『外伝:赤』崩壊した世界で大剣豪とイチャコラしながら旅をする
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鬱憤-ばいがえし-
前書き
どうも、クソ作者です。
閑話にて出てきた新たな敵の一人はなんと、大和くんの元上司だったんですね。
彼がどんな人だったかは、本編にて語られます。
それではどうぞ。
「大和くんの…元上司?」
以前、話には聞いていた。
大和くんの勤めてた会社はいわゆるブラックで、その中で一番の原因になっている男がいるって。
それが、この男。
今大和くんを踏み付けている、この大柄な男…!
「大和くんから足を退けなさい!!」
「…おい、誰に向かって口聞いてんだ?女。」
元上司、山本といった男がゆっくりとこちらを向く。
飢えたケモノのような目がギロリと私を睨む。
あれは、一般人の目なんかじゃない。
正真正銘狩人の目だ。
それも、かなりの手練の。
「俺はこいつの上司だ。今俺はこいつの”教育”をしてるんだ。おい。」
数人の部下が顎で指示され、私を取り囲む。
「俺は教育に専念する。社会の仕組みを分かってないサーヴァントにルールを教えこんでやれ。できるな?」
「はい!!」
はきはきとした返事と共に、部下達は一斉にかまえる。
銃を撃つもの、刀剣をかまえるもの、そして大和くんがやられたように、テーザー銃をかまえるもの、
「撃てーっ!!」
こちらに向けられた銃口が一斉に火を吹く。
空気を裂いてやってくる弾丸をかわし、やってくる実働部隊達を叩き斬る。
「うおおおおお!!!」
仲間が倒れても、何も気にもとめずまた別の隊員が突撃してくる。
挙句の果てには、瀕死の仲間を強引に立たせ、肉の盾として迫る者も。
「”教育”…ね。洗脳の間違いじゃないかしら!!」
その根性、勝ちに対する貪欲さは敵ながらすごいとは思う。
しかし、いくらなんでもおかしい。
仲間の支部の職員を見殺しにし、効率を考えてまだ人の乗った装甲車を堂々と破壊した。
さらには一人一人の心意気。
自分が死んででも勝利に貢献するという心意気。
かつての日本兵を思わせるようなそれは教えこまれたのだろうが、ここまで来ると”洗脳”と言った方が適切だ。
「洗脳じゃない!!山本隊長の為…この身は全て捧げると誓った!!」
「それを洗脳って、言うんです!!」
胴を斬り裂き、鮮血を迸らせ、内蔵が零れたとしても、奴らは歯を食いしばって私に襲いかかる。
「うあああああああ!!!!」
「このっ!!」
武器を失い、またそれを持つ手を失えば捨て身のタックルをしてくる者までいる
止まらないのなら足を斬るまで。
かつて死ぬ気で襲ってきた実働部隊はこれまでにもいた。
成果を持って帰れないと殺される。そう何度も呟いて死に物狂いで襲ってくる者もいた。
しかし、今目の前にいる者共はまるで違う。
必死ではあるが、そのレベルが違う。
「今だ!!洗脳弾を撃てーっ!!」
「!!」
1人の男の声で、また新しく出てきた数人の実働部隊が見たことの無い銃をかまえる。
放たれるいくつもの弾丸。
私はそれを避け、接近して斬ろうとしたが…。
「動くな。女。」
その声で、私はぴたりと止まった。
「…宮本武蔵って名前があるのだけれど?」
「女は口答えをするな。男の言うことハイハイ聞いて、黙って茶を汲んでりゃいいんだ。ったく困った困った…サーヴァントの女ってのはどいつもこいつも武器を振り回すという慎ましくない、野蛮な感じだなぁ。」
声の方を向けば、こちらに見せつけるように大和くんの胸ぐらを掴み、眉間に拳銃を突き付けているやつの姿が。
「これを見れば、俺がどうするか分かるな?え?」
「動けば殺す。そういう事でしょ?」
「理解力のある頭のいい女で助かるなぁ。さて、交渉だ。」
銃口をゴリゴリと押し当て、山本は大和くんに言う。
「お前のサーヴァントを代表が欲しがっている。渡せ。」
「…断る。」
