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王道を走れば:幻想にて

作者:Duegion
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第四章、その7の2:丘の野戦 ※エロ注意

 
前書き
 冒頭にかけてエロが、また僅かな部分にかけてショッキングな描写が書かれています。 注意願います。

 プレイ一覧:陵辱 陰部切断  

 

 幾重にも張り巡らされた松明の炎が、村のそぞろとした様子を明るく照らした。打ち崩された木壁や焼け落ちた家屋が村の外延部に集中する一方で、内側では形を保った多くの家屋がある。村の中央では大きな篝火が焚かれており、多くの者達がそこに集って今宵の杯を捧げ合い、快活な笑みを零しあっていた。口に出されるのは品性の無い冗談や、血肉が寒々とするような倫理の欠けた思い出話であり、男らの粗野な格好に相応しい言葉であった。
 その下卑た顔つきを格好をした者達に囲まれながら、僅かな者達が震えながら集っている。一様に縄で足首と手首を縛られ、乱雑に地面に放り捨てられている。それに向けて時折杯や食事を喰らう者達が、屠殺される直前の鶏を見るような穏やかな瞳で見遣っていた。今宵の客人と捉えるよりかは、今宵の獲物と見る方が正しかった。

「・・・おい、まだあいつらはあそこにいるのか?」
「居るんじゃねぇの?いい女がいたしよ」
「そうか・・・ちょっと様子を見てくる」

 一人の男が人の群れから離れていく。壮年のエルフの男である。彼は厳しき表情を崩さず、夜の帳が降りた家屋の間を歩き、一軒の粗末な倉庫に辿り着く。どんどんと、無遠慮に薄汚れた戸を叩いた。

「おい!入るぞ」
『あぁやっべ・・・絞まりいいわぁ』

 返事は呻き声となって帰ってきた。男は苛立たしげに溜息を吐きながら戸を開ける。噎せ返るような性交の匂いが鼻を突いた。余りの凄まじさに顔を歪めるも、男は我慢をして戸を閉める。
 薄暗き倉庫の中は惨憺たる様相を展開していた。幾人もの男達がそれぞれ裸体の女を組み伏せ、四つん這いにし、或いは横に倒しながら、衣服を剥ぎ取った己の腰を振りたくっている。猥雑な水音と肉がぶつかり合う音が、それが陵辱の光景だという事を何よりも深く語っている。勝者が得るは快楽であり、敗者が得るは屈辱であった。その敗者でさえ喘ぎ声を碌に漏らせず、身体の鳴動のままに無抵抗に嬲られ続けている。一様に瞳に光を無くして、一部の者の半開きの口からは唾液交じりの精子が毀れていた。
 これらの蹂躙は相当の激しさを伴ったのであろう。使い物とならなくなった女達、年は上から四十、下は十を僅かに越えた者達が体液に塗れながら、ピクリともしない様子で壁に寄り掛かっている。一方的な蹂躙と精の奔騰を前にして、事切れたかのようであった。しかし彼女達をして幸運だったのは、最初の反応こそ男達の獣欲をそそるような背徳的なものであったのだが、この世のものとは思えぬ現実を前にしてすぐさま脳が現実を拒絶した事であった。御蔭で数十分の輪姦も耐え切れず、人形のように精神を閉ざしたのである。今嬲られているのは割かし体力が持つ者、或いは既に無き希望に何時までも縋る純真な者達であった。
 壮年の男は近場で陵辱を行っている一人の人間の男を、さも他者の人糞を見るかのような蔑んだ瞳で見詰めた。その人間の男に組み伏せられた年若き女は、膣部を思うがままに赤黒い欲望の産物に抉られて、痩せた胸肉を俄かに千切られた格好で、か細く呻くのみであった。

「っぁ・・・ぁ・・・」
「・・・そんな人形まがいの女を犯すのが、そんなに愉しいのか?」
「もう最高っ!人間とは違うね。まだおぼこだったのかな、こいつは。最初は反応してたのに、すぐこうだ。それだけがつまらないね」

 エルフの男はこの場で、目前の者を斬り殺したい願望に駆られた。まだ男も知らぬであろう女をよくもここまで追い詰めたものである。この状況を作った原因の一端が己にあるとはいえ、流石に此処までの蹂躙は許した覚えが男には無かったのだ。
 腰を振る動きがより一層激しくなる。女の臀部の骨を砕くが如き勢いで男は腰を振って、紅潮した頬から汗を垂らす。絶頂の時が近いのであろう、男は獣の如き呻きを漏らしていった。

「ああ、最高っ・・・もう一発っ・・・」

 一際強き打ち付けと共に男は震え、腰を何度も痙攣させた。女の身体が痩せ細ったものであるだけに、膣部で一体何が起こっているか、肉肌越しに浮き上がって見えるかのようであった。男は収縮を愉しむかのように腰をゆっくりと引いて、女殺しの巨根を引き抜いた。途端に想像を絶するかのような勢いで、黄ばみが見て取れる精液が毀れだす。女の華奢な下腹部の内側に相当量が入っていたのであろう、白濁とした白い塊が何度も毀れ出て、小さな汚らわしい池を作っていく。女は微かに残る生気を打ち震わせるかのように涙を落とし、受精するとも知れぬその奔騰をなすがままに受け止めた。
 まさに獣欲の如き情事に一息を吐いた男は、嗜虐的に頬を歪めた。

