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男女美醜の反転した世界にて

作者:黒色将軍
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反転した世界にて5

 あれから。
 僕と荒井くんは合計で二時間近く話し込んだ後、外が暗くなってきた頃合いで、僕たちは喫茶店を後にした。
 その後も電車までは一緒だったので、駅で別れるまでの間の話題も尽きることを知らず。
 議論の焦点は勿論、この世界の価値観について。
 ――例えば、"元の赤沢拓郎について"。
 この世界にも僕――赤沢拓郎は存在していて、彼は彼なりの生活を――輝かしい青春を送っていたはずなのだ。
 それなのに、その中身だけが僕と入れ替わってっしまっている。では元の――反転した世界での赤沢拓郎は、一体どこへ行ってしまったのか。
 気になってしまうのは、やはり罪悪感ゆえか。僕は知らず知らず無自覚に、"この世界の赤沢拓郎"に乗り移って、厚顔無恥に"この世界の拓郎"と名乗って生きようとしている。
 ――でも、これも荒井くんから言わせれば、

「入れ替わってる、って感じはしねーな。記憶喪失っていうならわかるけど」
「その心は」
「だってさ。話せば話すほど、拓郎は拓郎のままなんだもの。中身は別人ですなんて言われても、しっくりこないぜ」
「いや、でも実際に――っ」

 発言の途中で、荒井くんがじーっと僕の顔を覗き込んでいるのに気づいて、僕は慌てて顔を背ける。誤解して欲しくないのだけど、別に荒井くんのおげちゃな相貌を、視界に入れたくなかったからとかでは決してない。そんなド失礼な理由ではなく、ただ単に目を合わせるのが怖かったからだ。
 ふん、と荒井くんは鼻を鳴らして、なぜか勝ち誇ったような顔で、話を続ける。

「――そういう変に頑固なところとか。こっちから目を合わせようと、すぐに逸らそうとするところとか。話し方から細かい仕草に癖まで、俺の知ってる拓郎そのものだよ」
「むむむ」

 論破できない。
 荒井くんがそういう認識である以上――そのように思い込んでいる以上、今の僕が、本物の僕――"この世界の赤沢拓郎"ではないことを、証明することのできる証拠は存在しない。
 僕の記憶だけが頼りなのに。荒井くんは、『なら記憶喪失だな』と判断してしまった。
 物的証拠はない。
 ――例えば、僕の携帯電話。中学卒業と同時に買ってもらってから一年半ほど使ってきた記憶はあるのだけど、しかし中身――アドレス帳には、僕の知らない連絡先が登録されていた。
 具体的には、荒井くんの連絡先と、"母さんの携帯電話番号"。
 そして逆に、登録されている筈の"父さんの携帯電話番号"が、見つからなかった。母さんは自分の携帯を持っていなかったはずなのに。

「むぅ……」

 このまま家まで連れて行けば――、いや駄目か。朝は気が付かなかったけれど、携帯の中身まで僕の知らない内容に変わっているのだ。僕の部屋は、この世界基準で僕の部屋のままである可能性が、高い。
 ……この期に及んで、荒井くんを説得しようと頭を回転させている僕の姿は、やはり、『変なところで頑固』と思われているのだろうか。
 ままならない。

「どうしてもなんとかしたいってんなら、もう病院に行くしかないかもな。俺が拓郎を連れて行くってことはしないけど、お前の親御さんとかはな。あまりにも違和感を感じたらその限りじゃないだろうし」
「それだけは、マジ勘弁」

 いや、もちろん。そんな我儘を言っていられるような、いよいよ抜き差しならぬといった事態に陥ったのならば、流石の僕も、壁が白くて窓のない部屋に軟禁される覚悟を決めなくっちゃいけないんだと思う。
 いよいよ、っていうのは、即ちあまりのカルチャーショックに耐え切れずに暴れ出したりとか。
 僕の深層心理に押し込められたかもしれない、"元の世界の赤沢拓郎"が、僕に心の中で話しかけてきたりして、僕と僕が自分の身体を奪い合って拓郎大戦争だなんて局面に発展するまでは、そういうところのお世話になるのは避けたいと思う。
 
