艶やかな天使の血族
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1部 艶やかな天使
4話 裏切り者の天使の帰郷
「何か外が騒がしいぞ」
外に通じるドアの向こうには、あの天使が家の外で厳重に匿っておいた女性を助けていた光景があった。
「エ、エリオット…!」
「やぁ…久しぶりだね」
「エリオット兄様」
「とりあえず来いと言われたから来たよ」
急に屋敷が浮き足立つ。メイド達が慌てて買い出しに行く。
「誰か!今すぐ活きのよいカツオ買ってきて!」
「私、エリオット様のご洋服を選んであげたい!」
「大丈夫かしら?!こんなメイクで!?」
一斉に浮き足立つレム一家の屋敷。
私を助けてくれたこの人の顔を見ると何とも懐かしそうな、でもそうでもないような複雑な表情を浮かべていた。
「エリオット。お前、何時からここに?」
「今、さっきだよ。月から滑り落ちそうな女性をそこで助けたんだ」
「エリオット兄様」
「ガブリエル。久しぶり」
「兄さん」
「ラジエルも居てミカエルもいるね」
「天使の一族が揃いましたね」
この人達がレム一家か。
ガブリエルさんは金色の短髪に青い目。見た目は20代後半くらい。ラジエルと呼ばれた人はガブリエルさんの弟で、かなり軽薄そうな顔立ちをした青年だ。茶色の短髪に茶色の目をしている。
ミカエル社長の側にはアズラエルさんが隅で控えている。
「久しぶりの実家はどうだ?エリオット」
「随分と様変わりした。とても実家とは思えないね」
「紛れもなくサイド1のレム家だよ」
「で、見慣れない女性がいるけど、どうしたの?彼女は?」
とても澄んだ銀色の瞳をこちらに向けて、エリオットさんは当然の質問をする。
私もそれは聞きたいよ。
それにしてもこのエリオットさんは私服姿は整ったスーツだった。黒のジャケットに灰色のワイシャツ、赤いネクタイ。背の高さは175cmくらいかな。特徴的な髭が、トレードマークのように生えている。眉はそんなに吊り上がっていないけど、全てが銀色に輝いていた。
「彼女はですね、ミカエル兄さんが連れてきた人で水菜さんって方です」
「日本人?へぇ…」
「さっきはありがとうございました」
「随分と危ない事をしていたね。もう少しで怪我する所だった。気を付けてね。エリオット・レムだ」
「よろしく」
愛想笑いだったけど、優しく微笑む。
何となく和やかな雰囲気だったけど、ミカエルの登場でその場は凍りついた。
「質の悪い冗談を聞きたくはない。ようやく来たか。裏切り者め」
「裏切り者…ね。俺が地球連邦軍に協力しないで、ジオン公国軍の人間でいる事が余程気に入らないらしい」
だが、ここでエリオットさんも言い返す。
「だが、それはこちらも同じ。いつまでも利権の事しか考えてないお前らとは意見が合わないから我々の一家は宇宙に移民したんだ」
「貴様が話しても詭弁にしか聞こえないな。本当は宇宙へ捨てられた人類の癖に」
「お前の傲慢な言葉はまさに地球であぐらをかいて、地球を壊す旧い人類そのままの言葉だね。ミカエルらしい。清々するよ。やはりお前らの一家とは相入れないようだな」
場の空気がだんだんと重く冷たくなっていく。それを察したミカエルとエリオットの兄弟は一時休戦をして、別室で話そうとだけ言って、お互いにそっぽを向く。
従兄弟の仲は最悪だ。それもただの仲違いではなくて、まさにアースノイドとスペースノイドの意見の不一致というレベルだった。他のアズラエルやガブリエル、ラジエルも青ざめた表情を浮かべていた。
「アズラエル、ガブリエル、ラジエル、お前達も後で部屋に来い。この恥知らずの兄貴を説得できるのはお前達だけだ」
「恥知らず?そんなものになった覚えは無いよ」
エリオットさんも言い返す。独特の棘のある言葉で対抗する。漆黒に近いスーツに包まれた腕を組んだ。不機嫌そうに。
本当にこの従兄弟とは意見が違うだけでなく、本心から違うんだ。
ミカエルがこっちを見る。
「部屋から逃げ出すつもりだったのか?君は私の欲望を黙って鎮めていればいいんだよ」
恐ろしい威圧的な言葉だった。
だけど、ここで、エリオットさんが助け船を出してくれる。
「水菜さんを自分自身の欲望のはけ口にしているのか?そんなにしたいなら娼婦とすればいい。彼女らは喜んで君に抱かれるよ。レミリア製薬の社長が大金を積んで抱いてくれたってな」
「バカバカしい。あんな女を抱いて征服感も感じない」
「なら…そこの女性を抱いて感じるのか?心地よい征服感とやらは。そうして力を誇示したいだけか。俺は女を自由に弄ぶ権利を持っているんだ、と。とんだ勘違い男だよ。お前は」
ここまで自らの従兄弟に辛辣な意見を言う兄貴もそうはいない。一切の遠慮なく話しているんだ。
「あまり話すとそこにいる水菜さんを悪い気持ちにさせるだけだ。言いたい事は言わせて貰った」
私はまだその場に突っ立っていた。言い争いに呆然としていた。
エリオットさんは近寄ると、こう言って、話に誘ってくれた。
「後でミカエルと何があったのか聞かせてくれないかな?何か出来る事があるかも知れないから」
身体が近くまで来たので心地よい香りがきた。これは…ゼラニウムだ。ローズマリーも仄かに香る。珍しい香水だな…と思った。彼は微笑み、そしてカツオのたたきに舌鼓を打つ。
「美味しいね。やっぱりライアさんの料理は落ち着くよ」
「エリオット坊ちゃまも、今では渋い旦那様。時代が変わると人も変わるんだねぇ」
「しみじみして……そんな事はないよ。ジオン公国はまだまだ旧世紀と何ら変わらないさ……」
ふと、エリオットさんはその特徴的な銀色の目を哀しく輝かせた。
それが何なのか。知りたい。
だから、今夜、この人と話してみる事にした。今までの事を全部。
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