逆さの砂時計
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序
カツン、と石階段を踏みつける硬質な靴音が聞こえた。
もう何度も……毎日欠かさず、飽きるほど聴いている音。
微睡みから醒めたロザリアは、うっすらと目蓋を開いて頭を持ち上げる。
彼女の首に掛けられた黒い鉄の輪と石壁とを繋ぐ銀の鎖が震え。
チャリ、と小さな音を立てた。
ほどなくして。
錆びた金属製の扉が、耳障りな悲鳴を上げながら、ゆっくりと開かれる。
「ロザリア」
現れた黒髪の男性は、真鍮製の手持ち燭台を片手に金色の目を細め。
気怠げに横たわる全裸の彼女を見つめた。
その視線を外すことなく、後ろ手に扉を閉めて。
引きずりそうな長衣の白い裾を、サラサラと鳴らしながら歩み寄る。
「……クロスツェル……」
彼女は彼を、哀れむように見上げた。
彼は彼女を、憎むように見下ろした。
そうして、女神に仕える者の装束を汚すことも厭わず。
彼女の眼前に膝を突いて、手が届く限界の距離に燭台を置き。
なだらかな肩の線に沿って流れる白金色の髪を、指先に絡めて口付ける。
相対する者を射竦める目線とは裏腹に、大切なものを愛しむような仕草。
絹織物を思わせる滑らかな手触りの髪をするりと解き。
燭台の灯りに照らされ、朱に薄く色付いた頬の輪郭をなぞる。
「……殺したいほど憎いのに」
耳の後ろから差し入れた左手で後頭部を包んで上向かせ。
彼女の薄い唇に、彼の唇が覆い被さる。
生温く濡れた物が、甘く柔らかな彼女の口唇を這い。
わずかに開いた隙間から強引に内側へと潜り込んだ。
歯列をなぞり、上顎を辿って、侵入者から逃れようとする彼女の舌を絡め取ると、刺激で溢れた二人の唾液が混ざり合い泡立って、艶めいた半濁音を立てる。
「ん……っ ぅ」
顔を背けたくても頭を抑えられて動けないロザリアは。
口内を執拗に舐られながらも、彼の腕を掴んで引き離そうとするが。
袖を乱すのが精一杯で、抵抗にもならなかった。
「……っは……ぁ、あっ……」
長い口付けの後、彼女の上半身を起こして横抱きの格好にすると。
すらりと伸びる白い両脚の間に、彼の右手が滑り込む。
「こんなにも、お前が憎いのに……っ」
「……っ や やめ っ……!」
熱を帯びた指先が繁みを暴き。
隠れていた小さな突起を押し潰しながら捏ねる。
ささやかに膨らんだ胸の頂が、絶えず与えられる刺激に応えて弾み。
脚先が大袈裟なほど跳ねた。
太股を寄せて彼の手を拒もうとしても。
一度そこに添った指先が奥へと進むのは至極容易い。
「……っ!」
彼女と彼の隙間にぬるりとした感触が零れ。
秘めやかな場所に満遍なく塗り拡げられていく。
「ぅ、っんん……んっ」
彼の指が狭い入り口を円くなぞるたびに。
粘り気混じりの水音が彼女の耳を舐め回し、心拍を異常に速める。
内股を伝う汗にすら過剰な反応を示し始めた頃。
彼の人指し指がざらつく内側へと忍び込み、弱い一点を突いた。
「あぅ! ……んっ、んんんぅっっ……」
押し込むように、撫で回すように、引っ掻くように、揺らすように。
時に緩やかに、時に激しく動く指先に翻弄され、腰が浮いた瞬間。
更にもう一本深く突き入れられた指が、彼女を高みへ押し上げる。
波打つ体から溢れたものが、彼の右手をべったりと濡らした。
「……っ……は、はっ……」
黒く染まった視界で、白い光が飛散して明滅する。
その向こうから、霞んだ彼の顔が覗き見ている。
痛いと感じるほどの耳鳴りの向こうで、お決まりの呟きが零れている。
「愛してる……。だから、殺せない」
透明に光る線を伸ばしながら指を引き抜き。
くたりと力が抜けた彼女を仰向けに寝かせてから、長衣を脱ぎ捨て。
「ん……、あ、っや、あ……、っっんああああ、あっ…………!」
大きく開いた脚の間に、彼の体が重なる。
硬く昂ったものが、ひくつく襞の間を抉るように何度か往復し。
しとどに濡れた先端で入り口をつつくと。
熱く熟れた空洞を、一息で埋め尽くした。
「うあ、ぁんっ、っ……、ぁぅ……、んッ」
休む間もなく。
奥を突いては先端際まで引き抜き、また奥を穿つ動きが始まり。
与えられる振動で、彼女の両脚がパタパタと宙を泳ぐ。
断続的で短い悲鳴が、彼女の喉を濡らす。
「んあ、ンッ、んんっ、ンッ……!」
「……アリ、ア……ッ」
幾度となくくり返されてきた行為を、彼女の体内はすんなり受け入れ。
気持ちを置き去りにしたまま、彼の熱を奪い取ろうと収縮する。
「ち、ちがっ、私、は ぁあ ああッ!」
「違わ ない。お前はアリア……だ。俺を封じた 忌々しい、女神……ッ」
「や……っ、や あっ アッ アッ、ッッ!」
彼の動きが急激に荒くなり、彼女の緊張が高まる。
拒絶と期待と悦びが極限まで膨らんで……喉の奥を押し潰した。
「…………………ッッッ!」
堪らず反り返った顎に、彼の吐息と舌が這い。
下腹部にじわりと拡がる熱で痙攣のように震える彼女の体を。
まるで労わるかのように優しく、柔らかく、腕の中に閉じ込めた。
「……ロザリア……」
少しずつ、少しずつ、焦点が定まっていく視界の中。
彼女の目の縁から零れた涙を唇で掬って微笑む男性。
その表情は、彼女がよく知る神父そのもので。
それが一層、彼女の苦しみを強くする。
「……クロ、ス……」
「愛してる。殺してすべてをなかったことにしたいのに……愛していると、人間の声がうるさい。煩わしいほどにお前を愛していると叫んでやまない。こんなにも、……憎いのに……」
憎悪を湛えた瞳で。
割れ物を扱う仕草で。
彼は、彼女の唇を何度も何度も舐っては吸いついた。
落ち着かない呼吸と、朦朧とした意識の中で。
ロザリアは、この狂乱がいつから始まったのかを考えていた。
一月前までは、何気ない普通の日常に居た筈だ。
くだらない説教や押し付けがましいお節介が得意なクロスツェルと。
最近になって、少しずつそれに慣れてきていたロザリア。
他人の為に全力を尽くそうとするバカな神父を、やはりバカ者だと。
そう思いながらも突き放せずにいたのが間違いだったのか。
目の前で冷たくなっていった親友の姿を思い出しては、愛しているなどとささやく神父に、どうしようもない怒りを覚えた。
衣服を剥ぎ、教会の地下室に鎖で繋いで、毎晩一方的に体を押し付けて。
そんなことの為に自分を拾ったのかと、憤りを募らせた。
彼がロザリアを、『女神アリア』と呼ぶまでは。
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