『外伝:青』崩壊した世界に来たけど僕はここでもお栄ちゃんにいじめられる
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昔の話
前書き
全体的に明るめなこの作品ですが今回はちょっとだけシリアス…かも。
僕は、葛城舞。
今ではこうして女の子にも間違えられることが多々ある僕だけど、昔はそうじゃなかった。
両親に付けられた名前が大嫌いで、自分の身体が大嫌いで自分の性格も大嫌いで、
とにかくもう自分自身という存在が大嫌いだった。
舞といういかにも女の子な名前、華奢で真っ白な細い身体。
そして…このままではいけないと思いながらも、中々前へ踏み出せない性格。
暗くて、ジメジメしてて、いわゆる僕はクラスの端っこでひそひそ話してる陰キャに分類される男だった。
でも、そんな日々はある日突然終わりを告げる。
「だ…誰…?」
「お前さんが、おれのますたあ殿かい?」
尻もちを着いた僕に、彼女がそう問いかける。
そう、唐突に、急に、
僕の日常に…お栄ちゃんがやってきた。
お栄ちゃんがやって来てから、僕は変わった。
友達も増えて、明るくなって、大嫌いだった自分自身が大好きになった。
”舞”
生まれるのは女の子だろうという両親の期待を見事に裏切って生まれた僕は、考えていた名前をそのまま付けられた。
この大嫌いな名前も、お栄ちゃんに呼ばれ続けていつしか大好きになった。
そう、舞。僕は葛城舞だ。
僕が変われたのは間違いなくお栄ちゃんのおかげ。
「おれはなんもしちゃいない。ちょいと後押ししてやっただけ。変われたのはマイ自身の力だ。」なんて言うけど、僕はそうは思わない。
お栄ちゃんがいるから、今の僕がいる。
けど、今の僕を形作るのには、もう一人ある人物が関わってくる。
それもまた、ちょっと昔の話…。
「舞くーん!一緒に女装デートしようよ!!!」
「しないよ!!!!!!!」
彼はいつも、いきなり静寂を破ってやってきた。
「ほら、マスターにいいの買ってもらったんだ!舞くんに絶対似合うよ!」
「着ないからそんなの!!僕は男なんだよ!!」
僕が前にいた世界。
這いよる混沌からこの世界を守るべく、選ばれたマスター達はアプリを触媒にサーヴァントを喚び出された。
僕のその1人であり、突然お栄ちゃんがやってきたのもそれ。
そして、僕の先輩に当たる人もそのマスターの1人で、喚び出したのがライダークラスの彼。
「でもさぁ舞くん。考えてもみなよ。女の子が女の子の格好をするのは普通のお着替えだろう?でも男の子が女の子の格好をするのは”女装”なんだ。キミの北斎ちゃんも言ってたじゃないか!女装は、最も男らしい行為なんだよって!」
「それでもしないよ!!普段から女装してる君とは違うの!!」
アストルフォ。
シャルルマーニュ十二勇士の1人で、理性の蒸発したポンコツ英霊。
彼の生き方が、今の僕の生き方に影響しているといっても過言じゃなかった。
お栄ちゃんが僕を変えてくれたのなら、アストルフォは自分らしく生きる生き方を教えてくれた。
あの時はずぅっとツンケンした態度をとっていたけど、今となってはそう、
ちゃんと会って、ありがとうとお礼が言いたい。
⚫
「…。」
鳥のさえずりで目を覚ます。
ゆっくりと上半身を起こし、辺りを見回すとそこは自宅。
崩壊世界での僕の自宅だ。
「懐かしかったな…。」
夢を見ていた。
昔の夢、僕が、前の世界でまだ普通の高校生だった頃の夢。
友達がいて、お栄ちゃんがいて、そして…
「してあげれば良かったな…女装デート。」
彼がいた。
「誰とでえとするんだい?」
「!」
振り向けばそこにはお栄ちゃん。
いつもは僕より遅いのに、今日は早起きらしい。
