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逆さの砂時計

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自暴自棄になった男

 俺がロザリアを愛してる?
 アリアであるロザリアを?
 そんな馬鹿な話があるものか。
 あの女は悪魔の敵。俺の敵だ。
 
 ……だが、アリアはあんな風に笑わない。
 アリアはあんな風に怒らない。
 アリアはあんな風に泣かない。
 アリアは俺を一個の意思として見ない。

 ロザリアは俺を……クロスツェルの器を動かしていた俺を、ベゼドラだと認めていた。認めて、怒って、憎んで、助けようとした。
 クロスツェルの器の中に居る俺の形を見ていた。
 『私はロザリアだ。名前が私の記憶と存在を証明する!』
 ……存在の証明……。

 ずっと、クロスツェルを見てた。
 クロスツェルが見てるロザリアを見てた。
 ロザリアはクロスツェルを見てた。
 クロスツェルに笑ってた。
 俺は其処に居なかった。
 クロスツェルにもロザリアにも、見られてなかった。

 ……俺は……ロザリアに認められたかった。
 認められていたかったんだ。
 それが、どんな形でも。


 「駄目ですね。これほど大きな街でも耳に入らない。アリアは人前に出ていないのかも知れません」
 人通りの少ない路地に入るなり、真っ白姿のクロスツェルが溜め息を吐いた。僅かだが、疲れが顔に見え隠れしてる。
 これまで教会から大きく移動した経験も無いクセに、世界中の何処に居るかも判らない女を捜して旅を始めるとか、ロザリアでなくてもやはりバカだと思う。考え無しにも程がある。
 『ですが、私と居ればロザリアに会える可能性は高いですよ。ロザリア自身が私に、直接謝罪しろと言ったのですから』
 それなら、礼拝堂から消えた時点であれがアリアに戻ったのは明白だ。ロザリアなら、クロスツェルを叩き起こしてでもその場で言葉を要求するだろう。
 なにより、俺を見たあの瞳。
 俺を封印した時と同じ、どうでもいいものを見た目だ。
 有ろうと無かろうと、生きていようと死んでいようと、自分には関係無いという目。
 アリアは俺を庭園の隅に生える雑草ほどにも思ってない。人間を助ける為に必要があったから排除しただけ。消滅ではなく封印にしたのも、その程度の対処で充分だと思ったからだろう。
 実際、クロスツェルが信仰心より恋慕を強くしなければ、俺はまだ地の底に眠ってたんだから……益々腹立たしい。
 ロザリアはもういない。あれはアリアだ。
 クロスツェルの生命力や魂の輝きは、契約前より格段に質が落ちてる。
 もはや用済み。餌としての価値も無い。連れ歩くなんて面倒はお断りだ……と、思ってた。
 レゾネクトがべらべらと喋っていたアリアに関する事と言動で、一つの可能性に思い至るまでは。
 「やっぱり小さな村とかの方が見付けやすいかもな。年寄りが多い集まりほど、奴らにとっては非現実的な現象を尊いものとして受け入れる傾向が強いし」
 白い壁に(もた)れ掛かって腕を組むと、クロスツェルも俺に(なら)って建物に背中を預けた。
 「……人間生活と心理に長けているのは、やはり人の心に付け入る悪魔だからこそ……ですか?」
 「ただの観察結果だ。何千年何百年、個体が死んで世代とやらを重ねても、人間の根本にある性質ってのは変わってねぇんだよ。利己的で排他的。自分に都合が良ければ神の恩恵やら奇跡だと喜び、悪ければ悪魔の仕業で世界の終わりだと悲嘆する。邪魔になった者は連係してせっせと追い出し、不快にならない使える奴だけを歓迎する集団心理の内に居るクセして、自分がそうされるのは嫌なんだぞ? 滑稽(こっけい)過ぎて笑いが止まらないな」
 時間を掛けて育てた子供も、いずれ大きくなって親を(うと)む。
 意思を交わせる間はそれなりの愛情を向け合うらしいが、老人になって会話すら難しくなると、大体の親は本格的に捨てられる。
 世話で疲れた自分を護る為に他人へ親を託す子供もいれば、一人でどうにかしてくれと放置する子供もいる。たまには親を殺して自分も死ぬ子供もいる。心の底から頑張ったねと笑いながら看取る子供はごくごく稀。
 愛情を注いだ子供に捨てられ、村や集落に身を寄せ合い、虚ろになった老人達が最終的に求めるものは、救済だ。これまでの自分は何だったのかという迷いに、都合の良い答えをくれる存在を求める。
 そんな奴らに、神秘な現象はさぞ心地好い物だろう。
