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逆さの砂時計

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語り継ぐもの

 夕方。
 一日の仕事を終えて自室で着替えていたら、外から歌が聴こえてきた。
 数人の子供が一緒になって同じ歌を口ずさんでいるらしい。
 よく通る大きな声で、ちょっとずつズレた歌い出しと音程を辿ってる。

 クローゼットに仕事着をしまい、楽しげな気配に釣られてベランダへ。
 手すりに薄く積もった雪を払って寄りかかり、敷地の外へ目をやると。
 厚着した子供の集団が、ちょうど家の前に差し掛かった。
 大体五歳から十歳くらいの子供が、男女合わせて五、六人。
 どこかへ遊びに行っていたのだろうか?
 皆、興奮した様子で頬を真っ赤に染め、白い息を吐いている。

 色とりどりで個性的な毛糸の帽子とマフラーと手袋を纏った小さな楽団。
 疲れ知らずな彼らに元気を分けてもらおうと、その歌に耳を傾けてみた。

 彼らが歌っているのは、この地方に昔から伝わるものだ。
 地元で生まれ育った人間なら、知らぬ者は一人もいないと断言できる。
 そのくらい馴染み深く、だが、誰かに教わった覚えはない、不思議な歌。
 私も小さい頃に覚えて、なんとなく気分で歌っていた記憶がある。

 あの年頃の子供には発音も理解も難しい言葉が混じっているのだけど。
 それでも難なく音になるのは、覚えやすい拍子や調子が付いてるからか。
 幼い子供故の少し乱れた旋律が、円舞曲のようにくり返されている。

こよい、あなたに、かたるしらべは あなた、ひとりに、のこすおと
くれない、そまる、ほしぞら、みあげ おもい、だしてね、あいの、うた

 それは恋人に向けた伝言のようであり。
 友人、あるいは家族に語りかけているとも取れる内容。

せんの、かがやき、きえさった、あとに うまれ、はぐくむ、あなたは
はざまで なにも、しらずに、ゆめを、つむいで
にどと、あえない、あいの、うた

 単調なくり返しの中に刻まれる哀切、誰かの思い。
 その意味を真剣に考える人間は、それほど多くない。
 流行り、廃れ、またいつの間にか流行りだす程度の伝承。

まよい、のもりに、ひかりを、てらせ
かげり、はとおく、ときの すなへと
ひとみ、をとじて、せかい、さえぎり
にどと、あわない、あいの、うた

 後半に入って、別れ際に相手を励ますような抽象的な表現が増えた。
 道に迷ったら一旦立ち止まって、冷静に考えろ、ということだろうか?

ひかり、とよるの、さかいに、みちて
めぐる、いのりは、そらの、たかみへ
たどれ、くちゆく、ひじりの さきを
とびらは、きっと、ひらく、だろう

 最後になると、まったく意味不明だ。
 この歌がどれくらい昔から伝わっているのか、正確には知らないが。
 推測するに、歴史上どこかの時代でこの国の言語に大きな変化があった。
 その後、近代の学者か何かが、現代語に近い形で翻訳したのではないか。

 母語とは異なる言語が示す内容をすべて間違えずに正しく表現するのは、その道を究めた者であっても難しい。
 言葉に込められた意味は、必ずしも一つではないからだ。

 放つ側の事情と感情が絡まれば、どんな単語にも、普遍的な意味の他に、個人的な意図が混じる。
 そこを誤って解釈してしまうと、一見文章として繋がっていながらまるで空っぽな内容になる。場合によっては、意図と真逆の表現にもなり得る。
 そもそも言葉とは、同じ言語を使う者同士であっても、相手への好感度や受け取った前後の経験、仕入れた情報次第でニュアンスを変えてしまう物。
 この歌も、先入観や誤解や曲解の上に成り立っている物かも知れない。

「愛の歌、か」

 近所の家から、子供の名前を呼ぶ女性の大きな声が聞こえた。
 少々ご立腹な声色を聞き、慌てて歌を中断する子供達。
 バイバイと手を振って解散していくその様子を眺めて、くすっと笑う。

 見上げた空は茜色。
 真っ白に降り積もった雪を塗り替えながら、太陽が眠りに沈んでいく。
 入れ代わりに月が目を覚まして、幾万幾億のきらめきを連れてくる。

「やっぱり、平和で平穏が一番良いな」

 子供達の声が聞こえなくなった後も。
 しばらくの間、世界の眠りと覚醒の間をぼんやり眺めていたけれど。
 今日も、特に大きな変化はなさそうだ。

 これからもずっと、こんな日が続けば良いのに。



 自室に戻って扉を閉め切り。
 ふと目についた机の引き出しから、手のひらほどの白い袋を取り出す。
 底側を丸く、口側を直線に切り取った厚めの布を二枚縫い合わせた布袋。
 封代わりに結んである蒼色のリボンを解いて、袋の口を左手に傾ければ。
 薄い水色に透き通った宝石が、コロンと転がり落ちた。
 大きさは親指くらい。
 卵型の丸っこさが、妙に可愛らしい。

