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逆さの砂時計

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解かれる結び目 11

「ずっと、知りたいことがあったんだ」
「知りたいこと?」

 燃え上がるような朝焼けの下、アルフの腕の中で目を覚ました。
 彼の瞳はとても穏やかで、私の頭を撫でる手も優しい。

「悪魔達が破壊衝動に忠実な理由」
「……?」

 破壊衝動に忠実な理由?
 そういう生き物だから、ではなく、他に理由があると言うの?

「今、ちょっとだけ解った気がする」

 アルフが上半身を軽く起こし、私の頬にキスを落として、微笑んだ。
 これまでに見てきたどんな表情よりも綺麗で、眩しい笑顔。

「ありがとう、マリア」
「アルフ?」

 体が離れて、触れ合っていた場所から急激に冷えていく。
 立ち上がったアルフは川に入って膝まで浸かり、身を清め始めた。

「マリアもおいで。準備が済んだら、行こう」
「……ええ」

 私も立ち上がり、彼の手に吸い寄せられて、水中へ足の爪先を沈める。
 冷たさに驚き、転びそうになった私を支えて。
 彼は、ドジだなあと朗らかに笑う。
 それから私をじっと見て、優しいキスをくれた。

 離れていかないで、とは、もう……言えない。



「おそーい」
「悪かったな。どうせ、そっちも取り込んでたんだろ?」
「あったりまえ!」

 野営地に戻って、周りの様子を見る。
 悪魔からの襲撃はなく、出発準備も既に整っていたらしい。
 コーネリアとウェルスは身支度を万全にして、私達を待っていた。

「愛しい妻との濃厚なあれやこれを見せつけてやりたかったぜ。けけけ」
「うるさい、バカ」

 いつもなら大声で何かしらのツッコミを入れるコーネリアが。
 今は静かに、ウェルスから視線を逸らした。
 口先とは裏腹に、ウェルスはコーネリアに対して真摯(しんし)だ。
 昨夜もきっと、二人にしか解らない思いを真面目に向き合って話し合い、確かめ合っていたんだろう。

 もしも私に、それが許されていたのなら。
 アルフと添い遂げることが許されていたとしたら。
 二人のような夫婦になりたかった、な。

「じゃあ、状況整理から。心構えも同時にするぞ。相手は移動してしまった可能性もあるが、引き返せないって覚悟で臨まないと、油断したら即死だ。常に最悪を想定して、最良の結果を思い描きながら、為すべきことを為せ」
「おう!」
「当然だ」
「……ええ」

 四人それぞれで適当な岩に座り。
 これまでの経緯と、見える範囲で得てきたレゾネクトの力に関する情報。
 それから、自分達が使えるもの、持っている力を、全員で再確認する。
 途中、コーネリアがアルフと私にタオルを投げ渡してくれた。
 おかげで、濡れ髪で敵に挑むとかいう、おかしな状況は避けられそうだ。

「行き先は、隣の国の王城内部にある玉座の間。罠が用意されてる可能性も十分にあるから、マリアは移動後すぐに結界を張って、攻撃に備えて」
「はい」
「コーネリアは歌の準備」
「ああ」
「ウェルスは寝てろ」
「了解……って、おい! 寝てどうすんだ寝て!」
「そうだなぁ。踏み台にでも使おうか?」
「やめて!? 内臓が潰れちゃう!」
「最期くらいは、いい夢見ろよ」
「コーネリアまで! 氷より冷たいその言葉! でも、お前らのそんな所も愛してるーっ!!」
「「キモい!」」

 軽く肩を叩き合ってバカ笑いするのは、緊張で体を硬くしない為。
 いつもと同じで良い。
 いつもと何も変わらないで、そのまま行こう。

 和やかなやり取りの裏に隠した一本の糸を感じつつ、私は立ち上がり。
 翼を全開にした。

「行きます」

 三人は微笑んで、私の体に触れる。
 背中合わせにコーネリアが。
 右手をウェルスが。
 左手をアルフが握る。

 ここに居るのは、私の仲間。
 魔王レゾネクトを退ける為に集まった勇者一行。
 だから今は、それだけに集中する。

 対峙するのは、魔王レゾネクト。
 恐怖と絶望で世界中を震撼させている、悪魔の王。

 私は……
 そこに私が居なくても私は、アルフの世界を絶対に護ってみせる!



 雲間に陽光が差す川沿いから、薄暗い石造りの屋内へ、景色が一変する。
 正面には、大きな石柱二本の間に赤い絨毯を敷いた、二十段ほどの階段。
 段上の四角い空間には、国章を縫い込んだタペストリーが二枚掛けられ。
 その手前で、国王が座る玉座と、王妃が座る妃席が横並びになってる。

