| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

逆さの砂時計

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

魔窟の森 2

 人間なら十歳前後の子供にしか見えない、真っ白なエルフ十人に囲まれたクロスツェルは、まず片足ずつ地面に膝を突いた。
 予想外の行動に驚いたエルフ達は、掴んでいた腕を思わず離してしまう。

 立ち膝の状態から、(かかと)に腰を下ろし。
 背筋を伸ばして、解放された両手を太股の上で重ねる。
 (あご)を引き気味に、目線はまっすぐ正面へ。

「……えー、と……」

 何故、この場面で座る?

 エルフ達は、困惑した表情を互いに見合わせた。
 ベゼドラと向き合っていたエルフも、思いがけない行動に戸惑っている。
 静かに、けれど激しい勢いで疑問符が飛び交う中。
 ベゼドラだけが、エルフ達に埋もれたクロスツェルの頭頂部を見下ろし。
 眉根を寄せた渋い顔一面に、『今すぐ遠くへ逃げ出したい。』と書いて。
 心の底から実に嫌そうなため息を吐き出した。

「よろしいですか、皆さん」

 そんな空気もお構いなしと、クロスツェルは深く深く息を吸い込み。
 耳に心地好い声で滑舌よく、穏やかな口調で、言葉を紡ぎ始める。

「私達人間や悪魔が、聖なる神々には遠く及ばぬ愚かな生物であることは、自他共に認めなければならない事実でありましょう。何故なら人間も悪魔もその他も、存在するすべてのものが、例外なく不完全な生物だからです。
 しかし、その不完全な生物を作り出されたのは、他ならぬ創造神であり、神も悪魔も人間も動植物も作り出した創造神の行いのすべてには、私達では計り知れない、尊い意味が込められている筈。
 なればこそ生物は創造神の(しもべ)たる神々を(しるべ)として崇拝し、神々の教えを正しいものとして胸に刻んでいるのです。
 その教えが意味するところは、一日や二日、一月や二月、十年や二十年で汲み取れる浅い真意などではなく、場合によっては一生を懸けても掬い得ぬ湧水のようなもの。
 私達は不完全であるが故に、示されている正しさを追い続ける難しさを、生涯痛感し続けなければなりません。時には道に迷いましょう。己の役目を放棄したくなる日もありましょう。正しさを棄てて背く者もいます。
 不完全な生物には命の刻に限りがあり、それもまた、創造神の深き御心によって定められている物。即ち、道に迷い外れることすら、創造神の導きに含まれていると解釈できるのではないかと。
 愚かで汚らわしい無知な生物など、創造神がならぬと仰れば消し去るのに瞬き一回分の間も要らない筈。ですが、現在も私達は存在している。私達の行いが、彼の御方の手中を出ていないという、なによりの証と思います。
 つまりは、愚か者を愚かと断じて生命を奪うことも、愚か者を哀れなりと迎え入れることも、創造神の導きの内。
 ご理解いただけますでしょうか。貴方達が汚れと思うのはそちらの都合でありましょうが、その汚れも創造神が作り出された、いわば貴方達の兄弟。手を取り合う道も存在しているのですよ。
 ほらね。こうして創造神の心の内を勝手に(すい)して不遜な態度で語る傲慢で無知で愚かな人間にすら、創造神は罰をお与えにならないでしょう?」

 必殺。
 クロスツェルのお説教。

 要するに

『貴方達がどう思っていようと関係ない。貴方達の上司は「どうでもいい」と言ってるんだから、上司の肩書きを傘にした門前払いはやめてくれる?』

 ……と、言ったのだ。
 それはもう、回りくどく。

 ベゼドラとクロスツェル以外の全員が、口を開いてポカンとしている。

「神々は既に、この世界には存在しないと言う。では何故、この世界を去る際に、悪魔を滅ぼしていかなかったのでしょう?
 神々の被害も大きかったと聞いてはいましたが、神々の代理として人間に魔王退治をさせたのが創造神の意向であるとするならば、我が身を(かえり)みず、その意を汲んだ神々が、悪魔に対して何もしていかなかったのは、まさしく『どうでもよかったから』かも知れませんよね?
 実際に悪魔をどうにかしたのは、貴方達が言うところの、紛い物ですし。紛い物に封印されちゃう程度ですし」
「おい待てコラ。何気に俺をバカにしてんだろ、お前」

 ベゼドラが青筋を立てても、クロスツェルは素知らぬ顔で言葉を並べる。

「私の首を落とすのは結構ですが、そうすると、ベゼドラが面倒くさい! と言いながら、この森を破壊すると思います。
 それはもう全力で八つ当たりますよ。なにせ腐る物が大っ嫌いですから。微力ではありますが、私自身もそれなりに抵抗します。
 しかし、神々の頂点に立つ御方が、いがみ合おうが、手を取り合おうが、一向に気にしないとの仰せなのですからね。無益な争いはやめませんか? 嫌悪と自尊心を尊重したって、徒労に終わるだけですよ。
 私を殺して仮にベゼドラを祓っても、貴方達には何の誉れもありません。聖なる地を、下等生物の血で無駄に汚したくはないでしょう?」

 にっこりと上向きのアーチを描く、クロスツェルの両目を見て。
 ベゼドラと話していたエルフが苦々しい顔をする。

「よく回る舌だな、人間」
「少し前までは、こちらが本業でしたので」

 言ってる内容は、女神アリアを信仰してた当時とだいぶズレてるけどな。
 と、ベゼドラはげんなりしていた。

「だが、我らは誉れの為に侵入者を始末しているわけではない。我らはただ聖地を護っているだけだ。人間は一人でも例外を許せば総じてつけ上がる。この森は不可侵を保たなければならないのだ」
「そうですか。ですが、貴方は先ほど、長に会わせる、私は放置できないと言っていましたよね? ああだこうだと並べ立てましたが、実際のところ、貴方は私をどうにもできないのではありませんか? 首を落とすというのもハッタリですよね」
「!」