 よく見ると、宝石の真ん中に小さな点のような物が埋まっている。
 虫などとは違う、覗き込む角度次第で消えたり現れたりする小さな点。
 そのわりに、暗い場所で覗くと、どこから見ても微かに点滅していた。
 どんなに目を凝らしても正体を掴めない、これはなんなんだろう?
 とても不思議だ。

 この宝石は、つい先日、水を汲みに行った川で偶然拾った物だ。
 不透明な灰色の石に囲まれる中で、キラリと光って存在を主張していた。
 歪みらしい歪みが無いので、人の手で形を整えられたのは間違いない。
 しかし、落とし物にしては装飾を施していた形跡が見当たらず。
 売るとか飾るとかそんなつもりはなく、なんとなく拾ってみたのだけど。
 何故か、誰かを待っているような、そんな気がする。
 根拠は無い。
 本当に、ただなんとなく、そう感じるだけだ。

 不思議な宝石を袋に戻してリボンを結び、再度引き出しへしまう。

 と。
 一階から、カラランコロロンと軽やかな鈴の音が響いてきた。
 玄関にぶら下げている呼び鈴の音だ。
 誰かが訪ねてきたらしい。

「はーい! 少々お待ちくださーい!」

 部屋を出て小走りで階段を下り、まっすぐ先にある一枚扉を外側へ開く。
 ベランダの真下に当たる空間に、黒い髪の男性が二人並び立っていた。
 コートから靴まで、全身真っ黒と真っ白、両極端な装いをしている。

「こんにちは。このような時間に突然失礼します。私達は旅の者ですが、たった今こちらの村に着いたばかりで、右も左も判らず困っています。もしよろしければ、この村に宿泊施設があるかどうかだけ、教えていただけないでしょうか? 無ければ無いで、次の村へ急がなくてはいけませんので」

 どうやら村の門から一番近い家を選んで来たようだ。
 礼儀正しい真っ白な男性が、穏やかな微笑みで私を見下ろした。

「宿泊所は無いです。ですが、これから東西南北どちらへ向かうにしても、『村』は当分ありませんよ。『街』ならありますけど。一晩でも良ければ、ウチに泊まっていきますか? もちろん、お代などは要りません」

 扉を全開にして、入りますか? と手で示してみる。

「……大変ありがたいお申し出で、正直とても助かりますが……貴女は今、お一人で生活されているとお見受けします。見ず知らずの怪しい男を二人も引き入れるのは不用心でしょう」

 玄関の内側を見て判断したようだ。
 確かに、私は一人で暮らしている。
 普段なら、親戚でも村の人間でもない他人を招き入れたりはしない。
 普段なら。

「ご心配には及びませんよ。失礼ながら、反応を試させていただきました。ここでズカズカと押し入るような不躾(ぶしつけ)な方々なら、蹴りを入れてお引き取り願うつもりでした」

 幼い頃から武芸を噛んでる身だ。
 相手を見る目には、ちょっとばかり自信がある。
 この二人は問題ない。
 黒いほうは微妙な気もするが。

「……なるほど。女性に対してたくましいと思うのは失礼でしょうか」
「いえ、純粋な評価として嬉しいですよ。どうぞ。何もありませんけど」

 一旦外へ出て二人の背後に回ると、白い男性が戸惑いながら頭を下げた。

「ありがとうございます。お世話になります」

 「貴方もちゃんとお礼を言いなさい」と、黒いほうに説教する白い男性。
 黒いほうは、白い男性の声を避けるようにあさっての方向を見ている。
 家の中をジロジロ見る感じではないから、単に面倒くさがってるだけか。
 この様子なら、白い男性を押さえておけば大丈夫そうだ。
 旅人にあまり良い印象は無かったのだが、珍しいタイプだな。

「これから夕飯を作るところですが、なにぶん不器用なもので。味と量には期待しないでくださいね」

 黒い本以外の荷物が無いならと。
 まずは村人用の応接室へ案内して、テーブルを囲む椅子に座らせた。

「邪魔でなければ、私にもお手伝いさせていただけますか? 寝床に加えて食事まで無償で頂くというのは、さすがに心苦しいですから」
「それは構いませんが、お疲れでしょうに」
「慣れていますので」

 脱いだロングコートを背もたれに掛けてから、私に付いてくる白い男性。
 その背後で、黒いほうが両腕を伸ばしながらテーブルに突っ伏した。
 彼は見た目に反して体力が無いのか?
 いや、だらけてるだけ、なんだろうな。
 多分。

「……では、材料を出しますので、それで適当な惣菜を一品お願いします。調味料はどれを使っても構いませんし、使い切っても大丈夫ですから」
「分かりました」

 名前も知らない男性に目の前で料理をさせるなんて、初めての経験だ。
 艶やかで長い黒髪、穏やかに輝く金色の目、色白な肌に柔和な顔立ち。
 隣に立てば、ハーブのような清涼感のある香りがした。
 白い男性の外見と振る舞いは優男そのものだが、さて。
 料理の腕前はどんなものかな?
 少し、楽しみだ。

 
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