『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う
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そうしてあたしは、運命と出会う
前書き
四人と四騎が織り成す崩壊世界シリーズ、こちらは"紫"の章となっております。
こちらはあくまで外伝であり、表紙でも書きましたが先に『崩壊した世界で刑部姫とこの先生きのこるにはどうしたらいいですか?』を読むことをおすすめします。
それでは、本編どうぞ。
東京。
色々な人が忙しく歩いている。
あたしはこういう人混みは嫌いだ。
人がたくさんいるところというか、あえて言えば都会がどうしても苦手なのだ。
これから毎日こういった人混みの中を歩いたりとか、朝の通勤ラッシュとかでもみくちゃにされると思うと気が滅入る。
それはそれとしてどうしてそんなあたしがわざわざこんなところにいるのかと言えば、仕事を探していたからだ。
要は就職活動。
何故過去形なのかと言われればそれは今さっき終わったから。
新聞の会社の面接に無事受かり、明日からあたしは正社員となって社会人デビューする。
本当は、新聞なんかよりもずっとやりたいことはあったんだけどね。
お母さんに夢だけじゃ生きていけないって怒られて、渋々諦めた。
「…。」
そろそろ帰ろう。
今日はもう早く帰って、明日に備えるとしよう。
そう思い、あたしは駅に向かって歩き出した。
その明日が、来ないとも知らずに。
⚫
電車内。
乗客のほとんどがスマホとにらめっこをしている中、一人だけそうでない女性がいる。
あたし、源 葵だ。
つり革に手をかけ、もう片方の手で器用に本のページをめくっていく。
別にスマホを持ってない訳じゃない。
ちゃんと持ってるし、なんならゲームもしてる。
ただあたしは本が好きなんだ。
本をたくさん持っていたおばあちゃんの影響もあって、小さい頃から本ばかり読んでいた。
小学生になってからはとにかく小説を読みあさり、次第になりたい夢も決まっていった。
小説家。
それがあたしの夢だった。
葵ならきっとなれるさ。
おばあちゃんも最期まで、あたしの夢のことを応援してくれた。
でも、現実は難しい。
なれたとしても決して楽じゃないだろう。
それは勿論分かっている。
それでもなろうとしたけど、やはりそこは両親に猛反対された。
あたしの人生なんだ。好き勝手にさせてくれよ。そういう時にだけ口出ししてさ。
そう言いたかったけど、我慢した。
面倒はそんなに見てくれなかったけど、一応育ての親だし。
「…はぁ。」
自然とため息が出る。
これからどんなことをするんだろう。
就職先はアットホームで笑顔の絶えない明るい職場なんて言ってたけど、ブラックなところなんじゃないだろうか?
行きたくもない飲み会とか誘われたり、女性だからと軽視してくる古い考えの上司とかもいるかもしれない。
気が滅入る。
こんなことなら、
この世界、一度滅びて何もかも無くなってはくれないだろうか、
そう、思ったときだ。
「!?」
電車が、大きく揺れた。
その直後、轟音と共にやってきたのはほんの一瞬の浮遊感。
そうか、この電車は今脱線し、落ちている。
パニックに陥った乗客達の叫び声の中、あたしはそう確信してポール、つまりは握り棒を両手でがっしりと掴んで衝撃に備えた。
そう、落ちているのだから
これから地面にぶつかった衝撃が来る。
人を乗せた鉄の塊はアスファルトの地面に落下。
想像以上の衝撃に揺さぶられ、なんとか耐えようとしたが電車は横転。
握り棒からその手は離れ、あたしは見事にそこから投げ出された。
⚫
「いった…。」
目が覚めると、頭上には電車の座席。
起き上がると頭がズキズキと痛む。
どうやら投げ出され、頭を打って気絶していたらしい。
痛む額をおさえれば、今度はぬるりとした感触。
血だ。
でも出血は止まっているみたいだ。
スーツの裾で顔に垂れた血を拭い、まずは立ち上がる。
あたしの他に乗っていた乗客達は…いない。
いや、強いて言うならば"いた"
こじあけられたドア。ということは救助が来たんだろう。
そして残されているのは、落下の衝撃で不幸にも死んでしまった人達。
ここであたしは疑問に思った。
事故が起きたのなら救助隊は来るだろう。しかし何故あたしは病院ではなくここにいる?
