艶やかな天使の血族
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3部 公人と私人
17話 紅き血
愛……紅き血……毒……永遠……復讐……二つ……犠牲……父……母……悲願……朱色……祈り……異端……地獄……孤独……曇り空……狂気……天使……夢……うつつ……世界……とわたしたち。
宇宙世紀0079年。1月3日。
その日、世界は紅き血に染まる。
幾千、幾億の生命が散り、世界を血の赤に染めた。
そう。これが、俺を待っていた運命。
自らが産んだ兵器が、父を、母を、友人を、故郷を、無情に破壊した。
その時の胸の痛みも、激痛どころではない。苦しかった。悲しかった。
わかっていた筈だった。でも…苦しい。
俺のした事は正しかったのか。
世界を血の赤に染めて、嬉しいのか?
嬉しさなど湧かない。
虚ろな哀しみだけが暗澹と立ち込める。
もう涙なんて枯れた。
でも……前に行かないと。後ろに下がる事はできないのだ。
1週間後、世界は、一変した。
地球にはコロニーが落ちて、世界の気候を激変させた。深刻なダメージを受けた地球は荒れた大地になった。
宇宙には閃光が儚く輝く。
光が儚く輝く度に、生命が消える。
血が舞う。血に染まる。
眼前に広がる一面、紅き血の世界。
俺の目は赤く染まったのかと勘違いする程の紅き血の世界。
でも、生生しく香る。機械と油と人の血の匂いが、真実である事を知らせる。
この空気をいつまでも吸うと、本能的に感覚が閉じるかもな。
俺が壊れる前に。
だが。俺は現場で陣頭指揮をとった。
モビルスーツの生産と整備の為に、陣頭指揮をとり、戦線の維持に務める。今はこれが俺のするべき事なのだ。
開戦して、寝る時間も無いに等しい。
いつしか軍服には、人の血の匂いが染みこんでいった。
「ふうっ……」
「エリオット少佐。そろそろお休みになられては?」
「すまん。そうさせてくれるかな」
休憩室へ行くと、近くの椅子に座り込む。
そして、ふと自分に香る匂いを嗅いだ。
人の血の匂いに隠れて、あの花の香りがする。まだ彼女の香りは残り香として残っているんだな。安心した……。
ここの所。家には帰ってないな。
どうしているのだろう?家族は、そして水菜は。今は耐えるんだ。この地獄に…。
地獄から解放されるのは、いつだ?
いつまでここにいればいい。
自分の視界が赤くない景色は久しぶりだ。
無機質極まりない休憩室でも、ありがたい。それだけ現場は血で赤く染まった。
命を散らす兵士達はこぞって俺に言う。
『あなたのモビルスーツに乗って闘えるのなら、命などどうなっても構わない』
『申し訳ございませんでした。巡洋艦の1つも沈められないで、大事なモビルスーツを』
何も言えない自分がいた。
ただ、看取る事しかできない…。
あの時と同じだよ。モビルスーツの開発初期。血まみれになったテストパイロット達。それを看取る自分。
月のグラナダでもそうだった。各部隊から選りすぐりのパイロット達が血まみれになって命を散らす光景。それを看取る自分。
一体、自分は幾つの命が散るのを見た?看取ってきた?数えきれない数の犠牲者。
くそ…。こんな時にこんな事を想い出すなんて。怒りとか、そんなものじゃない。
悔しいとか、そんなものじゃない。
暗い何かが、蝕む。
この身を何かで埋めないと、虚無感で支配されてしまう。
でも、何で埋める?
物か?金か?物欲じゃない。
形となるものはいい。
何で埋める?
……自分自身に無理矢理、抑えられている悪魔が囁いた。
快楽だよ……。淫楽だよ……。
それの為に、あの花を虜にしたのだろう?
今こそ、あの花を独占する時が来たのだ。
あれはお前のものだ……。
思いのままに、虜にしてやれ。
お前の欲望を晴らせ。
……俺の中の悪魔よ。
それをしてもいいのか……?
彼女を傷つけていいのか……?
いいに決まっているだろう?
もう……彼女の中にはアイツラはいない。
お前だけなのだ。独占しているんだ。
一人で貪っていいんだ……。
そんな事をしてもいいのか?
今更、何を迷う?
この時の為に、種を蒔いたのだろう?
なら……今すぐ貪れ。
あの花の蜜を寄越せ。
「……」
「どうしたのですか?レム少佐?」
「ここの所、徹夜でね。ろくに休みも取ってないのだ。私はとりあえず、上がらせて貰うよ」
「レム少佐?」
「1週間戦争も、ルウム戦役も、終わったし、軍からしばらく休めと言われている。私は上がるからな」
そして、あの花を味わうのだ。
俺の中の悪魔が、意志を持った瞬間だった。
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