「だったら、早く記憶を取り戻すか、あるいは"この世界"に、さっさと慣れるかして。誰にもバレないようにするんだな。なに、難しいことじゃないだろ。俺だって話を聞くまでは、気が付かなかったとは言わないまでも、そんな突飛なことを言い出すだなんて思ってもみなかったんだしさ。当然、協力だってする」
「ありがとう……。あと、このことは」
「『このことは』、誰にも言わねーよ。当たり前だろ、言えるわけねーよ。……別にお前のためじゃねーぞ。こんな話を誰かに漏らして、『俺が拓郎に嫉妬して陥れようとしてる~』、なんて噂が立ったら堪らないからな」
「荒井くん……」

 コイツは、ホントにコイツは。憎たらしいくらいにどこまでもイイやつだった。
 心の底から、救われてる。もし荒井くんがいなければ――僕の存在を認めてくれて、これからも頼りにできる友人という存在がなかったりしたら。
 きっと僕は、価値観の相違や、様々な重圧に耐え切れず、やがて本当の意味で精神をおかしくしていたに違いない。

「ホントしつこいくらいツンデレだよね荒井くんって」
「ツンデレ言うな」
 
 けれど素直に感謝するのは小恥ずかしいので、憎まれ口を叩いてしまう。
 あ。
 ……そっか。こういうのだ。
 ふと、僕が全然脈略なくだけれど、とあることに気がついた。
 
「……もしも、俺のはツンデレじゃなくて、デレだって言ったらどうする?」
「ぶっ飛ばす」
「手厳しいな。ま、そういうところも拓郎らしいよ」
「まずは前言を撤回してくれないかな」
  
 お互いに遠慮なく、傍から見たら眉を潜めてしまうような言葉でも気にせず言い合えるような。
 ――僕にとって荒井くんは、そういう存在なのだと、気づく。
 それは、"僕"が、"この荒井くん"と積み上げてきたものではない。言うなれば、僕が"この世界の赤沢拓郎"から横取りしたようなもので、僕が我が物顔で主張していいようなことではないのかもしれない。

 でも、だからこそ、考えてしまうのだ。
 この荒井くんと、あの荒井くん。違っているのは髪型と眼鏡レスなところ。そして僕に対してやたら優しいこと――くらいの差だ。
 話し方も仕草も、ゲームの趣味……は大分違うけれど、とにかく、同一人物だと判断できるくらいには、僕から見る荒井くんは、荒井くんのままってこと。

 心の中で、今までの立ち振る舞いを鑑みる。
 ――思えば僕は、ことあるごとに自分の容姿や性格を言い訳にして、他人との接触を遠ざけて生きてきた。
『他人が嫌い』と、思われたって仕方がない。なんだかんだと言い訳をして、他人から離れようとしていてのは、僕の方なのだから。
 それなのに荒井くんは――、"元の世界の荒井くん"は、僕に構ってくれていたじゃないか。
 今となっては、元の世界の荒井くんが何を思っていたのか、確認するすべはないけれど。
 僕だってもうちょっと積極的に――せめてメールアドレスを交換できるくらいに、荒井くんに対して心を開いていたのなら。

「でもお前、もし他の男子から告白されたときに、『ぶっ飛ばす』なんて言葉使うのはNGだぞ。もうちょっとオブラートに包んでさ……」
「いや、仮にでもそういうこと考えるのはやめようよ」
「いやいや大事なことだぞ。お前、今までホンットに社交性ゼロで近寄りがたいキャラだったんだから。それが急に今のキャラに変わったりしたら、勘違いする輩がいたってなんらおかしくはない。白上みたいにな」
「白上さんならともかく、男子が来たらちょっと冷静ではいられないかな。悪い意味で」
「白上ならって……、そうだよお前。ちょっとその辺詳しく――」
「……」 

 "元の世界"でだって、僕と荒井くんはこんな風に下らないことを言い合える仲――すなわち親友同士にだって、なることができたんじゃないだろうか。
 意味のない感傷ではあるけれど、考えずにはいられなかった。
 
