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『外伝:赤』崩壊した世界で大剣豪とイチャコラしながら旅をする

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紅雷-おもい-

「来い…大剣豪!!」
「言われなくとも!!」

周囲の雰囲気が変わる。
人だけでなく、やってきた鬼達もまた彼女を恐れ、思わず頭を垂れてしまう。
近くに一般人がいたならば、完全にその"気"にやられてしまっただろう。
ともかく今の伊吹童子は、簡潔に言うならば"ヤバい"
武蔵の目の前にいるのは同じセイバーのサーヴァントではない。今、彼女はカミと対峙している。

「ゆかい じつに ゆかい 」

武蔵の刀、伊吹童子の爪が打ち合い、火花を散らす。
苛烈かつ速すぎる技の応酬。だがどちらも苦悶の表情など浮かべてはいない。
強者と戦えるという喜び、暇潰しの相手を見つけた喜び。
両者は笑っている。無邪気に笑っている。
命のやり取りをしているにも関わらずだ。

「もっとだ もっと魅せろ 余を楽しませよ。」
「…!」

爪の攻撃が入る。
武蔵の鳩尾に痛々しい四本の掻き跡が出来、血が滲む。
しかし攻撃を緩める気はない。攻めることを辞めればそこをもっと攻められる。

「ッ!」
「ははっ、はははは!」

伊吹童子もまた、無傷では済んでいない。
あらゆる場所に切り傷を作り、血飛沫が舞う。
しかし彼女は笑う。武蔵も笑う。
サーヴァントにアドレナリンが出るのかどうかは知らないが、ともかくこの2人は今痛みを感じていないように見えた。

「おもしろい。血湧き肉躍る…!感じるぞ大剣豪…これほどの昂り…主との交わり以外に感じられるとはな…!」
「それはどうも!」

速く動くも、今度は翻弄されることなく伊吹童子は武蔵を追いきれている。
斬撃はその手で受け止め、あるいは脊髄を引っこ抜いたようなその剣で受け流す。

「…?」

と、武蔵と伊吹童子の戦いに見入っていたが急に視界が暗くなり、ふと上を見上げる。

「雷雲か…?」

いつの間にか空は真っ黒な雲が覆い尽くしており、更には稲光も見える。
それから程なくして、雨が降り出した。

「まだだッ!」

雨が降ろうが決闘は中止にならない。
その身がずぶ濡れになった程度で、命のやり取りは終わらない。

「旅人さん!」
「いや、いい。」

吉良に蛇の目を差し出されるが、断る。
濡れてしまうがどうでもいい。
そんなことよりも、やはり勝負の行方が気になって他のことがどうでもよくなる。

「ッ!」

二刀を振り上げ、地面に思い切り叩きつける武蔵。
ぶつかったそれは衝撃波となって地を走り、伊吹童子へと襲い掛かる。

しかしここで、いや、とうとうと言うべきか。

「ぐっ…!」
「つかまえた。」

並大抵のものではない衝撃波に伊吹童子は真正面から突っ込み強引に突破。
水と泥の飛沫の中から伊吹童子の手が伸び、武蔵の首をとらえた。

「が…はっ!」

一気に持ち上げられ、思い切りたたきつけられる。
背中を強打し、肺の中の空気を無理矢理吐き出される。

「く…っ、はな、せ…!」
「離せと言われ、離す愚か者がどこにいる?」

もがいて抵抗するも、それはまるで無力。
ありえない力で首を絞め挙げられ、じりじりとゆっくり上へと持っていかれる武蔵。
サーヴァントが窒息死するかは知らない。
だが、危ないのは確かだ。

「僅かだが楽しかった。しかし、余興もここで終わりにしよう。」
「まだ…終わって」
「ほう…足掻くか。」

しかしその目にはまだ闘志が宿っている。
締め上げられた程度で武蔵は戦意喪失なんてしない。
刀を握るその手を持ち上げ、伊吹童子の腕を斬ろうとするも

「無駄だ。諦めよ大剣豪。そなたの負けだ。」

刃は、通らない。
ガキンという凡そ肌からは出ない音を立て、武蔵の足掻きは無駄に終わる。

「…。」

このままでいいのか?そう言われれば俺は納得できないと答えるだろう。
武蔵が負けるのは嫌だ。言うなればそれはワガママだが、俺は勝って欲しい。
竜胆大和の持つ宮本武蔵として、カミに勝って欲しい。
けどこの状況からどう勝てと言うのか、それは難しい話だ。

「…?」

その時だ。
まるで提案があるぞとでも伝えるように、右手にバチリと電流が走る。
迸る紅い雷。突然漲る力。
なんだこれは?俺に、何をしろと言っているんだ?

