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逆さの砂時計

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クロスツェルの受難 A

 国内の住拠点に入る際は、身分証明か通行許可証のどちらかが必要だった。
 私は神父の頃に得ていた国内限定の自由通行許可証が有ったので、どんな規模の居住地にも難なく出入りできたのだけど……あ、ベゼドラは私が預かっていた教会を出て直ぐ近くの街で、浮浪児に与えられる特別身分証明を作ってもらいました。身寄りの無い子供達にも一応、救済措置的な法整備はされているんですよね。広く知られていない点と、既に身分証明が成されている後見人を必要とする点が、窓口を狭くしている要因だと思います。浮浪児特別身分証明だけでは後見人になりたくても認定されませんし、本当に運の良い一握りの子供しか社会に受け入れられないこの現状……もう少し改正されても良い気はするのですが。
 さて、現時点で必要なのは国内の通行許可ではなく、出国許可と隣国への入国許可。
 自分とベゼドラの証明では許可は下りないと考えるべきだ。仮に申請が通っても、実際に通行できるのは数ヶ月後。という事にもなりかねない。
 速やかに許可を貰える方法は……
 「このまま跳んできゃ良いだろ。なんでいちいち許可取る必要があんだよ」
 「入国許可が無いと、あちらの国の居住地に入る許可も得られないのですよ。うっかり法を犯せば、取り締まり対象に認定されて余計な手間が増えてしまいます。通貨交換にも障りが出るので、貴方の好きなサンドイッチも食べられなくなりますよ。勿論、盗みにはお説教を倍追加しますから」
 「チッ……人間はどうしてそう、住処を分けて下らない手順だ手間だと増やしたがるんだ。一ヶ所に纏まって同じ金を使ってりゃ良いだろうが。陸続きで勝手に線引いて陣争いとか、何様のつもりだ? 人間の増長っぷりには愉快を通り越して呆れを覚えるぞ」
 その人間の生活にどっぷり浸かっている悪魔に言われても。
 しかも、怒りの論点は恐らく、面倒臭い事をしないとサンドイッチが食べられなくなるから面倒臭い……なのだろう。
 最近のベゼドラは一層分かりやすく我が儘な気がする。
 「とにかく、出入国の許可だけは絶対に取らなくては。国内でアリアに会えなければ、いずれ通る道でしたし……多少の手間は仕方ありません。リースはもう少し頑張っていられますか?」
 右手のひらにちょこんと座る小さな精霊の女性は、羽をペタンと背中に降ろしてこくりと頷いた。
 「朝露があれば大丈夫。これまでもそれでなんとか保って来たから。でも、人間時間で半月くらいが限度だと思う」
 精霊と人間で時間感覚は違うのかな。半月……余裕は無さそうだ。
 「……あまり会いたくはないのですが……やはり、そうも言ってられませんか……」
 今度は何を要求されるのか。考えるだけで背筋が凍りそうだ。
 「リースは私の服のポケットに入っていてくださいね。飛ばされないように気を付けて」
 「? うん」
 右手を左胸に近付けて、リースがよじよじとコートの裏に入ったのを確認する。顔だけを出し、大丈夫と頷いて合図してくれた。
 「ベゼドラ。まずは王都の中央教会に跳びます。教会には私とリースだけで行きますので、貴方は念の為、王都内でアリアに関連する情報が無いか探ってください」
 「王都? なんで」
 「中央教会に私の友人が居るんです。各方面に顔が広い方なので、申請の協力をお願いしてみようかと」
 「ふーん」
 大して興味無さそうに、あっち? と南東の方角を指した。そうですと答えると、素早く地面を蹴って空高く舞い上がる。
 ……人目に付かないように気を配ってないと、これはこれで国軍の方々に追われそうだ。
 「行きます」
 リースに聞こえる声で宣言してから、トンッと地面を蹴る。
 ぶわっと襲ってくる風が髪とコートの裾をバタバタと揺らし、数秒の浮遊感後、地面に吸い寄せられてストンと踵で着地。足先を倒した勢いでまた跳び上がる。
 ベゼドラの背中にしがみ付いて跳ぶのとは、感覚が全然違う。解放感というか……とにかく気持ちが良い。これを好きに体感できる悪魔が羨まし……
 「……ふふ。私も相当壊れてきましたかね?」
 最近は誰かを羨むばかり。羨ましいなんて……以前はそんな事、思ってもいなかったのに。
 ロザリアに出会ってからは欲が深くなる一方だ。神父の自分が今の自分を見たならきっと、汚らわしいの一言に尽きるだろう。
 なんて、考え自体が滑稽か。
 「過去を思っても、変えられるものではありませんし……ね」
 無駄な思考力は貴女を取り戻す為に使うとしましょう。差し当たって、友人のご機嫌取りの方法を、可能な限り胃に優しく納める手段の考案……とかかな……。