「ううん。なんでもない。ちょっと昔のこと思い出してて。」
「あいつ…あすとるふぉのことか。」
僕の顔を見るとお栄ちゃんは察する。
彼のことはお栄ちゃんもちゃんと知ってる。
いつも騒がしくて、何かある事に僕に突っかかってくるサーヴァント。
僕と彼がイチャつくことに関してはお栄ちゃんは別に何してもいいよと言っていた。
「なんならおれの前でおっぱじめてくれてかまわねぇ。描くから。」なんて言われた時はどうしようかと思った時もあったけどね。
「そうだマイ。」
するとお栄ちゃんは僕をそばに来るように呼んだ。
「こっち来ナ。髪、結ってやるヨ。」
その場に座り、床をとんとんと叩く。
いつも髪は自分で結っているけど、折角だ。お栄ちゃんに少しだけ甘えよう。
「ほんっと…綺麗な黒髪サァ。艶もあってサラサラして、手櫛で指が引っかかりもしねぇ。くせ毛のおれとは大違いだ。」
僕を座らせ、僕の髪の毛の触り心地を堪能しているお栄ちゃん。
腰まである僕の髪の毛。
実は前の世界にいた頃はここまで髪は長くなかった。
この世界に投げ出されて、がむしゃらに生き抜いていくうちにここまで伸びたんだ。
「これも、あいつの真似だろう?」
「…うん。」
そう言いながら、お栄ちゃんは僕の後ろ髪をとって編んでいく。
いわゆる三つ編み。いつも僕はそうして後ろの髪をまとめている。
お栄ちゃんの言う通り彼の真似。ライダーのアストルフォと同じ結び方だ。
「あと…めっしゅって言うんだったか、それ。」
「うん。これも真似。」
前髪の一部を白く染めているのもそうだ。
染めたのはこちらの世界に来てから。
髪型を真似することで、彼に勇気をもらったような感じがしたからこうした。
そうすることで、ぼくはここまで生き延びることが出来たんだ。
「よし、できた。」
肩をトンと叩かれ、お栄ちゃんは立ち上がる。
「どうだい?」
「うん。いい感じ。ありがとね。」
編まれた三つ編みを前に持ってきて確認する。
うん。ちゃんと出来てる。
「じゃあ朝ご飯作るからちょっと待っててね。」
「おう。なんならおれは仕事を進めてくるヨ。」
お栄ちゃんは作業場へと向かい、僕は台所へと向かう。
「色々…思い出しちゃったな…。」
三つ編みを手でいじりながら、そう呟く。
たまたま彼の夢を見てしまったからだろう。前の世界のこと、彼との思い出が色々頭に浮かんできた。
初めて会った時のことや、馴れ初めの話。
何かと僕に女装を迫ったり、絵を描いて欲しいと頼み込んできたり、
本当に、彼は騒がしいサーヴァントだった。
鬱陶しくて、邪魔でしょうがなくて…。
でも、いなくなったらいなくなったらで、静かになりすぎてとても寂しくて…。
「会いたいな…もう一度。」
⚫
「…ねぇ。」
「うん、なになに?」
「動かないまま聞いて欲しいんだけどさ…。」
この世界ではない、どこかの街。
そこにある学校の美術室に僕らはいた。
「君はさ、男でしょ。」
「うん、いかにも。ボクはれっきとした男の子さ!一緒にお風呂にも入ったしそれは知ってるでしょ?」
「…。」
絵を描いて欲しい。
アストルフォは、そう僕にせがむ。
いつもいつも、毎日毎日。
じゃあお栄ちゃんに描いてもらえばいいじゃん。僕よりずっと絵の上手い人に頼んだ方がいいよ。
そう言って突っぱねたこともあるけど、帰ってくる答えはいつも一緒だ。
ボクは、舞くんに描いてもらいたいんだ。って。
「見せよっか?」
「いい!!描いてもらってるんだからじっとしてて!!」
何度も何度も何度も何度も、彼はしつこかった。
そしてついに、僕から折れた。
「かっこよく描いてね。あ!かわいく描いてもらおっかなぁ…。うーんどうしよう。服も着替えてきた方が良かったかなぁ…。」
