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逆さの砂時計

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忘却のレチタティーボ

 神様は人間を作った時、うっかりを連発しちゃったんだな。でなきゃ、作るのに飽きたんだ。だって、同じ人間なのに均衡が悪すぎるもの。
 例えば噴水周りでいちゃこらとよろしくやってる美男美女。
 例えば鉄製の椅子に腰掛ける平和そうなおじいちゃん。
 例えば露店のお菓子をねだるちっちゃい子供。
 例えば学問に秀でた私のお兄ちゃん。
 ついでに、何もかもが空っぽな私。
 年齢即恋人いない歴。
 此処でいつまでものんびりできるならそうしたい。
 運動神経細切れてるとしか思えない鈍足。
 勉強なんて全部右から左だし、おねだりとかしたら叩かれるだろうなぁ。欲しい物も無いんだけどさ。
 お兄ちゃんくらい顔が良ければ救いはあったのに。お母さんのバカ。なんでそのハリの良い肌の一枚も分けてくれなかったのさ。お父さんのキラッキラした金髪とか本当に羨ましい。なんで私の髪だけ灰色なんですかお母さん。
 ……家庭内不和になりそうなんで、直接訊くのは止めとくね。
 ねぇねぇ、神様。人間は誰の目にも明らかな「特別」を一つでも持ってないと、屑扱いされるんですよ。どうして私には何もくれなかったんですか? 何も無いが特別とか逆説的なアレは要らないんで、至急至急大至急、何かくれませんか「特別」な物。夢も希望も肩透かしで空回りっすー……なんてね。
 「うーん。良い天気だ」
 解ってるって。空っぽなのは自分の責任。
 ご飯も服も靴も家での安眠も……全部与えられてきた物なんだし、何も無いとか心外だよね。仕事に就いてからは自分で稼いだお金で揃えたりしたけど、働かせてもらえる歳になるまでは親が自分の時間を削って揃えてくれてた訳ですよ。それを甘受して無い物ねだりに八つ当たり。
 うっひー。お子様根性丸出しでゴメンね、お父さんお母さん。
 ……でもね。埋まらないんだ。
 感謝はしてる。時々、本当にイラッと来るけど。生んで育ててくれてありがとうって、思ってはいるよ。
 でも、満たされない。
 何か足りない。
 何をしてても空っぽなの。
 ね、神様? この空っぽに入れ忘れた何かがあるんじゃないですか? 此処が空洞のままで感謝とか口にしても、すっごい空空しいって言うかね。かなーり虚しいのです。探して来いやーっ! と仰るなら、手掛かりくらいは生活圏内に置いといて欲しかったな。圏外にはちょっと行けそうもないんだ。
 「……いいなぁ」
 噴水の煌めきを背負った美男美女を見て。
 羨ましいのは外見だけじゃないのだよ。寄り添う姿っていうか表情? 楽しそうにうっとりしちゃってまぁ。
 誰かを好きになるってどんな気分なのかな。甘いとか苦しいとか、情報だけなら耳年増。
 実体験? 無い無い。
 恋愛に興味がありますかと尋ねられれば、そりゃありますけども。警戒が先に立っちゃうのよね。
 あ、人間相手だけじゃないぞ。
 これ以上無いってくらい、心惹かれるものに逢いたいなぁ。
 無理だなぁ。これだって結局は自分の心の問題だもん。
 で、延々同じ事を考えちゃう訳だ。
 しかし、空白だ空っぽだ虚しいわ……って自覚してるのもすごいのかしら。無い物を無いと認識してるんだよね。
 うーん……もしかして、其処を埋める切っ掛けくらいには触ってるのかな。どうなんだろ。
 「休憩時間は終わりだ、ステラ」
 「うにゃ!? 室長……っ」
 急に背後から肩を叩かれた。ビックリして椅子から立ち上がると、横に回り込んで来た上司殿が右手をぐわしっと掴んで私を職場に連行する。
 ああー……また暗い室内での書類整理が始まるのかぁー。
 さらば、愛しのぐうたら時間。