 王都は、この国の丁度真ん中。中央区北寄りの高い山頂に純白の石壁が目映い王城を見上げ、南に向かうなだらかな下り地形の上に巨大な都市を抱えている。
 王城に合わせてか、都の建物は全て白い石壁。瓦屋根も空に溶け込む青色で統一。健康な歯列を思わせる乱れが無い建造物の群列が生み出した美しい景観は、他国からも手放しで賞賛されているらしい。
 この国のアリア信仰本山である中央教会は、その美しい都のほぼ中心に二本の尖塔を掲げ、白壁に刻まれた無数のガラス窓と精緻な彫刻で陽光を弾きながら凛と佇んでいた。
 敷地境を示す鉄柵のアーチ部分を潜ると、正面に真っ直ぐ伸びる石畳が敷かれていて、その幅は大の大人が横一列に十人並べるほどもある。両脇には芝生と低木、等間隔に背高な常緑樹が左右対象で植えられ、来訪者を快く歓迎する。
 石畳を教会本体に向かって進めば、行く手を遮る見事な円形の噴水がお出迎え。歩き疲れた客の為に簡易な椅子も設置されているが、目指すはそれを少し迂回した先。手摺付きの階段を五段上がって見上げる、噴水の高さよりも大きく立派な三つの入り口扉だ。信徒が出入りする時間帯は常に全開になっていて、関係者以外でも自由に見学可能。
 「……相変わらず、此処は人が多いんですね」
 都民が活発に動き出す時間には少し早いくらいなのに、既に礼拝客が教会内部で列を作っている。
 アリア信仰そのものは、他の宗教と比べてもまだ大きいほうだ。ただ、人は人が多い所に集まる傾向があるらしい。地元が寂れる気配を感じた若い信徒は、何故か都へと移住したがり、中央教会での立身出世を良しとする。結果、地方教会の担当神父は外れクジの扱いを受け、強制派遣で一定数は保っているものの、地方神父の数は年々減っているらしい。それは旅を通して直に見て来たから間違いない。この辺りはベゼドラが皮肉に語っていた利己精神に繋がるのかも知れないな。
 入り口正面奥の礼拝堂に並ぶ信徒の列を避けて、その両脇に構えた二階への階段を右方向に上る。
 人がたくさん集まっても話し声が聞こえないのは、それだけ彼らが熱心だからだろうか。昔は自分もあの中に居た筈なのに……ロザリアを知ってしまった今、気分は複雑だ。
 上った先には一階の礼拝堂分広い空間が在り、長椅子が六脚と丈高の装飾台四つ、その上に色鮮やかな花々が活けられた陶製の花瓶が置かれ、信徒の心を和ませる。
 其処を左目に捉えつつ右に曲がり、複数の大きなガラス窓が光を注ぐ直線の廊下を進む。
 幾つかの扉を通り過ぎ、突き当たり正面。両脇に丈長の燭台を揃えた焦げ茶色の扉を軽く叩く。
 「どーぞー」
 おや、珍しい。直ぐに応答するとは。
 「失礼します」
 「……! クロちゃん!?」
 扉を開いて中を確認すると、バルコニーを背負って机と睨み合っていた金髪藍瞳の女性が、華やかな顔をパッと持ち上げて勢いよく椅子から立ち上がった。
 ……聖職者が唇に紅を塗るなと言うのに、この女性は……。
 いや、今は自由で良いと思いますけどね。
 「ドコ歩き回ってたのよクロちゃん! 貴方、東区の信徒から物凄く心配されてたわよ!? 事務仕事増やさないで頂戴、腹立つわね!」
 肩を露出したまま、膝上で切り揃えた元長衣の裾を乱暴に蹴って近寄らないでください。しかもまた裸足ですか。貴女、本当に聖職者の自覚……突っ込み入れても仕方ないんですけども。
 「すみません、プリシラ。多大なる事情があって、断りを入れる余裕も無かったのです」
 この女性に過小表現は禁物だ。ならば! と何を言われるか分かったものではない。
 「まぁ、そうでしょうね。貴方ほどアリア様に心酔していた神父は他に居なかったもの。それを放り出す事情って何? 事と次第によっては査問委員会が動くわよ」
 「異端審問官ではなく?」
 「東区に赴任希望しなければ、此処に座ってたのは貴方なのよ? 気遣いとかいろいろ察しなさい」
 ああ……知らぬ間に借りを作ってしまったのか……。空恐ろしい……。
 「ありがとうございます、プリシラ。正直にお話します。実は……」
 勿論、正直になど話せる訳がない。
 東区で少女を一人救えなかった事、未熟さを恥じて諸国巡礼を始めた事、アリア信仰に反抗する意思は無い事を切々と語った。
 殆ど作り話でも強ち嘘とは言えない内容だから、説得力に欠けるとは思わないが……。
 「……貴方らしいと言えば貴方らしいけど……それなら、せめて信徒に挨拶くらいはするべきだったんじゃないかしら? 神父としては失態よ、クロちゃん」
 「返す言葉もありません」
 プリシラはふむ……と何かを考えて、椅子に座り直した。
 自分も扉を閉めて、机の前に立つ。
 「良いわ。委員会のほうは私が抑える。で? 貴方が此処に来た目的は何? 東区に戻りたいのかしら。それは駄目よ。別の神父を強制派遣したから」
 さすが、仕事だけは早い。仕事だけは。
 「他国への巡礼許可を頂きたいのです。ご協力くださいませんか?」
 「……ふぅうううーん……? 私に、お願いするのね?」
 「はい。貴女しか頼れる人脈が無かったので」
 紅色の唇を愉快そうに歪めて机に肘を置き、手に顎を乗せて私を見る。悪巧みの時の癖だ。
 う……胃が痛い……。
 「……何が良いかしら?」
 「……清掃員とかはどうでしょうか? あれはあれでなかなか味が……」
 「駄目ね。全然駄目。貴方が清掃員? ちっとも魅力を感じないわ!」
 「では、ゴンドラの……」
 「却下。」
 ああ……どうしても嫌な予感しかしない……。
 アーレストといい貴女といい、何故私で遊びたがるんですか。
 「……そうねぇ……」


 プリシラは……かつてないほど妖艶な笑みを浮かべて、ありえない処刑宣告をしてくれました。ベゼドラを別行動させておいて本当に良かった。
 リース。貴女は見なかった事にしてくださいね。
 お願いします……本当に……。

 
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