艶やかな天使の血族
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1部 艶やかな天使
3話 偽物の空から降った客
「面倒だな」
開口一番に開いた言葉はこれだった。
サイド3が戦争に準備に追われる中に突然実家からの呼び出し。サイド1に向かうだけでも骨が折れる。
サイド3を出るときもジオン公国軍に疑われたものだ。大事な機密をサイド1にいるスパイに漏らすのでは?と。
まあ、そう思われてもしかたない。モビルスーツの機密はこれ以上にない手土産にもなるし、同時に連邦軍が知りたい情報でもあるし。しかし、今更、それを知らしてどうにでもなる状況でもない。
あのミノフスキー博士が連邦軍に亡命しているならとっくに独自のモビルスーツを開発している筈だ。あからさまに無意味な情報を漏洩して自分自身の首を絞める真似をするのも腹ただしい。
それだけ、今のジオン公国は情報に関して神経質になっているのであろう。
まあ、でも、私服姿になってしまえば意外と簡単にジオン公国から出られるのも事実。そのままサイド1に向けて出発した。
久しぶりにサイド1に帰るが何だか憂鬱な気分だ。なにせ従兄弟同士が珍しく実家に来ているという。実家でもないか。俺にとっては実家に帰るけど、従兄弟は地球の家が実家。頭が混乱しそうだよ。
地球のレム家と我が家のレム家。同じ一族なのに2つに別れた一族。地球に残るレム家と宇宙へ移民した我が家のレム家。共通点があるのは名前くらい。我が家もあそこも共通して天使の名前を付けられている。
従兄弟の弟には、ミカエルとアズラエルと付けられていた。妹はガブリエルと。見事に天使の名前だ。俺から見れは彼らは悪魔に見えるが。……悪魔は自分か。
地球に仇名したジオン公国軍の技術少佐。あの時亡命すればどうなっていたか。考えるだけ無駄だな。逃げるつもりもない。逃げてもしかたない。
自分が選んだそれは全うすべき課題だ。最初から逃げるつもりはさらさら無かった。だけど、俺の身内はそうは思わない。そうだ。俺の名前も天使の名前だった。だから彼らはこう表現するんだ。
裏切り者の天使、と。
彼らにとって地球連邦軍に味方しないで敵であるジオン公国に味方する俺は、地球出身者にとっては敵だ。
散々味わった差別さ。ジオン革命があり、アルバイト1つとっても苦労するあの時に比べればまだ救いはある。その時にかけがえないものも手に入れた。守るべき勝利の女神を。なら、こんな人生でも案外恵まれているのだろうな。
気が楽になった。
丁度、扉を叩こうと思った矢先、何やら音が聞こえた。まるで忍ぶような音が。上を見たら答えはあった。
2階の窓から脱出を試みる無謀な女性がいた。今にも解けそうなロープとは言えない布を結んだだけの紐でここから脱出しようとしている。
あれではいつ解けてもおかしくない。怪我するぞ。
助けるべきだろうか。
いや…考えるまでもない。
助けよう。
本物の空を知らない夜中、コロニーからも月が見える。今宵は満月。
ダメだ。見てられない。
脱出をしようとするあの女性は誰だろうか?
いや、そんな事は後回しだ。
彼女を助けないと。
「サッサと消えなきゃ。また肉欲の餌食になってしまう」
彼女を支える紐が解ける。
彼女が地面に叩きつけられる!
その前に身体は動いた。
彼女の下敷きになった。
「イタタタッ…!私、地面に降りている」
「なんてことだ」
思わず話してしまった。
「まさか……空から降ってくるなんて…」
「大丈夫ですか?」
彼女を抱き止めつつ心配だからこう声をかける。
彼女は私の姿を見て言った。
「この人は誰?月の精霊…?」
「……月には人間は住んでないけど、偽物の空から降ってきた君は本物だよ」
落ち着ける大人の男の声。
包み込むような佇まい。
気品溢れたスーツの男性。
何より妖しく美しく輝くあの銀髪は忘れられない。忘れられないよ。
私はこの人は天使に見えた。
助けてくれた人はあのジオン公国の制服を着てない。だけど、この人が屋敷で話されていた『裏切りの天使』。
エリオット・レムさんだと思っていた。
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