逆さの砂時計
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
解かれる結び目 2
「綺麗な青色……」
見上げた空には雲一つ漂ってない。
だからか、濃淡もあまりない。
どこまでも高く果てしなく続き、見上げる者達をその果てへと吸い込んでしまいそうな、不透明なのに透き通っている、不思議な色。
「おくつろぎ中のところを失礼します、マリア様」
こういうのをなんて言うんだっけ?
えーと、彩度が高い? 明度が高い?
そもそも、高いや低いで表す物だったかしら?
濃い、薄い…………
ああもう、「鮮やか」の一言で良いか。
「マリア様?」
真っ白な神殿を覆い隠すように繁る木の葉の緑も、すごく綺麗。
こちらはよく見ると、黄色混じりだったり、黒っぽく見えたり。
一口に緑色と言っても、いろんな種類があるのね。
隙間に覗く白壁がそれらの輪郭を際立たせて、見た目はとっても涼やか。
でも、この林を出て神殿の壁を直視するのは危険ね。
時間帯によっては、反射した太陽の光で目が焼かれてしまうもの。
綺麗だとは思うけど、もう少しくすんでいても良いんじゃないかしら?
住民の視力を護る意味で。
「聞いておられますか? マリア様」
「……~~っ、もう! エルンストの意地悪!」
麗らかな午後の陽射しをのんびりと楽しんでる時に!
そんな堅苦しい騎士の格好で近寄ってこないでよ!
しかも帯剣してるし。
今の時間なら休憩中の筈なのに。
不粋だわ!
「意地悪? 敬語のこと? それとも、服装のこと?」
「両方! お役目中じゃない時は、約束通り友達として接して欲しいわ」
くすくす笑って誤魔化したってダメよ。
約束を破るなんて、最低なんだから!
「ごめん、マリア。でも、君は形式上僕の主人だから。人目につく場所では我慢して欲しいな。君にタメ口をきいてるなんて上官に知られちゃったら、僕の首が飛んじゃうからさ」
「そんなことは私がさせないわ。大体、皆は気にしすぎなのよ。確かに私達巫は神々に属する力を持っているけど。外見的には、翼が有るか無いかの違いくらいしかないじゃない」
「それが重要なんだよ」
…………解ってるわよ。
父さんと母さんが亡くなってしまった以上、私は天神の一族最後の一柱。
神々と言葉を交わせるのはもう、私だけ。
だからこそ大切にされてるんだって、解ってはいるけど……息苦しいの。
朝から真夜中までずっと、誰かの目に監視されてる気がして。
どこに居ても、少しも落ち着けない。
建物の中は特にそう。
自室に閉じ籠ってても、扉や窓から常に覗かれているみたいで嫌。
巫のお役目を理解してないわけじゃないのよ?
神々と人間を繋ぐ、誇りある立派な仕事だと思ってるわ。
でもね。
毎日毎日、同じ場所でひたすら祈りを捧げて。
たまに下される指示を皆に伝え、広めて。
私達の一族って、それだけの為に生きてるのかなあ?
なんて考えると、結構寂しくなったりもするのよ。
それ以外の道を、貴方達は許してくれないでしょう?
「神にだってお休みしたい時があるの。緊張しかないのは苦痛だわ」
「仕方がないさ。誰も君にはなれないし、君の代わりもできないんだから。はい、これ」
「何?」
「約束を破ったお詫び、かな?」
「まあ! 最初から約束を破るつもりで来ていたの? ますます意地悪ね」
手渡されたのは、片手に乗る大きさの四角っぽい……小包? 小箱?
白い包装紙で全体を覆ってるから、何が入っているのか分からないけど。
蝶々型に結び付けられた薄紅色のリボンが可愛らしい。
まさかこれ、エルンストが自分で結ったのかしら。
雄雄しい神殿騎士の制服姿で、薄紅色の可愛らしいリボンを、蝶々型に?
全然似合わないけど、笑っちゃダメよね。うん。
「開けても良い?」
「もちろん」
光沢が美しい、ツルツルと気持ち良い手触りのリボンをするりと解いて。
ちょっとざらつく包装紙を丁寧に取り去る。
宝箱をそのまま小さくしたような形の小箱に入っていたのは……
広げた片翼を模した、銀製のブローチ?
この、付け根の部分にはめ込まれてる、薄い水色の丸い宝石って。
もしかして、私の虹彩と同じ色? お揃い?
「素敵! すっごく綺麗だわ!」
「手作りだから不格好だけど、これで赦してくれるかな?」
手作り!? 全然そんな風には見えない!