スマホを確認してみれば時刻はすでに夕方。
つまりあたしはこの死体達と一緒に、三時間近く放置されていたことになる。
ともかく身体は無事。軽いかすり傷くらいだ。
何故こうなったのかを確かめるため、あたしはこじあけられたドアから外へと出た。
「なんだよ…これ。」
その先は、信じられない光景が広がっていた。
なんの植物か分からない巨大な根がアスファルトを押し上げ、道路は車がロクに走行出来ない有り様だ。
建物は倒壊。
いくつものビルは倒れ、都会にかつての面影は微塵も残っていなかった。
そして、
「…!」
瓦礫に寄りかかっているのは、人。
だが死んでいる。しかしその死に様は電車の中の人のそれとは比べ物にならない。
脇腹から臓物が出ている。
そこから引きずり出されたように伸びている腸のようなもの。
そんな凄惨な光景にすぐさま吐き気が吐き気が押し寄せ、あたしは目をそらした。
だが、目をそらした先にも死体はあった。
それもまともではない。
まるで何か、猛獣にでも襲われたかのような…。
「…。」
空を見上げる。
視線の逃げ道が無かったからかもしれないが、ふと見上げてみた。
群青色の空。しかしそれはどうにもおかしい。
カーテンのように揺らめくもの、オーロラが空にあるのだ。
日本で、しかもそれが関東地方で観測できるなんて聞いたことがない。
あたしは夢でも見ているのだろうか。
けど、それを否定するかのように額の傷がズキリと痛みだす。
これは夢じゃない。れっきとした現実なんだぞと伝えるかのように。
と、あたしがオーロラを見上げていた時、
後ろからジャリ、と足音がした。
生存者だろうか。
反射的に振り向いてみればそこには、
「は…?」
そこにいたのは人間じゃなかった。
言うならば化物。
それは動物のどれにもあてはまらなくて、どれにもあてはまった。
ライオン、ヤギ、そして尻尾が蛇の頭という架空上の生き物。
キメラが、そこにいた。
「っ!!」
ライオンの口から煙のようなものが吐かれ、反射的に後ろにステップして避ける。
当たればやばいと嫌な予感がしたが、それは的中していた。
瓦礫が見事に溶けている。
そのまま振り向き、駆ける。
逃げなきゃやられる。
直感がそう伝える。
頭の整理ができていない。
だが、その前に身の安全だ。
なぜこうなった?なぜ化物がいる?なぜ?
疑問だらけだが、一つ分かったことがある。
電車から出ていった人達はあたしや遺体をそのまま置いていったんだ。
こんな状況で、人に気を配れる余裕なんてない。
自分だけで精一杯だ。
だがそれが分かったとて現状況が変わるわけじゃない。
それらを頭の隅に追いやって走ることに集中する。
途中根に足をとられかけるも、なんとかバランスを保って転ばず走り続ける。
キメラは追ってきている。
獲物をそう簡単に逃がすまいと、あたしを追いかけてきている。
向こうも生きるために必死なのかもしれない。
だが、生きるためならあたしの方が必死だ。
こんなところで無惨に食べられて苦しみながら死ぬのはゴメンだ。
この先どうするべきか、後のことは何も考えていない。
ただ今を生き残る。
それだけを考えて走ってる。
だが、
その逃走もこの瞬間終わった。
「いっ…!?」
ふくらはぎに走る鋭い痛み。
何かと思い見てみれば、そこには蛇が噛みついていたのだ。
そうか、
追いかけても捕まえられないと分かったから、"毒"で仕留める作戦に変えたんだな。
キメラは瞬時に尾を伸ばして、逃げられないよう脚に毒を注入した。
そして痛みに耐えきれずあたしは転倒。
走っていた勢いをそのままに、派手に転んでしまった。
「う…うう…っ!」
鋭い痛みの直後、焼けるような痛みが襲う。
両手でおさえても、血は止まらないし痛みもおさまらない。
そしてキメラは、もうすぐそこまで来ている。
足をひきずって後ずさる。
せめてもの抵抗で石ころを投げつけ睨み付けるも、キメラは特に気にしなかった。
心なしか笑っているような気さえする。
じりじりと少しずつ近寄ってくるキメラ。
後退り続けるも、背中に壁がぶつかった。
逃げ場はない。
あったとしても、もう逃げ切れない。
「ちっくしょ…ぉ!」
悔しい。
これであたしは死ぬのか。
何も分からないまま、何もしないまま。
こんなやつに食われて死んでしまうのか。
嫌だ。
やりたいことはまだ出来ていない。
「死んでたまるか…こんな…こんなところで…っ!!」
毒に侵される苦痛に顔を歪ませながら、あたしはキメラを睨み付ける。
傍に落ちていたガラス片を手に取ると、それを持って突きつける。
勝てるわけない。そしてこの程度で猛獣が恐れるとは思えない。
だけど精一杯抵抗した。
ダメかもしれないというネガティブな事はなるべく考えず、生きることを考えた。
その時だ。
「…え?」
キメラが、爆散した。
いや、正確には何かが飛んできてキメラの顔に命中。
獅子の顔は一度膨らんだかと思えば派手に爆発したのだ。
「どういう…こと…?」
「なんとか…間に合ったみたいですね。」
その優しい声と共に、コツ…と靴の音が響いた。
「…。」
振り向くとそこには女性。
しかしこの場にはあまりにも似つかわしくない洋装の姿。
黒や青の寒色系を基調としたドレスを着、優雅な気品を漂わせた女性は、あたしの方まで歩いてくる。
「あなたは…?」
振り返る女性。
その顔、その姿はとても見覚えのあるものだった。
信じられない。
だってその女性はゲームの登場人物だからだ。
こんな現実に、
"FGOの紫式部"なんて存在するハズなんてないのに、
「キャスター紫式部…貴女の危機に応じ、参上いたしました。」
彼女は今、そこにいる。
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