黒魔術師松本沙耶香 銀怪篇
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1部分:第一章
第一章
黒魔術師松本沙耶香 銀怪篇
東京渋谷。若者達の集うこの街に一人の場違いな女がいた。
黒い髪を上で束ねそのブラックルビーを思わせる切れ長の二重の目をたたえた顔は雪の様に白い。唇は紅でまるで血を塗ったようである。鼻も高く整っておりまるで黒百合の様な姿をしている。
その黒百合ににた身体を黒いスーツと赤いタイ、そして白のカッターで包んでいる。彼女の名は松本沙耶香。知る者は知っている影の世界の女である。
彼女は今若者達の喧騒をよそにあるビルに向かっていた。一見普通のビルであり外からは何をしているのかわかりはしないようになっている。
「ここね」
沙耶香はそのビルを見上げて言った。低く硬質の声であった。
「このビルで。間違いないようね」
そしてまた呟く。それからビルの中に入る。
そのままビルの中の階段を昇り上へ進んでいく。薄暗い白いビルの中を漆黒の女が昇っていく。そして三階に辿り着くと右の扉の前に来た。
アルミと曇りガラスの扉であった。そこに白地のプラスチックの札に黒い文字でこう書かれていた。
『社長室』
と。沙耶香はその扉を開けその中に入った。
中は普通の執務室であった。落ち着いてあちこちに可愛らしい女の子達の写真やトロフィーが飾られている。普通の執務室とは少し趣きが異なっていた。
「あっ、もう来られたのですか」
執務室の机に座っていた女性が沙耶香が入ったのに気付いた。
「すいません、こちらの用意がまだできていなくて」
「いえ、いいのですよ」
沙耶香はその女性にすっと笑って答えた。
「お気遣いなく」
「いえ、そうはいきません」
女性は見ればブラウンの上着にタイトスカートであった。それなりの地位にいる女性であろうか。顔立ちは整い程よい化粧をしている。年齢は三十代半ばと思われ黒い髪を後ろで一つに束ねている。落ち着いた雰囲気の美女であった。
「まずはお茶でも」
「それでひたら」
沙耶香もそこまで言われては受け取らないわけにはいかなかった。この美女が差し出したお茶をテーブルのソファーで受け取った。
「慎んで」
「有り難うございます」
美女は向かい側の席に座っていた。そして話をはじめた。
「まずはですね」
「ええ」
「私ですが」
「佐久間事務所のオーナーですね」
「はい」
「お名前は佐久間隆美。そうでしたね」
「はい、その通りです」
その美女佐久間隆美は沙耶香の言葉に頷いた。
「貴女のことは事前にお知らせ頂いていたので」
「御存知でしたか」
「しかし」
沙耶香はティーカップを手に取りながら言う。白い品のいいカップの中には紅の茶があり、そこからはほのかな香りと温かい湯気が漂っていた。
「業界でも一二を争う大手の佐久間事務所が私に声をかけるとは。何があったのですか」
「どうしても内密で調べて処理して頂きたいお話がありまして」
隆美は沙耶香を見て言う。
「内密に?」
「はい、貴女でなければ出来ない仕事かも知れませんので」
「私が」
沙耶香はそれを聞いて目を細めさせた。その切れ長の目がさらに細まる。
「貴女のこともお聞きしています」
隆美はまた言った。
「この東京でもっとも腕の立つ魔術師だとも」
「人はそう言うようですね」
「ですから。貴女をお呼びしたのです」
「それは貴女の為ですか。それとも」
沙耶香はそんな隆美に問う。
「貴女の事務所が持っておられるタレントの為でしょうか」
「タレントの為です」
隆美の答えはそれであった。
「我が事務所の大切なタレント達です。彼女達に何かがあれば」
隆美はそれだけを危惧していたのだ。それは事務所の社長としてよりも彼女達を預かる者としての義務、そして彼女達への思いやりが感じられる言葉であった。
「取り返しのつかないことになります。ですから」
「私の力を借りたいと」
「はい」
そして毅然として頷いた。
「宜しいでしょうか」
「私には一つの主義がありまして」
沙耶香は悠然とした物腰で述べる。それは優雅と言うよりは退廃と情欲を感じさせるものであった。相手が女性であっても。
「呼ばれた仕事は必ず引き受けるという」
「それでは」
「はい」
沙耶香も頷き返した。
「この仕事、引き受けさせてもらいます」
「有り難うございます」
隆美はそれを受けてまずは微笑みを浮かべた。
「そのうえでお聞きします」
「はい」
話は本題に入った。沙耶香がいささか強引に進めさせたのである。
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