「…?」
「おい、まさか加勢するつもりじゃないだろうな?」

気が付けば、すらりと刀を抜いていた。
吉良は突然の行動に頼光と共に首を傾げ、伊吹童子のマスターはそれはご法度だと警告する。
しかし、安心して欲しい。

「ただのサポートだ。」
「サポート?」
「サーヴァントが戦いやすいよう援護するのも、マスターとしての役目だろう?」

身体が最初から理解している。
どうすれば、武蔵がカミに勝てるのか。
その為にマスターである俺は何をすればいいのか、
身体が動く。刀を持った手がゆっくりと上に持ち上がる。

「勝て、武蔵。お前はただの宮本武蔵じゃない。竜胆大和の宮本武蔵だろう!」

雷鳴が激しく鳴り響き、俺は刀を振り下ろした。
その刀の直線上には武蔵。
そしてそれと同時に、雷雲から紅い雷が落ちた。

「!!」

雷が落ちた先には、伊吹童子。
いや違う。その紅い雷は武蔵めがけて落っこちた。
落雷を直にくらえば例えサーヴァントとはいえひとたまりもないだろう。
しかし、

「旅人さん…!?」
「言っただろ。これは攻撃じゃない。援護だ。」

あれはただの雷ではない。
身体が教えてくれる。あれは…。

「押し返せ、武蔵…!!」

武蔵を強くする。勝利へと導く雷だ。

「…!!」

刹那、いやそれよりも短いか。
ほんの一瞬で、伊吹童子の手から武蔵が消えた。
落雷の際、僅かに力が緩んだが抜け出せるほどのものでは無い。
しかし武蔵は抜け、そしてどこかへと消えた。
いや、消えてはいない。

「そこか…!」

振り向き、何も無い場所目掛け伊吹童子は手刀を突く。
火花が散り、そこにいたのはやはり武蔵。
しかし、何かが違う。

「それは なんだ? 貴様のマスターは、何者だ?」
「さぁね!私にも全く分からない!!けどね…!」

受け止めた爪を弾き、さらに一閃。すれ違いざまに胴を斬る。

「…!」
「力が溢れる。身体が軽い…!今ならカミサマさえ斬れる気分よ!!」

後ろ髪をまとめていた髪飾りがとれ、舞う銀髪。
そこから覗いた彼女の双眸は俺と同じように、紅く輝いていた。

「なんだよあれ…!」
「マスターがやったのか?反則じゃないのか?」

鬼の領域の者達が皆口々にそう言い始める。

「おい!一対一の真剣勝負じゃねぇのか!!」
「何してやがんだ!!八つ裂きにされてぇのかテメェ!!」

俺めがけ飛んでくる罵詈雑言。
しかし、

「だ ま れ 」
「…!!」

伊吹童子の一言で、それは一瞬にして静まり返った。

「余は、今とても満ち足りている。野次を飛ばすな。気分を害するな。貴様らが八つ裂きにされたいか。」
「す、すいません…。」
「分かれば よい…。」

そして武蔵の方へ向き直る。

「おもしろい まだ、足りぬ もっと魅せろ。じつに、じつにゆかい。」
「…。」

土砂降りの中、睨み合う2人。

「それじゃあ…お望み通り!!」

斬る。
伊吹童子の剣がぶつかり合い、火花を散らして衝撃波かま生まれる。
凄まじい力と凄まじい力がぶつかり合い、ビリビリと空気が震えるのを割と離れたここからでも感じる。
雨が降っているから視覚的にも分かりやすい。
2人が打ち合う度、周囲の雨が弾けて消えるのだ。

「それはなんだ?その力はなんだ?どこから来た?どうやった?答えよ大剣豪。」
「分からない!けど確かなことは…雷に撃たれてから思いが伝わった!!」

脊髄の様な剣を受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ武蔵。
先程までと違うところといえば、徐々に武蔵が力で押しているということ。