 「昨年の未返却分請求期限っていつだった?」
 「昨日の筈よ。補填費用の割り出しと在庫の問い合わせはこっちでやっとくわ」
 「了解」
 国立書蔵館東方支部は今日も大忙し。同期の女性三人が飴色の木製机の上にぺらぺらの薄い紙を重ねまくって奮闘中。
 受付事務はお客様直結のお仕事だから見た目綺麗なお嬢様が集められてるけど、お客様直結だから激務なのよね。辞める率も他部所と比べて桁違いって話。
 必死な彼女達を横目に上司殿と私が向かうのは、奥の裏部所。同じ事務の仕事でも、私達が任されてるのは過去の書類の整理。在庫の統計やら入庫管理の書類を順番通りに分かりやすく並べ、確認したい人の為に素早く提出してまた戻す。
 要するに雑用だけど、これはこれで大変なんだぞ。
 隅から隅まで走っても五分は掛かる広大な倉庫から、薄い紙切れ数枚を的確に短時間で見付けなきゃいけないんだから。大体の配置を覚えてる必要がある訳よ。
 しかも、普段は暇でも、いつ何を必要とされるか判らなくて、倉庫周辺から長時間離れられないっていうね。
 他人と関わるのが得意じゃない私にはありがたい部所だけどさ。屋内の全力疾走はキツいー。せめてもう一人増やして室長さまー。二人じゃ大変だよ、やっぱり。
 「昼前に増えた書類は纏めておいた。これとこれは……」
 「はい。では、此方は」
 「そっちは俺が引き受けておく。終わったら管理室で待機だ」
 「了解しました」
 上司殿の丁寧な指示を受けて倉庫への搬入を開始する。
 両手で抱えてふらつく程度の量がズラッと並んで五つ分。午前中に比べれば格段に少ない。書類申告が来なければ今日は楽そうだ。
 来るなー。来るなー。


