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逆さの砂時計

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クロスツェルの受難 B

 城下街とは違うのか? とりあえず適当に彷徨いてみたが……着いた時はそうでも無かったクセに、今じゃ何処もかしこも人間だらけ。通行人の隙間から覗く白い壁が目に痛い。なんでか知らんが、神々も人間も白い物が好きなんだよな。チカチカして落ち着かねぇ。
 賑やかな広場。広い筈の通りを埋め尽くす人波。活気溢れる中に少しの違和感。
 ……なるほど。どうやら王都に常設の露店は無いらしい。景観を損ねない為の工夫ってやつか。
 縦横一糸乱れず整列する建物は高さも幅も奥行きも総て同じで、一軒一軒がそこそこ大きな屋敷のような外観。個人宅か商宅かは、両開きの玄関扉を大きく開いているかどうかと、扉の横に高く掲げられた看板の種類で見分けるらしい。此処まで個性無く統一された外観が並ぶと壮観ではあるが、目立つ物が教会しか無い分道に迷いそうだ。
 乳白色の石畳を踏み付けながら、都中を行き交う話し声に耳を傾ける。
 子供は学舎にでも集まってるんだろう。殆どが女の声だ。稀に聞こえる男の声は観光か、商売に関わる内容しか飛ばさない。
 日中、世間話に勤しむのは母親の習慣か何かか? 単に暇なのか?
 子供の自慢、夫の自慢、親戚の自慢。卑下に見せかけた相手への侮蔑。夫への不満。家族への不満。日常の憂さ晴らし。相手よりも多くの物を持ってる事がそんなに嬉しいか? 居住地の規模が大きくなるほど、其処に住む女の虚飾度合いも跳ね上がる……これもやはり昔から変わってないらしい。可笑しな奴らだ。
 しかし……ざっと見渡した印象として、悪魔の干渉は感じられない。アリアが現れるとは思えないが……。
 「教会に行ってみるか」
 大雑把に一巡りした後、クロスツェルが向かった都の中心に足先を向ける。時々アリアの名前が聞こえるのは、この都の信仰が生きてるからだろう。リースリンデの話じゃ、女神が隠れてから数千年は経ってるらしいが……世代を重ねて生活様式が変わっても、アリアに救いを求めるんだな。欲深いっつーかなんつーか。何処まで脆い生き物なんだか。
 「? なんだ?」
 教会に近付くにつれて、ざわめきが大きくなっていく。学舎に入る前の小さな子供の声や、男の声が増えた。話し声というより、歓声……だな。珍しい催し物でもあるのか?
 教会敷地への入り口前で押すな押すなと人の山が蠢く。その向こうから微かに聴こえるのは、複数の楽器の音色。
 楽団か。だが、それだけではなさそうだ。遠くから、しなやかで美しいだの軽やかなのに華やかだの、踊り子を賛美する単語が流れてくる。どうやら舞楽団のほうらしい。
 現代の人間は、信仰する神の前でこんなお遊びをするのか。昔はひたすら祈るだけだったんだが……面白い。
 群れから一旦離れ、円状の敷地を反対側に回り、誰も居ないのを確認して二階部分に相当する高さの鉄柵を飛び越える。人間には見られるなってクロスツェルにしつっこく説教されてるからな。いちいち面倒臭いが余計面倒になるよりはマシだ。
 植え込みを乗り越えて表側に戻ると、座って演奏する舞楽団の背中とその向こうに見物客が見えた。踊り子は噴水の影に隠れてる。
 「楽器の種類も増えたんだな」
 小さな太鼓が軽快にトコトコと鳴り、澄んだ横笛の音と鈴の音がそれに重なる。中でも初めて聴く弦楽器の流麗な響きが耳を惹く。何者だ?
 見物客の最前列に紛れ込んで……

 絶句。

 弦楽器を弾いてたのは、真っ白な長衣を見事に着こなす、緩やかに長い金髪を持った華やかな女だ。
 胡座の姿勢で丸っこい楽器本体を太股に乗せ、其処から上部へ伸びる縦長な部分に張られた弦を、素早く丁寧になぞってる。
 その藍色の目と時々楽しそうに視線を交わして音楽に身を委ねてるのは、半透明なショールの両端と鈴を両手の中指に巻き付けた……クロスツェル。
 肩を露出し、腹部を曝して。前面を膝下、背面を踵まで覆う絹布を腰に巻き、ショールと同じく半透明なゆるゆるのズボン? を履いて、漆黒の長い髪を自由に遊ばせながら裸足で踊ってる。額には小さな赤い宝石が付いたサークレット。両耳には大きな金の輪。首元には細い金の鎖が三重に掛けられ、足首にも鈴付きの輪が填まってる。
 「……………………。」
 見物客の前で笑顔を振り撒きながら。髪の先から足の爪先に至るまで、全身を使ってくるくると。軽やかにくるくると……慣れてんな、アイツ。
 最後だったらしい一曲が終わって、一際大きな歓声が敷地内外に響く。
 拍手を贈られた一同は立ち上がり、一礼して……クロスツェルだけが俺に気付いた。
 「……ッッ!!!」 
 分かりやすく青褪めてやんの。
 両腕で顔を隠して、サッと教会に逃げ込みやがった。
 化粧してたからなー。

 ……さすがに、俺もどう反応して良いのか分からん。

 
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