「"勝て"って思いがね!!そうしたら身体の至る所から力が溢れてくるわ、何にでも勝てそうな勇気が湧いてくるわでもういてもたってもいられないってワケ!!」
「思い…か。」

身体が勝手にやって、赤い雷が落ちて武蔵がパワーアップした。
そして武蔵は、『勝てという思いが伝わった』と言った。
つまりだ。

これはあくまで推測に過ぎないが…あの紅い雷は、俺の思い。
勝って欲しいという思いと、強くあれという思いが合わさってできた雷。
俺は、あの雷に思いと魔力を乗せて譲渡したんだ。

「それに!私は竜胆大和くんの宮本武蔵!!カミサマ程度に負けるなんて…それこそあってはならない事ッ!!」

またもや吹っ飛ばされるも、武蔵は空中で姿勢を整え、背後の壁を蹴ってとんでもないスピードで伊吹童子めがけ突っ込む。
そして、

「!!」

斬った。

いや、叩き折った。
伊吹童子の剣を、真正面からぶつかり合い見事に叩ききったのだ。
彼女もまさかという顔をしている。
そして、

「く…!!」

突く。
渾身の力を込めた突き。
それを胸部にくらった伊吹童子は大きく吹っ飛んだ。
それだけじゃない

「まだまだぁ!!!」

駆ける。
相手が吹き飛ぶ速度よりも速く、もっと速く。
ただ吹き飛ばされているだけの無防備な身体に、武蔵は次々と二刀流の連撃を叩き込んでいった。

「これで…最後!!」

斬る。
振りかぶり、渾身の力を込めて思い知り振り下ろすシンプルな攻撃。
全身から血飛沫を迸らせ、伊吹童子はトドメの一撃をくらい、壁に思い切り叩きつけられた。

「…!!」

人も、鬼も、サーヴァントも、
その光景に誰もが己の目を疑い、目の前の光景を怪しんだ。

「嘘だろ…伊吹童子様が…!」
「おい…マジかよ。」
「あのサーヴァント…マジでヤッちまったのか…?」

壁に磔にされたかのごとく、がっくりと頭を項垂れそこから動かない"カミ"
彼女の目の前にいるのはそう、同じくボロボロになりながらも、しっかりと2本の足でそこに立っている大剣豪。

そう、
サーヴァントではあるが、
人が、神を倒したのだ。

「しょ、勝負あり!!」

と、少しその光景に魅入っていた頼光が慌てて手を上げ、決闘の終焉を告げる。

「勝者!セイバー宮本武蔵!!」
「…。」

自分でも分かる。
頬が緩み、口元には笑顔が浮かんでいる。
自分のサーヴァントが強敵に勝てたんだ。
少しくらいは笑ってたって誰も文句は言わないだろう。

「負けた…伊吹が…?」

対照的に隣にいるマスターは、とんでもない顔をしているが。

「…。」
「ねぇ、カミサマ。」

通り雨だったのだろうか、あれだけの土砂降りは弱まり、雲の切れ間から日が差し込み始めていた。
まるで勝利を祝福しているような感じだが、何やら武蔵はまだ終わっていない様子。
刀をおさめ、ピクリともしない伊吹童子に話しかけた。

「手加減、した?」
「ふふ、そうさな…。」

武蔵の放った言葉に対し、伊吹童子はかわいた笑い声で返し、ゆっくりと顔を上げた。

「余が本気を出せば、貴様程度一瞬で屠れる。楽しみを長引かせ何が悪い?」
「そう。」

あれだけのことをして、伊吹童子は本気ではなかった。
さらにそのことを、武蔵はとうに見抜いていたんだ。

「しかしじつに面白かった。大剣豪…宮本武蔵。しかと覚えたぞ。」

そういい、彼女はまた頭をがくりと下げ、動かなくなった。

「私は割と本気でやっちゃったけど…死ぬとかない…はずよね?」
「安心しろ。少し休むだけだ。」

受けた傷はとうに塞がっている。
伊吹童子はゆっくりと立ち上がると、ふらつきながらもマスターの元へと戻って行った。

「…。」

そうして、武蔵も俺の方へ振り返る。
血塗れでボロボロな身体からの、屈託のない笑顔のピースサイン。
強者との勝負に勝った。
それこそが彼女のなによりのご褒美であった。
俺もまた、勝った武蔵になにか言葉をかけるため歩こうとした。

