タンスの中身をひっくり返してうーんと唸っている。さっきからずっと悩んでいるのだ。
毎日学校へ行く時に着る制服、私はこれが大嫌いだ。
別に毎日同じだからとかそういうわけじゃない。
可愛くない。うちの学校の制服は、全っ然可愛くないのだ。
野暮ったい形のブレザーとスカート、それだけならまだいい。
問題は色。茶色のブレザーに茶色のスカート。
タイの代わりに学年ごとに色違いのデカデカとしたワッペン。
周りの中学から「茶羽G」と呼ばれてる。
すぐ近くにある私立のセーラー服を見かける度に、この残念な制服が嫌になる。
その理由は4年か5年くらい前の先輩たちの世代が悪かったのが原因らしい。
なんせ学ランで悪さしているの見たらうちの中学の生徒だと思われるくらいだったそうだ。
頭を抱えた教職員とPTAは思い余って美術担当の教師に制服のデザインを頼んだのだ。
コンセプトは「悪いことなんかしたくなくなるデザイン」で。
結果、効果はてきめんだった。
そりゃそうだよ。どんなにいきがっても茶色にワッペン。
制服を改造してカッコつけても茶色にワッペン。カッコ悪くて失笑するしかない。
スカートのデザインも独特で、長すぎても短すぎてもみっともなく見えるという、
秀逸なデザイン。すごいぞ美術教師!えらいぞ美術教師!
新しくなった制服効果で市内で1,2を争うほど悪かった中学から
市内で1,2を争うほどの真面目中学に転生しました。
………生徒のブーイングを無視して。
そんなわけで、大多数の生徒同様、私も学校が終わると何をするにも着替えてからにしている。
高校は絶対に可愛い制服にすると中学入学前から決めてたくらい、今の制服が嫌い。
とはいえ、私服登校していた小学校に比べて、持ってる服の数は随分少なくなった。
私の場合、学習塾に通ってないのが大きい。人前に出ないと、どうしても私服がいい加減になってしまう。
悩んでるのは、そのいい加減な私服生活のせいで、お出かけに着れそうな、
あのお店に合いそうな服がないことだ。
別にお金がないわけじゃないんだから、買いに行くのはいいんだけど、今日着ていく服がない。
さんざん悩んだ結果、おとなしめの薄青いワンピースに白い薄手のカーディガンを選び、
玄関から靴を持ってきて履く。
通学用の黒のローファーはミスマッチだけどしかたないよね。
お財布を持って大急ぎで出かける。目的地はデパート。
普通のお店じゃ洋服売り場では季節を先取りした服ばかりが置いてあるんだけど、
そこはデパート。なんとかなると信じて向かう。
まずは、今着てる服に合わせて靴を選ぶ。ミスマッチな黒のローファーは、なるべく早く脱ぎたいのだ。
「お客様、なにかお探しですか?」
にこやかに近づいてきた靴売り場の店員さんに、
「この服に合わせられるような靴が欲しいんですけど」
そう言いながら、足元のくたびれた黒いローファーを見る。少し恥ずかしい。
「足のサイズはお分かりですか?」
あくまでもにこやかな店員さん。よく訓練されて…じゃなくて、さすがプロ。
「22、くらいだと思います」
「では少々お待ちください」
ぺこりと頭を下げ、どこかへ行ったかと思うと、サンダルを持ってきてくれた。
「どうぞそちらへお掛けになって試していただけますか?」
試着用の椅子に座って細い革で編んであるサンダルを履いてみる、
履き心地は悪くないけど、ヒールが細くて、立ってみるとグラグラする。
「あの、バランスがすごく、歩いたらコケそうです……」
せっかく選んでくれたのに申し訳なくてそう言うと、
「左様でございますか、ではこちらならいかがですか?
