逆さの砂時計
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語り継ぐもの
子供達が元気に走り回りながら歌ってる。
難しい言葉でもすらすらと音になるのは、覚えやすい拍子や調子を付けてるからか。幼い子供故の少し乱れた旋律が、ずっとずっと繰り返されている。
「こよい、あなたに、かたるしらべは あなた、ひとりに、のこすおと。くれない、そまる、ほしぞら、みあげ おもい、だしてね、あいの、うた」
それは恋人に向けた伝言のようでいて、大切な誰かに語り掛けているとも受け取れる不思議な内容。
「せんの、かがやき、きえさった、あとに うまれ、はぐくむ、あなたは はざまで なにも、しらずに、ゆめを、つむいで。にどと、あえない、あいの、うた」
単調な繰り返しの中に刻まれる哀切。遥か昔から子供達の間で歌い継がれてきたその意味を考える人間は数少ない。流行り、廃れ、またいつの間にか耳にする程度の伝承。
「まよい、のもりに、ひかりを、てらせ。かげり、はとおく、ときの すなへと ひとみ、をとじて、せかい、さえぎり にどと、あわない、あいの、うた」
後半に入って、別れ際に誰かを励ましてるような抽象的な表現が増えた。
道に迷ったら一旦落ち着いて、冷静に考えろって事だろうか?
「ひかり、とよるの、さかいに、みちて めぐる、いのりは、そらの、たかみへ。たどれ、くちゆく、ひじりの さきを。とびらは、きっと、ひらく、だろう」
最後になると全く意味不明だ。
この歌がどれくらい昔から伝わってるのか正確には知らないが、推測するに何処かの時代で言語に大きな変化があり、現代語に近い形で翻訳されたのではないか。
異なる言語を一点の誤りも無く正確に表現するのは、その道を究めた者でも難しい。言葉に込められた意味は必ずしも一つではないからだ。
人の心が絡まれば、どんな単語にも普遍的な意味の他に個人的な意味が混じる。其処を誤って解釈してしまうと、一見文章として繋がっていながら、まるで空っぽな内容になる。
この歌もそうした類いの物なのかも知れない。
「……愛の歌……か」
ご近所から女性の呼び声が聞こえた。
怒られたくなくて、急いで家へ向かう子供達。
自宅の二階ベランダからその様子を眺めて、くす、と笑う。
見上げた空は茜色。真っ白に降り積もった筈の雪まで塗り替えて、太陽が眠りに沈んでいく。入れ代わりに月が目を覚まして、幾万幾億の煌めきを連れてくる。
かじかんだ指先に息を吹きかけて、眠りと覚醒の間をぼんやりと眺めていたけれど。
今日も特に大きな変化は無さそうだ。
自室に戻って、机の引き出しから手のひらほどの白い袋を取り出す。
蒼いリボンを解いて口を左手に傾ければ、ころん と澄んだ薄い水色の宝石が転がり落ちた。大きさは親指くらい。卵型の丸っこさが妙に可愛らしい。
よく見ると真ん中に何かが埋まってるのだが、目を凝らしても正体は掴めない。石を持つ角度で消えたり現れたりする小さな点は、夜、暗い場所で覗くと微かに点滅する。とても不思議だ。
この宝石は、つい先日川へ水を汲みに行った時に偶然拾った物。不透明な灰色の石の中で、キラリと光って存在を主張してた。
装飾の形跡が見当たらず、誰かの落とし物……という訳でもなさそうだったので、なんとなく拾ってしまったのだが……何故か、誰かを待ってる……そんな気がする。根拠は無い。本当にただそう感じるだけだ。
不思議な石を袋に戻して、再度引き出しにしまう。
一階から鈴の音が響いた。玄関にぶら下げている呼び鈴の音だ。
「はーい! 少々お待ちくださーい!」
小走りに部屋を出て階段を下り、真っ直ぐ先に在る一枚扉を外側に開く。
ベランダの真下に当たる空間に、真っ黒と真っ白、両極端な男性が二人並んで立っていた。
「こんにちは。このような時間に突然、申し訳ありません。私達は旅の者なのですが、たった今此方の村に着いたばかりで右も左も判らず困っています。よろしければ、村に宿泊所が在るかどうかだけ教えていただけないでしょうか? 無ければ無いで次の村へ急がなくてはいけませんので」
村の隅の家を選んで尋ねてみたらしい。礼儀正しい真っ白な男性が、穏やかな微笑みで私を見下ろした。
「宿泊所は無いです。ですが、これから東西南北どちらへ向かうにしても、村は当分在りませんよ。街なら在りますけど。一泊で良かったらウチに泊まりますか? 勿論、お代とかは要りませんので」
扉を全開にして、入りますか? と手で示してみる。
「……とてもありがたいお申し出で、正直助かりますが……貴女はお一人暮らしではありませんか? 見ず知らずの怪しい男二人を引き入れるのは不用心でしょう」
玄関の内側を見て判断したようだ。
確かに私は一人暮らしで、普通なら余所者を招き入れたりしない。
普通なら。
「合格です。失礼ながら、反応を試させていただきました。此処で喜んでズカズカと押し入る相手なら、蹴りを入れてお引き取り願うつもりでした」
幼い頃から少々武芸を噛んでる身だ。相手を見る目にはちょっと自信がある。この二人は問題無い。
……黒い方は微妙な気もするが。
「……なるほど。女性に対して逞しいと思うのは失礼でしょうか」
「いえ。純粋な評価として嬉しいですよ。どうぞ。何もありませんけど」
一旦外に出て二人の背後に回ると、白い男性が一瞬戸惑って
「ありがとうございます。お世話になります」
頭を下げた。
貴方もお礼を言いなさいと黒い方に説教してるのを見る限り、白い男性を抑えておけば黒い方も問題無さそうだ。
旅人にあまり良い印象は無かったのだが、珍しいタイプだな。
「これから夕食を作る所ですが、なにぶん不器用なもので。味と量には期待しないでくださいね」
黒い本以外の大きな荷物は無さそうなので、村人相手の応接に使ってる一室に案内して椅子に座らせる。
「邪魔でなければお手伝いさせていただけますか? 無償というのは心苦しいですから」
「それは構いませんが、お疲れでしょうに」
「慣れていますので」
ロングコートを背もたれに掛けて付いて来る白い男性を見送って、黒い方がテーブルに突っ伏した。
見た目に反して黒い方が体力が無いのか。
いや、だらけてるだけなんだろうな。多分。
「……では、材料を出しますので、それで適当な惣菜を一品お願いします。調味料はどれを使っても良いし、使い切っても良いので」
「分かりました」
知り合いでもない男性に目の前で料理をさせるなんて、初めての経験だ。
外見は優男そのものだが、腕前はどんなものかな。
少し楽しみだ。
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