「変わっちまったなぁ竜胆…俺の言うことは絶対聞いていたのに…俺は元上司として悲しいよ。」
「だまれ…お前の言うことハイハイ聞いてるだけの都合のいい奴隷になるのは…もうたくさんだ。」
「減らず口を…叩くなぁっ!!」
片手で今日に銃を持ち替え、グリップで大和くんの頭を殴り付けた。
「おい竜胆。お前何か勘違いしてないか?」
「なんの…ことだ?」
「何をイキっているのかは知らんがなぁ、俺は上司だ。言葉遣いを直せ。尊敬するべき恩師だぞ。お前は恩を仇で返すのか?」
「さぁな…仕事では少しのミスで殴って怒鳴り、酒の席ではくだらない武勇伝と説教を延々と聞かされ、休みの日には行きたくもない付き添いに転売のお手伝い…。恩になるような事をされた覚えがないな…。」
「それが恩だと、言っているんだァッ!!」
ゴツっ、ゴツっ、ゴツっと
グリップで殴られ続ける大和くん。
いつしか血が滲み、口の中が切れたのか吐血していた。
さらに、顔中アザだらけになっている。
もう、我慢できない。
マスターをここまでボコボコにされて、動くなという言いつけを守るほど私は利口なサーヴァントでは無いのだから。
「ッ!!」
走る。
それに気付いて実働部隊達は一斉に銃を向けるも気にするもんか。
狙うは山本という男の首のみ。
「どうだ?気が変わったか竜胆。サーヴァントを渡し、財団に入社するというのならまた部下として可愛がってやる。代表とかけあい、それなりにいい待遇にもさせてやるぞ?どうするんだ?ん?」
「…。」
首までもう少し、その時だった。
「ぷっ、」
「………。」
今までされるがままだった大和くんが、行動を起こした。
「お前ぇ…!これはなんだァ…!!!!」
「分からないか?断るって意味だよ。」
大和くんの返事、それは血の混じった唾を顔面に吐きかけることだった。
「俺は変わることにした。そして変わった。お前の部下になって逆戻りするのはもうごめんだ。俺は…もう昔の弱い俺じゃない。」
「何を言っ…ぐおおおお!?」
銃を捨て、拳で殴りかかろうとしたのだが突然彼の動きが止まった。
「な、なんだこれはぁ!!!」
見れば、胸ぐらを掴むやつの腕を大和くんが掴み、そこから紅い電流が迸っている。
「う、うでがぁ!?」
「これくらいだったか。テーザー銃でやられた時は大体それくらいの痛みだったぞ。」
痙攣する腕を抑え、膝をつく山本。
しかし、
「なんの…!俺は貴様らみたいなゆとり世代のように…軟弱な心身はしてねぇんだァ!!」
「…そうか。」
動いた。
先程、大和くんがくらったテーザー銃はエネミー用の強力なものだと言っていた。
それと同じ威力を今やり返したらしいけど、彼はそれを根性だけで振り切った…?
「おおおおおおおお!!!!」
雄叫びを上げ自身を奮い立たせ、彼は大和くんに掴みかかろうとする。
しかし遅い。とうに私の距離だ。
「すぐに手が出る癖、直した方がいいぞ。」
「…は?」
奴が、ぴたりと止まる。
目の前には刀を振り抜いた大和くん。
隣には、すれ違いざまに斬った私。
そして数秒の沈黙の後、彼の両腕からは血が吹き出した。
「な、何だこれはぁぁぁぁあ!?」
「こうやって、鬱憤の溜まった元部下に倍返しされてしまうからな。」
大和くんは右腕を、
同時に私は左腕を切り落とし、鍛え抜かれたその太くたくましい両腕はどさりと草むらに落ちた。
「腕が…!!俺の、腕があああああああ!!!!」
さすがにこれだけは根性論で乗り切れなかったのか、彼はしゃがみこみ、二の腕から先のない両腕を交互に見つめて狼狽えている。
「散々俺を殴った手だ。切り落としたってなんの文句もないだろ。」
「うわああああ!!うわああああああああああ!!!!!!!!!」
「聞いちゃいないか…オロバス、来い!!!」
パニック状態に陥った元上司にはもう目もくれず、大和くんは愛馬の名前を呼ぶ。
どこかに隠れていたオロバスがさっそうと現れ、大和くんはすぐに跨り
「乗れ。」
「だから私は」
「いいから乗れ。」