その時だ。

「…?」

足が、動かない。
一歩踏み出した足がふらつき、バランスを崩して前へ倒れ込む。
スローモーションになる世界、慌てた様子でこちらに走ってくる武蔵。

「大和くん!?」
「旅人さん!?」
「一体何が…!?ともかく救護を!支給医務室へ!!」

と、色んな声がまるで遠くから聞こえるような感じがする。
ぐにゃりと歪む視界。
それはやがて暗転し、俺はそこで意識を手放した。




同時刻

「〜♬︎」

一方その頃。
京都から逃げ、近場の森で花歌を歌いながらスキップしているのはあの蘆屋道満のマスター、森川 真誉だった。

京都を大混乱に陥れ、多くの犠牲者を出し、そして鬼と人とを争わせる。
と、未遂ではあるもののそれだけの凶悪な計画を企てておきながら彼女は罪悪感の一欠片もなく、次はどこへ行こうかと考えていた。

「ひどくご機嫌ではありませぬか、真誉殿。」
「うーん。次はどこ行こっかなーって。ここはずーっと遠くの東京?それとも神奈川かな?」
「ふむ、どういたしましょうか…。拙僧も迷いに迷っておりまする…。」

ここではもう噂が知れ渡り、悪い意味で有名人なので思い切り遠くへ行こう。
2人が何をするのかは知らないが、まるで旅行先でも決めるかのように歩きながら笑顔で話し合っていた。

「神奈川と言えば三笠孤児院はどうですかな?そこの身寄りのない子らを惨殺すればきっと真誉殿は悲劇のヒロインになれましょうぞ。」
「あ、いいねぇ!じゃあ神奈川行こうよ神奈川!三笠って言うと…戦艦なら横須賀だよね!あ!軍艦カレーとか食べてみたいんだよねわたし!」
「ンンン…このご時世、果たしてカレー屋はやっておられるのでしょうかな?」

「オイ、待てコラ。」

と、仲良く話し合う2人の前に、邪魔者が現れた。

「おや、あなた方はいつぞやの…。」
「どういうことだてめぇ…作戦通りに行けば京都中のサーヴァントが手に入るんじゃなかったのかよ?アアン?」

葛城財団の実働部隊であった。
さらに気が付けば彼だけでなく、部下が2人の前後左右を取り囲んでいる。
彼らはあの時、京都が大混乱になった夜の翌日、狙ったように現れた財団たちだった。
皆怖い顔をし、銃口をこちらに向けじりじりと近付いてくる。
ただ事ではないらしい。

「はて?拙僧はそのようなことを言いましたっけ?」
「言ってないね。」
「ふざけんのも大概にしろよこのクソサーヴァントがァ!」

実働部隊の一人。最初にでてきた隊長らしき男が吠える。
手にはハンドガン。
俺はいつでもやれるぞと殺気を出しながら道満を睨みつける。

「失礼。確かに言いましたな。しかし手に入るとは一言も言ってはおらず…拙僧はあくまで手に入る"かも"と…。」
「うるせぇ!!ゴチャゴチャ言ってっとドタマぶち抜くぞ!!」

実を言うとこの葛城財団の実働部隊達もまた、蘆屋道満に踊らされた人物たちではある。

「今宵京都は火の海に包まれる。次の日行ってみてはあわよくばお目当てのサーヴァントが手に入るかも知れませぬぞ。」

と、そういったタレコミを真に受けて彼らは少し前から京都周辺に潜伏していたのだ。
しかし、

「何かを手にするには行動をしなくては。あなた方が京都に押し入り、騒動の1つでも起こしてくれれば面白かったものを。断られるなりそそくさと退散してしまったではありませぬか。」
「…。」

と、蘆屋道満に事実を伝えられ何も言えなくなる実働部隊達。
とはいってもあそこは京都の守護局。
そこで強引にでもサーヴァントを奪おうとすればどういった未来が待っているのかは馬鹿でもわかる。
命と弾と兵器を無駄にしないためにも、彼らはドンパチを起こしたりせず大人しく逃げたのだ。
というより、そこで暴れた方が愚か者だ。

