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艶やかな天使の血族

作者:翔田美琴
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2部 銀髪の悪魔
  10話 花に魅せられて

 一体。君は何者なんだ?
 あんなキス、初めて味わった。頭の中が麻痺する感覚…。それはまるで自分自身も催淫剤を飲まされた感覚だった。
 内なる彼の悪魔が喜んでいる。
 そうだ。これを味わいたい。毎夜でも、毎日でも。自分自身が滅びるまで…。
 しかし、天使が理性の欠片を守っている。
 お陰で仕事には支障は起きてない。
 だが、ランチタイムになると、彼は何となくボーッと物思いに耽る事が多くなってきていた。あの突然味わった、あの感覚は何なのか知りたい。正体を見たい、味わいたいという気持ちが湧いてくるのを感じる。
 自分自身の内なる悪魔。天使という名前の裏に隠れた悪魔のような心が彼を次第に、徐々にだが確実に愛妻以外との関係に溺れさせる事に気が付いていない。
 
「どうしたのですか?エリオットさん?珍しく物思いに耽って?」
「テオ君か。別に何でもないよ」

 昼休み時間に部下のテオ・パジトノフが声をかけてきた。
 彼は今は、まだ本社勤務のジオニック社の社員で、あのホシオカ工場へは出向に赴いていない。しかし、モビルスーツのザクは開発は完了して次から次へと開発は進んでいる。
 そう。時に宇宙世紀0077年の物語なので、史上初のモビルスーツ、ザクIももうロールアウトした段階なのだ。今はザクIIことMS-06A型がロールアウトした段階である。
 
「エリオットさん。もうすぐ戦争が始まるという話は本当なのですか?」
「今更な質問して、どうしたの?」
「モビルスーツは戦争の兵器として開発されたのは君も知っている筈だろう?あのホシオカ工場へ出向社員として赴いた君にしては、今更な質問だと思うがね」

 エリオットはランチを食べながら、自分の正面の席に座る、この若い社員に話す。

「このジオン公国だって、実際に深刻な人材不足だし、君程の人材を手放すのは私だって困る。モビルスーツが新しい商業として認知されたのは君の功績でもあるしね」
「臆病風に吹かれたのかな?」
「そうかも知れません。確かに。僕達はジオニック社の開発社員です。戦争の兵器を開発している人間です。人を殺す研究をしている…。でも……」
「本当にそれでいいのか……と思うのかな?」
「はい」
「君のその優しさは私には無いな。私には良心の呵責などとうに無くなっている。パイロットが扱うに相応しい機体を作りあげる。それが、私の使命。君の手はまだ血に汚れては居ない。私の手は血に汚れている。その違いかな。なら問うが、この道を歩く決意はまだあるのか?迷っているなら答えを出した方が良い。もうすぐ戦争は始まる。必ず、多くの犠牲者を出すだろう。多くの血が流れるだろう…。その痛みに耐える自信が無いのなら、今からでも遅くない。引き返すのも今のうちだ」
「エリオットさんは良いのですか?」
「生憎、もう引き返す事は出来ないのでね……。腹は括ったよ。だが、君の人生は君のものだ。君がこの道から離れても私がとやかく言う事は無い。私はもう途中下車は出来ないのだよ」

 意味深な台詞を言うエリオット。
 そうだ。もう途中下車は出来ないし、自分自身で選んだ運命だ。
 あの子を連れてきたのも自分自身で選んだ運命だ。なら、この際、あの花に魅せられるのも悪くない話かも知れないな。この身を快楽に溺れさせるのも悪くない。
 そう。それもそんなに悪くない。雄に堕ちるか堕ちないかは自分自身だ。雄に堕ちたら堕ちたで、徹底的に貪り合うさ。
 その夜の夕食も朗らかな空気が流れていた。戦争は確かに近づいているが、少なくともまだここは朗らかだった。
 だが、この夜を境に、銀髪の悪魔はまるで媚薬を飲まされたように、妻以外の女との関係に溺れていく。
 深夜になり、エリオットは珍しく夜更しをした。書斎に入り、時を待っていた。密かに水菜に自分の書斎に来るように伝えた。彼女は何の用なのかわからないでいた。静かにドアのノックする音が聴こえた。彼女には自分の書斎に来る時はノックを4回するように伝えた。それが秘密の合図だった。
 ドアが4回ノックされた。一応、確認する。

「誰かな」
「水菜です、エリオットさん」

 静かにドアを開ける。水菜がいた。そのまま中に入るよう促す。
 彼女が部屋に入った。
 鍵を掛ける。
 
「エリオットさん……?……!?」

 彼女を壁に押し付けてエリオットがその唇を奪う。

「ンンッ…ンンッ…エリオットさん…」
「……そうだ……この……感覚だ……」
「エリオット…さん…」

 そして、一度、唇を離す。
 銀髪の悪魔が薄い微笑みを浮かべた。
 そして、悪魔の甘い囁く声が聴こえた。

「どうしたのですか…?いきなり…こんな…キスをするなんて…エリオットさんが…」
「……実は、このキスが初めてでは無いんだな……。この部屋で酔いつぶれた時に実は君のこの唇を奪わせて貰った」
「あの時に……!?」
「ああ…あの時に……ね。その時と同じ味がする。頭の中が麻痺するみたいな感覚だ。それが…たまらなく気持ちいい…すごくね」

 エリオットの指先が水菜の唇に触れる。右手の親指がなぞる。左手は彼女の腰に回る。そして抱き寄せた。
 水菜が目の前には誘惑的な眼差しのエリオットがいる。銀色の瞳が容赦なく輝く。水菜はこれが夜のエリオットの姿なのかと思った。本当の夜の姿。
 薄いシャツと黒いインナーと黒いズボン。唇が微笑み、銀髪が綺麗に輝く。
 
(綺麗……。夜の姿のエリオットさんは、艶やかな天使みたい……。奪われたい。このひとの夜の姿を知りたい)

「嫌ではないんだな。抱かれたいんだね。私に……いや、俺に」

(口調を変えた。公人から私人になったんだ。私人のエリオットさんはどんな人なのか知りたい…)

「おいで」
「この関係をするなら君と対等になりたい。君を肉欲の奴隷にはしたくない。最低限の約束をしよう」
 
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