 透かさず玉座の間全体を覆う結界を張り、慎重に周囲を窺う。
 室内の左右両端に、細い石柱が等間隔で並んでる。
 天井や側面の壁には、神々を讃える壁画の数々。

 旅の間にも思ってたけど。
 人間の世界ではまだ、ステンドグラスは普及していないのね。
 どの国の城も、神殿の豪華な造りには遠く及んでない。

「……居ない?」

「居るが?」

「「「………… っ!?」」」

 三人に確認するつもりで口にした言葉は、まったく知らない声が拾った。
 アルフの剣が白く淡い光を滲ませる。

「貴方が、レゾネクトか?」

 私の手を離したアルフが一歩前に出て。
 玉座の肘掛けの外側に浅く腰を下ろしている男悪魔を見上げた。
 移動した瞬間には、誰も居なかった筈なのに。
 床を撫でる長い金髪を敷物にして、男悪魔が横目に私達を見下ろしてる。

「『レゾネクト』? ああ。神々の言葉で『死を混ぜる者』という意味か。面白い表現をするものだ。気に入った。それで良い」
「…………?」

 なに? 自分の名前を把握してない?
 『レゾネクト』は本名じゃないってこと?
 というより、今の言い回しだと、そもそも名前が無かった?
 それに、なんだろう? この違和感。

「それより貴様らが来るのを待ってたんだ。なあ、神々に選ばれた勇者達。教えてくれないか?」

 レゾネクトが腰を上げ、階段の一番上の段に座り直した。
 艶を放つ金髪と真っ黒な法衣が、赤い絨毯の上で無造作に広がり重なる。

「俺は何故、ここに居るんだ?」

「……………………は?」

 離れた暗い場所でも、不気味なほどくっきりと見える紫色の虹彩が。
 ごくわずかに傾いた。

 そうか。
 違和感の正体はこれだ。

 レゾネクトは、私達に敵意や殺意を向けてない。
 悪意や害意すら、欠片も持ってないんだ。
 あるのは『興味』。
 純粋な興味だけ。

「何故っ、て」
「あ、いや。この場所に居るのは、貴様らが来やすいように目印のつもりで選んだからだ。それはそうなんだが……だったら、どうして俺は、貴様らを待ってたんだ? ……ああ、そうだ。尋きたいことがあって、それで……、うん? 何故、貴様らに尋きたいと思ったんだ?」

 膝の上に肘を乗せて、手のひらに顎を乗せてみたり、頬を掻いてみたり。
 右を向いて、上を向いて、左を向いて。

 この男性、……何……?

「そうか。強いからだ。何百体、何千体もの悪魔を相手にしても、貴様らは死ななかった。神々が選んだ者だからか? それだけではないと思うが……あー……いや、待て。(さかのぼ)りすぎた。違う。遡る地点を間違えてる。今一番知りたいのは何だ? ああ……そうだ。俺は何故、この世界に居るんだ? 教えてくれ、勇者達」
「「「…………」」」

 警戒はしてる。臨戦態勢は崩してない。
 でも、動揺はしてる。
 私もコーネリアもウェルスも……

 ……アルフ?

「探しているのは、生まれた理由か? それとも生きる意味か?」

 アルフがまた、一歩前に出る。
 危険だわ。相手が何をしてくるか分からないのに!
 でも、レゾネクトは階段から一歩も動こうとしない。

「さあ……、どっちだろうな? 両方か。いや、生きる意味か? そうかも知れない。違うかも知れない。どっちでも同じな気もするが」
「そうか。分かった」

 アルフの腕が、レゾネクトに向かって、すぅーっと伸びる。
 何も持っていない手のひらを、上にして。

 後ろ姿だけど、伝わる。
 アルフは今、笑ってる。
 とても優しい微笑みを、レゾネクトに向けてる。

「来いよ、レゾネクト」

「アルフ!?」

 ダメだ。
 これ以上は動揺を隠せない。

 アルフは、出会った当初からずっと、対話の姿勢を貫いていた。
 自分の命を狙って襲いくる相手にも。
 一度は必ず話を聴こうと、友好的な態度で向き合っていた。
 それもアルフの強さだと知ってはいるけど、今回ばかりは勝手が違う。
 相手は、世界中に恐慌をもたらしている『魔王』なのよ!?

「いまいち理解できないんだが。その手を取れ、という意味か? それは、俺の疑問に答えていることになるのか?」

 レゾネクトは、不思議そうに。
 本当に不思議そうに、アルフの手を見て首を傾げる。

「そうだ。貴方が探している答えは、破壊じゃ見つけられない物なんだよ、レゾネクト。見方を変えてみよう。俺達と一緒に来て、俺達と同じ目線で、物事を見るんだ。そこに貴方が求めている答えがある。俺が教えてやるよ」
「アルフリード、お前……っ!」

 ウェルスがアルフの肩を掴んで止めようとする。
 でも、アルフは笑顔のままレゾネクトを見てる。

「大丈夫だ。……レゾネクト、貴方はまだ出会っていないだけだ。生まれた理由も生きる意味も、一人じゃ絶対に見つけられないんだよ」
「貴様は自分の理由や意味が解っているのか。そうだ……そうだな。神々に与えられた使命が()()なんだろう?」
「残念ながら、俺にとっては、それはきっかけでしかないよ、レゾネクト。俺が生まれた理由も、生きる意味も」

 アルフが肩越しに振り返る。
 戸惑って動けずにいる私を見て、笑った。
 嬉しそうに、少し照れくさそうに、笑った。

「マリアを愛し、護る為だ」
「……っ!?」
「俺は、マリアを愛する為に生まれて、マリアを護る為に生きているんだ。貴方もきっとそう。誰かや何かを愛して護りたいと思ったら、それが理由で意味なんだ。その気持ちこそが貴方自身なんだ。理由も意味も、映す相手や物を自覚する前に破壊していたら、絶対に見つからないんだよ」

 レゾネクトは自分自身を見失ってる。
 自身の存在自体に疑問を持ってる。
 だから、破壊行為で自身の存在を確かめてる。
 アルフはそう言いたいの?