「ふぅ・・・抜いた抜いた・・・二週間溜めといてよかったぜ」
「おい。この女もう駄目だ。ぴくりとも反応しねぇ」

 倉庫の傍らで、別の男が文句を垂らす。女に射精をして尚滾ったままの一物を咥えさせていたようだが、女がついに気を失ってしまったようである。落ち窪んだ瞳が床の藁を見詰めていた。

「ああ?おめぇ何発出したんだよ、タコ。俺まだそいつ抱いてねぇぞ」
「うっせぇなぁ。俺が何しようが勝手だろうが。大体、てめぇだってさっきそこの女をーーー」

 続きを言おうとした瞬間、気絶していたかのように思われた女が瞳をじろりと男に注ぐ。そして上下の顎に残り余った全ての力を注ぐ。女の歯が一物に食い込んだ。男が違和感に目を向けようとした瞬間、その歯が一物を一気に食い千切り、切断した。

『あああ''あアア''っ!!!!』
「お・・・おぉ・・・あれは痛い・・・」
「て、てめぇぇぇっ、何してやがるっ!!!」

 憤った仲間が剣を引き抜いて、口に一物を頬張ったままの女の頭にそれを突き刺す。脳天を貫かれた女は藁に倒れこんだ。陰茎を食い千切られた男は目を破れんばかりに開き、股間からだくだくと血潮を流して苦悶していた。

「くそっ、止血出来なきゃ恨むぞ、糞女!おい、確りしろ、おい!!」
「ぇっ・・・ぁぁ・・・いだぃ・・・いだぃぃ・・・」
「忌々しいっ!!おい、この女棄てて来い!見てるだけで不愉快だっ!!」
「分かってるっての・・・たく、俺のも萎えちまったぜ・・・」

 仲間の一人が女の死体を外へ運び出していく。そのまま焼却処分するのであろう。エルフの男は倉庫の悲劇に背を向けて戸外へと出て行き、再び篝火の饗宴にまで戻ってきた。
 篝火の傍では悲劇を露も知らぬ男達がなにやら騒いでいる。縛られた人の頸を掴みながら、一人の男が仰々しく叫んだ。

「この男は我等の巫女様を処女神の如く崇拝した!居やしない神様を祭り上げて人々を惑わすのは、悪魔のする事である!!」
『そうだそうだ!』『きたねぇぞ、糞エルフ!』
「虚栄の神を祭るこの男は悪魔によって心身を支配された!よって我等は偉大にして正当な神の名の下に、この男を浄化の炎にくべなければならない!!」

 大きな歓声と拍手が巻き起こった。異端を刈り取る男は自らに酔い痴れて、生贄と軽々と肩に担ぎ、その髪に愛された膂力を披露した。

「末期の言葉など不要!んじゃ、燃やしまーーす!!!」

 男は戦々恐々とした絶叫を撒き散らす生贄を篝火の中へと放り投げた。瞬間、赤き炎が生贄の肉と肌を焼き尽くし、絶叫は更なる苛烈さを増した。周囲の狂信者達は歓喜の渦に包まれていき、生贄と生活を共にしていた者達はとどまりを知らぬ絶望と涙で身を捻った。
 エルフの男は何ともいえぬ思いでそれを眺め、己を取り巻く環境に大きな疑問を抱いた。

(恐ろしき光景だ。これが俺が望んで入った場所なのか?)

 男はわけも無く、西の窪地に控えている仲間らを思い起こしてしまった。彼らのためにも働かなければならないと分かってはいるのだが、疑問は彼の胸中に鬱積するばかりであった。
 食糧を確保するという名目で盗賊団を二つに分け、それぞれ北と東に部隊を動かし、元衛兵のエルフである男はその一隊を率いる事となった。そして今、その道中にあった村を襲撃し、こうして蹂躙の祝宴を上げているのである。ここまで仲間が暴挙に出るのは、彼らがエルフではなく、人間であるからであろう。未開の土人であるエルフを暴虐の嵐に巻き込む楽しみをしった彼らとは反対に、数少なきエルフの仲間は篝火とは遠き天幕の方へと移っていた。
 このような鬼畜外道をまだ率いなければならないのかと悲嘆に暮れていた男の下に、一人の男が慌てた様子で駆け寄ってきた。 

「おいっ、棟梁はどこだっ!?」
「此処に居るぞ。何があった?」
「東の方で、エルフの斥候を発見した!間違いなく賢人共の奴等だ!」

 その男の声は夜の空によく響き、宴の喧騒を一気に沈める。盗賊たる男達は突然の冷や水を受けて、神妙に顔を見合わせた。

『おい、今のマジかよ』『エルフっていうと、ソ=ギィってやつか?』『だとしたらやべぇな。私兵団が精強だって噂だったし』『おい、今日奪った食糧だけでも運んだ方が・・・』
「静まれっ!!一々、騒ぐな!!」

 男の一喝が再び静けさを産む。一挙に集中する視線を受けながら、指揮官たる地位にある男は胸中で慌てた。

(くそ、一体やつらはどのくらいの数で来るんだ!?俺にどうしろっていうんだよ!)