「代表には近いうち大量のサーヴァントを入手できるって連絡しちまったし、もうめちゃくちゃだ!このまま手ぶらで帰りゃ死ぬだけ!俺達に明日はねぇんだよ!!」
「それはあなたの計画性のなさが問題なのでは?もしや取らぬ狸の皮算用という諺をご存知でない?」
「…!うるせぇ!!!!」

そして、実働部隊が一斉に動き出す。
しかし道満も真誉もいたって落ち着いており、そこから動き出す様子も慌てる素振りも一切見せない。

「たかがサーヴァント一騎…!俺達が本気になりゃどうってことないんだよ!!」
「ほう。ならばここは陰陽師として予言してみせましょう。あなた方はサーヴァントはおろか、人間にも勝てませぬ。」
「なんだとォ…!」

実働部隊の1人が引き金を引き、今まさに撃とうとしたその時だ。

「…?」

目の前を、何かが通り過ぎた。
黒い何か。速すぎて見えなかったが、確かに何かが通ったのだ。

「あ…れ?」

視界が、"ズレる"
ずるずると音を立て、真っ二つになった顔の上半分が地面にぼとりと落ちた。

「ひ…ひあぁぁぁぁああああ!!!!!」

隣にいた一人の隊員がパニック状態となり、マシンガンを乱射する。
すばり、とまた何かが通り過ぎ、今度はその腕が切れた。

皮一枚繋がったその腕は宙ぶらりん状態となり、トリガーを引きっぱなしのマシンガンはそのまま、勢いのままあちこちに銃弾をばら蒔いた。
巻き添えを食らう仲間達。
そしてまた、通り過ぎる黒い"何か"

「何してる!?サーヴァントは一騎なんだぞ!!」
「おや、拙僧は何もしていませぬぞ?」
「…え?」

隊長らしき人物は、己の耳を疑った。
彼は、蘆屋道満は"何もしていない"
じゃあこれは?今起きてる惨劇は?
ヒュンヒュンと空気を裂く音を立て、部下たちを亡き者にしている"それ"は?

「言ったでしょう?あなた方はサーヴァントはおろか…"人間"にも勝てぬと。」
「じゃあ…それは…。」

蘆屋道満の隣。
そこで、人形を抱え笑っている女。
そいつが…やっているとでも言うのか?
しかしそれを証明するかのように、彼女は笑っている。
その恐ろしい目で、こちらを見ながら笑っている。

そして男は悟った。

次は、俺が殺られると。

「…ッ!!」

部下を見捨て、踵を返し全力疾走で逃げようとした。
だが気付くのが僅かに遅かった。
ふくらはぎに感じる激痛。
それに思わず転び、なんとか立ち上がろうとするもそれが出来ない。

「無駄だよ。アキレス腱両方切っちゃったから。」
「…!」

後ろから聞こえる声。
背後から近付いてくる、草を踏む足音。
止まる…いる…。

すぐそこに、"恐ろしいモノ"がそこにいる。

「ひどいよねー。信頼してた部下を見捨てちゃうだなんて。」

一瞬の浮遊感。
その後、自分の身体が黒い沼のようなモノに沈みつつあるのが分かった。
逃げられない。
足掻こうが、それはどんどんハマり沈みこんでいく。

「やめろ…やめろ!!助けてくれ!!どうしてこんな事する!?俺達はただ…!!」
「だって殺そうとしたじゃん。私と道満。これは正当防衛だよ。」

ずぶずぶと沈みゆく身体。
この黒いものは何か?
そんなことはどうでもいい。
自分達は、何か恐ろしいものに喧嘩を売ってしまった。

「すごいでしょう?真誉殿の陰陽術は。基礎を教えたらめきめきと頭角を現し始めまして…中でも虚数魔術を真似たオリジナルの陰陽術が特にお気に入りのようで…。ああ、先程の影の触手もそなたが沈みゆく影の沼もそれです。如何です?」

わからない。
虚数魔術?なんだそれ?
ともかくたすけてくれ。
なんだこれは、
とけていく、まっくろになっていく。
いたい、さむい、つらい、こわい、
そうして沈みゆく男が最後に見たのは、

「では。」
「ばいばーい。」

2人の満面の笑みであった。 
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