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俺はここにいる!

作者:月下美人
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第一話「会合」



 ローマ――時刻、二十二時三十分。


 とある高級ホテルの一室では重々しい空気が流れていた。


 大きなテーブルを囲む人数はわずか四人。老人が二名に若い男と女が椅子に腰掛けて沈黙を続けている。


 この国の中でも最上位に位置する魔術師であり、古く強力な騎士団の総帥である老人――【老貴婦人】の総帥と【雌狼】の総帥。


 騎士団【百合の都】を代表する若き総帥にして、『大騎士』の位階を持ち『紫の騎士』の称号を有する騎士。


 そして、彼と同じく『大騎士』の位階を持ち、魔術結社【赤銅黒十字】の代表であるわたし、エリカ・ブランデッリ。この中ではわたしが最年少だが、この場では年功などなんの意味も成さない。この会合で席をともにする時点でわたしたちには等しく発言権があるのだから。


「いい加減、結論を出すべきではないかね、諸君。我々全員にとって頭痛の種であり災厄の種である、ゴルゴネイオン。果たして誰に預けるべきかを」


【老貴婦人】の総帥の言葉に【雌狼】の総帥が口を開いた。


「預ける? それはあまり得策ではないと私は思うがね。我らの盟主、サルバトーレ卿が不在の今、異邦の王に頼ってはあまりにも情けない。そうは思わないかね? それに良い笑いの種になるのも忍びない」


「笑いたい連中だけ笑わせてやればいい、この際の恥など些細なものだよ。大局を見誤ってはいかん。重要なのは今回のゴルゴネイオンが紛うことなき本物であり、我らには仰ぐべき主君がいないということだ」


「恥辱だけならばいい。だが、王の怒りはどうだ? 我らが別の王に頼ったと知れば、サルバトーレ卿のお怒りに触れるかもしれん。私はそちらの方が恐ろしいね」


 世界最高峰の魔術師である総帥の言葉。剣技に優れ、この世の秘術を身に修めた老魔術師が一人の王へ畏怖を露わにしている。


 そう。確かにいかに剣技に優れようと、魔術の扱いに長けていようと、『王』と『神』には敵わない。それがこの世界の常識であり、覆しようのない事実だ。


「しかし、サルバトーレ卿がそのような些事を気になさいますか? あの方にとって我らは巣に群がる蜜蜂程度の認識でしょう。蜜蜂が新たな王女を選んだところで、あの方は差してお怒りにはならないでしょう」


『紫の騎士』が口を挟む。一九〇センチ程の長身に顔の下半分を無精髭で覆われている彼のスーツの色は紫。そしてネクタイも同色だ。やや悪趣味な色だが、これは彼の所属している組織【百合の都】の象徴が紫だからである。その組織に席を置いている者は紫をどこかに帯びるのは義務と化している。


 ――だからといって、スーツにネクタイまで紫にする必要はないと思うけれど。


「とはいえ、どの王を頼るべきかは私も皆目見当がつきませんが。ゴルゴネイオンは古き地母の徴。ヴォバン公爵なら古き女神との死闘に興味を示すかもしれませんが、『まつろわぬ神』から免れるためにバルカンの魔王を招き入れたとあっては元も子もない」


 確かに、かの魔王なら都市の一つや二つを簡単に壊滅させてしまうだろう。そこに一切の躊躇は微塵もないのは火を見るよりも明らかだ。


 ――うちの王も似たようなものだけど、まだわたしたちの言葉を聞き入れてくれる分はマシね。


「ではどうする。ほかに頼るべき王がいるのかね?」


 頃合と感じたわたしは静かに口を開いた。


「頼るべき王はいます。とある小さな島国で生まれた、新たな神殺しが」


「草薙護堂!」


【雌狼】の総帥が唸るような声を上げた。


「最も新しき王、八人目のカンピオーネ。わたしは彼を選びます」


「草薙護堂。近頃聞くようになった名だな。しかし、所詮は噂にすぎない。信憑性のない話を鵜呑みにするわけにはいかないな」


「グリニッジの賢人議会が作成したレポートは私も読んだ。彼の者が倒したとされる神……俄かには信じられないのだが」


 否定的な声を上げる老人たち。そんな二人にわたしは微笑みかけた。


「では、この情報はご存じでしょうか。サルバトーレ卿が不在の理由を。他でもない草薙護堂と仕合い、傷の療養のために不在なのです。今から半月前の夜に二人の王は刃と拳を交わし、死闘を尽くしました。ともに深手を負いましたが、幸い草薙護堂は快癒しています」


「馬鹿な! 草薙護堂がサルバトーレ卿と引き分けただと!? 卿は三つも権能を所有しているのだぞ! 対して草薙護堂は一つ、勝負にならんはずだ!」


 その言葉にわたしは軽い失望の念を覚えた。


「世迷いごとを仰いますのね。彼の王たちは神を殺めその力を簒奪した方々。人の身で神に勝利した、その名の通り『カンピオーネ』なのですよ。数字の上での戦力差がどこまで意味を持つのでょう」


