『外伝:紫』崩壊した世界で紫式部が来てくれたけどなにか違う
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それからあたしは、暴かれる
前書き
高校の頃の話だ。
「それなに?」
「知らねぇの?FGOだよFGO。」
「え、えふじーおー?」
仲の良い男友達が休み時間、携帯を夢中になってぽちぽちしているので気になって聞いてみた。
それが噂のアプリ、Fate/Grand Orderを知ったキッカケだ。
「…面白いの?それ。」
「まぁな。ガチャの確率はちょいとアレだけどそこに目をつぶれば面白い。」
ガチャの確率に目をつぶればって、
それがソシャゲの醍醐味なんじゃないんだろうか?
「お前読書好きだろ?」
「まぁ、うん。」
「じゃあやってみろって!すぐにその世界観に引き込まれっから!」
最初は遠慮した。
だって本を読む時間も減るし、それにあたしは部活の助っ人で呼ばれたりすることがよくある。
ゲームをやる時間なんて、どこにもない。
だけどもあんまりにもしつこいので渋々ダウンロードした。
チュートリアルを終えたらすぐにやめてしまおう。
そう思った。
けど、
そうはならなかったんだ。
「紫…式部!?」
驚きを隠せない。信じられない
ゲームの架空の存在の人がこうして現実にいるなんておかしすぎる。
世界はおかしくなってしまったのか。いや、とっくにおかしいか。
「…。」
彼女の瞳は真っ直ぐあたしを見ている。
まるで吸い込まれそうな瞳。見ていると心まで見透かされているような気持ちになる。
「あの…。」
「あ、はい?」
見とれていた中、紫式部だという彼女が口を開いた。
「念のためお聞きしますが…あなたが私のマスター、"葵"様ということで…よろしいのでしょうか?」
葵。
それは確かに、あたしの名前だ。
「その…紫式部…さん?」
「なんでしょうか?」
「あ…あたしもよく分かんないんだけどさ、とりあえず…あたし自身があなたのマスターってコトで…いいのかな?」
思考が追い付かない。
いや、この世界が異常になってからずっと追い付いていない。
「なんかこんなことになってさ、化け物に襲われて、そしたら助けに来てくれて…さっきから頭が混乱してて、その…どうしたらいいのかな?」
「…。」
すると紫式部はふと目を下にやった。
視線の先にはあたしの脚。
先程蛇に噛まれ、いまだじくじくと痛む負傷した脚だ。
「怪我を、されているのですね?」
「ああうん。さっきの化け物にやられて…もしかしたら毒とか入ってるかも。」
今更ながらそんなことに気付くあたし。
かもじゃない。絶対毒いれられてる。
すると紫式部らしき人はしゃがみ、あたしの視線にあわせたかと思えば
「少し、痛みます。」
優しく脚を持ち、血の止まらない噛み跡に躊躇なく、
「え、ええ!?」
口をつけた。
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「毒を吸い出しているだけですので…お静かに。」
それだけ言ってまた毒を吸いはじめる。
そんなことは分かってる。ただ…。
見ず知らずの女性に脚を触られるというか口付けをされるのはなんというか…こう。
「…っ。」
いや、よくない。これはあたしが"異常"なだけなんだ。
あたしは女性。そして向こうも女性。
別に意識することなんて全然ない。
欲情とか劣情とか、そんなものは関係ない。
それよりあたしは今この人に命を救われたんだぞ。
命の恩人に対してこんな感情を抱くのはどうかしている。
そう、おかしいのは…あたしだ。
「葵様…?」
「…あ、え?」
気がつけば、紫式部(多分)はあたしの顔をじっと見つめていた。いつの間にか脚には包帯がまいており、どうやら毒は取り除けたらしい。
「どうかいたしましたか?随分と難しい顔をしておりましたので…。」
「あ、ううん。なんでもない…です。」
取って付けたようなですに微笑む紫式部。
「わざわざ敬語でなくとも、よろしいのですよ。何せ私はあなた様のさあばんと、なのですから…。」
「サー…ヴァント…?」
サーヴァント、という用語は知っている。
fateのシリーズはよく知らないが、友人に勧められてFGOはやっていたんだ。
そして、そのFGOにてあたしが一番大事にしていたサーヴァントが一人存在する。
それこそが
「まさか…ゲームから出てきたっていうの?」
「お話が早くて助かります。ええ、その通りです。」
紫式部。
そして彼女はその紫式部御本人なのだという。
「あなたからもらった数え切れないほどの愛。それを今返さなくてはいつ返すのか、そう思うといてもたってもいられませんでした。」
「それで、やってきたと。」
彼女は頷く。