「そのままでいいよ。」
放課後に美術室に呼び、彼を椅子に座らせ僕はペンをとってキャンパスに彼を描く。
なんでも額縁に入れて飾りたいそうだ。
「ところでさ、さっきの質問なんだけど…。」
「あ、うん。」
うっかり質問の途中だったことを忘れていた。
「ボクがどうして女の子の格好をしているか、だっけ?」
「うん。男なら、男の格好をすればいいのにって前から思ってた。」
「なぁにカンタンさ!答えは至ってシンプル!”それがボクに似合うから”!」
と、彼はさも当然のように答えてくれた。
似合うから、着る。それだけだった。
「人生っていうのは一度きりなんだ。って、サーヴァントのボクが言ってもなんの説得力もないけどね。ともかく、一度きりの人生、周りの目なんて気にしないで自分の好きに、思うがままに生きるのがいいのさ。だってそれは他人のものじゃなくて、自分のものなんだから。縛られないで自由に生きよう!って感じで。」
「一度きりの…自分の人生…。」
彼はそう言った。
人の目なんて気にせず、自由に生きろと。
それがやたらと心に残っていた。
親の顔色を伺い、あいつの奴隷だった僕の人生。
縛られっぱなしだった僕、ウジウジしていた僕。
そんな僕でも…自分らしく生きていいんだと。
⚫
彼は、アストルフォはもういない。
以前居た世界で僕のせいで死んだ。
自分らしく生きろと伝えて、死んでいった。
この世界に来てアストルフォを見かけると、実はあの時の彼なんじゃないかと淡い期待を抱くも、そんなのことは有り得ないとさっさと消し去ってしまう。
「これとこれ…あとこれもお願いします。」
夕刻。
せっかくの休みなので姫路町まで出かけて夕飯の買い物をする。
今晩の献立は何にしようかなと考えながら、肉屋さんや八百屋さんを巡って色々買っていく。
そんなときだ。
「…?」
ふと、後ろを振り向く。
視界の端で何かが動くのが見えた。
「誰かに…見られてる?」
さっき視線を感じたんだ。
いや違う、買い物をしてから何やら妙な視線を感じ続けている。
気のせいだ、ただの思い込みだと片付けたいが、そういう訳にもいかない。
この視線はさっきから感じ続けている。
それに、この世界を生き抜いてきたから分かること。
殺気だ。
誰かが僕を、殺そうとしている。
「…!」
身の危険を感じ、僕は駆け出す。
生憎お栄ちゃんは自宅で仕事中で助けを呼べない、
一体誰だろうか?いや、大体検討はつく。
「出てきた…!」
建物の間からぞろぞろと這い出てきたのは迷彩服を白く塗ったような服を着た男達。
葛城財団だ。
周囲の買い物中の人達を押しのけ、僕を追いかけてくる。
葛城財団、そのトップの代表はあるものに固執している。
それが僕。そして僕の持つお栄ちゃんだ。
アイツは逆恨みだけど僕とお栄ちゃんに並々ならぬ恨みを持っている。
それを晴らすため、そして僕のお栄ちゃんを目の前で奪い取ってやるために血眼になって探しているんだ。
せっかく会えてこうして楽しく暮らしているんだ。
そう簡単には捕まってやんない。
そうして僕は逃げ続け、ついには人気のない袋小路に来てしまった。
「お前…葛城舞だな?」
行き止まりを目の前にし、足を止めた僕の背中に財団の一人が銃を向ける。
「…。」
「いや、言わないでもわかる。その女々しい格好、紛らわしい中性的な顔…間違いない、代表の情報通りだ。」
そうして、あとから続けてゾロゾロとやってくる隊員達。
僕はあっという間に囲まれてしまった。
「貴様1人か?葛飾北斎はどこにいる?言わないと多少痛い目を見るぞ?」
「…。」
「おい、何とか言えよ。ビビって声も出ねぇのか?」
別の隊員が銃で小突く。