「……ありがとう」

 ぼそりと、荒井くんに向かって、でも聞こえないように呟く。
 しかし僕のつぶやきは、ばっちり荒井くんの耳に届いていた。荒井くんは少し驚いたような顔をした後、げんなりとした顔で、 

「……お前がデレるのかよ。考える時間を貰ってもいいですか」
「考えないでよ。即断ってよ」
「いやでもちょっとだけドキッと来たぞ今の台詞と表情」
「やめろよマジで。お友達でお願いします」

 
 ◇


「へくちっ!」
『なに、風邪?』
「あー、誰か私の噂してるのかも」

 赤沢拓郎と荒井祐樹が、電車の中で雑談をしていた頃と同時刻。
 自室のベッドの上に寝転がりながら、携帯で友人との通話に興じる少女の姿があった。 
 整頓されている――とは言い難い、乱雑に散らかった部屋だ。ベッドのすぐ近くに配置されている本棚には、女性向け雑誌が所狭しと詰め込まれている。
 枕元に置かれているノートPCからは、男性メンバーで構成されているボーイズバンドが唄うJ-POPが、垂れ流しになっていた。
 如何にも"女子校生の一人部屋"といった様相の一室にて、少女――白上翔子はティッシュペーパーを手元に手繰り寄せながら、友人との会話を続ける。

「心当たりといえば、赤沢さんしかないわね。これは、ついに私の時代が来たってところかしら」
『ついにって。……ホント、無駄にポジティブだよね白上って。素直に尊敬するわ、あんたのそういうところ』
「ん? もしかして馬鹿にされてる?」
『褒めてるわよ。もやし女のくせに、頑張ってるよね』
「もやし女言うな! 今度、あんたの家の引き出しで――」
『はいはい』

 もやし女――と、中学校の時だったか。だれが言い出したのかは定かではないけれど。気が付いた時には、それは白上翔子に対する不名誉なあだ名として、定着してしまっていた。
 女のくせに線の細い――細すぎる容姿。にもかかわらず、不相応に張り出した肉付きの良すぎるバスト。
 加えてその面もまた、この世界(・・・・)の男性であれば生理的に嫌悪感を催してしまうような、いわゆるどうしようもないほどのブス顔。
『風俗で入店を拒否されるレベル』『白上と付き合うくらいならダンゴ虫と結婚した方がマシ』『顔がもうなんかもう、フェルマーの最終定理』『ミドリムシ以下』――などと、散々な言われようであったことは、翔子の記憶にも新しい。

『あんた、今日はやけに赤沢さんにちょっかい出してたけどさ。正直やめといた方が良いと思うわよ、ああいうの』
「な、なんでよ。別に赤沢さん嫌がってなかったじゃない」
『根拠は』
「赤沢さん私にお弁当作ってくれるって言ってたんだから。どこに嫌いな人のお弁当をわざわざ作ってくれる人がいるのよさ!」
『どう考えたって断りきれなかっただけでしょアレ。空気読めないんだから』
「それは……、そうなのかな……」

 言われてみれば。あのときの赤沢の様子は、自分が思うほどには好意的なものではなかったかもしれない。
 常に私の方から顔を逸らしていたし、話し方も妙に余所余所しいというか。それなのに私は、肩と肩の距離が三十センチと離れていないくらいに引っ付いて、やっぱりあの時赤沢さんも心の中では嫌がっていたんじゃそもそも――。 
 ――。
 そこまで考えて、翔子は自らのネガティブ思考を放り投げる。

「もしホントに嫌がってたら、お昼ご飯を一緒になんてなれなかったわよ。少なくとも嫌われてはいないはずだわ」
『……ホントすごいよ、あんたのそういうとこ』

 虚勢を張っていないわけではない。けれど、本心でそう思っていないわけでもない。
 どうせ空気なんて読めないのだから。目に見えない雰囲気なんて得体のしれないモノに怯えて、何もできなくなるのはごめんだ。
 赤沢さんの方から、『もう近づかないでくれ』という風に言われない限り、自分にだってチャンスはあるはず――あっても、許されるはずだ。
 