 ぐぅの根も出ない老人に冷めたい目を向ける。『紫の騎士』が代わりに口を開いた。


「一つ伺わせて頂きたい。あなたは我々や賢人議会も知らないカンピオーネの決闘を知っている。どこでその情報を知ったのだ?」


「簡単です。わたし自身があの決闘の立会人だからです。あの方はいずれ名のある王へと上り詰めることでしょう。ヴォバン侯爵やサルバトーレ卿に匹敵するほどの魔王に。その未来に備えてわたしたちはあの方と友好を築いておくべきだと思うのです」


「ほう……『赤き悪魔』たる君がそこまで肩入れするとは、末恐ろしい人物のようだ。もしや、すでに草薙護堂とは浅からない関係なのかね?」


 それを耳にした途端、わたしは反射的に腰の剣を抜いていた。憤怒に満ちた目で目の前の老人を睨みつける。


「それは、わたしの名を知っての言葉ですか?」


「エリカ嬢、どうされた!」


 隣で『紫の騎士』が戸惑った声を上げるがそれを聞き流し、剣先を向けたままその目を見据える。


「わたしの名を言ってみなさい。わたしは誰?」


「……エリカ・ブランデッリ・海堂」


 わたしがなにを言いたいのか分かったのか脂汗を垂らす老人。侮蔑の視線を向けながらなおも言葉を続けた。


「そう。わたしはエリカ・ブランデッリ・海堂。最強のカンピオーネである海堂蒼蓮の妻であり、誇り高き第一の騎士よ。身も心も魂もあの人に捧げたわたしに、その言葉を吐くというの?」


「い、いや、すまない。失言を赦されよ」


 滝のような汗を流しながら額がテーブルに付くほど深く頭を下げる。それを見て溜飲を下げたわたしは剣を収めた。


「あの人は独占欲が強い上に変にプライドも高いから、わたしが他の男と関係を持っているだなんて話が耳に入ったらどうなるかなんて、言わずもがな解ることでしょう?」


「う、うむ。私の失言だ、本当に申し訳ない。それでだが――」


「安心して、別にあの人には言わないわ。こんなくだらないことであの人の手を煩わせたくないもの」


「恩にきる……」


 明らかにホッと息をつく老人。無理もない。あの人は滅多に怒らないけれど、わたしたち妻や娘関係となると途端に沸点が低くなるものね。


 普通なら「私が他の男に靡くと思うだなんて、そんなに信用がないの?」と思うかもしれないが、あの人とわたしたちは魂から繋がり合えていると胸を張って言えるし、途方もない信頼と愛を注いでくれているのも知っている。けれど、同時に独占欲が高いことも知っているから、嫉妬してもらえると純粋な歓喜の念が押し寄せてくるのよね。


「終わりましたか? なら話を戻しますが、残念ながら草薙護堂の力を我々は確認していないのです。果たして彼が真のカンピオーネなのか、我らは見極めなければならない」


『紫の騎士』の言葉に皆が頷く。当然、わたしもそのような要求が来ることも分かっていた。


「ええ、確かに総帥の仰ることもごもっともです。ですので、手っ取り早く、それでいて確実に証明して差し上げましょう」


「証明?」


 怪訝な目でこちらを見つめる彼にフッと微笑む。


「実は草薙護堂はすでにローマに到着しております。わたしが事前に呼び付けておきました。明日、あの方の戦いをその目で焼き付けて下さい。千の言葉に勝る現実が、そこにはあるでしょう」


「闘うとなれば、その相手は誰が務める? 王の相手となると生半可な者では話にならんぞ」


「ええ、ですので」


 笑みを浮かべたまま、次の言葉を紡ぐ。


「これ以上ない最高の相手を用意しました。わたしの主であり夫の海堂蒼蓮が相手を務めますわ」


 一同が驚愕で顔色を変えた。


「なんと! 御自らがお相手を!?」


「すると、海堂様も既にこちらに?」


「いえ、まだ本人には要件は伝えていません。ですが、二つ返事で承諾されることでしょう。これ以上ない究極の相手だと思いますが」


 重々しく頷く『紫の騎士』。


「うむ、確かに最高の相手だ。しかし、海堂様は今回の件に納得されるのか?」


「事後承諾になるけど心配はいらないわ。前々から護堂には興味があったようだし、それにあの人も他のカンピオーネの例に洩れず戦うのが好きだもの。きっと二つ返事で引き受けてくれるわ」


「そうか、ならよいのだが。お二方もそれでよろしいか?」


「う、うむ。海堂様が納得されているのなら、異論はない」


「同じく」


 これで舞台は揃った。あとは役者を待つだけ。もうすぐ愛しの妻と逢えるわよ、待っていなさい、あなた!

 
 

 
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