 斥候は十中八九陣地に戻ったであろう。つまり近日中に敵方は襲来してくる。問題は、男は敵方の兵の総数を知らないという事であった。
 だがそれを公表すれば更なる混乱と、反逆の怒りを買うと予測できてしまった。ゆえに、取る態度は一つ。気丈にして、威厳を保つ事である。

「皆落ち着け、冷静に事態に対処しよう。俺等の目的は食糧の奪取、それだけに限る。何も敵に拘る必要は無い!」
『だが、どの道あいつら軍隊を送ってくるぜ!どうすりゃいいんだよ?』
「・・・最小限の人数で食糧を護送するんだ。無事に食糧が仲間の下へ辿り着けなきゃ、俺らが此処を襲った意味は無い!それに、犠牲を払った意味も無いじゃないか!?」

 その通りである。村が無抵抗である筈が無かった。不幸にして猟師が滞在していたこの村は、物量で押し潰される寸前まで抵抗し、盗賊側にも十数人程度の犠牲者が出ているのである。それを看過出来る仲間達では無く、陵辱の一つの理由ともなっていた。
 男は集う視線に息を詰まらせぬよう、渾身の勇気を振り絞った。

「百だ!百人で食糧を運び出して、仲間の下へ送れ!残った者達は直ぐに準備を整えろ!!迎撃の準備を整えるんだ!!」
『おいっ、戦うのかよ!?』『だがそうしないとあいつらが飢え死にしちまうぜ』『でも態々迎撃つったって・・・』『んだよ、俺まだ女抱いてないっての』
「何してやがる!?文句がある奴は名乗り出ろ!此処で斬り殺してやる!!!」

 男はあらん限りの蛮声を張り上げた。盗賊達は渋々といった形で杯を置いて準備に走る。
 男は人知れず安堵の息をついた。これだけの大所帯が一斉に逃げたとしても、敵方の追撃があれば一挙に一網打尽にされ、食糧を奪われる可能性があった。それならば迎撃のために準備をした方が遥かに当初の目的、食糧の奪取という目的を完遂できると考えたのである。
 男が見上げる夜空には、皓々とした星星の海があり、その中に背筋をぞっとさせるような赤い月が浮かんでいた。

「・・・赤い月とは、縁起が悪いな。血を見る羽目にはなりたくないな」

 厭な予感をその心に抱きながら、男はエルフの仲間達の下へと戻っていく。取り残された村の生き残り達も、手を空かしていた男達によって連れ去られていく。彼らにどのような暴虐が振るわれるかについては、誰も存じ得ないものであった。


ーーーーーーーーーーーーー


 淡い緑に色づいた葉に似合うような、明るい空。風は強くも弱くも無く、穏やかである。山脈に程近き西方ではこうもいかないであろう。これらの天候こそが、まさに望んでいたものであった。
 青き晴天を頂く丘陵地帯、その丘の最も高き高所に三人の老いたエルフが立っており、遠くから進軍してくる一団を見遣った。今更問うまでも無い、盗賊の大所帯であった。

「・・・ほう。賊にしては中々の布陣ではないか。なぁ、ノ=ブ殿」
「知らんわ。わしが兵法を知っておると思うて言っておるのか?」
「いんにゃ、そうとは言わんが・・・なれど年の功というやつがあろうて。そうであろう、ン=ビ殿」
「年の功だと?本を読んだか、そうではないかと言いたいのか。たわけ、馬車に積み上げた藁の数しかないわ」
「そうなると、おぬし、今年で何千歳だ?樹木より年寄りとは、羨ましいのぉ」
「年取った分、女子は抱けんぞ。皺枯れた肌にもっちもちの肌をすりすりしてくれる娘がどこにおるのじゃ。のう、調停官殿?」
「え?さ、さぁ・・・世の中分かりませんので」

 彼らの一人に問われたアリッサは微苦笑を浮かべて、それに答えた。傍にいたソ=ギィは嫌そうに眉を潜め、老人らのセクハラ紛いの言葉に愚痴を零すかのように慧卓に囁く。

「・・・ね、分かっていただけたでしょう?私が苛烈となる理由」
「・・・なんとなく、理解できました」
「そうでしょう?真面目な話を振るのに最後には必ず色目を使ってくるのです。毎度毎度相手にするのも疲れてきますのよ、本当に」
「だから、彼らをぞんざいに扱うのですか?同じ賢人でしょう?」
「違いますわね。彼らはイル=フードの庇護下にある方々ですわ。まぁ、ニ=ベリと住んでいる場所が遠すぎるからという理由だけでイルに加担しただけですから、案外あっさり鞍替えしそうですけど」
「あ、あはは・・・そうなのです、か」

 慧卓は苦笑を浮かべながら、ソ=ギィと同じ立場にある、三人の賢人の背中を見詰めた。それぞれ名はノ=ブ、ン=ビ、ドイ=トといい、何れも農民出身の者であるらしい。とてもこれから戦をする者達ではない、穏やかな雰囲気が漂うものであった。
 本来なら慧卓は彼らとは会談において邂逅する予定であった。しかしその間際で受けた盗賊襲来の報告を受けたため、チャイ=ギィは急ぎ兵を纏め上げ、こうして丘陵の手前で賢人らと顔を合わせる事となったのだ。彼らもまた兵を集めたようであるが、どこか王都の兵と比べて弛んでいるように見えた。
 慧卓はこれから一戦交えるという緊張感を今一抱けない中、ソ=ギィに尋ねた。