「世界がこうなった直後、ゲームと現実の境界が曖昧になり、こうして通ることが可能となったのです。本来ならばそれは有り得ないことなのですが…。」
「なぜか、できるようになった…。」
「はい…。」
世界がこんなことになったこととやはり何か関係があるのだろうか。
しかしあたしはそこから推理できるほど頭は良くないしそもそもあたしの役目ではないだろう。
それよりもまず、
「いっ…。」
もしかしたらさっきみたいな化け物がいるかもしれない。
それにこれから夜だ。
どこか安全に休める場所を探さなければ…。
「葵様?」
「いや、どこか休めるところをさ…。」
それにこの脚だ。
紫式部が毒を抜いてくれたとはいえ、痛むものは痛む。
「でしたら…。」
脚をひきずってさぁこれからどこへいこうかと思った先、紫式部がある場所を指差した。
「あそこはいかがでしょうか?」
「あそこって…。」
街の明かりが消えた今、遠くの方で看板に光が灯っているのが見えた。
どうやらその建物はまだ生きているらしい。
「…葵様。」
「…な、なに?」
手を差し出される。
「だいぶ辛そうに見えます。せめて手を。」
「…。」
細い指。
傷一つない、綺麗な手。
それが今、あたしの前に差し出されている。
手を繋ぐ。
別にそれはなんてことない事かもしれない。
でもあたしは
「ううん、いいよ。あそこまでなら歩ける。」
「ですが…!」
「いいから!!」
彼女の好意をダメにしてしまったのは本当によくない。
手を繋ぐくらいいいじゃないか。別に異性ではないのだから。
と、一般的にはそう思うだろう。
でもダメなんだ。
同性だからこそ…あたしはダメなんだ。
「…そう、ですか。」
好意を突っぱねてしまったが、紫式部はどこか納得したような表情でゆっくり頷くと、あたしに合わせて歩き出した。
紫式部に痛むことを悟られないようにあたしも出来るだけ普通に歩いていく。
けど、
あたしは気付かなかった。
こうして自分の内から込み上げる劣情、それと葛藤していることが、彼女には筒抜けだということに。
⚫
電気のついている建物はいわゆるネットカフェというものだった。
区切られた狭い個室で、インターネットしたり漫画を読んだり、もしくは寝泊まりするところとは聞いていたけど、
「こんなところじゃ落ち着いて寝られないだろうな…。」
質素な作りのそこは到底落ち着けるような場所ではないと思った。
薄い壁で仕切られただけだしきっと音も丸聞こえなのだろう。
幸い利用者も、店員なども誰もいない。
店の中は荒らされた形跡もなく、とりあえずあたしは一番広い個室で腰を下ろした。
「…。」
治療はしてもらったが、まだ痛みはある。
それよりもまず、ここからどうするかだ。
「これから…どうしようか…。」
世界は突然崩壊した。
まるであたしのささやかな願いを叶えたかのように。
けどこんなこと望んじゃいない。
前代未聞のこの状況で、あたしはどうすればいいんだ。
「とりあえず、お風呂に入りましょう。」
「へ?」
そうやって悩んでいたら、紫式部が急に間の抜けたことを言い出した。
「い、いやあの…今どういう状況か分かって」
「だからこそです葵様。どうやら先程からだいぶ焦っておられる様子。今は考えに余裕を持つために、"りらっくす"するというのも良いのではないでしょうか?」
…。
たしかに、そうなのかもしれない。
ぶっちゃけこの状況に頭がまだ完全に追い付いていない。
世界がおかしくなったことも、あんな化け物が闊歩しているのも、
そして、あたしのサーヴァントだという紫式部のこともだ。
「うん…紫式部さんの言う通りかもしんない。」
「"さん"付けはおやめください。今や私はあなた様のさあばんと…気兼ねなく、"香子"と呼んでくださいませんか?」
「…か、考えとくよ…か、かお…"キャスター"。」
一瞬いいかけたが、呼び直した。
例えその人がゲームの登場人物だとしてもあの紫式部を呼び捨てに、果ては本名(諸説アリ)で呼ぶなんてとんでもない。
ここはそれらしく"キャスター"と呼んだ方が無難だろう。
すると紫式部はややむくれたような表情を見せた。
少し機嫌を損ねてしまった。
これから仲良くやっていかなきゃいけないのに。
「じゃ、じゃああたし、シャワー浴びてくるから…。」
「はい、いってらっしゃいませ。」
平静を装って足の痛みに耐えながら、あたしは歩いていった。
「…。」
その背中を、ずっと見つめている紫式部。
「ええ、そうですか。そのような感情を。」
あたしに聞こえないくらいの小さな声で、紫式部はそっと呟く。
「ここはあなた様のさあばんととして、心の内をありのままにするまで…。」
⚫
「はぁ…。」
脱衣カゴにスーツを投げ込み、とりあえず大きく深呼吸をしてみる。
「なんか…大変なことになっちゃったな。」
どこか息苦しいスーツを脱ぎ捨てて生まれたままの姿になると、今まであったことが頭の中で再生される。