強引に腕を引っ張られ、私も乗せたオロバスは直ぐにその場を走り去った。
「隊長!!しっかりしてください!!」
「まずは止血だ!お前!救急キットはあるか!?」
「くそう!クソ野郎が!!!竜胆ォ!!竜胆オオオオ!!!!お前だけは…お前だけはこの俺が必ず殺してやるぞおおおおおおおおッ!!!!!!!」
振り返ると蹲った奴に部下達が集まり、応急処置を施そうとしている。
隊長格がやられたのだ。さすがにもう敵を追う余裕はないのだろう。
そうして私達は奴の恨み言を背中で聞き流した。
⚫
「…ねぇ、大和くん。」
「山本のことか?」
走ることしばらく…。
何も喋らないのは何か気まずい。
そう思って気になったことを聞こうとしたけど、まるで見透かしていたみたいに大和くんは口を開いた。
そう、聞きたいのはあの山本という男の事だ。
「前にも言っただろう。とんでもないパワハラ上司がいたと。」
「そう…なんだけど。」
「まさか生きてるなんてな。そこら辺で野垂れ死んでいるだろうと思ってたよ。」
「…大変ね。」
気付けば、大和くんの白い髪は一部が赤く染っている。
間違いない。先程の銃の殴打で頭も殴られ出血しているんだ。
「…。」
「どうした?」
「あ、いやその…痛くないのかなって。」
気付けば手を伸ばし触れていた。
大和くんの声でそれに気付き、慌てて引っ込める。
「まぁ…痛いな。口の中も切っているし、頭もぐわんぐわんいってやまない。あいつ…俺をまた部下にするとか言ってたが頭をメインに狙ってきて仕留める気満々だったな。」
「ああやって手が出ることはやっぱり…」
「日常茶飯事だよ。」
と、あんな無茶苦茶な上司の元で大和くんは働いていたのかと思うと、胸がこう締め付けられる気がした。
部下にとんでもない命令をし、ほぼ洗脳のような教育を施すような男だ。
どれだけ酷いのか、そしてどれだけ昔と変わっていないのかは過去を知らなくても嫌でも理解出来た。
「大変ね。」
「人のプライベートにもずけずけ入ってくるような男だ。勝手にスマホを拝借され、ソシャゲを全部アンストされた時は殺してやろうかと思ったよ。」
その後どうなったのか、と聞いたが返り討ちにあったらしい。
掴みかかろうとしたら顔面をパンチ、だそうだ。
「こういうゲームをしてるから仕事が出来ないんだと言われたよ。まぁその後お問い合わせしてなんとか全部無事だったが。
そうだ、眼鏡も何度か壊されたな。でもこれは俺の責任じゃなく俺に壊させようとしたお前の責任だなんてトンデモ理論で返されたりした。ああなんかムカついてきたな。逃げる前にもう7、8発殴っておけばよかった。」
と、彼は楽しそうに、そして怒りを覚えつつ過去のことを語る。
「ともかくだ。あいつの場合また来るだろうな。」
「えっ、両腕斬ったのに?」
「”その程度”で諦めるやつだとは思えなくってな。なんならまた来る時は腕を四本に増やしてきてもおかしくない。」
「ってそれはないでしょ大和くん!」
なんて冗談を言いつつ、大和くんはまた無言に戻る。
ここから見えるのは大和くんの背中だけ。今、彼がどんな顔をしているかはわからない。
「お前のおかげで、弱い自分から変われたんだ。それなのにお前を財団に渡して、再びあいつの部下に戻るなんてそれこそ逆戻りだ。死んでもゴメンだね。」
「…。」
たまに、大和くんは言う。
私のおかげ…宮本武蔵がいてくれたからこそ自分は大きく変わることが出来たと。
でも、変われたのは大和くん自身の力だ。私は何もしていない。
稽古に付き合って…一緒にいて、
ただ、それだけだ。
死ぬ間際に言った彼の願いも、まともに叶えられない、
サーヴァントは守るのが役目ですと豪語しておきながら、今回はなんてザマだ。
白い髪だからこそ、滲んでいる血が余計に痛々しく感じる。
大和くんは今のままでは武蔵のマスターに相応しくないなんて言っているけど、私は逆だ。
今こうなった大和くんに、私は相応しいのだろうか?