「で、この中で戦いで頼りに出来るような方は、いらっしゃらないのですか?」
「チャイなら大丈夫ですわよ。幾度も修羅場も潜り抜けていますから、それなりに出来ますわ。私も、少しくらいなら剣を扱えますし、頼りにしていただければ幸いです。
 ただ、あの老人方は見て分かる通り、当てになさらない方がいいかと。下手に出しゃばったりはしないけれど、動いたりしたら忽ち的となる方々ですわ」
「・・・すると実質的に、我等だけで軍を動かすという訳ですか」
「ええ。難しい事態に直面したようですわね」

 ようですわねではない、と慧卓は呟きたかった。しかし不満を口にするような馬鹿な真似も出来ないし、その時間的猶予も無かった。 

「・・・皆と話をしたいです。ソ=ギィ様、チャイ=ギィ様。一緒に来ていただけますか?」
「ええ、異論は御座いませんわ」「承知致しました」

 三人はその足をアリッサ達の方へ向けた。老人らの悪戯に晒されていたアリッサはぱっと顔を晴らして慧卓を見詰めた。その笑みの晴れやかさに矢張り苦笑を浮かべながら、慧卓は言う。 

「如何です、賢人の方々。貴方々が刃を交える敵の全貌は」
「おっ!これはこれは、御若い王国の方々に、ソ=ギィ殿。部下の者達がなんであんなに武者震いするのか、漸く分かりましたよ。これは怖い光景ですなぁ」
「うむ。わしはずっと農村に篭りっきりだから分からんかったが、いざ現場に出るとなるといやぁ凄まじい風景よのぉ。ん、おいドイ=ト。ありゃ何をしているのだ」
「知らんわ、わしは手の届く範囲しかはっきり見えんのだぞ。状況が説明せい」
「そうだの・・・一人の男が、一人の男を組み伏せておる。で、周囲が取り囲む中で、何やら蠢いておる」
「きっと公開でぷれいをしておるのだ。そういう性癖なのだよ」
「貴方達っ、少しは緊張感を持ちなさい、皺枯れ爺共!!」

 よりにもよって味方の一顛末を見ながら意見を零す老人に、ソ=ギィは怒鳴り声を漏らした。慧卓は一度指で眉間を抑えながら尋ねる。

「あの、一応確認しますけど、こっちの総数は九百人ですよね?」
「うむ、そうだ。槍兵が五百、弓兵が百五十、騎兵が五十と、荷物もちと食事作りが合わせて二百」
「つまり、まともに交戦できるのは七百人」
「それに加えて、我等も騎兵として戦うのだぞ、ケイタク殿。合わせて七百と二人だ」
「そうですか・・・ざっと敵陣を見た感じ、数は七百を超えているようですが」
「地の利は我等に御座います。高所より射掛ければ、それだけで圧倒できるかと」
「相手を全員射殺すより、こっちの矢が尽きる方が速いですよ。運んできた量を見る限り、一人あたり五射分しかありませんでしたよ。というかまともに弓を扱える人って少ないんですよね?」
「・・・残念ながら、召集した者達はほとんどが農民でありまして、今日まで弓を持った事すら無い者が大半かと」
「となると、弓の有効射程は至近距離にまで狭められるというわけですか。しかし高所だ。少しくらいは射程が延びるでしょう。・・・歩兵や騎兵の方は大丈夫なんですか?」
「幸いにも、正規兵がおりますので急ごしらえではありますが訓練を積んでおりますし、自衛のために槍を覚えている者達も御座います。そうでなくとも長い得物ですから、鍬と勝手が似ております。下手に扱う者は少ないでしょう。
 騎兵については、私達私兵団によって構成されておりますので、其方の心配は御無用であります」

 慧卓はアリッサとチャイ=ギィによる説明をざっと聞きながら考える。本来ならば賢人方にはそれぞれ精鋭ともいうべき兵が居るらしいのだが、残念ながらそれらは領内他地域の治安維持、即ち現在進行中の政争の安定に充てられて動員出来る状態ではない。これがあればもっと楽なのだが、贅沢はいえないのであった。

「・・・さてと、どうするかなぁ。敵は・・・何人でしたっけ?」
「報告では数百人でしたが、あれを見る限り六百はいくでしょうね」
「・・・ほとんど同数か。意外と厳しいか・・・?」
「ケイタク殿。此方から打って出ないのか?」
「向こうが待ちの構えなら、そうしたいのですが・・・」

 言葉の先までは言わずとも皆が知っていた。高所の利を捨てるというのは、この素人もどきの部隊ではどうしても選べぬ選択肢であった。
 彼が思考を巡らしていると、賢人ノ=ボが、穏やかな口調でいってのけた。

「・・・のぉ、補佐役殿。我等は兵法について知る事がすくのぉてな、細かい事はそなたらに任せたいのだが」
「なっ!?あ、貴方達っ、少しは年長者として権力に粘ったりしなさいよ!一応面子ってものがあるんじゃないの!?」
「そのような事も言われたとて、わしもノ=ボも、村の村長をやっていたから賢人になったようなもので、特に賢人で居続けたいわけではないからのう」
「然り。私など、村一番に子宝に恵まれたという理由だけで賢人になったのだぞ。その時祝賀にお前も駆けつけたではないか、チャイ=ギィ」
「・・・ここでその話をしますか?全く・・・」