ウェッジソールですし、普通のヒールより安定感がございますよ」
足の甲の幅広のベージュの革には花模様が型押しされてていて可愛らしい。
履いてみると、さっきのよりはずいぶん安定してるように思える。
「いかがですか?」
「あ、はい。これなら、なんとか…」
転ばないかも。ちょっと不安そうにしながら歩いてみる。
ヒールのついた靴なんて初めてだから、おっかなびっくり歩いてると、
「お客様は足もお綺麗ですし、とてもお似合いですよ」
なんて褒めてくれる。お世辞もなかなか上手だな、不自然さを感じさせない笑顔だ。
でも、私は自分が子供っぽい顔してることくらいわかってる。
「……あの、これ、ちょっと大人っぽ過ぎませんか?」
「そんなことありませんよ?どうぞそちらの鏡でご覧になった見てください」
指された方を見てみると、かかとを上げてるぶん足が綺麗にみえて、
思ってたより全然違和感がない。
「………あ」
つい感嘆の声を上げてしまった。店員さんはにっこり笑って
「こちらは後ろにストラップが付いておりますので、
歩いていてもかかとが外れるということもありませんし、
なにより、可愛らしいけれどシンプルなデザインなので色々な服にとても合わせやすいですよ」
うん。店員さんの言うとおりだとおもう。すごくかわいい。
「えと、じゃあこれいただけますか?このまま履いていきたいんですけど」
「ありがとうございます。それではそちらの靴を箱に入れさせていただきますね」
靴の入った袋を持って、洋服売り場に来た。ヒールのせいでいつもと視界が違って、ちょっと新鮮だ。
森の方が家よりも涼しいから、まずはストールがいるよね。
無難に白と水色と、ピンクの3色を選ぶ。
「すみません、長袖のカーディガンはないんですか?」
「でしたらこちらなどはいかがですか?」
店員さんに勧められたのは、Vネックでで薄手のカーディガン。
いろいろ迷ったけれど、白と青灰色と柳色にした。
ふと見て気に入ったワンピース。少し襟が大きく空いてるけど、
それをフォローするように幅広のチョーカーみたいな付け襟が付いてる。
喪服は持ってたけど他の黒い服って持ってなかったから黒とカーキ色の2色を選んだ。
白いワンピースを見て悩む。かわいいけど、汚しちゃわないかなぁ・・・
真っ白だからシミが付くと着れなくなっちゃうんだけど、可愛さに負けて選ぶ。
憧れの青いセーラーカラーのトップスを見つけたから、うれしくなって見てみる。
うん、すごくかわいい。こういうのが制服だったらよかったのに・・・
それに合わせて、スカートと少しボーイッシュなカボチャパンツ風のズボンを選ぶ。
スカートとズボンに合わせて、トップスを何枚か着回せるように。
そしてまた靴売り場へ逆戻り。買った服を見せて、店員さんと相談。
コロンとした足先のストラップのついたえんじ色の靴と、
少しスクエアだけど甲の真ん中でリボンのように絞られた黒のローファーを選んだ。
両方とも5センチのヒール付きだけど、ヒールが太くてしっかりしてるから、
歩くのには問題なさそう。背が低いから、ヒールを発明した人に感謝。
去年、母が死んでから服なんてほとんど買わなかったから、店員さんと相談してたら
あっという間に閉店時間になった。
天国のお父さんお母さん、遺族年金を残してくれてありがとう。
おかげで、着るものに困らなくて済みそうです。
今日は満月だったようで真っ暗な空に大きくて綺麗な銀盤が浮かんでる。
家の周りの空は明るいから、こんなに綺麗な月夜は初めてだ。
「君はもしかしてかぐや姫かな」
びっくりした
嗚呼びっくりした
おどろいた
思わず一句読んでしまうくらい驚いた。
闇に属するあやかしなのだから、気配がなくてもおかしくはないけど、心臓に悪いよ。
「かぐや姫みたいにモテないし美人じゃないよ」
腰まである長くて真っ直ぐな黒髪はちょっと自慢だけど、
胸は控えめだし、身長もそんなに高くない。
良い言い方すればスレンダーだけど、チビでやせっぽちという表現の方が正しい気がする。
「君はとても可愛いし、魅力的だよ。そのうち誰もが振り返るようになる」
飛白のキザで調子いい言葉に苦笑してると、
「でも、きっと僕の虜になってほかの男なんか目に入らなくなるからね」
なんて、確かに飛白はかっこいいけど、そういうこと言わなければもっといいのになぁ。
「こんばんわ、裏子」
「おっす、ってなんでお前が一緒なんだよ!!」
私と一緒に入ってきた飛白に一瞬驚いたように目を見開いて、怒り出した。
私にもジトっとした目つきで詰め寄ってきて、
「そういえば…お前!あれほどアイツには気をつけろって言ったのに、
なんで血なんか吸わせるんだよ!これもなんかの企みだろ!簡単に騙されんな!!」
ツケツケときつい口調で叱られてしまった。
っていうか、わたし騙されてるの!?