そう、思うようになっていた。
⚫
「如何ですか?置鮎隊長。」
「”馬鹿”…としか言いようがない。相手は人間だが支部をいくつも潰してきた危険人物だ。それなのに無策に掴みかかろうとする馬鹿がいますか?あ、いましたね。」
馬で逃げゆく大和と武蔵を双眼鏡越しに見ながら財団お抱えの傭兵である置鮎 啓はそう言い放った。
「しかし置鮎隊長…代表は山本隊長の部隊との合同作戦と仰ってましたが、良いのでしょうか?」
同じく双眼鏡を持って様子を見ている実働部隊の一人がやや申し訳なさそうに聞くも、彼はフンと鼻で笑ってからバカにするように答える
「どの程度か実力を見たかったのでね。宮本武蔵というサーヴァントが私のセイバーと刃を交える資格があるかどうか、あの山本にはそれを見定めるための犠牲になってもらいました。」
宮本武蔵、そして竜胆大和の噂は聞いている。
しかし強いとはいえ、自分のサーヴァントを出すまでの価値があるだろうかと、彼は思ったのだ。
山本部隊は人間だが、場合によっては複数のサーヴァントを制圧するほどに洗練された指揮と連携能力を見せる。
まぁ、相手を見るにはうってつけだろうと思い、彼は山本を先に行かせたのだ。
「あの山本部隊を退け、さらには両腕を失わせるという重傷まで負わせた。なら、ここからは私達の出番ということです。それにね、」
「それに…?」
置鮎は踵を返し、輸送車に向かいながら話を続けた。
「私はあいつが嫌いなのでね。あわよくばあの危険人物共に殺してもらいたかったくらいには。」
そうして輸送車付近に待機していた自分のサーヴァントの肩に手を乗せ、自分達が出ることを伝える。
「やれる?セイバー。」
「はい。マスターの仰せのままに。」
相手は分かった。なら、ここは自分達がそれを斬る。
さらに相手はセイバーときた。自分のセイバーとどちらが強いか試してみたい。
いや、もう既に勝敗は決まっている。
ならばこれは、自分のセイバーが最強であることを証明するための戦いとなるだろう。
「置鮎小隊、そろそろ出発します。予想するに彼らが向かうのはここから東にある支部でしょう。先に行って万全の準備を整え、迎え撃ちます。」
彼の一言で実働部隊達は輸送車に乗り込み、エンジンをかける。
しばらく弱いサーヴァントばかり相手にしていたので、あれ程の強者となるとマスターである自分もある程度心が踊った。
「楽しみですね。私のセイバー相手にどこまで足掻いてくれるのかが。」
置鮎はそう呟くとにんまりと笑い、自分のサーヴァントが相手を倒し勝ち誇る姿を頭に浮かべるのであった。
後書き
⚫登場人物紹介
山本 武雄(やまもと たけお)
かつて竜胆大和の上司だった男。
昔と比べ弱々しくなった日本の若者の現状を嘆いており、自分が何とかせねばと会社の若手教育係を一任されていた元ベテランサラリーマン。
と聞こえはいいが、その実態は平然と行われるパワハラセクハラで何人もの新入社員を病院送り(精神的に)にしたとんでもない男。
殴る蹴ることは教育もとい愛ゆえだと言い、無理矢理酒の席に誘うことも課外授業と名目をつけ夜が明けるまで説教をする。
そんな彼も世界崩壊時、一時は死にかけたりしたがたまたま葛城財団に拾われ、その頭角を表していく。
45歳という年齢ではあるが、趣味の筋トレのおかげでフィジカルもスタミナも若者に引けを取らず、さらに指揮することに関しては一流。
部下との接し方は変わってはいないが、恐怖による支配と洗脳じみた教育で彼の指揮する部隊は統率の取れた最高の部隊となった。
その実力はかなりのものであり、必ずサーヴァントを捕獲してくるのもあって代表から信頼はされている。
財団本部にいる連行されたサーヴァントの8割から9割は、彼が連れてきたものだと言っても過言ではない。
世界が崩壊したことによって竜胆大和が変われたように、
彼もまた世界崩壊後に自分にピッタリな天職にありつけたのだ。
ちなみにこれから何回もたちはだかるよ。
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