 呆れるような口振りに、老人らはくけけと皺枯れた笑みを零した。彼らの態度に頸を振ったソ=ギィは慧卓とアリッサを交互に見る。

「皆が認めた以上、私も貴方々を信頼するより他ありませんわ。お願いしますわね」
「よ、宜しいのですか、チャイ=ギィ様?」
「いいのよ。領内で起こっている争いだって、元はといえばイル=フードとニ=ベリの権力闘争の産物じゃないの。私は関係無いし、寧ろ平時を乱す危険分子を潰せる口実が出来て幸運だと思っているわ」
「おい聞いたか?これが賢人の考えというやつよ」
「全く末恐ろしいの。だからあやつは雌猫と蔑まれ、ろくに再婚相手が出来んのじゃ」
「然り。我等がちょっと弄るだけで怒るし・・・本当、やつは将来苦労するの」
「それ以上言うと枯れた棒を二度と立たぬ棒にするわよ。分かったら黙りなさい」

 老人らは再び笑って肩を寄せ合う。
 慧卓は余りにも唐突過ぎる自らの立場の変化に少し唖然としながらチャイ=ギィを見遣った。彼女もまた少し驚きながら母を見ていたが、溜息を零すと共に系卓を見る。

「母の言葉に従います。ケイタク殿が指揮を御願いします」

 慧卓は今度はアリッサを見詰める。彼女は皆と違い、どこまでも真摯な瞳で彼を見返した。 

「・・・私も、ケイタク殿に賭けてみたいな」
「・・・いいのですか?」
「ああ、いいとも。九百の人名を背負う覚悟があるのなら、任せてみたい。そうでなければ私が指揮官となって、敵を迎え撃つ」

 彼女の言葉を聴いて、慧卓は己の意思に疑問を投げ掛けた。人の命を背負うほどの覚悟はできているかと。その答えは、勿論、であった。コーデリアと共に生きると決めた時から、そしてアリッサを抱いた時から、彼の覚悟は決まっていたのだ。異界からの人間であるに関わらず、彼は彼女らと、そして仲間のために戦うのである。
 それに、会話を聞くうちに慧卓の中では一つの戦術が構築されていた。眼下に広がる地理を十二分に利用できる、素人の浅慮な策謀である。だがこれが上手く決まれば、盗賊らは蜂の子を散らすように逃げるであろうという確信が彼にあった。

「やらせて下さい。この戦闘で勝ちます」
「よし」

 アリッサの頷きを得ながら、慧卓は再び周囲の環境に目を向けた。この高みから敵の一郡に向かうまで、なだらかな下りの坂を挟んで平地が続くのみだ。また慧卓のすぐ左方には、丘を越えて林が続いている。後ろの味方を見遣れば、意気軒昂とまではいかないが、盗賊の暴挙を許さぬエルフらの意地が見て取れる、エルフの軍隊が待ち構えていた。
 彼が急場凌ぎの戦術を展開するに辺り最初に目をつけたのは、自陣にまで運ばれている、馬用の豊富な藁であった。

「あれをここまで運んで下さい。幾つもの塊に分けて、たっぷりに油を染み込ませるんです」



ーーーーーーーーーーーーーーー



 エルフの男は、六百を僅かに超える大所帯を率いながら、なだらかな平野部を歩いていた。彼にとって目前に聳えている丘に陣取れば、襲来する敵方を迎撃しやすくなるものであったため、可能であればそこに辿り着きたいと考えていた。しかしそこにはためく緑の旗を見てその願望は消え去る。
 彼は手を掲げた。ばらばらに賊達が止まる。男がじっと見詰める中、丘向こうから多くの人影が見えてきた。一手間に合わず、敵が現れたのだ。

「・・・おっ、おい、敵だぞ!!敵が来たぁっ」
「分かってるから、一々叫ぶんじゃねぇっ、耳に障る!!」
「・・・なぁ、あの数、少ないじゃないか?見た感じ百もいかねぇぞ」
「そ、そうだな。案外少ないぞ。いけるんじゃないのか、これ」

 言葉の通りであった。横に広がった状態で斜面を降りてくる敵の数は、数えられるだけで百以上、しかし二百は満たない数であった。遠くからでは見え難かったが、弓らしきものを持っているのが分かった。

「ありゃ、弓兵だよな?舐め腐りやがって。神様っ、巫女様。俺には当てないで下さい」
「信心深くなるなよっ、俺に飛んでくるだろ!?」

 自分勝手な言い草が聞こえた瞬間、その一団から空に向かって、多くの黒い筋が延びていった。小高い斜面から伸びた黒い筋は空を駆けて、足を止めていた賊達に飛来する。直前に掲げた手製の木盾によって大体が防げたのであったが、その弓矢は、隙間を縫って首筋や足の甲などに突き刺さった。目に刺さった不幸な者については、鏃が奥深くまで入り込んだ不幸も重なって脳をやられ、そのまま崩れ落ちて息絶えてしまった。
 エルフの男は木盾で矢を防いで被害を見る。見た感じ、矢は一団の手前から全体の第一列、第二列にかけて飛来したようであり、十数人程度が死傷していた。小高い部分に居るだけあってもう少し被害があっても不思議ではなかったが、矢は案外遠くまで飛んでこなかったのだ。 
 男が不思議に思う中、一人の人間が彼に食って掛かった。以前まで人間の盗賊を一手に率いていた、若い男である。

