艶やかな天使の血族
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1部 艶やかな天使
5話 逃避行
「まあ、楽にして?この部屋は私が実家にいた時の私室だから。懐かしいな…そのままだ。残っているのも」
私は今、エリオットさんの私室にお邪魔している。彼の私室はかなり家具が片付けられて最低限の物しか置いてない。
たぶん、家から出た時に処分したのだろうな。さっぱりした部屋だった。
彼がマグカップに紅茶を淹れてくれた。
自分自身もマグカップに同じ紅茶を淹れて飲んだ。
「水菜さん…だったよね。ミカエルとは、何処で会ったの?とても偶然とは思えないけど」
「怒らないで聞いてくれます?」
「……何か後ろめたい事をしたんだね、きっと。わかった。そのまま話して?」
「……私、ミカエル社長に連れてこられるまで、どうなってもいい要らない社員だったんです。同僚からは丁度いい生贄役になったとか、ミカエル社長に連れて行かれようとしている私を嘲笑って楽しんでいた。悔しいというより…惨めだった。どうせ、私は要らない人間なんだ。ミカエル社長が毎日毎夜抱いてくれていたのも、そこに発散する道具があっただけ。それが私の物語」
「随分と自分自身を否定していた。もしかして自分自身には幸せになる権利もないって言うのかな?人間誰しも幸せになる権利は産まれた時から持っている。私だってね」
「鬱陶しい自分語りをしてあげようか?」
「エリオットさんの昔話?」
「俺は元々、サイド1のコロニー外壁工事を仕事に持つ親父の跡取り息子だった。だけどね、親の敷いたレールに乗るつもりは無かった。それよりも退屈な日常から地球という世界を見たい。そこには新しい日常があるはずだ。希望に胸を輝かせ行ったよ」
そこでマグカップの紅茶を飲む。
「垣間見る世界は己の権利を主張する不毛の地だ。ジオン革命以来、コロニー出身者は軽蔑されて満足にアルバイトもできない。そこには夢に描いた世界は無かったんだ。誰もが戦争をしたがっているように見えたね」
でもそこで彼は笑う。
「でもね…地球までわざわざ俺を追いかけてきた女がいた。彼女は言ってくれた。俺の側に居させて欲しい。そこが自分の居場所って。仕事が決まると同時に籍を入れて結婚したよ」
「なんて名前の女性ですか?」
「アネット。同じサイド1を故郷に保つ大学生からの彼女さ。そして、そのまま俺はこの家を捨てて、サイド3ジオン公国へと移住した。俺1人では怖くて逃げていた。だけど、側に勝利の女神さえいれば怖くない。そんな気持ちかな」
「自慢話にしかならないよね。俺の話は」
「私、このまま、ミカエルの道具に成り下がるのかな。嫌…それは嫌…!あんなの…愛の交換じゃない。レイプよ…!」
水菜は身体を震えさせている。
散々ミカエルに道具扱いを受けたのか。
それも、性の慰み者として。
それでは性の奴隷じゃないか。
「ものは相談だけど、俺に着いてくる?」
「え…!?」
「今更、元の地球に行ってもしかたない。ならサイド3に行ってみる?俺の家にホームステイみたいな感じで寄って行きなよ。ゲストルームの手配はあるし、刺激もあるから退屈しないよ」
エリオット・レムは真剣な銀色の目を私の瞳を見つめ、促してくれた。
「新しい世界へ君を連れて行ってあげるよ」
何気なく差し出された左手に、水菜は右手を差し出す。
「屋敷の者にばれないうちにさっさとここから出よう」
私達はまるで駆け落ちするように、その呪われた家から出た。エリオットさんの手は大きくて、温かくて、優しかった……。
そのまま、サイド3行きのシャトルに乗る。
こうして、今度は、エリオット・レムという名前の天使に私は弄ばれてしまうのであった。
弄ばれてしまうほど、気持ちいい…麻薬みたいに、甘く、とろける、罠に。
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