艶やかな天使の血族
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1部 艶やかな天使
6話 この世の果てへ
スペースシャトルなど初めて乗った私は無重力状態にも慣れてないので妙な感覚を覚える。全てが宙に浮いている。体も。物も。何もかも。それが物珍しく映った。
エリオットさんも隣の席でパソコンをいじりながらサイド3への旅行を楽しんでいる。
真横から見るこの人は今は仕事中の顔をしている。パソコン画面はモビルスーツの設計図が映っているように見える。
やがてランチの時間になったのか、機内食が運ばれてきた。エリオットさんはマグカップにコーヒーを入れて私に差し出す。
「コーヒーはどうかな?」
「あ、ありがとうございます」
「後、どれくらいで着くのですか?」
「2時間くらいかな?サイド3は月の裏側にある最果てのコロニーだから。サイド1に向かうだけでも1日がかりだったよ。あの家から出る時、そんなに大荷物でも無かったね。本当にあれだけで良かったかな」
「私、物には執着心無いんです。最低限の生活が出来る物とちょっとしたアロマを楽しめる空間さえあれば…」
「アロマってアロマテラピーの事?」
「知っているのですか?」
「アネットがそういう方面をよく知っているんだ。独学らしいけど頼りになる。もしかしたら話が合うかもね」
「だと、いいなあ…」
水菜は消え入るような声で希望を願う。
たぶん、今までそういう期待とか希望は過度にしないタイプだろう。むしろ、孤独や絶望と共に人生を送ったのだろうな。
昔の自分自身だ。彼女は。
見てきた世界に失望して、無闇な期待などしていない。
そう言えば、あれが見たい、これが見たいと騒いだりしないし、無理に関わろうともしない。自衛の為なのだろうとエリオットは思った。
しかしそれだけなら、あの天使の血族が惹かれる訳ない。何かが魅力的だから連れてきたんだ。それは恐らくレム家の人間しかわからない何かだろう。
(それを見つけるのも悪くない。彼女は魅力に気付いてないからそれを口で言わないとわからないはずだよね)
「宇宙ってこうして見ていると暗闇の世界なんだなって思います。四六時中、夜みたい。星が輝いて綺麗…何だか落ち着きます」
「私も何かあったら外の宇宙を見つめている。何も考えないで宇宙を見るんだ。すると答えが見つかる時があるよ。暗闇が落ち着くのはわかる話だね」
「後2時間くらいですよね?少し眠っていいですか?」
「眠りたい時に眠った方がいい。到着したら起こすから」
水菜は席を軽く後ろにずらすと、そのまま瞳を閉じて眠りに落ちた。
隣のエリオットは機内食を食べるとまたパソコン画面に向かう。
ふと、寝顔を見た。
かわいい寝顔だった。
(かわいい寝顔だね。ミカエルの奴、まずはこれにやられたんだな。きっと。俺も気を付けるか)
その前に、今のジオン公国にホームステイをさせて大丈夫なのかと思うエリオット。確かにまだ戦争中ではなく、それの準備中という国だ。しかし余所者の入国はかなり厳しく審査されている。
この女性をどういう風に説明するか。ただの観光客か、それとも勉学の為のホームステイと説明するか。留学の為にジオン公国にきたという説明すればいいか。入国審査とビザさえ取得出来れば何とかなるかな。
ジオン公国も国籍を取得できない人間がかなりいるのが現状だ。そして、首都ズムシティはかなりのテロや暴力事件が頻発する。まるでニューヨークのスラム街のように。
拳銃さえも平気で使われる場所だ。その他にナイフ、暴力、強姦、女性は気をつけた方がいい。
とりあえず、まずは入国審査に通る事が必要だな。話はそれからだった。
「ここがサイド3、ジオン公国ですか?」
「そういうこと」
エリオットの手には大きなバッグが握られている。水菜も大きなバッグ1つでここにきた。
(そうだ。ここは1つ、ジオン公国軍の士官の立場を利用させて貰うか)
「水菜、ちょっと女子トイレで待っていて貰えるかな。私もトイレ行きたいし」
「は、はい」
エリオットは男子トイレに向かうと大きなバッグに潜ませたジオン公国軍の制服に着替える。この姿になってしまえばかなり融通が利く。公国軍士官の立場は色々メリットもあるからだ。
「この制服は派手なぶん、人目にもつきやすいのが長所かな」
女子トイレの入口で待つ水菜は異国の地に居るという実感がまだわかない。しかし、何処か緊張感は感じる。
港にはジオン軍人の姿も見受けられる。
そこで待つこと10分。
エリオットが声の雰囲気を変えて水菜に声をかけた。
「待たせた」
「え…!?」
目の前にはジオン公国軍の少佐待遇の制服を着た男性がいた。普通のスーツから軍服にするだけで様変わりしている。
でも、似合う。暗い緑色の制服に、上着に飾られたマントが腰辺りまで覆っている。黒の表地に裏側は朱色に近い赤。
ベルトを巻かれた腰がいやに細く感じる。ズボンも暗い緑で長靴を履いている。
これがこの人のもう1つの姿。
ジオン公国軍技術少佐のエリオット・レム少佐なんだ。
水菜の呆然と魅入る姿に彼は気をしっかり持つよう促す。
「気をしっかり持ってくれ。ジオン公国軍には私よりも色気のある士官など目白押しだからね。とりあえず私の側にいなさい。すぐに話はつくから」
「は、はい」
入国審査が始まる。
パスポートを見せて、顔を確認され、荷物検査を受けた。彼女は別段怪しいところはない旅行者。
とりあえず入国審査は通った。
エリオットはジオン公国軍の制服と軍籍番号が載っているパスポートであっさり通る。
入国審査を受けた事で否が応でも異国へ来たという実感を抱く彼女。
そして、ジオン公国にきた客人に彼は振り向き、そして公国軍軍人としての台詞を言った。
「ようこそ。モビルスーツ誕生の聖地へ」
ここから彼女のジオン公国暮らしが始まった。
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