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逆さの砂時計

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解かれる結び目 14

 アルフ達が殺されてから、どれだけの月日が過ぎたのか。
 見慣れた暗闇の中に、私を陵辱するレゾネクトの顔がはっきり浮かんで。
 長い時間の流れを、嫌でも実感させられる。

「いやっ……! もう、やめて! やめてえ!!」

 最初の頃は、まったく動けないまま。
 体を守る働きで苦痛が性感に変わるまで、ひたすら腰を打ち付けられた。
 気絶と覚醒の狭間で、体の内がレゾネクトの形を完全に覚えてしまうほど貫かれ続けた末に、何か違うなと言って、しばらく放置され。
 再びレゾネクトに斬りかかった途端、そのほうが良いと。
 今度は、植え付けられた性感への(たかぶ)りだけで自由を奪われてしまった。

「っふ、んく……、ぅんん! んっ」

 何度も何度も突き上げられて。
 何度も何度も中に出されて。
 頭頂部から足先までをくまなく(むさぼ)り尽くされ。
 回数を重ねる毎に、執拗(しつよう)さが増していく。
 まるで人間が患う病のような寒気と高熱がまとわりついて、私を蝕む。
 アルフリードの温もりはもう、私のどこにも残っていない。

「ゃあ、あっあっ、い、いゃ、ゃ……っ! いゃあぁ──……っ!!」

 延々とくり返す、少しの放置と。
 わずかな望みを懸けた復讐の斬撃と。
 長すぎる体の繋がりで。
 私の心は、容赦なく削り取られていく。
 私という自意識が、粉々に砕け散っていく。

「はっ……、……んん……っ……」
「マリア……」

 恍惚(こうこつ)とした表情のレゾネクトが。
 果てた私の口内をねっとりと味わいながら。
 たった今、自身を抜いたばかりの場所に細長い指先を潜り込ませた。
 聞くに堪えない厭らしい水音と、収縮する内壁への刺激に(うなが)され。
 腰が浮いてガクガクと震える。
 体中に浮き上がった汗が肌を撫でて滑り落ちる感覚にも、息が詰まる。

「……ん……んんっ やぁ……あ」

 中に出された体液と、自分から溢れるものでグチャグチャにされる屈辱と敗北感、羞恥心と息苦しさで身を(よじ)っても、レゾネクトの指は止まらない。
 追い立てられて、追い立てられて。

「や、いやあ、あっ、ぁっ……────っ!」

 全身が激しく波打ち、一瞬の静止の後、ぱたりと堕ちた。
 閃光瞬く視界の隅で、紫色の目を満足そうに歪めて暗闇に溶ける男悪魔。
 睨みつける余裕すら、私には残っていない。

「っ、う……」

 鼓動に合わせて少しずつ消えていく光。
 腕で涙を拭い、呼吸を整え。
 背中に感じるのは、冷たい石床と毛足が短い絨毯。

 最悪だ。
 闇雲に斬りかかってねじ伏せられた、ここは玉座の間。
 コーネリアとウェルスが……アルフリードが殺された、この場所で。
 大切なものを奪い取られたこの場所で。
 レゾネクトに体を開かれていたのか。
 あられもない醜態を晒し、強制的に与えられる熱で喘いで。
 何度も何度も掻き乱されて。

「アルフ……リード……」

 侵されて犯された、自分の物とは思えない体を抱えて横向きに縮こまる。
 レゾネクトの冷え切った熱が、体の中で渦を巻いているみたいだ。
 好き勝手にされすぎて、もう、気持ち悪いとさえ思わなくなってる。
 それが悔しくて、苦しくて……虚しい。

 ねえ、アルフ。
 生きて、それでどうなるの?