『そうやって舞い上がんのもいいけどさ。赤沢さんがどう思ってるかもちゃんと考えなさいよ』
「わ、わかってるわよぅ……」

 無論、空気が読めないことを言い訳にして、赤沢さんの感情をないがしろにするつもりはない。
 だからと言って、『自分が近づくだけで赤沢さんが傷つくとか』、そういう風に考えるのは、また何か間違っている。
 そこまで自分を卑下にする必要もまた、ないはずなのだ。
 
『もう少し身の振り方ってのを考えた方が良いんじゃない? あんたのそういうところ、よく思ってない連中だっているんだしさ。ほどほどにしなよ』
「はいはい」
『……と、父さんが呼んでる。夕飯出来たみたいだから、そろそろ切るわね』
「ん。じゃね」

 翔子は友人の忠告を話半分に聞き流し、キリのいいところで通話を終える。
 そのまま携帯を操作して、データフォルダに保存されている写真の中から、一枚を選び出し画面に表示させた。

「赤沢さん……」

 そこに映っているのは、休み時間の教室で、腕を枕にして眠りこけている拓郎の姿だった。
 実に気持ちよさそうな表情で爆睡を決め込んでいるその様子は、しかしこの世界(・・・・)の基準――白上翔子にとっては、天上におわす神がうたた寝をしているかの如く。
 浮世の存在であるとは思えないほどに、綺麗で、可愛くて、美しい(3コンボ)。"春眠暁の眠り彦"の名にふさわしい、可憐な寝顔だった。
 
「……ゴクリ」
 
 じゅん、と。翔子は自らの下腹部が熱く火照ってきているのを自覚した。ムラムラと湧き上がってくるのは、純な想いとはかけ離れた、爛れた黒い欲望。
 実のところ、翔子は先ほど友人と会話をしていた時分。通話の途中で拓郎の話が上がってきた辺りで、スイッチがONになるかの如く性的な興奮を催していた。
 早速、そのリビドーを開放するために、翔子はセーラー服のパンツとスカートを脱ぎ捨てて、しっとりと潤う女性器に空いている方の指をあてがう。
 躊躇はない。もう高校二年生、身体的には十分に大人として認められていながらも、思春期真っ盛りな女子校生。
  
「ん。……赤沢、さん……」

 意中の男子を思い浮かべながら、翔子は自信が一番気持ちいいと感じる場所を、細い指でまさぐる。
 普段は嫌悪する自分のか細い指先も、この時だけは感謝しないでもない。赤沢拓郎の、その枝葉のような手指を容易に連想出来て、より一層、美しすぎる彼の愛撫を妄想できるから。
 翔子の想像の中で。
 ――自室のベッドの上で。拓郎はベッドの上に四つん這いになって、翔子がM字に広げている股下を眺めている。無表情のまま、つまらなさそうに。
 けれど恥部をいじくるその指は、限りなく情熱的だった。既にビンビンに突起しているクリトリスを、人差し指と中指で挟みながら、親指で擦り上げる。

「ひぁ……それ、いいっ……もっと」

 『気持ちいいの、白上さん?』と。いつも夢想して、遠くに聞こえていただけだった拓郎の声が、今日に限っては至極鮮明に、耳元で囁かれるかのように聴こえた。それもそのはずで、つい数時間前に、翔子は拓郎の奏でる可憐な声色を、特等席で聞いていたのだ。
 お互いの匂いが伝わり合ってしまうような、肩と肩が三十センチと離れていない距離。我ながら、勇気を出してよかったとしみじみ思う。
 興奮のギアが一段階上がった。 

「ふ、ぁは……そこ、すごくきもちいよ、拓ろぉ……」
『ホント、女の人ってエロいよね。どうしようもないよ』

 能面のように張り付いた無表情のまま、口元だけを僅かに歪ませて。妄想の中で拓郎は証拠を嘲笑う。
 現実の拓郎は決してそのような言葉を言わないだろうし、そんな目で自分を見てくれることもないだろう。ましてや、自分の濡れに濡れた欲情ま○こを弄ってくれるようなことは、ない。