「おいっ、糞エルフっ!なにぼさっとしてやがるんだっ、さっさと突っ込まないと俺等針鼠にされちまうだろ!?」
「な、何を言っている!一番前の連中にしか当たってないだろう!?」
「それがっ、問題なんだよ!!俺の仲間が死ぬのを黙って見てろってのか!?てめぇらっ、覚悟は出来ているな!?」

 若人は仲間が死んでいる事に激昂し、それに指揮官が何もしない事に怒っているのだ。今からそれをしようとした矢先に食って掛かられた男はむっと顔を歪めた。それが更に若人の怒りを買ったのだろう、彼は仲間らに向かって呼び掛ける。

「総員抜刀っ、あの薄汚い土人共に向けて突撃しろぉおおっ!!!」
「ま、まてっ!全員隊列を組まんとっ、ばらばらに殺されてしまうっ!!」
「知るか、くそったれ!!!」

 多くの人間の者達、凡そ全体の半数以上が彼の檄に反応して雄叫びを挙げた。第二射が降り注ぐ中彼らは一気に侵攻し、丘の斜面を登り始める。それらを見てまるで予定調和であるかの如く、弓兵が踵を返して駆けていく。
 ここに至ってエルフの男は危機感を覚えた。余りに弓兵らに統率が取れすぎている。まるで我等の反応を予期していたかのようであった。何か罠があると、男は半ば確信した。
 エルフの仲間が彼に問う。

「お、おいっ、俺らも行かんのか!?」
「誰が危険な罠へ飛び込む!?全員此処に待機しろっ、丘の向こうが分かるまで絶対に動くな!・・・おっ、おい!騎馬を動かすなぁああっ!!」

 蛮声による静止に関わらず、男達が僅かに保有する大切な戦力、数えて三十ほどの騎兵が進軍していく。騎馬隊を率いる人間の指揮官がエルフの指示から離れたのである。平野部に残されたのは僅か百程度の賊のみであり、そのほとんどがエルフであった。 
 丘を登る兵士達に向かって、ちょくちょくと弓矢が飛来する。丘を登り終える直前に弓兵らが射掛けてくるのだ。この間にも盗賊らに被害が生まれ、死体が出来上がっていく。盾を掲げても、矢を防いだ頃には弓兵の姿は消えている。

「舐めやがってっ!ちょこまか逃げてよぉっ!なんで俺らは弓が無いんだよ!!」
「んなの知るか、馬鹿!?・・・おいっ、あれなんだ!?」

 誰かの鋭い声が走る。丘向こうから、幾つもの大きな藁の塊が現れたのだ。横幅の大きなその塊を見ていると、直ぐにそれが赤い業火によって包まれた。そしてふとした衝撃を受けて、その塊が丘の斜面を駆け下りていき、赤い轍を作りながら賊達へ向かっていく。丘を登っていた賊等は一気に焦燥に駆られ、炎の藁を避けようと丘を下り始めたり、横へ逃れようとした。

「っ、避けろぉっ!!」

 再びの鋭い声。それを皮切りに彼方此方の斜面から金属のような絶叫が響き渡った。藁に押し潰された者、その炎に巻かれた者の叫びであった。身体中を炎で焼かれながら男らは釣り上げたばかりの魚のように身体を動かし、苦悶していた。藁を飛び越えようとした者も、炎によって身体を焼かれてそれを消そうとしている。
 混乱を覚えた彼らに向かって、藁を落としたであろう弓兵らが再び射掛けてきた。今度は盾で防ぐ者も少なく、面白いばかりに弓矢が賊の肉肌に突き刺さっていき、彼らの命を潰していく。
 皆を率いていた人間の若人は歯軋りしてそれらを見遣っていると、追い付いてきた騎馬隊が、彼の横を通り過ぎていく。

「お先にぃっ!!」
「てめぇっ、俺の獲物はとっておけよ!?」

 騎馬隊の指揮官は丘向こうへ消えた弓兵目掛け、仲間を引き連れて進んでいく。不遜な笑みを浮かべながら剣を構えていた。

「へっ、エルフごときが人間様に敵う訳がっーーー」
『今だっ、撃てっ!!』

 丘を登りきったその瞬間、鋭き女性の命令が響き渡り、矢の嵐が騎馬隊に飛来していく。鏃が人肉や馬肉を引き裂いて血潮を撒き散らせ、指揮官たる男もまたその嵐によって何度も衝撃を受けて、何が起こったか理解できぬといった表情をして落馬する。
 混乱を極める騎馬に追いつくように、賊の歩兵が集ってきた。再び女性の声が響き渡る。

「第二射っ、撃ちなさい!!」

 矢が霰となって彼らに向かっていく。しかしその勢いは先程までのものと比べれば微々たるもので、賊の士気を崩壊せしめるほどではなく、矢の雨はこれをもって打ち止めとなってしまった。何故なら今し方、エルフ軍は全ての矢を打ち尽くしたのだから。
 自らへと向かってくる賊の群れを見て、エルフ軍の総指揮官の地位を頂いたソ=ギィは、己の剣を引き抜いて発破する。