 神々の力では、レゾネクトを殺せなかった。
 どれだけ挑んでも、全然届かない。まるで効かないのよ。
 もしもこの先、いつかレゾネクトを殺せたとしても。
 私はこの空間から出られない。

 たった一人で生きて、それでどうなるっていうの?
 貴方がいない世界で。
 護りたいものが一つもない、こんな虚無の空間で。
 生きていたって、苦痛なだけよ。

「……もう、……いや……」

 これ以上、レゾネクトに犯されながら生き続けるくらいなら。
 たった一人で存在し続けるくらいなら。

「アルフ……。もう、死なせて……。お願い……」

 貴方の剣で。貴方の力で。
 汚れた私を、存在ごと消して。
 心だけでも、貴方の傍に居させて。

「……アルフリード……。私を、赦して……」

 近くに落ちていた剣を手探りで見つけ、右手で柄を、左手で剣身を握る。
 上半身をひねり起こして床に座り、切っ先を自分の腹部に向けた。

 …………静かだ。
 涙は流れるけれど。
 これで終わると思えば、悲しみも怒りも憎しみも、絶望もなくなる。

 私の体はもう、悪魔の汚れで満たされている。
 神々の力でならきっと、一突きで解放してくれるだろう。

 もう、いい。
 初めから……アルフを喪ったあの瞬間に、こうしていれば良かったんだ。
 これで、終われる。

「さよなら」

 誰にともなく告げて。
 『退魔』の刃を、ためらいなく体に突き立てる。

 痛みはほんの一瞬。
 ずきっ、と小さく感じただけで。

「…………あ?」

 腹部を貫いた筈の剣身が、消えた。

 腹部と左手にほんの少し付いた傷は、『治癒』の力で修復、再生され。
 残ったのは、右手で握っている柄のみ。

 …………うそ、でしょう?
 体に傷一つ残してくれなかったばかりか。
 唯一の武器だったアルフリードの剣が、消えてしまった。
 これじゃ死ねないし、レゾネクトを殺す手段も皆無になってしまう!

「や……いや! いやぁあ!! これ以上生きていたくないの! 殺して!! お願いだから、私を殺してよおおぉお!!」

 レゾネクトに犯されながら生き続けるなんて嫌!
 一人きりで生き続けるなんて嫌なのよ、アルフリード!!

「もう殺して! 私を死なせて! 貴方の傍に居させて、アルフリード! アルフリード!!」

 声も形も温もりも失って、心さえも寄り添わせてくれない。
 これが『罰』?
 神々の意思に背いてアルフに触れた、私への罰なの!?
 だけど……!!

 とくん

「アルフ……っ…… ……え?」

 とくん

「な、に?」

 お腹が……温かい。
 とくん、とくん、と、自分の物じゃない小さな脈動を感じる。

 柄を落とし、頭を抱えていた両手でお腹を触り……言葉を失う。
 体の中から、二つの光が溢れてる。

 全身に散っていた、薄い水色と純白の光が腹部に集中し。
 螺旋を描きながら何かに吸い込まれて消え。
 数秒後。
 そこから放たれた薄い緑色の光が、玉座の間全体を淡く照らし出した。
 それは、ほんの一瞬のこと。

「………………ぐ、ぅ!?」

 再び闇に染まった空間の中で愕然とする私に、突然。
 寒気を伴う強烈な吐き気が襲いかかった。
 全身に嫌な汗が流れる。
 両手で口元を覆い、込み上げるものをなんとか抑えて……

 気付く。
 気付いて、しまった。

「あ、……ああっ……!」

 力。
 私以外の力が、私の中に、居る。

 神々の祝福を、私から受け継いで取り込んだ、新しい命。
 天神(てんじん)の一族最後の一柱になった筈の私に宿る、新しい神。
 しかも、これは。

「そんな……そんな!!」

 私と同じ、『空間』を司る力だ。
 私の胎内に居るから、伝わる。
 失った片翼を補って余りある『空間』への干渉力が、私にも流れてくる。

 私の力が、遺伝してしまった。
 私の……子供に。

「だめ……! 私以外の神は、きっともう、世界のどこにも居ないのよ!? こんな力、レゾネクトに知られてしまったら!」

 新しい命。
 私の子供。
 神々の祝福と共に、『空間』を司る力をも受け継いでしまった新神(あらがみ)

 こんな所で産まれたら、レゾネクトが興味を示すに決まってる。
 最悪、レゾネクトに利用されてしまう。
 この命で。
 この力で。
 この空間の扉が開かれてしまう。
 レゾネクトが、元の世界に戻ってしまう。

 私に、それを止める術は無い……!