職人が手掛けた作品と比べても遜色ない仕上がりだわ。
というか、やっぱりエルンストが選んで結んだのね、薄紅色のリボン。
「手作りなら、おつりが必要なくらいよ! ありがとう、エルンスト!」
羽毛の柔らかさを表現する彫りの一線一線に細やかなこだわりを感じる。
私の手で握って包み込める小ささなのに、なんて繊細なの?
こんな器用さがエルンストにあるなんて、知らなかった。
直接手に取ると、ちょっと重い。
でも、ひんやりした感触が気持ち良い。
何かのついでに作ったのかしら。
それとも、私の為にわざわざ作ってくれたのかな?
だとしたら、すごく嬉しい。
神々への貢ぎ物なら、結果として分けてくれる場合もあるけど。
私自身が贈り物を貰うなんて、ずいぶん久しぶりだもの。
「……おつりをくれるなら、少し上を向いて?」
上?
何かあるのかしら……って……
え。
「……っえぇえ!? い、いま、何して……っ!?」
エルンストの唇が
私の唇に
さ……、触っ!?
「ん。おつりだから、これが限界かな? 次へ進むには何が必要だろう?」
次?
次って!?
唇の次ってっ!?
「ば……っ ばかぁああ!!」
全身から湧き上がる何かで、頭が破裂する。
今、絶対顔が真っ赤になってるわ。だって頬がすごく熱いもの。
どくどく、どくどくと、急に血流を弾ませて……っ
私の心臓を壊すつもりなの!? この男性は!
「とっ、友達に! こういうコト、しないでっ!」
「ふふ……ごめんね?」
これまでは、何があっても主人だから騎士だからって、真面目な態度しか見せてこなかったのに。
人目につく場所で友達口調は我慢してくれって言ったばかりのくせに。
段階を飛ばして、い、いきなり女の子の、は……
初めての、キス……を、奪うなんて……っ!
不良だ。
不良だわ。
エルンストの不良騎士!
「僕としてはもっと話していたいんだけど……さっき、神殿に客が来てね。大神官様の護衛に就かなきゃいけないんだ。君は自室に戻ったほうが良い」
……お客様? 神殿に?
事前の申請と許諾を何重にもくり返さないと入れないこの神殿に外部から訪ねてくる人がいるなんて。
珍しいわね。
「分かった。もう少しゆっくりしてから戻るわ。今すぐ部屋に戻ったって、絶対に落ち着けないもの。誰かさんのせいで」
「おや。女神マリア様は誰かさんの行為で御心が揺らいでおられるらしい。これは、誰かさんも期待せずにはいられないですね」
なに? その嫌みな口調は!
「エルンストの意地悪っ!」
「御前を失礼させていただきます。我が主マリア様」
きちっと一礼して立ち去るところが、更なる嫌みだわ。
全身で沸騰した血液をどうしてくれるのよ!
もうっ!
ハチミツ色の細く短い髪は、滑らかで綺麗だと思う。
柔らかく細められる青い目も、実際に実物を見たことはないけど……
多分、晴れた日の海面って、あんな色をしてるんじゃないかしら?
騎士のわりに白い肌は陽の光に弱いらしくて、長時間の外部訓練をすると陽焼けやヒリヒリ感が酷くなるってぼやいてたわね。
物腰は、人間の女性達が抱く理想の騎士像そのものだと、評判は上々。
だけど線が細いかといえば、そうでもなくて。
顔立ちや体の造りは、しっかりと芯が通った男性にしか見えない。
彼は歴とした武人だ。
神々に剣を捧げた神殿騎士。
そして、私の幼馴染みで、たった一人の友達。
「……友達、なのに……、な」
ねえ、エルンスト。
貴方は友達だわ。
手作りのブローチを貰えたのは、友達として、すごく嬉しい。
でも、キスのその先を私に願うってことは、貴方は私を……
そういう意味なんでしょう?
ダメよ、エルンスト。
私は最後の巫として、神々が指し示す道を歩まなければいけない。
魔王レゾネクトが世界中を脅かしている最中、神々の指示も許しもなく、誰かと結ばれる選択はありえないの。
私は貴方を、友達以上には見られない。
見ちゃ、ダメなのよ。
「悲惨な結果だと解っていて飛び込めるほど強くも弱くもないのよ。私は」
キスされて。
巧みな言葉に翻弄されて。
そうした気持ちに縁遠い私の心は、上を下への大混乱。
心臓なんてあまりに過激な動きをするものだから、もう痛くて堪らない。
痛すぎて痛すぎて、涙が零れ落ちそうよ。
ねえ、エルンスト。
私、今になって、ようやく本当に気付いたわ。
貴方が気付かせてくれたの。
「私……恋愛なんて、誰ともできないのね……」
ページ上へ戻る