 って、尋こうとしたのに、言葉が喉に詰まった。

 愛してる?
 アルフが……私を、愛してるって……

「そうか。つまり貴様は女神マリアが死ねば理由も意味も無くなるのだな。ならば、女神マリアが死んだ時、貴様はどうなる?」

 レゾネクトがすぅっと立ち上がる。

「生きる意味や理由を失ったら、その生物はどうなるんだ? 元々無いのと変わりないのか? 知りたいな。ああ、言葉で答えなくても良いぞ。見れば解るから。そのほうが早い」
「! レゾネクト!」

 レゾネクトが消えた?
 空間を探って……私の真上? 跳躍した!?

「もうやめるんだ、レゾネクト!!」
「耳を塞げ!」

 アルフとウェルスの叫びに、コーネリアの歌が重なる。
 咄嗟に『空間』で音を遮断して、レゾネクトの着地地点から回避する。

 耳を押さえられなかったレゾネクトだけが、床に片膝を突いて。
 ……何か言ってる?
 次の瞬間、目を丸くしたコーネリアが、喉を押さえながら崩れ落ちた。

 ダメ、位置が悪い!
 一人だけ離されてる!

 立ち上がったレゾネクトがコーネリアの前髪を掴んで、引っ張り上げる。

「…………!!」

 音を断ち切った『空間』の向こう側で。
 レゾネクトの腕が、コーネリアの腹部を貫いた。
 衝撃で目を見開いた彼女の耳元に、レゾネクトが唇を寄せて何か言うと。
 コーネリアがそれに笑って答えてから、腕が、引き抜かれた。

「……コーネリア」

 止めようとして駆け寄ったウェルスまでが。
 コーネリアを貫いたのと同じ腕で、体を上下二つに裂かれ。
 無惨に転がる筈だった二人の体は。
 空中で灰になって、散った。

「ウェルス……」

 ここまで……
 魔王の目の前にまで辿り着いた二人が。
 手も足も出せないまま、こんなに、あっさり……?

 直接聴いたコーネリアの歌は、人間とは思えない声量と幅を持っていて。
 それがどうしてか、私にも教えてくれた。

『母親が『音』を特性に持つ悪魔なんだよ。父親は普通の人間だったけど、そりゃあもう情けない男でね。夢を持って城下街に出て、あっさり破れて。すごすごと村へ帰る途中で母親に襲われて、何故か意気投合して、大恋愛の末に母親と幼児(わたし)を遺して病気でぽっくり。その後、母親は一人で黙って村を去ったらしいけど、彼女の正体は私とウェルス以外誰も知らない。アルフはそういうのに気付いてもまったく気にしないから助かるんだよな』

 ウェルスは笑いながら言ってた。

『ああ。別に、半分悪魔だろうが何だろうが関係ないだろ? コーネリアは俺のコーネリアなんだし。ガキ共も、俺が面倒見てやるさ。仕方ないから、コーネリアのついでにな』

 弱かったわけじゃない。
 むしろ、強かった。
 人間の中では、二人より強い者は一人としていなかった。
 少なくとも、二人と手合わせをして勝てた人間には、出会っていない。

 なのに。
 なのに、こんなにも、あっさりと……

「…………!!」
「!」

 アルフに抱き寄せられて、正気に戻る。
 音を断った『空間』を戻さないと!

「…………んだ、レゾネクト! 貴方は俺じゃない! 貴方自身を探る為に俺を代用したって、貴方を知ることはできないんだよ!」

 私の肩を抱くアルフの腕が震えてる。
 コーネリアとウェルスを思って、震えてる。

「さっきは同じだと言っていたが?」
「気持ちの有り様が違う! 貴方はマリアを愛してはいないし、護ろうともしてない! 貴方自身がそういうものを持たないまま知ろうとしても貴方の答えにはならないんだ! だから!」
「俺自身が無いのとあるの、持つ前と後とでは違う? なんだ? ()()は、最初の問いに答えているものなのか? どこかずれている気がするな。ちょっと待て。疑問を整理させろ。……ああ、そうだ。始点はここだ。俺は何故、この世界に居るんだ? 何故、貴様らと戦うんだ? 神々や人間共は何故、俺を殺そうとしているんだ?」

 声が、届かない。

 この男悪魔に、アルフの声は、届かない。

「レゾ……ッ」

「アルフリード!」

 アルフの顔を強引に引き寄せて、唇を重ねる。
 驚いて丸くなった(だいだい)色の目に、私の真剣な表情が映り込んだ。


 
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