 来なかった。なんという幸運。
 「お疲れ様でした」
 「ああ」
 黒革製の椅子に腰掛けて天井を見ていた室長に一礼し、狭い管理室を出る。室長は私に振り向きもせず、いつも通り返事だけしてくれた。
 この仕事人間、仕事以外は大体放置してくれるから助かる。暇 時々 激務な職場でも長続きしてる理由は、こういう居心地の良さにあるのかも。
 怒るとすっごい恐いけどね!
 殴る蹴る怒鳴るの暴力は無いけど、触ったら切れそうな氷色の瞳で静かに睨まれてごらんなさいよ。
 凍えるから。絶対凍え死ぬから。
 神様。上司殿に割り振った美しい容姿の半分を無かった事にしてください。綺麗な人がキレると、怒られるほうの寿命が減るんですよ縮むんですよ。
 ちなみに同じ灰系の髪でも、こっちはくすんで汚い鼠色。あっちは鏡みたいな湖面の銀色。
 なんだかねぇ、もう。
 ふこーへーだああぁーっ! 手抜きすんな神様ぁーっ!
 「……むなしい。」
 実際は美しい容姿になりたいんでもなきゃ、自分の容姿に不満があるんでもない。満足してもいないけど。
 不満の振り。無い物ねだりの振り。全部振り。何処にでも居る普通の人間の振りをしてるだけだ。
 上滑りしていく毎日が、何事も無く通過するだけ。
 「……帰ろ」
 外はきっと真っ赤に染まっているだろう。
 最近購入した木造一戸建てには、甘いお菓子を買い置きした。夕飯は抜いてお菓子の宴でも開こう。
 ごめんねお母さん。不摂生で。
 「ステラ」
 「? はい?」
 廊下を少し進んだ所で、管理室の扉を開いた室長が私に声を掛けた。珍しい。
 其方を見れば、管理室に鍵を掛けてから早足に寄って来た。
 「送る」
 「は?」
 「君は最近、一人暮らしを始めたと聞いた。女性の一人歩きは危険だ。家まで送ろう」
 引っ越しについては同期の女性にしか話してなかったから、出所は探るまでもないが……何故にいきなり?
 「そんな、お手数を掛ける訳には」
 「家の手前までだ」
 あ。送り狼を疑ってると思ったのかな? そんな心配するほど自惚れてはおりませんよー。此方、彼氏いない歴長いもので。異性の目に魅力が無いのは重々承知しております。
 てか、私が異性でも私に声を掛けようとは思わんだろうな。
 同性にも魅力無し。残念すぎる。
 「そういう事ではなくですね。私、真っ直ぐ帰るつもりは……」
 「知っている」
 「へ? って、室長!?」
 またしても腕を引かれて、職場をズンズンと離れて行く。
 なんだなんだ、何事なんだ? 擦れ違う人達に見られてるんですけど!? 職場に入る時ならともかく帰りにこれは止めてくださいよ貴方自分の容姿再度確認して? 女性の羨ましー視線が全部こっちに来るんだってば! 無駄に敵を作りたくないのよ私。見目良い男の傍に居ても赦されるのは欠点知らずの美女だけ……って謎の女社会規則守らせてーっ!
 「あ、すみません!」
 書蔵館総合入り口で、よろめいた拍子にお客様とぶつかってしまった。
 ……って、これはまた綺麗な顔の男性だな。室長は格好いい系美人だけど、この男性は中性美人さんだ。
 黒い髪に金色の虹彩が、なんというか神秘的。全身真っ白な服装ってのが、より綺麗さを引き立ててる。
 「いえ、失礼しました」
 男性は少し驚いてから、にこっと笑って書蔵館に入って行った。
 もうすぐ閉館なのにな。こんな時間に来るなんて珍しい。
 「行くぞ」
 男性の背中を見送ってたら、腕を握ったままの室長に強く引っ張られた。
 急に引っ張られたら転びますってば!
 「じ、自分で歩きますから、手を離して……っ! 痛いです!」
 足を止めて踏ん張る私に振り返り……
 え? あれ? なんで其処で落ち込む?
 「すまない……」
 いやーっ! 止めてなんか知らないけど仔犬みたいにいじけないで! 反応に困る!
 本当に一体どうしたんですか室長!?
 「えーと……その……ゆっくり、行きましょう?」
 職場用の笑顔を向けると、少しだけ顔を上げて頷いた。
 この人誰。一睨みで凍死させちゃう上司殿は何処行った!?
 「あ、ちょっと此処で待っててください」
 その後、黙々と斜め後ろから付いて来る男性を道路脇に残して、街の一角に在る小さな花屋さんに駆け込む。
 いつも買ってる白百合一輪を手に戻ると、見慣れた顔が微かに微笑んで待っていた。
 なんぞ?
 「行きましょう」
 家路に急ぐ人達の間を縫って街外れに向かう。其処に在るのは、忘れられた旧教会。
 街の中心に新しい教会が建てられたから、誰も来ないのは仕方ない。この辺りは近く再開発計画が進められる予定らしい。
 私には遊び場だったし、思い出がいーっぱいあるから無くしたくないんだけど、そうも言ってられないのが社会事情って奴なのよね。
 「……」
 教会の入り口に百合を置いて両手を組み、片膝を突いて目蓋を閉じた。
 (しばら)くの沈黙の後、立ち上がって振り返ると、上司殿が眩しすぎる笑顔で私を硬直させた。
 やー……夕陽が綺麗だなー。
 なんて、現実逃避するのが精一杯でした。
 顔面凶器って良い意味でも通じるよね……え? 駄目? 他に適当な表現が見付からないんだけども。
 「……ありがとうございました」
 「いや。今日はもう出歩くなよ」
 空が濃い紫に染まる頃。
 我が家の玄関先で上司殿に頭を下げると、彼は本当にそのまま引き返して行きました。
 なにがなんだかさっぱりだ。逆に恐い。突然の路線変更は勘弁してください!
 「……ふはーっ!」
 家に入るなり、玄関扉を背凭れにしてズルーッと座り込む。
 疲れたよーっ。お菓子の宴にする気も削がれたよーっ。
 でも、何も食べないままなのも体に悪いしなぁ。サラダだけでも摘まむか。
 「むぅ……先に入浴の準備しとこ」
 動くのも億劫だ。でも玄関で寝るのは嫌。
 しょうがないから、立ち上がって諸々の仕度を始めようではないか。
 一人暮らしって、気儘な代わりに面倒も多いなぁ……。


 
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