「だ、騙されたらどうなるの?」
騙されるってあれだよね。結婚サギとか・・・ん?んん? 私まだ結婚できないよね?
「そんなの、お持ち帰りされて遊ばれて飽きたらポイッだよ!ポイッ!」
「えええええ~~~」
騙されるってそっち!? ん~・・・ん?
でも、飛白なら騙さなくても選り取りみどり、な気がする。
街とか歩いてたら声かける方じゃなくて、かけられる方、みたいな感じ・・・?
「間違ってはないけど、今日は偶然で他意はないよ、裏子ちゃん」
「うそつくなっ!お前が下心もなしに誰かに近づくわけがない無いだろ!」
どうやら裏子の飛白に対する信用は-《マイナス》にメーターが振り切ってるみたいね。
いったい何があればそんなことになるんだろう・・・・・
「下心ならもちろんあるさ。
香澄ちゃんがなるべくたくさんお店に来てくれるようにっていうのがね。
でも裏子ちゃんだってこの娘にたくさん来てもらうってのには賛成できるだろう?」
「ほかにもっと隠してるやましいことが絶っっっ対あるはずだっ!」
「店に来る香澄ちゃんを口説くとか、そんなことかい?」
何を想像しているのかわかんないんだけど、飛白がポッと頬を染める。
「やっぱりそれかっ!いい加減にしろ、この変態!
聞いただろっ香澄!コイツはこういうヤツなんだから絶対気を許すなよ!」
「う、うん・・・わかったと思う?」
裏子に気圧されながら、頷くと、
「魅力的な女の子をほうっておく方が失礼だと思うね。どうだい、僕と今夜…」
「ダマレ変態!」
ギャーギャー騒ぐ裏子を横目に、手前から2番目のカウンター席に座る。
この席が3人からの距離がちょうどいい気がするんだよね。
「ミルクオンザストロベリーコンフィチュールをどうぞ」
氷を浮かべたミルクの上に苺のジャムかかかってる。
ストローでくるくるかき混ぜると、ピンク色になって可愛い。一口飲んで感動
「わ、おいしい~」
両親が元気だった頃、
苺の季節が来るとおやつに、砂糖と牛乳をかけた苺を潰しながら食べた。
あの味にそっくりな、やさしい味。
「飛白、今日は血を吸う?」
「ジュース1杯で?」
「えっと、じゃあどのくらいでお会計したらいいのかな?」
「君がたくさん注文してくれて、血をあげてもいいって時に、だよ」
「そんなのでいいの?」
「体調が悪くなったら困るだろう?」
「そりゃ、そうだけど・・・」
私にまかせられても、そんなの、いつ言い出せばいいのかわかんないよ。
「裏子サマに注文したときは裏子サマに吸わせろよっ!」
血液を代金にするのはいいんだけど、
裏子に注文するのはちょっと、いやカナリ遠慮したい・・・・・・・
「アホやな、裏子は。料理で飛白に勝てるわけあらへんや ぐへっ!」
裏子の投げたナイフがオーナーの頭に突き刺さってる。
「だ、大丈夫なの?刺さってるんだけど…」
「大丈夫だよ。ああ見えてオーナーは結構頑丈にできてるからね」
「フンっ!香澄もアタシのゲテモノ料理を味わったら考えが変わるんだからねっ」
ぷいっと裏子はそっぽ向いてむくれる。
ゲテモノ料理、名前だけで注文する気が失せるんだけどそれでいいの…?
「あのさ、飛白は吸血鬼、ヴァンパイアだよね?」
いかにも外国の血が流れてますって見た目だし、血を糧にするなら多分合ってるはず。
裏子とんごー、特にんごーは何食べてるのかわかんないけど。
裏子は見た目東洋人だけど、ちょっとだけ外国の訛りがある。
なんとなくそれぞれの種族(?)が気になって聞いてみた。
「そうだよ。裏子ちゃんはキョンシー」
「キョンシー言うな!」
キョンシーって中国のあやかしだっけ?