「ふ……くっ、……えぐ……」

 ――頭のどこか片隅では、ちゃんと理解しているのだ。赤沢さんが、自分のことを恋愛対象としてみてくれるなんて夢物語は、あり得ないのだと。
 "もやし女"と"眠り彦"。翔子と拓郎とでは、何もかもが違う。立っているステージが、住んでいる世界が違う。
 片や、モテモテ美男子一生勝ち組予備軍。そんな存在に分不相応に恋慕を募らせている、非モテブサ面一生処女候補。天秤にかけるのも馬鹿らしくなるくらいに、釣り合いの取れない二人だ。

「えっぐ……うぅ、ふ、ふふ……うぇへへ……」
 
 翔子は無意識に涙を流しながら。
 涙に歪んだ酷い表情で、そんな悲しい現実を笑い飛ばすようにしてオナニーを続ける。
 ネガティブなことばかり考えていたって、仕方がない。どうせそれが現実なのだ。だったら想像の中でくらい、存分に楽しんだっていいじゃないか。
 ――"今を楽しむ"、とは言わずとも。曲がりなりにも、拓郎は翔子と会話をしてくれて、しかもお弁当を作ってくれる約束までしてくれた。自分と対等の立場で対話してくれたことが、翔子にとってはどうしようもなく嬉しくて、そして大切なことだった。

「拓郎……、もう、限界……挿れてぇ……」

 迸る妄想の中、白く濁った本気汁がとろとろと流れ出してきた頃合いで。翔子は目の前に夢想する拓郎に懇願する。
 自慰に使っていない空いた方の手で、布団の下に隠してあるオナバイブを取り出して、ぱっくり開いてと挿入を心待ちにしている割れ目にあてがった。
 
『ん、いれるね』
「うん、来てぇ……、拓郎のち○ぽぉ……」

 実際には拓郎のではない、通販で買っただけの大き目のオナバイブだ。けれど今この時だけは、それは拓郎の一物だ。
 ズプズプと、翔子の湿りきった膣が、オナバイブを容易く飲み込んでいく。妄想する拓郎の表情はやはり変わらないけれど、ほっぺたにほんのりと赤みが差していて、このまぐわいに興奮をしてくれているのだ。

「う、ぁぅ……挿入ってきたぁ……」
『動かすね。白上さん』

 慣らす必要なんてない。オナバイブで膣をしごくのに、前戯のような助走時間なんて必要ないのだ。
 はじめから、一番奥。子宮口に打ち付けるようにして、翔子はオナバイブを激しく出し入れを繰り返す。想像では、翔子は拓郎の折れてしまいそうにな腰元に腕を回して、拓郎のピストン運動を手伝っている。
 
『好きに動かしていいよ、白上さん』
「うん、うぅっ、 っは……、気持ちいい、気持ちいいよ拓郎っ!」

 汗と愛液と本気汁を垂れ流しにしながら、ぐちゃぐちゃになっている翔子の下の口。また、仰け反って枕に押し付けられている翔子の相貌も、下の口と同じくらいに蕩けきっていた。
 悲しさ故か気持ちよさ故か。当の本人にも判断できないくらいに混濁する意識の中で。
 涙と涎で濡れた表情。快楽に身を任せて緩み切った口端。緩々になった涙腺から、ポロポロと滴を零しながら、翔子は喘ぐ。

『あ。白上さん、もうイキそうなんだね』
「はぇ……、ぃく、もうイクのぉ……たくろぉ……っ!!」
 
 翔子が限界を迎えるまでに、挿入してから一分と経っていない。いまどきの素人処女女子校生の持続時間なんて、こんなものだ。
 いつの間にか翔子はオナバイブを握る腕だけではなく、腰までもを使って激しく乱れながら、ラストスパートとばかりに乱暴に、自身の子宮口を苛める。
 ――否。激しく腰を振っているのも、翔子の子宮口を苛めているのも、それは拓郎なのだ。
 愛しい拓郎。可愛い拓郎。妄想の中でだけでもいい、想像するだけで十分、目の前で拓郎が自分のためにエロエロな姿を見せてくれるだけで、翔子は十全に幸せを感じていた。
 
