BloodTeaHOUSE
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空の散歩
お店の前に来たらちょうど飛白が出てきたので、前から気になってた事をきいてみるために
ちょこちょこ寄ってって声をかける。
「飛白、前に空を飛べるって言ってたの、ほんと?」
「急にどうしたんだい?」
少し目をぱちくりさせてる飛白。いきなりの話だからわけわかんないよね。
「あのね、飛白が空を飛べるなら、その力を借りたらわたしも飛べるのかなって思ったの」
「空を飛んでみたいのかい?」
「うん。 ちょっとだけ、足が離れるくらいでいいんだけど‥‥」
ピーターパンやティンカーベルに憧れたことのある子って結構いると思うんだよね。
私は特に運動が苦手だから、跳び箱を飛び越える爽快な気分すら味わったことがないし。
もしも出来るなら、ぜったい体験してみたいことの1つなの。
「そんなにちょっとでいいのかい?」
飛白は苦笑してるけど、ふつうならそんなちょっとでも体験なんてできないし‥‥
でも、あんまり目が回るほど速いと怖いから、ちょっとだけでいいの。
「飛ぶ感覚が体験できたらそれで満足なの。それに、あんまり速く飛ばれたら怖いし‥‥」
「抱っこするだけで、十分足は離れるんじゃないのかな?」
「それじゃ”わたしが”、飛んでるってことにはならないよぉ~‥‥」
わたしが、を強調して言う。荷物のように運ばれてるのは飛んでるとはいえないのだ。
「なるほど、香澄ちゃん自身が空を飛んでみたいってことで、
空に連れて行って欲しいわけじゃないってことだね」
「そうなの!‥‥できる?」
飛白は優しいから、なるべくワガママは言いたくない。
できないとか、めんどうなんだったら、諦めようと思いながら、きいてみる。
「できるけれど、空を飛んだら、そのまま君を、連れ去ってしまうかもしれないよ?」
「飛白はそんなことしないよ?」
「‥‥君らしい答えだけど、嬉しくない信用だね」
くすく笑う私を見て、苦笑する飛白。だって、ほんとにそうなんだもん。
「‥‥飛ぶのはダメ?」
「裏子ちゃんたちが心配しないように、言ってからだね」
「わかった!」
元気いっぱいに返事すると、いそいでお店に空の散歩に行くことを知らせに行った。
「ええか?10分だけやからな!」
「携帯、絶っ対!落とすなよ。何かあったらすぐに電話しろよ?番号はわかるか?」
気を失って運び込まれてからというもの、過保護気味な2人は、案の定大反対だったけど、
なんとか説得して、10分だけという制限付きで空のお散歩を許してくれた。
「うん、これにかければいいんだよね?」
私の携帯に登録したお店の電話番号を見せる。見せるのこれで5回目なんだけどね‥‥
普段の言動がそのまま信用に繋がってるからある程度は予想してたけど、
さすがにここまでだとは思わなかったよ‥‥テレビの”初めてのおつかい”以上じゃない?
「そうや、絶っ対やで!」
「いいか、絶っ対だぞ?」
「もぅ~、わかったってばぁ~」
これじゃあキリがないよ‥‥飛白にSOSの視線を送ってみる。
この無限ループからなんとか助け出してくれないと、お散歩どころじゃないんだもん。
「注意は済んだみたいだね。じゃあ行こうか香澄ちゃん」
「はーい!」
タイミングよく飛白が話を切り上げてくれたので、元気な返事でさっさと扉を抜けていく。見送りだって、お店の外までついてきた裏子とんごーにちょっと呆れちゃう。
そこまで心配しなくてもいいと思うんだけど、裏子とんごーは飛白を信頼してないしね‥‥
ふわっとお姫様みたいに抱き上げられて、ちょっとドキッとする。
だっていつもより顔が近いんだもん‥‥ホント飛白って、こういう時はキザなんだから。
「いってきまーす!」
なんて2人に向けて、笑顔で手をぱたぱた振る。
「時間守れよー!」
「絶対ちゃんと帰ってきぃやー!」
まだ心配してるよ‥‥‥2人とも心配性というか過保護というか‥‥
「いくよ」
声とともに飛白の背中にバサっと翼が現れる。大きいコウモリの羽みたいな真っ黒な翼。
別に羽ばたいたりしてないのに飛白の体がふわっと持ち上がる。
「わっ!」
それと同時に、手も足も私の全部が急に軽くなる。
飛白が捕まえててくれないと、ふわふわ飛んで風船みたいにどっかにいっちゃいそう‥‥‥
「掴まっててごらん」
そう言って腕を差し出されたから捕まると、体からゆっくりと手が離された。
「すごいっ!飛んでるよ!わたし飛んでるっ!」
きゃいきゃいはしゃぐ私の、ふわふわ浮かぶ体を、飛白が空へ連れて行ってくれる。
新しい体の感覚に感動しすぎて景色なんか見る余裕がないから、一体どのくらいの高さ
なのか分かんないけど、浮かぶ体が面白くって新しくって笑い出してしまう。
「うふふっふふふっ」
「楽しんでくれてますか?おひめさま」
飛白はこんな時でも、やっぱりキザで。 あぁ、こんな時だからこそ、なのかな?
「すっご――く 楽し―――いっ!」
うれしくってうれしくってうれしくってうれしくって、腕にギュッと捕まる。
「すっごくすっご――く 嬉し―――いっ!」
この気持ちが伝わるように、腕から今思ってる気持ちが伝わりますようになんて思って、
頭をそっと腕に寄りかからせる。そこでようやく、わたしはまわりの景色が目に入った。
足元の下にお店と真っ暗な森があって、まわりはぜーんぶ夜の空っ!
繊月とプラネタリウムよりいっぱいなくらいの星たちと、飛白の真っ黒な翼。
「わぁぁぁぁあ、きれ―――ぃ」
まん丸になるくらい目を見開いて星空を見つめてると、きゅうに視界がぼやけた。
あぁ、また泣いちゃってる。泣き虫は直しなさいって言われてるけど、
こんな綺麗な景色見ちゃったら無理です‥‥‥当分泣き虫は卒業できそうにありません。
「‥‥泣いているのかい?」
シャツにしみた涙に気がついた飛白がきいてくる。
「涙が止まんないくらい感動してるの…」
こぼれる涙にかまわず私は飛白に笑いかける。
「帰ったら、また裏子ちゃんが怒りそうだね」
「絶っ対、大丈夫!」
苦笑する飛白に、笑ってそう宣言した。
だってこんなにうれしいから、顔だって泣いててもうれしそうなはずなんだもん!
それから少しだけの時間、ゆっくり空を案内してもらう。
まるで宝石箱をひっくり返したみたいな、キラキラしたすてきな時間。
時間ぴったりに帰ってきた わたしを出迎えてくれる心配症な 裏子とんごーには、
うれしそうな泣き顔をお土産にしよう。
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