吸血鬼っていうより、コミカルに聞こえるのはなんでだろう?
そっか、キョンシーも血液が糧なんだね。
「じゃあ二人は元人間なの?」
血を吸われて、なんやかんやしたら人間から吸血鬼になるんだよね。
・・・・よく知らないけど。 ん? じゃあ最初の一人は誰?? んん?
「ヴァンパイア同士が結ばれて生まれる生粋のヴァンパイアもいるけど、
僕は元人間だよ」
へーそういう人もいるのかー。ヴァンパイアでも結婚するんだ。
「ロードヴァンパイアっちゅうやつやな」
「そういう呼び方するんだ。人間とのハーフとかもいたりする?」
「ヴァンピールのことかい?」
「ヴァンピール?」
初めて聞く言葉だ。人間とのハーフはヴァンピールっていうんだね。
「どちらの血を濃く受け継ぐかで個体差の激しい種族だね」
「ほとんど人間とか、ほとんどヴァンパイア、みたいな人もいるの?」
「まあね」
「裏子は?」
「アタシも元人間だよ。まぁこの体になる前の記憶はないけど」
記憶がない?人間だった頃の?首をかしげると
「ずいぶん前のことだけどさ、
アタシは一回死んだのを術を使って蘇らされたみたいでさ」
何気なくサラっと言ってるけど、すごいことだよね、人間にそんなことできるの?
っていうか死んだことあるの?
死・・・ここでも私には死が付きまとうの?
死・・・・・・・・・・・・・・いろんな人の死に顔が記憶から溢れてくる。
抱き上げた時には息がなかった妹、
川に流された子供を助けようとして死んだおじさん、
受験ノイローゼで自殺した従兄弟、
心臓が悪くて死んだおばさん、
おじさんたち、おばさんたち、いとこたち、
おじいちゃん、おばあちゃん、
病気でやせ細った顔だったお父さん、
事故で血まみれの顔だったお母さん・・・
「お、おいっ?」
「・・・・・ぇ?」
裏子の慌てた様子に目を瞬いて、自分が泣いてることに気がついた。
「あ、あれ。ごめんね。なんでだろ、アハハ」
慌てて目をゴシゴシこするけど、溢れてくる涙は止まってくれない。
「今はさ、この店で変な客とか相手してなんだかんだと楽しく過ごしてるんだからさ
な?」
優しく背中を叩かれ、何度も頷く。今 裏子は苦しんでも悲しんでもいない。
それはわかってる。でも、勝手に涙が出てくる。
お葬式の作法には慣れても、誰かの死に慣れることなんかできないよ・・・・
「誰も香澄ちゃんを悲しませたくて教えたわけじゃないんだよ?
やれやれ、感受性が強すぎるっていうのも不便なものだね」
そう言いながら飛白がカウンター越しに頭を撫でてくれる。
二人に慰めれられてようやく何だか少しずつ収まってきた。
「…わたしがお婆ちゃんになっても仲良くしてくれる?」
まだ赤い目をしてるだろうけど、鼻の頭とか赤いかもだけど、顔を上げて聞く。
いつかこの人たちを追い越して、私だけ年を取っていく。
置いていくのは残酷なの知ってるけど、それでも今はその約束が欲しかった。
「嬢ちゃんがここに来てくれるんやったら、
いつまででも仲良うしたるさかいに安心しい!」
「そんな先のことよりまずは今!だろ?」
「君が今この店にいる時間を大切にしたいね。
さあ、まずはより近づくために肌を合わせようじゃないか」
「飛白のせいで いい話が台無しだよ!」
「あっはっは ヤキモチかい?裏子ちゃん」
「ウルサイ死ネ! コロス!」
裏子はすごく怒ってるけど、飛白の軽口で、
私が湿っぽくしてしまった空気が霧散した。
意外と気を使う人なのかもしれない。それとも、そう思わせるのが彼の手口なのかな?
お箸が転がっても笑う年頃はお箸が転がるだけで泣いちゃう年頃でもあるのだ。