『ほら、イって。白上さん』
「んんぅっ! いぅっ! イッぐぅうううぅっ!」

 下唇を噛み締めながら、翔子は一度目の絶頂を迎える。
 快感の荒波と興奮の激流に身を任せながら、最高潮に達する精神の狭間。翔子は拓郎に抱きしめられながら果てる情景を妄想した。

「はぁ……、はぁ……たくろぉ……もっとぉ……」
『なに、もう一回したいんだ。ホントエロエロだよね、白上さん』

 尽きることのない素人処女女子校生の性欲。
 ――普通、一般的な女性が男性との行為を想像するとき。大抵の場合は女性が精神的上位に立って、男性をリードするのが常識とされている。
 けれど翔子の妄想はちょっと変わっていた。拓郎にエッチな言葉を言わせながら、自身のあられもなくよがる姿を見られて、興奮してしまう。
 ちょっと苛められたいお年頃。オープンスケベにして隠れMな、白上翔子。

『今度は白上さんのココ、舐めてあげるね』
「うんぅ……おねがぃ……はぅっ!!」
 
 翔子の妄想も留まることを知らず。行為は第二ラウンドへ。
 ――この日の自慰回数は、翔子の一日当たりの連続絶頂記録を大きく上回る好成績となった。


 ◇


 女子には、――この世界の女性には、俗にいう"賢者タイム"と呼ばれるものが存在する。
 性にあまり関心のない、どころか嫌悪感を抱いていることの方が多い男性にとっては、あまり聞きなれない、もしくは共感など望むべくもない言葉であろう。
 しかし女性の――特に性に関心が強い思春期の女子にとっては、それは日常的で、且つ、呪われた言の葉なのである。

 滾りあふれ出る性欲を粗方発散し、やがて訪れる"現実"に引き戻されるその瞬間から、それは始まるのだ。
 具体的に例を挙げるとするならば、例えば、――朝。いつも目覚まし時計に叩き起こされる時間よりも、少し早く起きてしまって、しかもムラムラしていたとして。
 大抵の女性は、そのまま、投げ出されてる両手を胸元と下半身へと動かすだろう。女性の性欲に、昼夜は関係ない。
 しかし、現実は非常だ。やがて、時計の針は先へと進み、目覚まし時計がアラームを鳴り響かせて、彼女たちを現実へと引っ張り戻していく。

 ――これはあくまで一例であって、ともかく、"こんな感じ"で、容赦なく賢者タイムは訪れる。
 これとは違う状況、パターンも無数に存在する。
 そう、

「おい翔子、聞こえないのか!? もう夕飯の時間だぞ!」
「ひぎぃっ!?」

 ――延べ一時間以上、翔子は愛しの少年をオカズに自慰(十回以上は絶頂に辿り着いている)行為を続け、尚も続行しかけたところ、母親の乱入によりそれは阻止された。
 その怒鳴り声が、下の階から聞こえてきただけならばまだ救いはあっただろう。しかし彼女は一人遊びに夢中で、父親の声に全く反応することができなかった。
 故に、

「……あぁ、父さんも『するな』とは言わんがな。もう少し考えてしなさい、そういうことは」
「ご、ごめんなさい……」
「もう夕飯出来てるから、早く降りて来いよ。あ、着替えてからな」
「……」

 こうして、彼女に"賢者タイム"が訪れる。今し方、行為に使っていた道具が、急に氷の塊にでもなったかのような錯覚と共に、彼女は現実に帰ってきた。
 加えて、彼女の魂に一つのトラウマが刻み込まれる事態へと相成ったわけではあるが。
 賢者タイムとは言い得て妙で、頭の中はやたらとクリアになり、今し方まで翔子を狂わせていた性欲などは遠いどこかへと吹き飛ばされてしまったかのごとく、欠片も残ってはいない。
 
