オペラ座ゲーム
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街で出会った仮面の男
前書き
ヒロインは買い物帰り、仮面の男と出会います。
誰が歌っているのか確かめたい、だが、部屋に戻れば遅すぎるかもしれない
と男は焦る気持ちを抑えながら正面のドアへと向かった、わずかにドアを押し
開けて伺うが、声は聞こえないことに少しがっかりした。
遅かったのか、体から力が抜けた、脱力感を感じたといったほうがいいだろ
う、その夜、男はなかなか寝付く事ができなかった。
ここは本当にパリの街なんだ、一度、海外旅行に行ったことがある、一人で
はない友人と一緒に、随分と昔のことだ。
初めての海外旅行は見るもの全てが珍しくて、楽しくて、あのときは英語な
んて殆どできなかった、電子辞書や翻訳機を買う余裕もなくて、だが、片言の
英語と手振り身振りでも会話というものは何とかなるものだ、ほら、こうして
買い物だってできたのだ。
抱えていた紙袋の中にはオレンジとリンゴが沢山、これでマーマレード、リ
ンゴのコンポートを作ろう、いや、ジャムもいいかもしれない。
店の人に声をかけるときは正直、緊張したが、山盛りの果物を指さして欲し
いと言いながら金貨を一枚出す、このお金はジュスティーナから貰ったものだ
けど、これから先、彼女にずっと面倒をかける訳にはいかない、一緒に住んで
いるけど彼女はモテルので恋人と家で過ごす事もあるだろう。
そうすると必然的にお邪魔虫だ。
何だか、前途多難だなあと思ってしまうのは、あちらの現実世界でも状況は
よくなかったからだ、不況で小さな町工場や中小企業が倒産寸前、見通しが立
たなくなってやっていけない事は良くあることだ。
無職になった途端に、この状況、もしかして運が良かったのかもしれない、
でも目が覚めたら部屋の中で孤独死などいうことになったら、あの漫画、オタ
ク男性の様な再起はごめんだ、まあ、死んだらそれまでなんだけど。
はっ、今の自分はネガティブな思考になってない、ポジティブに生きなけれ
ば、ふと、あのミュージカルのフレーズを思い出した、ポジテ
ィブーと思わず口から出てしまう。
この時ふと立ち止まって、あることに気づいた、気にせずに歩いていたのは
いいのだけど周りの建物、見たことがない気がする。
(もしかして、道を間違えた、いや)
後ろを振り返り、元来た道を引き返そうと思ったが、いや、大丈夫だろうと
思ったのは家を出て、それほど長く歩いたつもりはない、迷ったとしても歩い
ていればいずれ家にたどり着くだろうと思ったのだ、それに万が一の為に住所
を書いた紙をジュスティーナに渡されている、大丈夫だ。
そう思ってポケットからだした紙切れを見て絶句した。
英語、ではないのか、もしかしてフランス語だろうか、読めないというより
発音は、というか、これは綺麗な字、達筆なのだろうか。
これで大丈夫よと、目の前でスラスラと書いていたときの事を思い出す、確
か、ゲームでメールのやりとりをしていた時、彼女はフランス語を習っている
と言ってなかっただろうか、あの時は。
正直、悩んでも仕方ないと思い歩き出した、その時、道の端で絵を描いてい
る人間を見つけた。
景色を描いているのだろうか、パリは芸術の街というし、絵描きがいて
も不思議はないなあと思いつつ、周りを見る、街中と違って人通りが多くな
い、皆、足早に歩いているいるのは気のせいだろうか。
どんな絵を描いているのか、ちょっと通りすがりに覗くだけなら構わない、
いや大丈夫だろうと思って近づいた。
建物を描いている、もしかしてオペラ座では、多分、言葉が出てしまったの
だろう、カンバスに向かっていた相手は手を止めて触り返った相手を見て驚い
た、仮面をつけていたのだ、このとき、オペラ座の怪人を思い出した。
ルルーの原作の怪人は顔全体を隠す仮面をつけていたが、顔の左半分を隠し
ている、まるで舞台や映画、ミュージカルの怪人のようだと思ってしまった。
目が合い、慌てて頭を下げてしまった、ところが。
「あっ」
思わず叫んでしまった、持っていた紙袋からリンゴとオレンジが落ちた、い
や、正確には袋の底が破けたというのが正解だ。
「ありがとうございます、サンキュー」
日本語、英語、いや、相手がフランス人ならメルシィと言ったほうがいいの
か、とにかく頭を下げた。
仮面の男が拾ってくれるのを手伝ってくれたからだ、そうだ、ついでだと思
い、ジュスティーナの書いた住所のメモを手渡した。
道に迷って、ここへ行きたいのだと、手を振り、英語、いや、日本語だが、
困っているのだという自分の額に指をぐりぐりと当てて困っているという
ジェスチャーをした。
「道に迷ったのか」
男が初めて声を発した、えっ、今、この人、日本語を喋った、いや、自分の
耳が変になったのかと思い、はっとした、これはゲームとかでよくある、ご都
合主義な他国の言葉でも自分の耳には理解できるという展開ではないか。
考えてみれば、ここに来て会話をした相手はジュスティーナだけど、あとサ
ロンでも何人かと話したけど彼女が最初から通訳、いや、説明してくれたか
ら、直
接、言葉を交わしたという感じではないのだ。
家に着いた時は、ほっとした、いや、言葉が通じると分かって仮面の男に話
しかけてばかりだった、女のお喋りは世間的にみてあまり良くないという印象
があるが、この時は、そんなことを考えなかった、いや、気づかなかった。
多分、話す相手がジュスティーナ、彼女しかいなかったせいもあると思うの
だ、お礼にお茶でも出して、いや、それは初対面の相手に図々しいというかも
そうだ暇な女が男遊びの相手を探していると誤解を与えるかもしれない。
ジュスティーナもそうだが、パリは恋愛とセックスに関しては結構おおらか
というか、緩いところがある。
娼婦が性病になっても金がないから医者に診せない、ヒモの男は自分の恋人
が性病にかかっているとわかったら自分も愛する女と一緒だとばかりにセック
スして病気になるという、愛故なのか、ただのやけっぱちなのかわからない。
そんな話は珍しくないと、パリの性風俗の本で書いてあった事を思い出し
た。
ここなら治安も立地も悪くない、オペラ座通りのアパートまで女を案内した
男は正直、驚いたというより、感心していた。
家に着くまでの間、女はずっと喋り続けていたからだ、もしかしたら、自分
が聞いていなくても話し続けていたかもしれない。
紙袋の中にはオレンジとリンゴが入っている、送ってくれたお礼だと言って
渡されたのだ、普通ならあり得ない、少なくとも自分の様な相手にだ。
気まぐれに絵など描いてみようという気分になって外に出てみたが書きたい
ものがなくて、結局、オペラ座を思い出しながら描いてしまったのだ。
数日後、男は出かけた、数少ない友人に会うためだ。。
「やあ、元気かい」
久しぶりの再会だというのに不機嫌さを隠そうともせず自分を迎えた仮面の
男は、ろくなプリマがいないと愚痴をこぼしはじめた。
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