逆さの砂時計
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クロスツェルの受難 B
『王都』と『城下街』ってのは、別物なのか?
国王が住んでりゃ王都で、城は防衛の拠点だったか。
城があれば国王が居るってわけじゃねぇんだよな、確か。
だが、ここは王都で、上のほうには国王が住んでる城もある。
この場合は、『王都で城下街』か『城下街が王都』ってことか?
「王城だの宮殿だの、都だの街だの。ただの寄せ集めに、よくもまあ細々と差異極小な名前を考えつくもんだな。情報戦の一環か?」
とりあえず、市街地を中心にアリア信仰と関わりがありそうな施設とかを探し歩いてみたが。
着いた時はそうでもなかったクセに、今じゃどこもかしこも人間だらけ。
ぞろぞろと動き回る通行人の隙間から覗く白い壁が目に痛い。
どういう理由でかは知らんが、神々も人間も白い物が好きなんだよな。
チカチカして落ち着かねぇ。
地元民と観光客で賑わう広場。
広い筈の通りを埋め尽くす人波。
活気溢れる中に、少しの違和感。
……ああ、なるほど。
どうやら王都には、屋台とか露店とか外置き用のテーブルが無いらしい。
休憩用の長椅子はあるが、商店や飲食店の物は全部建物の中に入ってる。
景観を損ねない為の工夫ってやつか。
縦横一糸乱れず整列する建物の群れは、高さも幅も奥行きも窓の数も全部同じで、一軒一軒がそこそこ大きな屋敷のような外観。
個人宅か商宅かは、商業区画にあるかどうかと、両開きの玄関扉を大きく開いているかどうかで見分けるらしい。
ついでに。
扉の横に高く掲げられた看板の種類が、その店の業種を表している、と。
その看板が店ごとに特色を出してる辺りは、見ててまあまあ面白い。
しかし、ここまで個性無く統一された建物が並ぶと壮観ではあるが。
看板以外の目印が教会の屋根しかない分、地元民でも道に迷いそうだ。
まあ、迷ったら迷ったで、教会へ引き返せば良いだけなんだろうが。
回りくどい造りだな。
何がどこにあるのか覚えんのも、すっげー面倒くさい。
乳白色の石畳を踏みつけながら、都中を行き交う話し声に耳を傾ける。
子供は学舎にでも集まってるんだろう。ほとんどが女の声だ。
稀に聞こえてくる男の声は、観光か商売に関わる内容しか飛ばさない。
日中、世間話に勤しむのは『母親』とやらの習慣なのか、単に暇なのか。
子供の自慢、夫の自慢、親戚の自慢、卑下に見せかけた相手への侮蔑。
子供への苛立ち、夫への不満、家族への不満、日常の憂さ晴らし。
相手よりも多くの物を持ってることが、そんなに嬉しいか?
居住地の規模が大きくなるほど、そこに住む女の虚飾度も跳ね上がる。
これもやはり昔から変わってないらしい。何と戦ってるつもりなんだか。
つくづくおかしな奴らだ。
しかし、ざっと見渡した印象として、悪魔の気配や干渉は感じられない。
こんな平和ボケしてる場所にアリアが現れるとは思えないが。
「……教会にも行ってみるか」
要所要所を大雑把に一巡りした後。
クロスツェルが向かった都の中心地に足先を向ける。
時々アリアの名前が聞こえてくるのは、都の信仰が生きてるからだろう。
リースリンデの話じゃ、アリアが隠れてから数千年は経ってるらしいが。
世代を重ねて、神や悪魔の実像が掠れて、生活様式が変わってもまだ。
人間ではないものに救いを求めてるんだな。
欲深いっつーか、なんつーか。
どこまで脆い生き物なんだか。
「? なんだ?」
教会へ近付くにつれて、都民のざわめきが大きくなっていく。
学舎に入る前の小さな子供の声や、男の声が増えてきた。
『話し声』っていうよりは……『歓声』? ……だな。
珍しい催し物でもあるのか?
