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逆さの砂時計

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始まりと終わりの地

 月が星々を従えて空を降りる頃。
 宿を出て、ルグレットさんに例の場所へと案内してもらう事になった。
 女神アリアが名乗りを上げたという、今は廃墟でしかない山奥の朽ちた神殿へ。
 東区最大の書蔵館が在る街に立ち寄ったのは、その周辺が山に囲まれている所為か、他に居住地が無かったからだ。
 折角だから歌の内容を調べてみようと書蔵館に立ち寄った結果、思わぬ収穫を得たのだが……またベゼドラが不機嫌になってしまった。
 確かに、長様から頂いた力でなら引き留められたでしょうけど、彼女のほうが先に教会敷地内の時間を止めて逃げてしまったのだから、どうしようもないんですよ。いきなりすぎて動揺したのは認めますが。
 早くこの力を完璧に使い熟さなくては……ロザリアにはまだ、指先すらも届かない。
 「もう知らん。お前を担いで跳ぶのはこれが最後だからな!」
 あ。それも不機嫌な理由の一つですか。
 「お手数を掛けます」
 「ケッ」
 「……随分と様子が変わったな、ベゼドラ」
 夜空を映す銀色の髪を掻いて、ルグレットさんが首を傾げた。
 あぁ、二人は知り合いでしたね。
 「お前ほどじゃねぇよ。不干渉の孤独主義はドコに置いて来た?」
 「さぁな。忘れた」
 肩を持ち上げて、誰も居ない方向へ顔を向ける。多分、その先にはステラさんの家が在るのだろう。
 悪魔でも人間でも関係無く互いを想い合う姿は、私には羨ましい。
 貴女は私達を嫌いだと言って消えてしまった。
 自業自得ですけど……あれは胸に痛いです、ロザリア。
 「行こう。神殿は此処から北東にある」
 「はい」
 苦虫を口いっぱいに詰め込んだベゼドラの背中に本を持ったまましがみ付いて、跳躍に備える。
 私も、自分で跳べるならそうしています。我慢してください……あ、そうか……
 「!」
 地面を蹴った勢いで風に顔を殴られ、思い付いた言葉も喉の奥に押し込まれた。
 コートが忙しく波打って……数秒の夜間飛行を経た後、木が繁る山へ向かって急降下する。
 適当な枝に着地したと思ったら、また跳ね上がって。それを何度か繰り返した。
 慣れれば楽しいかも知れない。……慣れれば。
 「体力無し。」
 「……否定はしません……」
 目的地に着いた瞬間、地面に膝を落としてしまった。
 レゾネクトの時とは違って大きな衝撃は無いが、ベゼドラ酔いとでも言うべきか。頭と地面がぐらぐらする。
 「あれだ」
 数歩前に着地したルグレットさんが、山中に潜んだ広大な面積に散らかる石床を指した。廃墟となってどれほどの時間が経過したのか、屋内だったと思われる場所に点々と立派な木が伸びている。
 「アリアは神殿の中心に立っていた。この辺りを探せば、畑仕事の道具一つくらいは見付かるかもな」
 「? 畑仕事?」
 ルグレットさんはトンッと地面を蹴って近くの木に飛び乗り
 「俺は此処までだ。精々頑張るんだな」
 そのまま街へ引き返した。
 あ。お礼を言い損ねてしまった。私達に感謝されても嬉しくはないか。
 「何か、アリアに関する手掛かりが在ると良いのですが」
 「こんな石ころだらけの場所に…… ?」
 ベゼドラが何かを見付けたのか、早足で神殿の入り口階段らしい所へ近寄った。
 自分もふらふらと立ち上がり、彼を追う。
 ベゼドラがじっと見ているのは……崩れ落ちた神殿の壁画?
 「……なんか、見覚えあるんだよな」
 アリア信仰の物ではない。放射線を放つ丸を掲げた……手のひら? 翼? 初めて見るモチーフだ。
 「なら、神代の物なのは間違いないですね。アリアとして生きた時代に活用されていた、女神信仰とは別の神殿でしょうか」
 名乗りを上げたと言うから、女神信仰原始の神殿かと思っていたが。少し違うようだ。
 ルグレットさんの話から推測できるのは、自らの死を願っていたアリアがこの場所で別人になり、さ迷っている間に私と出逢ってロザリアになった……という事。この場所で死にたかったのか、それとも……此処からやり直したかった?