「総員抜刀っ、吶喊っ!!!」
『おおおおおっ!!!!』

 二つの人の群れが、鈍い光を放つ凶刃を手に、互いに向けて疾駆していく。滾らんばかりの感情を乗せた一刀が相手の命を奪わんと信じ、二つの波が交差していく。途端に、高調子の金属音や生々しき裁断の音、そして怒号と断末魔が共鳴し始めた。
 丘向こうから聞こえてくる狂演を耳にして、林の中を進んでいた慧卓は思わず身震いした。自らが策定した計画によって事が運ばれ、人命が次々と消えているという事実を実感したのだ。それでも彼は計画の立案者として、最後まで凛然とあるべきと自らを戒める。

「・・・本隊は、動きませんか」
「それが計画通りなのでは?ケイタク様」
「ええ。何とかうまくいったようで、助かりました」

 彼が立てた作戦はこうだ。先ず弓兵のみで敵を射掛け、反撃があり次第撤退する。次に丘まで辿り着いた者から、松明用の油を染み込ませた藁を運び出し、弓隊が退避したのを見計らってそれに火をつけて相手に向かって転がす。その時点で矢が残っていた場合、弓隊は登りきった敵兵に全てを撃ちつくし、その時点で弓隊も含めて全軍が突撃する。これらの指揮はソ=ギィら、賢人達によって任される。
 その間に慧卓ら騎兵団は左方の林の中をゆっくりと進み、敵軍の背後から強襲する事になっていた。現状、幸運にも敵は二分されている状態にあった。即ち各個撃破の好機である。

「・・・急がんと中央が勢いで押される。早く突撃せねばっ!」
「分かっていますって!!皆準備はいいかっ、一気に敵を打ち破るぞっ!!」

 騎兵達は短く、『応』と頷き、それぞれ投擲用の短槍を構えた。そして隊長であるチャイ=ギィを先頭にして、全ての馬首が平野部に取り残された賊達へと向けられ、疾駆していった。
 燃え盛る藁が生み出した、天然の火の壁によって進軍を阻まれていた賊の別隊は、目前の光景にどうする事も出来ず立ち往生をしていた。そこへ向かって彼らの右方、林の方角から轟きが近付いてくるのが聞こえた。何かと思って目を遣ると、猛然と疾駆して来る騎馬の群れを確認する。指揮官である壮年のエルフの男はうろたえた。

「なっ、なんだと!?あ、あれは敵兵か!?」
「ちゃ、チャイ=ギィの私兵団だっ・・・!俺等の敵う相手じゃ・・・!!」
「何を言っている!?後退など認めんぞっ!迎撃しろっ!!方陣を組め!!」
「ほ、方陣ってなんだよ!?わかりやすく言え!!」
「馬鹿か貴様らは!?固まってっ、槍を構えてーーー」
「来たぞ!!!」

 誰かの一声によって賊らは互いに身を寄せ合い、その剣先を騎馬隊へと向けた。鋭き切っ先が群れを成して向けられる様は、まさに剣山と呼ぶに相応しき様子である。馬の勢いがそれによって弱くなるのは必然といえた。
 而して騎馬隊は剣山から十メートルほどを前にして横へ馬首を変える。チャイ=ギィが右手に持った短槍を、大きく振り被った。

「投げろぉっ!!」

 五十と二つの騎馬から、槍が次々に投擲される。まさにそれは予期していなかったのであろう、盗賊らは為す術無くそれらの餌食となって、身体に太い穴を開ける悲劇に見舞われた。

「突撃っ!!!」

 賊らによって、悪夢の如き宣告が響き渡った。真っ先に敵陣へと切り込んでいくチャイ=ギィとアリッサを皮切りに、勇猛果敢な私兵団の面々が、そして慧卓が賊を屠りに突撃していく。疾風の如き走駆は必要なかった。その場を少し歩くだけで獲物となるべき賊がうようよと出歩いている。馬上から剣を何度か振るえば、まさに面白い勢いで賊の頭が割られていくのだ。反撃によって馬に危険が及ぶ事もあるが、流石其処は私兵団、肉が引き裂かれる直前に手綱を捌いてそれを避け、返す刃で賊の身体を引き裂いていた。

「ひ、退けっ!撤退だっ!村まで撤退しろ!!!」

 指揮官が恐々とした声で命を下す。生き残った僅かな者達が西の方角へ走り去っていく。残った者達を一分も経たぬ内に殲滅すると、慧卓は血に塗れた刃をその者達に向けた。

「そのまま追撃しますっ!一人たりともーーー」
「駄目だっ、味方が押されている!救援に向かうぞ!!!」

 彼の提案はアリッサによって却下された。丘向こうの光景は見えないが、アリッサには戦場の空気で理解できているようである。確かに、僅か十人程度の敗残兵を追撃するよりかは、未だ抵抗する数百人を相手にするのが、兵のあるべき姿といってよかろう。
 私兵団が急ぎ駆け上っていく丘の向こうでは、激しい攻防が繰り広げられていた。白兵戦に一日の長がある賊兵らを、数と規律の利によってエルフ軍が迎え撃っている。一刀振るえば相手に致命傷を負わせる賊と、一人の敵を確実に仕留めていくエルフ軍。それぞれが己の長所を遺憾なく発揮して、緑の丘に鮮血の光景を作り上げていた。
 賊の若人は足元に倒れている死体を踏みつけながら何とか踏ん張り、自らに集ってくるエルフ兵に歯軋りしていた。