教会の敷地への入り口手前で、押すな押すなと人間の山がうごめく。
その向こうから微かに聴こえるのは、複数の楽器の音色。
楽団か。
だが、それだけではなさそうだ。
遠くから
「髪先までしなやかで美しく無駄がない」だの
「動きの一つ一つが軽やかでありながら芯が通っていて華やか」だの
踊り子を賛美する単語が流れてくる。
どうやら『舞楽団』のほうらしい。
現代の人間は、崇め立てる神の前でこんなお遊びをするのか。
昔は地面に膝を突いてひたすら黙々と祈るだけだったんだが……面白い。
黒山の人集りから一旦離れ、円状の敷地を反対側に回り込み。
周辺に人間が居ないかどうか、視界と気配でしっかり確認して。
教会本体の二階部分に相当する高さの鉄柵を飛び越える。
人間には見られるなって、クロスツェルにしつこくしつこくしつっっこく説教されまくってるからな。
いちいち確認するとかクソ面倒くさいが、余計面倒になるよりはマシだ。
手入れが行き届いてる植え込みを乗り越えて、入り口側に戻ると。
噴水の向こう側で座って演奏している舞楽団の背中と。
こっち側に体の正面を向けてる、興奮状態の見物客が見えた。
鉄柵の中も相当広いってのにどこから湧いたんだか、見渡す限り人の山。
話題の踊り子は……ちょろちょろ動き回ってるせいで、よく見えん。
「楽器の種類も増えたんだな」
小さな太鼓がトコトコと軽快に鳴り。
澄んだ横笛の音と鈴の音がそれに重なる。
中でも、初めて聴く弦楽器の流麗な響きが耳を惹く。
初耳でもはっきり解るほどの優れた演奏技術とは、並じゃないな。
いったい何者だ?
興味本位で見物客の最前列に紛れ込み……絶句。
弦楽器を弾きこなしていた、そこらには居ないだろう腕前の持ち主は。
真っ白な長衣を見事に着こなす、長い金髪を持った華やかな外見の女だ。
胡座の姿勢で、丸っこい楽器本体を太股に乗せ。
上部へ伸びる縦長な部分に張られた弦を、指先と弓で丁寧になぞってる。
その藍色の目と楽しそうに視線を交わしながら音楽に身を委ねてるのは。
半透明なショールの両端と鈴を、両手の中指に巻きつけた
「……クロスツェル……?」
………………だよ、な? どう見ても。
首から肩、両腕の素肌を露出して。
胸にはサラシだか何だか知らんが布を巻いてるクセに、腹部は曝して。
前面を膝下、背面を踵まで覆う絹の布を腰に巻き。
ショールと同じ素材らしき、半透明なゆるゆるのズボン? を履いて。
漆黒の長い髪を自由に遊ばせながら、裸足で踊ってる。
額には、小さな赤い宝石が付いた金のサークレット。
両耳には、大きな金の輪っかのイヤリング。
首元には金の鎖が三重に掛けられ、足首にも鈴付きの輪がはまってる。
「……………………」
見物客の前で、女顔負けの色香が漂う艶やかな笑みを振りまきながら。
髪の先から足の爪先に至るまで、全身を使ってくるくると。
軽やかにくるくると。くるくると……
…………慣れてんな、アイツ。
最後だったらしい一曲が終わって。
一際大きな歓声が、敷地の内外に響き渡る。
拍手を贈られた一同は立ち上がり、観客に向けて一礼して。
クロスツェルだけが、俺と目を合わせた。
「…………――――ッッ!!!!!!」
分かりやすく青ざめてやんの。
両腕で、顔をサッと隠して。
誰よりも速く教会の中に駆け込みやがった。
逃げたな。
化粧……、してたからなあ……。
さすがの俺でも、どう反応すりゃ良いんだか分からん。
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