 なんにせよ、アリアに深く関わってはいそうだ。
 「この神殿、あの村から丁度東に位置してないか」
 「……そう……ですね。多分」
 内ポケットから袋を取り出して、中に入っていた小さな水色の宝石を手に乗せてみる。
 真っ直ぐ東に伸びた光を辿っている途中、少し逸れた場所で一瞬だけアリアに会えたけれど……。
 「もう一度光ってくれれば、確認できるのですが」
 「……奥に入ってみるか」
 階段を上って散らばる太い柱や壁を跳び越え、ひょいひょいと進んで行く。
 あ、言い出す前に行ってしまった。
 ……仕方ない。歩けそうな場所を探しながら自力で付いて行こう。
 本がお荷物です。こんな時くらいは貴方が持ってください、ベゼドラ。
 それにしても大きな神殿だ。殆ど風化しているとはいえ、こんな建物が在るとは聞いた覚えがない。
 私が預かっていた教区の隣の筈なんですが……勉強不足でしたかね?
 「……此処は……」
 崩れた柱や壁が、其処だけを避けたように丸くぽっかりと開いた空間。中心にベゼドラが立って足下を見ている。
 「ロザリアが立っていた場所、でしょうか」
 アリアが記憶を失い、別人として始まった場所。神殿の中心。ひび割れた石床には翼の紋様が描かれている。
 「神々の神殿」
 「?」
 「翼は神の力の象徴。だったら、翼の絵は神々を表す記号だろ?」
 「……なるほど」
 やはり、此処はアリア以前の信仰の地。
 今は世界を離れているという神々を祀る神殿か。
 「思い出した。あれは英雄の剣だ」
 「魔王を異空間に飛ばした勇者?」
 「ああ。神々の力を込めた剣の形に似てた」
 …………戦いはしなくても、剣の形を覚えられる程度には近くに居たのか。
 まさか勇者相手に敵前逃亡……とは思えないが、どうもベゼドラと英雄の距離感が掴めない。遠くから面白半分で観察していたんだろうか。それなら分かる気はする。
 「で。此処が到着地点らしいな」
 「え? あ」
 柱を登る時に内ポケットへ戻した宝石が淡く光っている。
 慌てて手に取ると、今度は直線ではなく宝石自体が円く輝いて……
 「……前々から思っていたのですが、神々の時代でこういう現象は当たり前だったのでしょうか?」
 「まぁな。人間以外には普通だ。だからこそ、人間には英雄が必要だったんだろ?」
 宝石がくるくると宙を舞っている。薄い水色の光が尾を引いて、自分達の周りを浮遊する。
 二周してから目の前にふわりと戻って来て、差し出した手にぽすっと落ちた。
 かと思えば、突然閃光を放つ。
 眩しさで咄嗟に目蓋を閉じた……次の瞬間。
 「貴方は、誰?」
 少女特有の高い声が響く。耳に、ではなく、直接頭の中に。
 驚いて目を開くと、銀色の魚がすぅーっと視界を横切った。
 一匹ではない。足下にも、右にも左にも。頭上にも背後にも。群れが、単体が、泡を連れてゆらゆらと泳いでいる。
 「……海?」
 いや、海に潜った経験は無いから実際にはよく知らないのだけど。聞いた話で想像していた海がこんな感じだった。
 足下から頭上にかけての青い濃淡が美しい。
 「貴方は、誰?」
 神殿ではなさそうだ。呼吸は普通にできるが、髪の先まで漂っている不思議な感覚。
 さて、普通に会話が通じるかな。
 「私はクロスツェルと申します」
 「……クロス ツェル?」
 あ、ちゃんと通じた。
 「クロスツェルは、どうやって此処に来たの?」
 「人を捜している途中、薄い水色の宝石を所有していた方と出会いました。なんでも、宝石と同じ色の目を持った女性が、宝石を私達に渡して欲しいと、その方に頼んだのだそうです。その宝石の光に導かれて……でしょうか」
 ちょっと大雑把すぎたかな。
 「……そう。結晶は、あの子の手に残らなかったのね……」
 結晶? レゾネクトも宝石を結晶と言っていた。
 そういえば、宝石も本も持ってない。落としたか?
 「でも、貴方からはあの子の力を感じる。だから結晶の意識が動いたんだわ。貴方は、あの子を知ってる?」
 自分から力を感じる? それは……
 「アリア?」
 「! やっぱり! 貴方は、あの子を知っているのね!」
 ……この少女の声は、アリアをあの子と呼んでいたのか。
 嬉しそうに、必死そうに、悲しそうに、弾んでる。
 「あの子は……アリアはどうしているの!? 闇に堕ちてはいない!?」
 「闇? どういう意味でしょうか」
 「私は、アリアの為にこの空間を残したの。結晶はアリアの力に反応して機能する、空間の扉を開く鍵。訪れたアリアを、天の高みへ送り出す必要があったから」
 扉……天の高み?