あんまりにも突然で、あんまりにも現実離れした出来事。
この世界はどうなったのか。
そして、あたし自身はこうなってしまった先で生きることは出来るのか。
あの時は生きたいと必死に願った。
でも、それから先の事はまるで考えてなかった。
後先考えずに突っ走る。あたしの悪いクセだ。
まぁいいや、
ともかくともして今は熱いシャワーを浴びよう。
窮屈なシャワールームに入り、ハンドルをひねる。
最初は冷たい水が出たがじきにお湯になった。
温度調節をして熱めのシャワーにし、髪をかきあげてその熱さを身体全体で感じる。
「…。」
紫式部…。
突然あたしの前に現れた、サーヴァント…。
ゲームからやってきて、自分をマスターとして従うと言っていたが、アレは本当なのだろうか。
いや、正直嬉しい。
あんな人があたしのところに来てくれたんだ。
だけど、これから先彼女とうまくやっていける自信がない。
人付き合いが苦手とか、そんなんじゃない。
ただあたしはああいった人を見るとどうしても…
「"胸の内が高鳴る"…ですか?」
「え…?」
声が聞こえ、ハッとなって振り向く。
いつの間にかドアが開いていて、そこには紫式部が笑顔で立っていた。
しかも、
「な、なんてカッコして…!?」
一糸纏わぬ姿、
裸でだ。
「なんて格好とは、当たり前ではありませんか。湯浴みに衣類は必要ありませんから。」
「い、いや…!!そういう問題じゃなくて…!」
待ってほしい。
目のやり場に困る。
それにこのシャワールームは一人用だ。
二人入ればそれはそこそこ窮屈だし、どうしても身体同士が触れ合う。
「どうかしましたか葵様。随分と目を泳がせているように見えますが?」
「い、いや…あの…その、」
その時、
「…見たい、ですか?」
「…!!」
紫式部がずいと近寄ってくる。
手首をつかまれ、壁に追い込まれるあたし。
さながら、はりつけにされたみたいだ。
「ね、ねぇあの…紫式部さん?」
「気付いておりましたよ。葵様。」
あたしの事は気にせず、彼女は話を始める。
「私を見るそのいやらしい視線。一定の距離を保ち、近づきすぎないようにしているその態度。そして女同士だと言うのに、何故そこまで恥ずかしがる必要があるのでしょう?」
「そ、それは…。」
「ああ、そうですね。葵様は"女同士"だからこそそのようにするのですね。」
「!!」
まさか…
見抜かれていた?
「ええ、筒抜けですとも。」
「…!」
頭の中も、読まれてる?
「泰山解説祭なるものを、ご存じでしょうか?」
そうか、
忘れていた。
紫式部には"泰山解説祭"があるんだった。
「ご説明は…いらないようですね。」
対象の心の内を文章にして映すもの。
そしてたちの悪いことに、その文章化されたものは本人には見えないのだ。
つまり、
「出会ったときから私に劣情を抱き、その中で葛藤する葵様。秘密がバレまいと必死に隠すその様はとても趣がありました。ええ、一作品書けそうです。」
最初からお見通しだったんだ。
「な、何を言って…!!」
逃げようともがくも、掴まれた手首はびくともしない。
「ふふ…そろそろ自分で認めてみてはいかがですか?」
「そんなの…あたしは…!」
違う。
その感情はずっと抑え込んできた。
あたしはおかしい、異常だ。
本来なら女性は異性と恋愛し、付き合うものだ。
だけどあたしは、これっぽっちも男性に魅力を感じたことがない。
それよりも女性に魅力を感じ、そして時には性的な目で見ることだってあった。
そう、あたしは
「"同性愛者"…と認めてみては?」
女性しか愛せない、同性愛者なのだと。
後書き
源 葵
今作の主人公、二十歳の女性。
ショートカットにした金髪は染めたものではなく地毛。
そしてとっつきにくそうなつり目の青い瞳が特徴。
いわゆる金髪碧眼。
イギリス人の祖母を持つクォーター。
祖母は昔から日本の書物に興味をもっており、親が多忙のためよく祖父母の家にあずけられていた葵もまた自然と本が好きになっていった。
読書好きの彼女ではあるが運動神経抜群であり、陸上部所属ではあったものの他の部活から助っ人として呼ばれることもしばしば。
また、キツい見た目とは裏腹に誰とでも分け隔てなく接することができる人。
勉強以外(国語除く)はなんでも出来るハイスペック人間だった。
そんな彼女は実はレズ。
同性である女性に魅力を感じるため、同性からは少し距離を置いて接していたりする。
理想的なタイプはおしとやかで胸の大きな女性。
逆に男性には全く興味がないため、友達はどちらかと言えば男の方が多かった。
ちなみに気になるバストサイズはAA
運動の邪魔になるからね、しょうがないね。
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