しかし、それが彼の最期だ。
「なっ…!?」
目くらましにとやつの顔に買い物かごを投げつけ、僕は太ももにあるホルダーからペンを取り出す。
高速でペンを走らせ、あるものを宙に描く。
それは剣。装飾のないシンプルな西洋の剣だ。
描かれたそれは色をつけ、実体化した。
「…。」
何も話すことなく、それを手に取り振るう。
刃が等間隔に分離し、鞭状となったその剣はいとも容易く周囲の隊員達を細切れにした。
僕が今使ったのはセイバーのアストルフォの武器、『カリゴランテの剣』。
そしてそれを描き、実体化させたのは僕の能力、『ペンは剣よりも強し』だ。
見たものなら描いて実体化させられる。
簡単に言うならばお絵描き版投影と言ったところかもしれない。
「多少の欠損はかまわん!!撃て!撃てェ!!」
残りのヤツらの銃が一斉に火を噴く。
宙へ飛び去り、くるりと一回転して剣を振るった。
しなるカリゴランテの剣は弾丸を防ぎ、弾き、切り裂く。
そしてもう一度振るうと彼らの腕ごと銃を使い物にならなくした。
「なんだこいつ!?マスターは弱いんじゃなかったのか!?」
「それって何年前の情報かな。少なくとも今の僕は、あいつの知ってる昔の僕とは全然違うから。」
着地すると、すぐさま駆け出す。
狙うは隊長らしき人の首。
この世界に放り出されて自分の手なんて何度も汚してきた。
今更悪人の首を跳ねることなんて、なんの抵抗もない。
「いやだ…たすけ…っ!!」
怯えて逃げようとした隊長に、僕は躊躇なく刃を振るった。
⚫
「はい…そうなんです。後始末お願いします。」
数分後、
BAR『蜘蛛の糸』のモリアーティさんに連絡し、死体の後片付けをお願いしてもらう。
そうして電話を切り、投げてしまった食材を拾い集め僕は急いで家へ帰る。
時刻は夕方。既に空は暗くなりつつある。
もしかしたら何かあるかもしれない。
そんな不安が胸中をよぎり、僕は夜になって人が少なくなる前に急いで帰ることにした。
「帰りが遅くなったらお栄ちゃんにお仕置きされちゃうかもしれないし、急がなきゃ…。」
そしてその不安は、不運なことに当たってしまう。
「あいつか…。」
「間違いない。アレが代表が死に物狂いで探しちょる”葛城舞”じゃ。」
物陰から、僕を見ている二人組。
実は、感じていた視線は先程倒した葛城財団の人達じゃない。
この2人のものだ。
「やれるか?以蔵。」
「わしらにゃもう後がないきに。やるしかなか。あんの女々しい男を捕まえて、ついでに葛飾北斎っちゅう絵描きも痛めつけて代表の元へ差し出す。博打と同じじゃ。これに賭けて一発逆転を狙うぜよ。」
「…だな。」
僕を見て、片方の男は腰に携えた刀に手をかけて笑っていた。
「待っちょれよ置鮎…ぎゃふんと言わしちゃる…!」
後書き
かいせつ
⚫ペンは剣よりも強し(イマジン・ディピクター)
舞くんが使える能力。
1度見たもの、描けるものならばそれを実体化させ、使えるようにする能力。
劇中でも本人が言っていたが簡単に言えばお絵描き版投影。
実態化された武器は見た目こそ本物と遜色ないのだが真似られるのは見た目まで。その武器に備わっているスキルや能力までは完全にコピーはできない。
基本見ていればなんでも己の武器として描けるがその中でも彼自身が好んで使うのが自らのサーヴァントである葛飾北斎の使う大筆。そして自分の生き方に大きな影響を与えたアストルフォ(剣)が持つカリゴランテの剣である。
ちなみに使うのは今後鍵だったり笛、琵琶だったり向日葵みたいな丸鋸(筆機能付き)だったり剣と盾とどんどん増える予定。
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