逆さの砂時計
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解かれる結び目 1
アルフリードと合流して、勇者一行の一員となった聖天女マリアは。
長い旅路の果て、魔王レゾネクトと共に異空間へ吹っ飛んだ。
噂で聞いた話だが、間違いない。
あの頃からレゾネクトの気配は一切消え、強力な支配者に怯えてた悪魔がそれぞれ好き勝手な行動を始めたからだ。
いちいち鬱陶しい神々が忽然と姿を消した時期とも一致する。
レゾネクトと勇者一行が異空間へ吹っ飛んだのは、神が、悪魔が、当時の人間達が、命ある者すべてが認める、確かな『事実』だった。
だが、異空間へと消えた筈のマリアは何故か、それから二十年と経つ前に突然こっちの世界で出現したアリアの存在を知ってる。
その上、アリアを神々が眠る世界へ逃がす為の仕掛けまで残してた。
『アリア』を、『神々が眠る世界』へ。
ってことは、勇者一行が吹っ飛ばされた後、マリア本人がこっちの世界に存在してなきゃ作れもしないし、残せもしない代物だ。
女神アリアが現れた頃。
マリアとレゾネクトは異空間に居たんじゃないのか?
…………いや。
俺はアリアに封印される寸前、レゾネクトの声を聴いてる。
アリアとレゾネクトは、俺を封印するずっと前から契約を交わしてた。
女神アリアが悪魔退治に勤しんでた時分から、奴は既にこの世界に居た。
レゾネクトとマリアは、吹っ飛ばされた後に戻ってきたと考えるべきだ。
戻ってきて、そこでマリアとレゾネクトが、それぞれアリアと遭遇した?
クロスツェル曰く、廃墟でぶっ倒れた時に聴こえた少女の声とやらは、「アリアを殺せなかった」と言ったらしい。
少女の声とやらが、ここに居るマリアのものなら。
マリアには、アリアを殺そうとした過去がある。
それができなかったから、マリアは仕掛けを残し。
結果、生き延びたアリアとレゾネクトが契約した。
廃墟に刻んだ『空間』と、廃墟へ導く為に何者かの眼球を元にして作った『結晶』の仕掛けは……
………………何者かの、眼球?
フィレスの家を出た後に現れたレゾネクトが、何かしらの関連を匂わせた黒い日記。
体のどこか、手か目を負傷したのか、ある日を境に大きさを変えた文字。
その日の内容は、『傷だらけの少女と出会ったので手当てをした』。
『傷だらけの少女』は、マリア?
日記を書いた何者か……おそらくは堕天使がその日、負傷してたマリアと力を合わせて『扉』と『鍵』を作った。
その『鍵』が一度でもアリアの手に渡った。
それでいて、レゾネクトには奪われてなかったというなら。
マリアが傷だらけになった理由は、アリアとの戦闘じゃない。
アリアとマリアは敵対関係じゃない。筈。
正確じゃなくてもいい。この日の前後に記された内容をよく思い出して、俺自身の記憶と照らし合わせろ。
時期や環境や情勢、世界的に共通する何かはなかったか?
この日付は、いつ頃だった?
…………アルフリード達が吹っ飛んだ、『後』。
アリアが女神として現れる『前』だ。
異空間から戻った傷だらけのマリアを、堕天使が介抱し。
作り上げた『扉』と『鍵』、マリアの意志の欠片を、表舞台へ上がる前のアリアに託して、マリアの本体はどこかへ消えた。
ここに居るマリアは、アリアとレゾネクトが契約を交わしていることを、まったく知らなかった。
『鍵』を残すまで、アリアとレゾネクトの接触はなかったんだろう。
つまり、なんだ?
悪魔狩りを始める前のアリアは、マリアの傍に居たのか。
敵対関係でもなく、渡された『鍵』を手離す程度の関係?
いや、『鍵』は「残らなかった」と言った。
「手離してしまった」とは言ってない。
『鍵』が手元を離れたのは、アリアの本意じゃないのか?