「だめ。それだけは、絶対にダメ!」

 コーネリアが。
 ウェルスが。
 アルフリードが護った世界に、レゾネクトがまた現れる。
 それじゃ貴方達が何の為に命を懸けたのか本当に解らなくなってしまう。

 産まれてはダメ。
 この力だけは、絶対に、産まれてはいけない!!

「殺さなきゃ……殺さないと、皆が!」

 どうしたら良い?
 自分を殺す道具はここには無い。
 自分を傷付ける武器が何も無い。
 自分でお腹を殴る?
 階段を転がり落ちる?
 でも、それで本当に殺せるの?
 レゾネクトが見つける前に、確実に殺す方法は……

「……外……」

 自分の言葉にハッとする。

 ここじゃ何もできない。
 自分を殺すことも、子供を殺すことも、レゾネクトを討つことも。
 でも、私に流れてくる子供の力を使って外へ出れば。

 少なくとも、レゾネクトに『空間』を越える力は無い筈。
 それができるなら、とっくに外へ出てるだろうから。

 レゾネクトは、常にこの空間に居た。
 あの男はここから出られない。
 レゾネクトの特性は判らないままだし。
 道が出来てしまうのは大問題だけど。

 それでも、この場所で、この子供を産むわけにはいかない。
 絶対に、それだけは避けなきゃダメ。

「出なきゃ……この空間を出なきゃ!」

 レゾネクトが気付いてしまう前に、ここを出て、子供ごと私を殺す。

 そう……そうだ。
 子供の力を使って外に出た後、一緒に死のう。
 私が外に出るせいで、完全確実な閉鎖性を欠く結果になるとしても。
 この力がここにあるほうが、よほど危険だ。

「あっ……、翼! 翼も、羽根も持っていかなきゃ……っ」

 アルフは、翼の一部である羽根を鍵にして、閉じた空間に入ってきた。
 私より高位の神の力を持っていたから、私の力に干渉できたのだとして。
 レゾネクトにも、同じことができてしまうかも知れない。
 悪魔に神の力は使えないと思うけど。
 どういう理窟か、あの男は世界樹の力を自身の力として振るっている。
 可能性は残しておきたくない。

 玉座の間の気配を探って……見つけた。
 折られた翼と、アルフが使った羽根。

 よろよろと立ち上がり、まずは近くにあった羽根を拾う。
 少し離れた場所に瞬間移動し、床に両膝を突けて片翼を抱え上げる。
 他に、私と繋がる力は無い、筈。

 動揺する心を、深呼吸で静め。
 固く目蓋を閉じて、頭に思い浮かべる。

 旅を通して見た景色。聴いた音。肌に触れた風の冷たさと温かさ。
 眩しい光が満ち溢れている場所。

 外へ……私達が元居た世界へ、どうか連れて行って。
 新たなる、『空間』を司る神よ!



 空気が変わった。
 気配が変わった。
 風が流れだした。
 魔王に挑んだ当初と比べて、少しだけ伸びた私の髪が。
 さらさらと揺れ動いて、一糸纏わぬ肩を撫でる。

「…………っ」

 目蓋の向こうに光と熱を感じて、ゆっくりと視界を押し開き。
 想像以上の眩しさで目が焼かれそうになった。

「こ……こ、は……?」

 降り注ぐ陽光を片手で(さえぎ)りながら、細目で辺りを見回す。
 背が高い木々に囲まれたここは……、森? 山奥?
 さわさわと涼やかに波打つ木の葉の歌が、耳に心地好い。