 「あの歌が示していたのは、此処ですか?」
 宝石と共に託された不思議な歌。その中にあった単語を思い出す。
 あれは……
 「そう。歌はアリアに残した導き。鍵が道を示す呪文。光と夜の境に満ちて、巡る祈りは天の高みへ。辿れ、朽ち行く聖の先を。扉はきっと開くだろう。……此処は神々が眠る世界へと繋がる階。神殿は、アリアを彼らの元へ逃がす聖地なの」
 「逃がす?」
 「…………私は、どうしてもアリアを殺せなかった。それがどんなに危険な事か判っていても……僅かな間だけでも、人間として生きて欲しかったの」
 殺せなかった?
 アリアを殺そうとした?
 この少女の声が?
 「お願い。アリアを此処に連れて来て! 万が一あの子が闇に触れたりしたら、世界が取り返しのつかない事になってしまう! そうなる前に早く!」
 「事情は分かりませんが、それは難しいです。私達が捜しているのは、そのアリアなので……」
 少女の声が息を呑んだ。
 「……そう……」
 (しばら)くの落胆と沈黙の後、魚達の姿がぐにゃりと歪んだ。
 空間を閉じようとしている。そんな気配。
 「待ってください! 貴女はアリアの、なに」
 「私は、アリアを眠らせる為の扉。あの子に会えたら、結晶を必ず、アリアに渡して……。アルフ 達 が 命を 懸けて 護った 世界 を…… たす け……」
 少女の声が小さくなっていく。
 耳鳴りがする。
 空間が閉じる。
 鉄鍋の底で殴打されたような痛みが全身を襲って……


 「起きろ!」
 パチッと目を開いた。視界いっぱいに広がる青い空と濃い緑の葉波。
 それと、呆れた顔のベゼドラ。
 「……もしかしなくても私、倒れてますか?」
 「ああ。答えるのも面倒臭ぇくらい、分かりやすく倒れてんな」
 空間に転移した……のではなく、意識だけが飛ばされた?
 宝石も本も、両手でしっかり抱えたままだ。
 「貴方は、少女の声を聞きましたか?」
 あの場所には自分の姿しか無かったと思う。一応尋いてはみたが、答えはやはり「なんだ、そりゃ」。
 「どうやら、私だけが招かれたみたいです。詳しくは後で説明しますが、この場所にアリアを連れて来てと頼まれてしまいました」
 「はぁ? アイツを捜してんのは俺らだっつーの」
 宝石をポケットに仕舞い、本を片手に起き上がる。
 ロザリアに直接繋がる手掛かりではなさそうだが……
 「神代の方々は、どうしても私達を世界に関わらせたいらしい」
 アリアを助けてならともかく、世界を助けてと言われても、私達には結構な難題だと思うのだけど。苦笑いしか出て来ない。
 「世界なんぞ知らん。邪魔すんならぶっ壊す」
 「……まぁ、そうですよね」
 立ち上がり、服に付いた砂を払う。
 さぁ、これからどうしましょうかね。アリアの情報は少しずつ集まってますが、手掛かりには弱い物ばかり。ルグレットさんの件を考えても、行く先は村だけでは足りないようですし。
 ただ……
 「あ、そうだ。ベゼドラにお願いがあるのですが」
 「あ?」
 にこっと笑って告げた内容に、ベゼドラは少しだけ驚いて。それから、とてもうんざりした顔を返してくれました。
 それでも了承したのは、私に付き合う手間が省けるから……でしょうかね。
 「各地を巡っていて気付いたんですが、とりあえず、居住規模に拘らず古い教会を探してみませんか? 貴方もそうでしたが、ルグレットさんも他の悪魔も教会に封印されてましたし……可能性ですが、また別の悪魔が目覚めているかも知れません。其処にアリアが現れるかも」
 「あー……んじゃ、それで」
 歌も宝石も本も、アリアと結び付くには早かった。
 他に良案が出て来ない以上、これが現在の最善策かな。
 「行きましょう」
 アリアが何かに拘った地。
 いずれまた此処へ来るかも知れないと思いながら、私達は廃墟を後にした。

 
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