 一ヶ所に点いた火は、我にも我にもと呼び求める声を伝って瞬く間に燃え広がるものだ。
 俺がアリアの名前を知ってたのも、そうした噂に助けを求める女を喰った事があるからだった。
 「……そういう人間ばかりではないと思いたいですね」
 苦笑するクロスツェルに、知った事じゃねーな。と、両肩を持ち上げる。
 「ですが、村の方が……と思うのでしたら、何故街に来たのですか?」
 「俺が封印される前、人間の世界は此処まで大きな文化を持ってなかったんだよ。一応、王国とかも点在してたが……大体は村と集落だったな。状況が変わってるなら、情報の波及の仕方も変化してんじゃないかと思ったんだが。この様子じゃ無駄骨だ」
 人間は面白いくらい変わらない。
 だからこそ、喰い甲斐があるんだが。
 「なるほど。言われてみれば、貴方は女神アリアの救世紀に居たのですよね。神代の方とこうして話しているとは、不思議なものです」
 「寧ろ俺は、人間があれだけ大好きだった英雄を完全忘却してる薄情さに拍手を贈りたい気分だぞ。誰だったか、英雄の偉業は末代まで語り継がれるでしょう、とか吟ってたんだが。ものの見事に消えてるな」
 「……英雄?」
 「昔、魔王と呼ばれてたレゾネクトを文字通り命懸けで異空間に吹っ飛ばした……神々の守護を受ける勇者一行がいたんだよ。奴らはレゾネクト諸共この世界から消え、人間に英雄として崇められたが……それから二十年も経たない内にアリアが現れて、この世界に残ってた悪魔狩りを始めた。結果、本当に人間を救った英雄の栄光を退けて「創造と救世の女神アリア様」が現在に伝わってる訳だ」
 アリアが天上に属する女神なのは疑いようが無い事実だが、教会で見た創造神の教典は凄まじくバカバカしい虚飾と後付けの娯楽本だった。中には言葉の解釈一つで意味がひっくり返る物もあって、暇潰しには丁度良い程度に面白かったが……創造神とは、随分派手に祀り上げられたものだと感心する。
 「アリアは創造神では無い、と?」
 「ああ。俺は創造神を知らないからなんとも言えないが、英雄がレゾネクトを吹っ飛ばした辺りで、天上の神々はこの世界を手放してる。奴らの被害も相当だったからな。今も人間を見守ってんのはアリアだけだろうぜ」
 クロスツェルの顔が強張った。少し前まで神父してたんだし、衝撃っちゃ衝撃か。
 善行を積もうが悪行に走ろうが、褒められもしないし咎められもしない。常に何かにしがみ付いてないと自意識も保てない虚弱生物には、まぁ……苦痛かもな。
 「オマケに、実在しない神とやらが大繁殖してるってのがまた笑える。大方、アリアの影響を好ましく思わない自己中心的な人間の権力者が広めた人心掌握の為の偽像、なんだろうが……神々が気付いたら怒り狂うぞ、あんなご都合主義」
 神々による世界の終焉、か。それはそれで見てみたい気はする。
 いや、巻き込まれるのは面倒だから、やっぱ要らねぇ。
 「……アリアは……この世界に現存する唯一の神なのですね」
 俯いたクロスツェルが、自身の顎に指を当てて眉を寄せる。
 「アリアに遠慮するか? いや、アリアを信仰する者に、か」
 アリアは、人間の心を支えられる唯一本物の道標たる者。
 ロザリアをロザリアとして望むなら、女神アリアは否定するしかない。
 女神アリアを自身の欲求だけで失わせて良いものか、とか考えてるんだろうな。くそ真面目に。
 「……いえ。私はロザリアを選びました。自らの職務を投げ出して来た事に後悔はありません」
 手を下ろして前を向くクロスツェルに、迷いは見えない。
 「行きましょう、ベゼドラ」
 今更アリアを信仰し直す気は無い、か。
 信仰心で寿命を縮めたヤツとは思えない転身ぶりだ。
 潔いんだかなんだか。
 「ああ」
 もっとも、途中でコイツの気が変わってアリア信仰に戻っても、可能性がある以上は無理矢理引き摺ってでも連れて行くがな。
 最悪、道中で死体になったとしても。


 人間との旅なんぞ、面倒なだけだ。
 クロスツェルは弱ってるし、人間としての習慣にも付き合わなきゃならん。
 鬱陶しい。煩わしい。面倒臭い。
 だが、置いては行かないと決めた。
 連れて行くと決めた。
 取り戻すと決めた。
 
 あぁ。胸くそ悪いが認めてやるよ。
 言葉になんかしないけどな。
 もう一度お前に会ったら絶対問答無用で犯してやる。チクショウ。
 覚悟しておけ、バカ娘が!
 

 
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