「……ふ、……ふふっ……」

 外だ。
 私が知ってる世界。
 勇者一行が元居た世界。
 光と生命が溢れる場所。
 アルフ達が命を懸けて護ったもの。

「ふふふ……は、はは……! あははは!」

 何故だろう?
 ここに居ると全身で知覚して、認識した瞬間に、笑えてしまった。
 何故笑っているのか、自分で自分が解らない。

「あははは……はは、は…………」

 笑いたい衝動と同時に、目尻から零れた涙が。
 頬から顎へ、顎から胸元へと伝い落ちた。
 直接肌に触れた雫は、不思議と熱くも冷たくもない。

「はは……、っふ ぅ、う……」

 あっという間に光を受け入れた瞳で、空を見上げる。

 真っ青だ。
 雲一つない、どこまでも続く青い空。
 それを包む、鮮やかな緑色。
 今は懐かしい、生まれ育った神殿を思い出す。
 子供の頃からずっと見ていた、美しいもの。

「う……ううぅ…………あっ、ぅあ、あ……っ」

 歪む。
 視界が歪んで、包まれて、分離して、また歪む。
 涙が景色をさらって、地面へと落ちていく。

「……────っうああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!」

 世界は続いてる。
 レゾネクトが消えた世界は、ちゃんと続いてた。
 アルフ達が護ったんだ!
 アルフ達が護りたかったものは、今もこうして護られている!!

 ……だけど。

「ああああああああぁぁああっ!!」

 アルフ達はもう、いない。
 ここは、私が護りたかった世界の半分でしかない。
 もう半分は、欠けてしまった。
 失われてしまった命は、二度と……戻らない。

「あああ……あ、ぁ…………」

 苦しい。
 喉が裂けてしまいそう。
 暖かいのに、とても寒い。
 寒いのよ、アルフリード。
 光なんか射したって……ちっとも嬉しくない。

「……アル、フ……」

『外へ出たのか、マリア』

 !?
 レゾ……!?

『まだ答えを得ていない。マリア……俺はお前を』

 なんで。
 どうして、居ない筈のレゾネクトの声がするの!?

『逃がさない』

「ひっぃ、いや……っ! いや! 来ないで! もういや! いやああ!!」

 全身に絡みつく見えない手を感じ。
 翼と羽根を放り出して、当てもなく駆け出す。
 長時間犯され続けたせいで力が入らない体では遠くへ行くこともできず。
 数歩進んだ先で、がくんっと膝を折ってしまう。

 正面からまともに転けた裸体は、既に祝福を失っていて。
 砂や小石や枝で、あちこちに無数の傷を刻んでしまった。
 痛い。
 でも。

『お前を介して扉を開こう。俺を呼べ、マリア。そちらの世界へ』

「いやああっ!!」

 頭の奥に響く声が怖くて、痛みどころじゃない。

 どうして声が聴こえるの!? 何故!?

「落ち着け、一族の末裔よ」

「ひぃっ……!?」

 頭を抱え、うつ伏せで縮こまる私の肩に、誰かの手が触れた。
 反射的に身を起こして後退る。
 鼓動が限界まで速まり、呼吸が乱れて詰まり、視界が霞む。

 目の前に、誰かが居る。
 レゾネクトなの!?

「いや……っ! 来ないで! 私に触らないで! もういやぁああああ!!」

 指先で地面を(えぐ)り、掴んだ物を誰かに投げつける。
 誰かは気にするでもなく、やれやれと肩を持ち上げ

「眠れ。その間に、終わらせてやる故」

 素早く私に歩み寄り、私の額に手のひらを押し当てた。
 恐怖で悲鳴を上げそうになって。
 急に、思考がぼんやりする。
 背中から倒れそうになる私を、誰かの腕が支えた。

「ぃや、だ……。も……やめ、て……、殺、し…………、て…………」
「物騒な娘だ」

 誰かの苦笑いを耳にして。
 私の意識は、そこで途切れた。

 
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