理が洗ってくれるから」
 きっと洗って返して貰っていると信じている舞、それが「舞2日間着用」とか「汗だくになった物を回収」と書かれて永久保存されていたり、ビニール袋に入れたまま「レンジでチンしてスーハー」したり、良からぬ事に使用されて、「汚した物」だけは洗って、自分の匂いが残った物を舞に装着するのが日課になっている… などと知る由も無かった。
(…………)
 あえて何も考えず、この場をやり過ごそうとする祐一、この状況なら、ブルマ、体操服、下着なども、頻繁に誰かに新品に交換されているに違い無い。
 そこで本鈴が鳴り、始業式前に教師が入って来た。
「ほら、さっさと席に戻れっ」
「起立~~! 礼っ!」

「うぐぅ、出番が無いよ」
(まだ導入部だからね)
(ミンナコロシテシマエ)
「だめだよっ」
(そうだね、君達は明るい場所に出られないから、今はじっとしててよ)
(ワカッタ)
 暴れようとする魔物達を、言葉だけで抑える天使の人形。すでに長年の力の蓄積で、奇跡?を起こす力を持ち、舞の分身である魔物より強力になっているらしい。
(これからどうしようか?)
(カラダガホシイ)
(そうだね、名案だ、そうしよう、ふふっ)
(ハハハハッ)
 これからどんな悲劇が起こるかも知らないで、魔物達と一緒に行動しているあゆ、その体もすでに魔物と似たような存在になりつつあった。
 
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