 クロスツェルを囲むエルフ達に緊張が走る。

「……何故、そう思う?」
「私が一族の力? を帯びているからですかね? 私はただの人間ですが、それ故に、この力が何なのかを知りたいのではないかと。どうでしょう? ベゼドラも一緒に長さまと会わせてくだされば、詳細をお話しできますが。というより、一緒でないと説明が難しいのです」

 エルフが眉を寄せ、ため息混じりでクロスツェルに体の正面を向ける。

「長に判断を仰ぐ。 ここでしばらく待っていろ」
「え!? この悪魔は追い出さないのか、ネール!?」
「わざわざ長様に尋くまでもないって!」

 ネールと呼ばれたエルフは、ざわつくエルフ達を置き去りにして、軽々と木の上に飛び乗り、枝から枝へと渡りながら、あっという間に姿を消した。

 膝を払いながら立ち上がるクロスツェルに、ベゼドラが苦笑う。

「今度は創造神信仰か?」
「まさか。私は、この旅の合間に様々な物事を見聞きしましたが、今並べた内容が真実なら、どんな信仰も全力でお断りします。誰が殺されても意味が有るとか無いとか。それこそ、生命に対する不遜というものでしょう。神はきっと完全ではないし、人間も悪魔も不完全。ですが、それは良いことでも悪いことでもない。きっと、()()()()()()()()()なのです」

 ヒューッと口笛を吹いて笑うベゼドラに。
 この場に残っているエルフ達は、意味が解らないという顔をした。

「さっきから、お主らの言うことがさっぱり理解できぬ。創造神様が人間に罰を下さないのは、今は療養中であられるからじゃろうが」
「そりゃまた、ずいぶん長い休みだな」
「当たり前じゃ! 創造神様は神々をお護りになって力を使い果たされた。そうまでしてこの世界を救おうとされたというのに、お主らときたら!」
「俺は勇者を直に見て知ってるが、創造神なんぞ関わってなかったぞ?」
「な、なにぃ!? そんなバカな!」

 リーシェが目を丸々として驚く。
 いちいち反応が大きい子だなあと、クロスツェルは和んだ。

「う、うううそを申すでないっ! 我らの里には、ちゃんと口伝が……」

 ガクガクと全身を震わせるリーシェを、仲間達が
 「そうだよ、嘘だよ! アイツ悪魔だもん!」
 「騙されちゃダメだよ!」
 などと言って、懸命に励ましているが。
 クロスツェルは、多分本当に関わっていないのだろうと、頭の中で思う。

 クロスツェルは、神も悪魔も創造神なる者の造物と仮定して説教したが、ベゼドラも、ネールと呼ばれたエルフも、その点に異議を唱えなかった。
 どちらも自尊心が高いのに、だ。

 創造神を知らないと言っていたベゼドラを判断材料にするのは、少し弱い気もするが。
 神と一緒にするな、悪魔と一緒にするなといった類いのセリフが双方から出てこないのは、互いにそういう認識があったからだろう。

 神も悪魔も、創造神と呼ばれる者が作った。
 そんな存在が動いていたら……神や人間に肩入れしていたら。
 排除される悪魔側は、今頃跡形もなく消えていた筈。
 魔王に対する情があって、異空間へ飛ばすだけに抑えたとしても。
 それなら、現代この世界に再び魔王が現れるとは思えない。
 また同じ結果になると解っていて、放置するだろうか?

 などと考えてみても。
 実際のところ、クロスツェルには創造神の考えなど理解できないし。
 正直どうでもいい。
 ただ、ロザリアを捜す邪魔だけはされたくなかった。

 アリアを追いかけるには、ベゼドラが必要だ。体力的に。
 こんな所で別行動するわけにはいかなかった。

 前へと進む為なら、どんな思想も現実も利用する。
 それだけのこと。

 神は、神は、と騒ぐリーシェに対して「ああ、うるせえー」と耳を塞いだベゼドラと目が合った。
 口角を上げて目を細める彼に、クロスツェルは、にこっと微笑む。

「……来い、人間と悪魔よ」

 ザンッ! と、ネールが突然、木の上から目の前に降ってきた。

「早いな」
「専用の近道がある。案内するから、付いて来い」

 長の決定だからか、他のエルフ達は文句も言わず、五人ずつに別れ。
 ベゼドラとクロスツェルをそれぞれ取り囲んだ。

「木の上なら、コイツには無理だぞ」

 親指でクロスツェルを指すベゼドラを、ネールは鼻で笑う。

「人間の脆弱さはよく知っている。故に我らは、侵入者すべてを迷わせて、始末してきたのだ」
「『始末』?」
「侵入者共は、獣に肉を喰われるか干からびるかして、皆死んだ。神聖なるこの地の一部になれたのだ。光栄に思うが良いさ」

 自然に迷い、自然に死に、自然に還る。
 生物にとって最も基本的な()(さま)ではあるけれど。
 それは、エルフ達によって不自然にねじ曲げられた人生達。
 好奇心で身を滅ぼした、と言えば、それまでなのだが。

「そのわりには、野良魂が見当たらないな」
「長の元へ行けば分かる」

 本当は悪魔なんぞ入れたくはないのだがな、と、目つきで愚痴るネール。
 嫌悪感を隠そうともしないエルフ達に苦笑いを浮かべながら。
 二人は森の最奥へと連れ込まれていった。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