「くそっ、土人の分際で、纏わりつくんじゃねぇ!!」

 若人は敵から奪った槍を振るって相手の顔を薙ぎ、返す刃で首を突き刺す。勢いよく槍を引き抜いて新たに迫る敵を牽制しつつ、それとなく戦況を観察した。戦況は数の割に五分といったところか。丘から仲間が駆け上ってくれれば、一気に戦況を有利に持っていく事が可能であった。精強ではないエルフの軍隊に、彼は嘲りの笑みを口元に湛えた。
 また新たに二人の敵兵を切伏せた時、後ろから地を震わすような轟きが聞こえて来た。炎の轍を登ってきた勇気ある味方が駆けつけて来たのだ。彼は戦場の最前線から離れていき、丘の頂上まで駆け寄っていく。自分が激励すれば、仲間は一気に高揚するであろうと確信していたのだ。
 しかし頂上付近で目にしたのは賊の仲間ではない。

「そこの匪賊っ!!」
「!!」

 凛とした罵声。男は背筋をぶるりと震わせ、反射的に顔の前に剣を掲げた。瞬間、丘を駆け上ってきた騎兵が擦違い様に一気に剣を振るった。猛烈と突撃してきた、ソ=ギィの私兵団団長、チャイ=ギィの一刀である。男は手首の辺りに鈍い痛み覚えると共に、防御の構えを一気に崩されて、自分の得物を手放してしまう。
 衝撃を受けた男に向かって、アリッサが操る馬がすぐさま駆け寄り、彼女は一気に剣を振り下ろす。がら空きとなった若人の胸が裂かれ、若人は後ろのめりに倒れこんだ。だくだくと流れる血潮に手をやって、男は呆然と呟く。

「・・・お、俺の・・・」

 零そうとした次の一句は、騎馬隊の蹄によって潰されていく。二人の美麗な女性を先頭として、幾多もの斑模様のバンダナが宙をはためいていった。最後尾付近を駆けていた慧卓は騎馬による蹂躙を思うが侭に観察できた。まさに圧倒的な光景である。矢のように一点を突き進む騎馬の群れによって人が倒され、切伏せられている。私兵団による攻撃を確認できたのか、エルフ軍は一気に士気を向上させて大攻勢に打って出ていた。前門の軍と後門の騎馬に押されて、五分を保っていた賊の勢いは総崩れとなり、何とか逃走を試みようとしていた。

「慈悲をかけるな!全員殺しなさい!!」

 戦場を駆けるソ=ギィの命令が、慧卓の耳に入っていく。愛馬であるベルの足が男の腹を強烈に蹴り付けるのを見ながら、彼は怒号と悲鳴が入り乱れる戦場でアリッサの姿を探す。何度か周囲を窺った時、赤い剣を振り翳しながら味方に鼓舞している彼女の姿が目に留まった。同時に、彼女の馬の足元で賊が這っているのも窺えた。慧卓は急いで彼女の下へ駆けつけていく。

「後は掃討戦だ!!全員、最後まで気を張れぇっ!!」
「アリッサさんっ、足元注意!!」
「!」

 注意が届いたのであろう、彼女は手綱を一気に引いて馬の前足を立たせる。這っていた賊が折れた矢を片手に襲ってきたのを回避すると、彼女は賊の背中を斬り付けた。今度こそ絶命する男を見遣ると、彼女は慧卓と馬を並べた。

「感謝するぞ、ケイタク殿!中々様になっているな!」
「有難うございます!でも皆の御蔭ですよ!でなければ、ここまで上手くいくとは思いませんでした!」
「いや、ケイタク殿もよくやったぞ!見事に戦場で生き延びたんだからな!初陣にしては中々だ!!」

 慧卓はそう言われて一瞬呆け、はっとした様子で理解した。言われてみれば彼にとって、軍と軍とがぶつかり合う戦場というのはこれが初めての経験であったのだ。
 血の匂いで利かなくなった鼻を鳴らし、顔にまで跳ねた返り血を指で拭う。戦況は既に掃討戦の様相を呈していた。多くの者達は逃げ場を失って決死の抵抗を試みるか、或いは助命を乞うように武器を捨てていた。しかしそれらは容赦されず、他の者達と同様に大地の肥やしとなるべく切伏せられていた。
 アリッサは、丘を越えて逃げていく一部の兵を見る。彼らは戦渦から逃げて、蹂躙をした村まで逃げ込むであろう。

「・・・残るは村に篭る者達の殲滅なのだが・・・果たしてうまくいくかな」
「・・・分かりません。一先ずは、敵の残存数を把握しないと」
「ああ。だがそれりももっと先に、残る奴等を切伏せねばならん。まだいけるな?」
「ええっ、付いていきます!」

 二人は馬を揃えて、再び追撃の刃を振るいに賭けていく。高揚していく士気と合わさって、掃討戦はものの数時間もしない内に終了した。五百名近い賊が蹂躙され、皆、永久に眠る事となった。而して一部逃走した百名近くの賊は、再び村へと退避する事が出来たのである。
 エルフ軍が戦場の始末をした後、賊が立て篭もる村を包囲できたのは、それから三日後の事であった。

 
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