「着替えよ……」
 
 翔子は重い体を引きずるようにしながら、父に言われたとおりに着替えを始めた。


 ◇


 女性の絶頂は長い。一度の絶頂が数分に渡って持続することもざらにある。 
 更に、一度波にさえ乗れば、女性は何度だってエクスタシーに達することができ、体力の続く限り快感を貪ることができるのだ。逆に、男性の絶頂は短く、また、女性の感じられるモノと比べれば、随分と小ぶりな快感である。しかも、一度絶頂――射精に達してしまうと、よほどのことがない限り、"萎える"という状態に陥ってしまい、しばらく射精することすらできなくなってしまう。男性の中には、この状態のことを"賢者タイム"と呼ぶ者もいる。
 その辺り、一般的な女性に比べて、男性が性に対して関心のない理由の一つだと言えるのかもしれない。
 それとは直接的な関係はないかもしれないが、女性の"賢者タイム"もまた、男性のソレと比べて、長く続くことがある。

「……はぁ」

 夕食を終え、歯を磨き、入浴を済ませて。
 翔子は暗くした部屋の中、うつぶせでベッドに突っ伏して、枕にため息を染み込ませた。
 ――今日という一日の間に、拓郎とした会話なんかを反復してにやけながら。
 不意に、友人の忠告を思い出す。

『あんた、今日はやけに赤沢さんにちょっかい出してたけどさ。正直やめといた方が良いと思うわよ、ああいうの』

 基本的にポジティブ思考の翔子。
 とはいえ。こんな気分だからこそ、考えてしまうこともある。
 翔子は、決してメンタルの強い人種ではない。むしろ人一倍傷つきやすく、他人の視線や中傷に敏感であると言える。
 
『もう少し身の振り方ってのを考えた方が良いんじゃない? あんたのそういうところ、よく思ってない連中だっているんだしさ。ほどほどにしなよ』

 言われるまでもなく、わかっている。自分の容姿は、どれだけ贔屓目に見ても醜悪なものだと言うほかない。
 そんなのが、クラスに花咲く一輪の花のような少年と、仲よさげに会話などしていようものなら……。
 自分なら、嫉妬を覚えずにはいられない。――覚えずにいられないからこそ、勇気を出して話しかけているのだが、今のちょっとダウナーな翔子には、その発想は生まれなかった。
 そしてそんな自分を目の敵にしている、好意的でない同級生がいることもまた、彼女は十分に知っていた。
 
『そうやって舞い上がんのもいいけどさ。赤沢さんがどう思ってるかもちゃんと考えなさいよ』

「……わかってるわよ。そんなこと……」 

 うとうとと、気だるげな眠気が彼女を包み込んでいく。
 明日の朝には、こんな気分も忘れて、元気な自分に戻っていることを信じて。

「……おやすみ」

 最後に、携帯の電源を切りながら――そこに映る拓郎の写真を指で一撫でして、翔子は眠りについた。
  

 ◇


「……はぁ」

 翌朝。 
 教室。自分の机に頬杖をついて、どことなく見つめるようにしながら、翔子は小さくため息をつく。
 今朝はいつもよりもかなり早い時間だ。朝、早くに目覚めてしまった彼女は、逸る心と冴える目を抑えることができずに、家から出てしまったのだ。
 そして、拓郎がまだ登校していないという事実に少なからず落胆を覚えた。

「……うぅ」

 時間が経てばたつほどに。胸中に燻る不安はどんどん降り積もっていく。
 ――彼のような高嶺の花が、わざわざ自分なんぞにお弁当をこさえてくれるはずがない。
 けれどそれ以上に、期待してしまう自分が憎らしい。
 裏切られて傷つくなら、最初から期待しなければいいのに。――およそ、普段の彼女らしからぬネガティブな思考が、彼女を支配しかける。

 ――そんなもやもやは、しかし、拓郎の声が翔子の耳に届いた瞬間、その途端に、一瞬で霧散してしまうのであった。
 
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