そもそも。
物品を手渡しできる近距離に居たんなら、仕掛けなんぞ作るまでもなく、その場で神々が眠る世界へ送り出せば良いだけの話だ。
そうできない理由があった?
だとしたら…………
…………………………
………………………………っ
……………………………………っっ
「…………っだあああああもお! 面倒くせえええぇ!! 頭を働かせるのはクロスツェルの役目だろうが、あんのエセ神父!! テメェの非力を利用してなんでもかんでも都合良く俺に押し付けやがって!!」
突然叫び出す俺に、キョトンとするフィレス。
そもそも、お前らがくどい言い回しをするから悪い!
「協力!? 知るか!! 俺はロザリアを取り戻せれば他のことなんざどうでもいいんだよ! アリアと会う為に必要なら、いくらでも共闘してやるッ! だから! わざと要点をぼかして誤魔化そうとするんじゃねえ! きっぱりはっきりすっきり一言で答えろ!」
「はあ」
「まず最初に、アンタ! 人間上がりの女神だってのは解った! 俺の足を縛ってるのは何だ!」
フィレスは指先で頬を掻いて、うーん……と唸る。
「何だと言われても、言葉としか言いようがありません。アーレストさんやエルフの長様によれば『言霊』というそうです。それが私の力なのだとか」
「よし! 今イチ解らんが、次ッ! お前とレゾネクトはどうしてこっちの世界に居るんだ、聖天女!」
手のひらに乗せたリースリンデの頭を撫でてるマリアに目線だけ送れば、「私?」と首を傾げられた。
「私はレゾネクトから逃げてきたのよ。レゾネクトは……なんて。本当は、私達がどうとか、そういうことを聞きたいわけじゃないのよね? 良いわ。貴方には言葉で説明しても無駄でしょうから、私が見聞きしてきたすべてを直接見せてあげる。絶対にアリアを見捨てないと約束してくれるならね」
「アリアは知らん! 用があるのはロザリアだ!」
「……どちらでも同じだと思うけど?」
「どこがだ!? あんな女とロザリアを一緒にするな!」
「ここまで追いかけてきたのだから、薄々は気付いているのでしょうに」
苦笑いを浮かべたマリアが俺の前に立つ。
足と腕を精一杯伸ばして……
……おい。待て、コラ。
何をするつもりだ、この子供。
「不思議ね。レゾネクトと同じ悪魔でも、貴方は全然怖くないわ。アルフの親友だから、かしら」
「はぁあ? 親友? ざっけんな。アルフリードは元餌だ。元・エサ!」
届かないと思ったのか。
一旦両腕を下ろして姿勢を低くした後、勢いよく飛び跳ねる。
俺の首に両腕を引っ掛けてぶら下がるつもりらしい。
動けねぇが、重さは感じるんだぞ! くそガキ!
「貴方の頭の中に『空間』を作り、私の記憶を映し出します。アリアを……ロザリアでも良いわ。彼女を……」
首にしがみついたマリアの顔が、呼吸を感じる距離まで迫る。
俺に幼女趣味は無ぇっつーの!
「私の娘を、助けて」
「!」
思わず開いた唇に、小さな唇が触れる。
まっすぐ俺を覗く薄い水色の虹彩に映り込んだ光が、微かに揺れた。
「……もう大丈夫です、フィレス様。ベゼドラを解放してください」
腕を解いて着地するマリアに、フィレスは頷いて応える。
「『害意無き者に 自由を』」
意識の制御を失った俺の体がぐらりと傾き、花の上に仰向けで倒れた。
ちくしょう……状況に振り回されてるのが腹立つな。
頭の中、一瞬一瞬を切り取って一枚ずつ絵にしたようなたくさんの画像が渦を巻いて流れていく。
その中に、見覚えがある顔の、見慣れない表情が無数。
ああ……。
お前、……マリアには、こんな風に笑ってたのか……
……アルフリード……
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